その頃、彩は清水 森人と通話中だった。
「つまり、要約すると『ギャラは無いけれど動画の際に御社の服を着て欲しい』と…… ? 」
『ええ。他にもV系メンズもやってますんで』
「ギャラは別に構いませんが……流石に全部は……」
『二割引……もしくはあの、試作品なんかは差し上げられますけど……』
何かと引っかかる。
本当に関係者なのか怪しいと感じた。「何にしても有難いお話で嬉しいです。あの……これは会社の皆さんで相談された企画……とかなんでしょうか ?
いや、あの。俺たち本当に駆け出しですし、ちょっとびっくりしたと言うか……」『企画…… ? あ、いやー。僕の独断なんですけどぉ』
「……あ、ああ。そうでしたか」
まさかの独断。
怪しい。 後々、トラブルにならなければいいが。 結局、この広報の森人がモノクロに目をつけて、勝手に動いているだけなんだろう。しかし兎子アパレルと名乗ったこの森人の伝えたいことは、営業や広報とは全く別のいとdがあった。
「俺、服改造しちゃうんですよ……そのまま綺麗な状態で返せないと思いますし……」
『うう〜ん。それなんですけどね。うちの既製品をバラして衣装を作るのをやめていただきたい。端切れなら分かりますよ。
でも、良くも悪くもうちのデザイナーも一番の状態で仕上げていますし……』「衣装は大事ですけど、俺たちは基本的にネットミュージシャンです。そこまでの影響力はないと思いますが……」
『そこですよ ! ネット配信
「うわぁ !! お話中、すみません !! もしかしてモノクロのキリさんですか ? そうですよね ? フォロワーのミミにゃんです ! 」 名前の通り、猫耳姿がトレードマークのこの少女は霧香より更に年下の中学二年。なかなかの美少女である。「あ……ミミにゃんさん !? 初めまして ! キリです ! 」「ヤダー ! 現実世界でお会い出来るとは思ってませんでした ! 」「わたしも、まさかここで会えるなんて ! 嬉しいです ! 」 彩と出会った日、霧香がインスタに上げた一番最初のロリータ写真を見て、最初にフォローしてきた有名モデルである。 読者モデルながら天性の明るさとウォーキングの実力は瞬く間に爆破的人気を集め、今やバラエティにも引っ張りダコ。 それがこの女子中学生にミミにゃんだ。「今日は商談ですか ? 清水さんと ? 」「あ……うん。まあ、マネージャーがお話を聞いたみたいで」 何とも言えない。 まさか今の今、その商談を蹴ろうとしている瞬間とは。 だが次の一言が決定打となる。「そんな事より ! そのワンピース、新色ですか ? 超可愛いです ! モノクロさんのイメージにピッタリですね !! それ、わたしも欲しいなぁ〜。 清水さん、キリさんと写真撮ってもいいですか ? インスタに載せます ! 」「え……。 あ、ああ。もちろんいいよ〜 ! 歓迎だよ〜」「やった〜 ! キリさん、ここの観葉植物の所にしましょうよ ! 」 この時の悪魔のような微笑みを、実の悪魔の霧香も見逃さない。ついでにデリカシー0な癖に、変に勘がいい恵也も見逃さない。「うふふー。可愛い女の子が二人 ! いいわね〜。最高 ! お姉さんが撮ってあげる ! 」 咲が席を立つ。 清水が
「なるほど……なるほどね」 先に彩の考えを咲に話しておくことにした。 咲は立ち止まると、霧香の全身を見る。「一応ね。お姉さんプロだから。みんなの曲は全部聴いてきたのよ。動画も。 リーダーの意向は霧香さんも恵也さんも同意って事なのね ? 」「はい。サイもこんな事になるなら、最初から清水さんって人と会う予定を受けない方が良かったかもって悩んでました」 不安そうにする霧香に、咲は力コブを作るポーズを決める。「よし ! お姉さんに任せて ! 霧香さん、今の服。写真に撮ってもいい ? 」「えと……大丈夫だと思いますけど……」 咲は持っていたタンブラーを霧香に持たせ、カフェの店先で写真を撮る。 大人雰囲気のテラス背景と、甘い服装の霧香はミスマッチな様で妙に引き立つ。 それを恵也のスマホに送り、恵也からの発信で「仕事中の一息」としてSNS にあげる。