All Chapters of 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた: Chapter 1341 - Chapter 1350

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第1341話

真帆は細い眉をひそめて聞く。「どうしてまだ寝てないの。もうすぐ一時だよ。いつもこんなふうに夜更かししてるの?」そう言いながら、彼女は机のほうへ歩いていく。蓮はノートパソコンを閉じるかどうか二秒ほど迷って、結局閉じないままにした。真帆は大学をまだ卒業しておらず、奏と結婚してからは思い切って休学して家にいる。しかも真帆の専攻は哲学で、真帆の知識では蓮のパソコンに映っている内容は理解できない。「誰に言われて来た」蓮は真帆の顔を見て問い詰める。「わ……悪い夢を見たの。あなたがお兄ちゃんに連れて行かれる夢。それで様子を見に来ただけ」真帆は適当な嘘をつく。「それで、俺があなたのお兄ちゃんに連れて行かれるのを望んでるの、それとも望んでないの」蓮は続ける。「もし俺が連れて行かれたら、奏は完全に高橋家の操り人形になるよ。あなたたちがやれと言えば、何でもやらされる」真帆は言葉を失った。蓮がそんなことを言うとは思わなかった。「俺は彼が嫌いだけど、彼はまだ俺のことを気にかけてる」蓮は淡々と言う。「あなた、今すぐお兄ちゃんに連絡してみる?」真帆は一瞬心が揺れる。けれど、その先の結果を考えると恐ろしくなる。「蓮、あなたが私を好きじゃないことは分かってるし、偏見を持ってるのも分かってる。でも私はお兄ちゃんと一緒に動いてるわけじゃないの」真帆は丁寧に説明する。「私はあなたのお父さんと……」その先は口に出せなかった。蓮にとって自分は継母になる存在だからだ。「もし俺が『あなたのお兄ちゃんを殺すつもりだ』って言ったら、それでもあなたは俺をこの家に匿う?」蓮はわざと真帆を挑発し、真帆の限界を探る。真帆は固まった。目の前の子どもが、自分のお兄ちゃんを殺すと言うなんて……そんな力があるのか。真帆が疑おうとしたとき、蓮が先に口を開く。「あなたのお兄ちゃん、最近殺害予告を受けてるって聞いてないの?」命のカウントダウン。真帆は蓮の顔を見て、それから彼の前にあるノートパソコンを見る。兄のスマホに侵入した謎のハッカーが、蓮?真帆の体が小さく震え、どうすればいいか分からなくなったその瞬間、部屋の扉が開いた。奏が大股で中に入ってくる。蓮は彼の顔を見た途端、急いでノートパソコンを閉じ、ベッドへ戻り、布団を引き上げて顔を隠した。
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第1342話

蓮は、彼が突然そんなことを言い出すとは思っていなかった。蓮は彼が記憶を失ったと聞いていたので、上体を起こすとつい口にする。「記憶を失ってない?」「失ったよ」奏は蓮の顔を見つめながら、ゆっくりと言葉を続ける。「とわこと何があったのかは全部忘れた。でも彼女を見た瞬間、胸の奥に反応があった。きっと大事な人なんだって思った」「ふん。パパなんて名乗る資格ないよ」蓮は不満を隠さずに彼の顔を見る。「問題から逃げてばかりの臆病者。俺が見た中で一番の腰抜けでも、あなたほどじゃなかった」息子に一方的に罵られ、奏の胸の奥に怒りが燃え上がる。衝動のまま行動すれば、人は簡単に間違った選択をしてしまう。深林の別荘で、蓮を自分の手で絞め殺しそうになったのも一つ。Y国に来て、剛に洗脳され、記憶消去の施術を受けたのも一つ。けれど今は昔の話を持ち出すときではない。「お前はとわこと一緒に帰国しろ。こっちのことが片付いたら、俺が迎えに行く」奏は凛々しい眉を寄せ、蓮と向き合う。「とわこは俺の言うことを全然聞かない。だからそのときは、お前が何とかして一緒に帰るよう説得しろ」「ママはママで、俺はただの息子だよ。どうして俺の言うことを聞くの」蓮は頭を抱えたくなる。どう考えても難題だ。「甘えなよ」奏は真顔でアドバイスする。蓮の眉は、今にも蚊を潰せそうなくらい深く寄っていく。「甘えるなんてできない」奏の深いまなざしが、目の前の苦しげな小さな顔を捉える。こんなに近くで息子を見るのは初めてだった。そしてこれほど長く言葉を交わしたのも初めて。「大貴をどうやって殺すつもりだ」奏はしばらく考えた後、尋ねる。「俺の計画だよ。口出ししないで」蓮は即答する。「お前が失敗しないか心配なんだ。俺のほうが助けられるかもしれない」奏は低く言う。「大丈夫。俺一人でできる」蓮の声は迷いなく、強い自信に満ちている。奏は静かに問う。「でも、これから外に出られないんだぞ。それで大貴を殺せるのか」「見てれば分かる」蓮は少し顎を上げ、軽薄なほど強気の態度を取る。その姿に、奏の胸の内で複雑な感情が渦を巻いた。自分が蓮の年齢だった頃、こんなに優秀じゃなかった。「そんなにできるなら、とわこを帰国させる話は任せる」奏は時間を見て言う。「もう遅い。寝なさい。お前が寝たら出て行く
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第1343話

