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6話「圧夢駅」

作者: カワード
last update publish date: 2026-08-21 18:18:34

 突如現れた電車、その窓に明天《あす》の姿が見えた。

 メダルを指で弾きながら、こちらを凝視している。

 付着した鮮血が見えたことから、そのメダルが僕が追っていたメダルだと、理解した。

 明天、お前に聞きたいことが山ほどある。

 だが、お婆さんをこのまま置いていけな……あれ?

 僕に抱えられていたお婆さんは、いつの間にかいなくなっていた。

「消えた!?」

 突如現れた電車の方を見て、驚愕していたとはいえ、手の感触、重み、温もり、どれにも変化は感じなかった。

 周囲を見渡してみても、お婆さんらしき人物の姿は見えず、何も聞こえず、その気配すらなかった。

 たとえ生きていたとしても、あれ程多くの血を流して、すぐに動けるはずはない。

 ただ、辺りに飛び散っていたはずの、お婆さんの血も消えている。

 まるで、さっきまでの出来事がなかったかのように。

 僕の視線は再び、電車の中にいる明天に移る。

 今は消えたお婆さんのことを探すよりも、この明らかに場違いな電車に乗り込み、明天のもとへ行く。

 それしか道がないような気がした。

 だが、それで本当にいいのか?

 戸惑っていた僕はお婆さんの言葉を思い出した。

『わしも真実を受け入れた。だから、あんたも真実を追いかけて』

 お婆さんが、死にものぐるいで、最後に僕に言ってくれた、忘れちゃならない言葉だ。

 お婆さん、僕は真実を追いかけます。

 どこにいるか、生きているのかも分からないけど、自分で決めた事は最後までやり遂げます。

 僕は、迷いなく開いている電車の扉へと走っていった。

 すぐにでも発車する訳でもなければ、満員でもない。それでも僕は満員電車にギリギリで駆け込むサラリーマンのように、急いで駆け込んだ。

 真実を知りたい、その思いが行動を早める。

「明天!」

 だが、真実は遠のく。

 席にも、扉にも、どこにも明天の姿は見えなかった。

 それどころか、電車内には誰もおらず、ガランと静まり返っていた。

 外はすっかり夜も更け、真夜中の森林が窓に映る。その情景がまるで終電の電車を連想させた。

 地方のローカル線の終電だ、誰1人乗っていなくても違和感などないだろう。

 だが、外から僕は見ていた、電車に乗っている明天の姿を。

「⋯どこに?」

 明天が移動する様子はなかったし、この電車は一両編成だ。移動する場所なんてどこにもない。

『発車します』

「うわっ!?」

 アナウンスと共に電車は急発進した。

 僕は不意に動いた電車に対応できず、転んでしまった。

 ガタン、ゴトン⋯ガタン、ゴトン。

「動いてる⋯」

 外の景色は木々が次々と流れていった、本当に山の中を走っているんだ。

 線路もなく、酷い傾斜と木々に囲まれた電車は、真っ直ぐにブレることなく前に進んでいた。

 まるで幽霊のように物体をすり抜けながら進んでいるようだった。

 気味が悪い。

 電車内のどこかに明天が隠れているのではないか?

 そう思って一つ一つの座席の下を調べる。

 居ない。

 もしかして運転席?

 一番奥の扉を開けようとしたが、扉の窓に映っていたのは外の景色だった。

 おかしい……あれっ?この電車、もしかして!?

 僕はこの電車に運転席がないことに気づいてしまった。

 そもそも、こんなところに現れた電車だ。おかしなことだが気にしていてはキリがない。

 ちゃりん♪

『本日はこの電車をご利用いただき、誠にありがとうございます』

 何故か、ちゃりん♪という音とともにアナウンスが流れ出した。

 スピーカーなんて見当たらないのに。

『この電車は快速、圧夢駅行き、途中停車駅はございません』

 圧夢駅、仕事から帰る道で見かけた、交通案内の看板に書かれている、僕の知らない駅だ。

 そこに向かっているのか?

