LOGINパリのランウェイを歩くトップモデル、レオン・ヴァルガス。完璧な容姿、華やかなキャリア――誰もが羨む人生の裏で、彼は致命的な秘密を抱えていた。どんな美しい女性にも、身体が反応しない。 ある夜、退廃的なラウンジで出会った妖艶な「女性」に、初めて心と身体が震えた。熱い吐息、絡み合う肌、初めて感じる昂揚――。 だが翌朝、衝撃の真実が彼を襲う。相手は義理の弟、アレクシスだった。 「兄さんの身体は壊れてない。ただ、本当に欲しいものに気づいてないだけ」 義兄弟という禁忌。男性への欲望という受け入れがたい真実。葛藤しながらも惹かれ合う二人は、やがて世間の目と闘いながら、真実の愛を掴み取っていく――。
View Moreパリの夜は、いつも眩しすぎた。
ランウェイに降り注ぐスポットライト。何千というフラッシュの奔流。熱狂する観客たちの視線が、まるで無数の針のようにレオン・ヴァルガスの肌を刺す。
足を踏み出すたび、シルクのシャツが身体に纏わりつく。計算され尽くした歩幅。完璧な角度で顎を引き、遠くを見つめる眼差し。すべてが、何年もかけて磨き上げた技術の結晶だ。
ランウェイの最前列には、ヴォーグやエルの編集長たちが座っている。彼女たちの満足げな表情が、レオンの市場価値を物語っていた。二十八歳。モデルとしては決して若くないが、レオンには「完璧」という付加価値があった。
百八十八センチの長身。彫刻のように整った顔立ち。琥珀色がかった瞳。アルゼンチン人の父とフランス人の母から受け継いだエキゾチックな美貌は、どんなブランドの服をも引き立てる。
ショーが終わり、バックステージに戻ると、スタイリストやメイクアップアーティストたちが祝福の言葉を投げかけてきた。
「レオン、完璧だったわ!」
「さすがね。あなたがいるとショー全体が引き締まる」
レオンは完璧な営業スマイルで応じた。笑顔を作ることは、呼吸をするのと同じくらい自然になっていた。
控室のドアをノックする音。
「入って」
扉が開き、深紅のドレスに身を包んだ女性が姿を現した。マリアンヌ・デュボワ。フランスを代表する女優で、今夜のアフターパーティーの主役の一人だ。
「レオン、素晴らしかったわ。今夜のパーティー、私の隣に座って?」
彼女の微笑みには明確な誘いが含まれていた。豊満な胸元を強調したドレス、艶やかな唇、挑発的な視線。どんな男でも心を奪われるであろう完璧な美女。
「ああ、もちろん。光栄だよ」
レオンは紳士的に応じ、彼女の手の甲に軽くキスをした。マリアンヌは満足げに微笑み、香水の残り香を残して去っていった。
ドアが閉まった瞬間、レオンの表情から笑顔が消え失せた。
鏡の前に座り、自分の顔を見つめる。完璧なメイク。完璧な髪型。完璧な……嘘。
また、だ。
またこの茶番が始まる。
レオンは誰にも言えない秘密を抱えていた。どれほど美しい女性と二人きりになろうとも、どれほど親密な雰囲気を作ろうとも、彼の身体は決して反応しないのだ。
最初は単なる疲労だと思った。ファッションウィークの過密スケジュールが原因だと。次にストレスを疑った。トップモデルとしてのプレッシャーが、一時的に身体の機能を狂わせているのだと。
だが、どれだけ休養を取っても、どれだけリラックスしようとしても、結果は同じだった。
美しい女性。魅力的な女性。世界中の男たちが憧れるような女性たち。
それなのに、レオンの身体は何も感じなかった。
「俺は……欠陥品なのか」
鏡の中の自分に向かって、自嘲気味に呟く。完璧な顔が、ひどく醜く見えた。
テーブルの上のシャンパングラスを手に取り、一気に煽る。冷たい液体が喉を焼いた。
過去に何人かの女性と関係を持とうとした。いや、正確には持とうとして、失敗した。相手の期待に満ちた瞳が、次第に困惑と失望に変わっていく様を、レオンは何度も目撃した。
「疲れてるのね」と優しく言ってくれる女性もいた。
