昨日まで、俺の存在なんて風の音よりも軽かった。
だけど今朝──廊下を歩くだけで視線が刺さる。
「マジで勝ったのか? クロが?」
「うっそ、夢じゃねえの?」
──うるせえ。
注目されるのは初めてじゃない。
でも、こんな風に見られるのは……正直、気分が悪い。
《模擬演習》での勝利。それが“本当に俺の力だったのか”。
それすら自信を持てないまま、俺は教官室の扉を叩いた。
「クロ・アーカディア、特別再評価演習に出頭せよ」
そう書かれた紙が、机の上に置かれていた。
「は、はあ!? 昨日勝ったばっかじゃ──」
「次の対戦相手は、学院主席──フィア・リュミエールだ」
「……はい?」
名前を聞いた瞬間、心臓がひっくり返った。
この学院で“最も頭が良くて、最も美しくて、最も強い”と言われてる奴。
天才で氷の魔導士で……たしか、同じ学年だったはずなのに、まったく別世界の存在。
《ゼロ、聞こえてるか……?》
《受信中。……情報確認。対象“フィア・リュミエール”。学院主席。構築演算速度:記録上最速。》
《うん、やっぱムリそうだわ。俺、今日限りで消えるかも》
《過剰なネガティブ演算は非効率。落ち着け。》
《無理だっつーの……!》
演習場の空気が一変したのは、彼女が現れた瞬間だった。
白銀の髪が揺れる。空気すら凍るような冷たい眼差し。
無駄のない動作。静かな足音。
そのすべてが──“異質な美しさ”に支配されていた。
「時間を無駄にするつもりはないわ。さっさと終わらせましょう、落第生くん」
声に棘はない。ただ、何も期待していないだけ。
俺という存在が、“ただの通過点”に過ぎないのだと──無言で伝えてくる。
「……今日もいい天気っすね」
俺は笑った。心臓バクバクで。
《ゼロ。支援、フルでいけるか?》
《可能だ。ただし、演算過負荷が発生した場合、応答に遅延が生じる恐れがある》
《頼れるのは、お前だけだ》
《……了解。構築演算、準備開始──》
「両者、準備完了。演習、開始!」
演習場の空気が張り詰める。
フィアは小さく息を吐いただけで、構築を始めた。
声も詠唱もいらない。手の動きすら、最小限。
──《冷界晶陣(レイ・クラリス)》。
魔素が一瞬にして凝縮され、空中に“結晶の陣”が組まれる。
氷の矢が、まるでレーザーのように一直線に俺へと放たれた。
「っ、ゼロ!」
《防御構築、三重展開──今ッ!》
俺の前に展開された光の壁を、氷が鋭く突き破ろうとする。
一枚目が砕け、二枚目がひび割れ、三枚目の直前で──止まった。
「……ちょっとだけ、いい防御ね」
フィアが微かに目を細めた。
(ちょっとだけ、って……これゼロのガチ支援だぞ!?)
《警告。対象の演算構造がこちらの“ゼロ式”に即時対応を始めている》
《どういう意味だよ……!》
《構築パターンの模倣速度が異常。“適応型演算”と推定。君の次の動きも読まれつつある》
「つまり、次は止められるってことか……」
(だとしても──やるしかねぇ!)
俺は手を振り上げ、ゼロの補助によって構築された魔術を叫ぶ。
《──熱式・閃雷刃!》
雷が空気を裂き、稲妻の刃が迸る。
それは一直線にフィアへ──しかし、
「甘いわ」
フィアが指先をほんのわずか動かす。
空中に展開された氷晶が、雷の軌道を読み切り、寸前で凍結させた。
バチッ──と火花が散り、俺の魔法は消えた。
(やべぇ、やっぱ化けもんだこの人……!)
