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第5話

Author: 小野ナイ
振り向いた紬音の視線の先には、顔色を変えた昴真が立っていた。

彼女が電話を切った瞬間、昴真は焦ったように駆け寄り、手を掴んだ。「紬音、誰が移民なんだ?」

紬音の表情は変わらない。「同級生よ。移民前に会っておきたいって誘われただけ」

その平然とした口ぶりに、昴真は疑う気配も見せなかった。彼女が嘘をつくとは、想像すらしなかったのだろう。だが次の瞬間、彼は彼女を強く抱きしめ、息を乱して囁いた。

「お前かと思って……心臓が止まるかと思った」

紬音は苦笑のように唇を引き上げた。「ただの移民に、そんなに慌てる?」

昴真は胸を押さえながら、言い訳のように口を開いた。

「お前も知ってるだろ?うちは三代にわたって公安の任務に関わってきた家系だ。だから、そう簡単に外国へは行けない。

もしお前が俺のそばを離れて国を出たら、たぶん、もう二度と会えない。そうなったら……俺は、殺されるよりも、ずっと辛い」

抱きしめる腕の中で、紬音は静かに笑った。「わかったわ」その笑みの裏に何があるか、昴真は気づかない。

それから数日間、彼は紬音に張り付くように行動した。会社に行くにも、外出するにも、常に彼女を連れて。

紬音としても、移民局へ署名に行く機会を失っていたため、しばらくは逆らわず従うしかなかった。

ある日、彼の旧友たちが新しくオープンした会員制クラブで集まりがあるという話になった。

「行くよ、紬音も一緒に」昴真が当然のように言い、彼女も頷いた。

個室に入った瞬間、旧知の面々が一斉に集まってきた。「紬音、今日は心ゆくまで楽しんで。静かな音楽が好きだって聞いたから、クラシックに変えておいたよ!」

「デザートも、昴真が全部用意してくれたんだ。好きなものばかりだって」

「こっちの席がいいよ。果物も全部切っておいた!」

「お前ら、いつからこんな気が利くようになったんだ?」昴真が眉をひそめると、誰かが笑いながら答えた。

「この世で一番大事なものが奥さんだって、昴真が自分で言ってたでしょ。そりゃ俺たちも気を遣うよ!」

「そうそう、昴真が奥さん一筋になってから、俺たち兄弟の出番が減ってさ……だからこそ奥さんを全力でお姫様扱いするしかないっすよ!」

場の空気が和んだその瞬間——ひとりの小柄な女性が部屋に入ってきた。

遙花だった。

店のマネージャーが慌てて彼女を止めようとする。「申し訳ありません。本日は貸切営業のため、一般のお客様のご案内は……」

「紬音さん?昴真さん?あら、まさか貸し切ってたのはふたりだったの?偶然ね〜」遙花は軽やかに言い放ち、返答も待たずに紬音の隣に腰を下ろした。

そして、暗がりの中で、静かに昴真の手を自分のスカートの奥へと導いた。

紬音の体が小さく震えた——なにを……

視線を向けると、昴真は明らかに動揺していた。遙花を追い出そうとした様子だったが、手が彼女の身体に触れた瞬間、彼は目を閉じ、長い指がかすかに動き始めた。

その瞬間、紬音の呼吸が乱れた——この場で、今この空間で、彼は……

感情を抑えながら、何事もなかったように会話に加わるふりをした。

途中、紬音は化粧室へ立った。

何度も顔を水で濯ぎ、なんとか心を落ち着けようとしていた。すると、背後から甘ったるくも挑発的な声が聞こえた。

「紬音さん、あたしから一言いい?」鏡越しに見ると、遙花が不敵な笑みを浮かべている。

「その年齢でその格好、ちょっと地味すぎじゃない?」

そう言って、彼女はコートをはらりと脱いだ。下に着ていたのは、透けるレースのセクシーなランジェリーだった。

「ねえ、賭けをしない?私がこの下着を着てるって昴真さんに伝えたら——彼はこの後、あなたのそばにいる?それとも、こっそり私を押し倒すと思う?」

紬音は無言で蛇口を閉め、水を払って個室へ戻った。

しばらくして、遙花も戻ってきた。

昴真の前を通り過ぎるとき、彼女は彼のスマートフォンを指先でトントンと叩いた。

昴真がそれを開いた瞬間、目が陰を帯び、喉ぼとけが上下する。

そして、何事もなかったかのようにスマホをポケットにしまい、立ち上がった。

「紬音、ちょっと電話してくる。すぐ戻るから、ここで待ってて」

返事も待たず、足早に部屋を出た。

その数分後、遙花も「電話してくる」と言い残して席を立つ。

二人の背中が視界から消えていくのを見届けながら、紬音は震える呼吸を必死に抑えていた。けれど胸の奥に突き刺さるような痛みは、まるで鋭利な刃物が何度も何度も心臓を切り裂くように襲いかかってくる。

痛い。どうしようもなく、苦しくてたまらない。

彼女の瞳に浮かんだのは、怒りでも悲しみでもなかった。その痛みをどうにかするために、ただ一つ浮かんだ願い——昴真、あなたも地獄に堕ちろ。私をこんな目に遭わせた分、何倍も苦しんで、何十倍も痛んで。

夕方まで、昴真は戻ってこなかった。

旧友たちは気まずそうに目を合わせ、ついには誰かが声をかけた。

「昴真、何か急用でもあったのかも。紬音、僕らが送っていくね」

紬音は何も言わず頷き、席を立った。

車に乗った直後——忘れ物に気づいた。「あ……バッグ、忘れた」

部屋へ戻ろうとした時、扉の内側から男たちの声が漏れてきた。

「ふぅ〜、やっと送ったな……もうちょいでバレるとこだった。昴真ってどうしてあんなに上手く演じられるんだろうな……」
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