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氷晶の才女と、ゼロ式の一閃

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-07-10 14:20:52

昨日まで、俺の存在なんて風の音よりも軽かった。

だけど今朝──廊下を歩くだけで視線が刺さる。

「マジで勝ったのか? クロが?」

「うっそ、夢じゃねえの?」

──うるせえ。

注目されるのは初めてじゃない。でも、こんな風に見られるのは……正直、気分が悪い。

模擬演習での勝利。

それが本当に俺の力だったのか。それすら自信を持てないまま、俺は教官室の扉を叩いた。

「クロ・アーカディア、特別再評価演習に出頭せよ」

そう書かれた紙が、机の上に置かれていたから。

このセントレア魔導学院は、国家直属の魔導騎士団への登竜門。

一度でも結果を出せば、上層部がすぐに動く。それが、落ちこぼれの俺にも特別演習が回ってきた理由だ。

「次の対戦相手は、学院主席──フィア・リュミエールだ」

「……はい?」

名前を聞いた瞬間、心臓がひっくり返った。

学園内でも実力は頭ひとつ抜けていて、最強候補と噂されている。

氷属性の構築特化型で、演算速度だけなら主席級とも言われている。

たしかに同じ一年のはずなのに、俺にとっては完全に別世界の住人だった。

教官室を出て、演習場までの廊下を歩く。

周囲の視線が、いつもより多く感じた。

俺が特別演習に呼ばれた──それだけで、噂の材料には十分らしい。

心臓の鼓動は速い。でも、足は止まらない。

あとはもう、やるしかない。

《ゼロ、聞こえてるか……?》

《受信中。……情報確認。対象、フィア・リュミエール。一年次所属。構築演算速度:現行上位水準。将来的に、歴代最速領域に到達する可能性あり。》

《うん、やっぱムリそうだわ。俺、今日限りで消えるかも》

《過剰なネガティブ演算は非効率。落ち着け。》

《無理だっつーの……!》

演習場の空気が一変したのは、彼女が現れた瞬間だった。白銀の髪が揺れる。空気すら凍るような冷たい眼差し。無駄のない動作。静かな足音。

そのすべてが──異質な美しさに支配されていた。

「時間を無駄にするつもりはないわ。さっさと終わらせましょう、落第生くん」

声に棘はない。

ただ、何も期待していないだけ。

俺という存在が、ただの通過点に過ぎないのだと──無言で伝えてくる。

「……今日もいい天気っすね」

俺は笑った。心臓バクバクで。

《ゼロ。支援、フルでいけるか?》

《可能だ。ただし、演算過負荷が発生した場合、応答に遅延が生じる恐れがある》

《頼れるのは、お前だけだ》

《……了解。構築演算、準備開始──》

《両者、準備完了。演習、開始!》

演習場の空気が張り詰める。

フィアは小さく息を吐いただけで、構築を始めた。声も詠唱もいらない。手の動きすら、最小限。

──《冷界晶陣(レイ・クラリス)》

魔素が一瞬にして凝縮され、空中に結晶の陣が組まれる。

氷の矢が、まるでレーザーのように一直線に俺へと放たれた。

「っ、ゼロ!」

「《防御構築、三重展開──今ッ!》」

俺の前に展開された光の壁を、氷が鋭く突き破ろうとする。

一枚目が砕け、二枚目がひび割れ、三枚目の直前で

──止まった。

「……ちょっとだけ、いい防御ね」

フィアが微かに目を細めた。

(ちょっとだけ、って……これゼロのガチ支援だぞ!?)

《警告。対象の演算式が、こちらの魔術構築に同期を開始》

《は……? 同期って、どういうことだよ──》

《構築フローを観察・解析し、自身の魔術展開に即時反映。高速なリアルタイム演算》

《……つまり、俺の動きが筒抜けってことかよ》

(──だとしても、やるしかねぇ!)

俺は手を振り上げ、ゼロの補助によって構築された魔術を叫ぶ。

《──閃雷刃!》

雷が空気を裂き、稲妻の刃が迸る。それは一直線にフィアへ──

しかし、「甘いわ」

フィアが指先をほんのわずか動かす。

空中に展開された氷晶が、雷の軌道を読み切り、寸前で凍結させた。

バチッ──と火花が散り、俺の魔法は消えた。(やべぇ、やっぱ化けもんだこいつ……!)

