登入突如現れた電車、その窓に明天《あす》の姿が見えた。
メダルを指で弾きながら、こちらを凝視している。 付着した鮮血が見えたことから、そのメダルが僕が追っていたメダルだと、理解した。 明天、お前に聞きたいことが山ほどある。 だが、お婆さんをこのまま置いていけな……あれ? 僕に抱えられていたお婆さんは、いつの間にかいなくなっていた。 「消えた!?」 突如現れた電車の方を見て、驚愕していたとはいえ、手の感触、重み、温もり、どれにも変化は感じなかった。 周囲を見渡してみても、お婆さんらしき人物の姿は見えず、何も聞こえず、その気配すらなかった。 たとえ生きていたとしても、あれ程多くの血を流して、すぐに動けるはずはない。 ただ、辺りに飛び散っていたはずの、お婆さんの血も消えている。 まるで、さっきまでの出来事がなかったかのように。 僕の視線は再び、電車の中にいる明天に移る。 今は消えたお婆さんのことを探すよりも、この明らかに場違いな電車に乗り込み、明天のもとへ行く。 それしか道がないような気がした。 だが、それで本当にいいのか? 戸惑っていた僕はお婆さんの言葉を思い出した。 『わしも真実を受け入れた。だから、あんたも真実を追いかけて』 お婆さんが、死にものぐるいで、最後に僕に言ってくれた、忘れちゃならない言葉だ。 お婆さん、僕は真実を追いかけます。 どこにいるか、生きているのかも分からないけど、自分で決めた事は最後までやり遂げます。 僕は、迷いなく開いている電車の扉へと走っていった。 すぐにでも発車する訳でもなければ、満員でもない。それでも僕は満員電車にギリギリで駆け込むサラリーマンのように、急いで駆け込んだ。 真実を知りたい、その思いが行動を早める。 「明天!」 だが、真実は遠のく。 席にも、扉にも、どこにも明天の姿は見えなかった。 それどころか、電車内には誰もおらず、ガランと静まり返っていた。 外はすっかり夜も更け、真夜中の森林が窓に映る。その情景がまるで終電の電車を連想させた。 地方のローカル線の終電だ、誰1人乗っていなくても違和感などないだろう。 だが、外から僕は見ていた、電車に乗っている明天の姿を。 「⋯どこに?」 明天が移動する様子はなかったし、この電車は一両編成だ。移動する場所なんてどこにもない。 『発車します』 「うわっ!?」 アナウンスと共に電車は急発進した。 僕は不意に動いた電車に対応できず、転んでしまった。 ガタン、ゴトン⋯ガタン、ゴトン。 「動いてる⋯」 外の景色は木々が次々と流れていった、本当に山の中を走っているんだ。 線路もなく、酷い傾斜と木々に囲まれた電車は、真っ直ぐにブレることなく前に進んでいた。 まるで幽霊のように物体をすり抜けながら進んでいるようだった。 気味が悪い。 電車内のどこかに明天が隠れているのではないか? そう思って一つ一つの座席の下を調べる。 居ない。 もしかして運転席? 一番奥の扉を開けようとしたが、扉の窓に映っていたのは外の景色だった。 おかしい……あれっ?この電車、もしかして!? 僕はこの電車に運転席がないことに気づいてしまった。 そもそも、こんなところに現れた電車だ。おかしなことだが気にしていてはキリがない。 ちゃりん♪ 『本日はこの電車をご利用いただき、誠にありがとうございます』 何故か、ちゃりん♪という音とともにアナウンスが流れ出した。 スピーカーなんて見当たらないのに。 『この電車は快速、圧夢駅行き、途中停車駅はございません』 圧夢駅、仕事から帰る道で見かけた、交通案内の看板に書かれている、僕の知らない駅だ。 そこに向かっているのか? てか、誰が喋ってるんだ? また、明天の仕業なのか? この電車に乗ったのは間違いだったような気がする。 だけど今更引き返せないし、走行する電車から飛び降りる勇気なんてない。 それ以前に窓も開かないし。 『この電車の、運賃は夢です』 このアナウンスの声も、誰なのかは分からない。 何?夢が運賃? 『お客様が、お持ちの将来の夢、それがこの電車を動かし、圧夢駅へ向かって行けるのです』 将来の夢。 