All Chapters of 離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった: Chapter 231 - Chapter 240

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第231話 俺を止められるか

佐々木取締役は、ホールでばったり翔平と鉢合わせた。「……安田社長。これはこれは、どういった風の吹き回しで?」驚きは隠しきれていなかったが、口元は相変わらず営業用の笑みを崩さない。翔平は視線を上げ、一瞥だけでその空気を圧倒する。わずかに目が合っただけで、彼が持つ圧倒的な王者の風格が場の空気を支配していた。「帝都は俺を歓迎しないってことか?」皮肉めいたその一言に、佐々木はすかさず顔をほころばせて笑った。「とんでもない……ただ、今は三井社長が少しお手すきではなくて……」――言葉は柔らかいが、その裏に込めた意図は明白だった。鈴が他の男と一緒にいる、とでも言いたいのだろう。もちろん、翔平がそれに気づかないはずがない。佐々木が何を狙っているのか、とうに見えている。翔平は視線を逸らすことなく、鈴と悠生のいる方向へと目を向け、冷たく一言、突き返した。「彼女がお手すきかどうかなんて、お前が決めることじゃない」――刺すような一言だった。佐々木は一瞬顔を引きつらせ、それでも営業スマイルを保ったまま「おっしゃる通りです……」と口にしたが、翔平はもう聞いていなかった。そのまま彼は、まっすぐ鈴の方へと歩いて行った。鈴は彼の姿を見た瞬間、眉をひそめたが、どこか無関心な様子を崩さなかった。「鈴……」翔平が名を呼んでも、鈴は聞こえなかったふりをして、そのままオフィスのドアを開けた。蘭は空気を察して、気まずそうに鼻をこすりながら後ずさる。「社長、私は外でお待ちしています」翔平がドアに手をかけようとしたその時、悠生がその前に立ちふさがった。かつては兄弟のように親しかった二人。今は、互いに一歩も引かない強者同士の対峙。先に口を開いたのは、悠生だった。「……翔平、ここに何の用だ?」「悠生。お前……俺を止めるつもりか?」翔平の声は静かだが、言葉の奥に強烈な圧がある。だが悠生は、まっすぐに彼を見返して、きっぱりと言い放つ。「彼女は、お前に会いたがっていない。帰れ」翔平の目が一瞬細くなり、顎が自然と上がる。その所作ひとつにも、誇り高さが滲む。「俺を、止められると思ってるのか?」「止められなくても止める。今日だけは、絶対に通さない」互いの視線が火花を散らす。「……まさか、俺たちがこんな風に
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第232話 変わらぬ自信

彼女が火災に巻き込まれ、負傷したこと。翔平がそれを知っていた。だから彼女に会うためだけに、フランスまで飛んだ。ただ、三井家は彼女を完璧に隠していた。十日間、フランスに滞在したものの、結局一度も鈴に会うことはできなかった。だから帰国してからは、ずっと帝都グループで彼女を待ち続けていた。鈴はそのすべてを、表に出さず、何ひとつ感情を見せないまま、静かに口を開いた。「安田社長、私を気遣ってくれてるんですか?……でも、申し訳ありません。そのお気持ちは不要です」「君が無事でよかった。それだけで十分だ」翔平は、独り言のようにそう言った。一拍おいて、彼は話題を切り替えるように口を開いた。「向井蒼真とのナノテクノロジーのロボット事業、今ちょうど開発が最終段階に入っている。来月、新製品の発表会がある。俺たちが一緒に手掛けた、最初のプロジェクトだ。もし時間があれば、一緒に行かないか?」仕事の話に切り替えた。今回、鈴は拒まなかった。それは、自分が直接関与した案件だからだ。「わかりました。日程、調整しておきます」翔平はさっき、鈴と佐々木のやりとりを聞いていた。今の彼女には、少なからず「支え」が必要なはずだと、薄々感じていた。だから、さらに話を続けた。「三井社長、安田グループは今、新しいプロジェクトをいくつか仕込んでいる。興味があるなら、また一緒に――」だが、その言葉は、鈴の短い一言で断ち切られた。「結構です」「……そこまで、俺と関わりたくないんだな」少し間を置いて、ぽつりと続ける。「でもさ……君って、仕事は仕事、私情は持ち込まないって人だったよな。それとも……俺とまた何か組むのが、怖いのか?」その挑発めいた口調にも、鈴の表情は微動だにしなかった。ただ、落ち着いた声音で返す。「安田社長って、ほんとに昔から自信たっぷりですね。でももう、帝都にはMTグループという新しいパートナーがいます。今さら安田グループとこれ以上関わる必要は、ないと思います」はっきりとした、拒絶の言葉。だが翔平は、どこ吹く風といった様子で、静かに笑った。「新興企業なんて、まだ足元も固まっていないのに、そんなに急いで走り出して……転ぶのが怖くないのか?」その声音には、あからさまな侮りが込められていた。鈴
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第233話 恋人になれないなら友達で