「次は大丈夫よ」と励ましてくれる女性もいた。
だが、次も、その次も、結果は変わらなかった。
やがてレオンは、女性との親密な関係を避けるようになった。表面的な付き合いはする。デートもする。キスくらいならする。しかし、それ以上は決して進まない。
業界では「レオン・ヴァルガスは誰とも寝ない」という噂が広まった。「彼は仕事一筋のストイックな男だ」「本当の恋を探しているロマンチストなんだ」――人々は勝手に美談を作り上げた。
レオンは、その虚像を演じ続けた。
完璧なトップモデル。誰もが憧れる男。
その裏で、自分の身体が機能不全を起こしていることを、誰にも打ち明けられずに。
携帯が震えた。メッセージだ。
マリアンヌからだった。
『パーティー、楽しみにしてるわ。今夜は特別な夜にしましょう♡』
レオンは携帯を放り投げた。
またか。
また、期待を裏切らなければならない。また、完璧な男を演じ続けなければならない。
疲れた。
本当に、疲れた。
自分が何者なのか。何を求めているのか。何に反応するのか。
分からない。
分からないまま、ただ虚像を演じ続ける日々。
レオンは深いため息をつき、立ち上がった。パーティーの時間だ。また仮面を被らなければ。
控室を出る直前、もう一度だけ鏡を見た。
そこには、完璧な男が映っていた。
美しく、冷たく、空虚な――人形のような男が。
一年後。 パリ。 レオンとアレクシスは、セーヌ川沿いのアパルトマンで暮らしていた。 朝の光が、窓から差し込んでくる。 レオンは、バルコニーでコーヒーを飲んでいた。 眼下には、セーヌ川が穏やかに流れている。 パリの街並みが、朝靄の中に浮かんでいる。「兄さん、コーヒー」 アレクシスが、もう一つのカップを持ってきた。「ありがとう」 二人は並んで座り、コーヒーを飲んだ。 静かな朝。 穏やかな時間。 かつて、レオンが夢見ていた日常が、今ここにある。「今日の撮影、楽しみですね」 アレクシスが言った。「ああ。久しぶりのパリのランウェイだ」 レオンとアレクシスは、再びモデルとして活動していた。 以前ほどのオファーはないが、それでも十分に仕事はあった。 特に、LGBTQフレンドリーなブランドからは、多くの依頼が来ていた。 二人は、カップルモデルとして、世界中で活躍していた。「兄さん、何考えてるんですか?」 アレクシスが、後ろから抱きしめてきた。「お前と出会えて、良かったって」「突然、どうしたんです?」「いや、本当に」 レオンは振り返り、アレクシスの唇に口づけた。「俺の人生で、お前と出会えたことが、一番の幸運だった」 アレクシスは嬉しそうに笑った。「俺もです。兄さんに出会えて、愛されて――これ以上の幸せはありません」 二人は抱き合い、朝日に照らされた。 かつて、レオンは完璧であろうとしていた。 完璧な容姿。 完璧なキャリア。 完璧な恋愛。 すべてが、虚像だった。 本当の自分は、不完全で、弱くて、男にしか反応できない欠陥品だった。 それでも――。 アレクシスは、そんなレ
撮影当日。 都内のスタジオには、前回とは違う雰囲気が漂っていた。 スタッフたちは、レオンとアレクシスを温かく迎えてくれた。「レオン、アレクシス、来てくれてありがとう」 編集長は、笑顔で二人を迎えた。「今日の撮影は、『愛の多様性』がテーマです。二人のありのままの姿を、美しく撮影したい」 レオンは、アレクシスと顔を見合わせた。 もう、隠す必要はない。 この関係を、恥じる必要もない。「よろしくお願いします」 二人は、揃って頭を下げた。 撮影が始まった。 最初のポーズは、二人が向かい合って立つもの。「もっと近づいて。そう、自然に」 カメラマンの指示に従い、レオンとアレクシスは距離を縮めた。「いい表情! 愛し合ってる二人の、自然な笑顔が素敵よ」 次のポーズは、抱き合うもの。 レオンはアレクシスを抱きしめた。 