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7話「デーモン」

Penulis: カワード
last update Tanggal publikasi: 2026-08-21 21:18:52

 ある日、夢を追う若者がいた。

 だが日々を忙しく過ごす中、夢を追いかけるのは困難だった。

 何故、俺たちは生きるための理由である夢を、諦めて生きているのか?

 そうやって生きて何が楽しい?

 夢を諦めて、生きるのではない。

 夢を叶えるために、生きるのだ。

 若者は、勤めていた会社を辞めて、夢を追った。

 仕事に取られていた時間が、今はある。それが無限に存在しているように感じた。

 この時間を、有効に使うぞ。

 若者は張り切った。

 夢は音楽を作ることだ。

 朝から晩までずっと作曲していた。

 この生活を続ければ、夢は叶うんだ。そう思っていた。

 だが現実は、甘くはなかった。

 若者は、最初こそ張り切って活動を行っていたが、有り余る時間がかえって彼を堕落させた。

 時間があるから、明日すればいい。1ヶ月以内が目標だった、いや、3ヶ月以内だったか?まぁいいか、どうせ、明日も時間はある。

 何かしらの目標を立てたとしても、時間はたっぷりあるからと言って、全く別のことをして過ごしている日々。

 当然働いていないので、金は減る一方だ。

 夢を叶えるには程遠い生活だった。

 曲のアイデアも浮かんでこなくなった。

 仕事中は、いくらでもいいアイデアが思い浮かんだのに。

 時間ができた時、いざ何かを考えようと、ペンと紙を用意して机に座っても、白紙のまま1日が終わった。

 若者はこの生活で夢を叶えるのは、不可能だと思った。

 だが一つ分かったことがあった。

 それは仕事の必要性だ。

 確かに、仕事を懸命にやったところで夢は叶わない。

 だが、仕事を全くやっていないと、堕落してしまうからだ。

 それなら、自分が不快に思わない程の仕事量をやりながら、その空いた時間に夢を叶えるための活動をすればいいんだ。

 それが結論だった。

 それが直雄にとってこの職場、圧夢駅を作るきっかけになったのだ。

『そう思って立ち上げたのが、この会社だ』

『…理由は、分かったんだけど、それじゃ、この会社がどうやって成り立ったのか、分からないよね?』

『はぁ〜、またそれか。だからいいだろ?とにかく、必要とされているんだよ、この会社は』

『今は、それで納得しろってことか?はぁ〜分かったよ』

『明日から頑張れよ!木野!』

『もう働くのかよ』

 僕は事務所から出た。

 直雄は、ここに来たばかりの僕を働かせようとしていて、僕はそれを受け入れたのだ。

 他にも直雄から色々な話を聞きたかったが、得られた情報は少なかったな。

・時間が余りすぎると、信念を持っていても人間は堕落する。

・夢を叶えるために必要なのは、環境の圧力。

・環境の圧力が夢を叶えるための活動を促進させる効果があること。

・だが、仕事より夢を優先するため、自分が不快にならない量にする。

 こんな所か。

 生活するのに不備はなさそうだが、夢を叶えるのは、そこまでしないといけないということか。

 直雄は僕の夢を知っている。

 僕の夢は、自分の人生を生きて、色んな体験をして、それを一つのストーリーにする事だ。

 体験だけじゃなく、小説や映画、ゲーム、アニメ、漫画、音楽、絵、彫刻、様々な美術品。

 それらには、制作者の様々な思いや伝えたいこと、生き様が、詰まっている。

 僕はそれらを、見て、触れて、体験して、自分が何を思うのか、それを一つのストーリーにすれば、自分が生きてきた人生の答えになると思った。

 それが僕の夢だ。

 このことを、高校時代に直雄に話すと、直雄も自分の夢を語ってくれた。

 誰もが知っているような、凄腕の作曲家になる。

 それが直雄の夢だ。

 明天が持っているメダルを見るため、と自分に言い聞かせながら、僕はここで働くと決めた。

 何一つ納得できることはなかったが、そもそも、これが現実かどうか分からない以上、無理に帰ろうと思っても、帰れないのだろう。

 全員が面を付けている状況の中で、直雄だけが面をつけていない理由は、まだ現実を否定してないからだ。

 彼の人生で少なくとも今までは、このことは絶対に忘れたいとか、悲惨すぎる体験は起こっていないのだろう。

 だがここで働いている他の人たちは違う。

 この人たちは、全員、僕やあの老婆のように、面を付けるほど忘れたい記憶、壮絶な体験があったんだ。

 一人一人に聞いて回るか?