《新たな魔術構築を推奨。だが、演算時間が不足──》
ゼロの声が、そこでノイズ混じりに途切れた。
《っ……ゼロ!?》
《……現在、外部演算干渉により一時処理遅延。支援演算、停止中──》
「マジかよ! このタイミングで──!」
目の前に、フィアの氷晶陣が再び形を成す。
もう一撃もらえば、終わる。
なのに──ゼロからの次の演算指示が、届かない。
(くそ……次は、どうすりゃ──)
そのとき、俺の中に流れ込んでいた魔素が、勝手に暴れ始めた。
ゼロの式構築を中途半端に真似たまま、形にもならないまま──
「ちょ、待っ──!」
──暴発した。
雷が、音もなく閃いた。
構築途中だったゼロ式に、俺の思考と魔素の癖が強引に割り込んだことで、
完全に“想定外”の魔術が、放たれた。
けれど、それは──
「……っ!」
フィアが目を見開く。
彼女の氷晶陣、その一部を突き破って、雷の軌道が斜めに切り込んだ。
防御の隙間、たった数ミリ。
そこに偶然入り込んだ雷が、フィアの肩先をかすめる。
演習場が、沈黙した。
(俺、今──なにした……?)
ゼロの声が、ノイズの後に静かに戻ってきた。
《分析完了。……発動魔術、形式外構造。分類:偶発演算》
《偶発──つまり……事故?》
《ああ。しかし、その“事故”を成立させたのは君だ。君の癖、判断、即興の流し方……設計外だが、効果はあった》
──気づけば、俺も、フィアも動けなかった。
彼女は、静かに氷の構築を解くと、低くつぶやいた。
「……破られた。論理外。非合理。なのに──通ってしまった」
演習は、引き分け扱いで終わった。
審判も教官も、何が起きたのか理解しきれていない様子だった。
「魔術構造、ログに残せてるか……?」
「未分類の演算形式? 初期段階か?」
「クロ・アーカディア……今の魔法、どこで習得した?」
ざわつく教官たちの声を背に、俺はそそくさと演習場を抜け出した。
(絶対バレたと思った……!)
ゼロの声が脳内に戻ってくる。
《検出はされていない。君の魔術は、“自然演算の偶発変異”として処理されている》
《つまり……また奇跡ってことか》
《“奇跡”ではない。“可能性”だ》
──そう言われても、自分がなにをしたのか、正直まだわからない。
ただ、あの一撃で。
俺は、あのフィア=リュミエールの防御を“破った”。
それだけは、間違いない。
放課後。夕暮れの屋上。
今日一日が夢だったんじゃないかと確かめたくて、俺は風に吹かれていた。
──と、
「ここにいるとは、予測外だったわ」
聞き覚えのある、低く冷たい声が背中から降ってきた。
振り返ると、制服のままのフィアが立っていた。
夕陽を背に、氷のような瞳だけが淡く光っている。
「な、なんかご用スか、フィア先輩」
「先輩じゃない。同級生よ。……同じ“演習対象”だった」
言葉は冷たいのに、不思議と怒っている感じはしなかった。
「……一つだけ、言っておくわ」
一拍置いて、彼女はつぶやく。
「あなたの魔術──面白かった」
その言葉に、一瞬、思考が止まった。
「え、今、褒められた……?」
「違うわ。ただの事実よ。理論は滅茶苦茶、動きも非合理。でも──なぜか、突破された」
「それは……偶然で……いや、まあ、その……」
「ふふ……しどろもどろね。やっぱり、あなたは落第生だわ」
フィアが、初めてほんのわずかだけ、口元を緩めた。
それは──氷の仮面に、ヒビが入ったような笑みだった。
「またね、クロ・アーカディア」
彼女はそう言い残して、踵を返して去っていく。
名前を、呼ばれた。
初めて、俺のことを“誰か”として認識したように。
《ログ保存完了。対象:フィア・リュミエール、感情反応──揺らぎの兆候》
《ゼロ……今のって、もしかして……》
