「で、今日はアパレルの人と会うんだっけ ? 彩が行くの ? 相手男性 ? 女性だったらどうするの ? 」
ハランが不安そうに聞いてくる。
「一応、電話してきた奴は男らしいんだけど、サイとキリと俺が行くことになった。
でもあいつ、ノり気じゃないんだよね」初めは見目を考えて霧香と蓮を考えた彩であったが、クール系の蓮にトーク力は期待しなかったのである。
そして、相手がリアルクローズ──所謂、普通使いの洋服を推して来る話が本当ならば、バンド内で一番耽美と程遠い恵也を連れていこうという試しでもあった。「そういえば樹里さんはなんて言ってたの ? 」
「何も知らないらしい上に、六十万のシーリングライトの話された」
蓮の怪しい話に全員食いつく !
「何それ詳しく」
「ははは、誰が買うんだよ」
「怖っ ! 聞きたい ! 」
「実は、そのシーリングライトは……」
シャドウは食洗機のスイッチを押すと、猫型に戻り欠伸をしながら窓際で寝転ぶ。
人間は何故、くだらない物体を買わされたりするのかと呆れ返って寝た。□□□□□□□
樹里の事である。抜かり無く彩に直接意向を聞き、人材を派遣してくれた。
「じゃあ、樹里さんの知り合いが同行するの ? 」
彩の部屋へ今日の一日の服を取りに来た霧香と恵也は、同時にスケジュールを確認していた。
清水 森人と会う前に、別な人間に会うと彩が言うのだ。「そう。名前は藤白 咲さん。職業はインフルエンサーマーケティング会社の代表。樹里さんの紹介。あの人本当に顔広いよな。
俺としてはこっちが本命」インフルエンサーマーケティング会社は、インフルエンサーを探してる企業とインフルエンサーになりたい人間をマッチングさせる仲介業者である。
更に藤白 咲と言えばボカロPや歌い手界隈のマッチングから始めたベテランで、ミュージシャンとしてはこれ以上ない適役である。「清水 森人とは通話でのやり取りを
兎子アパレル公司 本社ビル付近。 三人は咲とカフェで待ち合わせをした。「あ〜いい天気。海行きてぇなぁ」 恵也は客が少ないのをいいことにダラリともたれて、空を見上げ、だらしなく口を開けている。「ほんと。オープンカフェって初めて来たけど気持ちいいね」「へぇ。初めてかぁ。女の子ってこーゆー店好きなのかと思ってたわ」「まぁた女の子で括られた ! ケイそれ良くないよ」「ゴメンて。って言うかよぉ………………サイ大丈夫 ? 」 二人が彩をチラ見する。 汗ダク。 白いシャツの背中が既に変色。 気温は20度前後だ。 暑いわけでもないだろう。「咲さんって、樹里さんの知り合いなんだろ ? だったらおばさんなんじゃないの ? 」「サイの女性の認識範囲、九十代でも女性だよ。アウト 」「マジかよ ! 」「…………」「おーい。……ダメだこりゃ。喋りもしねぇ」 二人の間に不安が押し寄せる。 これは彩はいないものとして考えないといけないかもしれないと。なんなら喋らないなら、いない方が余程自然とまでありうる。 その時、カッカッと鳴るヒールの音が近付いて来た。「お待たせ〜 ! モノクロームスカイのゲソ組ね ? かぁわいい ! 」「あ、はい。初めまして水野 霧香です、ベースとチェロ担当です ! 」「知ってるよ〜KIRIちゃん」 スレンダーで二十代後半程の女性だ。 全身白いスーツにアイボリーのパンプス。 ローポニーを三つ編みに纏めた髪が清潔感のある印象だ。「ここデザート美味しいよねぇ。昼過ぎで店の中は混んできたわー。お姉さんもなにか飲み物頼んでからと思ってさ〜」 そう言い、サイの横の空いた椅子に向かうが、軽快な音を
