|爛 春犂《ばく しゅんれい》を加え、二人は蘇錫市(そしゃくし)で起きている出来事を再度話し合う。
|華 閻李《ホゥア イェンリー》は窓際に。
|全 思風《チュアン スーファン》はそんな子供にピッタリとくっつくように、隣へと座ってきた。
そして、情報を持ってきた|爛 春犂《ばく しゅんれい》は二人の前に腰を落ち着けている。
彼ら三人の中心には机があり、茶杯の中には緑茶が入っていた。おやつとして胡麻団子が置かれており、三人は各々で好きな物を選んで食す。そんななか、|華 閻李《ホゥア イェンリー》だけが他の二人よりもたくさん食べていた。
「ねえ|小猫《シャオマオ》、さっきあんなに食べてたよね? まだ食べるつもりなのかい?」
胡麻団子を何個も頬張る|華 閻李《ホゥア イェンリー》に、|全 思風《チュアン スーファン》は顔を引きつかせながら問うた。
頬についた胡麻を取ってあげると、|華 閻李《ホゥア イェンリー》は無邪気に「ありがとう」と言って微笑む。
──んん! 可愛い!
愛くるしい見目の|華 閻李《ホゥア イェンリー》に幸せを覚え、満面の笑みになった。
「──こほんっ!」
緩い現場を見かねた|爛 春犂《ばく しゅんれい》が、わざとらしい咳払いをする。しまりのない表情をする|全 思風《チュアン スーファン》を睨み、淡々と話を進めた。
|爛 春犂《ばく しゅんれい》が持ってきた話は、以下の通りである。
[|國《くに》中で白服の男たちが目撃されている]
[目撃された場所では|殭屍《キョンシー》が出現し、最悪街や村が滅んでしまう。この蘇錫市(そしゃくし)でも白服の男たちの目撃情報があり、何らかの形で関わっている可能性がある]
[|殭屍《キョンシー
|豪快《ごうかい》なまでに|派手《はで》な登場をした男──|黒 虎明《ヘイ ハゥミン》──は大剣片手に、場の空気を壊した。 そんな彼は逃げだしたように見える|全 思風《チュアン スーファン》を追いかけ、ここまでやってきたよう。目的の男を見つけるなり、大剣の先を向けてきた。「貴様、この俺から逃げられるとでも思っているのか!?」 大剣を両手で持ち替え、刃先を後ろへとやる。片足を後退させて、腰を少しだけ落とした。|軸足《じくあし》に全体重を乗せたと同時に、霊力を大剣へと流しこむ。「勝ち逃げは許さん!」 |全 思風《チュアン スーファン》を睨みつけ、大剣を下から上へと振り上げた。すると武器から青白い|焔《ほのお》が溢れだし、目標と定めた彼へと直進していく。 |全 思風《チュアン スーファン》はあきれながら苦笑いし、|嘆息《たんそく》した。瞬間、彼の瞳が|濃《こ》い|朱《あか》を生む。 しかし、空気の読めぬ男が放つ|焔《ほのお》を全身で食らってしまう。「はっはっはっ! この俺から逃げきれるなどと……そんな甘い考えが通じると思……むっ!?」 |豪快《ごうかい》を通りこした笑い声が、ピタリとやんだ。見張りながら大剣を強く握り、ギリッと|歯軋《はぎし》りをたてる。「……状況、読んでから攻撃してくれない?」 炎よりも熱い|焔《ほのお》の直撃を受けたと思われていた|全 思風《チュアン スーファン》だったが、彼は無傷だった。むしろ、|蚊《か》でも払うかのように片手で|扇《あお》いでいる。「化け物め!」「うん? あー、違う違う。私が化け物じゃなくて、君らが弱いってだけ。あ、|小猫《シャオマオ》は別だよ。とっても強くて、私では|敵《かな》わないからね」 仙人たちの中でも|屈指《くっし》の強さを誇り、|獅夕趙《シシーチャオ》というふたつ名すら持つ男。それが|黒 虎明《ヘイ ハゥミン》だ。 けれど彼はそんな男を前にして、弱いと|称《しょう》する。 当然、そう言われた|黒 虎明《ヘイ ハゥミン》は納得できるはずもなく……大剣を床へ突き刺して、ズカズカと足音をたてながら彼の元へとやってきた。 体格はほぼ同じ。けれど身長は|全 思風《チュアン スーファン》の方が少しだけ高いようだ。それでも見下ろすほどの差があるわけではないので、ふたりは同じ位置で目を合わせる。「