 てか、誰が喋ってるんだ?

 また、明天の仕業なのか?

 この電車に乗ったのは間違いだったような気がする。

 だけど今更引き返せないし、走行する電車から飛び降りる勇気なんてない。

 それ以前に窓も開かないし。

『この電車の、運賃は夢です』

 このアナウンスの声も、誰なのかは分からない。

 何?夢が運賃?

『お客様が、お持ちの将来の夢、それがこの電車を動かし、圧夢駅へ向かって行けるのです』

 将来の夢。

 あるには、あるが、仕事で手一杯で、最近は思い返す事も出来なかった。

 いや、そうじゃなくて、それで納得できるか。

 それなら、将来の夢を持った人なら誰でも乗れるじゃないか。

 この電車のことも分からないが、終点の圧夢駅ってなんだ?

『圧夢駅は、夢を持ったお客様の夢を叶える職場でございます。そこでは、仕事よりも夢を叶えることが優先されるため、心が豊かで安定しながら、生活していくことになります』

「生活!?」

 いや、住むわけないだろ!

 僕はただメダルを追ってきただけだ。

 明天が持っているメダルを、一目見れればそれでいいんだ。

『ご案内は以上です。ご清聴ありがとうございました。しばしの間にはなりますが、電車の旅をお楽しみください。昨日までのことを振り返りながら』

 それから、アナウンスは聞こえなくなった。

 車窓の景色は森林から変化はない。僕は座席に座り、夜の森を眺めながら、アナウンスの言ったことを整理していた。

 圧夢駅?運賃は夢?

 昨日までのことを振り返る?

 圧夢駅は、どうやら職場らしい。

 将来の夢を持つ人が働きやすい環境だと言っていた。本当にそんな場所など存在するのだろうか?

 昨日までの事か……会社でのあの事件から、ずっと長い夢を見ているようだ。

 電車に乗る前の老婆と犬の事もそうだし。

 会社で起きた事件、門宮が事故死ではなく……誰かに殺されて……?

 誰に? 殺されて?

 いや、殺されたのは事実だ、でも、誰に!?

 ついこの前の出来事だ、忘れるはずがない!

 今でもあの光景が、脳裏に焼き付いて離れない。

 犯人の事は決して許してなどいない。

 それでも、思い……出せない。

 誰が門宮を殺した?

 メダルを、真実を追わなければ。

『間もなく、終点、圧夢駅〜圧夢駅〜』

 早っ!もう着くのか?

 外の景色は相変わらず、暗闇の森の中だ。

 乗ってからまだ5分も経ってないのに。

『お降りの際は、忘れ物に注意してください。それと、圧夢駅に関して、一点、注意がございます』

 注意?

『圧夢駅では、あらゆる音が一切、聞こえません』

 音が聞こえない!?どういう事だ?

『ですが、ご安心を。音が聞こえなくても意思疎通は可能ですので、現地に到着すれば分かります』

 はぁ……。

『ここまでの長旅、ご苦労さまでした。アナウンスは、この明天、が務めておりました。いやぁ、あなたは最後まで気が付きませんでしたね〜』

 やっぱりそうだったか。

「明天!そこにいるなら答えてくれ!僕をどこへ連れて行く気だ!」

『間もなく電車が止まります。到着しました。圧夢——』

 無視か。

 電車が止まった瞬間、アナウンスの声が途切れた。

 だが、僕にはハッキリと喋っていたように感じた。

 圧夢駅と。

 電車の扉が開く、僕は恐る恐る外を覗いた。

 そこに見えたのは、

「会社!?」

 僕が勤めている工場の入口だった。

 職場に連れて行きたかったのか?

