LOGIN敵国の兵士に子供が一人殺されただけで、戦争が始まる。
なんて馬鹿げた話かもしれないが、歴史的には珍しい事でも何でもない。今回の件はタイミングとオルタナが未だ生きている事が救いと言える。
ラカンの矢で番を殺され、軍を動かす力を持った公爵が我を忘れてしまう。
こんな事があれば、ラカンと全面戦争の火蓋が切られる事にも成りかねない。「ケルメスの最後の悪足掻きだったのでしょうね」
「どういう意味だ? ナタリー」
「少し尋問しただけですが、あの射手は何かアクシデントが起きた際、オルタナ様を殺す様に命じられていたそうですから」
自分の思い通りにならないなら、戦火で国ごと焼いてしまおうと言うのか。
あの狸爺の思惑通りに事が運ぶ事は無かったが、その危険性は大いにあった。
「だけど、オルタナ様はここで死ぬには惜しい方です。ナタリーがやけに執着しているから、どんな少年かと思っていましたが……流石、ヴィー兄様
さっきまで不機嫌そうにしていたドーラが突然、爛々と目を輝かせている。「あ、あぁ……別荘の裏山にあるらしい。俺はあまり詳しくないので、知らなかったんだが……」「オブのヤツめ。黙っているつもりだったのか……」「あぁ、そうか。ドーラ殿とオブライアンとは同胞なのだったな」「まぁ、竜木は育てるのも難しく野生のものはもう存在しない。十中八九、オブが育てていたのでしょう」「そなた達一族は、本当に何でも出来るのだな」「ドーラ殿、その竜木とはそんなに貴重な物なのですか?」 そう聞いたノエルに「それをあんたに説明する義理はないね」と冷たく言い放たれ、肩を落とすノエルを促し部屋を出る。「何か俺……ドーラ殿に嫌われてんのかな?」「あー……お前が一番言いやすいんじゃないか?」 互いに見合って肩を竦めた。 そこに資料を抱えたスーランを連れた王妃が通り掛かり、訝し気な顔でこっちを見る。「何してるの? 二人で……」「いや、ドーラ殿に部屋から追い出されまして……」「いい気味だわ。私を騙して皆で結託して……ちゃんと働かないと許さないんだから!」「「御意」」 王妃もスーランももっとオルタナの傍にいると泣いて縋るかと思っていたのに、王妃は鏃の切開と処置が終わると「私に出来る事は終わったわ」とドライな発言をした。 スーランに至っては「俺、何も出来ないから」と動き回る王妃の護衛を買って出て、付いて回っている。 何やら二人で例の水脈について調べているらしかった。「なぁヴィー、ミレーの体、治ると思うか……?」「治ると良いが……もし治るなら、子供達が安心して暮らせる国が必要だ」「確かに」「俺は今回、オーリィを失うかもしれないと思った時、半身を失った様な錯覚を覚えた。こんな恐ろしい感覚は生まれて初めてだった……」「そうか……運命の番だもん
「ドーラ殿、その白い物は何だ?」「これは我々一族が“森の真珠”と呼ぶ木苺の一種ですよ。王国ではミルクベリーと言うそうで。モリガンの自宅に隠し持っていた物をあの唐変木に取りに行かせたのです」 サンノ国で国宝と言われた俊秀を唐変木扱いした上、使い走りにするとは。 だが、ウケイから発情に関する切り札として教えて貰ったのは、多分その“森の真珠”に関係している。 ドーラン一族には門外不出の妙薬がいくつか存在していて、王族に近しい者だけに全て口伝で伝えられるらしい。 なので流石のウケイも詳しい事は分からないが、ドーラン一族にはそう言った類の薬が存在し、それがこのミルクベリーではないかと疑念を持っていると言った。 だから秘密の花園でミルクベリーの代わりに雪山羊の菓子を用意したと。「あぁ……オーリィの好物の?」「好物? オーリィがこれを好物だと言ったんですか?」「あぁ、そう聞いているが……」「そうですか」 そう言ったドーラは、その木苺が特殊な薬効を持っており、幼い頃のオルタナの体調を戻す際に、よく食べさせていたと語った。「森の真珠は時戻しの実と呼ばれる。公には知られていませんがね、これは体の時を戻す効果があるのです」「時を戻す……?」「言葉通り、体の状態を若くする。失った手足が生えたり、大人が子供に若返るわけではありませんが、内臓を病む前の状態に戻す事が出来る。古代より乱獲を恐れて、我々一族に伝わる秘されて来た妙薬です」「では、それがあればオーリィは助かるのか?」「えぇ、ですが、公爵様には一つ話しておかねばならない事がございます」 そう言ったドーラは、ウケイからの手紙をもう一度チラリと見た。「これを使えば、オーリィの発情はまた先延ばしになる事でしょう」「先延ばし……と言うと?」「オーリィが発情しないのは、幼い頃にこれを時折食べていたせいだからですよ。まぁ、態と