|全 思風《チュアン スーファン》の瞳から|溢《ほこぼ》れるのは、優しい眼差しだった。それは銀髪の子供に向けられている。 「|小猫《シャオマオ》、よく頑張ったね。もう、大丈夫だからね」 低いけれど心にすっと|留《とど》まる声で、子供に話しかけた。そして腕に抱えている|華 閻李《ホゥア イェンリー》の体を|縛《しば》る|鎖《くさり》、これを強く握る。 瞬間、彼の暗闇そのものだった瞳の色が|朱《あか》へと支配された。 |鎖《くさり》をぐっと引っ張る。するとどうしたことか。|鎖《くさり》は音もなく|粒子《りゅうし》となって空気へと溶けていった。 |全 思風《チュアン スーファン》は子供を横抱きにする。部屋の|隅《すみ》で|呆然《ぼうぜん》としている|黄 沐阳《コウ ムーヤン》の元へと進み、そっと床へと寝かせた。 |黄 沐阳《コウ ムーヤン》は疲れつつある体にムチ打ちながらも、子供へと駆けよる。「おい|華蘭《ホゥアラン》、大丈夫か!?」 |華 閻李《ホゥア イェンリー》を|字《あざな》で呼びながら子供の肩を揺すった。|身綺麗《みぎれい》にしていたはずの見た目がボロボロになっていても、それよりも子供の心配をする。 すると子供はゆっくりと腕を動かし、彼へと微笑んだ。霊力を|奪《うば》われ、苦しいはずなのに、微笑みかける。 子供は意識すら|朧気《おぼろげ》なままに、|黄 沐阳《コウ ムーヤン》を「|黄哥哥《コウにいさん》」と、親しげに呼んだ。 そんなふたりを見、|全 思風《チュアン スーファン》は瞳を細める。 ──|小猫《シャオマオ》を|字《あざな》で呼ぶのか。|小猫《シャオマオ》も、この男を|哥哥《あに》と言っている。……ああ、私が離れていた年月が悔しい。 |全 思風《チュアン スーファン》の中では、ど
「──|黄 茗泽《コウ ミャンゼァ》、あんたには|黄《き》族の長を|退《しりぞ》いてもらう。それが内戦を引き起こした者の……」 |黄 沐阳《コウ ムーヤン》はいつになく、ハッキリとした口調で宣言した。 |爸爸《パパ》と呼び、|黄 茗泽《コウ ミャンゼァ》を親として|尊敬《そんけい》していた。けれどそんな、大好きだった者はもういない。いるのは|私利私欲《しりしよく》のために仙人を戦争へと介入させ、人間たちを|混乱《こんらん》と|恐怖《きょうふ》に|陥《おとしい》れた男だ。 彼は、それをよしとはしない。 元々、|仙道《せんどう》が人間の争いに参加しないということを|律儀《りちぎ》に守っていた。 大切な|母親《オモニ》に手をかけられても、自身の|偽物《にせもの》が現れて|窮地《きゅうち》に立たされたとしても、内戦への参加など許さない。 普段は|無鉄砲《むてっぽう》でわがままな彼だが、|筋《すじ》を通すところは通す。そんな性格も持ち合わせていた。「家族に手をかけた者を|裁《さば》く。それが今、俺にできる、唯一の事だ!」 視線を決して|逸《そ》らすことはない。『……ははは。本気で言ってるのか? お前、|爸爸《パパ》を当主の座から降ろして、その後どうするつもりだ? ああ、そう。お前自身が、新しい当主になるってわけか?』 |自意識過剰《じいしきかじょう》なやつの考えそうなことだ。お腹を抱えながら笑った。そして|黄 沐阳《コウ ムーヤン》を見、プッと吹き出す。『本当に新当主になれるとでも? お前、自分が嫌われてるって知らないのか? 皆、お前のわがままさに嫌気がさ……』「知ってるさ」 |飾《かざ》らぬ自然な声がこぼれ
