Semua Bab 桜華、戦場に舞う: Bab 1291 - Bab 1300

1301 Bab

第1291話

夕刻、さくらが玄武の休暇願いを提出し、清和天皇は彼女との謁見を許した。目を真っ赤に腫らしたさくらの姿を見て、清和天皇は御典医の言葉を信じた。玄武の病は今回、相当に重いようだ。「余りに案ずることはない。小林御典医が治療に当たっている。すぐに快方に向かうだろう」さくらの声には力がなく、背骨を抜かれたかのように震えていた。「ご配慮、誠にありがたく……飛脚を立て、丹治先生をお呼び戻しするよう手配いたしました。心疾に効く良薬をお持ちなので」「雪心丸のことか?」天皇はその薬を知っていた。都の権貴たちは命の危機に備え、常に一、二粒を用意していたものだ。だが二年ほど前から、原料不足で調合できずほとんど売られなくなったと聞く。「はい」さくらは答えた。「丹治先生はいつ戻れるのだ?薬王堂では手に入らぬのか?」さくらは心配げな表情を浮かべた。「早くても二、三日はかかります。薬王堂にも在庫がございません。青雀の話では、丹治先生がお二つだけ携帯されているとか」「その雪心丸以外に効く薬はないのか?」天皇は首を傾げた。雪心丸には確かに効果があるのだろうが、人々が持ち上げるほどの奇薬とは思えなかった。「他の薬では及びますまい」さくらは言葉を切り、やや不自然な表情を見せた。「以前、北條守の母上も心疾を患い、もう危篤だったのですが、雪心丸のお陰で一命を取り留められました。その後も毎月一、二粒服用して症状を抑えておられました。確かな効能がございます」天皇はその話を耳にしたことがあったが、こんな時に死者の話は縁起が悪い。彼女の目が再び潤んでくるのを見て、慰めの言葉を掛けた。「小林御典医が申していたが、今は容態も安定している。しばらく静養すれば回復するだろう。余りに心配するでもない」さくらは目を伏せ、赤く染まった瞳を隠した。「はい。本日は小林様のお陰で……」天皇は彼女に戻って玄武の看病をするよう告げ、公務は一時預かると言った。さくらが退出する際、明日小林御典医と吉田内侍を親王家に遣わすことには触れなかった。親王家に戻ると、さくらは有田先生と深水師兄に事の次第を打ち明けた。有田先生は胸に手を当てた。今日の出来事に本当に肝を冷やしたようだった。二人とも計画に異論は示さなかった。確かに危険な賭けかもしれないが、邪馬台の幾多の将兵の命を賭けるよりはましだ
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第1292話

案の定、翌日、安倍貴守が御前の親衛を率いて、小林御典医と吉田内侍を伴って親王家を訪れた。さくらもここ数日は休暇を取り、公務は山田鉄男と村松碧に任せていた。紫乃も事情を知っていたため、小林御典医と吉田内侍、そして親衛たちが来たのを見るや姿を隠した。自分が演技に加わって事を複雑にするのは得策ではないと考えたのだ。小林御典医と吉田内侍は、さくらの腫れた目を見て、一晩中心配し続けたのだと察した。「王妃様、余りにご心配なさらぬよう」吉田内侍は優しく声をかけた。「太医がおりますれば、何も心配はございません」「ご配慮ありがとうございます」さくらは静かに応えた。安倍ら親衛は寝所には入れない。これは親王と王妃の私室なのだから。有田先生が外で応対していると、安倍は彼を品定めするように見つめ、尋ねた。「先生、陛下が親王様をご心配なされ、私めにお見舞いを命じられました。以前、親王様は何か持病をお持ちだったのでしょうか?なぜ突如として心疾を……」有田先生は急に苛立ちを覚えた。近頃、この感情が絶えず彼を支配していた。詮索の裏に潜む不信感が見え透いていたからだ。しかし、その苛立ちを表に出すことなく、深い憂慮の色を浮かべ、溜め息をついた。「このように働き詰めでは、いずれ体を壊すのは当然でございます。昼は刑部で案件を審問し、夜は子の刻まで何やら執務に追われ……朝議がある時などは、一刻の睡眠も取れません。そこへ飛騨での深山での寒さが重なり、帰京後も休養を取る暇もなく……」安倍は一時黙した。彼もまた命を受けての調査だった。だが、この時ばかりは北冥親王への敬服の念を抱かずにはいられなかった。自分など夜番を数回続けただけでも、昼に十分な休息を取らねば足元も覚束ない。北冥親王とて血肉の躯、鋼鉄で作られた体ではない。病に伏すのも当然のことだ。陛下がなぜここまで詮索なさるのか、理解に苦しんだ。有田先生への尋問を終えると、渋々ながら梅の館で仕える京江ばあやたちにも話を聞いた。彼女たちが最も事情に通じているはずだった。ばあやたちは怪訝な眼差しを向けてきた。口には出さないものの、その不満は明らかだった。親王様の病を気遣うどころか、あれこれ詮索ばかりする態度への非難の色が濃かった。「陛下が親王様のお体を深くご心配なされ、詳しい様子をお知りになりたいとのこ
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第1293話

