太郎は、ときどきあのことを思い出すことがあった。けれど桃の体はいつも元気そうで、目に見える変化もなかったので、やがて記憶の奥に沈んでいった。もしかすると、ただ無事でいてほしいだけなのかもしれない。桃のそばで長く過ごすうちにようやく気づいた。以前の自分はただ惑わされていただけで、本当は誰も自分を翔吾の「血液パック」として見ていたわけじゃなかったのだ。だが……太郎の胸にざわめきが走る。どうも単純なことではない気がしてならない。翔吾が振り返ると、太郎が小刻みに震えているのが目に入った。顔色も悪く、とても普通には見えない。慌てて肩に手を置いた。「どうしたんだよ?顔が真っ青だぞ。まさか、お前まで具合悪いのか?」「ち、違う……病気じゃない。ただ……トイレに行きたいんだ。翔吾、一緒に来て」そう言うなり、太郎は翔吾の手をつかんで外へ走り出した。長い時間を共に過ごしてきた二人の間には、もう深い信頼がある。だから太郎は、真っ先に翔吾に打ち明けようと思ったのだ。「翔吾、太郎、どこ行くの?」慌ただしい二人の様子に、桃が思わず声をかける。「トイレ。すぐ戻るよ」翔吾もとっさに口実をつくり、そのまま太郎の後を追った。トイレに入ると、太郎はドアを念入りに鍵をかけ、まるで敵に囲まれているかのような緊張した顔になった。その姿に、翔吾まで胸がざわつく。「一体なんだよ。早く言えよ。そんなにビクビクされると、こっちまで落ち着かない」せっかちな翔吾がじれったそうに急かす。太郎はしばらく迷ったが、結局、本当のことを言う勇気は出なかった。もし口にしてしまえば、翔吾が自分を兄弟として見てくれなくなるかもしれない――その恐れがあった。だから少し濁して切り出す。「なんだかさ、ママの病気って思ったより重いんじゃないかな。こんなに治らないのはおかしいよ……もしかしたら、大人たちが本当のことを隠してるのかもしれない」翔吾は顎に手をやり、言葉を失った。実は彼も、同じ疑念を抱いたことがある。けれどママが重い病気だなんて、あまりに残酷で信じたくなくて、ずっと目を逸らしてきた。今、太郎に言葉にされてしまうと、もう無視できない。「……分かった。僕もそう思う。でも、どうする?」「前に作った盗聴器、あるでしょ。僕が人を引きつけてる間に、翔吾がそれを診察室に仕掛けれ
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