|全 思風《チュアン スーファン》の手の中にあったはずの|彼岸花《ひがんばな》が、光の|粒子《りゅうし》となって|消滅《しょうめつ》していった。 彼は|悔《くや》しさを|壁《かべ》にぶつけ、何度もたたく。そのとき、壁がガコンッという鈍い音をたてて前へと倒れてしまった。「うわっ! ……っ!? これは……隠し通路か!?」 奥へ続く道が現れたが、明かりひとつもない場所となっている。しかし彼は元々|夜目《よめ》が利く。明かりなど必要ないと|云《い》わんばかりに、暗黒しかない空間へと足を|踏《ふ》み入れていった── □ □ □ ■ ■ ■ 部屋の|隅《すみ》に、大きな台座がひとつある。台座のいたるところには札が貼ってあり、常に光っていた。 部屋の中を見渡せば、食器棚や勉強机も置かれいる。 そして何体もの|殭屍《キョンシー》が、部屋を囲うように|等間隔《とうかんかく》に立っていた。この者たちには一枚ずつ、札が|額《ひたい》に貼られている。それが、やつらの動きを封じているようであった。 |殭屍《キョンシー》らに囲まれるようにして部屋の中央では、男がふたり。互いに剣をぶつけ合っていた。 ひとりは扉側に、もうひとりは台座を背にしている。『……安心しろよ。|黄《こう》家の|跡取《あとと》りは、俺がしっかりとやってやるからさ』 上は|黄《き》、下にいくにつれて白くなる|漢服《かんふく》を着るのは|黄 沐阳《コウ ムーヤン》と、もうひとり。彼とまったく同じ顔をした男が語りを入れてきた。 難しい顔など一度もせす。人を|小馬鹿《こばか》にするような笑みを浮かべ続けていた。勝ち|誇《ほこ》ったようにケタケタと笑い、|黄 沐阳《コウ ムーヤン》を力任せに剣ごと|薙《な》ぎ払う。 そんな男の後ろ
|全 思風《チュアン スーファン》の心は不安で押し|潰《つぶ》されていった。大切な存在である子供が危険に|曝《さら》されているからだ。 そう思うだけで、死んでしまいたい。精神がバラバラになりそうだと、|唇《くちびる》を強く|噛《か》みしめる。「──|小猫《シャオマオ》、無事でいて!」 屋根の上を飛び続け、目的地の屋敷へと到着した。危険を|省《かえり》みず、扉を|豪快《ごうかい》に壊す。 中に入ればそこは玄関口だった。 一階は入り口近くに左右の扉、奧にもふたつある。部屋の中央には|朱《あか》の|絨毯《じゅうたん》を|敷《し》いた階段があり、天井には異国からの輸入品だろうか。大きな|枝形吊灯《シャンデリア》がぶらさがっていた。「……最初に|侵入《しんにゅう》したときは地下からだったからわからなかったけど、もしかしてここは、元|妓楼《ぎろう》なのか?」 心を落ち着かせようと、両目を閉じる。 ──ああ、聞こえる。|視《み》える。ここで何が起きたのか…… |全 思風《チュアン スーファン》が目を開けた瞬間、彼の瞳は|朱《あか》く染まっていた。そして映し出されるのは、今ではなく過去の映像である。 建物の|構造《こうぞう》、中の物の配置などは同じだ。違いを見つけるとすれば、人の姿があるかないかである。 そして過去の映像には、きらびやかで美しい衣装を|纏《まと》う女たちが行き交いする姿が視えていた。 数えきれぬほどの美女、そんな彼女たちと金と引き|換《か》えに遊ぶ男たち。仲良く腕組みしている男女もいれば、女性に言いよっては出禁を食らう者。年配の|妓女《ぎじょ》の言いつけで|掃除《そうじ》をする若い女など。 当時、この|妓楼《ぎろう》で暮らしていた女性たちの姿が、ありありと映っていた。