「うちの息子が、もうすぐだって言った」奏は蓮の計画を知らない。ただ蓮の表情や態度から、確かな自信があると感じていた。「遅くても明後日までには終わる。大貴が死ねば高橋家は大混乱になる。その隙に、とわこと蓮を逃がしたい」三郎は舌を打ちながら何度もため息をつく。「お前の息子、まだ十歳にもなってないだろ。そんな話を真に受けるのか」「どうして信じない理由がある」「大貴が死んでから言えよ」三郎は冷たく笑う。「剛が守ってるから今まで生きてるようなもんだ。そうじゃなかったら何度死んでてもおかしくない。それで、お前はとわこと一緒に日本へ帰るつもりか」「帰れない」奏は静かに答える。「今の俺は高橋家と深くつながりすぎてる。日本に戻ったところで、剛は必ず追ってくる。ここで起きたことは、ここで終わらせる」三郎は豪快に笑った。「いいな。そろそろ全部ひっくり返すころだ」……朝七時。とわこは目を覚ますと、蓮のことが気になって仕方がなかった。少し迷った後、蓮にビデオ通話をかけた。「蓮、そっちの生活に慣れた?真帆に何かされてない?お父さんは……」息子の顔を見るなり、心配が一気に溢れ出す。「ママ、奏はもうママのこと覚えてないよ」蓮はスマホを持ったまま起き上がる。着信音で起こされたので髪はぼさぼさだったが、頭はしっかり冴えている。昨夜奏が言ったことは、全部覚えていた。「奏が自分で言ったの」とわこの眉がきゅっと寄る。「うん」とわこはその結果に驚かなかった。もし奏が彼女の記憶を取り戻していたら、気持ちを隠すことなどできない。「ママ、大貴が死んだらママも俺と一緒に帰国して」蓮は昨夜、奏に言われた『とわこに甘えろ』という助言を思い出す。甘える方法は知っている。レラがよくやるからだ。けれど、自分ではどうしてもできない。「昨夜、他に何を話したの」とわこは二人が話し込んだことのほうが気になった。「あなた、今まで彼と話そうともしなかったのに、どうして昨夜は話したの」蓮の頬がほんのり赤くなる。「奏は記憶を失ってるって言ったじゃん。だから、前の奏とは別人だと思っただけ」「彼はママのことは忘れたけど、あなたたちのことは忘れてない」「うん……彼を思い切り罵ったんだ。でも全然怒らなかった。つまらない」蓮は不満げに言う。「彼の反応
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第1344話