公爵は元々雪の様に白いオルタナの顔が、蒼白し生気を失っている様を見ていた。 寝台の横に腰かけ、冷たく小さい手を握って、ただ祈る事しか出来ない。 扉がノックされ、不意にそちらへと視線を遣るとドーラが入って来る。「公爵様、少し休まれては?」 しわがれた声でそう言ったドーラに、公爵は首を振って答える。「何にも出来ないから見ているくらいは許せ、と仰いますか?」「ドーラ殿……オーリィは助かるのか?」「Ωと言うのは生来弱く、今こうして呼吸している事でさえ不思議なくらいではあります」「そうか……」「しっかりなさいませ、孫の事はこの婆が何とかして見せましょう」「オルタナの役に立ちたいという気持ちを利用し、この様な事態になったのは私の落ち度だ。本来なら、危険のない所で穏やかに過ごす事だって出来た」「そんな帰らぬ後悔など吐いてどうします? 孫がやりたいと言ったのなら、それは公爵様のせいではないでしょう。それにこの子はエヴィ様の子だ」「……どういう意味だ?」「黙って待っている程、この子は大人しく育てちゃおりません。人を助け、人に助けて貰えるように生きろと教えて来た。それはこの子が人の上に立った時に、必ずこの子の糧になる。民が助けたいと思う主君である事、エヴィ様はまさにそう言う主君であられたのです」「そうか……立派な母君だったのだな」「エヴィ様と逸れた時の話をカタアシからお聞きになったのでしょう? 自分を攫おうと画策して追って来た者でさえ見捨てず助けて……自分が死んでりゃ世話ないって話ですがね」「ドーラ殿はアラベルを恨んでいるのか?」「はんっ、主人が命を懸けて助けた人間が死んでちゃ元も子もないでしょう。使えるだけ使ってやろうと思っただけですよ」「そうか……」「あの禿げた唐変木にも便りを出しました。もうそろそろ返事が来る頃……」 そうドーラが言った時、部屋の扉が二回ノックされ、ノエルとミレーが入っ
オルタナの状況が心配じゃないわけではない。 だが、大勢の人間を連行したまま放置するわけにも行かない。 特警主導の下、速やかに今後の対策を始める必要がある。 だが、公爵のあの姿に不安が無いわけでもなく、副官であるノエルは頭を抱えていた。「私、ここに残っても良いの? ノエル」 心配そうにそう聞いたミレーに、ノエルはやんわりと笑って見せた。「あぁ、良いさ。その方がヴィーも安心だろう」「本当にっ⁉」 ノエルはパッと笑顔を見せたミレーをギュッと抱き寄せた。「ノ、ノエル……?」「ヴィーの説得は俺がしよう。お前はオルタナについててやってくれ」「……うん。ありがと、ノエル」「これから頑張る婚約者に、ご褒美くれないか?」「は、はしたなくないかしら……こんな……」 状況なのに。そう言いかけたミレーの口をノエルは口付けで塞いだ。 言いたかった事をエルダーに先を越され、少し焦りを覚えたのもあった。 それ以上に、ノエルは自覚している事がある。 口にするのが恥ずかしい程の幼稚なその感情を、顔を見られない様に抱きしめて初めて言葉にした。「オルタナに嫉妬してるって言ったら怒るか?」「な、何……それっ……」「俺達にはオルタナの変わりは務まらない。ヴィーにはオルタナが必要だし、エルダーが言った通り、彼はこの国のこれからに必要だ」「うん……」「その彼に俺の婚約者は夢中だ」「ちょっ……ちがっ……」「分かってるさ。それが恋情じゃない事くらいは。だけどな、傍に居たいと言われると羨ましくなる」 仕事柄、別行動するのは仕方のない事だし、これまではそれをどうとも感じた事は無かった。 だけど、自分達の輪の中にオルタナが現れてから、ミレーは主の宝物であるオルタナを人一倍気にかけ、率
敵国の兵士に子供が一人殺されただけで、戦争が始まる。 なんて馬鹿げた話かもしれないが、歴史的には珍しい事でも何でもない。 今回の件はタイミングとオルタナが未だ生きている事が救いと言える。 ラカンの矢で番を殺され、軍を動かす力を持った公爵が我を忘れてしまう。 こんな事があれば、ラカンと全面戦争の火蓋が切られる事にも成りかねない。「ケルメスの最後の悪足掻きだったのでしょうね」「どういう意味だ? ナタリー」「少し尋問しただけですが、あの射手は何かアクシデントが起きた際、オルタナ様を殺す様に命じられていたそうですから」 自分の思い通りにならないなら、戦火で国ごと焼いてしまおうと言うのか。 あの狸爺の思惑通りに事が運ぶ事は無かったが、その危険性は大いにあった。「だけど、オルタナ様はここで死ぬには惜しい方です。ナタリーがやけに執着しているから、どんな少年かと思っていましたが……流石、ヴィー兄様が選ばれただけの事はある」「お前が素直に人を褒めるなんて珍しいな、エル」「あの人嫌いのナタリーが目を掛けている時点で、普通じゃないと思ってはいましたからね。