Masukある日、夢を追う若者がいた。
だが日々を忙しく過ごす中、夢を追いかけるのは困難だった。 何故、俺たちは生きるための理由である夢を、諦めて生きているのか? そうやって生きて何が楽しい? 夢を諦めて、生きるのではない。 夢を叶えるために、生きるのだ。 若者は、勤めていた会社を辞めて、夢を追った。 仕事に取られていた時間が、今はある。それが無限に存在しているように感じた。 この時間を、有効に使うぞ。 若者は張り切った。 夢は音楽を作ることだ。 朝から晩までずっと作曲していた。 この生活を続ければ、夢は叶うんだ。そう思っていた。 だが現実は、甘くはなかった。 若者は、最初こそ張り切って活動を行っていたが、有り余る時間がかえって彼を堕落させた。 時間があるから、明日すればいい。1ヶ月以内が目標だった、いや、3ヶ月以内だったか?まぁいいか、どうせ、明日も時間はある。 何かしらの目標を立てたとしても、時間はたっぷりあるからと言って、全く別のことをして過ごしている日々。 当然働いていないので、金は減る一方だ。 夢を叶えるには程遠い生活だった。 曲のアイデアも浮かんでこなくなった。 仕事中は、いくらでもいいアイデアが思い浮かんだのに。 時間ができた時、いざ何かを考えようと、ペンと紙を用意して机に座っても、白紙のまま1日が終わった。 若者はこの生活で夢を叶えるのは、不可能だと思った。 だが一つ分かったことがあった。 それは仕事の必要性だ。 確かに、仕事を懸命にやったところで夢は叶わない。 だが、仕事を全くやっていないと、堕落してしまうからだ。 それなら、自分が不快に思わない程の仕事量をやりながら、その空いた時間に夢を叶えるための活動をすればいいんだ。 それが結論だった。 それが直雄にとってこの職場、圧夢駅を作るきっかけになったのだ。 『そう思って立ち上げたのが、この会社だ』 『…理由は、分かったんだけど、それじゃ、この会社がどうやって成り立ったのか、分からないよね?』 『はぁ〜、またそれか。だからいいだろ?とにかく、必要とされているんだよ、この会社は』 『今は、それで納得しろってことか?はぁ〜分かったよ』 『明日から頑張れよ!木野!』 『もう働くのかよ』 僕は事務所から出た。 直雄は、ここに来たばかりの僕を働かせようとしていて、僕はそれを受け入れたのだ。 他にも直雄から色々な話を聞きたかったが、得られた情報は少なかったな。 ・時間が余りすぎると、信念を持っていても人間は堕落する。 ・夢を叶えるために必要なのは、環境の圧力。 ・環境の圧力が夢を叶えるための活動を促進させる効果があること。 ・だが、仕事より夢を優先するため、自分が不快にならない量にする。 こんな所か。 生活するのに不備はなさそうだが、夢を叶えるのは、そこまでしないといけないということか。 直雄は僕の夢を知っている。 僕の夢は、自分の人生を生きて、色んな体験をして、それを一つのストーリーにする事だ。 体験だけじゃなく、小説や映画、ゲーム、アニメ、漫画、音楽、絵、彫刻、様々な美術品。 それらには、制作者の様々な思いや伝えたいこと、生き様が、詰まっている。 僕はそれらを、見て、触れて、体験して、自分が何を思うのか、それを一つのストーリーにすれば、自分が生きてきた人生の答えになると思った。 それが僕の夢だ。 このことを、高校時代に直雄に話すと、直雄も自分の夢を語ってくれた。 誰もが知っているような、凄腕の作曲家になる。 それが直雄の夢だ。 明天が持っているメダルを見るため、と自分に言い聞かせながら、僕はここで働くと決めた。 何一つ納得できることはなかったが、そもそも、これが現実かどうか分からない以上、無理に帰ろうと思っても、帰れないのだろう。 全員が面を付けている状況の中で、直雄だけが面をつけていない理由は、まだ現実を否定してないからだ。 彼の人生で少なくとも今までは、このことは絶対に忘れたいとか、悲惨すぎる体験は起こっていないのだろう。 だがここで働いている他の人たちは違う。 