LOGIN霧香と彩は翌日、昼十二時にファミレス前に集合となった。
動画の炎上のこともあり、霧華は不安だった。やり取りはDMや楽譜のデータだけだったし、ディスプレイに写る彼しか知らないのだから。 それは彩も同じはずだが、彼の場合は期待の方が大きいかもしれない。 道行く全員が霧香の前を通る度に、二度見するよう振り返る。 そして意外にも、霧香のファッションにもあった。 スタッズの付いた黒のシャツに黒のレザーパンツ。全身黒にアクセサリーてんこ盛りとはなかなか痛々しいはずなのだが、それで絵になってしまうのが霧香……いや、ヴァンパイアの恐ろしさでもあり魅力でもある。 「あの……」 そこに、通行人の一人が霧華のそばで止まった。 ギターケースを背負った二十歳程の男性。 彩だ。 「こ、こんにちわ。SAIさんですか ? 」 「はい………にちわ……」 整った顔立ちではあるが、肌は青白く、カラーで脱色した白い髪が更に彼の印象を儚いものにしていくかのように。それ故にインパクトが無く、幸薄い感じもする。 服装も白いシャツに白いパンツ。清涼感100%を擬人化したようだ外見だった。 「えと……『KIRI』です。 今日は来てくださってありがとうございます ! あの〜、動画の炎上の事も……謝りたかったんですよ」 「あぁ。あれは……別に……。はい。大丈夫だったんで……」 彩は霧香と視線も合わせず、幽霊の様な白い顔で……いや、真っ青な顔で下を向いたまま消え入るような返事だけを返している。 これには霧香も少し落ち込んだ。 もしかしたら、自分がギタリスト SAIのバンドのメンバーに見合わない様な、外見や実力なのかと自信が揺らいだからだ。 いくらヴァンパイアでも、中には自分に好意を持たせられない人間も存在するのだ。 「……あの、とりあえず、中に入りますか」 「はい……」 彩はもう霧香のことがどうでもいいかのように、歩きがフラフラとして生気が無い。 通りに飲食店が多いせいか、ファミレスには若干の空きがあり、直ぐに通された。 しかし、切り出すしかない。 例えSAIが自分の事を「期待外れの女だった」と思っていても、よく考えればこんな態度をとるのはあまりに失礼である。 自分も今まで望んできたSAIのイメージと切り離し、今日は実物の彼と話していかなければならないと覚悟する。 「改めまして水野 霧香です」 「あ……深浦 彩です……彩って書くんですけど……アヤじゃないから。 気軽にサイでいいよ」 「 へぇ〜……SAIって本名だったんだ。 わたしもキリでいいよ。 あの……バンド……組みたいって、本気で言ってました ? 」 今日はこの話が目的。先日彩から切り出してきた『会って話しませんか ? 』というメッセージについて話す訳だが、どうにも彩は未だ俯いたまま霧香と目を合わせようともしない。 こうなると、霧香も変に深入りしない方がいいのかと考えがよぎる。 しかし…… 「ベースの……」 「え ? 」 「動画……いいね……」 彩は蚊の鳴くような声で喋り出す。 「あ、ありがとう」 「俺、多分……全部観たと思います……」 どうやら、嫌われてはいないようだ。 「えぇ !? ありがとう ! でもサイのギター動画、リスナーさんも多くて羨ましいよ」 どうにかテンポを掴みたいところだが、舞い上がった後に凹まされた霧香では、まだまだ頭が回転しない。 「そ、そんなSAIが今日会ってくれるなんて、わたし超嬉しくなっちゃって。昨日なんかもう、眠れなくて眠れなくて」 普通に言ったら完全に口説きにいってるファンの一言だが、霧香はこれで彩の反応を見たいだけだ。 困るように引くのか、それはそれで嬉しいのか。 しかし脳内がパニックになっているのは、実は彩の方が遥かに上であった。 「……俺、実はトークが。無理で……。 VTuberとかは俺自身の姿じゃないし、YouTubeは目の前に人がいるわけじゃないし……」 そう。 深浦 彩。 天才的な音楽センスを持ちながら、社交性0、愛想0、トークスキル0、友達0のガッツリ根暗男である。 つまり、自分で霧香を誘って起きながら、実は人見知りしている ! 「い、今はもう……ちょっと……キツくて……吐きそう……」 メニューを持つ手が震えている。 