 すぐには解決できそうにないが仕方ないか。

 それから、気が付けばあれから数ヶ月が経っていた。

 僕はここの仕事にすぐに順応できた。

 直雄に言われた通り、前の工場とほとんど同じ作業だからだ。

 短い作業時間、長い休日、生活費も全て会社負担、寮での一人暮らしだが、悪くない生活だった。

 何より寮が職場の隣にあるのが最高だった。

 朝早く起きて、渋滞に巻き込まれながら行く憂鬱な朝は、もうない。

 だが絶対に守らないといけないルールもあった。

 それは、夢を叶えるための活動を一日に一度は必ず、行わなければならないこと。

 それを会社では、ノルマと呼んだ。

 ノルマは自分で定めることができたため、非常に簡単なものでも良かった。

 だから僕は仕事が終わったら一日、一行(10文字程度)だけ小説を書く、とノルマを決めて活動していた。

 その日の深夜0時、その時間までに、ノルマを達成しなければならなかった。

 そんな簡単なノルマでも、認められたのだ。

 毎日が楽だった。

 夢の実現に、確実に近づいている感覚が、自分に生きる意味を与えてくれた。

 だが僕がやっていたのはこれだけじゃない。

 面を付けて働いている人に、最近おかしなことが起こってないか、聞いて回っていたのだ。

 1人でも多くの人を解放(面を壊す事)できるように、僕なりに行動していた。

『あぁ、全て思い出した。まさか自分の腕が、事故で切断されていたことを忘れていたなんて』

『辛いでしょうが、それが事実です。でも今は耐えるしかない』

 僕は従業員の1人に違和感を覚えた。

 名前は※※※さん。

 その人には身体に明らかな障害があった。だが本人は、その理由を覚えていなかった。

 片腕がない上に、残った指も少ないから、作業に対して、明らかに不慣れな様子だった。

 僕はそんな※※※さんに、話しかけ、腕や指がなくなった訳を聞いていって、失っていた記憶を思い出させた。

 そして、どうにかその人の面を、壊すことができた。

『木野さんが話しかけてくれなければ、私は機械に巻き込まれて失ったこの両手のことを、忘れたまま生きていた。怪我をしたのはもう何年も前の話なのに』

『真実を忘れたまま過ごす。僕も同じ経験をしましたから、辛いのは承知しています』

 右腕は前腕ごと欠損。

 左手は残っているものの、薬指と小指が半分で、人差し指はなかった。

 残っているのは親指と、中指の合計2本だけだ。

 ※※※さんは、随分と短くなった右腕を、指がほとんど残っていない左手でさすりながら、悲愴だが信念が宿った目で自身の決意を語る。

『……それでも事故のことは今でも恐ろしい。私がこの仕事を続けられるのかどうか、人事部の人と相談してきます。木野さん、色々とありがとうございました』

 僕は差し出された左手を握りしめ、励まそうと言葉をかけた。

 残った2本の指に、力が入らない感触が、掌に残った。

 握手してみて、この人の痛みをほんの少し、理解できた気がする。

『頑張って下さい!』

 そう言って、※※※さんは、事務所に向かった。

 これで良かったんだよな。

 確かに、忘れたいような悲惨な記憶を無理矢理、思い出すのは苦しいと思う。

 だけど、どこかで真実と向き合わなければならないんだ。いや、いずれ向き合うことになる。

 犬に噛まれたお婆さんのようには、ならなかった。

 僕は初めて自分の力で、面を壊す事ができたのだ。

 とはいえ、まだまだ面をつけた人は大勢いる。全員の面を壊すのは、途方もない時間が必要だろう。

 それでも、面が見えるのが僕だけだ。僕がやり遂げなくてはならない。

 それにしてもこんなに長い間、家を離れて生活したのは初めてだ。

 だが、家から連絡が一切来ない。こっちから連絡することもできなかった。

 現実味がない。

 だから気にしても仕方ない。

 これは夢だからいつか覚める。

 そう自分に言い聞かせた。

 帰る必要なんて、今はないんだから。

『※※※と何かあったのか?』

 直雄が後ろから話しかけてきた。

『いや、ちょっと仕事のアドバイスを貰ってただけさ』