この人たちは、全員、僕やあの老婆のように、面を付けるほど忘れたい記憶、壮絶な体験があったんだ。 一人一人に聞いて回るか? すぐには解決できそうにないが仕方ないか。 それから、気が付けばあれから数ヶ月が経っていた。 僕はここの仕事にすぐに順応できた。 直雄に言われた通り、前の工場とほとんど同じ作業だからだ。 短い作業時間、長い休日、生活費も全て会社負担、寮での一人暮らしだが、悪くない生活だった。 何より寮が職場の隣にあるのが最高だった。 朝早く起きて、渋滞に巻き込まれながら行く憂鬱な朝は、もうない。 だが絶対に守らないといけないルールもあった。 それは、夢を叶えるための活動を一日に一度は必ず、行わなければならないこと。 それを会社では、ノルマと呼んだ。 ノルマは自分で定めることができたため、非常に簡単なものでも良かった。 だから僕は仕事が終わったら一日、一行(10文字程度)だけ小説を書く、とノルマを決めて活動していた。 その日の深夜0時、その時間までに、ノルマを達成しなければならなかった。 そんな簡単なノルマでも、認められたのだ。 毎日が楽だった。 夢の実現に、確実に近づいている感覚が、自分に生きる意味を与えてくれた。 だが僕がやっていたのはこれだけじゃない。 面を付けて働いている人に、最近おかしなことが起こってないか、聞いて回っていたのだ。 1人でも多くの人を解放(面を壊す事)できるように、僕なりに行動していた。 『あぁ、全て思い出した。まさか自分の腕が、事故で切断されていたことを忘れていたなんて』 『辛いでしょうが、それが事実です。でも今は耐えるしかない』 僕は従業員の1人に違和感を覚えた。 名前は※※※さん。 その人には身体に明らかな障害があった。だが本人は、その理由を覚えていなかった。 片腕がない上に、残った指も少ないから、作業に対して、明らかに不慣れな様子だった。 僕はそんな※※※さんに、話しかけ、腕や指がなくなった訳を聞いていって、失っていた記憶を思い出させた。 そして、どうにかその人の面を、壊すことができた。 『木野さんが話しかけてくれなければ、私は機械に巻き込まれて失ったこの両手のことを、忘れたまま生きていた。怪我をしたのはもう何年も前の話なのに』 『真実を忘れたまま過ごす。僕も同じ経験をしましたから、辛いのは承知しています』 右腕は前腕ごと欠損。 左手は残っているものの、薬指と小指が半分で、人差し指はなかった。 残っているのは親指と、中指の合計2本だけだ。 ※※※さんは、随分と短くなった右腕を、指がほとんど残っていない左手でさすりながら、悲愴だが信念が宿った目で自身の決意を語る。 『……それでも事故のことは今でも恐ろしい。私がこの仕事を続けられるのかどうか、人事部の人と相談してきます。木野さん、色々とありがとうございました』 僕は差し出された左手を握りしめ、励まそうと言葉をかけた。 残った2本の指に、力が入らない感触が、掌に残った。 握手してみて、この人の痛みをほんの少し、理解できた気がする。 『頑張って下さい!』 そう言って、※※※さんは、事務所に向かった。 これで良かったんだよな。 確かに、忘れたいような悲惨な記憶を無理矢理、思い出すのは苦しいと思う。 だけど、どこかで真実と向き合わなければならないんだ。いや、いずれ向き合うことになる。 犬に噛まれたお婆さんのようには、ならなかった。 僕は初めて自分の力で、面を壊す事ができたのだ。 とはいえ、まだまだ面をつけた人は大勢いる。全員の面を壊すのは、途方もない時間が必要だろう。 それでも、面が見えるのが僕だけだ。僕がやり遂げなくてはならない。 それにしてもこんなに長い間、家を離れて生活したのは初めてだ。 だが、家から連絡が一切来ない。こっちから連絡することもできなかった。 現実味がない。 だから気にしても仕方ない。 これは夢だからいつか覚める。 そう自分に言い聞かせた。 帰る必要なんて、今はないんだから。 『※※※と何かあったのか?』 直雄が後ろから話しかけてきた。 