それを見て、霧香は安堵と緊張と絶望から開放された様にスーーーンと肩が下がる。 「……良かったぁ。人見知りかぁ。 そういえばハランからも人見知りのことは聞いてたのに……なんかすみません」 「あ、いえ……それもなんだけど……」 彩がなにか言いかけたところに、運悪くウェイターが注文を取りに来る。 「っしゃいませー。本日のおすすめいちごパフェでございま〜」 「アイスティー」 「俺はサラダバーを」 ウェイターが下がる。 「……サラダ取って来る」 「あ、うん」 かれこれ三分後、彩はようやく戻ってきた。人の居ないサラダバーの前を、ウロウロ三分とは長い方だ。 「野菜好き ? 」 「ベジタリアンで……。 それで、動画のことだけど……」 会話がちゃんと続く事に、霧香は少し安心した。 「何から話せば…… ? ええと、端的に言うと……俺、ホストやってて……」 「…… ??? あはは。嘘だぁ〜 ! 」 「…………なって……」 「え?何っ !? 聞こえなかった ! 」 「昨日、クビになって……。俺、下戸だし……喋れないし。 それで俺……そもそも女性苦手で……」 どうして入店したのか謎である。 「……あ、あぁ〜。大変……だよね ? お酒も飲むし ? 接客業って。ねー」 「つまり無職で……また……」 「『また』か。そうなんだ。わたしもそんな感じだけどね……。職探し中って言うか。えへへ…… 」 霧香はフォローしにくい話題には敢えて触れず、動画の話を聞き出すことにする。 「サイ、結構人気だよね。仕事として出来るんじゃない ? 動画クリエイターとかネットミュージシャンって」 「勿論、視野には。それでまずは、ベースとドラムを探してて」 話が繋がってきたが、どんどん彩の顔色は悪くなるばかりである。 ベース探してて霧香に声をかけたのだから、「じゃあ、私が弾きましょうか ? 」と霧香が言い出す流れではあるが、どうにも熱意の無さそうな彩に霧香も戸惑いを隠せない。 「それで、私はどう ? 実力不足でなければ……是非って、思ったんですけど……」 「あの……それなんですけど。 俺としては、嬉しい限りではあるんだけど。ちょっと……問題があって」 「問題 ? 」 「さっき……女性苦手って言ったじゃん ? KIRIの動画……ベースとレザーグローブの手元だけだったから。てっきり男性だとばかり……勘違いしてて」 「えっ ? 」 彩。 まさかの。 ガチ女嫌い。 「待ち合わせ場所でキリが予想通りのファッションで立ってるのに、性別は予想の真逆で…………………ゾッとしました」 「ゾッと…… ? そ、そんなに…… ? なになに !? それでそんなにテンションが低いの !!? よく見りゃ顔真っ青じゃん。 えぇ…… ??? それって生まれつきって言うか、元から ? 」 「生理的に。 今も限界ギリギリで。ほんと何年ぶりに会話のキャッチボールしてんだろ俺……」 本当は。 自分を捨てた母親。そして施設でも権力の強かった寮母と『口達者』な年上女子が、彩のトラウマの原因であった。 だが、始めからそう重い話題は彩も避ける。 「え〜 ? 駄目だよ、そりゃ。そりゃクビになるよ〜。店長、正しいよ」 「ん……。まぁ、俺もちょっと……選職間違っただけっていうか……」 「そだね。間違ったね。 ねぇ、ホントにダメ ? 待ち合わせで会った時より今、わたしと喋れてるじゃん ? 」 霧香としてもSAIとバンド活動出来るというのはプラス要素でしかない。ファンは多いし、実力は勿論、送られてきた自作のデモもセンスが良かった。 「そういえばキリは話せる……かも……。変に女っぽく無いし……。キャーキャー騒がないし……」 「その女のイメージも随分偏ってんね。 わたし別にファンとして来たわけじゃないし。お互い音楽家としてお話出来ればな〜くらいだもん。 でもバンドの話は興味あるよ。ねぇ、男友達みたいに話していいよ。 キリとか言ってないで、オメーって呼んでくれてもいいし、全然」 「……いや、でも。見た目がもう……」 どんなにボーイッシュに着こなしたところで、霧香が美少女であることに変わりがないのだから仕方がない。 「見た目はこれ以上どうしろと……。