魔法が上手いやつは、褒められる。
演算が早いやつは、憧れられる。 成績がいいやつは、未来を選べる。 じゃあ、落第し続けてる俺には、何が残る? ……たぶん、なにもない。 「クロ、また赤点四つって……さすがにヤバくない?」 「でもさ、そのうち二つは寝てて受けてないだけだから、実質セーフじゃね?」 「……ポジティブ通り越してバカだろ、それ」 周りに笑われても、バカにされても、 俺は笑うしかない。 折れたら、終わりだ。 誰かに何かを期待されてるわけじゃない。 でも、自分で終わったと思ったら、本当に終わる。 黒髪にわずかに青が差す、夜の炎みたいな髪色。 鋭い目元に、どこか飄々とした余裕をまとっている。 制服は少し着崩してるが、不思議と清潔感はある。 右手の火傷痕だけが──俺の過去を物語っていた。 ……あの時、命を救われた。 炎の中で、すべてを切り裂くような魔法の閃き。 現れたのは──たった一人の英雄。 世界最高位の魔導士、《マギナリスト》。 若き日の魔導騎士団総帥だった。 あの日、焼けた施設の瓦礫の中で俺に言ったんだ。 「この世界には、守れる者が必要だ。 いずれ、お前がそうなることを願おう」 その背中を、俺はずっと追い続けてる。 でも、現実は甘くなかった。 俺の名前は、クロ・アーカディア。 《セントレア魔術学院》で有名な──最底辺の落第生だ。 《セントレア魔術学院》。 国家直属、魔導騎士団の人材育成機関。 世界七大演算機関のひとつにして、演算魔導士の登竜門。 魔力量よりも魔術構築力を重視する、実力主義の名門だ。 この時代、魔法は“感覚”では使えない。 式を組み、魔素を流し、演算して初めて発動できる。 魔術は頭脳の時代の論理技術なのだ。 生徒たちは実力ごとにランク分けされ、SからFまでのクラスに振り分けられる。 当然、俺はFクラス。単位ギリギリ、退学寸前の常連だ。 魔法もダメ、テストもダメ、実戦演習も最下位。 それでも──諦めれなかった。 授業中。俺が質問された時、教室に笑いが起きた。 「え、クロに聞くの?」「時間の無駄だろ」 教師は乾いた笑みを浮かべて、俺を飛ばした。 ──知ってるよ。誰も期待なんてしてない。 でも俺は、それでも手を挙げるようなバカだ。 ……そうじゃなきゃ、とっくに心が死んでる。 今日も俺は、笑われながら校舎の奥へ向かっていた。 目的地は《旧魔術史研究棟》。 数十年前に封鎖され、今は誰も使わない建物。 追試の補講条件は、旧時代魔術のレポート提出。 教師たちは「諦めさせるための条件」として課してきたんだろう。 けど、俺は諦めない。 地下への階段を降りていく。 踏みしめるたび、空気がひんやりと冷たくなる。 古い魔素が残っているのか、空間が歪んで感じられた。 ドアに手をかけた瞬間──ピリ、と何かが弾ける。 感覚が揺れた。 まるで、誰かに呼ばれたような気がした。 「……おいおい、なんだよここ」 鍵なんてかかっていなかった。 ゆっくりと扉を押し開けると── 部屋の中心に、青白く輝く球体が浮いていた。 天井と床には、古代語で構成された魔術式。 空間そのものが呼吸しているような感覚。 足を一歩踏み出すと──脳内に音が響いた。 ■起動条件:演算同期──確認。 ■精神適合率:99.87%。 ■魔術負荷耐性:限界接近──出力制限中。 ■魔導AI〈ゼロ〉──再起動開始。 「……なに、これ」 光が集まり、宙に人影が浮かぶ。 無感情な銀髪。無機質な眼差し。 完璧に整った仮想の存在。 それは“人間のふりをした知性”だった。 『貴殿の魔術構造、並列演算体に非ず。だが──共鳴構造を検知。起動条件を満たす』 「ちょ、ちょっと待て! 俺なにした!? なにが始まってんだよ!」 『私は魔導AI、ゼロ。