 電車から降りて、そこに近づいた。

 間違いない、僕はこの入口を通って現場に入る。

 ちゃりん♪

「何?」

 音がして振り向くと、電車は既に過ぎ去っていた。

 周りの景色も、何もかもが同じだ。

 ただ、何の音も聞こえてこない、風や虫、車や人が出す環境音が聞こえてこない、不自然な静寂に包まれていた。夜だから、そんなに違和感はないが、それにしても静かすぎる。

『静かだ』

 自分の声すら、聞こえなくなった。

 耳が聞こえなくなったのか?

 そう思っていると、工場からスーツ姿の男が歩いてきた。

『木野様ですね。お待ちしておりました』

『誰――』

 その男が近づいた瞬間、それが見えてしまったため絶句した。

 この人は、面をつけている。

 この人も、記憶の改ざんを起こしているのか。

 いきなり出くわすとは。

 だがこのまま、見過ごす訳にはいかない。

 面が付いた人が見れるのは僕だけなんだ。

『あ、あの僕になにか?』

『ようこそ圧夢駅へ!ここは、夢を叶える職場!ご案内致します。どうぞ、中へお入り下さい』

『分かり……ました』

 僕はその人の後ろに着いて歩き、工場の中に向かっている。

 足音は当然聞こえない。

 あれ?

 だったら何で普通に会話出来てるんだ?

 誰の声も聞こえてこなかった。

 それなのに、あの人の伝えたい言葉はハッキリと分かった。

 声を発していないはずなのに、どうして理解できたんだ?

 何も理解できないまま工場に入った。

 そこで、見た異様な光景に今度は耳だけではなく、目も疑った。

 何かを選別する人も、機会をメンテナンスする人も、掃除をしてる人も、現場監督の様な人も。

 働いている全作業員が、面を付けているじゃないか!?

 工場を隅々まで見渡したが、誰もが面をつけていた。

 その人数は、見えるだけでも30人近くいる。

 工場に勤務している人全員が面を付けているのか?

 そんな状況でどうやって仕事が成り立っているんだ……。

 というか、この作業はリサイクル業務だ。

 僕が働いてる会社と同じじゃないか。

『明天から話は伺っております。さぞ、ご立派な夢をお持ちだと。ここの仕事は、木野様の現職と変わらず、ほとんど同じ作業ですので、仕事に慣れるのも早いでしょう。是非、就職をご検討ください』

 就職?

 いやいやいや、話が進みすぎてるって!