あるには、あるが、仕事で手一杯で、最近は思い返す事も出来なかった。 いや、そうじゃなくて、それで納得できるか。 それなら、将来の夢を持った人なら誰でも乗れるじゃないか。 この電車のことも分からないが、終点の圧夢駅ってなんだ? 『圧夢駅は、夢を持ったお客様の夢を叶える職場でございます。そこでは、仕事よりも夢を叶えることが優先されるため、心が豊かで安定しながら、生活していくことになります』 「生活!?」 いや、住むわけないだろ! 僕はただメダルを追ってきただけだ。 明天が持っているメダルを、一目見れればそれでいいんだ。 『ご案内は以上です。ご清聴ありがとうございました。しばしの間にはなりますが、電車の旅をお楽しみください。昨日までのことを振り返りながら』 それから、アナウンスは聞こえなくなった。 車窓の景色は森林から変化はない。僕は座席に座り、夜の森を眺めながら、アナウンスの言ったことを整理していた。 圧夢駅?運賃は夢? 昨日までのことを振り返る? 圧夢駅は、どうやら職場らしい。 将来の夢を持つ人が働きやすい環境だと言っていた。本当にそんな場所など存在するのだろうか? 昨日までの事か……会社でのあの事件から、ずっと長い夢を見ているようだ。 電車に乗る前の老婆と犬の事もそうだし。 会社で起きた事件、門宮が事故死ではなく……誰かに殺されて……? 誰に? 殺されて? いや、殺されたのは事実だ、でも、誰に!? ついこの前の出来事だ、忘れるはずがない! 今でもあの光景が、脳裏に焼き付いて離れない。 犯人の事は決して許してなどいない。 それでも、思い……出せない。 誰が門宮を殺した? メダルを、真実を追わなければ。 『間もなく、終点、圧夢駅〜圧夢駅〜』 早っ!もう着くのか? 外の景色は相変わらず、暗闇の森の中だ。 乗ってからまだ5分も経ってないのに。 『お降りの際は、忘れ物に注意してください。それと、圧夢駅に関して、一点、注意がございます』 注意? 『圧夢駅では、あらゆる音が一切、聞こえません』 音が聞こえない!?どういう事だ? 『ですが、ご安心を。音が聞こえなくても意思疎通は可能ですので、現地に到着すれば分かります』 はぁ……。 『ここまでの長旅、ご苦労さまでした。アナウンスは、この明天、が務めておりました。いやぁ、あなたは最後まで気が付きませんでしたね〜』 やっぱりそうだったか。 「明天!そこにいるなら答えてくれ!僕をどこへ連れて行く気だ!」 『間もなく電車が止まります。到着しました。圧夢——』 無視か。 電車が止まった瞬間、アナウンスの声が途切れた。 だが、僕にはハッキリと喋っていたように感じた。 圧夢駅と。 電車の扉が開く、僕は恐る恐る外を覗いた。 そこに見えたのは、 「会社!?」 僕が勤めている工場の入口だった。 職場に連れて行きたかったのか? 電車から降りて、そこに近づいた。 間違いない、僕はこの入口を通って現場に入る。 ちゃりん♪ 「何?」 音がして振り向くと、電車は既に過ぎ去っていた。 周りの景色も、何もかもが同じだ。 ただ、何の音も聞こえてこない、風や虫、車や人が出す環境音が聞こえてこない、不自然な静寂に包まれていた。夜だから、そんなに違和感はないが、それにしても静かすぎる。 『静かだ』 自分の声すら、聞こえなくなった。 耳が聞こえなくなったのか? そう思っていると、工場からスーツ姿の男が歩いてきた。 『木野様ですね。お待ちしておりました』 『誰――』 その男が近づいた瞬間、それが見えてしまったため絶句した。 この人は、面をつけている。 この人も、記憶の改ざんを起こしているのか。 いきなり出くわすとは。 だがこのまま、見過ごす訳にはいかない。 面が付いた人が見れるのは僕だけなんだ。 『あ、あの僕になにか?』 『ようこそ圧夢駅へ!ここは、夢を叶える職場!ご案内致します。どうぞ、中へお入り下さい』 『分かり……ました』 僕はその人の後ろに着いて歩き、工場の中に向かっている。 足音は当然聞こえない。 あれ? だったら何で普通に会話出来てるんだ? 誰の声も聞こえてこなかった。 