鈴は我に返り、きょとんとした顔をした。「……何のこと?」悠生は鈴と翔平の間にただならぬ空気を感じ取ったのか、少し沈んだ声で言った。「……もし鈴さんが、また彼のもとへ戻るつもりなら、俺はその選択を尊重する」鈴は思わず吹き出した。「なにそれ?そんなに自信がないの?」悠生は苦笑しながらも真剣な目を向けた。「相手が翔平なら、負けても悔いはないさ。ただ、鈴さん――忘れないでほしい。あのときの問題はまだ何ひとつ解決していない。もしやり直すにしても、まずはそこを乗り越えなきゃならない」「誰が、やり直すなんて言ったの?」鈴はきっぱりと言葉を挟んだ。悠生の瞳がぱっと明るさを帯び、彼女をじっと見つめる。「鈴さん、じゃあ君は……」鈴は小さく首を振った。「少なくとも今のところ、彼とやり直すつもりはないわ」「……!」悠生は驚きに息を呑んだ。「じゃあ、つまり……俺にもまだチャンスがあるってこと?」鈴は静かに彼の視線を受け止めた。「悠生、そんなに決めつけてるの?私が、あなたにとってたった一人の相手だって」悠生は一瞬の迷いもなくうなずいた。「間違いない。君こそが、俺が求めてきた女性だ。……昔の俺は見る目がなかった。もし最初から、縁談の相手が君だとわかっていたなら、絶対に断ったりしなかった」彼は少しだけ息を整え、真っ直ぐに見つめながら続けた。「ただ……まだチャンスが欲しいんだ」鈴はそっと目を伏せた。悠生がここまで真剣だとは思っていなかった。彼の気持ちは一時の気まぐれだとばかり考えていたのに――だが今の彼女は、その思いに応えることはできない。ただ、はっきりと区切りをつけさせるしかなかった。「悠生くん、帝都グループを辞めなさい。あなたほどの力が、ここでくすぶっているのはもったいない。鈴木グループに戻るにしても、もっと大きな舞台があるはずよ」悠生は苦笑した。「……つまり俺を追い出したいんだな?」「そうじゃない。ただ、あなたにはもっと広い世界が似合うってこと」「でも俺は気にしない。君のそばにいられるなら、それで十分だ」「悠生くん!退職届には私がサインする。今日、あなたがどう言おうと、この件は決まりよ」一瞬、空気が張りつめた。二人とも黙り込み、時間だけが過ぎていく。やがて悠生が静かに
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第234話 安田家の誕生日祝い