|黒 虎明《ヘイ ハゥミン》は重たい口を開いていく。 |友中関《ゆうちゅうかん》は|黒《くろ》と|黄《き》、互いの領土の中間にある。そこで働く兵たちはふたつの勢力から選ばれた者たちだった。どちらか一方が多くならぬよう、均等に両族から|派遣《はけん》させる。それが、この國が始まりし頃からの決まりごとであった。 しかし、互いの勢力がそれで手を取り合うというわけではない。度々いざこざが起き、そのたびに|黒 虎明《ヘイ ハゥミン》や|爛 春犂《ばく しゅんれい》などが出向いて|仲裁《ちゅうさい》していた。「……うん? 何であんたや、あの|爛 春犂《ばく しゅんれい》なんだ? |黄 茗泽《コウ ミャンゼァ》とか、親玉が出向く方が早くない?」 腰かけられそうなところへ適当に座り、|全 思風《チュアン スーファン》は三つ編みを後ろへとはたく。穴が開くほどに|眼前《がんぜん》にいる男を|注視《ちゅうし》した。 |黒 虎明《ヘイ ハゥミン》は|瓦礫《がれき》の上に座りながら、空を見上げる。いつの間にか灰を被った色になった雲と、遠くから聞こえてくる雷の音。それらにため息をつき、首を左右にふった。「いや、あの場所は互いの族で二番目に|偉《えら》い者が|視察《しさつ》しに行くという決まりになっていた。兄上はおろか、|黄《き》族の|長《おさ》である|黄 茗泽《コウ ミャンゼァ》ですら|関与《かんよ》してはならないとされているんだ」 |皮肉《ひにく》にも、昔作られた決まりごとが今回の事件を引き起こす切っかけにもなってしまう。そして|黒 虎明《ヘイ ハゥミン》という男を暴走させる原因にもなってしまった。 男は両手を|太股《ふともも》の上に置き、これでもかというほどに彼を睨む。「……私を睨んだって、しょうがないじゃないか」 今にも殺しにかかる。そんな
|全 思風《チュアン スーファン》は剣を|鞘《さや》に収め、ふっと美しく|笑《え》む。 |眼前《がんぜん》にいるのは先ほどまで場を独占していた男、|黒 虎明《ヘイ ハゥミン》だ。彼は苦虫を噛み潰したような表情をし、これでもかというほどに怒りを|顕《あらわ》にしている。「……な、んだ。何だこれはーー!?」 その場を支配していた直後、|焔《ほのお》が消化されていったからだ。 何の|前触《まえぶ》れもなく現れた|全 思風《チュアン スーファン》だけでも手に|負《お》えないというのに、上空から降る|蓮《はす》の花。その花から雨のように水滴が降り|注《そそ》いでいるからである。 花は|仄《ほの》かに甘い香りをさせながら|焔《ほのお》を消し去っていった。しばらくすると辺り一面に|焦《こ》げた匂いだけが充満し、|蓮《はす》の花は泡となって天へと昇っていく。「くそっ! どうなっている!? 貴様、何をしたーー!?」 まるで、腹から声をだしているかのような|怒号《どごう》だ。 大剣を強く握り、勢いをつけて地を|蹴《け》る。風のように|疾走《しっそう》し、剣で空を斬った。「|朱雀《すざく》の|焔《ほのお》を消せる者など、この世にありはしないはず!」 |全 思風《チュアン スーファン》を斬りつけようと、|空《くう》に|豪快《ごうかい》な一|閃《せん》を放つ。重みのある大剣が|瓦礫《がれき》を|削《けず》り、|蹴散《けち》らしていった。 しかし、それでも、|全 思風《チュアン スーファン》は何の|痛手《いたで》も負っていない。眠そうにあくびをしながら、右手で持つ剣で応戦した。 互いの剣がぶつかり合い、金属音が響く。「……ふわぁ。ねえ、まだ続けるのかい?」&nbs