『いや、ちょっと仕事のアドバイスを貰ってただけさ』 面のことは、誤魔化した。 『そうか、相変わらず真面目だな。もう少し楽にしてりゃいいのに』 『そうはいかないよ、僕は不器用だし、要領が悪いからね』 『あんまり仕事ばっかり気にしてると、ノルマができなくなるぞ』 『大丈夫』 『ならいいが。まぁ俺も今日は仕事が多いから、残業だ。だから人のことは、あんまり言えないんだけどな〜。ノルマを、優先したいのによぉ』 『なおの、ノルマは何?曲作りのことに関してだとは思ったんだけど、どのくらいのことをやってるの?』 『俺か?1曲作成』 『1曲作成!?それ、期限に間に合うの!?』 『いっつもギリギリだが、何とかな。自分で定めたノルマだ、これくらいこなしてみせるさ』 『そこまでしなくても…』 『ほら、これが昨日作った曲!』 直雄はまたしても、音楽を聴かせてきた。 『だから、聴こえてこないんだって!』 『まだかかるか』 『まだかかる?』 直雄は、音のないこの空間でどうしてそこまでして、自分の作った音楽を聴かせてこようとするのか? 僕には理解できなかった。 『そのうち聴こえるようになるさ!それじゃあな!』 『あ、あぁ』 直雄は、仕事に戻った。 1日1曲作成。直雄は仕事をしながら、それをこなしているのか。 ノルマは休日も達成しなければならない。 直雄とすれ違った時、あいつの耳に大きな傷の跡が見えた。 ※※※さん程とは言わないが、僕にはそれが痛々しく見えた。 やはり工場勤務に労災は絶えないのだろう。 そんな、苦労をしながら、夢を追っているのか。 夢に関しては、あいつの方が熱心だな。熱心……。 僕が今、熱心になっているものは、メダル……か。 そうだ、メダルのことも忘れちゃならない。 だが、何も手がかりは見つかっていない。 明天、どこにいるんだ? 案内しておいて、何も言ってくれないのかよ。 まぁいいさ、今回も僕は独自に探してみせる。 それから、僕は四時間という短い業務を終わらせて、帰る準備をしていた。 さて、今日も小説の続きを少しだけでも、考えなくては。 考え込みながら僕は帰る支度を整え、ロッカールームから出ようとした。その時。 『ば、化け物ぉ!?』 ※※※さんの大声が聞こえた。 いや、聞こえたように感じた。 音が聞こえなくても、声の感じ方で誰なのかは、判断できたのだ。 事務所の方からだ。 そこに目をやると、※※※さんが慌てながら扉を突き飛ばして出てきて、尻もちを着いていた。 ※※※さんは、目を思いっきり見開いて、恐怖し、震えていた。 『※※※さん!?どうしました!?』 ※※※さんは、僕の声を無視して、倉庫の方へ千鳥足で駆けて行った。 すると、事務所の扉から、巨大な茶黒い色の腕が見えた。 『え…?』 その腕は毛深く、筋骨隆々で、動物園で見たゴリラのような、あるいはそれ以上の太さをしていた。 爪は黒くて鋭く、先が三角形に尖っていた。 やがてその図体が、のっそりと事務所から姿を現した。 『化け…物だ』 この場所に対しての、認識が甘かった。 こんな化け物が存在しているとは。 最初に来た時の警戒心が、完全になくなっていたんだ。 事務所の扉が小さく感じる程の巨体を、捻りながら、その化け物は出てきた。 その姿は、人に似ているが、遠目からでもハッキリと化け物だと認識できる。 全身が黒い毛に覆われ、顔は黒子が付けているような、白い垂れ布を顎まで垂らしている。 尖った両耳からは矢のような細い棒が突き出ていて、そこから血が流れていた。 そして筋骨隆々の黒い肉体で、全身は3メートルを超えていた。 顔面ではなく、頭頂部にあの面を帽子のように被っていた。 面の底部からその布が垂れていた。 アニメやゲームに出てきそうな、邪悪な存在、それが一番印象に近いだろう。 細部までは認識できなかったが、僕にはあれが、恐怖の権化にしか見えなかった。 『ヅダァワラナィヨォォォ!』 化け物は意味不明な奇声をあげながら、※※※さんを追って倉庫の方へ歩いていった。 何だ!?あいつは!? 恐ろしい…。 確かに※※※さんが驚くのも納得だ。 