LOGIN恵津子おばあちゃんは毎日、おじいちゃんのお墓の前で手を合わせ、祈り続けていた。 けれどある日、悲しみのあまり我を忘れた恵津子おばあちゃんは、泣き叫びながら墓前の冷たい石畳に何度も何度も額を打ちつけ始めた。血が滲んでもやめようとしない。「おばあちゃん、やめて!頭から血が出てるよ! お願い、誰かおばあちゃんを止めてぇっ!」 僕が必死に叫んだその時、恵津子おばあちゃんは力尽きたようにその場に倒れ込み、気を失ってしまった。 すると突然――僕の体がフワリと軽くなった。 気がつくと、僕は一面真っ白な雲に包まれた、暖かくて穏やかな場所に立っていた。 少し離れたところで、杖をついた恵津子おばあちゃんが、呆然とあたりを見回している。 ――おばあちゃん! これが、よくお話に聞く「夢枕に立つ」ってやつなのかな? 僕は思いきり駆け出して、恵津子おばあちゃんの胸元へと飛び込んだ。「おばあちゃん!」 恵津子おばあちゃんは震える両腕で僕を力いっぱい抱きしめ、涙でかすんだ瞳を大きく見開いた。「湊……!ああ、私の可愛い湊……! ずっと……ずっと会いたかったよぉ……!」 恵津子おばあちゃんは僕の頬を皺くちゃの手で包み込み、胸が張り裂けそうな声で言った。「湊、この世に何か思い残したことはないかい?何かやり残したことがあるなら、おばあちゃんが何だって叶えてあげるからね。 もし誰かに恨みがあるなら……あんな男や女たちに憎しみがあるなら、おばあちゃんがこの命に代えてでも、あいつらを道連れにしてやるからね……!」 僕は慌てて、ブンブンと首を横に振った。「湊はね、誰も恨んでなんかないよ。 湊はおばあちゃんが一番大好き。だからもう自分を傷つけないで。 それからね、パパとママにも伝えてほしいの。湊はちっとも怒ってないよって。湊はずっとずっと、パパとママのことが大好きだよって」 恵津子おばあちゃんは僕をじっと見つめたまま、言葉を失って立ち尽くしていた。 その瞳から大粒の涙がとめどなく溢れ落ちて、僕の小さな両手では拭いきれないほどだった。 …… その後、パパとママのギスギスした関係はずいぶんと落ち着いた。 少なくとも、以前のようにパパがしつこく復縁を迫って付きまとうようなことはもうなくなった。 二人は、僕の命日には
美咲が潜伏先で逮捕されたと聞きつけた恵津子おばあちゃんは、病院を抜け出して警察署へと駆け込んできた。 手錠をかけられた美咲の姿を見るなり、恵津子おばあちゃんは震える手で杖を振り上げ、力任せに投げつけようとした。「私の湊を返して……!私の可愛い湊を返してよぉぉっ!!」 周囲の警察官が慌てて割って入り、恵津子おばあちゃんを必死に押さえつける。 美咲は髪を乱し、哀れみを誘うように上目遣いで警察官たちを見つめた。 かつてパパを誘惑し、家庭を壊したあの計算高い瞳だ。 美咲は嘲笑うように、冷たい声で吐き捨てた。「殺したければ殺せばいいじゃない。ビクビク逃げ回る生活なんてうんざりだったのよ。捕まって清々したわ」「おばあさん、落ち着いてください!心臓に触ります!」 警察官が必死になだめている。恵津子おばあちゃんは病み上がりなんだから、興奮してまた倒れちゃったら大変だ。 僕は魂の体を一生懸命揺らして、恵津子おばあちゃんの前に回り込んだ。「おばあちゃん、怒っちゃダメ!湊がへんな顔してあげるから、笑って!あっかん、べーっ!」 必死に変顔をしてみせるけれど、恵津子おばあちゃんの瞳に僕の姿は映らない。 僕がどんなにおどけてみせても、誰一人として笑ってはくれなかった。 その時、取調室の前にママが現れた。その後ろには、おどおどした様子の健ちゃんも連れている。 正直に言うと、新しい弟の顔を見るのは胸がチクチク痛む。 