大貴がコップを持ち上げて飲もうとした瞬間、ふと胸に疑いがよぎる。「どうして急にパパにお水を持ってきたの」いつもなら、娘が何か持ってきても疑うことなどない。だが、スマホの画面に映るカウントダウンが頭から離れない。彼は目を開けたまま午前三時まで耐えるつもりだった。最後に自分の命を奪いに来るのが誰なのか、確かめるために。もし午前三時まで生きていたなら、あのハッカーはただのはったり男だ。幽霊じみた真似をして、人を脅かすだけの下らないやつ。そうなれば、ハッカーの正体は奏の息子、蓮だと証明できる。蓮はまだ十歳にも満たない。確かに腕は立つ。大貴のスマホに侵入できるほどには優秀だ。だが殺しは別だ。殺す力など、まだまだ持ち合わせていない。大貴の娘は、まん丸の目をぱちぱちさせる。「先生がね、パパとママにお水を持っていってねって。動画を撮って先生に送るの」その言葉を聞き、大貴はようやく気付く。少し離れたところで、妻がスマホを構えて撮影していた。「そういうことか」大貴は豪快に笑った。娘が幼稚園へ通うようになってから、毎週のように家庭での課題が出てくる。大貴が家にいないときは、ほとんど妻が手伝っていた。そんな娘と妻を疑ったことが、急に恥ずかしくなる。大貴は一気に水を飲み干し、空になったコップを娘に返す。「いい子だ。パパ、これからもっと一緒にいるからな」娘はコップを受け取り、にこりと笑ってうなずく。妻は撮影を終え、娘のそばへ来る。「パパにちゅーして」娘は一瞬きょとんとしたが、すぐに従って大貴の頬に口づけした。「大貴、お風呂はいつ入る?今からお湯をためようか」妻が尋ねる。「まだいい。お前と娘で先に入ってこい」大貴は言ってから続ける。「二人とも終わったらそのまま寝ろ。待たなくていい」妻は不安そうな顔になる。「大貴、あなたが何を待っているか知っている。娘を寝かしつけたら、私も一緒に起きてる」「いいって。せいぜい午前三時までだ」大貴はまるで怖いものなどないという態度で言う。「外はボディーガードだらけだ。虫一匹入り込めない。何も起きない」「ハッカーの悪ふざけだよ。本気にすることなんてない」「分かってる。とりあえず先に娘を風呂に入れてこい。俺はテレビを見る」大貴はリモコンを取り、テレビをつけた。
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第1345話

奏はソファから立ち上がり、寝室へ戻ろうとする。このまま起きていると夜明けになってしまう。数時間後には、剛の代理として玲二と四平との交渉が控えている。大貴が死んでいようがいまいが、今日はきっと平凡ではない一日になる。ゲストルームのドアノブに大きな手をかけた瞬間、蓮の部屋の扉が開いた。音に気付き、彼はそちらへ視線を向ける。父子の視線がぶつかり、何も言葉にしなくても互いが何を考えているのか分かる。蓮は、奏が自分と同じようにここまで待っていたことに驚く。奏は彼の計画を深く信じているのだと悟る。そして蓮の顔に浮かぶ表情が、すでにその計画の結果を物語っていた。蓮が口を開く。「大貴は死んだよ」奏はすぐにスマホを開くが、着信もメッセージも何もない。「本当に間違いないのか」喉が大きく動く。「俺を疑うの」蓮の声は冷たい。「人を使って殺したのか」奏は一気に眠気が吹き飛び、蓮の目の前まで歩み寄る。「どうやった」蓮はもう母の仇を取った。だから仕組みを言ってしまっても構わない。「彼の妻と家政夫が関係を持っていた。もし二人が大貴を殺さなければ、死ぬのは二人の方だった」奏は一瞬で理解する。剛が大量のボディーガードを大貴の別荘に張りつけていたのに、結局大貴を殺したのは、彼に最も近い存在だった。「先に部屋で休め」奏はスマホを見つめるが、大貴の訃報はまだ届かない。胸の奥で、得体の知れない不安が膨らむ。蓮が部屋へ戻ろうとした時、奏が再び声をかける。「荷物はまとめてあるのか」「今からまとめる」「そうしろ」奏は続ける。「俺は真帆が何か聞いていないか見てくる」そう言って主寝室へ向かう。主寝室は真っ暗だ。見るまでもなく、真帆は大貴の死を知らされていない。大貴が死ねば、剛の部下は真っ先に剛へ連絡を入れるはずだ。だが剛が奏へ知らせてこない理由は何なのか。今どんな心境で、何を企んでいるのか。部屋を出ようとしたまさにその瞬間、真帆が目を覚ます。「奏なの?」彼女は言いながら灯りをつける。奏の表情は沈みきっている。「お前の兄貴は死んだ」真帆の目から、熱い涙が一気にこぼれ落ちる。「どうして……まさか蓮が……」「蓮は部屋にいる。どこにも行っていない。彼じゃない。今回のことは蓮と関係ない。分かった
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第1346話

