Home / 恋愛 / 黒と白の重音 / 4.スカイブルー

Share

4.スカイブルー

last update Last Updated: 2025-08-08 11:00:00

「多分……イケる。キリなら、俺は大丈夫な気がする」

「ほんと !? 」

 ほんの少し。

 いや、半分は。

 諦めていた。

「じゃ、じゃあ、これから……よろしくね、サイ !! 」

 興奮して、思わず霧香は手を差し伸べたが、彩は華麗にスルーする。

「……触るのは、まだちょっと……」

「……少なくても女性はバイ菌じゃないんだけどね……」

 彩も立ち上がり、ウェイターの置いていった伝表を手に取る。

「キリ、少しショッピングに行こう」

「えぇっ !? な、なぜ !? 楽譜とか見に行くの ? 」

「いや、俺のやりたいイメージがあるから。

 今から衣装買いに行って、家から音源取ってきて、それからどこかスタジオで……」

 そこまで言って彩は、会話に遅れて付いてくる霧香の感情にやっと気付く。

「あ……ごめん…… まだ何も決まってないのに」

「う、ううん。ちょっとびっくりしただけ。

 全然大丈夫だよ」

 テーブル席で立ったまま手を差し伸べてみたり、伝票を持ったのにレジに行く気配がなかったり、そのまま立ち話をしたり。

 それを見ていた、最初にオーダーを取りに来たやる気無さげなウェイターが霧香と彩の側に立つ。

「お客っさぁん、帰んすか ? 帰らねぇんすか ? 」

 店員から客に絡むとは世も末だ。客のいない理由がよくわかる。

「……なんだよテメェ、文句あんのか ! 」

 彩を押し退け、霧香が舐め上げるようにウェイターを見上げ、今世紀最大のオチョクリ顔を決める。

 そしてその横で彩が、腕を組み頷きながら「よしよし、流石俺の見込んだ男……いや、女だ」みたいな顔をしているのだ。

「伝表持ってプラプラさせやがって……ちょっ、ちょっと待って……プクスーッ」

 これには絡んだウェイターの方が先に吹き出してしまった。

「あはははは !! っつーかよぉ ! ソレ、女の子がしていいツラじゃねぇから !! マジで ! 

 あ〜ビビッたぁ〜。俺マジで今、殴られるかと思ったもん」

 霧香は立ったまま、正直ドン引きしている。

 当然だ。こんな給仕がいたら男女問わず恐ろしい。

 だが、彼は正気だ。

「ちょっとふざけただけだって。

 あんたらSAIとKIRIっしょ ? 」

 そう。

 ハランが用意した三人目はこの男だった。

 そもそも、霧香と彩を仲介したハラン。

 昼時に二人を会わせ、この通りはどこも混んでいて入れない。初対面で行列に列ぶのは考えられない。絶対このファミレスを選ぶだろうと予測していた。

 仕組まれていた顔合わせに、仕組まれた店、仕組まれたシフトの店員。

 全ての歯車が今日いっぺんにハマったのは偶然だが、これを期待されていた。

 そして彩が口下手なのもお見通しで、霧香がそれをカバー出来るほど人間界に慣れていない。ネットで毎日メールのやり取りをしておきながら一向に進展しない……その様子を聞いた限り、絶対に霧香は仲介役を頼んでくるに違いないとも踏んでいた。

 自分で言っていた、知らない他人に霧香と組ませるなら知り合いの安全な奴と組ませた方が安心……を、完璧にやりきった。

 これが、蓮に嫌われるハランの性格なのである。そして、自分がどうして霧香にそこまで干渉するのかも、どこまで自覚しているかも怪しいものである。

「え…… ? リスナーさん ? 」

「誰がリスナーだよ ! オレオレ俺だよ ! って詐欺じゃねぇし !! 