かつてこの世界の演算魔術体系を完全制覇した存在』 「ゼロ……!? あの、禁忌AIの!?」 ゼロ──それは、かつて都市ひとつを演算暴走で吹き飛ばし、国家機関によって封印された災厄の知性。 俺でも知ってる。その名が持つ意味を。 『君の魔術構造は、既知の分類に当てはまらない。未定義領域。だが、演算同期は成立している』 「……じゃあ、俺だけが──お前を起動できるってことか?」 『定義上、そうなる』 今まで、何もできなかった。 魔法も、テストも、戦闘訓練も──ぜんぶ落ちこぼれ。 でも今──俺は、何かになれる気がした。 「ゼロ。……俺と組んでくれ」 『……意味不明。私は兵器。君は使用者。対等関係にはなり得ない』 「うるせぇよ。お前は……俺にとって希望だ」 ゼロが、わずかに表情を動かしたように見えた。 『……理解不能。だが、拒否の根拠も存在しない。演算支援、限定起動』 翌日、模擬戦。 見下す視線、笑う口元、さげすむ声。 いつものことだ。もう慣れた。 「どうせまた無様に負けるんだろ」 「退学決定だな、あれは」 聞き飽きた。 でも、今日は──違う。 (ゼロ、構築いけるか?) 『演算構成完了。熱式・閃雷刃。負荷上限ギリギリ。発動可能範囲内──』 「じゃあ、いくぞ!」 《──閃雷刃!!》 バチィィィン!! 雷が迸り、刃のような魔力が空気を裂く。 対戦相手の防御術式を一瞬で両断した。 「な、なに今の……!?」 「昨日までの落第生が……?」 教師たちもざわついていた。 だが、ゼロは誰にも認識できない。 演算ログも魔術反応も、すべてクロのものとして記録される。 ゼロの声が、脳内で響く。 『魔術演算、成功。君の出力は限界域に達している。これ以上は危険だ』 「……上等だ。ギリギリで止めてくれよ、相棒」 『──演算、継続』 その日から、俺は変わった。 変われる気がした。たとえ何もできなかった俺でも。 あの日の背中に、少しだけ近づけた気がした。 だから今なら、言える。 「俺は……最強の魔導士、《マギナリスト》になる!!」 これは、最底辺の落第生と、世界が恐れた最強AIが出会った物語。 魔法のすべてを覆す、最初の演算が──ここに始まった。医務室で手当てを受けながら、クロは窓の外を眺めていた。破壊されたフィールド、避難する学生たち、そして慌ただしく動き回る教師陣。学院は騒然としていた。「痛っ……」「我慢しなさい」白衣の医務官が、クロの肩の傷に薬を塗る。「よくこれだけの傷で立ってられたわね」隣のベッドでは、ジンも同じように手当てを受けていた。しかし、彼はいつものように無表情だった。「……お前、全然痛がらないな」クロが呟くと、ジンがちらりと視線を向ける。「慣れているからな」「慣れてるって?」「こういう傷は、昔からよくある」ジンが淡々と答える。その言葉に、クロは何かを感じ取った。(こいつにも、何か過去があるのか……)「クロ!」扉が勢いよく開き、カイが飛び込んできた。「大丈夫か?怪我、ひどくないか?」「うるせぇよ。これくらい平気だ」「嘘つけ、顔真っ青じゃねぇか」カイの後から、サクラたちも入ってきた。「クロくん……」サクラが心配そうに近づく。「本当に大丈夫?」「ああ、心配すんな」ミナが腕を組みながら言う。「それより、あの黒ローブの連中、何だったのよ」「オブシディアン機関……」フィアが静かに答える。「聞いたことのない組織ね」レインも首を振る。「危険な匂いがした」その時、トウヤ先生が入ってきた。「よ、まだ生きてるか?」「先生……あの連中のこと、何か知ってるんですか?」クロの問いに、トウヤは複雑な表情を見せた。「……正直、よくわからん」「でも、何かは知ってるんでしょ?」「昔から、異常演算者を狙う組織がいるって噂はあった」トウヤが椅子に腰をかける。