普通にパンツスタイルだしさ。 でも、動画じゃ大丈夫だったんでしょ ? 要は身体付きや声色がダメなんだよね ? 」 「うーん。そういう事になるのかな ? 今、女性と喋ってるだけでも、凄いんだけど俺……」 身も蓋もない言い方をすれば、それは霧香がヴァンパイアだからである。そしてそれ以上の感情にならない事は、彩が元からとんでもなく女性が苦手という表れでもある。 「うーん。最終手段だけど、やるしかないか ! 『ねぇ。今わたしの声、男性の声に聞こえるでしょ 。これなら大丈夫 ? 』 SAIは多少はびっくりしたものの、考え込んだ。突然魔法を使うのは不味かったかと思いつつも、これで解決するならVTuberのようにアバターを作って男性として活動しても構わない。 彩はふと、顔付きが豹変した。 ソリストが時折見せるような、険しく神経質そうな面持ちである。 「……両声ボーカルは少なからずいるから……珍しさはどうか……。個人的には女性声よりやりやすいけど、バランスはどうなんだ ? 」 霧香は突然音楽モードに切り替わった彩をそっと見守るようにして思考の答えを待つ 「曲調を選ぶようになる。……見た目の性別は…… ? もっと個性的に……。 キリ、男装は出来る ? 」 「別に構わないよ」 「じゃあ、ロリータファッション……甘ロリの様なリボンやフリルの服も大丈夫 ? 」 「え !? ま、まぁ大丈夫だけど……それは苦手なんじゃないの ? 」 彩の口から出るのは、つまりSAIと組む為の条件みたいなものである。しかし霧香も引かない。他のバンドにSAIを取られるのは避けたいのだ。売れるのは分かってる。 「ねぇサイ。ここから斜め前にいる女性はどう ? 」 女性苦手も、種類があるはずだが。 「いや、俺は別に同性が好きなわけじゃないんだけど、やっぱり女性ってだけで苦手で」 「あのお婆さんでダメなのか。手強っ ! ま、最初から男性二人のユニットって嘘つくのも面白いかもね……って、どこ行くの !? 」 彩、また席を外すところだった。 「サラダバーを……」 「サラダはちょっと置いておきなさいよ ! 」 「これ今日の夕食分も食い貯めないとならないし……」 「……分かった。もう早く行ってきてっ ! 」 霧香はスマホを取り出すと、一先ずはハランに無事合流した旨を伝えた。「ピアニスト ? 中学生の子 ? ど、どうかな…… ? 」「やっぱり押しかけ禁止っすかね ? 」「あー……いや、そんな事ないと思うよ。 ただ、楽屋にはお母さんも来てると思うんだけど……厳しい人だから……。 一緒に行くわ」 そう言い、真理は楽団員で溢れかえる廊下へ霧香と恵也を通す。途中「モノクロだ ! 」と声が上がり、霧香は会釈を返す。ここにいる数十人があの公開配信に来てくれていた人間達だ。「この部屋よ。 わたし、ここで待つね。嫌われてるの」 真理が霧香にゴメンのポーズ。 霧香は一度深呼吸をするとノックをするが、鉄製の防火扉のような作りだ。中に聞こえるはずもない。 仕方なく、数センチ開けて声をかけるしかないが……。「なんなんだ ! 今日の演奏は !! 」 とてつもない女性の声量と罵声に思わず肩が飛び上がる。「ご、ごめんなさい ……ごめんなさい」「くだらない演奏すんじゃないよ ! 何やらせても駄目だな」 それと同時にパンッと乾いた音が響く。 霧香はドアノブを見つめたまま、固まってしまう。だが、廊下の雑音は中にも届いている。 扉が空いていることに気付いた母親がガバッと扉を開けると、霧香にキツい視線を向ける。「あらやだ。 何か御用でしょうかぁ ? 」 突然の豹変に霧香も恵也も硬直する。「あ、あの希星さんの演奏が素晴らしかったので、少しお会いできないかと思って」「あらーありがとうございますぅ〜。じゃあ、私はお邪魔かしら ? 」「いえそんな事は……」「どうぞ」 母親は扉を開けると、機嫌良さそうに出ていった。 あの母親がどんな人間か、大人なら誰でもすぐに理解出来る。「青い髪のお姉ちゃん
