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燃える氷の花

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-07-10 17:12:37

昨日、クロ式が記録された。

ただの落第生だったはずの俺が、学院の演算記録に名を刻んだ。

その日から、すべてが変わった──

「おい、あれクロだろ……」

「マジで? あの異常演算の本人?」

「フィア様の防御をぶち抜いた奴だぞ。やべーだろ」

教室に足を踏み入れた瞬間、熱と冷気が混ざったみたいな空気に包まれる。

聞きたくもない声が、勝手に耳へ押し寄せてくる。

《クロ。心理的圧迫が急上昇中。深呼吸を推奨する》

(ゼロ……お前に深呼吸のありがたみがわかんのかよ)

《否。しかし、君の心拍数と魔素濃度に異常な上昇が見られる。呼吸による自律安定は効果的だ》

(……わかってるよ。やる)

なるべく何も考えず、空いてる席に腰を下ろした。ノートを開いたフリをして、ただひたすら無になろうとする。

けど無理だ。全方向から飛んでくる「目」と「声」が、俺をじわじわと削っていく。

「なぁ、演算異常者って、どういう意味なんだろうな」

「分類不能な術式って話だぜ。記録にない、まったくの未知構造……って噂」

「下手したら、あいつ──実は人間じゃないとか」

(……うるせぇ)

《感情抑制を試みても効果が薄い。君の現状は、明確な排除対象化だ》

(だろうな……俺が何したってんだよ)

その時。

ガンッと音を立てて、教室の扉が勢いよく開いた。

「おーい、どこだ⁉︎。超絶やべぇ魔術ぶっ放した落第生は!」

耳慣れた声に、思わず顔を上げる。

「……うっせぇよ、カイ。」

「黙ったらお前が潰れそうだったんでね? ってか、お前顔やべーぞ。死人か」

「その原因の半分はお前だ」

にやつきながら隣に座ったカイ・バルグレイヴは、相変わらず場の空気を気にしない。

背はでかいし声はでかいし拳もでかい。けど、頭はそんなによくない。魔術の知識はザルなのに、実技だけはなぜか高評価。

「で? 噂、だいたいホントだったんか?」

「どの噂だよ。俺が実は古代兵器の転生体とか、空間ごと爆発させたとか?」

「両方だったら胸アツだな。でもまあ……お前が一人でびびってたの、俺は見てたからな」

「…………」

「フィア様の防御抜いたとかどうでもいいんだよ。あそこで足すくませてるお前の方がよっぽど人間くさくて、俺は好きだぜ?」

(ほんと、お前ずりぃよ)

《この人物との会話は、君の精神安定に対し高い有効性を示している。推奨:今後も接触を継続せよ》

(……ゼロ、友達を接触継続対象とか言うな)

「……サンキュな、カイ」

「お、珍しく素直じゃん? 雪でも降るか?」

「……氷属性の前では自粛しろ」

そんなやり取りをしている間にも、教室の空気は確かに、ほんの少しだけ変わっていた。

少なくとも、俺の中の冷たさは。

──放課後、俺は演習室の前に立っていた。

自分の演算を、もう一度だけ確かめたかった。

怖い。それでも、踏み出さないといけない気がした。

静かに扉を開けると、誰もいないはずの部屋に、ひとつの気配があった。

「……また会ったわね。クロ・アーカディア」

氷のような瞳が、俺をまっすぐに射抜く。

フィア・リュミエール。あの氷晶の才女が、演算台の前に立っていた。

氷のような瞳が、俺を射抜いた。

演算装置の前に立つその姿は、まるでこの空間ごと冷却しているかのようだった。

「……なんでお前がここにいんだよ」

「演算記録の検証よ。あなたの魔術、興味深いものだったから」

言葉の調子はいつもと変わらない。冷静で、淡々としていて、けれど──その奥にある熱だけは、俺にも伝わってきた。

「興味、ね。どうせ、お前も思ってんだろ。俺が異物だって」

「異物よ」

即答だった。

俺は思わず顔をしかめる。

だが、そのあとに続いた言葉が、意外すぎて返す言葉を失った。

「でも、それが面白いって言ったでしょ?」

「…………」

「あなたの魔術は、構造が規格外。既存の分類、既存の理論、すべてに当てはまらない。まるで、見たことのない形だった」

彼女はポーチから、一冊のノートを取り出す。表紙には細かい文字で「演算解析草稿」と書かれていた。

ページをめくると、そこには魔術構造の数式や図面が、びっしりと手書きで記されていた。

「……あの演算、私なりに検証してみたの。確かに分類外だった。けれど、わずかに法則性があるようにも見える。あなたの癖、意識の流れ、魔力の流れ方……全部を重ねた結果、部分的なパターンが見えたの」