「でも、まさか本当に存在するとは思わなかった」「異常演算者を狙う……なんで?」「さあな。研究材料にするためか、それとも……」トウヤが言いかけて止まる。「それとも?」「……兵器にするためか」その言葉に、場の空気が重くなった。兵器。異常演算者を戦争の道具として使う。考えただけでも恐ろしい話だった。「でも、もう終わったんでしょ?」サクラが不安そうに聞く。「あの人たち、逃げてったし……」トウヤが首を振る。「甘いな。あいつらの目的が本当にデータ収集なら、まだ序の口だ」「序の口?」「異常演算者の力を解析して、人工的に再現する。それが奴らの最終目標だとしたら……」トウヤの
黒いローブを纏った男たちが、破壊されたフィールドを取り囲んでいた。その数、約20名。全員が高度な魔術装備を身につけ、統制の取れた動きを見せている。「オブシディアン機関……」クロが歯を食いしばる。聞いたことのない組織だったが、その殺気と装備から、ただ者ではないことがわかった。「研究所って何だよ……俺たちを実験動物にするつもりか」「そう理解してもらって構わない」先頭の男――指揮官らしき人物が冷静に答える。「異常演算者は貴重なサンプルだ。特に君たち二人は、対照的なタイプで研究価値が高い」ジンが低く呟く。「……僕たちを観察していたというのは本当か」「もちろんだ。君たちの戦闘データは、すべて記録済み」男が不敵に笑う。「『完全制御型』と『感情直結型』……興味深い対比だったよ」その時、クロの脳内でゼロの声が響いた。《外部観測波を多数検出。長期間の監視を確認》(やっぱり見られてたのか……)《さらに問題がある。彼らの装備、異常演算抑制装置を確認》(抑制装置?)《異常演算を封じる技術。包囲されれば、君の力は使えなくなる》クロは冷や汗を流した。満身創痍の上に、異常演算まで封じられたら勝ち目はない。「さあ、大人しく――」男が手を上げかけた時、ジンが口を開いた。「待て」「何だ?」「一つ聞きたい。なぜ今なのか?」ジンの目が鋭くなる。「僕たちが消耗した今を狙ったということは、正面から戦う自信がないということか?」男の表情が一瞬、強張った。「……余計なことを」「やはりそうか」ジンが冷笑する。「異常演算者を研究したいなら、まず僕たちに勝ってからにしろ」「勝負を挑むというのか?満身創痍で?」「満身創痍だろうと、僕は僕だ」ジンが構えを取る。その姿に、クロは少し見直した。(やっぱり、こいつは強いな……プライドの部分で)クロも構えを取った。「俺も同感だ。研究されるくらいなら、戦って散る」「ほう……」男が面白そうに呟く。「では、君たちの実力とやらを確認させてもらおう」男が手を振ると、部下たちが一斉に魔術を発動した。「制圧術式・展開!」「拘束魔法・起動!」「演算封印・発動!」様々な魔術がクロとジンに向かって飛んでくる。「やるぞ、クロ」「ああ、ジン」二人が背中合わせに立った瞬間――「雷閃式・雷帝領域!」「
両者が荒い息を吐きながら睨み合う中、会場の空気が変わり始めていた。クロとジンの周囲で、空間そのものが歪んでいる。「……何だあれ」「空気が震えてる……」観客席から困惑の声が上がる。特別席では、トウヤ先生が深刻な表情を浮かべていた。「まずいな……」「どういうことですか?」アルヴェン生徒会長の問いに、トウヤが答える。「あの二人、異常演算の領域に入り始めてる」「異常演算……?」「通常の魔術演算を超えた、規格外の力だ」セラ副会長も顔を青くしている。「このままでは、結界システムが……」その時、警告音が学院全体に響き渡った。『警告:演算異常値検出。結界システム負荷限界接近』『全観客は速やかに避難準備を』会場がざわめく中、フィールドではクロとジンが最後の力を振り絞ろうとしていた。