 ハランに『ドラムで加入出来る』って今メール来てさぁ」

 彩と霧香が「んん ??? 」っと顔を見合わせる。

「あの、ハランに頼んだのは、なんて言うか……会話の……」

「通訳だろ ? 日本人同士で何が喋れねぇだよしっかりしろ。ほんで丁度ドラム募集だからメンバーに入って欲しいって話だろ ? 」

「待って待って !! 情報量多いし ! そんな一気にまくし立てないでよ !! 

 サイは凄く繊細で人見知りなんだから !! 」

「おめぇは子離れ出来ねぇオバサンか ! 」

「オバサンじゃないもん !! 寧ろ今から男もやるもん」

「男もヤる !? こっわぁ」

「とにかく黙んなさいよ !! サイが逃げちゃうでしょ !! 」

「逃げちゃうって、野良猫じゃあるまいし ! なぁ ? 」

「ね ? サイ ! 」

 そして二人、彩のいた方を向き……声を上げる。

「「居ねぇっ !! 」」

 あまりの煩わしさから、彩は再びサラダバーへ出港していた。

「おい、帰ってこいよ ! バンドの話すんぞ」

「いやいや、ってか。あんたは何っ !? 通訳だけじゃないの !? 何でよ !? 」

「はぁ !? だから〜おめぇらドラム探してんだろ !? 」

 そういい、ウェイターはハランから来たと思われるメッセージ画面を突き出した。

『ハラン『ドラム募集してる奴ら、今そこにいるから声かけてみて。青い髪の女と、幽霊みたいな男。男の方、上手く喋れないから面倒見てあげて』』

「うわぁ。マジか。んな急な……。

 だいたい……今、結成の話したばかりだし、コンセプトはサイに任せる流れになったし……」

 そこへやっと彩が戻ってくる。

「「遅いよ ! 」」

「あ ! しかもテメェ、よく見たら単価の高ぇ野菜ばっか取りやがって !! 」

「……トマトは俺の嫁」

「なんだよ、こいつ普通に喋れんじゃん !! トマト、嫁ぇ言ってっけど ? 」

「あの、だからぁ〜 !! サイはわたしが苦手なの !! 」

 何から説明すればいいのか……せっかく彩と話がまとまったところなのに、更に重なるイレギュラーに霧香は頭を抱えてねじれ出す。

 だが、分からないのは彼の方で、彩に助けを求めるように視線を送った。

「……………苦手なのに……一緒にバンド……… ?? はぁ ? どういう事 ? 」

 彩はフォークを手に取り皿を手前に寄せると、そのウェイターを見上げて溜息混じりに声をかける。

「とりま着替えて。サラダ食べて待ってる。

 稲野 恵也さん」

「あれ ? なんだ。もう知られちゃってんの俺 ? 」

「多分、この街のバンド界隈であんたを知らない奴いない 」

「あー……まぁそうかもな。

 んじゃ、着替えて来るから ! 逃げんなよ ! 」

 恵也は霧香に勝ち誇った様な顔でニヤつきながら着替えに消えていった。

「何あれ !? チョー嫌い ! 」

 霧香のプリプリした態度が……いや、二人のやり取りが、この時彩には面白可笑しく見えた。

 □□□

「あいつは稲野 恵也。臨時ドラムでよくライブハウスで見かける。ライブ当日急に出れなくなったドラマーの代わりにひょっこり出演する画期的なスグレモノ」

「へぇ〜」

 結局、まだ未会計のまま二人はテーブル席にいる。

「どこにも所属してない。飽きっぽいんだ。練習嫌いでほぼライブだけやりたいタイプ」

「ん、えと……それで、何があいつ有名要素あるの ? 」

「実力だよ。だって知らないバンドに呼ばれて楽譜確認して、その日のうちにステージに立つんだから。ミスもない。