それなのに、あの人の伝えたい言葉はハッキリと分かった。 声を発していないはずなのに、どうして理解できたんだ? 何も理解できないまま工場に入った。 そこで、見た異様な光景に今度は耳だけではなく、目も疑った。 何かを選別する人も、機会をメンテナンスする人も、掃除をしてる人も、現場監督の様な人も。 働いている全作業員が、面を付けているじゃないか!? 工場を隅々まで見渡したが、誰もが面をつけていた。 その人数は、見えるだけでも30人近くいる。 工場に勤務している人全員が面を付けているのか? そんな状況でどうやって仕事が成り立っているんだ……。 というか、この作業はリサイクル業務だ。 僕が働いてる会社と同じじゃないか。 『明天から話は伺っております。さぞ、ご立派な夢をお持ちだと。ここの仕事は、木野様の現職と変わらず、ほとんど同じ作業ですので、仕事に慣れるのも早いでしょう。是非、就職をご検討ください』 就職? いやいやいや、話が進みすぎてるって! でも、この人やこの会社は明天と繋がりがある。 だったら、ここに就職してメダルの手がかりをつかみに行くしかない。 この状況も、この場所も現実じゃないだろう。なら進み続けて真相を見つけてやる。 その後、色々な作業風景を紹介されたが、面をつけた人が多すぎるため、気が散って頭に入ってこなかった。 やはり、ざっと見渡しても、僕の職場と同じ作業ばかりだった。 あらかた工場内を見回った後、事務所に案内された。 『失礼します、お連れ致しました。木野様です』 『お邪魔しま――』 『よっ、久しぶり!木野!』 そこに待っていたのは、僕が学生時代によく遊んだ友達の1人、直雄《なおたけ》がいた。 『なお!?どうしてここに?』 面をつけた人が多くいる中で、どうして彼の事が分かったのか、それは彼だけがこの工場で唯一、面を付けていなかったからである。 直雄は事務所の中央にある大きな机にひじを乗せて、頑丈そうな椅子に腰掛けながら話しかけてきた。 いや、よく考えろ。直雄は高校を卒業してすぐ上京したじゃないか、こんな所にいるはずがない。 『まぁ、色々戸惑うことはあるだろうが、とりあえず座りなよ』 『なお、どうしてここに?東京に行ったんじゃ?』 『あぁ、行ったよ。でも今はここで人事部として働いてる』 僕は直雄と向かい合わせになるように、椅子に座った。 『では、私はこれで失礼します。後はごゆっくり』 『ご苦労さん』 ここまで案内してくれたスーツ姿の男の人は、出ていった。 『さて、何から話すか……』 『ここは、一体どういう場所!?』 『職場だよ、仕事をする所』 『いや、そうじゃなくて!山の中を走る電車!?音が聞こえない空間!?僕の職場と同じ環境!?夢があれば働ける!?何一つ納得できることがないよ!』 『まぁ、そうなるよな』 『今だって、声が聞こえないはずなのに会話ができてる!それに、面――』 いや、面の話はしない方がいい。 直雄が面をつけていたかどうかは分からない。 『面?』 『い、いや、何でもない。おかしな事ばかりで気が滅入りそうなんだ。分かっていることだけいいから、説明してくれ』 『分かってるって。まずこの職場は、夢を持つ人が、夢を叶えるための職場だ。そのための仕組みが施されている』 『その仕組みって?』 直雄は、夢を叶えるための仕組みを語り始めた。 ・働く条件は社員は全員、夢を持つこと ・その夢を叶えるために、目標を立て、1日に少しでも、僅かでもいいので、目標達成に向けて努力すること ・会社はそれを全力でサポートすること ・あらゆる税金や、食費、生活費、日常生活で発生する費用を、全て会社が負担すること ・夢に関することなら、有給は自由に取れる。勤務時間は1日4時間。仕事よりも夢を叶えることが優先される。 『こんな所かな。しかも会社の近くに寮がある。家賃も会社が負担するから、何も心配ない』 『その勤務体制で、どうやって成り立っているんだ……』 『細かい事は気にしなくていい。お前にも夢があっただろう?』 『あるには、あるが……』 『だったらそれを叶えるチャンスだ!