どうする?追うか? 僕が追ってどうにかなるのか? でもこのままじゃ、※※※さんが襲われてしまう。 行こう、もう誰かが死ぬ所なんて見たくない! 意を決して、僕は化け物の後を追った。 不安はあった。僕はまた、後悔するんじゃないのか? それでも、動かなくちゃ!僕が気づいた時にはいっつも遅いんだ! だったら、迷ってる時間はない! 倉庫に着いた。 暗いな…だが化け物は間違いなくこの場所にいる。 ※※※さんは、どこだ?無事か? 電気をつけ…いや、やめておこう。 何の音も聞こえない、何も見えない。 探そうにも、これじゃ探せない。 嫌な予感がする。 僕が追って、助ける? どうやって?引き付けて時間を稼ぐか? それは甘い考えだったんだ。 ※※※さんは、もう殺されていて、僕も見つかってしまう。それであの化け物に……っ!?やめろ!そんなこと考えるな! 僕が何とかするんだろ!だったら救う方法を考えるんだ! そうだ!先に見つければいいんだ! 化け物よりも、絶対先に※※※さんを見つけてみせる! 恐怖から生まれたネガティブな感情を、何も解決しないゴリ押しな迷案で、誤魔化した。 そうでもしないと、化け物と静寂と暗闇に、精神を壊されてしまう。 何が分かる?この五感で、今何を感じる?見えない、聞こえない、匂い…は、錆びた物が多すぎてよく分からない。 そう思っていたら、倉庫に置いてあった機械の備品に手が触れた。 そうだ、今唯一頼れるのは手の感触、五感の触覚だけだ。 どうか、化け物に触れませんように! 手元、足元に細心の注意を払い、ペタペタと機械の端を触りながら、進んでいく。 ペタペタ、ペタペタペタ。 ペシャッ(無音) 足元には零れた機械油が、掃除もされずに放置されている。 どこだ?何処にいる? 硬い機械の感触ばかりだ。 たまにある柔らかい感触は、恐らく機械につけたクッション材だろう。 手汗が止まらない。うっかり化け物に触れてしまったらと、考えたら進めなくなるため、なるべく考えないようにした。 それにしても、錆の匂いがほんとにキツイ場所だ。 んっ!? 何かを掴んだ! 機械じゃない、クッション材とも違う……っ!これは!手だっ!誰かの手……※※※さんの手だ! 間違いない。この少ない指の感触が皮肉にも伝えてくれた。 この手は※※※さんの手だ。 良かった!化け物に襲われる前に、※※※さんを見つけられたんだ! 僕は化け物に見つからないように小声で、話しかけた。 『※※※さん!僕です!木野です!さぁ、早くここから逃げま――』 その時、僕が手元に引いた※※※さんの手に、力はなく手首からダランっと下に垂れた。 あれ?※※※さん?? それが示していたのは、そこにいるはずの※※※さんがいない事だった。 まさか、僕が握っているのは、切断された※※※さんの……!? パチッ(無音) 急に電気が付いた。 光が僕が掴んだ手の、正体を照らす。 そう、僕が掴んでいたのは、腕だ。それ以外は何もない。 腕だけだった。 『あぁっ!!?』 それを脳が理解した瞬間、僕は思わず手を離してしまった。 ベチャッ(無音) それが落ちたのは、真っ赤な血溜まりの中だ。 『うわあああっ!!』 後ずさりして、後ろにあった機械のクッション材に触れた。 だが、それは嫌にブヨブヨしていて、ベトベトだ。 これ……違う!?これはクッション材なんかじゃない!これは、人の……肉片!? 目に映ったのは、どこの部位かも分からない程、ぐちゃぐちゃにされた肉片だった。 ま、まさか。僕が通ってきたのはっ!? 恐る恐る振り返った。 その辺り一面が、肉片、骨、内蔵、見分けが付かないくらい、おびただしい量のそれらが、散乱していた。 血溜まりを踏んで歩いた、自分の足跡を見て、僕がどこを通ったのか、何を触ってきたのか理解した。 機械の備品にべっとりとこびり付いた、肉片を触ってきたのだ。 肉片だけじゃない。 身体から剥き出た脳、目玉、心臓、肺、腸、腎臓、肝臓、血管……それらがそこら中に、ぐちゃぐちゃに散らばっている。 所々剥き出した白い部分は骨だろうか。 