□□□「ここでやるんだね。お客さんと楽団の人が一緒にトイレとかロビーに溢れてるの不思議だね」「確かにな。根本的に団体競技だし、ファンが殺到するって無いのかもな」 殺到することも勿論ある。 だが一般の楽団員に限っては追っかけなどはいない。 複数の人間に囲まれている奏者はいるが、恐らく部活の後輩や、友人知人、そんなところだ。「ピアノまだやってるかな ? 」「十二時までだろ ? 今、十一時。最後の二、三組くらいじゃね ? 」 二階に上がり、大ホールの扉を開け放つ。 聴こえて来る可愛らしい曲調のピアノ。「前の方は身内でいっぱいだね。後ろで見よ」(静かに ! ) 四歳程の幼女だ。 小さな掌で一生懸命、鍵盤を押し込む。 霧香のテンションが上がっていく。(可愛い ! )(静かにって言ってんだろ ! ) やがて演奏が終わると水色のドレスを来た天使はぽてぽてと下がって行った。(はぁ〜。なんかこういうのも新鮮)(確かに。ちょっと癒されたよな) 次に、あの子犬を転がしたような幼女の余韻が消えぬうちに次の少年がスタンバイに入る。(あと何人だっけ ? )(確かプログラムに……) ーーーーーーー♪ーーーーーーーー 刻が止まる。 それは生き物の本能か。 それとも服従してしまう程の攻撃力なのか。 少年の演奏が始まり、霧香も恵也も一瞬で五感を支配される。 激しい連弾と力強い鍵盤の押し込み。 絶妙なペダルのタイミングと会場全体に溢れ満ちる音。 何より中性的で可憐な面持ちの少年に、つい見入ってしまう。(おい、キリ) 霧香は立ち上がり、最前列近くまで移動する。 少年の叩く鍵盤を見ながら……いや、ステージから湧いてくる
霧香と恵也が出た頃、蓮もバイトへ向かう。車のキーがポケットにある事を確認し、玄関の姿見で襟をただす。 その時、薄らと写り込む背後の人影にギョッとする。「お前……」 彩が立ってた。「何 ? 今日は俺をドッキリさせる動画とか撮ってる ? 」「え ? いや、違うけど ? 俺も出かけてくる」「こんな朝から珍しいな」「ミミにゃんから連絡来たから会ってくる」「へ〜。ミミ……ミミにゃん !!? 」 蓮が彩の肩を揺さぶる。「正気か ? まだ何も聞いてないし……って言うか…… ! 」「一人で女性と喋れるのか ? 」と言うところを慌てて飲み込む。霧香の話では、仕事と割り切った時は案外いけるようだと聞いていたからだ。言ってしまったら急に意識してしまうかもしれない。「ま、まぁ。なんて言うか。頼むぜ。が……頑張れリーダー」 蓮の渾身の励ましを聞き流し、どこか上の空の彩だ。「……あのさぁ」 彩は眉を寄せ、口をウィっと横に広げて蓮を見上げる。「『ミミにゃん』って、『ミミにゃんさん』って呼べばいいの ? どうなの ? そう言う社会性、俺知らない」「あ〜。最初は『ミミにゃんさん』でいいんじゃない ? で、相手が『ミミにゃんでいいですよ』とか『かしこまらなくてください』とか言われたら、後は雰囲気でさ」「雰囲気……」 かなり不安そうではあるが、蓮も仕事。ハランは先にシフトに入っている。恵也も霧香もいないのだから仕方がない。これが彩の仕事である。「気になるけど気が重い」 蓮は時刻を確認すると、ふらふらと出て行った彩を呼び止める。「どこまで ? 」「楓JAPAN芸能の隣のスタジオだってさ」「 ? ああ、地下
屋敷のエントランスのピアノのそば。 腕組みをするシャドウと、ピアノの椅子に腰掛けた恵也が話し込んでいた。「気をつけてな」「ああ。でもジャンクダックの連中が来るような場所じゃないし……」「分からんだろ。とにかく霧香を一人にするな」 午前九時。 ピアノの練習をしている子供もみたいと霧香に言われ、早目の出発となった。 恵也が準備を終え、先にエントランスで待っていたらシャドウがピアノの上で猫になり寝ていることに気付いた。だがシャドウは恵也を見るなり人型に変わる。 恵也は猫型のシャドウを構いたくて仕方が無いのだ。シャドウはそれが煩わしい。「シャドウくん……なんであんな強ぇんだ ? 」「元々野良だからな。食べ物一つで命懸けだ」「でも、猫の餌ばら蒔いてる奴とか結構いるじゃん ? 」「ああ言うのは一時だけなんだ。他の人間に注意されると突然来なくなったり、ポケットに入る量しか持ってこなかったり不安定だ。それに子供も苦手だ。何故か今はそうでも無いが、当時は……仲間を拐っていくやつもいた」「飼うからじゃないの ? 