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第114話

Autor: marimo
last update Última actualización: 2026-02-05 20:30:53

 店の外に飛び出した瞬間、冬真は夜風の冷たさも感じないほど頭が冴えていた。

 ――楓の身が危ないかもしれない。

 それだけが、心臓の鼓動とともに強烈に脳を支配する。

 繁華街のネオンはすでに落ち着き始め、通りには酔客がまばらにいるだけだ。

 冬真は走りながらスマホを取り出し、楓へ電話をかけた。

 ……しかし、呼び出し音が数回流れたのち、留守番電話へ切り替わる。

「楓……頼む、出てくれ……!」

 走りながら何度もかけ直すが、結果は同じだった。

(まずい……!)

 冬真はさらにスピードを上げた。

 脳裏に、海斗が語った“夜明け会”の酷薄なやり口がよぎる。

 もしキャンセル前に、“不審な指令”が一つでも通っていたら――

 それだけで楓に危険が及ぶ可能性は十分だった。

 冬真は歯を食いしばる。

 数分後、楓のマンションの前に到着した。

タクシーを飛び降りると、冬真はエントランスのオートロックに手をかけた。

 丁度そこへ、偶然にも住民が通りかかり、ドアが開く。

 冬真は礼を言うと、すぐに中へ飛び込み、エレベーターへ。

 上がる数字を見つめる間も、胸の痛みが強まる。

 チン、と音が鳴り、
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     冬真は楓の部屋を飛び出し、廊下を駆け抜けてエレベーターに飛び乗った。  胸の鼓動は痛いほど速く、汗が額を伝う。 ――楓は確かに連れ去られた。  海斗の“依頼”が完全にキャンセルされる前に、実行犯が動いてしまったのだ。 迷っている時間は一秒もない。 外に出ると、冬真は即座に流しのタクシーをつかまえた。「すみません! 五分でいい、飛ばしてください!  “和食ダイニング灯(あかり)”まで!」 運転手は驚いた顔をしたが、冬真の気迫に押されアクセルを踏む。 信号待ちのたび、冬真はスマホを握り締め、歯を噛みしめた。(間に合わなきゃ……楓が……!) タクシーは夜明け前の静かな街を疾走し、やがて目的の店の前で停車した。 冬真は釣り銭も受け取らずにタクシーを降り、そのまま『灯 -あかり-』の階段を駆け上がった。 個室の障子を開けると――「……冬真さん……」 そこには、肩を落とし、まるで魂を抜かれたような海斗の姿があった。 泣き腫らした目、震える手。  冬真がいない間、海斗は終わらない後悔の中で何度も自分を責めていたのだろう。 冬真は海斗の目の前に立ち、静かに言った。「海斗。もう一度だ。 “夜明け会”のリーダーに電話しろ」 海斗は泣きそうな顔で冬真を見上げた。「で、でも……もうキャンセルは……」「違う。今回は“解放”の指示だ」 冬真の声は低く、しかし有無を言わせない力があった。「言え――夜は明けた』と」 海斗は息を詰め、震える手でスマホを取り出した。  画面がぼやけ、何度も手が滑る。それでも、ようやく通話ボタンを押す。 数回のコール音のあと、例のくぐもった声が出た。『……何だよ海斗。さっきから忙し――』「い、命令……取り消しです。 “夜は明けた”……って、伝えろって……!」 沈黙。  一秒、二秒――その沈黙は永遠にも感じられた。『……あぁ? 誰に言われた』 海斗は冬真を見る。  冬真は黙って頷いた。「……冬真さんに……です……」 電話の向こうで、くつくつと笑う声が漏れた。『冬真。CLUB Argoのナンバー1か…… へぇ……あんたが出てくるとはな』 冬真は手を伸ばし、海斗からスマホを奪う。「冬真だ。 ――楓を解放しろ」『こっちは手間がかかってんだよ。解放するにも金がいる』「払う」 冬真は即答した。迷