「冗談はやめて」鈴は真剣に言った。「私は、あなたが必ず自分の幸せを見つけられると信じている」悠生は軽く笑みを浮かべて頷いた。言葉は続けなかったが、その眼差しには揺るぎない決意が宿っていた。……その後数日は、鈴は仕事に追われていた。ファッションショーで滞っていた案件を取り戻すため、連日残業が続いたのだ。ようやく土曜日になり、少し息をつけるようになった。朝早く。鈴のもとにおばあさんから電話がかかってきた。「鈴ちゃん、今日は旧宅に来てくれるの?」鈴は一瞬迷ったが、声の奥に込められた期待を感じ取り、結局は頷いた。「おばあさん、今日はお誕生日でしょう。必ず伺います」その返事に、おばあさんの顔には喜びが広がり、電話口からも笑みが伝わってきた。「まあ、まあ、まあ!それじゃあおばあさん、旧宅で待ってるからね」電話を切った鈴は窓の外を見やった。朝の陽射しが部屋に差し込み、あたたかな色合いを作っていた。今日は特に天気が良かった。彼女は金庫から、先日のオークションで手に入れた真珠のネックレスを取り出し、使用人を呼んだ。「温井さん、これをギフトボックスに包んでくれる?」「はい、お嬢様」手際よく箱に収められ、リボンを結んで差し出された。鈴はそれを見て、思わず微笑んだ。「温井さん、本当に器用ね」「お嬢様こそ、今日はどちらへ?」鈴はガレージで車を選びながら、何気なく答えた。「安田家よ」それ以上、温井は何も聞かなかった。鈴は白のマセラティを選び、ハンドルを握って走り出した。その日、安田家は華やかに飾り付けられ、ひときわ賑やかだった。おばあさんの誕生日は、安田家にとって大切な行事。広い邸宅の外には豪華な車がずらりと並び、贈り物を手にした客が次々とやって来ていた。広間では、人々が輪になっておばあさんを囲み、祝福の言葉を口にしていた。おばあさんは穏やかな笑みを浮かべ、一人ひとりに礼を述べている。ただ、その視線はときおり玄関の方に向けられ、まるで誰かを待っているかのようだった。「お母さん、今日はお誕生日ですから、真央が用意した贈り物を受け取ってください」翔平の伯母・安田真弓が娘の真央を伴って現れた。「おばあさん、お誕生日おめでとうございます」おばあさんは視線を戻し、柔ら
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第235話 姉さんなんて呼ばないで

しかも、非常に優秀な息子だ。由香里とは違い、真弓には真央という一人娘しかいない。自然と肩身が狭くなり、二人の間にはいつも火花が散る。「うちの真央に相手を探してあげることが、あなたに何の関係があるの?それより、聞いたわよ。遥ちゃん、翔平にアフリカへ送られたんですって?あなたが気を揉むことじゃないわね」その一言に、由香里の顔色はさっと変わった。胸の奥に鋭い棘が突き刺さったように痛む。「……うちの遥は、しばらくアフリカに行ってるだけよ。必ず帰ってくるわ」そう言いながらも、最後は自信を失い、気まずそうにその場を離れた。勝ち誇った真弓は、すかさずおばあさんの腕を取り寄せた。「お母さん、ちょっとこれをご覧になって。このMTグループの社長、田中仁。見た目も爽やかで実力も抜群。たった数ヶ月で会社を立て直したんですよ。まさに別格の逸材ですわ」おばあさんは眉をひそめ、短くたしなめる。「……その話は後にしなさい」真弓は唇をかみ、不満げにうなずいた。「はいはい……わかりました、お母さん」それでも諦めきれず、今度は真央に視線を向ける。「真央、この田中仁なんて、きっとあなたの好みよ」だが、真央は少しも興味を示さない。彼女の目はずっと大きな玄関の方に釘付けになっていた。やがて、安田翔平が現れると、曇っていた瞳が一気に輝きを帯びる。「お母さん、ちょっと行ってくるね……!」そう言って、駆けるように翔平のもとへ向かった。「翔平……」翔平は声の主を確認し、答えた。「真央姉さん、来てくれたんだな」真央は翔平の従姉。年の差はわずか二か月ほどで、彼女にとっては同年代にしか見えなかった。真央は唇を尖らせ、甘えたように言う。「何度言ったらわかるの?姉さんなんて呼ばないで。おばさんみたいに聞こえるんだから」「ははは、真央姉さんは全然年なんて感じないよ」横から熊谷湊斗が取りなすように口を挟んだが、彼女にきつく睨まれた。「姉さんと呼ぶなって言ってるの!」湊斗は慌てて言い直す。「わ、わかったよ。でも……じゃあ真央って呼び捨てにはできないだろ」真央の機嫌は少しだけ和らいだ。だがすぐに翔平へと視線を戻す。「翔平、離婚したって聞いたけど、本当なの?」翔平の目が翳り、口元が引き締まる。彼を知る者
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第236話 反射神経、鈍すぎ

