LOGIN昨日の演習から一夜明けても、状況はまったく落ち着く気配を見せなかった。
──というか、むしろ悪化してる。 「おい見たか? クロ、昨日のあれ……」 「いや俺行ってねーけど、ヤバかったらしいじゃん? 一発でフィア様の防御破ったとか」 「ありえねぇって、マジで……」 廊下を歩くだけで、視線が突き刺さる。 耳を塞いでも意味はない。全方位から噂が流れ込んでくる。 (うるせぇ……静かにしてくれ……) そして極めつけが、これだった。 ──《クロ・アーカディアは至急、生徒会本部まで出頭せよ》 教室に着いた瞬間、机の上に置かれていた真っ白な紙。 「はぁ……マジかよ……」 《ゼロ。これ、やっぱ昨日の件か?》 《推定確率87%。演習ログに記録された演算構造が未分類形式だったため、学院上層部が調査に動いた可能性が高い》 《ゼロの存在がバレたのか?》 《否。そもそも私の演算式は完全封印されており、比較対象にすらなりえない。だが──》 《似た構造を再現したかもしれない存在として、興味を持たれた》 (つまり……やべぇってことだな) 学院魔導塔の最上階、生徒会本部室。 そこは魔術学院の中でも、成績上位者と選ばれた者だけが入れる領域だ。 扉を開けた瞬間、空気が違った。静かすぎる。重すぎる。 豪奢な長テーブルの奥に、冷たい視線があった。 「来たわね、クロ・アーカディア」 白の髪、氷の瞳。あの氷晶の才女、フィア・リュミエール。 そして、彼女の隣には── 「君がクロ・アーカディアか。昨日の演習ログ、確認させてもらった」 蒼い髪、金縁の制服、七宝の腕章──生徒会長、アルヴェン・ローデリア。 その瞳には一切の感情がなかった。まるで、俺という存在を現象として見ているかのようだった。 「君の放った魔術は、現存する演算式のいずれにも該当しなかった」 「……それ、つまり?」 「未知の魔術だ。構築速度、精度、発動形式、どれも規格外だった。……学園長は、それを可能性として見ている」 フィアが口を挟む。 「過去の演算分類記録とも照合されたけど、一致はなし。完全に現代では確認されていない形式らしいわ」 「それって……やばい系?」 「可能性の話をしよう。君が意図せずに発動した魔術は──規格外の演算構造を持つ。そしてそれは、過去にいくつかの機密文書で類似パターンが報告されたものに、部分的に似ている」 言葉の端に、かすかに禁忌の色が混ざる。 この男は俺に興味があるんじゃない。 俺の中にある何かを、排除すべき対象として見ている。 「……なんだよそれ。オカルトかよ」 「そんなものは信じたくもない。だが、我々には君を調査対象として扱う義務がある」 「君には、適性試験を受けてもらう」 「なっ……もう、演習しただろ!?」 「演習はあくまで実戦評価。今度の試験は構造分析が目的だ」 「拒否権は?」 「ある。ただし──拒否した場合、君は規格違反の術式使用者として報告され、学院からの退学および監視対象に指定される可能性がある。 ……それが、学園上層部の判断だ。学園長を含めて、な」 逃げ道は、最初から用意されていなかった。 《クロ。受諾を推奨。現状、敵対よりも交渉余地を残すべき段階だ》 《チクショウ……わかったよ。受ける。受けりゃいいんだろ……!》 演算測定室。地下の最奥にあるこの空間は、特異魔術の検証専用の閉鎖空間だった。 空気が重い。壁一面に埋め込まれた魔術計測装置が、脈動するように光を放っている。 「構築、開始してください」 《ゼロ。今回はどこまで支援できる?》 《制限下により部分支援のみ許可。君の演算癖を優先して補助する》 《つまり、また俺がほぼ全部やるってことだな……!》 震える手を押さえつけながら、俺は魔力を流す。 雷の系統。昨日と同じように、でも……全然同じじゃない。 魔素が指先で暴れ出す。 喉が渇く。視界が滲む。額がじっとりと汗ばむ。 頭の中で、記憶がノイズのようにちらついた。 (もし……これが暴発したら?) (演習じゃなく、本気で誰かを傷つけたら……) 逃げたい。だが、もう後ろには何もない。 ──そのとき。 《演算安定処理、最小支援展開》 ゼロが、俺の思考に寄り添うように演算補助を始めた。 重ねるでもなく、導くでもなく──ただ、後ろから支える。 それは、一撃の斜めの閃きとなって放たれた。 雷が軌道を描く。 まるで、暴風の中で閃光がねじ切れるように。 熱と衝撃が混ざり合い、空間が軋んだ。 バシュッ──という音とともに、空間が斜めに裂けた。 「っ……なんだ、この挙動……!」 「演算構造……確認不能!? これは……」 周囲の教官たちがざわめく。 ログが読み取れない。詠唱記録もない。既存構造のいずれにも分類できない。 それはまさしく──未知だった。 沈黙を破ったのは、フィアの声だった。 「──やっぱり、面白いわね。あなたって」 声は淡々としていたが、その目はかすかに細められていた。 