小林御典医は容態の急変に備え、夜通しの看病を予定していたが、亥の刻頃、丹治先生が戻ってきた。言葉少なに雪心丸を一粒差し出す。服用後、玄武は胸の痛みが和らいだと告げた。小林御典医が脈を診ると、確かに自分の処方した薬よりも効果が著しかった。御典医とはいえ、丹治先生の名声は聞き及んでいた。先生がここにいるなら、もはや自分が付き添う必要もない。王妃も二日間の献身的な治療を労い、薄謝の礼を添えて家人に送り届けさせた。小林が去ると、丹治先生は新たな処方を書き、薬王堂に使いを立てて薬を調合させた。それを服用した玄武は、胸を押さえつけていた重石が取れたかのように、大きく息をついた。「小林御典医は明日もまた来るでしょう。都を発つのは明日の夕暮れまで待つべきですな」丹治先生が告げた。「でも明日、小林御典医が脈を診れば、すぐに気付かれてしまいませんか?」さくらは心配そうに尋ねた。「門前で見張りを立てておけば、来訪時に親王様にまた……」「まだ服用するんですか?」さくらは目を丸くした。「それは絶対にダメよ!」丹治先生はさくらを一瞥した。「そこまで心配なら、最初からあの半粒も飲ませるべきではなかったな」さくらの後悔の表情を見て、丹治先生は説明を加えた。「あの薬の残り半分ではない。玄氷丸という薬を使う。これは寒性の薬で、体内の熱を鎮める効能がある。服用後に親王様に気を巡らせていただければ、脈は依然として乱れたままとなる」「ああ」さくらは納得したように頷いたが、すぐに別の懸念を口にした。「でも、先ほどの薬で心脈は既に損なわれています。この状態で気を巡らせ、玄氷丸と相克すれば、体力を更に消耗してしまわないでしょうか」「心配はいらん。これだけの薬があるのだから、後で補えばよい」丹治先生は淡々と答えた。「最初からこの玄氷丸を使えば良かったのに」傍らで棒太郎が呟いた。「親王様が二日も胸を痛める必要はなかったはず」丹治先生は鋭い視線を投げかけた。「同じだと思うのか?本物の心疾でなければ、御典医が見抜かぬはずがない。脈が乱れているだけでは足りん。小林御典医は既に心疾発作と認識している。明日の診察で脈の乱れを確認すれば、さらなる静養の必要性を裏付けることになる」棒太郎は慌てて口を噤んだ。普段の丹治先生はこれほど厳しくない。今日は随分と気が立っているようだっ
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第1294話

