All Chapters of 植物人間の社長がパパになった: Chapter 1231 - Chapter 1233

1233 Chapters

第1231話

太郎は、ときどきあのことを思い出すことがあった。けれど桃の体はいつも元気そうで、目に見える変化もなかったので、やがて記憶の奥に沈んでいった。もしかすると、ただ無事でいてほしいだけなのかもしれない。桃のそばで長く過ごすうちにようやく気づいた。以前の自分はただ惑わされていただけで、本当は誰も自分を翔吾の「血液パック」として見ていたわけじゃなかったのだ。だが……太郎の胸にざわめきが走る。どうも単純なことではない気がしてならない。翔吾が振り返ると、太郎が小刻みに震えているのが目に入った。顔色も悪く、とても普通には見えない。慌てて肩に手を置いた。「どうしたんだよ?顔が真っ青だぞ。まさか、お前まで具合悪いのか?」「ち、違う……病気じゃない。ただ……トイレに行きたいんだ。翔吾、一緒に来て」そう言うなり、太郎は翔吾の手をつかんで外へ走り出した。長い時間を共に過ごしてきた二人の間には、もう深い信頼がある。だから太郎は、真っ先に翔吾に打ち明けようと思ったのだ。「翔吾、太郎、どこ行くの?」慌ただしい二人の様子に、桃が思わず声をかける。「トイレ。すぐ戻るよ」翔吾もとっさに口実をつくり、そのまま太郎の後を追った。トイレに入ると、太郎はドアを念入りに鍵をかけ、まるで敵に囲まれているかのような緊張した顔になった。その姿に、翔吾まで胸がざわつく。「一体なんだよ。早く言えよ。そんなにビクビクされると、こっちまで落ち着かない」せっかちな翔吾がじれったそうに急かす。太郎はしばらく迷ったが、結局、本当のことを言う勇気は出なかった。もし口にしてしまえば、翔吾が自分を兄弟として見てくれなくなるかもしれない――その恐れがあった。だから少し濁して切り出す。「なんだかさ、ママの病気って思ったより重いんじゃないかな。こんなに治らないのはおかしいよ……もしかしたら、大人たちが本当のことを隠してるのかもしれない」翔吾は顎に手をやり、言葉を失った。実は彼も、同じ疑念を抱いたことがある。けれどママが重い病気だなんて、あまりに残酷で信じたくなくて、ずっと目を逸らしてきた。今、太郎に言葉にされてしまうと、もう無視できない。「……分かった。僕もそう思う。でも、どうする?」「前に作った盗聴器、あるでしょ。僕が人を引きつけてる間に、翔吾がそれを診察室に仕掛けれ
Read more