湊斗はついに我慢できずに口を開いた。「昔さ、あいつらが三井さんに散々嫌がらせしてた時、君は何も言わなかったよね?それが今になって、ちょっと何か言われただけでこの反応って……ふふ、さすがに反応遅すぎじゃない?」翔平は少し間を置いて、ゆったりとした口調で返した。「今日のお前、ずいぶん喋るな」その答えに、湊斗はますます興味を惹かれたようで、ひょいと手を伸ばして翔平の肩を軽く抱いた。「ねえ、もしかして誰かを待ってるんじゃないの?」もちろん、その「誰か」が指すのは鈴だ。翔平は唇の端を少しだけ動かした。「……ヒマなのか?」湊斗はすぐに手を振って否定した。「ちがうよ。俺もちょっと気になっちゃってさ。ただの野次馬みたいなもんだよ」そして真面目な声色で続ける。「でもさ、本気で言っとくよ。今の君、自分の気持ちに気づいたなら……ちゃんと誠意を見せなきゃ。昔のことはちゃんと謝って、どんな反応が返ってきても、受け止める覚悟でいこう。たとえちょっとキツく言われても、文句はなしだよ?」湊斗の目には、どこか茶化すような笑みが浮かんでいた。「……まあ、結局言いたいのは一つだけ。彼女には、ちゃんと優しくしてあげて」翔平は顔をしかめて不機嫌そうに返す。「言われなくても分かってる」ちょうどそのとき、視界に白いマセラティが滑り込んできた。湊斗は口笛を吹き、少し調子に乗ったような声を出す。「来たよ」鈴は車を駐車スペースに止め、後部座席から手土産を取り出して車を降りた。今日この場に集まっているのはほとんどが安田家の親族で、鈴と翔平の間にあったあれこれも、ある程度は知っている。特に、あの離婚騒動は一時期メディアにも取り上げられたほどで、そんな中で鈴が現れたことで、皆の目には驚きの色が浮かんだ。そして、あちこちで小声の囁きが飛び交い始める。「えっ、なんで彼女が?」「離婚したんじゃなかったの?……まさか復縁?」「だってあの子、三井家のご令嬢でしょ?身分も地位も、安田家なんかとは比べ物にならないのに」「安田家って、ほんとよくあんな子と結婚できたよね。どんだけ運がよかったのか……」──ささやきは尽きない。けれど鈴は何一つ気にする様子もなく、琉璃色のドレスを身にまとい、背筋を伸ばしながらヒールの音を響かせて、優雅
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第237話 本当に図々しい

「鈴さん、帝都グループの社長になったって聞いてね。本当に立派になったわよね。うちの人、最近リストラに遭って仕事を失くしちゃって……もしよかったら、帝都で雇ってもらえないかしら?」鈴は何も答えなかった。けれど、双葉はまったく気にした様子もなく、平然と続ける。「うちの人、もともとただの係長だったけど、帝都なら役員くらいにはなれると思うのよね」その言葉に、隣にいた安田祖母の顔色がさっと変わった。鈴はそれに気づいて、ゆっくりと口を開いた。「何を言ってるんですか。どうせ安田家の人間でしょう?それなら、安田グループでの就職くらい難しくないはずです。うちは小さな会社ですから、とてもじゃないけど、そんな大物をお迎えする余裕はありませんよ」その物言いは、容赦のかけらもなかった。双葉の顔が瞬時に引きつる。鈴にあからさまに痛いところを突かれたのだ。もし安田グループに入れるのなら、自分だって今みたいに惨めな思いをしなくて済んだ。でも結局、夫に実力がなくて翔平に相手にされなかった、それだけの話。それを鈴に言われたとなれば、怒りと恥ずかしさで顔が熱くなるのも当然だった。「なによ鈴!ちょっと仕事ひとつ頼むくらいで偉そうにして!そんなだから翔平にも振られるのよ!」「双葉!」安田祖母がピシャリと叱りつけた。この末娘には、普段から甘すぎたと内心で思っていた。「いい加減にしなさい!ここでみっともない真似しないで!」「お母さんだって……私はただ、ちょっとお願いしただけじゃない!家族なんだから、助け合うのが普通でしょ?」「よくそんな厚かましいこと言えるね!」祖母の一喝に、双葉はさすがに言い返せず、顔を真っ赤にしたまま、悔しそうにその場を離れた。その様子を見て、安田祖母はすぐに鈴に向き直り、申し訳なさそうに頭を下げた。「鈴ちゃん、あの子のことは気にしないでちょうだいね」鈴はふっと微笑んで、首を横に振った。「大丈夫ですよ、おばあさん」──ただの犬の吠え声だと受け流しているように見えた。「それより、おばあさん。これ、プレゼントです。長寿と健康を願って選びました」鈴はあらかじめ用意していた綺麗な箱を差し出したが、その手より先に翔平がさっと動いて受け取った。「どんな贈り物だ?俺が見てやろう」そう言って、先に箱を
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第238話 仲を裂く