」「いいや。次の週には公園に……。死んで行った仲間が多い」「え ? それ犯罪だよな ? 」「……人間は恐ろしい。昨日まで何でも無かった奴が、急激に変わったり、動物に八つ当たりしたりする」「…………」「常に外は危険だ。公園という小さな世界ですら、色んな人間を見た」 極端かもしれないが、シャドウの見てきた人間の社会は酷く悪意に満ちていた。 当時、彼の指す公園では子供の連れ去りや高校生の虐め、サラリーマンの自害など、色々な事が起こっていた。 シャドウは保護猫カフェに引き取られてからは外に出ていない。 今も屋敷の敷地からは越えられない結界があるのだ。「
「ぎゃ ! 」 霧香がスタジオを出たところで吃驚して声を上げる。 ドアのすぐ側に彩がボーッと立っていた。 霧香の声を聞きつけて、廊下に顔を出した蓮も少し驚く。「え ? お前……ずっといたの ? 声掛ければいいのに」「いや、よく分かんないけど入りにくい気がして」「別になんもしてないよ」 彩がそう感じた、というだけで、音や声が漏れていた訳では無い。霧香の繊細な感情だけ伝わって、何となくとどまったのだ。「出直そうか、迷ったんだけど……もう徹夜で頭グラグラするし階段登りたくない。無駄に広くて歩幅狭い階段何アレ辛い……」 流石にあまり眠らない彩もお疲れ様モードである。「キリ、部屋のドアノブに服掛けといた。蓮、キリの化粧、頼んでいい ? 」「いいけども。じゃあ飯食ってから呼んで。何時出発 ? 」「分かんない。ケイに聞いて」「なんでお前が知らないんだよ」 彩は蓮に向き直ると、妙に真剣な面持ちで声をかけた。「蓮、ちょっといいか ? 」 そう言い、二階を指差す。彩が部屋に来て欲しいと言う。自ら部屋に誰かを呼ぶのは珍しい事だった。「わたしリビング行ってる〜」 霧香が興味無さげに朝食へ向かう。 蓮が意外そうに彩を伺う。「……込み入った話 ? 霧香が出掛けてからでも……」「何となく……早い方がいいかなって。 あと、曲の相談も少し。ハランは歌詞書けるけど曲は作らないって言うし」「ん。おっけー」 彩と蓮。二階へ向かう。「俺が何してたか、分かってて開けなかったんだろ ? 」「……キリと契約してから匂いにも敏感になった。キリの感情も流れて来るし……正直、案外アンタとキリの距離
本来、駅でストリートピアノを弾いている存在を知っているかを聞きたかったのだが、思い付かなかった。その代わり、その日の不快な思い出を口にする。「蓮はさ。Angel blessはフェードアウトしていくんでしょ ? 年齢的にももう誤魔化せないし……。モノクロでしばらく人間界に残るんでしょ ? 」「ん ? なんの話 ? 」「わたし、このままモノクロームスカイを続けて写真とか撮られてたら、いつかこのバンドのファンの子の記憶とか消して……新しい人生を始めなきゃならないのかなって」 ハランが霧香に吹き込んでいた話だ。 寿命がない自分達の生きるすべ。 記憶操作魔法で自分の年齢を曖昧に、存在も曖昧に感じるよう魔法をかけ、あたかも初めて見た人だと認識させる……古来から人里で暮らす寿命の無い者が使う術である。「記憶操作か」「うん。いつかそうなるでしょ…… ? でも、抵抗があるんだ。モノクロのKIRIが居なくなってしまう気がして。お客さんの記憶操作なんてするなら、やっぱり顔も出さずにVTuberでやればいいじゃない ? 仮面とかもカッコイイし」 蓮は顔を上げると、先程まで霧香の首筋にかかっていた髪をサラりと戻す。霧香が何に悩んでいるのか理解しきれない様子で静かに隣に座る。「海外とか……モノクロを知らない人が多い地域に行けばいいじゃん。現にハランは人間界にいる他の天使の養子縁組で身分証作ってるから、あいつは最初韓国にいたんだよ」「あ……李って、じゃあ親の姓なんだ」「そう。身分は病院の息子。医療魔法を仕事にしてる天使だよ」「それって……完璧じゃん !? 」「まさか。使える魔法は限られてるから万能じゃない。でも、その『せめてこうだったら』って一つの症状で死ぬのが病気だからな。やっぱり、完璧かな ? 」「うん。全ての医者と患者が欲しい魔法だよね&