《新たな魔術構築を推奨。だが、演算時間が不足──》

ゼロの声が、そこでノイズ混じりに途切れた。

《っ……ゼロ!?》

《……魔力制御に乱れ。構築演算にノイズが混入している》

《支援演算、安定性を喪失。リンク断を防ぐため一時停止》

「っ、ちょっと待てゼロ! 今止まられたら!」

応答はなかった。俺の脳内から、ゼロの声が完全に消えた。

《マジかよ! このタイミングで!》

目の前に、フィアの氷晶陣が再び形を成す。もう一撃もらえば、終わる。

なのに──

ゼロからの次の演算指示が、届かない。

(くそ……次は、どうすりゃ……)

そのとき、俺の中に流れ込んでいた魔力が、勝手に暴れ始めた。

ゼロの式構築を中途半端に真似たまま、形にもならないまま。

「ちょ、待っ──!」

暴発した。雷が、音もなく閃いた。

構築途中だったゼロの演算式に、俺の思考と魔力の癖が強引に割り込んだことで、完全に想定外の魔術が、放たれた。

けれど、それは─

「……っ!」フィアが目を見開く。

彼女の氷晶陣、その一部を突き破って、雷の軌道が斜めに切り込んだ。

防御の隙間、たった数ミリ。

そこに入り込んだ雷が、フィアの肩先をかすめる。

演習場が、沈黙した。

(俺は今……なにをした……?)

ゼロの声が、ノイズの後に静かに戻ってきた。

《分析完了。……発動魔術、形式外構造。分類:偶発演算》

《偶発──つまり……事故?》

《ああ。しかし、その事故を成立させたのは君だ。君の癖、判断、即興の流し方……設計外だが、効果はあった》

──気づけば、俺も、フィアも動けなかった。彼女は、静かに氷の構築を解くと、低くつぶやいた。

「……破られた。論理外。非合理。なのに……通ってしまった」

演習は、引き分け扱いで終わった。

審判も教官も、何が起きたのか理解しきれていない様子だった。

「魔術構造、ログに残せてるか……?」

「未分類の演算形式? 初期段階か?」

「クロ・アーカディア……今の魔法、どこで習得した?」

ざわつく教官たちの声を背に、俺はそそくさと演習場を抜け出した。

(絶対バレたと思った……!)

ゼロの声が脳内に戻ってくる。

《検出はされていない。君の魔術は、自然演算の偶発変異として処理されている》

《つまり……奇跡ってことか》

《奇跡ではない。可能性だ》

──そう言われても、自分がなにをしたのか、正直まだわからない。

ただ、あの一撃で。俺は、あのフィア=リュミエールの防御を破った。

それだけは、間違いない。

放課後。夕暮れの屋上。

今日一日が夢だったんじゃないかと確かめたくて、俺は風に吹かれていた。

「ここにいるとは、予測外だったわ」

聞き覚えのある、低く冷たい声が背中から降ってきた。

振り返ると、制服のままのフィアが立っていた。

夕陽を背に、氷のような瞳だけが淡く光っている。

「な、なんかご用スか、フィア先輩」

「先輩じゃない。同級生よ。……演習相手だった」

言葉は冷たいのに、不思議と怒っている感じはしなかった。

「一つだけ、言っておくわ」

一拍置いて、彼女はつぶやく。

「あなたの魔術……面白かった」

その言葉に、一瞬、思考が止まった。

「え、今、褒められた……?」

「違うわ。ただの事実よ。理論は滅茶苦茶、動きも非合理。でもなぜか、突破された」

「それは……偶然で……いや、まあ、その……」

「ふふ……しどろもどろね。やっぱり、あなたは落第生だわ」

フィアが、初めてほんのわずかだけ、口元を緩めた。

それは──氷の仮面に、ヒビが入ったような笑みだった。

「またね、クロ・アーカディア」

フィアがそう言って背を向けたとき──ふと、俺は声をかけかけた。

「……その、肩。……さっきの、平気だったか?」

背中越しに、白銀の髪がわずかに揺れる。

「かすっただけよ。……でも、ありがとう」

それだけ言い残して、彼女は去っていった。

《ログ保存完了。対象:フィア・リュミエール、感情反応──揺らぎの兆候》

《ゼロ……今のって、もしかして……》

《詳細不明。ただし、演算上は関心と類似する反応が観測された》

《……マジかよ》

笑いがこみ上げる。

奇跡みたいな勝利と、奇跡みたいな一言。それでも、

「少しだけ、信じてみてもいい気がしてきた」

「俺だって……マギナリストを目指していいんだってさ」

それは、たった一つの偶然が生んだ、最初の変化。落第生と最強AI、そして氷の才女の物語が、ようやく動き出した。

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