《詳細不明。ただし、演算上は“関心”と類似する反応が観測された》
「……マジかよ」
笑いがこみ上げる。
奇跡みたいな勝利と、奇跡みたいな一言。
それでも──
「少しだけ、信じてみてもいい気がしてきた」
「俺だって、何かに……なれるかもってさ」
──それは、たった一つの偶然が生んだ、最初の変化。
“落第生”と“最強AI”、
そして“氷の才女”の物語が、ようやく動き出した。
何でもない朝なのに、どこか空気がピリついていた。学院塔中層、A-1教室。いつも通りの喧騒に包まれていたはずのその空間に、不意打ちのように響き渡ったアナウンスが、すべてを凍らせた。 『本日より、恒例の“戦争演習”を開始します。テーマは──“恋と戦争のバトル”』 一瞬、誰もが何を言われたのか理解できずに固まった。「……えっ、今“恋”って言った?」「うそ、ガチで“恋と戦争”? 何その爆弾ワード……」「三人チーム強制で、ペア組めなかったら雑用班落ちって、まじ!?」 ざわめきが一気に教室を包む中、俺──クロ・アーカディアは静かに、心の中で毒づいた。 (……マジかよ) あれ以来、教室の空気はずっと変わったままだ。“異常演算”。“クロ式”。“フィア様の防御をぶち抜いた落第生”。誰も、俺に近づこうとしない。俺のまわりには、またあの日のように、小さな“無音”が生まれていた。 《観測結果:対象個体は現在、心理的孤立フェーズに移行中。要因:演算異常による集団拒絶反応──》(黙れゼロ。今それ言われんでもわかってる) そんな空気を、まるごとぶち破ったのは──「よう、クロ! はい決定! チーム組もーぜ、バカとバカで!」 大声と共に、肩をドンと叩いてきたのは、いつもの男。カイ・バルグレイヴ。でかい声とでかい拳、でかい態度。でも、どこまでも真っ直ぐな親友だ。 「……お前、こんな空気でよく話しかけられるな」「いの一番に組むに決まってんだろ!“恋と戦争”なんだぞ?燃えるやつじゃん!」「恋要素どこ行ったんだよ」「いる? いるか? まあフィア様あたりが来てくれたら恋成立だな~って──」
昨日、“クロ式”が記録された。ただの落第生だったはずの俺が、学院の演算記録に名を刻んだ。その日から、すべてが変わった──「おい、あれクロだろ……」「マジで? あの“異常演算”の本人?」「フィア様の防御をぶち抜いた奴だぞ。やべーだろ」教室に足を踏み入れた瞬間、熱と冷気が混ざったみたいな空気に包まれる。聞きたくもない声が、勝手に耳へ押し寄せてくる。《クロ。心理的圧迫が急上昇中。深呼吸を推奨する》(ゼロ……お前に深呼吸のありがたみがわかんのかよ)《否。しかし、君の心拍数と魔素濃度に異常な上昇が見られる。呼吸による自律安定は効果的だ》(……わかってるよ。やる)なるべく何も考えず、空いてる席に腰を下ろした。ノートを開いたフリをして、ただひたすら無になろうとする。けど無理だ。全方向から飛んでくる「目」と「声」が、俺をじわじわと削っていく。「なぁ、“演算異常者”って、どういう意味なんだろうな」「分類不能な術式って話だぜ。記録にない、まったくの未知構造……って噂」「下手したら、あいつ──実は人間じゃないとか」(……うるせぇ)《感情抑制を試みても効果が薄い。君の現状は、明確な“排除対象化”だ》(だろうな……俺が何したってんだよ)その時。ガンッと音を立てて、教室の扉が勢いよく開いた。「おーい、お通りだぞ。“超絶やべぇ魔術ぶっ放した落第生”ご来場〜!」耳慣れた声に、思わず顔を上げる。「……うっせぇよ、カイ。黙れ」「黙ったらお前が潰れそうだったんでね? ってか、お前顔やべーぞ。死人か」「その原因の半分はお前な」にやつきながら隣に座ったカイ・バルグレイヴは、相変わらず場の空気を気にしない。