 恵也の兄貴はプロだけど……その話は本人の気に触るから、聞かない方がいいかもな。死んだんだ。だから」

「そう……なんだ……」

 彩は未だ霧香と目も合わせないが、徐々に喋れて来ている。

「サイとしてはどうなの ? ハランの言うまま、あいつと組むの ? 」

「実力は問題ない。問題はコンセプトに悪影響を及ぼすようならやめて置くけど……」

「そうそう。それで、そのコンセプトっていうのは…… ? 」

 そこへ、着替えを終えた恵也が戻ってきた。

「ほい、詰めて詰めて」

 ドリンクバーのグラスを持ち、彩の椅子に押しかける。

 思わず霧香は彩と並んで座る恵也をまじまじと見てしまう。

 飲食店勤務だからか髪はさっきまで束ねていたが、解いたらあらぬ方向に跳ねる髪。袖から見える腕は筋肉質なのに、洋服は全体的にカジュアルでデニムはダボッとしている。線の細い彩と並ぶと、倍の大きさにも見えるようだった。

「ほんで ? 今日結成 ? 記念日じゃん ? 話、どこまで進んでんの ? 」

「どこまでと言われても……」

 霧香が彩を伺う。彩は頷くと、恵也に向かって同じ事を言う。

「今からショッピング行こうとしてて」

「あ ? ……なんで ? 」

「それなんだけど。

 メモするから、恵也とキリで買ってきて。用意できたら俺の家に来て。住所書くから」

「なにこれ ? スカート ??? え ? 俺、こいつの買い物に付き合うの !? やだよ ! 」

「ちょっとサイ ! わたしもやだよ ! 」

「男が好きそうなものじゃないと駄目だから男が選んだ方がいい。迷ったら画像送って」

「何でサイは一緒じゃないの ? 」

「俺はこれから生配信してくる。宣伝用のゲリラ配信。

 そこでコンセプトとメンバー二人の加入を発表する。名前は伏せて、後から公表する。

 その後、三人で配信用の音楽撮って、公開生配信する」

「公開 !? どこで ? 」

「黒ノ森の隣にスタジオブースがあるだろ ? 防犯上、中が見えるあそこは丁度いい」

「夕方、ライブするって事だよね ? 」

「ああ。その時と、キリが帰宅する時の服も買ってきて。

 試着した時写真撮って送って。髪は束ねて。シルエットだけ先の配信で写すから。

 キリ、六弦弾けるんだよね ? 」

「うん。大丈夫」

「もし時間が無かったら俺の持ってく。

 十六時迄に俺のアパート迄来て」

 そう言うと、彩は慌ただしく帰って行った。

「マジ…… ? 」

「せめてちゃんと説明しろよな〜。

 なんか時間ねぇみたいだし、俺らも行こうぜ」

「あ、うん」

 そして恵也がテーブル席を見て「あ ! 」と声を上げる。

「あいつ ! 俺に金出させる気かよ ! 」

 伝表がベロリと置かれたままだった。

「いいよ、わたし払うし」

「いやいや、こーゆうの普通あいつが払うだろが。ったく……」

 そう言いながら恵也は会計に向かう。

「え、払うってば」

「んじゃあ、超有名になったらヒモになるから、今日は俺が出すぜ」

「最低なご馳走様……」

「それより見ろよ、この買い物リスト。ちんぷんかんぷんなんだけど俺」

 彩が物思いにふけっていた時を思い出すと、霧香には何となくその全貌が見えて来た。

 スマホを取り出し、SAIのSNSから今日の配信サイトを確認する。

「十五時からアバター配信サイト、十七時からYoutubeで公開生配信。場所も出てる……」

「マジでっ !? 」

 そこへ、着信。

「ウゲ !! 」

 蓮からだ。

「は、はい」

『お前、今どこいるの ? 