氷のような仮面の奥で、彼女は確かに──微笑んでいた。 《記録完了。演算形式:未分類。仮称──クロ式》 翌朝、学院掲示板に異例の発表が貼り出された。 《クロ・アーカディア、演算異常者として調査指定》 《新演算構造:仮称“クロ式”として記録、研究対象へ》 教室内は騒然。 「なにそれ……クロって、なに者?」 「演算異常者? それ、やばくない?」 「でもあいつ、フィア様の防御を突破したって噂の……」 視線の質が変わる。 ただの落第生だった俺が、今は何か得体の知れない奴として見られている。 放課後、俺は屋上にいた。 風が、制服の裾を揺らす。 空は静かだった。でも心臓は、まだざわついていた。 「……俺、昨日のアレで、誰かが死んでたらって……ずっと考えてた」 《恐れは自然な反応だ。だが、恐れるだけでは何も変わらない》 「でもさ、俺は……知りてぇんだ」 「本当は何が出たのか。俺の中にあるもんが、ただの事故か、奇跡か──それとも」 《構造上の説明は困難だ。だが、君の癖・思考・魔力の扱い、それらが俺の断片と交差した結果だ》 「つまり……」 《君だけの魔術だ。誰にも模倣されない構造。君の存在が、演算式そのものだ》 昨日の偶然が、今日の名前になった。 そしてたぶん、明日は── 「俺……まだ何者でもねぇけど、さ」 「ちょっとだけ──何かになれる気がしてきた」 クロ式と呼ばれた魔術。 それは、俺が踏み出した最初の証明だった。それから五年が経った。《ニューエラ・アカデミー》は、世界中に20の分校を持つまでに成長していた。卒業生は5000人を超え、彼らは社会の様々な場所で活躍している。異常演算者への差別は完全に消え、共存が当たり前の世界になっていた。そして――クロとサクラには、4歳になる娘がいた。名前は、アイリ。風属性の魔術を使える、元気な女の子だった。「パパ、見て!」アイリが小さな風の渦を作る。「おお、すごいな」クロが褒める。「上手になったな」「ママが教えてくれたの」アイリが誇らしげに言う。サクラが微笑む。「この子、才能あるわ」「そうだな」クロも嬉しそうだ。二人の家は、アカデミーの近くにあった。毎日、教師として働き、夜は家族と過ごす。そんな平和な日々が続いていた。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ある休日、12人全員が集まることになった。場所は、最初に約束の海に来たビーチ。「久しぶりだな、みんな」クロが仲間たちに声をかける。「ああ、久しぶり」カイが笑う。ジンも微笑んでいる。「みんな、元気そうだな」ミナとフィアは、親友同士で話している。「最近、忙しくてさ」「わかるわ。私も」レイン、レオ、リア、マルクも談笑している。「久しぶりの休みだ」「楽しもうぜ」アイリは、他の子供たちと遊んでいた。そう、他の仲間たちにも子供ができていたのだ。ジンとフィアの息子。
《ニューエラ・アカデミー》開校から三年が経った。学院は今や、世界中から注目される存在となっていた。卒業生は1000人を超え、彼らは社会の様々な場所で活躍している。「信じられないな」クロが校長室で書類を見ながら呟く。「三年で、ここまで大きくなるなんて」「君たちの努力の賜物だ」ルーク司令官が訪問し、そう言った。「いや、みんなのおかげです」クロが謙遜する。「先生方、生徒たち、支援者の皆さん」「すべての人の協力があったから」ルークが微笑む。「謙虚だな、相変わらず」「それで、今日はどうされたんですか?」「実は――」ルークが真剣な表情になる。「君たちに、新たな提案がある」「提案?」「世界各地に、《ニューエラ・アカデミー》の分校を作らないか」その言葉に、クロは驚いた。「分校……ですか?」「ああ。ヨーロッパ、アジア、アメリカ」「世界中に、この教育を広めたい」「でも、俺たちだけでは……」「大丈夫だ」ルークが安心させる。「各地のWAU支部が協力してくれる」「そして、君たちの卒業生が教師になる」クロが考え込む。確かに、素晴らしい提案だった。しかし、責任も大きい。「みんなに相談してみます」クロが答える。「わかった。返事を待っている」ルークが去った後、クロは仲間たちを集めた。「分校か……」ジンが考え込む。「やりがいはあるな」「でも、大変だぞ」カイが心配する。「俺たち、各地
