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第3話

Author: 祐希
お腹が、ぺこぺこだった。

僕は待って、待って、ただひたすらにパパや美咲が帰ってくるのを待ち続けた。

窓の外では、太陽が昇っては沈み、空が群青色から真っ暗な夜へと変わっていく。

僕は頭の中で、一生懸命に数を数えた。

お日さまが昇るのを7回見て、夜が来るのを6回見た。

お腹が雑巾みたいにぎゅっと絞られるように痛くて、皮膚は骨に張り付いてしまっていた。

身動きするたびに、きつく食い込んだビニール紐が擦れて、心臓まで激痛が走る。

お腹が空いたよ……

痛いよ……喉もカラカラで、息をするのも苦しい。

体の奥から、何かがすうっと抜けていくような感覚があった。これが、命が消えていくってことなのかな。

テレビのアニメで見たことがある。主人公は死んじゃう前に、一番大好きな人とお別れをするんだ。

僕にとって、世界で一番大好きな人って誰だろう?

――ママだ。

だって僕はママのお腹から生まれてきたんだもん。最初からずっと、ママのことが一番大好きなんだ。

僕は残った力を振り絞って、震える指でママの番号を押した。

「ママ……湊、もう死んじゃいそうだよ。少しだけでいいから……顔を見に来て……」

返事はない。ただ、冷たい沈黙だけが流れる。

僕は泣きそうになりながら、弱々しい声で縋り付いた。

「ううん……帰ってこなくてもいいの。電話で『愛してる』って、湊に言ってくれるだけでいいから……!

愛してくれなくてもいいから!お願いママ、少しだけでいいからお話ししてぇ……っ」

言葉を口にするたびに、全身のひび割れた傷口がズキズキと痛んだ。

けれど、電話の向こうから聞こえてきたのは、深いため息だった。

昔、僕が絵本を読んでってせがんた時に、ママがいつも浮かべていたあのうんざりしたため息。

「湊。あなた、あの女を新しいママって呼んで懐いてたんじゃないの?」

やっと、ママに本当のことを言えるチャンスが巡ってきた。

僕は掠れた声を振り絞って、叫んだ。

「違うよ!湊のママは、ママだけだよ!

美咲お姉ちゃんはママなんかじゃない!ママが、僕のたった一人のママなんだよ!」

叫んだらもう限界で、息が上がって声が小さくなっていく。

「……ママ、大好きだよ」

だけど、ママはフッと鼻で笑った。まるで世界で一番くだらない冗談を聞かされたみたいに。

「湊、二度と私をママなんて呼ばないで。あなたという存在そのものが、私の人生の足かせなのよ。

私はあの男との忌々しい過去を全部清算して、新しい人生を歩んでいるの。あの男の血を引くあなたを見るだけで虫唾が走るわ。

二度と私の前に現れないで、私の幸せを邪魔しないでちょうだい」

僕はそっと、乾いた唇を閉じた。

男の子だもん。大丈夫、泣いちゃダメだ。

「……うん。わかったよ、ママ」

今度は、僕の方から通話を切った。

……明日の朝日は、もう見られないんだろうな。ちょっとだけ、残念だな。

――そんな死の直前の記憶から、意識が現在へと引き戻される。

魂の僕の目の前で、健ちゃんはママの腕に抱かれながら、僕によく似た大きな目をパチパチと瞬かせていた。

……仕方ないな。ママが選んだ子なんだから、僕の弟として認めてあげるよ。

ママの愛を少しだけ分けてあげる。でも、ほんの少しだけだからね。これ以上取っちゃダメだからね。

僕は誰にも届かない独り言をブツブツと呟いた。

本当はわかってる。ママの愛情は全部この新しい弟にあげられてしまって、僕には一滴も残されていないことくらい。

「修平、もう消えてちょうだい。夫と子供が待っているの」

パパは悔しそうに拳を握り締め、目を真っ赤に充血させてママにすがった。

「琴音、頼む……!今までの埋め合わせなら、何だってする!君を手放したくないんだ!」

「埋め合わせなんて無意味よ。失われた時間は二度と戻らないわ」

ママが冷たく突き放したその時、ママのバッグの中でスマホがけたたましく鳴り響いた。

画面には、ママのお母さん――恵津子(えつこ)おばあちゃんの名前が表示されていた。

「もしもし、お母さん?」

通話ボタンを押したママの耳に、恵津子おばあちゃんの切羽詰まった叫び声が飛び込んできた。

「琴音!お願いだから、今すぐ湊の様子を見に行ってやって!」

僕の名前を聞いた瞬間、ママは露骨に顔をしかめた。

「お母さん、言ったでしょ。私の前であの子の話は出さないでって」

「琴音、お願いだから……!」

「もううんざり。修平、あなたの息子のことよ。自分で聞きなさい」

苛立ったママは、通話中のスマホをパパの胸元へ乱暴に押し付けた。

パパが慌ててスマホを耳に当てると、電話口の恵津子おばあちゃんは相手が誰かを確認する余裕すらない様子で、半狂乱になって叫んだ。

「お願い、誰でもいいから!今すぐあのタワマンへ行って、湊を見てあげて!

あの子はあなたたちの、たった一人の血を分けた息子じゃないの!!」

受話器から漏れ出る悲痛な怒鳴り声に、パパもママもその場で言葉を失った。

重苦しい沈黙の中、ママは冷淡に顔を背けた。

「あの子はあの人の息子よ。もう私の子供じゃないわ。

今の私の息子は、健ちゃんだけだから」

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