今や鈴の立場は一転して高貴なものとなり、多くの人々が彼女に取り入ろうと、あからさまに媚びを売っていた。誰もが彼女に気に入られようと、目を輝かせてすり寄っていく。その光景が、真央にはどうにも鼻についた。「ねえ、おばさん。遥がなんでアフリカに飛ばされたか、知ってる?」結婚後、双葉は安田家の内情にはあまり関わっておらず、遥のことも詳しくは知らない。ただ、由香里から「アフリカに勉強しに行った」と聞かされただけだった。けれど、いくらなんでもアフリカ。安田家がどれほど落ちぶれても、わざわざ子どもをそんなところに送るなんてあり得ない。何か裏があるのだろうと感じつつも、真相はわからなかった。「え?真央、あんた内情知ってるの?」真央は人だかりの中にいる鈴を指差した。「他に理由がある?もちろん、あの人の仕業よ」「鈴?まさか、そんな力があるとは思えないけど……」双葉が訝しげに言うと、真央は「甘く見すぎ」とでも言いたげに肩をすくめた。「前にさ、由香里おばさんと遥が鈴にどんなひどいことしてたか、覚えてるでしょ? あの子、ずっと黙ってただけで、タイミングを見て仕返しする気だったんだよ。今の彼女にとって、遥なんて……格好の的だよね」「それって……翔平が許可したってこと?」「うん。聞いた話だと、翔平が『もう遥は二度と戻れないだろう』って言ったらしい」双葉はぞっとした。心の中で嫌な汗がにじむ。「鈴って、そんなに根に持つ子だったの?」思い返せば、自分もかつては鈴を散々馬鹿にしたものだった。「所詮は成り上がり」「調子に乗っただけの女」と、口汚く罵ったことも一度や二度ではない。もし今になって仕返しされるとしたら――それこそ、ただでは済まない。「おばさん、遥だけじゃないよ。由香里おばさんだって無事じゃいられないって噂だし」「えっ?でもあの人は彼女の義母でしょ?年上よ?そこまでやるって、さすがにやりすぎじゃないの?」「でもね、おばさん。鈴と翔平はもう離婚してる。だから、義母でも何でもないの。気を遣う理由なんて一つもない。ましてや、おばさんのことなんて――もっと眼中にないんじゃない?」双葉の顔がみるみる青ざめた。彼女の嫁ぎ先は、ごく普通の家庭。財力もコネもない。三井家のような大財閥とは、まさに雲泥の差。もし鈴が本気で潰そうと
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第239話 権力にこびる

