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静かなる盾、落第生の一撃

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-07-12 19:34:08

クロたちの戦場の裏側。

砂煙の向こう、別の戦線では、また異なる静かな戦いが進行していた。

無言の土魔術士――レイン・アズレア。

長身痩躯、銀灰の髪が風に揺れる。

その背後には、同じクラスの控えめな二人の生徒。どちらも戦闘力は決して高くはない。

しかしレインは、彼らを決して見捨てなかった。

彼が展開するのは、派手さとは無縁の魔術。けれどその土は、誰よりも堅く、誰よりも強い。

「……下がってろ」

短くそう言うと、レインは静かに、指先を地面に添える。

瞬間、足元から土の紋が広がった。

「構造式展開──重層障壁《アース・バイン》」

次の瞬間、地面が隆起し、何層にも重なる岩の盾が仲間たちを包む。

「っ……! 防御魔法、強すぎじゃ……!」

「レインくん、すご……!」

だが、彼の視線はすでに前を向いていた。

立ちはだかるは、漆黒のコートを纏う少年。

ジン・カグラ。

銀の髪が淡く光を反射する。前髪は片目を隠すほどに長く、それでも隠せぬ鋭い眼差しが、空間ごと切り裂く。

その瞳は金色の刃のように鋭く、どこまでも見下ろしていた。

「……土。悪くはないが、遅い」

ジンの手がわずかに動いた。

「雷閃式・断層連打──《ゼクト=ラディア》」

刹那。空間が爆ぜた。

地面に触れる前に、雷が斬り裂く。

レインの構えた防壁が、一撃で切り崩される。

「ッ──!」

だが、それでもレインは下がらない。

土塊を高速回転させ、殴り飛ばす。

周囲の岩を変形させて罠を仕掛ける。

対して、ジンは一切の無駄なく、それらを的確に潰していく。

「君の守りは立派だ。けれど――勝ちに届かない」

「……わかってる」

レインが、少しだけ声を出した。

「でも……俺が倒れたら、あいつらまで終わる」

その一言が、すべてだった。

彼の土魔術は、誰かを守るためにある。

己ひとりで、勝ちに行くのではない。

足手まといと言われようが、彼は彼らを連れて最後まで行こうとした。

──しかし。

無情にも、ジンは最後の一撃を放つ。

雷を纏った打突。

地面ごと抉る威力が、レインを吹き飛ばす。

【チームF:全員戦闘不能──】

「……いい盾だったよ、レイン・アズレア」

ジンが小さく呟く。

だがレインは、仲間たちが無事であるのを見届けたあとで、ようやく膝をついた。

彼の戦いは、静かで、誇り高かった。

──そして。

夕刻に差しかかる頃。

バトルロワイヤルの場には、最後の二チームが残っていた。

クロ・アーカディア

フィア・リュミエール

カイ・バルグレイヴ

そして。

ジン・カグラを筆頭とする、三人の静かなる強者たち。

「……さすがに強えぇ奴が残ってんな」

カイが歯をむく。

「上等。ここからが、ほんとの本番ってやつだろ?」

クロが一歩前に出る。

両手に電流を纏いながら、ジンと正面から向き合った。

砂塵の向こう、黒いコートの男がゆっくりと歩いてくる。

ジン・カグラ。

漆黒のコートをはためかせながら、向こうから歩いてきた。

一切の迷いも焦りもなく、ただ当然のように、戦場の中心へと進む。

「……最後の相手、ジンか」

「うわ、出たな……ボスキャラ感出すぎだろ」

カイが肩を鳴らし、にやっと笑う。

「でもまあ──こっちには落第生の奇跡がいるんでね!」

「……そういうのやめろ!」

「そっちのほうが燃えるだろ?」

俺は苦笑いしながらも、手に魔力を集め始める。

空気が軋む。雷が弾けるように、全身へと魔力が走った。

フィアは何も言わない。ただ冷静に、静かに横に立っている。

彼女もまた、目の前のジンという存在に対して、全神経を集中させていた。

「……フィア、いけるか?」

「当たり前よ」

彼女の氷が、すっと空間を冷やす。視線は鋭く、けれど内側には確かな熱があった。

──そして、ジンが足を止めた。

「……面白い」

その一言が、合図だった。

一瞬で距離が詰まる。

(速っ──!)

視線が捉えた時には、もうジンの手から光が溢れていた。

「風式・断層斬」

斜めに切り裂かれた空間。その余波だけで、俺たちの立ち位置がズレる。

フィアが即座に反応し、氷の障壁を展開。

「氷晶結界・連層!」

ジンの風が裂き、フィアの氷が抑える。

その一瞬の空白を突いて、俺が飛び出す。

「閃雷刀!!」

両手から放つ、クロ式の雷撃。ジンに届くかと思ったその瞬間、彼は首をかしげただけで回避した。

(回避行動すらムダがない……)

「君の雷……まだ未完成だな」

ジンの金色の瞳が、俺を値踏みするように見つめてくる。

《クロ、注意。彼の演算速度は我々の約1.6倍。即興では分が悪い》

(知ってる。けど、もうやるしかねぇ!)