「まるで俺が、式そのものって言いたげだな」

「たぶん、そう」

俺は言葉に詰まる。

それは、ゼロが言っていたこととまったく同じだったからだ。

《興味深い一致だな。彼女の演算解析は、私の予測アルゴリズムと約83%の一致率を示している》

《……この才女、マジでヤバいな》

「──協力して」

フィアはそう言って、ノートを俺の方に差し出した。

「私は、もっと知りたい。あなたという異常の、正体を」

その言葉に、俺はしばらく動けなかった。

目の前にいる彼女は、異物と断じたうえで、それでも理解したいと言ってくれた。

それが、どれほどのことか。

俺は──きっと、まだうまく言葉にできなかった。

「協力……って、具体的には?」

俺が問い返すと、フィアは演算装置を指さした。

「再現してほしいの。昨日と同じように、雷を。私は氷で合わせるから」

「同時演算ってことかよ……何の実験だ、それ」

「思考パターンの交差点を探すの。あなたの魔術が異常なら、その異常性は誰かと混ざったときに顕著になるかもしれない」

理屈は難しい。でも、直感的にはわかる。

フィアは、俺と噛み合う場所を探してる。

《クロ。構造上の危険は限定的。だが、干渉反応が生じる可能性あり。注意せよ》

《了解。ゼロ、必要になったらすぐ手を貸せ》

《最低限の補助は可能。君の演算癖に基づき調整する》

フィアと並んで立つ。向かい合った瞬間、彼女の瞳がかすかに光を帯びた気がした。

「……じゃあ、いくわよ」

「……ああ」

静かに魔力を流す。

雷。脈打つように、体内を巡る熱。

対するフィアは、静かに、しかし鋭く空気を凍らせていく。

ふたつの魔術が、空間の中で交錯した瞬間だった。

ビリッ──と音を立てて、空気が撓んだ。

氷の刃が雷を帯び、逆に雷の軌道に氷晶が混ざる。

まるで、燃える氷の花のような魔術が咲いた。

「なっ……」

俺の口から、思わず息が漏れる。

「これは……」

フィアの声も、わずかに震えていた。

氷と雷。交わるはずのない性質が、わずかに重なった。

奇跡のような、一瞬の混成。

《演算構造、異常干渉を検出。記録開始──仮称:干渉複合素体001》

《クロ式と氷晶式の混成か……?》

魔術は、すぐに消えた。けれど、その余韻だけが空間に残った。

フィアは、小さく息をつきながら呟いた。

「……美しい。魔術に、こんな感情を抱くなんて……久しぶり」

「……お前が?」

「私だって、人間よ。感動くらいするわ」

いつも通りの無表情なのに、どこか目の奥が柔らかくなっていた。

俺は思わず、ふっと笑う。

「……お前、ちょっとだけ人間らしいな」

「うるさい」

そう言って、彼女はノートを閉じた。

「今日の結果、記録しておく。また協力して。次は、もっと深く踏み込みたい」

「……ああ」

別れ際、フィアがふと振り返った。

その横顔は、どこか満足そうだった。

演習室を出たあと、なぜか足は自然と屋上へ向かっていた。

空気は冷たくて、けど澄んでいた。

夕焼けが校舎を赤く染めている。

屋上には、やっぱりアイツがいた。

「おっそー。何してたんだよ、お前」

「……ちょっとな。変な氷女に絡まれてただけ」

「おお、フィア様か。やっぱし絡んでたか。で、殺されなかった?」

「ギリな。魔術的にちょっと……凍ったけど」

カイが笑い、俺も苦笑いで返す。

ただ、いつもと違うのは──その笑いが、ちゃんと楽だったってことだ。

「なあカイ」

「ん?」

「お前ってさ、もし俺がホントにヤバい存在だったら……どうする?」

「んー……マジで人類滅ぼす系だったら、ぶん殴る」

「容赦ねぇな」

「でも、それ以外なら。俺はお前の味方だよ。だって相棒だろ?」

……なんなんだよ、ほんと。

そう言ってくれるヤツが一人でもいるなら、俺はまだ踏ん張れる。

《記録:精神状態に安定傾向。前日比で23%改善》

《……いいって、そういうのは》

「ま、心配すんなって。どうせ次は恋と戦争のバトル演習とか始まんだろ」

「ねーよ、そんなイベント」

「あるって信じて生きろよ。落第生」

風が、静かに吹き抜ける。

俺の中で何かが、少しだけ整った気がした。

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