 面のことは、誤魔化した。

『そうか、相変わらず真面目だな。もう少し楽にしてりゃいいのに』

『そうはいかないよ、僕は不器用だし、要領が悪いからね』

『あんまり仕事ばっかり気にしてると、ノルマができなくなるぞ』

『大丈夫』

『ならいいが。まぁ俺も今日は仕事が多いから、残業だ。だから人のことは、あんまり言えないんだけどな〜。ノルマを、優先したいのによぉ』

『なおの、ノルマは何?曲作りのことに関してだとは思ったんだけど、どのくらいのことをやってるの?』

『俺か?1曲作成』

『1曲作成!?それ、期限に間に合うの!?』

『いっつもギリギリだが、何とかな。自分で定めたノルマだ、これくらいこなしてみせるさ』

『そこまでしなくても…』

『ほら、これが昨日作った曲!』

 直雄はまたしても、音楽を聴かせてきた。

『だから、聴こえてこないんだって!』

『まだかかるか』

『まだかかる?』

 直雄は、音のないこの空間でどうしてそこまでして、自分の作った音楽を聴かせてこようとするのか?

 僕には理解できなかった。

『そのうち聴こえるようになるさ!それじゃあな!』

『あ、あぁ』

 直雄は、仕事に戻った。

 1日1曲作成。直雄は仕事をしながら、それをこなしているのか。

 ノルマは休日も達成しなければならない。

 直雄とすれ違った時、あいつの耳に大きな傷の跡が見えた。

 ※※※さん程とは言わないが、僕にはそれが痛々しく見えた。

 やはり工場勤務に労災は絶えないのだろう。

 そんな、苦労をしながら、夢を追っているのか。

 夢に関しては、あいつの方が熱心だな。熱心……。

 僕が今、熱心になっているものは、メダル……か。

 そうだ、メダルのことも忘れちゃならない。

 だが、何も手がかりは見つかっていない。

 明天、どこにいるんだ?

 案内しておいて、何も言ってくれないのかよ。

 まぁいいさ、今回も僕は独自に探してみせる。

 それから、僕は四時間という短い業務を終わらせて、帰る準備をしていた。

 さて、今日も小説の続きを少しだけでも、考えなくては。

 考え込みながら僕は帰る支度を整え、ロッカールームから出ようとした。その時。

『ば、化け物ぉ!?』

 ※※※さんの大声が聞こえた。

 いや、聞こえたように感じた。

 音が聞こえなくても、声の感じ方で誰なのかは、判断できたのだ。

 事務所の方からだ。

 そこに目をやると、※※※さんが慌てながら扉を突き飛ばして出てきて、尻もちを着いていた。

 ※※※さんは、目を思いっきり見開いて、恐怖し、震えていた。

『※※※さん!?どうしました!?』

 ※※※さんは、僕の声を無視して、倉庫の方へ千鳥足で駆けて行った。

 すると、事務所の扉から、巨大な茶黒い色の腕が見えた。

『え…?』

 その腕は毛深く、筋骨隆々で、動物園で見たゴリラのような、あるいはそれ以上の太さをしていた。

 爪は黒くて鋭く、先が三角形に尖っていた。

 やがてその図体が、のっそりと事務所から姿を現した。

『化け…物だ』

 この場所に対しての、認識が甘かった。

 こんな化け物が存在しているとは。

 最初に来た時の警戒心が、完全になくなっていたんだ。

 事務所の扉が小さく感じる程の巨体を、捻りながら、その化け物は出てきた。

 その姿は、人に似ているが、遠目からでもハッキリと化け物だと認識できる。

 全身が黒い毛に覆われ、顔は黒子が付けているような、白い垂れ布を顎まで垂らしている。

 尖った両耳からは矢のような細い棒が突き出ていて、そこから血が流れていた。

 そして筋骨隆々の黒い肉体で、全身は3メートルを超えていた。

 顔面ではなく、頭頂部にあの面を帽子のように被っていた。

 面の底部からその布が垂れていた。

 アニメやゲームに出てきそうな、邪悪な存在、それが一番印象に近いだろう。

 細部までは認識できなかったが、僕にはあれが、恐怖の権化にしか見えなかった。

『ヅダァワラナィヨォォォ!』

 化け物は意味不明な奇声をあげながら、※※※さんを追って倉庫の方へ歩いていった。

 何だ!?あいつは!?