 でも、この人やこの会社は明天と繋がりがある。

 だったら、ここに就職してメダルの手がかりをつかみに行くしかない。

 この状況も、この場所も現実じゃないだろう。なら進み続けて真相を見つけてやる。

 その後、色々な作業風景を紹介されたが、面をつけた人が多すぎるため、気が散って頭に入ってこなかった。

 やはり、ざっと見渡しても、僕の職場と同じ作業ばかりだった。

 あらかた工場内を見回った後、事務所に案内された。

『失礼します、お連れ致しました。木野様です』

『お邪魔しま――』

『よっ、久しぶり!木野!』

 そこに待っていたのは、僕が学生時代によく遊んだ友達の1人、直雄《なおたけ》がいた。

『なお!?どうしてここに?』

 面をつけた人が多くいる中で、どうして彼の事が分かったのか、それは彼だけがこの工場で唯一、面を付けていなかったからである。

 直雄は事務所の中央にある大きな机にひじを乗せて、頑丈そうな椅子に腰掛けながら話しかけてきた。

 いや、よく考えろ。直雄は高校を卒業してすぐ上京したじゃないか、こんな所にいるはずがない。

『まぁ、色々戸惑うことはあるだろうが、とりあえず座りなよ』

『なお、どうしてここに?東京に行ったんじゃ?』

『あぁ、行ったよ。でも今はここで人事部として働いてる』

 僕は直雄と向かい合わせになるように、椅子に座った。

『では、私はこれで失礼します。後はごゆっくり』

『ご苦労さん』

 ここまで案内してくれたスーツ姿の男の人は、出ていった。

『さて、何から話すか……』

『ここは、一体どういう場所!?』

『職場だよ、仕事をする所』

『いや、そうじゃなくて!山の中を走る電車!?音が聞こえない空間!?僕の職場と同じ環境!?夢があれば働ける!?何一つ納得できることがないよ!』

『まぁ、そうなるよな』

『今だって、声が聞こえないはずなのに会話ができてる!それに、面――』

 いや、面の話はしない方がいい。

 直雄が面をつけていたかどうかは分からない。

『面?』

『い、いや、何でもない。おかしな事ばかりで気が滅入りそうなんだ。分かっていることだけいいから、説明してくれ』

『分かってるって。まずこの職場は、夢を持つ人が、夢を叶えるための職場だ。そのための仕組みが施されている』

『その仕組みって?』

 直雄は、夢を叶えるための仕組みを語り始めた。

・働く条件は社員は全員、夢を持つこと

・その夢を叶えるために、目標を立て、1日に少しでも、僅かでもいいので、目標達成に向けて努力すること

・会社はそれを全力でサポートすること

・あらゆる税金や、食費、生活費、日常生活で発生する費用を、全て会社が負担すること

・夢に関することなら、有給は自由に取れる。勤務時間は1日4時間。仕事よりも夢を叶えることが優先される。

『こんな所かな。しかも会社の近くに寮がある。家賃も会社が負担するから、何も心配ない』

『その勤務体制で、どうやって成り立っているんだ……』

『細かい事は気にしなくていい。お前にも夢があっただろう?』

『あるには、あるが……』

『だったらそれを叶えるチャンスだ!普通に就職したヤツは、会社のためにこき使われて、定年まで会社のためだけに働いて終わる。そうなりたくないだろう?』

『それは、そうだけど。いくら夢を叶えることが素晴らしいからって、こんな職場はおかしいよ!現実味がなさすぎる!』

『現実味?』

『そうだ、現実じゃないよ!こんなの!』

『はぁ、現実ってさ、お前は何か分かってるのか?』

『それは……はっきりとは言いきれないけど、常識的に考えてこの状況が、おかしいことは分かるよ』

『人は常に’’楽’’に生きようとする生き物だ。この’’楽’’とはその人の価値観によって決まってくる。俺は夢を叶えたかった。夢を叶えるために生きることが、俺にとって’’楽’’な生き方だからだ』

『それが何なのさ?』

『お前は現実かどうか気にしているが、俺は苦労しながらも、この会社を立ち上げ、今もこうして夢を叶えるために働いてる。それで成り立っているんだ。この歩みは嘘じゃない。あり得ないような話も現実には存在するだろう?』