 っていうか、何 ? うちのスタジオレンタルされてんだけど ? 』

「あー……あーッとね。なんかバンドメン募どころか今日からもう活動で今からヤラセの配信と買い物で忙しいし……」

『ごめん、何言ってるか全然分かんないんだけど』

「だ、大丈夫だよ。うん。普通にレンタルして楽器弾くだけだから」

『はぁ……』

 返事も無く、溜め息だけで通話を切られる。

「誰 ? 」

「泉 蓮。知り合いなの。急にスタジオレンタルしてどうしたんだよって文句」

「でも、レンタルしたの俺らじゃねぇしなぁ ? 」

「しょうがないじゃんね !? わたしたちもなんも聞いてないんだからねぇっ !!? 」

「それなー。ほんと分かんねぇわ。

 まぁ、今日ドラム叩けんなら気合い入れてくぜ ! 

 まずは服屋だな。えーと……『Dream Rabbit』……え、あの店に行くの ? 俺が ? 」

「しょうがないじゃん ! サイが着ろって言うんだから ! 」

「え !? お前の意思とか尊重されないの !? 」

「わたし、その店知らないし。なんかワクワクしてる ! 」

「……………………………………………おめぇ………店の前に言ったら、多分意見変わるぜ……… ? 」

「なんで ? だってわたし男装するんだよ ? 」

 □□□□□□

 通りを徒歩で十分歩いた先のアパレルショップの複合ビル。オシャレきらめく流行テナントの一角に、突如出現した夢の中のような……いや、何か可愛いとやり過ぎの狭間のようなショップが入っていた。

 テナントの床面積は広いはずなのに溢れるラブリーなアクセサリー、うさぎのぬいぐるみ、プリティなバッグに埋もれて入口しか見えない。洋服は更に店の奥にあるようだ。

 この店だけで全身丸ごとコーディネート出来る、夢みる乙女御用達の『甘ロリ専門店』である。甘ロリは白やピンクの、いかにも天使のような清純系の色合いで構成される洋装ロリータ服である。

「……」

「……」

 恵也は霧香を見下ろす。

 霧香は別段、店の商品には「可愛いね」くらいの感情はあるようだが、不思議そうに眺めるだけで入ろうとしない。

「はい。到着っすよキリさぁん」

「店、あってるんだよね ? 」

 思わず恵也に確認する。

「『Dream Rabbit』だろ ? あってるぜ……」

「え……と、間違ってない ? わたし衣装で男装するって言ってんじゃん ? 」

「電話してみるか ? 

 ………….………駄目だ。繋がんねぇ」

「もしかして、もう配信始まってる !? 」

 霧香がアバター配信サイトを開くと、既に彩は配信を開始していた。だが、多くのアパレルショップからのBGMと雑踏音でヴォリュームを上げても聞こえず、ワイヤレスイヤホンを取り出す。

「おい、片方貸せよ」

 霧香と恵也は一先ず通路の反対側、吹き抜けになったエスカレーター横の椅子に座り配信を見守る。

 現在の視聴者数『1206人』。だが時刻は既に十四時過ぎ。学生たちの放課後に突入。また十人、さらに二十人とドンドン増えてゆく。

 コメント数は『5000件』。全員が言いたい放題で流れ行くコメントを目で追うのは不可能に近い。

 アバターは、喋る蛸がウネウネと身振り手振り忙しなく動いているだけだ。

『……それでね。今日、本決定したんで、これから別の動画サイトで演奏とかお披露目するって感じで……(ワーパチパチ♪)あ、応援有難うございます。

 それでねー、色々考えたんだけど、個人的には俺と正反対にしたくて。全部。

 え ? メンバー ? それは最後に少しだけお見せします。公表は夜まで待ってね』

「こいつの視聴者数この時間でこれかよ。お前も多いんだよな ? 

 おい、もうつべこべ言わず買ってかないと間に合わねぇんじゃねぇ ? 何か他の用途で使うんじゃねぇの ? 

 次の『コンバットチキン』は完全に男向けの店だし……なんか理由あんだろ ? 」

「う、うん。そうかも」

 二人は慌てて店の前に戻る。

「オーダーは白系で纏めて、ヘッドドレス ??? も欲しいって。あとは靴も。

 よく見りゃ全身丸ごとだぜ ? 」

「うわー、ふわふわで可愛いね」

 霧香は目の前にあったうさぎのぬいぐるみを持ってみたが……

 バサバサ……

「え…… ? 」

 服と繋がってた。

 ウェストにうさぎが引っ付いてるデザインだった。

「え ? それがいいの ? 」

「あわわ。ち、違っ ! 