  • 静かな幸せは、裏切りの匂いがしたー医師・渡辺楓が選んだ、愛という名の代償ー   第114話

     店の外に飛び出した瞬間、冬真は夜風の冷たさも感じないほど頭が冴えていた。 ――楓の身が危ないかもしれない。 それだけが、心臓の鼓動とともに強烈に脳を支配する。 繁華街のネオンはすでに落ち着き始め、通りには酔客がまばらにいるだけだ。  冬真は走りながらスマホを取り出し、楓へ電話をかけた。 ……しかし、呼び出し音が数回流れたのち、留守番電話へ切り替わる。「楓……頼む、出てくれ……!」 走りながら何度もかけ直すが、結果は同じだった。(まずい……!) 冬真はさらにスピードを上げた。 脳裏に、海斗が語った“夜明け会”の酷薄なやり口がよぎる。  もしキャンセル前に、“不審な指令”が一つでも通っていたら――  それだけで楓に危険が及ぶ可能性は十分だった。 冬真は歯を食いしばる。 数分後、楓のマンションの前に到着した。タクシーを飛び降りると、冬真はエントランスのオートロックに手をかけた。  丁度そこへ、偶然にも住民が通りかかり、ドアが開く。 冬真は礼を言うと、すぐに中へ飛び込み、エレベーターへ。 上がる数字を見つめる間も、胸の痛みが強まる。 チン、と音が鳴り、目的の階へ着く。  冬真は駆けだし、楓の部屋の前に直行した。「楓!!」 ドアを叩きながら叫ぶ。 しかし、反応がない。 冬真は耳をドアに当て――息を呑んだ。 中から、僅かだが足音のような、衣擦れのような音がした。 だが、それは楓のものではなかった。(……誰かいる) 冬真の背中を、冷たいものが走る。「楓!! 開けろ!!」 何度叩いても返答はない。 次の瞬間、廊下の向こうで、階段の扉がゆっくり閉まる音が聞こえた。 冬真は振り返った。(逃げた……?) 追うべきか――  それとも………。 優先順位は一つしかなかった。「……楓……どうか無事でいてくれ」 冬真は躊躇なくドアノブを回した。 カギは掛かっていなかった。 鈍い音が響き、ドアがわずかに軋む。 ドアが開き、暗い部屋の中へ冬真は飛び込んだ。「楓!!」 キッチン、リビング――誰もいない。  しかし、テーブルの上には、倒れたマグカップと、落ちたスマホ。 そして床には、楓のものらしき小さなヘアクリップ。 その瞬間、冬真は悟った。「……キャンセルが遅すぎたのか……!」 海斗がキャンセルした時には

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     個室に漂う静寂は、もはや温かみの欠片もなかった。  照明の柔らかい光さえ、二人の影を鋭く切り裂くようだ。 冬真の問いかけに、海斗は固まったまま、喉を上下させた。  言い逃れの余地はない――そう悟った瞳だった。「……言えよ」 静かだが、逃げ道を与えない声音。  冬真が冬の底より冷たい目で海斗を見ていた。 海斗はようやく唇を震わせ、しぼり出すように答えた。「……た、頼まれたんです。冬真さんのお客さん……亜里沙って女に」 冬真の眉がピクリと動く。「亜里沙が?」「は、はい……あの人、俺が辞めてからもつるんでて、  やらせてくれる代わりに、たまに、変な仕事頼んでくるんです」 海斗は額の汗を拭うこともできず続ける。「今回も……“楓って女の評判を落とす記事や噂話を、適当にネットにばらまけ”って……。で、写真があったら送れって。俺……軽い気持ちで……。アイツも欲しかったし……」「軽い気持ち、ねぇ……」 冬真の声は低く落ち、怒りに震えていたが、叫ぶことはしなかった。  むしろ静かであるほど恐ろしい。「お前ひとりでやったのか?」 真っ直ぐな視線――嘘をつけば、そこで終わると告げる目だ。 海斗は首を横に振った。「……や、やれるわけないじゃないですか。俺、パソコンなんてたいして使えないし。だから……いつもお願いしてる連中に頼みました」「連中?」 冬真が身を乗り出す。 海斗は震えながら、声をさらに落とした。「“夜明け会”って名前の、裏のネット屋たちです。  取り込み詐欺とか、アカウント乗っ取りとか得意な奴ら。  SNSの炎上工作、個人の住所特定……そういうの、何でもやるんです」「ふざけんな……」「し、しかも……金さえ出せば、誘拐も……殺しみたいな真似事もします。  実行犯とつないでくれるって……」 冬真の目つきが、完全に“戦う男”のものになった。 楓の名が、連中の“仕事”の中にちょっとでも入っていたら――  その危険度は計り知れない。「海斗。お前……まさか――」「う、動揺して……“もっとやれ”って追加で発注しちゃいました……。  でも、それ以上は言ってない……はず……です」 冬真は即座に立ち上がった。 椅子が床を擦り、鋭い音が個室に響く。「海斗。すぐに取り消せ。今すぐだ!!」「で、でも……あいつら、取り消しは