それらをクッション材と勘違いして。 当然、自分の手も真っ赤に染まっていた。手汗なんかじゃなかった。 『……ぁあぁ……ぅおぇえっ!……』 嗚咽、目眩、吐き気、涙、言葉にできない感情が湧き上がってくる。 目に映るもの、匂い、感触、全てが気持ち悪い。 聴覚と視覚がなかっただけで、ここまで気づけなかったのか!? 打ちのめされていく中で※※※さんが死んだことを、じっくりと確実に理解していった。 既に遅かった。 結局僕は何もできなかった。 そういえば、化け物は?っ!?まだここにいる!? というか、なんで突然電気がついたんだ? まだ、恐怖は終わってない。 『暗かったから電気つけてみたらよぉ、おいおい、何だこの凄惨な現場は?』 『なお!?』 そこにいたのは、顔を傾け、片手で耳を抑えながら、もう片方の手で電気のスイッチに手を当てていた直雄だった。 化け物じゃなかったのか。 いや、まずい!まだ化け物が近くにいるんだ! 『木野、大丈夫か――』 『今すぐここを離れよう!化け物がっ!化け物が近くにいるんだ!』 僕は直雄の肩を掴んで、揺さぶりながら必死に忠告した。 ここに留まっていてはダメだ。 『落ち着けって』 『これを見て落ち着いていられるか!?化け物が、奴がやったんだ!僕は見た!事務所から出てくる化け物の姿を!あれは、悪魔そのものだった!』 『……だから騒ぐなって』 どうして何も動じてないんだ?まさか、この悲惨な光景が見えてないのか? 『どうして!?』 『音楽が聴こえないだろ』 『は?音楽?こんな時に何を言っているんだ!これが見えないのか!?』 僕は直雄に見えるようにバラバラの肉片を指さした。 『そこら中にバラバラで転がってるのは※※※だ。知ってるんだよ。だってそいつは、期限内にノルマを達成できなかったんだからな』 『ノルマを達成できなかった?』 『あぁ、だからこうなった。納期のデーモンに狩られたんだ。デーモンはノルマを達成できなかった社員を、処刑する悪魔。ノルマ達成の重大性を示すのに必要な存在だ』 嘘だろ。 ノルマを達成できなかったら、そんなペナルティがあったなんて。 あの化け物が、そのデーモンだと? 『どういうこと?何でそんなこと知ってるの?』 『俺は人事部だからな。これも必要な罰則だ。ノルマが達成できないやつは、ここで働く理由も、生きる価値もない』 何を言っているんだ? 直雄は、両手を広げて高らかに宣言した。 『ここは、夢を叶えるための理想郷!夢を叶えるために働き、生きる!そのために※※※は死んだ!そうしなければ生きるのは楽しくないんだよ!分かるだろ?それが理解できれば俺の音楽が聴こえてくるんだよ、木野』 僕の知っている直雄は、こんな狂った人間じゃない。 夢を叶えるのに必死だったが、人の死を無下に思う人間ではなかった。 一体何があったんだ? 何がお前をそんな風にしてしまったんだ!?メダルの音、それが示していたのは、真実だけじゃなく、木野の意思だった。今、木野と、明天の、思いが衝突する。過去を認めず新たな自分として生きるか。過去を認め、苦しんで生きるのか。その結末を見届けましょう。※※※ 目の前の光景が、現実であることを受け入れたくなかった。 破砕機に巻き込まれ、無惨な姿となった門宮。 これをやったのは、僕だ。 何も思わずに押した破砕機の運転スイッチ、それが門宮の上半身をぐちゃぐちゃに潰した。 どうして? どうしてこうなった? 僕は門宮に確認したはずだ、これから機械を運転させると。 それなのに、なんで巻き込まれた? 何故、門宮は了承した? こんなの不慮の事故じゃないか! 違う……僕じゃない…僕はやってない! いくらそう思っても、脳裏にこびりついた、あの光景が真実を突きつける。 否定することができない。 否定したところで現実は変わらない。 どうしよう? どうしたら、門宮は助かるのか? いや、もう助からない。 上半身が完全にすり潰れているからだ。 こんな光景、フィクションでしか見たことがない。 なら、僕はどう責任を取ればいい? 何をすれば許される? 