ママがあの子に優しく微笑むたびに、僕の小さな胸の奥が張り裂けそうになるからだ。「ママ、怖いよぉ……」 健ちゃんが怯えてママのスカートの裾をギュッと握りしめた。 いつもなら「大丈夫よ」と優しく抱きしめるはずのママは、無言で健ちゃんの手をそっと引き剥がし、一人で立たせた。「羽山美咲。……久しぶりね」 ママの拳は白くなるほど強く握り締められていた。必死に理性の糸を繋ぎ止めているのが痛いほど伝わってくる。「聞きたいことは一つだけよ。どうして……どうしてうちの湊にあんなむごい真似をしたの?」 ママの瞳には、あの時自分の喉に突き刺そうとしたボールペンの切っ先のように、鋭く冷たい殺意が宿っていた。「あの子の母親である私が殺人犯になってしまわないように、私は今、必死で自分を抑えているのよ。 それが……母
昔、恵津子おばあちゃんが僕を強く抱きしめながら、涙声で教えてくれたことがある。「夫婦が別れたらね、残された子供は道端の雑草みたいに踏みにじられてしまうのよ。 若い親は離婚したら、すぐに新しい人と再婚して別の家庭を作る。そうなったら、前の子供なんて邪魔者扱いされて、どこにも居場所がなくなっちゃうの。 冷たく無視されたり、怒鳴られたり、叩かれたり……おばあちゃん、湊がそんな可哀想な目に遭うのを見てられないわ」 でもね、おばあちゃん。僕たちには、パパとママの離婚を止めることなんてできなかったよ。 二人は激しく罵り合って、自分たちの大人の都合の中に閉じこもってしまっていたから。 だから僕は、雑草でいいって決めたんだ。 道端の小さな草みたいに、背を縮めて、目立たないように息を潜めて、気配を消していよう。 そうすれば、パパとママの邪魔にならないで済むから。「湊、次にパパがママに会いに行く時は、ついてこないでくれ」 ある日、パパは僕に言った。「お前を連れていくと、ママが『子供をダシにして情に訴えようとするな、卑怯よ』って激怒するんだ」 ――そうだったんだ。僕がいると、パパもママも困っちゃうんだね。 僕は素直にパパの手を離し、一人でタワマンの部屋に残るようになった。 だけど、小さい子供を一人きりにはできない。パパは恵津子おばあちゃんに頼むのを気まずがって、秘書の美咲に留守番を頼むようになったのだ。「美咲お姉ちゃん、どうしてそんなにイライラしてるの?」 リビングでひらがなの練習をしながら尋ねたことがある。 美咲はパパがいない部屋で二人きりになると、いつも般若のような怖い顔をしていた。「あんたが足手まといだからよ。あんたを置いていくせいで、パパとママが二人きりで密会してるじゃない。私の略奪のチャンスが潰されるのよ」 僕は少し考えて、こくりと頷いた。 美咲お姉ちゃんも、僕のことが大嫌いなんだ。 ママは家を出ていく前、よく言っていた。「人に迷惑をかける子になっちゃダメよ」って。だから僕は、ママの言いつけを守らなきゃいけない。「美咲お姉ちゃん、帰っていいよ。湊、一人でお利口にお留守番できるから」 僕、本当にお手伝いもできるし、おとなしく待てる子なんだよ。 だけど美咲は僕を信じてくれず、あの日――僕
リビングから漏れる微かな物音に気づいたのか、健ちゃんが寝室のドアをトントンとノックした。「ママ?起きてるの?」 ママは慌てて口と鼻を両手でギュッと押さえ、泣き声が漏れないように必死で息を殺した。「……健ちゃん、お部屋に戻ってネンネしてなさい。ママ、ちょっと風邪を引いちゃったみたいだから。健ちゃんにうつしたら大変でしょう?」 健ちゃんが素直に足音を立てて去っていくのを見送りながら、僕は悲しくなってママを見つめた。 ママにとって、僕はそんなにも堂々と好きって言えない存在だったのかな。 僕のために泣くことすら、人目を忍んで隠れて泣かなきゃいけないの? 