「……やっとだな」ジンが呟く。「やっと何が?」「君が本当の異常演算に目覚める時だ」ジンの周囲に、これまでとは次元の違う雷が渦巻き始めた。それはもはや雷ではなく、純粋なエネルギーの塊だった。「これが僕の異常演算――『完全制御型』」空間が歪み、重力が変化する。ジンの足元から半径10メートルの範囲が、完全に彼の支配下に置かれた。「この領域内では、すべての物理法則が僕の意志に従う」クロは身震いした。これが、真の異常演算の力。常識を超越した、神の領域。《警告:相手の演算値、測定不能。これ以上は危険》「危険って言われてもな……」クロが苦笑いする。「ここで引くわけにはいかないだろ」観客席では、カイたちが心配そうに見守っていた。「大丈夫かよ、クロ……」「あの空間の歪み、ヤバすぎる……」カイが拳を握りしめる。「クロ!無理すんな!」しかし、クロはカイの声援に応えるように構えを取った。「みんな……見ててくれ」クロの左手に、これまでで最も強い雷が集まり始める。「俺の本当の力を」その瞬間、クロの周囲でも空間が歪み始めた。青白い雷と金色の雷が混じり合い、まるで生き物のように蠢いている。「君も……異常演算に目覚めるか」ジンが初めて、感嘆の表情を見せた。「君の異常演算は『感情直結型』……感情の高まりと共に無限に出力が上がる」クロの雷が、さらに強くなっていく。しかし、ジンのそれとは質が違った。ジンの異常演算が「支配」なら、クロのそれは「共
フィールド中央で、クロとジンが向かい合っていた。先ほどまでの一方的な展開とは、明らかに空気が変わっている。クロの雷は安定し、ジンも初めて真剣な表情を見せていた。「……感情制御ができるようになったか」ジンが静かに呟く。「なら、僕も少し本気を出そう」ジンの周囲に、これまでとは比べ物にならない雷が渦巻き始めた。青白い光が空間を歪ませ、観客席にまで電流が走る。「うわあああ」「何だあの魔力……」「次元が違う……」観客席がざわめく中、クロは冷静にその雷を見つめていた。《出力レベル、従来比400%以上。これが本気の演算》「やっぱり、桁が違うな」クロが苦笑いを浮かべる。「でも――」クロも左手に雷を集中させた。安定した青白い光が、静かに輝く。「俺にも、見せるもんがある」その瞬間、二人が同時に動いた。「雷式・閃雷撃!」「雷閃式・迅雷斬!」二つの雷が空中で激突する。バチバチと火花が散り、衝撃波が観客席まで届いた。「互角……?」「クロの雷が、ジンと拮抗してる……」観客席から驚きの声が上がる。しかし、ジンは冷静だった。「一撃が通った程度で、勝った気になるな」次の瞬間、ジンの姿が消えた。「雷閃式・神速移動」高速移動でクロの周囲を駆け回るジン。残像が複数見える中、どれが本物かわからない。「どこだ……」クロが警戒している時、背後から声がした。「ここだ」振り返った瞬間、ジンの雷拳が迫っていた。「雷閃式・雷神拳」クロは咄嗟に雷で防御したが、衝撃で前方に押し出される。着地と同時に、今度は右側から攻撃が来た。「雷閃式・連続雷撃」ジンが高速移動しながら、連続で雷撃を放ってくる。クロは必死に回避と防御を繰り返すが、徐々に追い詰められていく。「くそっ……速すぎる」《相手の移動パターン、解析困難。不規則性が高い》(パターンがないってことか……)その時、観客席からカイの声が響いた。「クロ!慌てるな!相手をよく見ろ!」カイの声に、クロは少し冷静になった。(そうだ……慌てちゃダメだ)クロは目を閉じ、全身の感覚を研ぎ澄ませた。風の流れ、魔力の残響、わずかな気配の変化。(……見えた)クロが突然動いた。ジンの攻撃が来る直前に、最小限の動きで回避する。「なっ……」ジンが初めて、驚いた表情を見せた。「予測したのか?