警察呼んで、全て僕がやったと、素直に白状して、逮捕されて、死刑になって、刑務所で惨めに死んだらいいのか? 他人の命を奪った代償は、自身の命で償えばいいのか? それで、門宮は納得するのか? 僕はそれで許されるのか? いや、何をしても、意味はない。 おかしいよ、こんなの。 認めない………こんな現実、こんな僕は、絶対認めない! 認めたくない。 僕は殺人なんて起こさない、ましてや、門宮を殺すことなんて、ありえない。 だが、実際に門宮は目の前で死んだ。 人の命が失われれば、二度と戻ることはない。 それを自らの手でやってしまったのだ。 その罪悪感から逃れることはできない。 門宮を殺した。この真実は、この先、何年経っても、何を成し遂げても、どれだけ喜ばしい体験があったとしても、ずっと、心に大きな傷として残り続けるだろう。 それだけじゃない、門宮の家族や友達にとっては、門宮と、突然の別れになる。 その責任を僕はどう取ればいい? 僕は死んだ方がいい。 いや
真実から逃げた僕は、自分の中で永遠の眠りにつこうとした。 そうしていれば、このまま静かに過ごせると思っていた。 罪の意識は自分の存在と一緒に消えると思っていた。 あの音は聞こえてこない。 この場所《圧夢駅》では、何も聞こえない。 はずだった、だが——。 ちゃりん♪ 「出テイケェエ!!」 圧夢駅に残っていたデーモンに、罵声とともに殴られ、その強烈な痛みで目を覚ます。 痛みだけではない、あの音が、また僕の耳に聞こえてきた。 その音の方が、失いかけていた意識をより強く目覚めさせる。 どれだけデーモンに殴られても、ここで殺されてしまおうが構わない。 メダルが落ちる音だけは、聞きたくなかっ――ゴンッ! またしてもデーモンに殴られた。 デーモンの拳が、僕の顔を凹ませる。 僕は地面に叩きつけられ、その反動で身体が宙に浮いた。 痛った。 ……これ絶対、死んだだろ。 と思ったが、残念ながら僕の意識はまだ残っていた。 そうか、僕は死ぬほどの痛みを一度も経験したことがないから、これは想像上の痛みでしかない。 だから死なないのか。 ここは、記憶と想像で作られた世界だった――ゴギィ! 今度は地面が陥没する程の勢いで、叩きつけられた。 この痛みは、ずっと続くのか? それでいい。 僕は門宮を殺したんだ。 この痛みが永遠に続けばいい。 それが僕に対する罰なら、全て受けるさ。 それでいいんだけど……でも。 ちゃりん♪ だったら、どうしてこの音は止まないんだ! 何度も何度も、僕に罪を突きつけるかのように、聞こえてくる! 目的はもう終わったはずだ! 僕を真実へ導いただろ! 絶対に忘れたかった、最悪の記憶に! だから僕は、ここで眠ることを選んだ! そんな僕に、今更、何を求めてるんだ!? 「知ルカ」 溢れ出た感情をデーモンにぶつけた。 そうしたら今度は、後ろの壁ごと殴り飛ばされた。 壁は破壊され、僕はその奥へぶっ飛ばされた。 その衝撃で、辺りに砂煙が漂い、視界が遮られる。 ここで叫んだところで、意味なんてない。声なんて出てないし。 そんなこと分かってる。 ちゃりん♪ まただ。 また、聞こえてくる。 これが、本当の苦し
僕は、門宮を殺した。 それが、僕がどうしても忘れたかった真実だ。 あの時僕は、破砕機の運転スイッチを押し、起動させた。 門宮はそれに巻き込まれて、ぐちゃぐちゃになった。 ただそれを、呆然と眺めていた。 その日、僕と門宮は、二人で破砕機のメンテナンス作業をしていた。 門宮は破砕機の保護カバーを開け、中で破砕機の部品を取り付ける作業をして、僕はその外で交換した部品を掃除する作業をしていた。 その時、門宮は、付き合っている彼女について話してきた。「いやぁ〜、実はあの子と別れたんすよ」 唐突な発言だった。 ついこの前までは、人生が楽しくてたまらない、とか喜んでいたのに。「何かあった?」 門宮の様子がおかしかった。 そんな、淡々と別れ話をするようなやつではない。 僕はその異様さに気付いていながらも、話を聞いた。「バイトと大学の勉強が忙しいから、一緒にいる時が少なくなったんすよ。