僕の命って、誰にとっても本当にこんなにいらないものだったのかな。 ねえママ、幼稚園の先生はそんな悲しいこと教えてくれなかったよ。湊には、大人の心が全然わからないや。 翌朝、直哉が出勤した直後を見計らったように、パパが血走った目でママの自宅へ押しかけてきた。「琴音!……湊はもう死んでしまったんだ。だからもう泣かないでくれ」 ママは冷え切った瞳でパパを睨みつけ、早くここから消えてと言わんばかりに拒絶のオーラを放った。けれどパパは、すがるようにママの両肩を掴もうとした。「琴音、俺たちもう一度やり直そう!また二人で新しく子供を作ればいい! 湊の代わりに、今度こそ二人で幸せに育てよう!健ちゃんのことも、俺が自分の子として一緒に育てるから……!」 ――やだ!絶対に嫌だ! 湊の代わりの子供なんて作らないで!誰にも僕の居場所を取られたくないよ! 健ちゃんを引き取るって何!?パパもママも、最初から僕のことなんてどうでもよかったんじゃないか! 僕はパパの周りを必死に飛び回り、喉が千切れるほど叫んだ。 けれど、誰にも望まれずに死んだ僕の声なんて、誰の耳にも届かない。 どんなに泣いて暴れても、大人は僕の願いなんてこれっぽっちも聞いてくれないんだ。 ママは唇をギリッと噛み締め、頑なにパパを睨みつけた。「ふざけたこと言わないで。湊が死んだって、もう私には何の関係もないわ。 私が選んだ新しい人生を、後悔なんて絶対にしない!」 バタンッ!とママはパパを押し出し、力任せに玄関のドアを閉めた。 健ちゃんは幼稚園へ行き、直哉も仕事に出かけて、家の中にはママ一人だけ。
おばあちゃんに泣き叫ばれて折れたママは、小さなハンドバッグを抱え、重い足取りでかつて暮らしていたあのタワーマンションへと向かった。「……ここには、嫌な思い出しかないのに」 ぽつりとこぼしたママの言葉に、隣に浮かぶ僕の胸がチクリと痛む。 僕と一緒に暮らしていたことも、ママにとっては嫌な思い出だったのかな。 湊はどうすれば、ママにとっての「いい思い出」になれたんだろう。 マンションの敷地に足を踏み入れた瞬間、ママは息を呑んだ。 エントランスからエレベーターホールにかけて、黄色い立ち入り規制のテープが物々しく張り巡らされていたからだ。 ただ事ではない空気に、ママの顔からサーッと血の気が引いていく。 震える手でバッグからスマホを取り出すと、昼間に職場の同僚たちとやり取りしていたグループトークを開いた。 同僚たちのメッセージが目に飛び込んでくる。 ――【まさか白石さんのところのお子さんじゃないよね?】 ――【違うといいけど……現場、警察でごった返してるらしいよ】「……湊なわけがないわ」 ママは蒼白な唇で呟いた。自分に言い聞かせるように、必死に祈るように。「あんなにお利口なうちの子が、こんな事件に巻き込まれるはずがないもの……」 震える指先で画面をスクロールしたママは、息を止めた。 そこには、遠目から撮られた部屋の惨状と、警察の鑑識作業の写真が送られていたのだ。 目眩に襲われたのか、ママはよろよろと壁に手をついた。「もし……ご遺族の方ですか?」 異変に気づいた警察官が、怪訝そうに駆け寄ってきた。 ママは強張った顔で、必死に平静を装いながら頷いた。「ええ、元夫がここに……あの、亡くなった男の子のお名前は、相沢湊……というのですか?」 ママは掠れそうな声を必死に張り上げた。「あの子は、目がくりくりしてて、とても賢い良い子なんです!もし人違いだというなら、私、上には行きませんから……!」 警察官は痛ましそうに目を伏せ、無言で深く頷いた。 その瞬間、ママの中で何かが弾け飛んだ。 体面も人目もかなぐり捨てて警察官の手を振り払うと、規制線をくぐり抜けて階段へと駆け上がっていったのだ。「ちょっと、待ってください!まだ現場検証が……!」 呼び止める捜査員の声を背に、ママは涙をボロボロ