そしてその写真の違うポーズの物も霧香が自分のインスタにあげた。 その間、咲は誰かにメッセージを送っていた。「どうするんですか ? 」「ふふ。重い石があったら、お姉さんは迷わず重機を使うの ! 便利で強くて、手っ取り早いなら使うべきだと思うんだ ! さぁ行こう」 □□□ 兎子アパレル公司のフロントに行くと、すぐ側のラウンジから一人の男が近付いてきた。 背が高い狐顔の男で、なんとも掴み所の無さそうな印象だ。「清水 森人です。お待ちしておりましたぁ〜」「初めまして、モノクロームスカイの水野 霧香です。リーダーのサイは本日体調不良でして、わたしたちが代理となります。よろしくお願いいたします」「ドラム担当の稲野 恵也です。よろしくお願いいたします」 清水は目を細めると霧香と恵也を見下ろす。「よろしく〜。若いのにしっかりしてていいね」 そして、本来いないはず
兎子アパレル公司 本社ビル付近。 三人は咲とカフェで待ち合わせをした。「あ〜いい天気。海行きてぇなぁ」 恵也は客が少ないのをいいことにダラリともたれて、空を見上げ、だらしなく口を開けている。「ほんと。オープンカフェって初めて来たけど気持ちいいね」「へぇ。初めてかぁ。女の子ってこーゆー店好きなのかと思ってたわ」「まぁた女の子で括られた ! ケイそれ良くないよ」「ゴメンて。って言うかよぉ………………サイ大丈夫 ? 」 二人が彩をチラ見する。 汗ダク。 白いシャツの背中が既に変色。 気温は20度前後だ。 暑いわけでもないだろう。「咲さんって、樹里さんの知り合いなんだろ ? だったらおばさんなんじゃないの ? 」「サイの女性の認識範囲、九十代でも女性だよ。アウト 」「マジかよ ! 」「…………」「おーい。……ダメだこりゃ。喋りもしねぇ」 二人の間に不安が押し寄せる。 これは彩はいないものとして考えないといけないかもしれないと。なんなら喋らないなら、いない方が余程自然とまでありうる。 その時、カッカッと鳴るヒールの音が近付いて来た。「お待たせ〜 ! モノクロームスカイのゲソ組ね ? かぁわいい ! 」「あ、はい。初めまして水野 霧香です、ベースとチェロ担当です ! 」「知ってるよ〜KIRIちゃん」 スレンダーで二十代後半程の女性だ。 全身白いスーツにアイボリーのパンプス。 ローポニーを三つ編みに纏めた髪が清潔感のある印象だ。「ここデザート美味しいよねぇ。昼過ぎで店の中は混んできたわー。お姉さんもなにか飲み物頼んでからと思ってさ〜」 そう言い、サイの横の空いた椅子に向かうが、軽快な音を
「で、今日はアパレルの人と会うんだっけ ? 彩が行くの ? 相手男性 ? 女性だったらどうするの ? 」 ハランが不安そうに聞いてくる。「一応、電話してきた奴は男らしいんだけど、サイとキリと俺が行くことになった。 でもあいつ、ノり気じゃないんだよね」 初めは見目を考えて霧香と蓮を考えた彩であったが、クール系の蓮にトーク力は期待しなかったのである。 そして、相手がリアルクローズ──所謂、普通使いの洋服を推して来る話が本当ならば、バンド内で一番耽美と程遠い恵也を連れていこうという試しでもあった。「そういえば樹里さんはなんて言ってたの ? 」「何も知らないらしい上に、六十万のシーリングライトの話された」 蓮の怪しい話に全員食いつく !「何それ詳しく」「ははは、誰が買うんだよ」「怖っ ! 聞きたい ! 」「実は、そのシーリングライトは……」 シャドウは食洗機のスイッチを押すと、猫型に戻り欠伸をしながら窓際で寝転ぶ。 人間は何故、くだらない物体を買わされたりするのかと呆れ返って寝た。 □□□□□□□ 樹里の事である。抜かり無く彩に直接意向を聞き、人材を派遣してくれた。「じゃあ、樹里さんの知り合いが同行するの ? 」 彩の部屋へ今日の一日の服を取りに来た霧香と恵也は、同時にスケジュールを確認していた。 清水 森人と会う前に、別な人間に会うと彩が言うのだ。「そう。名前は藤白 咲さん。職業はインフルエンサーマーケティング会社の代表。樹里さんの紹介。あの人本当に顔広いよな。 俺としてはこっちが本命」 インフルエンサーマーケティング会社は、インフルエンサーを探してる企業とインフルエンサーになりたい人間をマッチングさせる仲介業者である。 更に藤白 咲と言えばボカロPや歌い手界隈のマッチングから始めたベテランで、ミュージシャンとしてはこれ以上ない適役である。「清水 森人とは通話でのやり取りを