 え、えーと、白系で…… ? 」

 霧香がこんがらがってる側で、恵也は店員を呼ぶ。

「はぁい」

 店員完全にオフの日はギャルっぽいのに、ちゃんと店に合わた服で仕事してる。

「白系でこの子に似合う服を、全身選んで欲しくて。靴も全部」

「かしこまりました〜。他に好きなモチーフとかございますか ? リボンとか光り物とか」

「あ、いや。えーと、もしかしたら衣装に使うかもしれないんで、派手目で」

「わぁ〜衣装ですかぁ ! じゃあベースはこの新作のワンピに、パニエとヘッドドレスもお付けして……髪がお綺麗なので、変に色味は入れない方がいいかもしれませんね。小物で少し出す感じで……」

 霧香はキョロキョロ。初めてデパートにきた子供のように。なんなら既に飽きている。

「じゃあ試着いいですか ? 」

「どうぞこちらです」

「霧香、写真撮っておくらなきゃ ! 」

「キリ、でいいよ」

「いや、俺もケイでいいけども ! 早く着替えて ! 」

 イヤホンから聞こえる小出しではあるが、彩のタコ入道が言っていることで、何となく察しがついてきた。

『それで、前から知り合いだったんですけど、まぁ〜ここで言ったら分かっちゃうかな ? ベース有能でさ。

 いや他にもドラムもいるんですよ。

 ほんと三人で改まって喋るの、初めてに近いからね』

「髪の毛上げて」

「今束ねる ! 」

『実力やばい。流石、ハランの紹介だなぁって。……あ、そうなんですよ全員ハランが共通の知り合いで。

 一応、お知らせもあるんですけど……』

「写真OK !! 俺、荷物持ってくから、先にコンバットチキン見てて ! 上の階 !! 」

「はーい ! 」

「黒でイカついやつな ! 」

『YouTubeとかブログの初心者向け動画なんかはこれまで通り配信します。

 それで、この今のタコ配信は、俺のソロの小ネタ配信になりますかね。

 音楽関係とかギターの投稿もYouTubeでやろうかなって考えてます。他のショート動画サイトは今の所未定なんだけど、顔出しとか演奏とかはYouTubeメインで。

 で、もうチャンネルあるんで登録お願いします』

「帽子も欲しくね !? グローブで手隠さないと、すぐバレるぜ !? 」

「この袖、弦に触る気がする」

「スイマセーン ! 似た感じのテイストで半袖ありますか ? 」

「こちらか、こちらはいかがでしょうかねぇ」

「うーん。こっちかな。

 よし、写真 ! 」

『あ、そうですチャンネル名が未定のタコになってるけど、実はバンド名もまだ決まってないんですよ(チャリーン♪)あ、ありがとうございます。そう。だからそういう意味でも初々しい配信なんで、皆んな来てくれるといいな。

 勿論演奏も……デビュー作って訳じゃないから試奏程度だけど、セッションあるんで。結構、楽しめると思うんだよね』

「よし、買えたな !? 」

「うん。もうヘトヘト。っていうか荷物ヤバイよ」

「しょうがねぇ。タクシーで行くか」

『あとここだけの話、その二人のやり取りがなんか面白てさ。

 仲悪そうなのに、案外感性同じなんじゃないかとか思ったりしてさ(〜〜〜♪)あ、時間だ』

 タクシーに荷物を詰め込み、運転手に彩が書いた住所を見せる。

「……ここ、光の里の敷地にあるアパートですよね ? 」

「光の里 ? 」

「はい。児童養護施設ですよ」

「え……養護施設 ? 」

 霧香も恵也も一瞬はポカンとしたものの、なんだか目まぐるしいスケジュールに終われ、深く考える余裕はなかった。

「ええ。行先にお間違いありませんか ? 」

「はい。大丈夫です」

『では、あっちのチャンネルで、待ってま〜す。夕方5時からね〜』

 プツンと配信音がきれた所で、恵也はイヤホンをザザザと服でふいてから霧香へ返した。

 その後は二人とも無言だった。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 黒と白の重音   40. 三色菫