背はでかいし声はでかいし拳もでかい。けど、頭はそんなによくない。魔術の知識はザルなのに、実技だけはなぜか高評価。なんつーか、対照的すぎる。「で? 噂、だいたいホントだったんか?」「どの噂だよ。“俺が実は古代兵器の転生体”とか、“空間ごと爆発させた”とか?」「両方だったら胸アツだな。でもまあ……お前が一人でびびってたの、俺は見てたからな」「…………」「フィア様の防御抜いたとかどうでもいいんだよ。あそこで足すくませてるお前の方がよっぽど人間くさくて、俺は好きだぜ?」(ほんと、お前ずりぃよ)《この人物との会話は、君の精神安定に対し高い有効性
昨日の演習から一夜明けても、状況はまったく落ち着く気配を見せなかった。──というか、むしろ悪化してる。「おい見たか? クロ、昨日のあれ……」「いや俺行ってねーけど、ヤバかったらしいじゃん? 一発でフィア様の防御破ったとか」「ありえねぇって、マジで……どうやったら主席に通るんだよ……」廊下を歩くだけで、視線が突き刺さる。耳を塞いでも意味はない。全方位から噂が流れ込んでくる。(うるせぇ……静かにしてくれ……)そして極めつけが、これだった。──《クロ・アーカディアは至急、生徒会本部まで出頭せよ》教室に着いた瞬間、机の上に置かれていた真っ白な紙。「はぁ……マジかよ……」《ゼロ。これ、やっぱ“昨日の件”か?》《推定確率87%。演習ログに記録された演算構造が“未分類形式”だったため、学院上層部が調査に動いた可能性が高い》《ゼロ式ってバレたのか?》《否。そもそもゼロ式の正式構造は完全封印されており、比較対象にすらなりえない。だが──》《“似た構造を再現したかもしれない存在”として、興味を持たれた》(つまり……やべぇってことだな)学院魔導塔の最上階、生徒会本部室。そこは魔術学院の中でも、成績上位者と選ばれた者だけが入れる領域だ。扉を開けた瞬間、空気が違った。静かすぎる。重すぎる。豪奢な長テーブルの奥に、冷たい視線があった。「来たわね、クロ・アーカディア」白の髪、氷の瞳。あの“氷晶の才女”、フィア・リュミエール。そして、彼女の隣には──「君がクロ・アーカディアか。昨日の演習ログ、確認させてもらった」蒼い髪、金縁の制服、七宝の腕章──生徒会長、アルヴェン・ローデリア。その瞳には一切の感情がなかった。まるで、俺という存在を“現象”として見ているかのようだった。「君の放った魔術は、現存する演算式のいずれにも該当しなかった」「……それ、つまり?」「未知の魔術だ。構築速度、精度、発動形式、どれも規格外だった」フィアが口を挟む。「過去の演算分類記録とも照合されたけど、一致はゼロ。完全に“現代では確認されていない形式”らしいわ」「それって……やばい系?」「可能性の話をしよう。君が意図せずに発動した魔術は──規格外の演算構造を持つ。そしてそれは、過去にいくつかの機密文書で“類似パターン”が報告されたものに、部分的に似ている」言葉
昨日まで、俺の存在なんて風の音よりも軽かった。だけど今朝──廊下を歩くだけで視線が刺さる。「マジで勝ったのか? クロが?」「うっそ、夢じゃねえの?」──うるせえ。 注目されるのは初めてじゃない。でも、こんな風に見られるのは……正直、気分が悪い。 《模擬演習》での勝利。それが“本当に俺の力だったのか”。それすら自信を持てないまま、俺は教官室の扉を叩いた。 「クロ・アーカディア、特別再評価演習に出頭せよ」そう書かれた紙が、机の上に置かれていた。 「は、はあ!? 昨日勝ったばっかじゃ──」「次の対戦相手は、学院主席──フィア・リュミエールだ」「……はい?」 名前を聞いた瞬間、心臓がひっくり返った。この学院で“最も頭が良くて、最も美しくて、最も強い”と言われてる奴。