春長殿では、皇后がまだ髪飾りを外すこともなく、顔の化粧も落とさぬまま、瞳の奥に期待の光を宿らせていた。今日、御前から早々に陛下が今夜後宮を訪れるとの知らせがあり、長い間待っても陛下が夜伽の相手を選んだという話を聞かなかったため、心中ひそかに喜んでいた。相手を選ばないということは、中宮に来るということを意味していた。「蘭子、急いで陛下がお見えになったかどうか見てきて?」今夜だけで、もう三度目の催促だった。傍らで控えていた吉備蘭子が微笑みながら答える。「お急ぎになりませぬよう、皇后様。陛下がお越しになる際は、必ずお迎えの準備をするよう事前にお知らせがございます」「そうね、そうよね……陛下が春長殿にお越しくださるのも久しぶりで、すっかり忘れていたわ」皇后は鬢のあたりをそっと撫でながら、艶やかな笑みを浮かべた。「何といっても陛下と私は夫婦の間柄。夫婦喧嘩は犬も食わぬと申しますもの。今や大皇子も立派に成長なさったのだから、陛下のお心も自然と和らぐというもの」「陛下がお越しになったら、よくよくお話しください。ただし、大皇子のお帰りのことを急いて持ち出すのはいけません」蘭子が念を押すように言った。皇后は頷く。「分かっているわ。今夜は口にすべきではないでしょうね。けれど、いずれは早くお戻りいただかないと……今では左大臣様もお褒めくださっているのよ。これ以上慈安殿にお留めいただく必要もないわ。こちらに戻られても変わらずよく学ばれるでしょうに。あまり長く慈安殿にいらっしゃると、いずれは私という母を忘れてしまうのではないかしら……」蘭子が一瞬ためらい、それでも言わずにはいられなかった。「実のところ、大皇子様は今ではずいぶんとお利口になられました。このまま慈安殿にお留まりいただいてもよろしいのでは?陛下がお足留めをお解きくださりさえすれば、皇后様がいつでもお会いに行かれますし、大皇子様はお孝行な方ですから、決してお母様をお忘れになることはございません」だが皇后は首を振る。瞳の奥に悲しみが宿っていた。「孝行であっても、所詮はまだ年端もいかぬ身。人に吹き込まれれば、心も揺らいでしまうもの」蘭子の顔色が変わった。「皇后様、そのようなことを……太后様がそんなことをなさるはずがございません。そのようなお考えはお持ちになりませぬよう。太后様も大皇子様のためを思っての
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