もう、ためらいはない。 これが、俺たちの関係だ。「完璧! 次は、キスシーンを撮りたいんだけど、いい?」 編集長の提案に、レオンは少し驚いた。 だが――。「ああ、構わない」 レオンは頷いた。 アレクシスも、嬉しそうに微笑んだ。「じゃあ、お願い。自然な感じで」 レオンは、アレクシスを見つめた。 琥珀色の瞳が、愛おしそうにレオンを見返している。 そして――レオンは、カメラの前で、アレクシスに口づけた。 優しく、愛情を込めて。 周囲からどよめきが起こる。 だが、レオンはもう気にしなかった。 これが、俺たちの愛だ。「素晴らしい! 完璧よ!」 編集長の興奮した声が響く。 撮影は続き、様々なポーズで二人の姿が撮影された。 手を繋ぐ姿。 見つめ合う姿。
数日後、週刊誌がスクープを掲載した。 『トップモデル・レオン、義弟と禁断の関係!』 大きな見出しとともに、レオンとアレクシスの写真が表紙を飾った。 記事は瞬く間に拡散され、SNSは炎上した。 「気持ち悪い」 「兄弟なのに、ありえない」 「モデルの仕事、全部キャンセルすべき」 批判、中傷、興味本位の視線――全てがレオンとアレクシスに向けられた。 レオンの事務所には、抗議の電話が殺到した。 いくつかのブランドは、契約解除を通告してきた。 ミラノのファッションショーも、出演をキャンセルされた。 レオンは、自宅に籠もっていた。 外に出れば、パパラッチが待ち構えている。 携帯には、知らない番号からの着信が続く。 すべて、ゴシップ記者だった。「くそ……」 レオンは、ソファに座り込んだ。 これが、代償なのか。 愛を選んだ、代償。 インターホンが鳴った。 レオンは警戒しながら、モニターを確認する。 アレクシスだった。 ドアを開けると、アレクシスが飛び込んできた。「兄さん、大丈夫ですか?」「……ああ。お前は?」「俺も、仕事がいくつかキャンセルになりました。でも」 アレクシスはレオンを抱きしめた。「兄さんが心配で」 レオンは、アレクシスを抱き返した。「すまない……俺のせいで」「違います」 アレクシスは顔を上げた。「これは、俺たちが選んだ道です。誰のせいでもない」「でも、お前の仕事まで――」「いいんです」 アレクシスは微笑んだ。「兄さんと一緒にいられるなら、何も怖くない」 その言葉に、レオンは胸が熱くなった。
母は、ソファに座り込んだ。 顔は蒼白で、手が震えている。「アレクシス……あなた、何を言ってるの?」「事実です」 アレクシスは母の前に立った。「俺は、兄さんのことが好きです。初めて会った時から、ずっと。この気持ちを抑えることなんてできなかった」「でも、二人は――」「血は繋がってません。法律的にも問題ない」 アレクシスの声は、静かだが力強かった。「それでも、ダメですか?」 母は言葉を失った。 レオンは、アレクシスの横に立った。「母さん、俺たちは本気だ」「レオン……」「最初は、俺も混乱した。義弟に惹かれるなんて、おかしいと思った」 レオンは母を見つめた。「でも、アレクシスは、俺の全てを受け入れてくれた。完璧じゃない俺も、弱い俺も、すべて」「……」「俺は、アレクシスを愛してる」 その言葉を聞いて、アレクシスの瞳が潤んだ。 母は、二人を交互に見つめた。「本気なの? 二人とも」「はい」 アレクシスが答えた。「でも、分かってるわよね? これが公になったら、二人とも大変なことになる」「覚悟はしてます」 レオンが言った。「仕事を失うかもしれない。世間から批判されるかもしれない。それでも」 レオンはアレクシスの手を握った。「俺は、この関係を守りたい」 母は深いため息をついた。「あなたたち、本当にバカね」 だが、その目には涙が浮かんでいた。「母として、賛成はできない。でも……あなたたちが本気で愛し合ってるなら、私が止める権利はないわ」「母さん……」 アレクシスは、母に近づいた。