「で、今日はアパレルの人と会うんだっけ ? 彩が行くの ? 相手男性 ? 女性だったらどうするの ? 」 ハランが不安そうに聞いてくる。「一応、電話してきた奴は男らしいんだけど、サイとキリと俺が行くことになった。 でもあいつ、ノり気じゃないんだよね」 初めは見目を考えて霧香と蓮を考えた彩であったが、クール系の蓮にトーク力は期待しなかったのである。 そして、相手がリアルクローズ──所謂、普通使いの洋服を推して来る話が本当ならば、バンド内で一番耽美と程遠い恵也を連れていこうという試しでもあった。「そういえば樹里さんはなんて言ってたの ? 」「何も知らないらしい上に、六十万のシーリングライトの話された」 蓮の怪しい話に全員食いつく !「何それ詳しく」「ははは、誰が買うんだよ」「怖っ ! 聞きたい ! 」「実は、そのシーリングライトは……」 シャドウは食洗機のスイッチを押すと、猫型に戻り欠伸をしながら窓際で寝転ぶ。 人間は何故、くだらない物体を買わされたりするのかと呆れ返って寝た。 □□□□□□□ 樹里の事である。抜かり無く彩に直接意向を聞き、人材を派遣してくれた。「じゃあ、樹里さんの知り合いが同行するの ? 」 彩の部屋へ今日の一日の服を取りに来た霧香と恵也は、同時にスケジュールを確認していた。 清水 森人と会う前に、別な人間に会うと彩が言うのだ。「そう。名前は藤白 咲さん。職業はインフルエンサーマーケティング会社の代表。樹里さんの紹介。あの人本当に顔広いよな。 俺としてはこっちが本命」 インフルエンサーマーケティング会社は、インフルエンサーを探してる企業とインフルエンサーになりたい人間をマッチングさせる仲介業者である。 更に藤白 咲と言えばボカロPや歌い手界隈のマッチングから始めたベテランで、ミュージシャンとしてはこれ以上ない適役である。「清水 森人とは通話でのやり取りを
朝。 恵也がリビングに来ると、今日は霧香が先に起きていた。 霧香、蓮、ハランが並んで朝食を取っている。未だテーブルの定位置は決まっていない。 彩は食べ終わったところで皿を洗って食洗機に入れるところだ。「霧ちゃん、今日も可愛いね」「んー」「お前、残すならソーセージ俺に頂戴」「んー」「霧ちゃん、ソーセージ嫌いなの ? 」「んーん」「寝起きで入んねぇだけだろ」「んー」 恵也は頭を抱えて三人を眺める。「いや……これ駄目だろ……」「んー、ケイおはよ」「駄目だろ『んー』じゃ ! なんも、ときめかねぇよ ! なんだよオフレコくっそ友達じゃん ! 兄弟じゃん ! 」 恵也はバグってる。「そんな朝からイチャイチャ設定出来るわけないじゃん。あれはパフォーマンスだよ ? ケイ」 あくまでパフォーマンスと言い切る霧香。「いやいや、割とハランはやってたぞ !? 蓮もそんな食いかけのソーセージよく食えんな ! 齧った痕ついてんじゃん ! 」「最近は彩が歯磨きさせてるから大丈夫だろ」「娘か !! 普通歯磨きは自発的にするの ! 大人は ! お前らって俺、本当に意味わかんない」「サイ、おはよう」 やっとリビングに戻った彩に、霧香が声をかける。そして霧香の顔を一目見ると、気まずい顔で深く溜息をついた。「おい、どうしたサイ。今度はお前が喧嘩か ? 」「いや……違う。うん。おはよ」 彩はそのまま部屋に戻って行った。「なんだありゃ。何か気に触ることでもしたのか ? 」 恵也の問いに霧香は首を振る。「ううん。何か悩んでるみたいだね。凄く動揺してたし」「え ? 怒ってなかった ? なんで悩みだとか言いきれんの ?
「シャドウくんに相談してみなよ。喜んで手合わせしてくれると思うよ」「なぁ。俺、とりあえず今も急いで来たけど……。お前、こんな強いのに護衛って必要なの ? 」「勿論、必要だよ。 でも、わたし……最初から友達とかバンドのメンバーを契約者にしようなんて思ってなかったの ! あれはシャドウくんが勝手に…… ! 」「あ〜聞いたよ。それに、ほら。俺は何時でも解約出来るんだから、そう悩まなくていいんじゃね ? 解約しないってことはさ、俺もサイも好きでやってるって事だしな」「……」 霧香は一旦、海を眺めてから恵也のそばに座り込む。「わたしは地獄には行けないの」「えーっと……属性が水だからってやつか。人間界にいれば安心なの ? 」「統括は『そこは分からない』って。 わたしを狙ってくる奴がいるとしたら、悪魔よ。水の力が欲しいから。 でも悪魔は簡単に人間界に来れないし、人間が知ってるような名前のある大悪魔は余計にコキュートスの下から出て来れない。 でも、人間の中に召喚出来る本物の魔術師がいたら別かな。魔術で彼らを招く門を作る事が出来る」 それを聞いた恵也が大口を開けて笑い出す。「ねぇーよ ! 魔法だの魔女だの。そんなんオカルトの世界の話だろ ? 