準決勝当日。学院講堂には、これまでで最も多くの観客が詰めかけていた。廊下にまで人があふれ、立ち見席も満席。教師陣も全員が特別席に集まっている。「ついに来たな……」「ジン vs クロ……」「学年最強と落第生の戦い」ざわめきが会場全体を包む中、フィールド中央には一人の男が立っていた。ジン・カグラ。完璧に整えられた制服、乱れ一つない髪、そして氷のように冷たい瞳。その佇まいだけで、会場の空気が変わった。静寂。まるで、王が降臨したかのような圧倒的な存在感。観客席の誰もが息を詰め、その姿を見つめていた。そして、対戦相手の入場を待つ。「……クロ、大丈夫?」控室で、カイが心配そうに声をかけた。クロは椅子に座ったまま、じっと手を見つめている。「大丈夫だ」「でも、顔色悪いぞ」「……緊張してるんだよ。当たり前だろ」クロが苦笑いを浮かべる。確かに、緊張していた。ジンとの戦い。学年最強との宿命の対決。これまでで最も大きな壁が、目の前に立ちはだかっている。「クロくん」サクラが静かに近づいてきた。「私たち、みんなクロくんを応援してるよ」「ああ」「だから……自分らしく戦って」その言葉に、クロは少し表情を緩めた。「ありがとう、サクラ」「絶対勝てよ、クロ」ミナが拳を握りしめる。「あんたなら、やれる」「クロ・アーカディア選手、入場準備をお願いします」スタッフの声が控室に響いた。クロは立ち上がり、深く息を吸う。「行ってくる」「おう!」「頑張って!」仲間たちの声援を背に、クロは控室を出た。廊下を歩きながら、ゼロの声が響く。《心拍数上昇。緊張状態》「当たり前だ」《相手は格上。勝率は……》「数字はいらない」クロが歩みを止めずに答える。「今日は、数字じゃ測れない戦いになる」《理解不能》「わからなくていい。俺にもわからないから」入場ゲートが目の前に見えてきた。向こう側からは、観客席のざわめきが聞こえる。(行くぞ……)クロは最後に深呼吸をして、ゲートを潜った。「そして、対戦相手――クロ・アーカディア選手!」アナウンサーの声が響くと同時に、会場が一気に沸いた。「クロ!」「頑張れ!」「落第生の意地を見せろ!」声援と同時に、野次も飛んでくる。「ジンに勝てるわけない」「格が違いすぎる」「瞬殺だろ」ク
準々決勝から三日が経った。学院の医務室で、クロは包帯を巻いた左腕を動かしながら、窓の外を眺めていた。「まだ少し痛みますか?」白衣を着た医務官の女性が、クロの腕の状態を確認する。「いえ、もう大丈夫です」クロは軽く腕を回してみせる。カイとの戦いで負った傷は軽いものだったが、念のため経過観察をしていたのだ。「それでは、明日からの練習も問題ないでしょう。ただし、無理は禁物ですよ」「ありがとうございました」医務室を出ると、廊下でカイが待っていた。右手に包帯を巻き、頬にも小さな絆創膏を貼っている。「よ、クロ。調子はどうだ?」「お前こそ、その手は大丈夫か?」「これくらい、かすり傷だよ」カイが笑いながら手を振る。その表情は、三日前と何も変わらない、いつものカイだった。「準決勝、頑張れよ」「ああ。お前も、観に来てくれるんだろ?」「当たり前だ。一番前の席で応援してやる」二人は並んで廊下を歩く。窓の外では、他の生徒たちが訓練に励んでいるのが見えた。「なあ、クロ」「何だ?」「あの戦い、後悔してないか?」カイが突然、真剣な表情になる。「後悔って?」「俺と本気で戦ったこと。もしかしたら、怪我がもっとひどくて、準決勝に出られなくなってたかもしれないだろ?」その言葉に、クロは立ち止まった。「……後悔なんて、あるわけないだろ」クロは振り返って、カイをまっすぐ見つめる。「あの戦いがあったから、俺は本当の意味で強くなれた。技術じゃない、心の部分で」「心の部分……か」「ああ。お前が俺を認めてくれて、俺もお前を認められた。それが一番大切なことだったんだ」カイの表情が、ほっとしたように緩む。「そっか。なら良かった」「それに」クロが小さく笑う。「お前が怪我させた分は、ジンにお返しするつもりだからな」「はは、それは楽しみだ。でも、無茶するなよ」「わかってる」二人は再び歩き始めた。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――食堂では、いつものメンバーが昼食を取っていた。「クロくん、腕の調子はどう?」サクラが心配そうに尋ねる。「もう全然平気だよ。ありがとう」クロが席に着くと、ミナが呆れたような顔をする。「本当に、男って馬鹿よね。あんなボロボロになるまで戦って」「でも、すごかったです