天才で氷の魔導士で……たしか、同じ学年だったはずなのに、まったく別世界の存在。 《ゼロ、聞こえてるか……?》《受信中。……情報確認。対象“フィア・リュミエール”。学院主席。構築演算速度:記録上最速。》《うん、やっぱムリそうだわ。俺、今日限りで消えるかも》《過剰なネガティブ演算は非効率。落ち着け。》《無理だっつーの……!》 演習場の空気が一変したのは、彼女が現れた瞬間だった。 白銀の髪が揺れる。空気すら凍るような冷たい眼差し。無駄のない動作。静かな足音。そのすべてが──“異質な美しさ”に支配されていた。 「時間を無駄にするつもりはないわ。さっさと終わらせましょう、落第生くん」 声に棘はない。ただ、何も期待していないだけ。俺という存在が、“ただの通過点”に過ぎないのだと──無言で伝えてくる。 「……今日もいい天気っすね」俺は笑った。心臓バクバクで。 《ゼロ。支援、フルでいけるか?》《可能だ。ただし、演算過負荷が発生した場合、応答に遅延が生じる恐れがある》《頼れるのは、お前だけだ》《……了解。構築演算、準備開始──》 「両者、準備完了。演習、開始!」演習場の空気が張り詰める。 フィアは小さく息を吐いただけで、構築を始めた。声も詠唱もいらない。手の動きすら、最小限。 ──《冷界晶陣(レイ・クラリス)》。 魔素が一瞬にして凝縮され、空中に“結晶の陣”が組まれる。氷の矢が、まるでレーザーのように一直線に俺へ
魔法が上手いやつは、褒められる。演算が早いやつは、憧れられる。成績がいいやつは、未来を選べる。──じゃあ、落第し続けてる俺には、何が残る?……たぶん、なにもない。「クロ、今期また赤点四つって……さすがにヤバくない?」「でもさ、そのうち二つは“寝てて受けてない”だけだから、実質セーフじゃね?」「……ポジティブ通り越してバカだろ、それ」周りに笑われても、バカにされても、俺は笑うしかない。折れたら、終わりだ。誰かに何かを期待されてるわけじゃない。でも、自分で終わったと思ったら、本当に終わる。黒髪にわずかに青が差す、夜の炎みたいな髪色。鋭い目元に、どこか飄々とした余裕をまとっている。制服は少し着崩してるが、不思議と清潔感はある。右手の火傷痕だけが──俺の“過去”を物語っていた。俺の名前は、クロ・アーカディア。《セントレア魔術学院》で有名な──“最底辺の落第生”だ。《セントレア魔術学院》世界七大演算機関のひとつにして、演算魔導士の登竜門。魔力量よりも魔術構築力を重視する、実力主義の名門だ。この時代、魔法は“感覚”では使えない。式を組み、魔素を流し、演算して初めて発動できる。魔術は頭脳の時代の“論理技術”なのだ。生徒たちは実力ごとにランク分けされ、SからFまでのクラスに振り分けられる。当然、俺はFクラス。単位ギリギリ、退学寸前の常連だ。魔法もダメ、テストもダメ、実戦演習も最下位。それでも──諦めなかった。授業中。俺が質問された時、教室に笑いが起きた。「え、クロに聞くの?」「時間の無駄だろ」教師は乾いた笑みを浮かべて、俺を飛ばした。──知ってるよ。誰も期待なんてしてない。でも俺は、それでも手を挙げるようなバカだ。……そうじゃなきゃ、とっくに心が死んでる。火傷の痕は、昔の魔術暴走でできた。才能があるって言われたガキの頃、演算に失敗して右腕を焼いた。それから、誰も“才能”の話はしなくなった。俺自身、もう信じちゃいない。ただ──何かを変えたくて。今日も俺は、笑われながら校舎の奥へ向かっていた。目的地は《旧魔術史研究棟》。数十年前に封鎖され、今は誰も使わない建物。追試の補講条件は、旧時代魔術のレポート提出。教師たちは「諦めさせるための条件」として課してきたんだろう。けど、俺は諦めない。地下への階