『そりゃ……そうだけど』

『もしこれが仮に、寝て見る夢、だったとしたら、途中で目が覚めるはずだろう?覚めるまで気付かないのなら、それまでは、現実と変わらないさ。覚めない夢はないだろう?』

『……』

『だったら、覚めるまではこれは現実なんだ。それまでは、全力で生きた方がいい』

 おかしなことばかり起こった。

 全て現実じゃないと、思っていたが、直雄の話には筋が通っている。

 明けない夜はないように、覚めない夢はないんだ。

 それに、いくら否定したって、別の道はないじゃないか。

『分かった。君の言っていることは否定しないよ』

『それでいい』

『だとしても、どうしてこの場所は音が何も聞こえないんだ?』

『静かでいいだろう』

『答えになってないよ』

『まぁ、俺も明確には分かってないんだよな。いつからこうなったのか?どうしてこうなったのか?でも会話はこうして成り立ってんだ。問題ないさ』

 工場だと問題大ありな気がする。

『それに音が全く聞こえないわけじゃないぞ。ほら、これ聴いてみろよ』

 そう言って、直雄はポケットから自分のスマホを取りだして、音楽再生アプリを起動させた。

 慣れた手つきで、画面を操作しながら、一曲の音楽を再生させた。

 画面から見えた、その音楽のタイトルは、『見ている。』

 明天が、僕に言った言葉『見られている』と似ている気がした。

 そして直雄が再生ボタンをタップした。

『俺が作った曲だ。どうだ?聴こえるか?』

『……?』

 再生画面のシークバーは確かに動いている。

 音楽は再生されているはずだ。

 だが音楽は聴こえてこなかった。

『いや……何も』

『そうか……まぁ、お前にもいずれ聞こえるようになる』

『だったら、そうなるように努力するよ』

『お?その言葉は、ここで働くことを認めるってことか?』

『一応、そういうこと』

『よっしゃあああっ!頑張ってくれ!』

 直雄は、僕に握手を求めてきた。

 僕は差し出された手を握った。

 どの道ここで働くしか、真実を確かめる方法はないんだ。

 待っていろ、明天。

 僕はどんな手を使ってでも、真実に辿り着いてみせる。

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最新章節

  • 音したメダルに誘われて   13話「昨日と明日」

     メダルの音、それが示していたのは、真実だけじゃなく、木野の意思だった。今、木野と、明天の、思いが衝突する。過去を認めず新たな自分として生きるか。過去を認め、苦しんで生きるのか。その結末を見届けましょう。※※※ 目の前の光景が、現実であることを受け入れたくなかった。  破砕機に巻き込まれ、無惨な姿となった門宮。 これをやったのは、僕だ。  何も思わずに押した破砕機の運転スイッチ、それが門宮の上半身をぐちゃぐちゃに潰した。  どうして? どうしてこうなった?  僕は門宮に確認したはずだ、これから機械を運転させると。 それなのに、なんで巻き込まれた?  何故、門宮は了承した? こんなの不慮の事故じゃないか!  違う……僕じゃない…僕はやってない!  いくらそう思っても、脳裏にこびりついた、あの光景が真実を突きつける。 否定することができない。  否定したところで現実は変わらない。  どうしよう?  どうしたら、門宮は助かるのか? いや、もう助からない。 上半身が完全にすり潰れているからだ。 こんな光景、フィクションでしか見たことがない。 なら、僕はどう責任を取ればいい? 何をすれば許される? 警察呼んで、全て僕がやったと、素直に白状して、逮捕されて、死刑になって、刑務所で惨めに死んだらいいのか?  他人の命を奪った代償は、自身の命で償えばいいのか?  それで、門宮は納得するのか? 僕はそれで許されるのか?  いや、何をしても、意味はない。  おかしいよ、こんなの。  認めない………こんな現実、こんな僕は、絶対認めない! 認めたくない。  僕は殺人なんて起こさない、ましてや、門宮を殺すことなんて、ありえない。 だが、実際に門宮は目の前で死んだ。  人の命が失われれば、二度と戻ることはない。 それを自らの手でやってしまったのだ。  その罪悪感から逃れることはできない。 門宮を殺した。この真実は、この先、何年経っても、何を成し遂げても、どれだけ喜ばしい体験があったとしても、ずっと、心に大きな傷として残り続けるだろう。 それだけじゃない、門宮の家族や友達にとっては、門宮と、突然の別れになる。 その責任を僕はどう取ればいい? 僕は死んだ方がいい。  いや