 恐ろしい…。

 確かに※※※さんが驚くのも納得だ。

 どうする?追うか?

 僕が追ってどうにかなるのか?

 でもこのままじゃ、※※※さんが襲われてしまう。

 行こう、もう誰かが死ぬ所なんて見たくない!

 意を決して、僕は化け物の後を追った。

 不安はあった。僕はまた、後悔するんじゃないのか?

 それでも、動かなくちゃ!僕が気づいた時にはいっつも遅いんだ!

 だったら、迷ってる時間はない!

 倉庫に着いた。

 暗いな…だが化け物は間違いなくこの場所にいる。

 ※※※さんは、どこだ?無事か?

 電気をつけ…いや、やめておこう。

 何の音も聞こえない、何も見えない。

 探そうにも、これじゃ探せない。

 嫌な予感がする。

 僕が追って、助ける?

 どうやって?引き付けて時間を稼ぐか?

 それは甘い考えだったんだ。

 ※※※さんは、もう殺されていて、僕も見つかってしまう。それであの化け物に……っ!?やめろ!そんなこと考えるな!

 僕が何とかするんだろ!だったら救う方法を考えるんだ!

 そうだ!先に見つければいいんだ!

 化け物よりも、絶対先に※※※さんを見つけてみせる!

 恐怖から生まれたネガティブな感情を、何も解決しないゴリ押しな迷案で、誤魔化した。

 そうでもしないと、化け物と静寂と暗闇に、精神を壊されてしまう。

 何が分かる?この五感で、今何を感じる?見えない、聞こえない、匂い…は、錆びた物が多すぎてよく分からない。

 そう思っていたら、倉庫に置いてあった機械の備品に手が触れた。

 そうだ、今唯一頼れるのは手の感触、五感の触覚だけだ。

 どうか、化け物に触れませんように!

 手元、足元に細心の注意を払い、ペタペタと機械の端を触りながら、進んでいく。

 ペタペタ、ペタペタペタ。

 ペシャッ(無音)

 足元には零れた機械油が、掃除もされずに放置されている。

 どこだ?何処にいる?

 硬い機械の感触ばかりだ。

 たまにある柔らかい感触は、恐らく機械につけたクッション材だろう。

 手汗が止まらない。うっかり化け物に触れてしまったらと、考えたら進めなくなるため、なるべく考えないようにした。

 それにしても、錆の匂いがほんとにキツイ場所だ。

 んっ!?

 何かを掴んだ!

 機械じゃない、クッション材とも違う……っ!これは!手だっ!誰かの手……※※※さんの手だ!

 間違いない。この少ない指の感触が皮肉にも伝えてくれた。

 この手は※※※さんの手だ。

 良かった!化け物に襲われる前に、※※※さんを見つけられたんだ!

 僕は化け物に見つからないように小声で、話しかけた。

『※※※さん!僕です!木野です!さぁ、早くここから逃げま――』

 その時、僕が手元に引いた※※※さんの手に、力はなく手首からダランっと下に垂れた。

 あれ?※※※さん??

 それが示していたのは、そこにいるはずの※※※さんがいない事だった。

 まさか、僕が握っているのは、切断された※※※さんの……!?

 パチッ(無音)

 急に電気が付いた。

 光が僕が掴んだ手の、正体を照らす。

 そう、僕が掴んでいたのは、腕だ。それ以外は何もない。

 腕だけだった。

『あぁっ!!?』

 それを脳が理解した瞬間、僕は思わず手を離してしまった。

 ベチャッ(無音)

 それが落ちたのは、真っ赤な血溜まりの中だ。

『うわあああっ!!』

 後ずさりして、後ろにあった機械のクッション材に触れた。

 だが、それは嫌にブヨブヨしていて、ベトベトだ。

 これ……違う!?これはクッション材なんかじゃない!これは、人の……肉片!?

 目に映ったのは、どこの部位かも分からない程、ぐちゃぐちゃにされた肉片だった。

 ま、まさか。僕が通ってきたのはっ!?

