ゼロが見る未来

「これにて、戦争演習を終了とする」

校庭の中心に響き渡った教官の声と同時に、空間演算フィールドが徐々に解体されていく。空の色が戻り、重力も風も、日常の学院に収束していくようだった。

参加者たちは、それぞれの表情で戦いの終わりを受け止めていた。

クロたちのチームは、驚きと興奮を隠しきれない表情で小さくガッツポーズを交わす。

「第2位か……マジか、俺たち」

カイが肩をすくめて笑った。

「ちょっとカッコよかったんじゃね？」

「……そうね。でも、完璧には程遠かったわ」

フィアが淡々と返す。表情には笑みはなく、静かな反省がにじんでいた。

「結果として、ジンには勝てなかった。その事実は変わらない」

カイも苦笑を引っ込め、わずかに肩を落とす。

「……だな。2位じゃ、意味ねぇよな」

クロは無言だった。目の奥に何かを宿したまま、演習フィールドの消えゆく地面を見つめている。

そこに、教官の声が再び響いた。

「クロ・アーカディア。君の演算データに再度異常値が記録された。後日、個別に調査が入る。了承しておくように」

瞬間、場の空気がわずかに揺れた。

だがクロは動じなかった。

「……はい」

言葉に力はこもっていなかったが、確かな意志がにじんでいた。

その日の放課後、学院の中庭には参加者たちが散り散りに集まり、それぞれの余韻を味わっていた。

そんな中、ひとり、サクラ・ヒヅキは木陰のベンチに腰を下ろし、遠巻きにクロたちの姿を見つめていた。

近づこうとして、けれど足が止まる。指先が小さく揺れている。

そこに、フィアが静かに歩み寄ってきた。

「……なぜ声をかけないの？」

サクラは小さく肩を跳ねさせた。

「フィアさん……」

「あなた、演算精度も動きも悪くなかった。なのに、あの場でただ突っ立っていた。……何を迷っているの？」

視線を伏せるサクラ。

「……私、自分が戦っていいのか、まだわからないんです」

その言葉に、フィアは少しだけ目を細めた。そして、ため息交じりに言う。

「遠慮するくらいなら、最初から立たなければいい。……でも、あなたがそこにいたことは、事実よ」

その一言に、サクラははっと目を見開く。

フィアの表情は相変わらず冷静だったが、その奥にあるものを、彼女は確かに感じ取っていた。

「おいミナ！ おまえ戦ってる最中に笑いすぎだろ！怖すぎるんだよ！」

「は？ そっちこそ、俺に任せろ！って突っ込んでいって、危うくやられかけてたじゃん」

「余裕があったから前に出ただけだっての」

「へえ？ それにしては三秒で火だるまになりかけてたけど？」

「おい、それは言うな！」

言葉では喧嘩腰なのに、どこか楽しげなやり取りに、周囲の生徒たちは苦笑していた。

そこへ、空気を変えるように歩み寄る者がいた。レイン。

無言でクロの隣に立ち、静かに空を見上げた。

「……偶然は一度でいい」

クロはその意味を測りかねて、眉を寄せた。

「え？」

「次は、お前自身を見せる番だ」

それだけを言い残して、レインは再び黙って歩き去る。

クロは黙ってその背中を見つめていた。

翌朝、学院の講堂。

スクリーンに映し出されたのは、戦争演習の最終成績と、新たな制度の告知だった。

「上位三チームには、任意の三名を自由にスカウトする権利が与えられる。次の総合演算実技は六人制で行う。チームを再編し、挑め」

会場がどよめく。実力だけでなく、信頼関係や連携が試されるステージに進むのだ。

クロは腕を組んで考え込む。

「六人……か。どうするべきか」

「俺はもう決めてるぜ」

カイが即答した。

「ミナ。お前だ」

指名されたミナは、一瞬だけ驚いたが、すぐに笑った。

「いいよ。こっちからも誘うつもりだったし」

そう言って、視線を巡らせ、少し離れていたサクラに向かって歩き出す。

「サクラ、あんたも来なよ。黙って立ってるより、動いたほうが自分も変わるよ」

「……わたし、そんなに役に立てるか……」

「役に立つかどうかじゃない。戦いたいかどうか、でしょ」

その言葉に、サクラは静かにうなずいた。

「……うん。ありがとう」

そのやり取りを見ていたレインが、静かにクロに近づく。

「……もし、枠が空いているなら、俺も入れてくれないか」

クロはわずかに目を見開いた。

「……なんで、俺のチームに？」

レインは迷いなく答える。

「お前演算には何かがある。危うさと可能性、両方を持ってる。……あの戦場で見た。君の中には、まだ隠れている何かがある」

しばらく沈黙したのち、クロは頷いた。

「わかった。なら、一緒に進もう」

目と目が交差する。それは戦術的判断ではなく、何かもっと深く、遠くに繋がる絆の始まりだった。

その後、クロはふとフィアの姿を探した。中庭の端、ひとり静かに佇む彼女を見つけ、歩み寄る。

「フィア、少しだけ時間をいいか？」

「話なら、聞くだけは聞くわ」

変わらぬ無表情と、淡い口調。それでも足を止めてくれた彼女に、クロは率直に切り出した。

「次の六人チーム。カイ、ミナ、サクラ、レイン。そして俺。それで、あと一枠が君だ」

フィアはわずかに目を細める。

「なるほど。悪くはない構成ね。即興演算も、実戦感覚も備わってる。けど──」

「けど？」

「……一つだけ気になるのは、あなた自身。あなたはまだ、自分の中心を見ていない」

クロは少しだけ息を詰める。

フィアは静かに続けた。

「それでも、あなたが前に進むというのなら、私はついていく。……あなたの異常をもっと近くで研究するために」

クロはしばらく沈黙し──やがて、小さく笑った。

「ありがとう。背中を預けられる人が、そばにいてくれるのは心強い」

「勘違いしないで。背中より、私は前線の方が好きよ」

そう言って、フィアは踵を返す。その背に、冷たいけれど信頼の滲む温度があった。

その日の夜。学院の屋上で、クロは空を見上げていた。

《仲間ができたな、クロ。だが、演算が共有されればされるほど──お前の異常値は際立つ》

「ゼロ……」

《クロ式を完全に使いこなすには、お前の内にある封印を解かねばならない》

「……その封印を解いた先には、何がある？」

《未来だ。可能性と破滅の、両方がある》

クロはそっと目を閉じ、風を受けながら、静かに答えた。

「それでも、進むよ」

夜。寮に戻ったクロは、机の上の端末に目を落とす。

ふと開いた画面に映し出されたのは、

《異常演算適性者リスト（機密）》

そこに、自分の名前。

そのすぐ下に──

ジン・カグラ

クロは眉を寄せた。

「やっぱり……あいつも」

画面が消える。

夜の静けさの中で、風の音だけが微かに揺れていた。