町のあちこちは火の海になっていた。|避難《ひなん》民がいる河|沿《ぞ》いも、町の入り口や広場すら、|焔《ほのお》に|埋《う》もれてしまっている。 必死に火を消す兵たち、逃げ遅れて|瓦礫《がれき》の|下敷《したじ》きになっている市民など。町のいたるところでは|紅《くれない》色の|焔《ほのお》とともに、|阿鼻叫喚《あびきょうかん》が飛び交っていた。 そんな事態を引き起こしたのは、黒い|漢服《かんふく》を着た男である。 彼は|黒 虎明《ヘイ ハゥミン》、|獅夕趙《シシーチャオ》というふたつ名を持つ男だ。 右手に大剣を、左手には|鳥籠《とりかご》を持っている。「俺は|黒 虎明《ヘイ ハゥミン》。|黒《こく》族の|長《おさ》である|黒 虎静《ヘイ ハゥセィ》の弟だ。このたび|黄《き》族の連中が条約を破り、我が|黒族《こくぞく》の|領民《りょうみん》を、|友中関《ゆうちゅうかん》にて|虐殺《ぎゃくさつ》した!」 大柄な体格どおり、とても声が大きい。 |焔《ほのお》が火の|粉《こ》を飛ばす音すら、かき消えるほどだ。 怒りを|携《たずさ》えた瞳で、町の入り口を陣取っている。後ろに控えている兵たちを見ることなく、ただ、言いたいことだけを叫んだ。「──|友中関《ゆうちゅうかん》には俺の心の友、|雪 潮健《シュ チャオジェアン》がいた。しかし彼は|黄《き》族の罠にかかり、命を落としたのだ!」 大剣の先端を地面に刺し、|豪快《ごうかい》な|仁王立《におうだ》ちをする。片手で持つ|鳥籠《とりかご》を顔の前まで上げ、瞳を細めた。「|卑怯《ひきょう》者の|黄《き》族が町を支配するなど、|笑止千万《しょうしせんばん》! 俺の友、|雪 潮健《シュ チャオジェアン》の|怨《うら》みを受け取るがいい!」 彼の|声音《こわね》が合図となり、後ろ
狭い廊下に|襲《おそ》い来る灰色の|渦《うず》を目の前に、三人はそれぞれのやり方で|蹴散《けち》らしていった。 |全 思風《チュアン スーファン》は指先から黒い砂のようなものを出し、それを器用に動かす。|迫《せま》る灰の|渦《うず》を弾き、床へと|叩《たた》きつけていた。 |黄 沐阳《コウ ムーヤン》はそんな彼の腰にある剣を抜く。腰を大きく曲げ、|全 思風《チュアン スーファン》の腕下から剣を突き刺し、切り刻んでいった。 |前衛《ぜんえい》で戦うふたりの後ろでは、|華 閻李《ホゥア イェンリー》が花を意のままに|操《あやつ》る。ふたりが|捌《さば》き|損《そこ》ねた灰の|渦《うず》。これが彼ら目がけて|突貫《とっかん》する。それをふたりに近づけさせまいと、花で|防御壁《ぼうぎょへき》を張った。 それぞれの持ち場を理解している彼らは、互いに|死角《しかく》を|補《おぎな》っている──「|小猫《シャオマオ》、あまり私から離れないでね?」 子供の細腰を抱き、楽しそうに話しかけた。戦闘中であることを忘れてしまいそうな笑顔を浮かべながら、余裕然と灰の|渦《うず》を|消滅《しょうめつ》させていく。 その強さたるや。すぐそばには、剣を使って灰の|渦《うず》を|薙《な》ぎ払っている|黄 沐阳《コウ ムーヤン》がいた。そんな彼の攻撃が赤子と思えてしまうほど、|全 思風《チュアン スーファン》の動きや強さは別格と|謂《い》える。「……うーん、単純でつまらないね」 切っても切っても|沸《わ》いてくる灰の|渦《うず》を見て、飽きたと呟いた。 瞬間、彼の周囲を|漆黒《しっこく》の|砂塵《さじん》が包む。かと思えば『|潰《つぶ》せ』と、低く口にした。 すると彼の命令に従うように、漆黒のそれは廊下全体を押し|潰《つぶ》していく。この場にいる彼らをのぞき、灰の|渦《うず》だけが|犠牲《ぎせい》となっていった。 しばらくすると灰の|渦《うず》は|塵《ちり》と化し、砂粒のようになって消えていく。「終わったよ|小猫《シャオマオ》、怪我はないかい?」 何ごともなかったかのように、腕の中にいる少年の頬を撫でる。子供は慣れた様子で|頷《うなず》き、お疲れ様と、彼を|労《ねぎら》った。 彼はふふっと優しい笑みとともに、子供の|額《ひたい》に|軽《かろ》やかな口づけを落とす。「