」「事実、わたしはヴァンパイアだよ ? 」「まー、ヴァンパイアは許可受けて出てこれるとして。じゃあ、召喚も難しい悪魔の呼び出しを、人間がどうやるんだよ ? 悪魔崇拝 ? そんなの真面目に拝むのなんて、オカルトマニアか狂信者的パフォーマーに煽られた厨二病くらいだぜ。本物の魔術ってのを、そもそもどうやって勉強すんだよ」「天使がいるじゃん。天使が人に教えるのよ」「はぁ !? 」 今まで何者とも接点が無かった恵也が一番最初に身近な天使を思い浮かべるのは至極当然のことである。「ハラン……って、天使だよな ? あーゆーのが人間に教えるの ? 悪魔の扱いを ? 」「だから。ケイは一括りにしがち。ハランは違
霧香は改めてハランに八つ当たりした事を後悔した。 自分の綻びで全員に迷惑がかかってしまう。「なぁ、さっきやったのって魔法 ? 」 恵也に聞かれギクッとする。魔法を乱用した事が統括にバレればなにかしらの制裁があるかもしれないのだ。 魅了魔術は天使も悪魔も体質的に抑えようが無いとして、霧香の場合は音魔法については許可を得ている。だが、その他はほぼ許可されていない。 先程の少年たちが、霧香の命を脅かす存在にシフトすれば話は変わってくる。人間界に人外の遺体を生み出す訳にはいかないからだ。 だが、ヴァンパイアは傷の再生は早く、痛みも人間の数倍鈍感である。 よって、先程の魔法は正当防衛とまではいかない。少年達は少し絡んできただけ。攻撃はしたが命を脅かす程の存在では無かったはずだ。「思わずムカッとして……本当はダメなんだけど……」「あ〜やっぱり。まぁ、バレなきゃ大丈夫じゃねぇ ? 聞きたかったんだけどさ、俺との契約の時に、ちょっとは魔法使えるようになるかもって言ったじゃん ? 俺、マジで魔法使えんの ? 」「えっとね。第五契約者の魔法制限は……。 まず体質。わたしと同じく回復が早くて、痛みにも強いの。でも勘違いしないで。病気は別。健康診断はしっかり受けて。痛みが鈍感な分、病気には気付きにくいの。手術が必要な時は解約して人の体に戻さないと医者も困るし」「お、おう。案外現実的なシステムだな……」「あとは身体能力かな。 これは……」 砂浜を歩く足を止め、恵也に振り返る。「やってみた方が早いかもね。 手合わせしてみる ? 」「お前と ? でも…………もし怪我なんてさせたら……」「わたしが怪我すると思ってるの ? 」「……。あっ
駅からバスに数十分乗り、ようやく港町に到着出来る。 少し先のバス停で降りれば砂浜に行きやすいが、霧香はその前に降り、ダブンダブン揺れる船を眺めながら歩道を歩く。 潮鳴りを聴きながら頭を空にする。 歩道から海まで距離こそあるものの、魔力で水の気配を辿れば流れや動きも手に取るように感じ取れる。 十分程歩くと、やがて歩道が最も岩礁に近付く区間に差し掛かる。眼下に飛び込んでくる岩礁と三角波。そして地平線から上には紫色と赤色のグラデーションが続く。 ガードレールに手を付き、大きく深呼吸する。「スゥ〜……ハァ〜……」 だがすぐにその静寂が破られる。 喧しいバイクのエンジン音。 波の音を掻き消しながら近付いて来る。霧香はムッとしてバイクの来る方向を睨みつけた。「はぁっほー !! 」「ギャハハハ」 霧香より少し上の歳程で、時代遅れな風貌の若者が三人、近付いてきた挙句に霧香の前で止まる。「一人っすか ? 遊ぼ 」「飯とかどう ? 」 霧香は無関心を貫き歩き出すが、少年達は離れようとしない。爆音のバイクをノロノロと走らせながら霧香にまとわりつく。「その服可愛いっすねー」「高校どこっすか ? 」 やはり自分は高校生くらいに見えるのかと、今はそれがコンプレックスに感じてたまらなかった。「ねぇ、ちょっとだけだからさ ! お願ぁ〜い」 突然肩に置かれた手にゾッとし、反射的に威嚇してしまう。「触んな !! 」 思い切り手首を取り、関節の有り得ぬ方向へ捻りあげる。 恵也と初めて会った時もそうだった。 霧香は普段、自己主張も強くなく、流れに身を任せるタイプではあるが──時々どうしようもなく激昂すると言う本性があるのだ。「あぎゃ !! 何すんだこの女ァ !! 」「弱くて反吐が出るっ ! 」 逆上する男たちに更に油を注ぐ