普通に就職したヤツは、会社のためにこき使われて、定年まで会社のためだけに働いて終わる。そうなりたくないだろう?』 『それは、そうだけど。いくら夢を叶えることが素晴らしいからって、こんな職場はおかしいよ!現実味がなさすぎる!』 『現実味?』 『そうだ、現実じゃないよ!こんなの!』 『はぁ、現実ってさ、お前は何か分かってるのか?』 『それは……はっきりとは言いきれないけど、常識的に考えてこの状況が、おかしいことは分かるよ』 『人は常に’’楽’’に生きようとする生き物だ。この’’楽’’とはその人の価値観によって決まってくる。俺は夢を叶えたかった。夢を叶えるために生きることが、俺にとって’’楽’’な生き方だからだ』 『それが何なのさ?』 『お前は現実かどうか気にしているが、俺は苦労しながらも、この会社を立ち上げ、今もこうして夢を叶えるために働いてる。それで成り立っているんだ。この歩みは嘘じゃない。あり得ないような話も現実には存在するだろう?』 『そりゃ……そうだけど』 『もしこれが仮に、寝て見る夢、だったとしたら、途中で目が覚めるはずだろう?覚めるまで気付かないのなら、それまでは、現実と変わらないさ。覚めない夢はないだろう?』 『……』 『だったら、覚めるまではこれは現実なんだ。それまでは、全力で生きた方がいい』 おかしなことばかり起こった。 全て現実じゃないと、思っていたが、直雄の話には筋が通っている。 明けない夜はないように、覚めない夢はないんだ。 それに、いくら否定したって、別の道はないじゃないか。 『分かった。君の言っていることは否定しないよ』 『それでいい』 『だとしても、どうしてこの場所は音が何も聞こえないんだ?』 『静かでいいだろう』 『答えになってないよ』 『まぁ、俺も明確には分かってないんだよな。いつからこうなったのか?どうしてこうなったのか?でも会話はこうして成り立ってんだ。問題ないさ』 工場だと問題大ありな気がする。 『それに音が全く聞こえないわけじゃないぞ。ほら、これ聴いてみろよ』 そう言って、直雄はポケットから自分のスマホを取りだして、音楽再生アプリを起動させた。 慣れた手つきで、画面を操作しながら、一曲の音楽を再生させた。 画面から見えた、その音楽のタイトルは、『見ている。』 明天が、僕に言った言葉『見られている』と似ている気がした。 そして直雄が再生ボタンをタップした。 『俺が作った曲だ。どうだ?聴こえるか?』 『……?』 再生画面のシークバーは確かに動いている。 音楽は再生されているはずだ。 だが音楽は聴こえてこなかった。 『いや……何も』 『そうか……まぁ、お前にもいずれ聞こえるようになる』 『だったら、そうなるように努力するよ』 『お?その言葉は、ここで働くことを認めるってことか?』 『一応、そういうこと』 『よっしゃあああっ!頑張ってくれ!』 直雄は、僕に握手を求めてきた。 僕は差し出された手を握った。 どの道ここで働くしか、真実を確かめる方法はないんだ。 待っていろ、明天。 僕はどんな手を使ってでも、真実に辿り着いてみせる。メダルの音、それが示していたのは、真実だけじゃなく、木野の意思だった。今、木野と、明天の、思いが衝突する。過去を認めず新たな自分として生きるか。過去を認め、苦しんで生きるのか。その結末を見届けましょう。※※※ 目の前の光景が、現実であることを受け入れたくなかった。 破砕機に巻き込まれ、無惨な姿となった門宮。 これをやったのは、僕だ。 何も思わずに押した破砕機の運転スイッチ、それが門宮の上半身をぐちゃぐちゃに潰した。 どうして? どうしてこうなった? 僕は門宮に確認したはずだ、これから機械を運転させると。 それなのに、なんで巻き込まれた? 何故、門宮は了承した? こんなの不慮の事故じゃないか! 違う……僕じゃない…僕はやってない! いくらそう思っても、脳裏にこびりついた、あの光景が真実を突きつける。 否定することができない。 否定したところで現実は変わらない。 どうしよう? どうしたら、門宮は助かるのか? いや、もう助からない。 上半身が完全にすり潰れているからだ。 