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     CLUB Argoの閉店時間を過ぎ、照明が明るく切り替わると、さっきまできらびやかだった店内は、一気に“仕事の顔”へと戻っていった。  若いホストたちが手際よくテーブルを拭き、グラスを片付け、床を清掃していく。  そのざわめきの中で、冬真は黒革のソファ席に腰を下ろしたまま、スマホを耳に当てていた。「……この後会えるか?」 声は低く抑えられていたが、その奥にいつもの柔らかい色はなかった。  呼び出した相手は、店から歩いても10分ほどの距離にある、朝まで営業している個室付きの和食ダイニング『灯 -あかり-』だった。  遅い時間でも落ち着いて食事ができ、業界人がこっそり使う店として知られている。 電話を切った冬真は、片付けをしている後輩たちへ軽く声をかける。「先、上がります」 若いホストたちは、冬真を見ると、何も言わず静かに頭を下げた。  CLUB Argoの誰もが、冬真を特別視している。実力だけでなく、人柄でも尊敬されていた。 冬真は軽く手を挙げて店を出た。  ネオンの光が弱まりつつある繁華街を歩き、灯りの少ない裏通りへ入ると、目的の店の看板が見えてくる。 店に入るなり、馴染みの店員が気づき、笑顔で声をかけてきた。「いらっしゃいませ、冬真さん。今日は個室、空いてますよ」「……あ、そう? じゃあ、頼む」 思わず苦笑が漏れる。  完全に常連扱いだったが、今日はその“常連扱い”がむしろありがたかった。  誰かに見られず、ゆっくり話ができる個室の方が都合がいい。 通された個室は、控えめな照明が落ち着いた雰囲気を作り、外の喧騒が嘘のように静かだった。  メニューにざっと目を通していると、しばらくして障子が軽くノックされる。「……お待たせしてすみません」 現れたのは海斗だった。  黒いパーカーに細身のデニムというラフな格好。どこか緊張した面持ちで、冬真の前に立つ。「そんなに待ってないよ。まぁ、座れ」 冬真は柔らかい声で言い、メニューを手渡した。「何でもいいぞ。好きなの頼め」 海斗は思わず笑い、そして胸の奥に懐かしい感情がよみがえる。  CLUB Argoで働いていた頃、冬真は海斗の“憧れの先輩”だった。 売上も顧客数も常にトップクラスでありながら、後輩に威張らない。  むしろ丁寧に教え、困っていれば自腹で飯を奢り、愚痴

  • 静かな幸せは、裏切りの匂いがしたー医師・渡辺楓が選んだ、愛という名の代償ー   第111話

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  • 静かな幸せは、裏切りの匂いがしたー医師・渡辺楓が選んだ、愛という名の代償ー   第110話  

     慎一が失意のまま、夜の寒風に身を晒しながらひとり歩いていたころ――  その同じ時間帯、渡辺桜は、後藤一成と共に都心のホテルレストランで遅い夕食を取っていた。 店内は落ち着いた灯りがテーブルをやわらかく照らし、グラスが触れ合う小さな音が時折響く。  夜も遅いため客は少なく、ふたりが座る窓際の席には静けさが宿っていた。「後藤さんのおかげで、楓の名誉がだいぶ挽回できたみたいで……本当に助かりました。それで今日は、少し早いけど……その、お礼といっては何ですが、お付き合いいただきありがとうございます」 桜は姿勢を正すと、テーブル越しに深々と頭を下げた。「渡辺先生……いや、桜さん。そんな他人行儀な挨拶はやめてくれよ。私たちの仲じゃないか」 一成は慌てたように手を伸ばし、桜の頭を上げさせると、ワインのボトルを手に取った。「さ、今夜ぐらいはゆっくり飲もうじゃないか。乾杯しよう」 桜のグラスに赤ワインが静かに注がれていく。  桜も顔をあげ、一成に穏やかに微笑むと「ありがとう」と言ってグラスを取った。 軽くグラスが触れ合い、二人は喉を潤す。 少し間を置き、一成がグラスをテーブルに戻してから口を開いた。「ところでさ……若い二人が首謀者として逮捕される流れになっているが、私はどうにも腑に落ちなくてね。本当にあの二人だけでこんな騒動を起こせると思うかい?」 一成はナイフでステーキを切りながら、桜の表情を探るように言った。「ええ、私も同じ考えよ。そんな単純な話じゃないと思ってるの。警察も裏に誰かいるのを想定しているみたい。明日になればふたりとも正式に逮捕されるから、その事情聴取から少しずつ裏が見えてくるはずよ」 桜はワインを一口含み、ふう、と息を吐いた。「……警察が動き出すまでに、楓ちゃんの身に何もなければいいんだがな」 一成はフォークを持つ手を止め、不安そうに呟いた。「慎一の方はどうした? 彼もずいぶん心配していたろう」「すぐに楓に知らせたいからって、マンションに会いに行くって言ってましたよ」 桜は少しだけ口元を緩めた。 一成も目を細め、笑みをこぼした。「あの二人がうまくいくといいんだけどね。慎一は昔からおとなしいわけではないんだが……どうも大事な場面になると理由をつけて後回しにする癖があるんだよ」 呆れ半分、心配半分という声色で、一成は桜

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