なのに、こっちに休みを要求するんですよ、おかしくないですか?いやいや、俺の有給だって無限にあるわけないっしょ。それに、どーでもいいことばっか、いちいち文句言ってきて、それで、だんだん、面倒になってきて」 いつも通りのうざい喋り方だった。 彼女と別れたらしいが、それほど落ち込んでもいないらしい。 そのまま門宮は、付き合っていた彼女への愚痴を喋り続けた。 彼女と仲が悪そうな雰囲気は、門宮の話を聞く限り、感じなかった。 だがこうもあっさり、唐突に別れることがあるとは、恋愛とは僕には全く理解できない。 だけど、僕はこの時の話をいつも通りだと思ってしまった。 それが、間違いだった。 「本当に無駄な時間でした。なんであんなに夢中になってたんすかね?」 俯く門宮は、手に持った何かを見つめている。 言及はしなかったが、おおよそ彼女との思い出の物か何か、なのだろうと思った。 「取り付けは終わった?」「はい」 この時の返事は、声が籠っていたが、僕は気にしなかった。「それじゃ、回すよー」 門宮に、運転開始の合図を送る。 そして僕は破砕機の方を見て、そこに門宮がいないことに気づいた。 破砕機から、離れているのか? そう思った僕は、何のためらいもなく、スイッチを押した。 ぐちゃぐちゃ、ベギィ!ゴギッ! ――
飛び込んだ扉の奥には、暗い場所に大きなモニターと、面を付けた2人がいた。 それが誰なのかは、今は分からない。 「明天、本当にやるのか?」 面を付けた、背が高い方の男(声色で判断した)が僕に話しかけてくる。 明天?何でそう呼ぶんだ?「えぇ、それしか方法はありません」 今のは!? 僕が喋ったのか!? えっ!?声が出ない!体も動かない! どうなってるんだ!? 体を動かそうにも、瞬きひとつもできやしない。 だけど、さっき、僕の口から言葉が発せられていた。 それは僕の意思じゃない。 まるで、他の誰かの体に、自分の魂だけが憑依しているような感覚?だ。 「私が、木野を救います。そのために、真実を永遠に忘れるように誘導するのです」「分かってる、このままじゃ、自我が崩壊する。今は偽りの記憶で誤魔化したけど、いずれ、メダルの音が木野を真実へ導くだろう」 偽りの記憶? モニターには、僕とリーダーが映っていた。 映像から音は聞こえてこないが、しばらくして、映像の僕はリーダーに首を絞められていた。 そうか、思い出したぞ。 門宮を殺したのはリーダーだったじゃないか。 どうしてそんな重要なことを忘れていたんだ? まさか、その体験自体が偽りの記憶だったのが!? だが、この映像があの時の出来事なら、僕が今見ているのは明天の過去なのか? 「おい!このままじゃ、俺が死ぬぞ!」 その時、面を付けた背の低い方が、慌てるようにモニターに映る僕を指し、明天に止めるように訴えている。 俺、その一人称は、僕が小学生時代の一人称だ。 なんだか、昔の僕と喋り方が似ているな。 どうして僕のことを、俺と呼ぶんだ? 疑問は残ったまま、映像は流れ続ける。 僕はこの先を覚えている。 明天が僕を助けに来て、リーダーは警察に連行された。 あの時は、明天に感謝したが、今となっては、それも僕を真実から遠ざけるために、やったことだったんだ。 いや、待てよ。 このまま、明天がここにいたら、僕は首を絞められて、殺されてしまう!? 「いやぁ、それは困りますねぇ。救いに行くとしますか。あなた方の未来を」 ここで様子を見ていたのか、そしてこの時、僕の元へやってきたんだな。 見られている。 明天が言ったこの言葉は、面を付けた2人のこと