第1232話

しばらくして、翔吾と太郎は「ちょっと買い物に行ってくる」と言い残し、桃の主治医のいる診察室へ向かった。翔吾が太郎を横目で見る。二人は無言でうなずき合い、太郎がドアをノックした。音を聞きつけて医者が顔を出した。扉を開けて太郎の姿を見ると、一瞬きょとんとしたが、すぐに表情を引き締める。相手は雅彦の子どもだ。ぞんざいに扱えるはずがない。医者はにこやかに腰を落とし、穏やかな声で問いかけた。「どうしたんだい?私に用かな?」「先生、お願いがあるの」太郎は困ったように言った。「外で話してもいい?」医者は少し迷ったが、うなずいた。菊池家のお子様に逆らえるはずもない。そのまま太郎と一緒に廊下へ出ていった。その隙に翔吾は部屋に入り、誰もいないのを確認すると、医者のデスク裏に小さな盗聴器を仕掛けた。廊下に出て周囲を見回し、怪しまれる心配がないと確かめてから、満足げに部屋を後にした。合流すると、太郎はまだ医者と取りとめのない世間話を続けていた。翔吾が手でOKのサインを作ると、太郎はすぐに察して、さらに二、三言ことばを交わしてから慌てて医者と別れた。帰り道、太郎が翔吾の耳元にささやく。「どうだった?成功した?」「僕たちが組めば簡単だよ。仕掛けは済んだ。お医者さんの会話は全部録音されてる。家に帰ってじっくり聞けば、大事な情報が拾えるはずだ」「……うん」太郎は大きくうなずいた。けれど胸のざわめきは収まらず、不安ばかりが膨らんでいた。夜になると、美乃梨が二人を連れて帰宅した。二人は家に着くなり部屋へ籠もってしまう。「少し休んでなさい。ご飯の時間になったら呼ぶからね」美乃梨は子どもたちの様子に特に変わったところも気づかず、台所へ向かった。翔吾は部屋に入るとノートパソコンを開き、盗聴用のソフトを立ち上げて録音を再生した。医者の一日は忙しい。音声は延々と続き、早送りもできず、二人は根気強く耳を傾けた。どれほど時間が経っただろう。ついに医者の声がはっきりと流れた。「雅彦さん、こちらが最新の検査結果です。桃さんの容体は好転していませんが、悪化の兆しもありません」「……そうか。何か分かったことはあるか」雅彦の声に、二人は一斉に耳をそばだてた。「こちらでもウイルス学の専門家に協力を仰いでいますが、まだ手がかりはありません。桃さんの体内のウイルスは未
Read more

第1233話

太郎は首を振った。翔吾の心配そうなまなざしを見つめていると、胸が刃物で細かく切り刻まれるような痛みが走った。本当は翔吾だって不安でたまらないはずなのに、それでも真っ先に自分を慰めてくれる。――そんな思いやりを、自分が受ける資格なんてあるのだろうか。いや、自分にはない。すべては自分のせいだ。あのとき愚かで衝動的になり、人にそそのかされてあんなことをしてしまったからだ。だからママは病に苦しみ、翔吾も怯えながら毎日を過ごす羽目になったのだ。「少し一人にしてくれ。冷静になりたい」太郎は無理に笑いを作ると、さっとトイレへ駆け込み、鍵をかけた。翔吾は追いかけようとしたが、一瞬のうちに扉は閉ざされた。「太郎、君が不安なのはわかってる。でも必ず何か方法はあるはずだ。今は混乱してるけど……だからこそ、変なことなんて考えちゃだめだよ!」翔吾は必死に声をかけた。太郎の目頭が熱くなり、今にも泣き出しそうになる。「大丈夫。心配しないで、僕は馬鹿なことなんてしない」言葉ではそう言ったが、翔吾の不安は消えず、トイレの前でじっと耳を澄ませて離れようとしなかった。小さな心が初めて味わう無力感――片方には落ち込む太郎、もう片方には病に伏すママ。未来がどうなるかなど分かるはずもない。翔吾は生まれて初めて、この世界が決して完璧ではないことを思い知らされた。いくら全力を尽くしても、どうにもならないことがあるのだと。太郎はトイレの床に座り込み、膝を抱えて考え込んだ。外に流され、死んだ方がましだと思うほど辛い日々を過ごしてきたこと。そして家に戻ったあと、家族にどれほど大切にされてきたか。――いつの間にか当たり前になっていた平穏な暮らしが、自分にとってどれほど尊いものだったか、そのとき初めて気づいた。もし、自分のしてしまったことを正直に打ち明けたら……また家から追い出されるのではないか。顔を膝に埋め、矛盾と恐怖に押し潰されそうになる。けれど桃の優しさを思い出すと、自分がまだ迷っていること自体が恥ずかしくて、殴ってやりたい気持ちになった。それでも、あの惨めな日々に戻ることを想像すると、恐ろしくてたまらなかった。考えがぐるぐると渦巻いていたとき、外で我慢できなくなった翔吾が声をあげた。「太郎、早く出てよ!僕、トイレ行きたいんだ!」太郎ははっとして
Read more
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status