 恐る恐る振り返った。

 その辺り一面が、肉片、骨、内蔵、見分けが付かないくらい、おびただしい量のそれらが、散乱していた。

 血溜まりを踏んで歩いた、自分の足跡を見て、僕がどこを通ったのか、何を触ってきたのか理解した。

 機械の備品にべっとりとこびり付いた、肉片を触ってきたのだ。

 肉片だけじゃない。

 身体から剥き出た脳、目玉、心臓、肺、腸、腎臓、肝臓、血管……それらがそこら中に、ぐちゃぐちゃに散らばっている。

 所々剥き出した白い部分は骨だろうか。

 それらをクッション材と勘違いして。

 当然、自分の手も真っ赤に染まっていた。手汗なんかじゃなかった。

『……ぁあぁ……ぅおぇえっ!……』

 嗚咽、目眩、吐き気、涙、言葉にできない感情が湧き上がってくる。

 目に映るもの、匂い、感触、全てが気持ち悪い。

 聴覚と視覚がなかっただけで、ここまで気づけなかったのか!?

 打ちのめされていく中で※※※さんが死んだことを、じっくりと確実に理解していった。

 既に遅かった。

 結局僕は何もできなかった。

 そういえば、化け物は?っ!?まだここにいる!?

 というか、なんで突然電気がついたんだ?

 まだ、恐怖は終わってない。

『暗かったから電気つけてみたらよぉ、おいおい、何だこの凄惨な現場は?』

『なお!?』

 そこにいたのは、顔を傾け、片手で耳を抑えながら、もう片方の手で電気のスイッチに手を当てていた直雄だった。

 化け物じゃなかったのか。

 いや、まずい!まだ化け物が近くにいるんだ!

『木野、大丈夫か――』

『今すぐここを離れよう!化け物がっ!化け物が近くにいるんだ!』

 僕は直雄の肩を掴んで、揺さぶりながら必死に忠告した。

 ここに留まっていてはダメだ。

『落ち着けって』

『これを見て落ち着いていられるか!?化け物が、奴がやったんだ!僕は見た!事務所から出てくる化け物の姿を!あれは、悪魔そのものだった!』

『……だから騒ぐなって』

 どうして何も動じてないんだ?まさか、この悲惨な光景が見えてないのか?

『どうして!?』

『音楽が聴こえないだろ』

『は?音楽?こんな時に何を言っているんだ!これが見えないのか!?』

 僕は直雄に見えるようにバラバラの肉片を指さした。

『そこら中にバラバラで転がってるのは※※※だ。知ってるんだよ。だってそいつは、期限内にノルマを達成できなかったんだからな』

『ノルマを達成できなかった?』

『あぁ、だからこうなった。納期のデーモンに狩られたんだ。デーモンはノルマを達成できなかった社員を、処刑する悪魔。ノルマ達成の重大性を示すのに必要な存在だ』

 嘘だろ。

 ノルマを達成できなかったら、そんなペナルティがあったなんて。

 あの化け物が、そのデーモンだと?

『どういうこと?何でそんなこと知ってるの?』

『俺は人事部だからな。これも必要な罰則だ。ノルマが達成できないやつは、ここで働く理由も、生きる価値もない』

 何を言っているんだ?

 直雄は、両手を広げて高らかに宣言した。

『ここは、夢を叶えるための理想郷!夢を叶えるために働き、生きる!そのために※※※は死んだ!そうしなければ生きるのは楽しくないんだよ!分かるだろ?それが理解できれば俺の音楽が聴こえてくるんだよ、木野』

 僕の知っている直雄は、こんな狂った人間じゃない。

 夢を叶えるのに必死だったが、人の死を無下に思う人間ではなかった。

 一体何があったんだ?

 何がお前をそんな風にしてしまったんだ!?