ママ、あんなこと言われたら、僕だって少し傷つくよ。 でも、もう慣れっこだから大丈夫。 ママ、僕はママのこと、ちゃんと許すよ。 だからママも……僕のことを許してくれないかな? パパは深くため息をついた。「……わかった。一度部屋に戻るよ」 パパは僕のために戻ってくれた。 でも、本当の理由は知っている。 おばあちゃんはママのお母さんだから、ママとやり直すために、おばあちゃんのご機嫌を取りたいだけなんだ。 僕、すごく物分かりがいいでしょ。もう立派なちいさな大人だもん。 幼稚園の先生が言っていた「大人の顔色を窺う」って、こういうことなんだよね。 あのタワーマンションに着くと、部屋の前には黄色い立ち入り規制のテープが張られていた。パパは警察の人に身分証を見せて父親だと証明し、ようやく中に入れてもらった。 廊下にいた恵津子おばあちゃんはパパの顔を見るなり、張り詰めていた糸が切れたようにパパの腕にしがみつき、床に崩れ落ちた。「湊……!私の湊があぁぁっ……!」 恵津子おばあちゃんは喉を裂くような声で泣き叫んだ。 その時、パパの視線が部屋の奥へと向けられた。 現場検証の途中なのだろう、僕の体はまだソファの上にポツンと横たわっていた。 一週間のあいだ水も食べ物も与えられず、極度の飢餓と脱水でやせ細った体は、まるで骨に薄皮を貼り付けたみたいだった。 垂れ流したおしっこやうんちがこびりつき、変わり果てた姿でソファに埋もれている。「な、んだ……あれは……」 パパは目が悪くないはずなのに、細く目を凝らしてその光景を見つめていた。 恵津子おばあちゃんはパパの胸を何度も何度も拳で叩きながら、掠れた声で泣き叫んだ。「あれが湊よ!あなたの息子じゃないの!! どうして……どうして私の可愛い孫が、あんな無惨な姿にならなきゃいけないのよぉっ!」 パパはただ棒立ちになって、恵津子おばあちゃんに叩かれるがまま何も言えずにいた。 けれど数秒後、まるで壊れた機械が急に暴走したみたいに、パパはソファへ向かって狂ったように駆け出した。「通してくれ!近くで見せてくれ! あんなの湊なわけがない!絶対に人違いだ! お前たち、俺を騙そうとしてるんだろ!?」 パパは部屋にいた警察官たちに力づくで取り押さえられた。
私はママに抗議しに行ったけど、ママはこう言った。「宗也、覚えておきなさい、ママはあなたのママであるだけじゃなく、ママは自分の人生がある」「だから、私はあなたのために自分の時間を犠牲にしない」でもママ、あなたは私が嫌いなら、どうして私を生んだの?宗也はどうしたらママに好きになってもらえるんだろう?ママ、宗也が羽山おばさんをママって呼んだのは、ただママの愛を感じたかったからだよ......「これ......これはあなたの子供なの?」パパはその子を見て、驚いたように言った。「たった5年で、あなたには新しい夫ができ、新しい子供まで生まれたの?」私は口を開けた。実
幼稚園の先生が言ってたけど、人は死んだら魂になるって。どうやら本当にそうなるみたい。私は魂になって、ママのそばにいる。ママは録音スタジオの同僚たちとおしゃべりしている。「菅先生、あなたの元夫のマンションで大きな事件があったって知ってる?」ママは眉をひそめて、すごく嫌そうな顔をした。「私はもう彼とは何の関係もないから、彼のことを話さないで」ママはパパのことが嫌いだから、二人は離婚したんだ。私は小さな体を動かして、ママのそばに寄り添った。魂でいるのっていいな。こうしてママに寄り添ってても、ママは私をうっとうしいって押しのけない。「はぁ、小さい子がね、遺体を見つけたと