  • 音したメダルに誘われて   12話「落としたメダルのその先へ」

     真実から逃げた僕は、自分の中で永遠の眠りにつこうとした。  そうしていれば、このまま静かに過ごせると思っていた。 罪の意識は自分の存在と一緒に消えると思っていた。  あの音は聞こえてこない。 この場所《圧夢駅》では、何も聞こえない。 はずだった、だが——。  ちゃりん♪ 「出テイケェエ!!」  圧夢駅に残っていたデーモンに、罵声とともに殴られ、その強烈な痛みで目を覚ます。 痛みだけではない、あの音が、また僕の耳に聞こえてきた。 その音の方が、失いかけていた意識をより強く目覚めさせる。  どれだけデーモンに殴られても、ここで殺されてしまおうが構わない。  メダルが落ちる音だけは、聞きたくなかっ――ゴンッ!  またしてもデーモンに殴られた。 デーモンの拳が、僕の顔を凹ませる。 僕は地面に叩きつけられ、その反動で身体が宙に浮いた。  痛った。 ……これ絶対、死んだだろ。 と思ったが、残念ながら僕の意識はまだ残っていた。  そうか、僕は死ぬほどの痛みを一度も経験したことがないから、これは想像上の痛みでしかない。 だから死なないのか。  ここは、記憶と想像で作られた世界だった――ゴギィ! 今度は地面が陥没する程の勢いで、叩きつけられた。  この痛みは、ずっと続くのか?  それでいい。 僕は門宮を殺したんだ。 この痛みが永遠に続けばいい。 それが僕に対する罰なら、全て受けるさ。  それでいいんだけど……でも。  ちゃりん♪  だったら、どうしてこの音は止まないんだ!  何度も何度も、僕に罪を突きつけるかのように、聞こえてくる!  目的はもう終わったはずだ! 僕を真実へ導いただろ! 絶対に忘れたかった、最悪の記憶に! だから僕は、ここで眠ることを選んだ!  そんな僕に、今更、何を求めてるんだ!? 「知ルカ」  溢れ出た感情をデーモンにぶつけた。 そうしたら今度は、後ろの壁ごと殴り飛ばされた。 壁は破壊され、僕はその奥へぶっ飛ばされた。 その衝撃で、辺りに砂煙が漂い、視界が遮られる。  ここで叫んだところで、意味なんてない。声なんて出てないし。 そんなこと分かってる。  ちゃりん♪  まただ。 また、聞こえてくる。  これが、本当の苦し

  • 音したメダルに誘われて   11話「明天」

     僕は、門宮を殺した。  それが、僕がどうしても忘れたかった真実だ。 あの時僕は、破砕機の運転スイッチを押し、起動させた。 門宮はそれに巻き込まれて、ぐちゃぐちゃになった。 ただそれを、呆然と眺めていた。  その日、僕と門宮は、二人で破砕機のメンテナンス作業をしていた。 門宮は破砕機の保護カバーを開け、中で破砕機の部品を取り付ける作業をして、僕はその外で交換した部品を掃除する作業をしていた。  その時、門宮は、付き合っている彼女について話してきた。「いやぁ〜、実はあの子と別れたんすよ」 唐突な発言だった。 ついこの前までは、人生が楽しくてたまらない、とか喜んでいたのに。「何かあった?」  門宮の様子がおかしかった。 そんな、淡々と別れ話をするようなやつではない。 僕はその異様さに気付いていながらも、話を聞いた。「バイトと大学の勉強が忙しいから、一緒にいる時が少なくなったんすよ。なのに、こっちに休みを要求するんですよ、おかしくないですか?いやいや、俺の有給だって無限にあるわけないっしょ。それに、どーでもいいことばっか、いちいち文句言ってきて、それで、だんだん、面倒になってきて」  いつも通りのうざい喋り方だった。 彼女と別れたらしいが、それほど落ち込んでもいないらしい。 そのまま門宮は、付き合っていた彼女への愚痴を喋り続けた。  彼女と仲が悪そうな雰囲気は、門宮の話を聞く限り、感じなかった。 だがこうもあっさり、唐突に別れることがあるとは、恋愛とは僕には全く理解できない。  だけど、僕はこの時の話をいつも通りだと思ってしまった。  それが、間違いだった。 「本当に無駄な時間でした。なんであんなに夢中になってたんすかね?」  俯く門宮は、手に持った何かを見つめている。 言及はしなかったが、おおよそ彼女との思い出の物か何か、なのだろうと思った。 「取り付けは終わった?」「はい」 この時の返事は、声が籠っていたが、僕は気にしなかった。「それじゃ、回すよー」 門宮に、運転開始の合図を送る。 そして僕は破砕機の方を見て、そこに門宮がいないことに気づいた。  破砕機から、離れているのか? そう思った僕は、何のためらいもなく、スイッチを押した。  ぐちゃぐちゃ、ベギィ!ゴギッ!  ――