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     デーモン《直雄》は、電車に轢かれて動けなくなった。 それでも、直雄は死んでおらず、僕に対して「二度とここに戻ってくるな」と何度も言い放つ。 だが僕は戻るつもりなどない。  僕はその電車に乗り、圧夢駅を発つ。 やっぱり、この電車も無人だ。 誰も乗っていない。 それでも、電車は動き出した。 電車内では振動だけが伝わってくる。 音がない環境にもすっかり馴染んできたが、それも今日で終わりだ。 真実を追うために、圧夢駅から出る。 そして明天を探す。  ガタン、ゴトン。 「何っ!?」 電車が走り出してしばらく経つと、久々に音が戻ってきた。 それにびっくりした僕は、思わず声が漏れていた。 音が聞こえるのはこんな感覚だったか。 今、圧夢駅を出たんだな。  いや、待てよ。  僕は久々に音を聞いたんじゃない。 大きな音が聞こえたから、驚いたんだ。 直雄の声や、メダルが落ちる音、圧夢駅でこれらの音は、確かに聞こえたじゃないか。  なぜだ?  圧夢駅は、一切の音が聞こえない空間?のような場所だった。 あの場所で数ヶ月、働いて過ごしたが、聴覚が失われたのか?と思う程、何の音も聞こえなかった。  それでも、デーモンに殺されそうになったあの時、メダルの音が聞こえた。 だからこそ、僕はその音が、今乗っている、この電車を呼び寄せていることに気付くことができた。  だから、こうして脱出できたけど……いや、待てよ。 振り返ってみると、これまでに様々な場面で、不自然にメダルが落ちる音が聞こえていた。 ・門宮が殺された時・門宮を殺した犯人に、僕が殺されそうになった時・なな(犬)を見つけた時・山で突然電車が現れた時・その電車で圧夢駅に着いた時・デーモンから逃げる最中に3回  ありえないことばっかり起きたけど、メダルの音はどの場面にも共通して聞こえてきた。  僕は音に導かれるまま、この場所にたどり着いたのか?  誰が何のために?  ……門宮なのか?  明天は言っていた、誰かに見られている、と。 僕を見ているのは門宮なのか? あの時、何もできなかった、ただ見ているだけだった僕を、恨んでいるから、こんな逃げ場のない悪夢を、見せているのか?  それなら、僕は何をすれば許されるんだ? そんなの、考えて

  • 音したメダルに誘われて   8話「出ていけ」

     直雄《なおたけ》は、※※※さんが死んだ真相を知っていた。 それは、期限内にノルマを達成できなかった※※※さんが、罰則としてデーモンに殺されてしまったことだった。 肉体がバラバラになるほど無惨に殺されたんだ。 それを知っていて、何で平然としていられるんだ?『木野、これは必要な犠牲なんだ。実際に誰かがこうならないと、ノルマの存在意義がなくなる』『だからって、人を殺していい理由には、ならないだろ!』『いや、そんなことはどうでもいい。これが現実かどうかなんか分かってねぇし。このことを咎める者は、この場にはいない。お前を除いてな』『酷すぎないか?ノルマを達成しろって言われても。達成できなかったら殺されるなんて。そんなこた、僕は聞いてなかった!』『あぁもう!うるせぇな!音楽が聴こえねぇって言ってるだろ!デカい声出しやがって!』『だから!音楽なんて今はどうでも――』『どうでもいい訳ねぇだろ!!』 直雄はその言葉に激怒した。 その声は僕には、聞こえないはずなのに、物凄い怒号を聞いたように感じた。 怒っているのは僕の方なのに。『こっちはそこに命かけてるんだ!人が死ぬのはこの会社のルールだ!この無音の空間は俺の作った曲だけが聴こえるんだよ!絶対にな!そういう風にできているんだよ!』 俺が作った曲だけ聴こえる!? 一体どんな理屈で聴こえるんだ? それに、うるさいとか、騒がしいとか、なんで僕の声の大きさを気にしてるんだ?音は聞こえないはずなのに。『他の社員には全員聴こえる。俺の作った曲の音だけがな。聴こえてないのは、お前だけだ。お前は、いい夢を持っていた。小説家になるんだろう?だったらこの事実を受け入れて、励むんだ!夢を叶えるには覚悟が必要だ!その覚悟を見出せば、必ず聴こえてくる!』『いや、それは違うよ。いくら夢を叶えるためだからって、殺人も許される訳ないんだ!悪いけど、君の音楽は僕には聴こえない』 そうだ、もうここにいたらダメだ。 僕は倉庫の出口へ向かって歩き始める。『おい!どこへ行くつもりだ!?』『僕は今すぐ、ここから出ていく』『は?待てよ。出ていくって、だからどこへ行くつもりだ?』『ここじゃない所に行く!』『何言ってんだ?お前はここで働くと約束したじゃないか!仕事はどうするんだよ?ノルマは?夢は?全部放ったらかしにするつもりか!

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