朝。 恵也がリビングに来ると、今日は霧香が先に起きていた。 霧香、蓮、ハランが並んで朝食を取っている。未だテーブルの定位置は決まっていない。 彩は食べ終わったところで皿を洗って食洗機に入れるところだ。「霧ちゃん、今日も可愛いね」「んー」「お前、残すならソーセージ俺に頂戴」「んー」「霧ちゃん、ソーセージ嫌いなの ? 」「んーん」「寝起きで入んねぇだけだろ」「んー」 恵也は頭を抱えて三人を眺める。「いや……これ駄目だろ……」「んー、ケイおはよ」「駄目だろ『んー』じゃ ! なんも、ときめかねぇよ ! なんだよオフレコくっそ友達じゃん ! 兄弟じゃん ! 」 恵也はバグってる。「そんな朝からイチャイチャ設定出来るわけないじゃん。あれはパフォーマンスだよ ? ケイ」 あくまでパフォーマンスと言い切る霧香。「いやいや、割とハランはやってたぞ !? 蓮もそんな食いかけのソーセージよく食えんな ! 齧った痕ついてんじゃん ! 」「最近は彩が歯磨きさせてるから大丈夫だろ」「娘か !! 普通歯磨きは自発的にするの ! 大人は ! お前らって俺、本当に意味わかんない」「サイ、おはよう」 やっとリビングに戻った彩に、霧香が声をかける。そして霧香の顔を一目見ると、気まずい顔で深く溜息をついた。「おい、どうしたサイ。今度はお前が喧嘩か ? 」「いや……違う。うん。おはよ」 彩はそのまま部屋に戻って行った。「なんだありゃ。何か気に触ることでもしたのか ? 」 恵也の問いに霧香は首を振る。「ううん。何か悩んでるみたいだね。凄く動揺してたし」「え ? 怒ってなかった ? なんで悩みだとか言いきれんの ?
「シャドウくんに相談してみなよ。喜んで手合わせしてくれると思うよ」「なぁ。俺、とりあえず今も急いで来たけど……。お前、こんな強いのに護衛って必要なの ? 」「勿論、必要だよ。 でも、わたし……最初から友達とかバンドのメンバーを契約者にしようなんて思ってなかったの ! あれはシャドウくんが勝手に…… ! 」「あ〜聞いたよ。それに、ほら。俺は何時でも解約出来るんだから、そう悩まなくていいんじゃね ? 解約しないってことはさ、俺もサイも好きでやってるって事だしな」「……」 霧香は一旦、海を眺めてから恵也のそばに座り込む。「わたしは地獄には行けないの」「えーっと……属性が水だからってやつか。人間界にいれば安心なの ? 」「統括は『そこは分からない』って。 わたしを狙ってくる奴がいるとしたら、悪魔よ。水の力が欲しいから。 でも悪魔は簡単に人間界に来れないし、人間が知ってるような名前のある大悪魔は余計にコキュートスの下から出て来れない。 でも、人間の中に召喚出来る本物の魔術師がいたら別かな。魔術で彼らを招く門を作る事が出来る」 それを聞いた恵也が大口を開けて笑い出す。「ねぇーよ ! 魔法だの魔女だの。そんなんオカルトの世界の話だろ ? 」「事実、わたしはヴァンパイアだよ ? 」「まー、ヴァンパイアは許可受けて出てこれるとして。じゃあ、召喚も難しい悪魔の呼び出しを、人間がどうやるんだよ ? 悪魔崇拝 ? そんなの真面目に拝むのなんて、オカルトマニアか狂信者的パフォーマーに煽られた厨二病くらいだぜ。本物の魔術ってのを、そもそもどうやって勉強すんだよ」「天使がいるじゃん。天使が人に教えるのよ」「はぁ !? 」 今まで何者とも接点が無かった恵也が一番最初に身近な天使を思い浮かべるのは至極当然のことである。「ハラン……って、天使だよな ? あーゆーのが人間に教えるの ? 悪魔の扱いを ? 」「だから。ケイは一括りにしがち。ハランは違