こんな光景、フィクションでしか見たことがない。 なら、僕はどう責任を取ればいい? 何をすれば許される? 警察呼んで、全て僕がやったと、素直に白状して、逮捕されて、死刑になって、刑務所で惨めに死んだらいいのか? 他人の命を奪った代償は、自身の命で償えばいいのか? それで、門宮は納得するのか? 僕はそれで許されるのか? いや、何をしても、意味はない。 おかしいよ、こんなの。 認めない………こんな現実、こんな僕は、絶対認めない! 認めたくない。 僕は殺人なんて起こさない、ましてや、門宮を殺すことなんて、ありえない。 だが、実際に門宮は目の前で死んだ。 人の命が失われれば、二度と戻ることはない。 それを自らの手でやってしまったのだ。 その罪悪感から逃れることはできない。 門宮を殺した。この真実は、この先、何年経っても、何を成し遂げても、どれだけ喜ばしい体験があったとしても、ずっと、心に大きな傷として残り続けるだろう。 それだけじゃない、門宮の家族や友達にとっては、門宮と、突然の別れになる。 その責任を僕はどう取ればいい? 僕は死んだ方がいい。 いや
真実から逃げた僕は、自分の中で永遠の眠りにつこうとした。 そうしていれば、このまま静かに過ごせると思っていた。 罪の意識は自分の存在と一緒に消えると思っていた。 あの音は聞こえてこない。 この場所《圧夢駅》では、何も聞こえない。 はずだった、だが——。 ちゃりん♪ 「出テイケェエ!!」 圧夢駅に残っていたデーモンに、罵声とともに殴られ、その強烈な痛みで目を覚ます。 痛みだけではない、あの音が、また僕の耳に聞こえてきた。 その音の方が、失いかけていた意識をより強く目覚めさせる。 どれだけデーモンに殴られても、ここで殺されてしまおうが構わない。 メダルが落ちる音だけは、聞きたくなかっ――ゴンッ! またしてもデーモンに殴られた。 デーモンの拳が、僕の顔を凹ませる。 僕は地面に叩きつけられ、その反動で身体が宙に浮いた。 痛った。 ……これ絶対、死んだだろ。 と思ったが、残念ながら僕の意識はまだ残っていた。 そうか、僕は死ぬほどの痛みを一度も経験したことがないから、これは想像上の痛みでしかない。 だから死なないのか。 ここは、記憶と想像で作られた世界だった――ゴギィ! 今度は地面が陥没する程の勢いで、叩きつけられた。 この痛みは、ずっと続くのか? それでいい。 僕は門宮を殺したんだ。 この痛みが永遠に続けばいい。 それが僕に対する罰なら、全て受けるさ。 それでいいんだけど……でも。 ちゃりん♪ だったら、どうしてこの音は止まないんだ! 何度も何度も、僕に罪を突きつけるかのように、聞こえてくる! 目的はもう終わったはずだ! 僕を真実へ導いただろ! 絶対に忘れたかった、最悪の記憶に! だから僕は、ここで眠ることを選んだ! そんな僕に、今更、何を求めてるんだ!? 「知ルカ」 溢れ出た感情をデーモンにぶつけた。 そうしたら今度は、後ろの壁ごと殴り飛ばされた。 壁は破壊され、僕はその奥へぶっ飛ばされた。 その衝撃で、辺りに砂煙が漂い、視界が遮られる。 ここで叫んだところで、意味なんてない。声なんて出てないし。 そんなこと分かってる。 ちゃりん♪ まただ。 また、聞こえてくる。 これが、本当の苦し
僕は、門宮を殺した。 それが、僕がどうしても忘れたかった真実だ。 あの時僕は、破砕機の運転スイッチを押し、起動させた。 門宮はそれに巻き込まれて、ぐちゃぐちゃになった。 ただそれを、呆然と眺めていた。 その日、僕と門宮は、二人で破砕機のメンテナンス作業をしていた。 門宮は破砕機の保護カバーを開け、中で破砕機の部品を取り付ける作業をして、僕はその外で交換した部品を掃除する作業をしていた。 その時、門宮は、付き合っている彼女について話してきた。「いやぁ〜、実はあの子と別れたんすよ」 唐突な発言だった。 ついこの前までは、人生が楽しくてたまらない、とか喜んでいたのに。「何かあった?」 門宮の様子がおかしかった。 そんな、淡々と別れ話をするようなやつではない。 