     集まったユーザー達は皆、思い思いにワールドを満喫する。 広いフィールドで鬼ごっこを始める社員。公式に雇われたゲーム実況者は先行配信で各所を体験し、魅力を伝える。日本版しか知らない関係者は海外のワールドも行き来し、違いを比べ回る。ちょっとした小旅行だ。 海外に展開した支部の社員とも合同交流。 どちらかと言うと、本日は試験的なニュアンスが強いプレオープン。 関係者同士で繋がる人脈。 全員が使用出来るサービスを利用し尽くし、フィールドを余すこと無く把握する。 そこへ響き渡るギターの開放弦のロングトーン。 ジャーーーーーーンッ♪……ギッ !! ステージに現れたシルエットに、見に来ていたミミにゃんは咲と合流していた。「始まりましたね……皆さんのアバターと比べて、モノクロは本当にリアルなアバターなんですね。生き写しみたい……。 さ、咲さん ? 」「お姉さん、感動と緊張で泣きそう ! 」「まぁ……そうですよね……。これからモノクロは世の中に旅立つんですね……」 希星のピアノがイントロを奏で出す。『LEMON公式アンバサダー モノクロームスカイ ! 』 ステージの蹴込みにデジタルで流れる紹介文。 奏でるSAIのギターとKIRIの相棒 マシンの重低音。 恵也のドラムにリズムを刻む蓮のベースとハランのギター。 第一曲目は、ゲソファンファーストとしてSAIとKIRIのペアをメインとしたロックナンバー。 フィールドにいる関係者は勿論、ショッピングワールドにいた者もイベント開始のデジタル広告を見てフィールドに戻る。 ステージに近付くにつれ音が大きくなるのはリアルだ。 激しく細かいリズム。 音色の質。 アバター動作と音のタイミング。 全てにおいて完璧に表現されている。

  • 黒と白の重音   39.夜空 - 4

    「で ? 結局白紙同然に戻ったのかぁ」 南川は器用にホッケの骨を箸で剥ぎ取り、皿の隅へ寄せる。 手にはスマホ。相手は彩だ。「ま、急がなくていいよ。日本のライブステージでモノクロの音楽やるのが初日のスケジュールだし……ゆっくり悩んでよ」 南川はそれと同時にテーブル横に置かれたパソコンで X を見ていた。「それにしても……やってくれたね。ヴァイオリンでゲリラライブ ? 結構、噂になってるよ。『謎の看板の女性の正体は』だってさ。さっきまで『謎の看板』がトレンド入りしてたんだけど……今は消えちゃったね」『す、すみません……』「いいけどさぁ。凛さんからアドバイスもらって来たよ。 まず、YouTubeのモノクロの音楽動画とお部屋紹介動画だけど、音楽の方だけ公開してくれるかな ? あとは霧香さんのインスタ。 もうみんなモノクロの認知度はあるから、公開していいよ。 カメラの設置がおわったら、お部屋紹介動画も解禁で。 他のイチャイチャしてる動画は最後に再アップロードでいいかなって」『そうですか』「理由はまだ、モノクロとLEMONの結び付きは世間一般ではされてないから。 そのくらいはそろそろ公開しましょうということらしいです」『分かりました。ちなみに、アップロードしておいて欲しい動画とかあれば撮りますけど、何かありますか ? 』「あー。やっぱり霧香さんメインでの、MVかな。歌より構図にこだわった感じの。ゴシックの世界が伝わるようなセットでね」『成程。分かりました』「楽しみだよ。LEMONのリリースが」『はい。俺達もです。 ……あと、そう……ですね。南川さんのアドバイスは、いつも的確なので……単純に凄く尊敬してます』「ははは ! なんか君み