奏は真帆の言葉に返事をしない。主寝室を出て、運転手へ電話をかける。外の様子を見に行くよう指示する。このエリアには一本のメイン道路があり、それは剛と大貴の別荘の前を通る。「ついでに剛の家の様子も見てこい」運転手は了承する。この家の家政婦や運転手、ボディーガードはみな真帆の側につく人物であり、真帆は奏を支持している。「もし園内で誰かに止められて、こんな時間にどこへ行くのか聞かれたら、真帆に頼まれて夜食を買いに行くと言え」運転手は再び了承する。電話を切ると、奏は階下へ向かう。一階のリビングの明かりはつけない。剛の動きを知りたいのは奏だけではない。剛もまた、こちらを暗く見張っているはずだ。大貴の死は、剛にとって間違いなく大きすぎる衝撃だ。剛には四人の子がいた。息子三人と娘一人。しかし息子は全員もういない。真帆が「お父さんは狂う」と言ったのも当然だ。恐怖がないわけではない。だがここまで来れば、恐れても意味がない。剛がどんな暴走をしようと、奏は蓮だけは必ず守らなければならない。どれほどの時間が過ぎたのか、車が前庭へ戻ってくる。ライトが一度だけ瞬き、奏はすぐ立ち上がる。まもなく運転手が近づいてきて報告する。「園内が封鎖されています。外へ出られません。真帆様の夜食だと言っても通してくれません」「剛の家と大貴の家は……」「どちらの別荘も灯りが全部ついていました。一目でただ事じゃないと分かります。大貴様の家の庭にはボディーガードがぎっしり並んでいました。それに泣き声も……」奏の眼差しがわずかに伏せられ、思考が深く沈む。大貴の死を知った直後、剛は園内の出入り口を封鎖した。その判断はあまりに迅速で、あまりに冷酷だった。「園内に他の出口はないのか」奏はここに閉じ込められても構わない。だが蓮は違う。蓮だけは必ず外へ出さなければならない。運転手は首を横に振る。「もし別の出口があっても、今はどこもボディーガードが見張っています。外へ出るおつもりですか」奏は手を軽く振る。「休め」運転手は去っていく。すると、二階から真帆が降りてくる。涙の跡は拭われているが、その顔は深い悲しみに覆われている。「奏、さっきお父さんから電話があった」スマホを握る手が震え、言葉とともに涙がまたあふれ落ちる。
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第1347話

白い布をかけられた二つの遺体が並び、そのそばには黒服の者たちが膝をついている。奏の視線は静かにその遺体へ向かう。一つは大貴、もう一つは家政夫だろう。剛はソファに腰を下ろし、煙草を吸っている。立ちこめる煙のせいで、その顔の表情は読み取れない。真帆はしゃがみ込み、二つの遺体を順に確かめると、大貴の遺体の前でそのまま崩れ落ちるように泣き出す。「お兄ちゃん……嫌だよ、死んじゃうなんて!あなたがいなくなったら、私とお父さんはどうしたらいいの?お兄ちゃん、お願いだから目を開けて!」真帆の涙は偽物ではない。今は奏の妻でも、兄との二十年の絆は嘘ではない。兄に撃たれたあの日でさえ、真っ先に思ったのは奏との関係が壊れないように、ということだった。奏が剛の前へ歩み寄ると、剛は言葉より先に一枚のデータカードを差し出す。「見ろ」低く乾いた声とともに、煙がふっと揺れる。奏がそのカードに目を落とすと、そこには蓮の登録写真があった。蓮がY国に来るために使った偽の身分証。内容はすべて偽物だが、顔写真だけは本人のものだ。「この小僧、お前の息子にそっくりだな」剛は冷ややかに笑う。「聞いたぞ。お前の息子はコンピュータの天才で、学校の一位らしいじゃないか」「この件は息子とは関係ない」奏はカードを置く。「彼はまだ十にも満たない子どもだ」「十にも満たないが、殺傷力だけは立派だ」剛は大貴のスマホを取り出し、電源を押す。画面の中の死亡カウントダウンは消え、「Game Over」の文字が浮かんでいる。ゲーム終了。蓮にとっては終わりでも、剛にとっては、ここからが始まりだ。「俺は老いたが、まだ使い物にならん年じゃない」静かな声に、底の見えない威圧が宿る。「真帆を連れて来たな。お前、俺がその間に息子を捕まえるとは思わなかったのか」奏の胸が一気に縮まる。最悪の事態が、とうとう訪れた。「道の筋に従って片をつけよう」剛は灰皿に葉巻を押しつけ、残る煙を吐き出す。「お前の息子の命で、俺の息子の命を償わせる。これで寂しくないだろう」「駄目だ!」奏は手を握りしめ、声を荒げる。「息子を行かせろ。俺はこれから先ずっと、あんたの言うことを聞く!」剛は狂ったように笑い出す。そして突然、怒号が響く。「跪け!」奏は深く息を吸い、皆の前で剛の前に膝をつく。
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第1348話