《ニューエラ・アカデミー》開校から一年が経った。 初期の生徒たち300人は、今や立派な異常演算者に成長していた。 そして、新たに400人の新入生を迎えることになった。 「すごい人数だな」 カイが新入生の名簿を見ながら言う。 「400人も」 「需要が高まってるんだ」 ジンが説明する。 「異常演算者への理解が深まり、正しい教育を受けたいという人が増えた」 「いいことだな」 クロが微笑む。 「俺たちの活動が、実を結んでる」 新入生歓迎式が開かれた。 壇上には、12人の教師だけでなく―― 1期生の代表として、ユウキとアカネも立っていた。 「新入生の皆さん、ようこそ」 ユウキがマイクを手に取る。 「僕は、1期生のユウキです」 「一年前、僕もここに入学しました」 ユウキが自分の経験を語る。 「最初は不安でした。本当に、異常演算を使いこなせるのかって」 「でも、先生方の丁寧な指導のおかげで、今ではこんなに成長できました」 ユウキが風の魔術を披露する。 美しい風の渦が、会場を包む。 新入生たちが感嘆の声を上げる。 「すごい……」 「僕たちも、あんなふうになれるのかな……」 アカネも続ける。 「私も、最初は自信がありませんでした」 「でも、仲間と一緒に頑張ることで、強くなれました」
《ニューエラ・アカデミー》が開校してから半年が経った。生徒たちは、目覚ましい成長を遂げていた。「すごい……」クロが訓練場で生徒たちの模擬戦を見ながら呟く。「半年前とは、別人みたいだ」ジンも頷く。「基礎がしっかりしてきた」「このまま成長すれば、立派な異常演算者になるだろう」訓練場では、二人の生徒が戦っていた。一人は、風属性のユウキという少年。もう一人は、炎属性のアカネという少女。「《風刃・連撃》!」ユウキが風の刃を連続で放つ。アカネが炎の壁で防御する。「《炎壁》!」しかし、風刃が炎壁を突破しそうになる。「まずい……」アカネが焦る。その時、アカネは授業で習ったことを思い出した。(ミナ先生が言ってた。防御が破られそうな時は、攻撃に転じろって)「《爆炎弾》!」アカネが攻撃に切り替える。炎の弾丸が、ユウキに向かって飛ぶ。「うわっ!」ユウキが慌てて回避する。その隙に、アカネが距離を詰める。「《炎拳》!」炎を纏った拳が、ユウキに命中した。「勝負あり!」審判役のカイが宣言する。「アカネの勝ちだ」「やった!」アカネが喜ぶ。「ありがとうございます、ミナ先生!」ミナが笑顔で親指を立てる。「よくやった」「でも、ユウキも悪くなかったぞ」カイがユウキに声をかける。「攻撃は完璧だった。ただ、相手の反撃を予想できなかった」「はい……」ユウキが悔しそうに言う。「次は、勝ちます」
開校式の朝。《ニューエラ・アカデミー》の校門前には、300人を超える新入生が集まっていた。年齢も経歴も様々。10代の若者から、30代の大人まで。すべてが、異常演算者として正しい教育を受けるために集まった。「すごい人数……」サクラが緊張した顔で言う。「みんな、私たちを見てる」「大丈夫だ」クロが励ます。「俺たちは、彼らの先輩だ」「胸を張っていこう」12人が壇上に上がると、大きな拍手が起こった。「ようこそ、《ニューエラ・アカデミー》へ」クロがマイクを手に取る。「僕の名前は、クロ・アーカディア」「この学院の教師の一人です」300人の視線が、一斉にクロに注がれる。「皆さんは、今日からここで学びます」「異常演算の使い方、制御の仕方、そして――」クロが一呼吸置く。「どう生きるべきか」「異常演算者として、社会とどう関わるべきか」「それを、僕たちが教えます」次に、ジンがマイクを受け取る。「僕は、ジン・カグラ」「クロと共に、この学院を運営しています」ジンが冷静に続ける。「この学院には、ルールが一つだけあります」「それは――仲間を大切にすること」「異常演算者は、一人では生きていけません」「仲間と助け合い、支え合う」「それが、僕たちの信念です」その言葉に、生徒たちが深く頷く。他のメンバーも、次々と自己紹介をしていく。カイの熱い挨拶。ミナの親しみやすい言葉。サクラの優しい笑顔。フィアの冷静な分析。レインの短いが
休暇から戻った12人を、オブシディアン基地で盛大な歓迎が待っていた。「お帰りなさい!」ルーク司令官とエリス・ノヴァが出迎える。「ただいま戻りました」クロが笑顔で答える。「休暇は、どうだった?」「最高でした」サクラが嬉しそうに言う。「みんなで、たくさん思い出を作りました」ルークが満足そうに頷く。「それは良かった。では、早速だが――」「育成機関の件、どうするか決めたか?」「はい」クロが前に出る。「12人全員で、やらせていただきます」その言葉に、ルークが嬉しそうに微笑む。「そうか。嬉しいな」「では、さっそく準備を始めよう」会議室に移動し、詳細な打ち合わせが始まった。「まず、機関の名称だが――」ルークが資料を開く。「政府からの提案は《異常演算者育成アカデミー》だ」「うーん……」カイが首を傾げる。「堅苦しくないか?」「確かに」ミナも同意する。「もっと親しみやすい名前がいいわね」「なら……」ジンが提案する。「《ニューエラ・アカデミー》はどうだ?」「新時代の学院、という意味だ」「いいね!」サクラが目を輝かせる。「前向きで、希望がある感じ」全員が賛成し、名称が決定した。「次に、場所だが――」エリスが地図を表示する。「政府が用意した候補地が、3つある」画面に映し出されたのは、どれも広大な土地だった。「海沿いの土地、山間部の土地、都市部の土地」「どれがいいかな?」