邪馬台にて、甲虎は落ち着かない様子で座っていた。まさか羅刹国の軍が本当に攻めてくるとは。沢村家のあの方からの手紙は、嘘ではなかったのだ。三十万の大軍が押し寄せ、その勢いは尋常ではない。この二日間、天方許夫らと協議を重ねてきたが、彼らは恐れる様子もなく、来るなら戦うまでだと言い切った。彼らにそれだけの自信があるのは、多少の安心材料ではある。だが、一旦戦いが始まれば、それは必ず凄惨を極めることになるだろう。激戦となれば、帥営に座して指揮を執るわけにもいかない。そもそも、天方許夫たちに本当にその力があるのだろうか。上原軍も北冥軍も気位が高く、以前から命令に従うことは少なかった。ここ二年は戦の訓練もほとんどせず、開墾や耕作が主な仕事だった。実戦となれば、勝算は低いと考えざるを得なかった。自分の足に触れる。雨の日になるとまだ痛む膝。そこには恐ろしい傷跡が残っている。あの時は、戦場でこの足を失うところだった。都に戻って長い治療を受け、やっと跛行は目立たなくなったものの、今でも歩くのは楽ではない。今でも戦場で死を目前にした感覚が鮮明に蘇る。皆が血に目がくらみ、心身ともに疲れ果てていた。大刀を振るうのさえ容易ではなく、腕は自分のものとは思えないほど痺れていた。重い鎧に身を包み、敵に取り囲まれれば逃げることすらできない。あの時、誰かが駆けつけて引き上げてくれなければ、首を刎ねられていたに違いない。もちろん、今は元帥として陣を率いる立場。自ら戦場に赴く必要はない。だが、邪馬台には将帥も戦に参じるという伝統があった。帥営で指揮を執るだけでは済まされないのだ。これは全て上原洋平と影森玄武が作り上げた悪しき慣わしだ。斉藤鹿之佑たちの言い分も馬鹿げている。邪馬台は奪還戦なのだから、元帥自らが陣頭に立って軍の士気を高め、一気に失った城を取り戻すのだと。「きぃっ」と門が開く音がして、青舞が人参茶を運んでくる。甲虎は憂いの表情を隠し、美しい妻を見やる。切れ長の瞳は紅く腫れ、憐れを誘う様子。泣いていたことは明らかだった。「どうしたのだ?」甲虎は立ち上がり、優しく問いかけた。「戦のことを案じているのか?」青舞は人参茶を机に置くと、さらに目を赤くした。彼女は甲虎を椅子に座らせると、その場に跪いた。しなやかな両手を夫の膝に置き、紅く潤ん
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第1295話

巫覡は元帥邸の裏門からこっそりと入り、一刻ほどして、同じように密やかに送り出された。甲虎は全身の力が抜け、胸が締め付けられ、息もままならない。まるで果てしない大海原に投げ出され、どこにも岸が見えぬまま溺れていくかのようだった。巫覡は短い滞在の間、部屋の四方を見回しただけで、たった四文字を告げたのみ。「ご自愛を」それ以外は、青舞がどれほど懇願しても、一言も漏らさなかった。お祓いの依頼さえも断り、「無駄なことです」と言い放った。そして甲虎に最後の言葉を残した。「この地は武将たちの墓場。ご家族の身の振り方をお考えください」その一言が、甲虎を底知れぬ恐怖の淵に突き落とした。この邪馬台の地に、いったい幾人の将の骨が眠っているのか。上原洋平親子七人でさえ、あれほどの武勇の持ち主だったというのに、その末路はどうだったか。己の器量は分かっている。上原洋平にはとても及ばない。その息子たちにすら及ばないのだ。上原家の父子を敬ってはいるが、その二の舞になりたくはない。戦死して与えられる栄誉など、何の意味があろう。生きていてこそ、全てが意味を持つのだ。自分が戦場で討ち死にして、たとえ西平大名家が西平公爵家に昇進しようと、もはや自分には関係ない。青舞も、息子も、正統な家族として相応の待遇も受けられまい……いや、そもそも自分自身が公爵の称号を耳にすることすらできないのだ。青舞は背後から彼を抱きしめ、その耳元で嗚咽を漏らした。その悲しみは、一層深く胸に響いた。「甲虎様が戦死なさるのなら、私も息子も後を追います」青舞の涙が彼の肩に落ち、その熱さが肌を焼くようだった。「いや、私は死ねん!」思わず叫んでいた。青舞の手を掴んで引き寄せ、これまでにない決意に満ちた眼差しで見つめた。「誰も死なせはせぬ。約束したはずだ。戦が始まれば、ここを離れると」青舞は少し戸惑いながら、彼を見つめ返した。「でも、どうやって……?元帥邸の者たち全てが味方というわけではありません。それに、何も持たずに逃げるわけにも……」甲虎の頭の中で思考が疾走する。そうだ、逃げるなら隠れ処も必要になる。贅沢な暮らしに慣れた身で、貧しい生活など送れるはずがない。金銀財宝を運び出す、もっともらしい理由が要る。側近たちなら十分な数がいる。このまま残れば死ぬだけだ、きっと従っ
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第1296話