別荘の中で、蓮は荷物をまとめ終えた後、すっかり眠気が飛んでしまった。リュックを背負ったまま椅子に腰を下ろし、出ていけるタイミングをじっと待つ。今夜はもう奏が来ないと思ったその時、予兆もなく扉が開く。奏の顔が目の前に現れる。「荷物はもう全部まとめたか」「ずっと前に終わってるよ」蓮は椅子から立ち上がり、奏の前まで歩き寄って軽く見上げる。「もう行けるの?」「うん」奏は少し躊躇してから言う。「今夜はお前だけ先に行け」「ママは一緒に行かないの?」蓮の足が止まる。「もう話はしたよ。帰国するって約束してくれたのに」「今はまだ無理なんだ」奏は腹を割って話す。「お前が先に行け。あとで何とかして彼女も送り出す」蓮はその落ち着いた表情を見て、すぐに理由を察する。「大貴を殺したせいで、迷惑をかけたんだよね」奏は首を横に振る。「俺が同じ立場でも同じことをする。だから、お前は間違ってない」「でもママが今すぐ出られないなんて」蓮は悔しそうに眉を寄せる。「俺が何とかする」奏は彼の腕をつかみ、階下へ連れて行く。「帰国したら、もう二度と戻るな。ひとりを助ける方が、ふたりを助けるよりずっと簡単だ」蓮はうつむき、返事をしない。奏は責めていないと言ったが、言外の意味はとても明確だった。今夜蓮が出国できるのは、奏が動いてくれたからだ。母の仇を取れたのは胸がすくけれど、残された面倒を考えなかったのは浅はかだった。「絶対にママを守って」蓮は車に乗り込む前、奏に真剣に言い渡す。「もしママに何かあったら、もうあなたをパパと思わない」奏の胸が一気に締めつけられる。「努力する」声がかすれる。蓮がこれほど長く彼を見つめたのは初めてだ。息子の顔を見ながら、奏の感情は複雑に揺れる。状況が切迫しているのを考えると、奏はすぐにドアを閉める。三郎がエリアの外で待っていた。蓮を日本まで送り届けるように頼んであり、三郎も了承している。……夜が明け、太陽がいつも通りに昇る。とわこは伸びをしてから目を開く。窓の外の金色の光がカーテン越しに差し込んでくる。とわこはすぐにベッドを降り、カーテンを開け、窓を開けて空気を入れ替える。ふと何かが頭に浮かび、ベッド脇に戻ってスマホを手に取る。いくつも通知が飛び込んでくる。奏「蓮
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第1349話