  • 黒と白の重音   38.夜空 - 3

     翌日夕方。 非番の黒ノ森楽器店の天使組、希星、そしてゲソの二人は、恵也がファミレスを辞めたと聞いて驚く。「れ……LEMONの成功も確定じゃないし、見切り発車過ぎない ? 」「ちげぇーよ。転職だよ ! 」「天職 ? そうは言いきれないよ……」「違う ! 天職じゃなくて、仕事変えるの ! 転職 ! 」「え……あぁ。そうなんだ」「もう決まってるの ? 」「ここの住宅地のすぐ抜けたところ……李病院の近くに和食屋があるんだけどさ。そこでランチの時だけピンチヒッターすることになって」「ピンチヒッターって……すぐ出来るもんなの ? あそこ結構、広いし客多いしさ。今までもホールだったのに ? 」「最初は掃除とかホールだと思うけど。夜は居酒屋になるじゃん ? その時の仕込みを手伝う感じ。裏方作業のピンチヒッターだよ」「休みとか……厳しくないか ? 俺らは樹里さんの紹介で黒ノ森にいるから自由が効くけど……」 蓮とハランに関しては、夕方から客寄せパンダに変わる。だが、店長や樹里も事情を知ってのことだ。勿論休みの自由も効く。 しかし、飲食店となると昼、土日と小さな繁忙期が永遠に続く。恵也の行く店は割と繁盛しているから余計にだ。「でもさ活動拠点、俺たち暫くLEMON内だろ ? スタジオ行くにも、家から出て移動時間とかあるわけじゃないし。 これから私生活公開するのに、フリーター呼ばわりされんのも嫌だしさ。それに、あのファミレス客来ねぇんだもん。レビューもコメントも悪いし……」 霧香が初めて彩と待ち合わせした時を思い出す。「そういえば、昼時でも他の店に比べてお客さん少なかったね」「今、事業縮小とかしてるから、あそこ引っかかりそうなの。単純に飯が不味いんだよ。 そうなる前に辞めて来た。っ

  • 黒と白の重音   37.夜空 - 2

    「え、そのケース……二台も入るの ?! 」「ダブルケース。普通に売ってる」「は、初めて見た。……なんでバイオリン ? 」「この公園、音出せるから。まだ人も多いし……。チューニングだけ魔法でお願いしていい ? 」「いいけど……ここで弾くの ? なんか……人もいるし。恥ずかしい」 霧香が手のひらをバイオリンに向けてそっと撫でるような動きをする。弦がしなり、ペグがグリリと巻き上がる。「わたし指切っちゃうかも……。それに魔法使い続けると……血が……」「多分、夜だし一瞬の出血くらいは見えない。それに血なら……別にいい。齧られても別に……痛くないし……」 彩が自分から提供を許すとは、霧香は少し驚いた。しかし彩は霧香のペースを無視し立ち上がると、早速弓を滑らせる。 真向かいにいた落ち着いた雰囲気の恋人二人が演奏に気付き、一瞬聴き惚れる。すぐに二人だけの世界へ帰っていくが、その瞳は先程より楽しく、甘く……情熱的に。 霧香は真横で彩の音を聴きながら、ぼんやりと恋人達を見つめる。 音の効果と言うのは絶大だ。 音魔法じゃない。もっと単純な事。彩の実力の範囲内といったところだ。そもそもソリストとして、学生時代から活動していた実績がある。その夢は潰えても、消して音楽は辞めなかった。 それがブランクとならず、今も彩を支えている。「……キリ…… ? 」 いつまでも鳴らさない霧香に彩が顔色を伺う。「あ、ごめん……すぐ入る」 霧香は何故か彩の音が今までより違って聴こえた。 自分も見計らった場所から音を入れる&helli