青舞は俯いた瞳に一瞬の嫌悪を宿らせた。なんと役立たずな男か。才覚も能力もなく、知恵も勇気も乏しく、残酷な決断すらできぬ。何が成せようか。だが顔を上げた時、彼女の瞳は星のように輝いていた。「甲虎様は何と優しいお心の持ち主。私の愛は間違っていませんでした」決断を下すと、甲虎の心は不思議と落ち着きを取り戻した。青舞の顔を両手で包み込む。これからは彼女と共に逃れ、名を変え、裕福な隠遁生活を送る。それも悪くはない。今まで栄光も味わい、朝廷にも尽くしてきた。命が惜しいのは当然のこと。自分は何も間違っていない。言うべきではないかもしれぬが、邪馬台は自分がいようがいまいが、大差はない。斉藤鹿之佑たちは元帥である自分など、最初から眼中になかったのだから。「親房震を呼べ。奴と相談せねばならぬ。逃げるからには、皆連れて行かねばならん」甲虎は言った。親房震は以前、西平大名家の武術教官を務めていた男だ。甲虎が戦場へ赴く時も付き従った。かつては三姫子が送り込んだ密偵たちの存在に気付かなかったが、青舞が来てからは、彼らを巧みに排除していった。今や元帥邸に残る者たちは、皆、信頼できる腹心ばかりとなっている。親房震は計画を聞くと、一瞬驚きの表情を浮かべたものの、すぐに賛同の意を示した。もともと都の贅沢な暮らしに慣れ親しんでいた震にとって、西平大名家での教官時代は心地よい日々だった。しかし、甲虎に従ってここへ来てからというもの、一杯の酒を飲むにも良い銘酒はなく、外で食事をしようにも上等な料理など望むべくもない。豊かな土地に戻れるものなら、ここで辛酸を舐める必要などあるまい。そもそも戦となれば、甲虎が戦場に赴く時、自分たちが無関係でいられるはずもない。必ず共に血戦に身を投じることになる。首を刎ねられかねない話だ。正規の兵士でもない自分たちが逃げたところで、後から咎められる筋合いもない。それなら甲虎と共に逃げるのが得策だ。元帥邸には相当な金銀が貯まっている。これを運び出せれば、甲虎に従って贅沢三昧の暮らしができる。都に戻れなくとも何の問題もない。ただ一つ意外だったのは、甲虎がこれほどの決断を下したことだ。元帥の戦場逃亡は、必ず一族にまで災いが及ぶ。首が繋がったとしても、家財没収に流刑は免れまい。まあよい。甲虎本人が気にかけないのな
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第1297話

鹿之佑と許夫が清張軍師、樋口軍師を伴って元帥邸に到着すると、親衛隊が馬車に箱を積み込んでいるところだった。鹿之佑たちは親房震を見知っていた。「明日の出立か?」震は笑みを浮かべながら会釈をする。「はい、斎藤将軍。明朝早々に出発です。元帥も途中まで護衛なさいますので、今夜のうちに荷物を積んでおります」「元帥が護衛?どれほどの道のりを?」鹿之佑は眉を寄せた。こんな時期に離れるのは適切ではない。「二時間ほどで戻られます」そう言うと、震は意味ありげに付け加えた。「元帥殿曰く、女というものは機嫌を取らねばならぬと。幼子を連れての長旅、送って行くことで心遣いを示すのだそうで」鹿之佑は元帥がこの女性を溺愛していることを知っていた。見送りくらい珍しくもない。これ以上は何も言わなかった。元帥邸では既に酒宴の席が設えられ、甲虎自ら出迎えた。一同が拱手の礼を交わすと、甲虎は座を勧めた。卓上には汁物にお菓子、様々な珍味が所狭しと並べられ、その香りに思わず耳が動くほどだった。甲虎が食事にうるさいことは知っていたが、これほどの贅沢とは。この量なら十数人分は優にある。それなのに、食す者はわずか五人。皆、心中で感慨に耽った。上原洋平大将軍の下でも、北冥親王の下でも、会議の際の食事と言えば麺一杯が関の山。時折、肉料理が出れば上等な方だった。もっとも、比べるべくもない。戦時と平時では、自ずと違うものなのだから。「もったいない。こんなに食べられませぬ」許夫が心痛そうに言った。「そうですな。年越しの膳よりも豪勢ですぞ」樋口軍師も続けた。甲虎は声を上げて笑う。「まるで普段、私が粗末な扱いをしているかのような言いようだ。確かに今宵は豪勢かもしれんが、これは肴。飲んでいれば、足りなくなるというものよ」「協議の席で酒は不要かと」鹿之佑が口を挟んだ。「少しぐらいよかろう」甲虎は豪快に言った。「胸襟を開いて話そうではないか。私も分かっている、諸君の胸に溜まっているものが。大戦を前に、私への不満があれば遠慮なく申すがよい。改めるべきは改める。上下心を一つにせねば、軋轢など持つべきではない」一同は顔を見合わせ、座に着いた。不満がないはずがない。だが、これまで言っても聞く耳を持たなかった。今になって融和を図るのは、戦が迫り、自信がないからだろう。
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第1298話