とわこは食欲がない。けれど、これから持久戦になると思えば食べないわけにもいかない。「サンドイッチと牛乳でいい」「毎日それですね」ボディーガードが文句を言う。「じゃあ適当に持ってきて」電話を切ったあと、とわこは洗面所で身支度を整える。ボディーガードが朝食を運んできた時には、すでに服も着替えていた。ボディーガードと一緒に俊平も来ていた。「ドア閉めて」俊平がドアを閉め、三人は腰を下ろして昨夜の件について意見を交わし始める。「たぶん、結構まずい状況よ。ねえ、あなたたち二人は先に出国した方がいいんじゃない」とわこは朝食を口にしながら言う。「巻き込みたくないの」ボディーガードと俊平は目を合わせ、ボディーガードが口を開く。「こんな時に病人のあなたを置いて逃げたら、俺らが男として終わりですよ」「手術を任されてる以上、俺も一緒に出るのが当然だ」二人の返事を聞き、とわこは胸が熱くなる。「さっき奏にメッセージを送ったけど、まだ返事がないの。感動してても仕方ない。高橋家は葬儀の準備で混乱してる。今のうちに早く行って」ボディーガードはソファにもたれかかる。「行きません。社長に何の危険があるんですか。剛の最後の息子も片付けられたし、残ってるのは娘だけです。その娘は奏さんの嫁だし、つまり高橋家の今後は全部奏さんのもの……」俊平はボディーガードの脇腹を肘で突き、余計なことを言うなと示す。「奏がここに残って真帆と暮らすと思うの?」とわこの食欲が一気に消える。ボディーガードは慌てて説明する。「違います。ただ、社長は心配するなって話です。奏さんがあの家にいる限り、絶対社長を守ります」「でも彼は私のことを覚えてない」「でも社長が自分の子の母親だってことは知ってるでしょう」俊平は二人を軽く一瞥し、口を開く。「まあまあ、言い合っても意味はない。俺たちの手に負えない状況なんだから、成り行きを見るしかない」とわこはサンドイッチをひと口かじる。ボディーガードは毎日サンドイッチだと文句を言うけれど、結局それを買ってくる。他のものを買って嫌がられたら困るからだ。高橋家。大貴の遺体は整えられ、氷の棺に安置されている。剛は占い師に最善の埋葬日を見てもらい、明後日が良いと言われた。葬儀は明後日に行われることになった。剛は深
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第1350話

奏にY国へ腰を据えさせるには、口約束だけでは足りない。剛は利己的で、しかも疑り深い。奏を本当の身内にする方法は、婿にするだけでなく、彼の根をこの国に残すこと。根というのは、彼の子どものことだ。もし奏にY国で子どもができれば、日本に戻る気はなくなる。「大貴の葬儀が終わったら、外に出てゆっくり話そう」四平は周囲を見渡し、声を落とす。「とにかく、お前の息子は俺たちでもできなかったことをやった。将来とんでもない大物になるぞ」「大貴の自業自得だ」奏は灰皿に灰を落とす。「とわこを虐げなければ、こんなことにはならなかった」「それでもお前の息子は優秀だよ。うちの息子なんかお前のとこより五歳も上なのに、一日中ゲームばっかりだ。見るだけで頭が痛い。どうやってそんな良い子に育てたんだ」急に育児談義にすり替わる。「知ってるだろ。蓮は俺が育てたわけじゃない」奏が見てきたのは蒼の誕生だけだ。蒼が一歳になる頃までに、ここでの問題を片付けられるだろうかと思いながら口を開く。「でも四、五歳の頃にはお前のところに戻ってきただろ」「ずっととわこと一緒に暮らしてた。俺はほとんど関わってない」奏は続ける。「マイクの方がよく面倒を見ていた」「ほら。結局いろいろ覚えてるじゃねえか」「とわこ以外は全部覚えてる」奏は薄い唇をわずかに開く。「だからこそ、とわこが剛の言うような悪い女じゃないって思う」「ははは。とわこが悪女だったら、お前が一人目産ませて、また二人目まで作るかよ。そんなバカじゃねえだろ」玲二は笑い飛ばす。「でも昔のお前は確かにとわこを甘やかしすぎて、ちょっと頭悪いくらいだったな。たかが女ひとりに、事業まで賭ける必要ねえよ」「まあな」奏は今回Y国に来て、多くのことを痛感していた。一瞬の感情に任せるのは簡単だ。だけど、衝動が過ぎ去れば、また現実の生活が続いていく。絶対的な権力と富を手にしなければ、自分も家族も守れない。午後、とわこは俊平を誘って外を散歩する。蓮が無事にY国を出たことで、大きな荷が下りていた。「この数日、毎晩夢で蓮が大貴に連れ去られるの。ほんと最悪。でも結果的に無事でよかった」彼女は苦笑する。「息子さんは、子どもに対する俺の常識を全部ひっくり返したよ」俊平は感心して言う。「あの年齢であれだけの度胸と腕前。君は
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