僕はその異様さに気付いていながらも、話を聞いた。「バイトと大学の勉強が忙しいから、一緒にいる時が少なくなったんすよ。なのに、こっちに休みを要求するんですよ、おかしくないですか?いやいや、俺の有給だって無限にあるわけないっしょ。それに、どーでもいいことばっか、いちいち文句言ってきて、それで、だんだん、面倒になってきて」 いつも通りのうざい喋り方だった。 彼女と別れたらしいが、それほど落ち込んでもいないらしい。 そのまま門宮は、付き合っていた彼女への愚痴を喋り続けた。 彼女と仲が悪そうな雰囲気は、門宮の話を聞く限り、感じなかった。 だがこうもあっさり、唐突に別れることがあるとは、恋愛とは僕には全く理解できない。 だけど、僕はこの時の話をいつも通りだと思ってしまった。 それが、間違いだった。 「本当に無駄な時間でした。なんであんなに夢中になってたんすかね?」 俯く門宮は、手に持った何かを見つめている。 言及はしなかったが、おおよそ彼女との思い出の物か何か、なのだろうと思った。 「取り付けは終わった?」「はい」 この時の返事は、声が籠っていたが、僕は気にしなかった。「それじゃ、回すよー」 門宮に、運転開始の合図を送る。 そして僕は破砕機の方を見て、そこに門宮がいないことに気づいた。 破砕機から、離れているのか? そう思った僕は、何のためらいもなく、スイッチを押した。 ぐちゃぐちゃ、ベギィ!ゴギッ! ――
飛び込んだ扉の奥には、暗い場所に大きなモニターと、面を付けた2人がいた。 それが誰なのかは、今は分からない。 「明天、本当にやるのか?」 面を付けた、背が高い方の男(声色で判断した)が僕に話しかけてくる。 明天?何でそう呼ぶんだ?「えぇ、それしか方法はありません」 今のは!? 僕が喋ったのか!? えっ!?声が出ない!体も動かない! どうなってるんだ!? 体を動かそうにも、瞬きひとつもできやしない。 だけど、さっき、僕の口から言葉が発せられていた。 それは僕の意思じゃない。 まるで、他の誰かの体に、自分の魂だけが憑依しているような感覚?だ。 「私が、木野を救います。そのために、真実を永遠に忘れるように誘導するのです」「分かってる、このままじゃ、自我が崩壊する。今は偽りの記憶で誤魔化したけど、いずれ、メダルの音が木野を真実へ導くだろう」 偽りの記憶? モニターには、僕とリーダーが映っていた。 映像から音は聞こえてこないが、しばらくして、映像の僕はリーダーに首を絞められていた。 そうか、思い出したぞ。 門宮を殺したのはリーダーだったじゃないか。 どうしてそんな重要なことを忘れていたんだ? まさか、その体験自体が偽りの記憶だったのが!? だが、この映像があの時の出来事なら、僕が今見ているのは明天の過去なのか? 「おい!このままじゃ、俺が死ぬぞ!」 その時、面を付けた背の低い方が、慌てるようにモニターに映る僕を指し、明天に止めるように訴えている。 俺、その一人称は、僕が小学生時代の一人称だ。 なんだか、昔の僕と喋り方が似ているな。 どうして僕のことを、俺と呼ぶんだ? 疑問は残ったまま、映像は流れ続ける。 僕はこの先を覚えている。 明天が僕を助けに来て、リーダーは警察に連行された。 あの時は、明天に感謝したが、今となっては、それも僕を真実から遠ざけるために、やったことだったんだ。 いや、待てよ。 このまま、明天がここにいたら、僕は首を絞められて、殺されてしまう!? 「いやぁ、それは困りますねぇ。救いに行くとしますか。あなた方の未来を」 ここで様子を見ていたのか、そしてこの時、僕の元へやってきたんだな。 見られている。 明天が言ったこの言葉は、面を付けた2人のこと