二人の軍師は甲虎の表情の変化を察し、樋口軍師慌てて口を開いた。「元帥は我が神弩営の射術をまだご覧になっていないのでは?改良を重ねた弩機の妙技も」「見たことがある」赴任したばかりの頃、訓練を視察したことがあった。許夫もその時のことを思い出した。だが、あの時は新たに選抜した弓手が精度を磨く練習中で、改良型の弩機は使用していなかった。「我々にも火縄銃はございます」鹿之佑が言った。「ですが正面からの戦では使いません。刀剣の方が使い勝手が良い。なにより速さが肝心です」火縄銃が効果を発揮するのは市街戦。障壁に身を隠しながら、撃った後の装填も可能だ。刀と刀が交わる戦場では、火縄銃を構える前に首を刎ねられかねない。鹿之佑がさらに説明を続けたが、甲虎の興味は明らかに薄れていた。許夫はそれを見て取り、甲虎が火縄銃を重視していることを理解した。「兵部でも火縄銃の改良を進めており、今回は邪馬台にも届くと聞いております」この言葉は本来、羅刹国に火縄銃があるのに我が軍が使わないことを不利に感じている甲虎を励ますためのものだった。しかし、その言葉は逆効果だった。次々と武器が運び込まれ、これまであまり重用されなかった火縄銃まで配備されるということは、羅刹国との戦いがいかに熾烈なものになるか、その証左に他ならなかった。自分の決断は正しかったのだと、甲虎の確信をより深めることとなった。皆、甲虎の反応に腹を立てながらも、感情を抑え込んだ。この重要な時期に彼を怒らせるわけにはいかない。元帥として兵符を握る立場にある上、あれほどの小心者だ。大局を損ねかねない。幸い、彼らが提案した守城と反撃の策は、甲虎も熟考の末に同意した。もっとも、彼が口にした意見は浅はかなもので、兵書の受け売りに過ぎず、現在の羅刹国との戦いには役立ちそうにもなかった。深夜に及び、疲れが出始めた頃、甲虎は汁物を運ばせた。皆が腹一杯だと辞退するも、甲虎は笑みを浮かべる。「この汁物だけは味わっていただきたい。正室が都から送ってきた乾燥椎茸のお吸い物でな。諸君にも分けるようにと言付けられていたのを忘れていた。折角の機会だ、皆で頂こうではないか」正室という言葉に、一同は西平大名夫人の三姫子を思い浮かべた。側室を子連れで都に戻すとなれば、どれほどの噂が三姫子を傷つけることか。従者が五つの
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第1299話