再び突っ込む。ジンの回避に合わせて角度を変え──

「喰らえっ!」

雷が、地面を削る。

しかし次の瞬間、俺の視界が揺れた。

(……やばい、また来た)

《演算処理限界が近い。ゼロ演算、強制遮断を推奨》

(まだ、止まるわけには──)

足元がふらつく。ジンの一撃が、寸前で俺の脇をかすめる。

「……限界だな、クロ・アーカディア」

(違う……まだ、終わっちゃいねぇ!)

全身に残る魔力をかき集める。

演算も構造も、何もない。ただ、力をぶつけるという原始的な衝動。

「喰らええぇぇぇぇッ!!」

雷でも氷でもない、ただの魔力の塊が俺の手から放たれた。

ドガァァァァァンッ!!!

会場の一角が爆ぜる。煙と破片が舞い、観戦していた生徒たちが息を呑む。

ジンはギリギリでかわしていたが、着地後の顔に、初めてわずかな驚きの色が走った。

「……ただの魔力放出で、ここまでの破壊力を?」

《記録:演算外魔力放出、異常値検出。仮称:クロ式・零構成》

(ゼロ……まだ動けるか?)

《再起動中。最小演算モードでの支援は可能》

ジンは、ゆっくりと構え直す。

クロチームも、わずかに息を整えながら立ち上がる。

ジンの視線が、再びこちらを捉える。

「……そんなもんか、クロ・アーカディア」

一歩、また一歩と近づいてくるその足音に、俺の身体が勝手に反応した。

呼吸が荒い。視界が霞む。

ゼロの支援演算も、最低限しか動いていない。

それでも──俺は前に出た。

「終わり……じゃねぇよ」

「まだやるのか。もう動けないだろうに」

「だからなんだってんだよ……動けるうちは、前に出るしかねぇだろ」

その時だった。

横から氷晶が弾け飛んだ。

「……ここは、任せて」

「フィア──っ」

彼女の放った氷槍が、空を斬る。ジンの足元へと無数の氷が襲いかかった。

ジンはそのすべてを風で払いながら、冷静にカウンターを打ち込む。

「風式・螺旋刃」

フィアの氷が、一瞬で切り裂かれた。

「……っく」

その衝撃に耐えきれず、フィアが膝をつく。

(ちくしょう……俺が、ちゃんと戦えてれば)

その瞬間だった。

「──よっし、バカの出番だ!!」

叫びながら、カイが横合いから突っ込んだ。

「拳なら演算いらねぇんだよ!!」

ジンとカイの拳がぶつかり合う。

火花。衝撃。魔力の衝突。

一瞬だけ、ジンの足が止まった。

その隙を、俺は見逃さなかった。

「……一撃だけ。これで決める!!」

最後の力を振り絞り、構える。

雷でも魔力の塊でもない。ゼロと俺の、演算でも直感でもないただの意志を乗せた拳。

ジンの目が、かすかに動いた。

「──来い」

「うおおおおおおおッ!!!」

俺の拳が、ジンの正面から飛ぶ。

──しかし。

「甘い」

彼の風が先に届いた。

(──やられた)

思考が途切れた瞬間、衝撃と共に俺の身体が吹き飛ばされた。

地面を転がり、全身が痺れる。

仰向けに倒れたまま、空を見上げた。

朱色に染まった夕空が、滲んでいた。

──そして、静かに。

「勝者、ジン・カグラチームとする」

魔導審査機が、その判定を下した。

会場がざわめきに包まれる中、ジンは静かに背を向けて去っていく。

その背を見ながら、俺は──なぜか、少しだけ笑っていた。

「負けた……けど」

《記録:精神安定レベル、前回比+34%。心的成長を確認》

(……ゼロ。ありがとな)

《こちらこそ、君の限界突破に感謝する。正直、想定外だ》

俺は少しだけ、拳を握り直す。

「次は、勝つ」

それだけを胸に、俺は地面からゆっくりと立ち上がった。

遠くで、カイが大の字になって笑っている。

フィアは、乱れた髪をそっと整えながら目を閉じていた。

そして──観客席の最前列で、誰よりも真剣にこちらを見つめていた少女。

サクラ・ヒヅキの視線が、俺に刺さっていた。

“恋と戦争”の戦闘演習。

俺たちの初陣は、幕を閉じた。

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