デーモン《直雄》は、電車に轢かれて動けなくなった。 それでも、直雄は死んでおらず、僕に対して「二度とここに戻ってくるな」と何度も言い放つ。 だが僕は戻るつもりなどない。 僕はその電車に乗り、圧夢駅を発つ。 やっぱり、この電車も無人だ。 誰も乗っていない。 それでも、電車は動き出した。 電車内では振動だけが伝わってくる。 音がない環境にもすっかり馴染んできたが、それも今日で終わりだ。 真実を追うために、圧夢駅から出る。 そして明天を探す。 ガタン、ゴトン。 「何っ!?」 電車が走り出してしばらく経つと、久々に音が戻ってきた。 それにびっくりした僕は、思わず声が漏れていた。 音が聞こえるのはこんな感覚だったか。 今、圧夢駅を出たんだな。 いや、待てよ。 僕は久々に音を聞いたんじゃない。 大きな音が聞こえたから、驚いたんだ。 直雄の声や、メダルが落ちる音、圧夢駅でこれらの音は、確かに聞こえたじゃないか。 なぜだ? 圧夢駅は、一切の音が聞こえない空間?のような場所だった。 あの場所で数ヶ月、働いて過ごしたが、聴覚が失われたのか?と思う程、何の音も聞こえなかった。 それでも、デーモンに殺されそうになったあの時、メダルの音が聞こえた。 だからこそ、僕はその音が、今乗っている、この電車を呼び寄せていることに気付くことができた。 だから、こうして脱出できたけど……いや、待てよ。 振り返ってみると、これまでに様々な場面で、不自然にメダルが落ちる音が聞こえていた。 ・門宮が殺された時・門宮を殺した犯人に、僕が殺されそうになった時・なな(犬)を見つけた時・山で突然電車が現れた時・その電車で圧夢駅に着いた時・デーモンから逃げる最中に3回 ありえないことばっかり起きたけど、メダルの音はどの場面にも共通して聞こえてきた。 僕は音に導かれるまま、この場所にたどり着いたのか? 誰が何のために? ……門宮なのか? 明天は言っていた、誰かに見られている、と。 僕を見ているのは門宮なのか? あの時、何もできなかった、ただ見ているだけだった僕を、恨んでいるから、こんな逃げ場のない悪夢を、見せているのか? それなら、僕は何をすれば許されるんだ? そんなの、考えて
直雄《なおたけ》は、※※※さんが死んだ真相を知っていた。 それは、期限内にノルマを達成できなかった※※※さんが、罰則としてデーモンに殺されてしまったことだった。 肉体がバラバラになるほど無惨に殺されたんだ。 それを知っていて、何で平然としていられるんだ?『木野、これは必要な犠牲なんだ。実際に誰かがこうならないと、ノルマの存在意義がなくなる』『だからって、人を殺していい理由には、ならないだろ!』『いや、そんなことはどうでもいい。これが現実かどうかなんか分かってねぇし。このことを咎める者は、この場にはいない。お前を除いてな』『酷すぎないか?ノルマを達成しろって言われても。達成できなかったら殺されるなんて。そんなこた、僕は聞いてなかった!』『あぁもう!うるせぇな!音楽が聴こえねぇって言ってるだろ!デカい声出しやがって!』『だから!音楽なんて今はどうでも――』『どうでもいい訳ねぇだろ!!』 直雄はその言葉に激怒した。 その声は僕には、聞こえないはずなのに、物凄い怒号を聞いたように感じた。 怒っているのは僕の方なのに。『こっちはそこに命かけてるんだ!人が死ぬのはこの会社のルールだ!この無音の空間は俺の作った曲だけが聴こえるんだよ!絶対にな!そういう風にできているんだよ!』 俺が作った曲だけ聴こえる!? 一体どんな理屈で聴こえるんだ? それに、うるさいとか、騒がしいとか、なんで僕の声の大きさを気にしてるんだ?音は聞こえないはずなのに。『他の社員には全員聴こえる。俺の作った曲の音だけがな。聴こえてないのは、お前だけだ。お前は、いい夢を持っていた。小説家になるんだろう?だったらこの事実を受け入れて、励むんだ!夢を叶えるには覚悟が必要だ!その覚悟を見出せば、必ず聴こえてくる!』『いや、それは違うよ。いくら夢を叶えるためだからって、殺人も許される訳ないんだ!悪いけど、君の音楽は僕には聴こえない』 そうだ、もうここにいたらダメだ。 僕は倉庫の出口へ向かって歩き始める。『おい!どこへ行くつもりだ!?』『僕は今すぐ、ここから出ていく』『は?待てよ。出ていくって、だからどこへ行くつもりだ?』『ここじゃない所に行く!』『何言ってんだ?お前はここで働くと約束したじゃないか!仕事はどうするんだよ?ノルマは?夢は?全部放ったらかしにするつもりか!