夜も明けぬうちに、元帥邸から馬車の列が動き出した。親衛隊は甲虎を馬車に送り込む。夫人と若君を見送ると、元帥自ら約束していたのだから。車列はゆっくりと進み出す。当初は五台だった馬車の列に、邸を離れると新たな馬車が幾つも加わった。親房震が前もって手配していたものだ。先頭では親房震たちが軍馬を駆り、道を開いていく。見咎められても構うことはない。単なる見送りで、必ず戻ってくるはずなのだから。だが、日が暮れても元帥は戻らず、親衛隊は焦り始め、斉藤鹿之佑と天方許夫を探しに走った。しかし、二人には会えなかった。昨夜、元帥邸を去って間もなく、めまいと嘔吐に襲われていたのだ。別々の部屋に住む彼らの世話をする兵卒は、酒の酔いだと思い込み、厨房に酔い覚ましの汁を用意させた。汁を飲ませても吐き続け、ようやく収まると深い眠りに落ちた。午後になっても目覚めぬ様子に不審を抱いた兵卒は、昨夜の会合に出席した全員が同じ症状を示していることを知り、急いで軍医を呼び寄せた。「毒茸を食したようですな」軍医は診察を終え、信じがたい様子で告げた。即座に、鹿之佑配下の松平校尉が元帥邸へ調査に向かう。昨夜同じ食事を共にしたのだ。もし彼らが毒に中たなら、元帥も同様かもしれない。一大事だった。大軍が迫る中、元帥も将も毒に倒れては、どうして戦えというのか。元帥邸に着いてみれば、元帥の姿はなく、夫人を都へ送る途中だという。出立したきり、戻っていないとのことだった。松平校尉は胸騒ぎを覚えたが、甲虎が戦場から逃亡するなど夢にも思わなかった。道中で体調を崩し、帰還が遅れているのだろうと考えた。今は毒の出所を突き止めることが先決だ。誤食か、故意の投毒か。邸の料理人は言う。茸汁に使った材料は全て西平大名夫人が都から送らせたものだ。毒など入っているはずがない。残りの乾燥茸を松平校尉に見せたが、見分けがつかず、軍医に託す。軍医は詳しく調べ、全て食用可能な無毒の茸と判明。自ら元帥邸へ赴いて調査を始めた。料理人によれば、昨夜の残り汁は彼らが飲み干したという。誰も中毒していない。つまり、問題は鹿之佑たちの椀だけにあった。「そうなると」軍医は険しい表情を浮かべる。「これは明らかな投毒。量を絶妙に調整し、命までは取らず、嘔吐か昏睡に留めている」松平校尉の顔が強ば
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第1300話

甲虎の逃亡は軍の士気を損なっただけでなく、斉藤鹿之佑や天方許夫の心までも凍らせ、気力を奪った。ここで戦死するくらいなら、まだましだったものを。邪馬台で噂が急速に広がったのは、明らかに策謀があってのことだ。恐怖を煽り、士気を削ぐ。もし最初の戦いで羅刹国が勝てば、邪馬台軍は押し込まれるばかりとなろう。八百里の急使が、この緊急事態を都へと伝えに走った。だが、その知らせが都に届く前に、清和天皇は玄武の失踪に気付いていた。玄武の心疾発症から五日目、清和天皇は小林御典医と吉田内侍を再び北冥親王邸へ向かわせた。有田先生は当初の計画通り、親王様は別荘で静養中と伝えるつもりだった。だが、よくよく考えれば、容態が好転し、丹治先生の治療も受けているというのに、数日を置いて再び御典医を遣わすとは、明らかに疑念が晴れていない証だった。疑いを抱かれている以上、別荘での静養という言い訳は通用しまい。小林御典医が別荘まで足を運べば、不在は露見する。そこで吉田内侍と小林御典医には、親王様は昨日、梅月山で療養するため出立したと告げた。天皇は必ずや疑うだろう。しかし、真偽を確かめるため人を遣わすことはあるまい。ただ、親王様が何かを密謀していると考えるはずだ。あるいは燕良親王の反乱に乗じて、濁った水で魚を漁ろうとしているのではと疑うかもしれない。もしくは、さらに悪質な推測さえするだろう。だが悪意に満ちた憶測をすればするほど、親王様が単に邪馬台での戦に赴いただけと知った時、怒りも和らぐというものだ。その推測ゆえ、親王邸に手出しはせまい。せいぜい監視をつける程度だろう。案の定、吉田内侍の報告を受けた清和天皇は顔を険しくし、即座に樋口信也を召した。「北冥親王邸を監視せよ。上原さくらの一挙手一投足、接触する者すべてを見張れ。有田現八も同様だ」樋口は天皇の腹心として聖意を推し量れたが、事の重大さに問う勇気もなく、ただ頷くばかりだった。樋口信也が退出すると、天皇の胸中は乱れに乱れていた。玄武が突如として心疾を発症した時から、この一件には違和感があった。内乱と外敵の侵攻、朝廷が人材を最も必要とする時に、あまりにも唐突な発病。今や、己の疑念は的中したと言えよう。燕良親王の背後関係を探らせていたが、その黒幕が見つからぬ。ひょっとして、玄武自
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