デーモン《直雄》は、電車に轢かれて動けなくなった。 それでも、直雄は死んでおらず、僕に対して「二度とここに戻ってくるな」と何度も言い放つ。 だが僕は戻るつもりなどない。 僕はその電車に乗り、圧夢駅を発つ。 やっぱり、この電車も無人だ。 誰も乗っていない。 それでも、電車は動き出した。 電車内では振動だけが伝わってくる。 音がない環境にもすっかり馴染んできたが、それも今日で終わりだ。 真実を追うために、圧夢駅から出る。 そして明天を探す。 ガタン、ゴトン。 「何っ!?」 電車が走り出してしばらく経つと、久々に音が戻ってきた。 それにびっくりした僕は、思わず声が漏れていた。 音が聞こえるのはこんな感覚だったか。 今、圧夢駅を出たんだな。 いや、待てよ。 僕は久々に音を聞いたんじゃない。 大きな音が聞こえたから、驚いたんだ。 直雄の声や、メダルが落ちる音、圧夢駅でこれらの音は、確かに聞こえたじゃないか。 なぜだ? 圧夢駅は、一切の音が聞こえない空間?のような場所だった。 あの場所で数ヶ月、働いて過ごしたが、聴覚が失われたのか?と思う程、何の音も聞こえなかった。 それでも、デーモンに殺されそうになったあの時、メダルの音が聞こえた。 だからこそ、僕はその音が、今乗っている、この電車を呼び寄せていることに気付くことができた。 だから、こうして脱出できたけど……いや、待てよ。 振り返ってみると、これまでに様々な場面で、不自然にメダルが落ちる音が聞こえていた。 ・門宮が殺された時・門宮を殺した犯人に、僕が殺されそうになった時・なな(犬)を見つけた時・山で突然電車が現れた時・その電車で圧夢駅に着いた時・デーモンから逃げる最中に3回 ありえないことばっかり起きたけど、メダルの音はどの場面にも共通して聞こえてきた。 僕は音に導かれるまま、この場所にたどり着いたのか? 誰が何のために? ……門宮なのか? 明天は言っていた、誰かに見られている、と。 僕を見ているのは門宮なのか? あの時、何もできなかった、ただ見ているだけだった僕を、恨んでいるから、こんな逃げ場のない悪夢を、見せているのか? それなら、僕は何をすれば許されるんだ? そんなの、考えて
直雄《なおたけ》は、※※※さんが死んだ真相を知っていた。 それは、期限内にノルマを達成できなかった※※※さんが、罰則としてデーモンに殺されてしまったことだった。 肉体がバラバラになるほど無惨に殺されたんだ。 それを知っていて、何で平然としていられるんだ?『木野、これは必要な犠牲なんだ。実際に誰かがこうならないと、ノルマの存在意義がなくなる』『だからって、人を殺していい理由には、ならないだろ!』『いや、そんなことはどうでもいい。これが現実かどうかなんか分かってねぇし。このことを咎める者は、この場にはいない。お前を除いてな』『酷すぎないか?ノルマを達成しろって言われても。達成できなかったら殺されるなんて。そんなこた、僕は聞いてなかった!』『あぁもう!うるせぇな!音楽が聴こえねぇって言ってるだろ!デカい声出しやがって!』『だから!音楽なんて今はどうでも――』『どうでもいい訳ねぇだろ!!』 直雄はその言葉に激怒した。 その声は僕には、聞こえないはずなのに、物凄い怒号を聞いたように感じた。 怒っているのは僕の方なのに。『こっちはそこに命かけてるんだ!人が死ぬのはこの会社のルールだ!この無音の空間は俺の作った曲だけが聴こえるんだよ!絶対にな!そういう風にできているんだよ!』 俺が作った曲だけ聴こえる!? 一体どんな理屈で聴こえるんだ? それに、うるさいとか、騒がしいとか、なんで僕の声の大きさを気にしてるんだ?音は聞こえないはずなのに。『他の社員には全員聴こえる。俺の作った曲の音だけがな。聴こえてないのは、お前だけだ。お前は、いい夢を持っていた。小説家になるんだろう?だったらこの事実を受け入れて、励むんだ!夢を叶えるには覚悟が必要だ!その覚悟を見出せば、必ず聴こえてくる!』『いや、それは違うよ。いくら夢を叶えるためだからって、殺人も許される訳ないんだ!悪いけど、君の音楽は僕には聴こえない』 そうだ、もうここにいたらダメだ。 僕は倉庫の出口へ向かって歩き始める。『おい!どこへ行くつもりだ!?』『僕は今すぐ、ここから出ていく』『は?待てよ。出ていくって、だからどこへ行くつもりだ?』『ここじゃない所に行く!』『何言ってんだ?お前はここで働くと約束したじゃないか!仕事はどうするんだよ?ノルマは?夢は?全部放ったらかしにするつもりか!