  • 音したメダルに誘われて   10話「真実」

     飛び込んだ扉の奥には、暗い場所に大きなモニターと、面を付けた2人がいた。 それが誰なのかは、今は分からない。  「明天、本当にやるのか?」 面を付けた、背が高い方の男(声色で判断した)が僕に話しかけてくる。 明天?何でそう呼ぶんだ?「えぇ、それしか方法はありません」 今のは!? 僕が喋ったのか!? えっ!?声が出ない!体も動かない! どうなってるんだ!?  体を動かそうにも、瞬きひとつもできやしない。 だけど、さっき、僕の口から言葉が発せられていた。 それは僕の意思じゃない。 まるで、他の誰かの体に、自分の魂だけが憑依しているような感覚?だ。 「私が、木野を救います。そのために、真実を永遠に忘れるように誘導するのです」「分かってる、このままじゃ、自我が崩壊する。今は偽りの記憶で誤魔化したけど、いずれ、メダルの音が木野を真実へ導くだろう」  偽りの記憶?  モニターには、僕とリーダーが映っていた。 映像から音は聞こえてこないが、しばらくして、映像の僕はリーダーに首を絞められていた。 そうか、思い出したぞ。 門宮を殺したのはリーダーだったじゃないか。 どうしてそんな重要なことを忘れていたんだ? まさか、その体験自体が偽りの記憶だったのが!?  だが、この映像があの時の出来事なら、僕が今見ているのは明天の過去なのか? 「おい!このままじゃ、俺が死ぬぞ!」 その時、面を付けた背の低い方が、慌てるようにモニターに映る僕を指し、明天に止めるように訴えている。  俺、その一人称は、僕が小学生時代の一人称だ。 なんだか、昔の僕と喋り方が似ているな。 どうして僕のことを、俺と呼ぶんだ?  疑問は残ったまま、映像は流れ続ける。 僕はこの先を覚えている。 明天が僕を助けに来て、リーダーは警察に連行された。 あの時は、明天に感謝したが、今となっては、それも僕を真実から遠ざけるために、やったことだったんだ。 いや、待てよ。 このまま、明天がここにいたら、僕は首を絞められて、殺されてしまう!? 「いやぁ、それは困りますねぇ。救いに行くとしますか。あなた方の未来を」 ここで様子を見ていたのか、そしてこの時、僕の元へやってきたんだな。  見られている。 明天が言ったこの言葉は、面を付けた2人のこと