このひととき、鈴はまるで星々に囲まれた月のように、皆からちやほやされていた。その様子に、安田祖母は満足そうに目を細めていたが、一方で、ホールの隅に座っていた由香里は、ひどく不機嫌そうな顔をしていた。──まったく、この人たちときたら。どこまでも風見鶏。風向きが変われば態度も変わる。自分が権勢を誇っていた頃はこぞって持ち上げてきたくせに、今では掌を返したように鈴にすり寄っている。その光景に、彼女は思わず遥のことを思い出した。いま、遥はアフリカで辛い日々を送っている。それに比べて、鈴は見違えるように華やかに輝いている。由香里の胸には、言いようのない苦々しさが広がっていた。「お母さん、あの人はもううちの人間じゃないのに、どうして招待なんかしたんですか?」由香里の言葉に、安田祖母は顔をしかめた。「鈴ちゃんは、私の客人よ。あなたにどうこう言われる筋合いはないわ。暇なら台所でも見てきたら?ここにいられても目障りなだけよ」面目を潰された由香里は、それ以上言い返せず、不機嫌なまま足を引きずるようにしてキッチンへと向かった。そのとき、安田祖母は胸に手を当てて、小さく息をついた。──チク、と鈍い痛み。どうやら、持病の胸の痛みがまた出たらしい。祖母はゆっくりと立ち上がると、誰にも気づかれぬように階段の方へ歩いて行き、そのまま二階へと姿を消した。「鈴」人混みの中を縫うようにして、真央が鈴に声をかけてきた。鈴は彼女に対して悪い印象はない。むしろ、他の安田家の面々と違って、昔から彼女に対して敵意を向けることもなく、穏やかに接してくれていた。「真央さん」「久しぶりだね。少し見ないうちに、ずいぶん雰囲気が変わったじゃない」鈴は微笑みながら言葉を返す。「真央さんこそ、ますます綺麗になったよ」お互いに軽く笑い合ったあと、真央はふと思い出したように声を潜めた。「さっきね、おばあさん……具合が悪そうだったの。胸が痛いって……あの持病がまた出たのかも」「えっ、大丈夫なの?」鈴はすぐに周囲を見渡したが、祖母の姿はどこにも見えない。「変ね……結構前に出て行ったはずなのに、まだ戻ってきてないみたい」真央の言葉に、鈴の表情も曇る。「私、ちょっと様子を見てくる」「うん、気をつけてね」鈴はそう言ってくるりと振り返り
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第240話 無様としか言いようがない姿

「……何してるんだ?」その声に、鈴は振り向いた。扉の前に立つ翔平の顔には、明らかな怒気が浮かんでいた。彼は一瞬の迷いもなく、一直線に鈴の元へと歩み寄ると、黙って彼女の手を強引に引いた。状況が飲み込めないまま、鈴はそのまま外へ連れ出されてしまった。「……今の、何?」鈴は目を見開いて、信じられないというように問いかける。翔平は眉間に皺を寄せ、何も説明しないまま言い放った。「さっき見たことは、深く考えないでいい」その言葉に、鈴の胸にはますます疑念が広がっていった。何か──知られてはいけない秘密が、そこにはある。そんな確信めいた直感。「……さすがにおかしいでしょ」思わずこぼれたその独り言とともに、先ほど目にした「それ」が脳裏をよぎる。翔平の顔を見つめ、鈴は少し口を開いた。「……なんで、あなたの遺影が壁に掛かってたの?翔平、あなた、もしかして幽霊なの?」「馬鹿なこと言うな」翔平は苛立ったように吐き捨てた。「見間違いだ」「……本当に?」再び問い返したその瞬間、鈴はようやく気がついた。翔平が自分の手を、まだしっかりと握っていることに。彼女は何のためらいもなく、その手をすっと引き抜いた。「……もうすぐ誕生日パーティーが始まる。行こう」空になった手を見下ろしながらも、翔平は落ち着いた声でそう促した。鈴は未だに腑に落ちない気持ちを抱えながらも、「考えすぎかもしれない」と自分に言い聞かせた。目の前の翔平は、確かに生きているのだから。「……おばあさんは?具合が悪いって聞いたけど」「え?」「体調がよくないって聞いたから、様子を見に行ったの」翔平は一瞬だけ鈴をじっと見て、低く言った。「大したことはない。でも──次からは、あの部屋には絶対に入るな」その言葉に、鈴は視線を伏せ、小さく頷いた。二人は並ぶことなく、ひとつ前後になって廊下を歩き始めた。そしてちょうど、階段を下りようとしたそのときだった──ガシャッ!上の階から何かが落ちてくる音とともに、瞬間、視界の端に鮮やかな影が走った。「……危ない!」翔平は反射的に鈴の腕を引き、自分の体で覆いかぶさるようにして庇った。ドンッ──!重い衝撃音とともに、何かが翔平の背中に直撃した。瞬く間に、翔平
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