  • 黒と白の重音   36.夜空 - 1

     自分の部屋に戻って作業していた恵也が、夕食の為リビングに行くとシャドウと蓮しかいなかった。「あれ ? サイまだか。部屋行って呼んでくるわ」 座りかけた椅子から立ち上がろうとした時、食事を運んできたシャドウが恵也を止める。「サイなら、ヴァイオリンを抱えて出ていったぞ 」「え…… ? まじ ? ……結構作業残ってたはずなんだけど……気晴らしにでも行ったのか…… ? 」「今、なんの作業してるんだ ? 」 蓮がシャドウから受け取った大皿をテーブルに置き、恵也に聞く。「サイはLEMONのLIVEで何を歌うかとか、南川さんと打ち合わせしてて、俺はYouTubeに上げた動画をリメイクしてる。 あと個別プロデュースの件、俺は決まったらさ。みんなに伝えるようにイメージ的なものとか選曲とか知識を掻き集めてて……先生も見つかったし」「そうか」「キリとハランもまだ……か。夕食は食って来るって言ってたんだったな。 じゃあ、俺たちで先に食おうぜ ! 今日も美味そうだ〜 ! 」 三人が箸を持った次の瞬間、ガチャリと言う音が響く。 リビングのドアはストッパーが下ろされ開放している。その廊下の先、玄関の扉の音がしたのだ。 彩が戻ったのか ? 何故なら、霧香とハランにしては会話が聞こえても来ないからだ。 恵也は箸を置くと、エントランスへ向かった。「あれ ? キリは ? 」 帰ってきたのはハラン一人だった。 コンビニのビニール傘を畳みながら、気まずい雰囲気で恵也を一瞥する。「あぁ……。ん、ただいま」「え ? え ? キリは…… ? 」「あー……。ちょっと俺が……キリちゃんを怒らせちゃって

  • 黒と白の重音   35.紺鼠 - 3

    「ハラン、ありがとう」「ゴールドのフレームは青い髪にも似合いそうだね。早くいつものキリちゃんが見たいよ」 家では変装はしていないのだが……。家を出てから、ハランの口振りには何か定型されたような癖がある気がして、霧香はなんだか違和感を感じていた。 その違和感とは、いつも生配信など撮影の時に使われる表の顔と口振り。まるで決められた台本を読むように。「ライブハウスはどこなの ? 」「この先の繁華街の地下にあるんだ。ホワイトミントって所。 音ビルで一番規模が小さいところだよ。あそこは200人入れるかな。ギリギリ200って感じ。 京介に話通してあるからステージの袖の方から見れるよ」「え ! いいの !? 出演者にお邪魔じゃないの !? 」「大丈夫。相手も駆け出しだから、関係者繋がりは寧ろ是非見てくださいのスタンスだよ」「へぇ〜太っ腹だね邪魔にならないようにしなきゃ」「開場まで時間あるし、お昼にしようか。何食べたい ? 」「えっと……。じゃあ、服に臭いとか付かないところがいいのかな ? 舞台袖でも、スタッフさんいっぱいいるだろうし……」「あぁ、なるほど。そうだね。 じゃあ、お蕎麦なんてどう ? 」「あ ! 食べたい ! 家じゃ流石にシャドウくんも蕎麦はコネないしね」「あはは、そりゃそうだね。お蕎麦難しいって聞くし。 でもシャドウ君は本当に働くよねぇ。猫だなんて思えないよ」 タクシーに乗ってからも盛り上がる。「でも料理好きだし、頼めばうどんはコネてくれそうだよね」「シャドウ君のうどんか……力あるからな〜。凄いコシになりそう」「でもわたしコシが強い方が好き ! 」「ほんと ? 俺は鍋とかに入れて二日目のフニフニのうどんが好きだなぁ」「ハラン、顎だけお爺ちゃんなの ? 」「違うよ ! もう〜」 

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status