実際、一緒に行動してみて分かった。彼は経験が浅いだけで、一国の王にもなれる器です」 エルダーはそう言って道中に起きた事を話してくれた。 守られる側である自分を差し置いて、王妃だけではなく御者までもを助ける事に躊躇いなく行動し、その上で御者をこちら側に引き入れ事態を解決して見せたのだと。「御者の事を信用なんてしない、と言われた時、何を言っているのかと思いました。だけど、彼は知っていたのですよ」「何をだ?」「自分で選ばせる事に意味があると言う事をです。あれだけ人を惹きつけておいて、自分で選べと言うのですから、とんだ人誑しです」 裏切らない保証のない御者に「裏切っても良い、自分で選んで下さい」と言ったオルタナを見て、鳥肌が立ったとエルダーは言った。
振り返ったオルタナの肩に、強い衝撃と共に一矢刺さる。 その衝撃に横へと倒れ込み、刺さった矢の痛みを覚えたのはその後だった。「うぐっ……」 声にならない。 焼けつくような痛みが左肩に熱を持って広がって行く。 駆け寄って来た公爵が馬から飛び降りて来る。「オーリィッ! オーリィッ! しっかりしろ、大丈夫か?」「うっ……」「待て、今抜いてやる」「公爵様ダメだっ! 矢を抜くなっ!」「アラベル? どういう事だ?」「その矢は鏃が抜ける様細工してある。そのまま抜けば、鏃が残って取れなくなるっ!」「クソッ! じゃあ、どうすればいいっ⁉」 息が上がり呼吸すら危うく意識が朦朧として行く。 その中で、オルタナはこの矢には何かしら毒を盛られているのだと悟る。 ヒュッヒュッと短い呼吸を繰り返しながら、痺れ始めた指先すら動かす事が出来なくなって行く。 眼前が涙で滲んでもう公爵の顔すら見えない。 公爵が何か叫んでいる。 けれど水の中にいる時の様なくぐもったその声が、何を伝えようとしているのか分からない。「……ヴィー……さ、ま」「オーリィッ! 目を閉じるなっ! こっちを見ろ!」「見、えない……よ……」 真白く煙った視界に、オルタナはそう呟いた。◇◇◇ ノエルは全軍の指揮を終え、負傷したオルタナを休ませる為、運び込まれたオミクレーの拠点まで戻って来た。 この拠点は前王妃の生家で、晩年、療養中だった前王妃様が息を引き取られた場所でもある。 その後他家に売られたものの、公爵が買い戻し所有している。 母君の最期に立ち会えなかった息子は、生前の母の思い出の詰まった誰も住んでいないこの家を大事にしていた。「ミレー、オルタナの容
「モリガン大佐に頼まれていたのは、ただの香辛料で……」「それが、悪用されたようだ」「あ、くよ……う?」「適量を守ればただの香辛料も、摂取量を間違えれば毒になる。彼らが死ぬ前に飲んだ酒には大量の香辛料が混入されていた」「ま、さか……大佐が……? 嘘だ……」「まだ、真相は分からん。だが、こんな分かりやすい方法で六人も害したとなれば、お前は犯人に仕立てられたんだろうよ」
祖母は顔の上半分が薬草に被れて、まるで火傷の痕の様に爛れている。 その見た目から祖母は魔女ドーラと揶揄されていた。「あぁ、いや違う。気を悪くするな。彼女は栗毛で肌も小麦の様だった。お前は銀髪に白い肌をしているから、こんなに違うものかと……」「そ、祖母に会ったことがあるんですかっ?」「あぁ、一度だけ。モリガン伯が薬物兵器を研究していた者を監禁していると聞いて、見に行った」「そう、ですか……」
今からでも逃げるか……いや、無理だ。 少なくともローブの男と大柄なノエルと呼ばれていた男は間違いなくαだろう。 ミレーと呼ばれていたもう一人は女性だったが、纏う雰囲気がもう凡人のそれではない。 間違いない、全員αだ。 詰んだ。 でも、どこかで逃げなければ、このまま監獄にでも入れられたら、本当に人生が詰む。 ドーン王国では魔女狩りと称して薬師が大量に殺された時代があった。 当時の王が薬師に王妃を殺されたとして、国中の薬師を虐殺したのがキッカケだったとか。 そのせいでドーン王国は他国に比べ薬学が廃れて久しい。 現王レイモンドは積極的に他国からの薬も輸入し、自国の薬師を増やす政
ベルの花が鳴く頃、モリガン区の雪も少し解け始める。 雪原から顔を出した青白いベルの花は、リンリンと鳴いて春を告げるのだ。 そんな北の果てに不穏な噂が流れていた。「王都じゃ余計に死人が出たってさ」「ここじゃ当たり前だが、去年は寒かったからねぇ」「何でも王都じゃ病で死んだ者は、教会で死体を燃やすんだと」「罪も犯してないのに病で苦しんだ挙句、体を焼かれるなんて酷い話じゃないか」「王様も教会には強く言えないんだろうさ」「サンノ国から来られた王妃