  • 音したメダルに誘われて   9話「あなたの記憶は物語の舞台。あなたの意思は物語の運命。あなたの真意は真実を永遠に忘れること」

     デーモン《直雄》は、電車に轢かれて動けなくなった。 それでも、直雄は死んでおらず、僕に対して「二度とここに戻ってくるな」と何度も言い放つ。 だが僕は戻るつもりなどない。  僕はその電車に乗り、圧夢駅を発つ。 やっぱり、この電車も無人だ。 誰も乗っていない。 それでも、電車は動き出した。 電車内では振動だけが伝わってくる。 音がない環境にもすっかり馴染んできたが、それも今日で終わりだ。 真実を追うために、圧夢駅から出る。 そして明天を探す。  ガタン、ゴトン。 「何っ!?」 電車が走り出してしばらく経つと、久々に音が戻ってきた。 それにびっくりした僕は、思わず声が漏れていた。 音が聞こえるのはこんな感覚だったか。 今、圧夢駅を出たんだな。  いや、待てよ。  僕は久々に音を聞いたんじゃない。 大きな音が聞こえたから、驚いたんだ。 直雄の声や、メダルが落ちる音、圧夢駅でこれらの音は、確かに聞こえたじゃないか。  なぜだ?  圧夢駅は、一切の音が聞こえない空間?のような場所だった。 あの場所で数ヶ月、働いて過ごしたが、聴覚が失われたのか?と思う程、何の音も聞こえなかった。  それでも、デーモンに殺されそうになったあの時、メダルの音が聞こえた。 だからこそ、僕はその音が、今乗っている、この電車を呼び寄せていることに気付くことができた。  だから、こうして脱出できたけど……いや、待てよ。 振り返ってみると、これまでに様々な場面で、不自然にメダルが落ちる音が聞こえていた。 ・門宮が殺された時・門宮を殺した犯人に、僕が殺されそうになった時・なな(犬)を見つけた時・山で突然電車が現れた時・その電車で圧夢駅に着いた時・デーモンから逃げる最中に3回  ありえないことばっかり起きたけど、メダルの音はどの場面にも共通して聞こえてきた。  僕は音に導かれるまま、この場所にたどり着いたのか?  誰が何のために?  ……門宮なのか?  明天は言っていた、誰かに見られている、と。 僕を見ているのは門宮なのか? あの時、何もできなかった、ただ見ているだけだった僕を、恨んでいるから、こんな逃げ場のない悪夢を、見せているのか?  それなら、僕は何をすれば許されるんだ? そんなの、考えて

  • 音したメダルに誘われて   8話「出ていけ」

     直雄《なおたけ》は、※※※さんが死んだ真相を知っていた。 それは、期限内にノルマを達成できなかった※※※さんが、罰則としてデーモンに殺されてしまったことだった。 肉体がバラバラになるほど無惨に殺されたんだ。 それを知っていて、何で平然としていられるんだ?『木野、これは必要な犠牲なんだ。実際に誰かがこうならないと、ノルマの存在意義がなくなる』『だからって、人を殺していい理由には、ならないだろ!』『いや、そんなことはどうでもいい。これが現実かどうかなんか分かってねぇし。このことを咎める者は、この場にはいない。お前を除いてな』『酷すぎないか?ノルマを達成しろって言われても。達成できなかったら殺されるなんて。そんなこた、僕は聞いてなかった!』『あぁもう!うるせぇな!音楽が聴こえねぇって言ってるだろ!デカい声出しやがって!』『だから!音楽なんて今はどうでも――』『どうでもいい訳ねぇだろ!!』 直雄はその言葉に激怒した。 その声は僕には、聞こえないはずなのに、物凄い怒号を聞いたように感じた。 怒っているのは僕の方なのに。『こっちはそこに命かけてるんだ!人が死ぬのはこの会社のルールだ!この無音の空間は俺の作った曲だけが聴こえるんだよ!絶対にな!そういう風にできているんだよ!』 俺が作った曲だけ聴こえる!? 一体どんな理屈で聴こえるんだ? それに、うるさいとか、騒がしいとか、なんで僕の声の大きさを気にしてるんだ?音は聞こえないはずなのに。『他の社員には全員聴こえる。俺の作った曲の音だけがな。聴こえてないのは、お前だけだ。お前は、いい夢を持っていた。小説家になるんだろう?だったらこの事実を受け入れて、励むんだ!夢を叶えるには覚悟が必要だ!その覚悟を見出せば、必ず聴こえてくる!』『いや、それは違うよ。いくら夢を叶えるためだからって、殺人も許される訳ないんだ!悪いけど、君の音楽は僕には聴こえない』 そうだ、もうここにいたらダメだ。 僕は倉庫の出口へ向かって歩き始める。『おい!どこへ行くつもりだ!?』『僕は今すぐ、ここから出ていく』『は?待てよ。出ていくって、だからどこへ行くつもりだ?』『ここじゃない所に行く!』『何言ってんだ?お前はここで働くと約束したじゃないか!仕事はどうするんだよ?ノルマは?夢は?全部放ったらかしにするつもりか!

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