All Chapters of 離婚後、私は世界一の富豪の孫娘になった: Chapter 281 - Chapter 290

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第281話 いつもの場所で待ってる

「今、MTグループとの提携が決まったわ。プロジェクトの初期段階は、私が直接現地でフォローする」「それなら、私もご一緒しましょうか?」鈴はうなずいた。「準備しておいて。向こうではMTグループと合流して、主なプロジェクトメンバーも連れていくことになるから」「承知しました。すぐに手配します」業務の段取りが決まると、鈴は仁にメッセージを送った。だがその瞬間、不意にスマートフォンが鳴り出す。画面に浮かぶ番号を見て、鈴は表情一つ変えずに応答ボタンを押した。「……MTグループと提携したって聞いたけど?」耳元に流れ込んできたのは、翔平の声だった。鈴は窓の外に視線を向け、淡々と答える。「情報、回るの早いのね。さすが安田さん」「……本当に彼を選んだのか?俺じゃなくて?安田グループとの提携の方が、勝算あるだろ」「もう決まったことよ。今さら話す必要なんてないわ」その返答に、翔平は苛立ちを隠さなかった。子どもの頃から、負けたことなんて一度もなかった。今までだって、欲しいものは全て手に入れてきた。「シンガポールの案件は見た目以上に複雑だ。もし行くなら慎重に動け。助けが必要なら――」「結構よ。帝都が一番望んでないのは、安田の助けだから」鈴の声は冷たく、言葉の端々には棘があった。「そんな暇があるなら、自分の家の火事でも片付けてきたら?うっかり延焼して、周りに迷惑かけたら困るでしょ」その一言に、翔平は言葉を失う。けれど、すぐに静かに、真剣な声で告げた。「……安心しろ。君を傷つけたやつは、一人残らず俺が潰す」鈴はふっと笑う。「家の話なんて、わざわざ私に報告しなくていいわ。興味ないから」そう言って、躊躇なく通話を切った。握られたスマートフォンが、きしむほどに強く握りしめられる。翔平の目は暗く、顔色も悪かった。そこに、ドアが開いて若菜が入ってくる。「翔平、大丈夫?」翔平は顔を上げると、感情のない声で言い放った。「……出て行け」その威圧感に、若菜は一瞬怯んだ。それでも弱々しく見せかけて、一歩近づく。「何かあったの?私で良ければ、力になるから……」翔平はその言葉に答えず、彼女の顎を無言でつかんだ。「お前なんかに、何ができる」吐き捨てるように言い、手荒に突き放す
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第282話 今のが本題じゃなかったって?

豪華なホテルの一室。微かに聞こえる、男女の湿った吐息と、くぐもった声。ひとしきり熱を交わしたあと、若菜はベッドのヘッドボードに背を預けた。指の間には短くなった煙草。深く吸い込んだ煙を、無言のまま肺に落とす。隣にいる男は上半身裸のまま、彼女をぐいと抱き寄せ、気だるげな声で囁いた。「しばらく見ないうちに、腕が落ちたな。刑務所暮らし、楽しくなかったみたいだな?」若菜は煙を吐き出しながら、ぴしゃりと返した。「くだらない冗談はいいの。今日は、本題があるって言ったでしょ」男は喉を鳴らして笑った。「なあに、今のが本題じゃなかったって?」若菜は目を細め、指で吸い殻を灰皿にねじ込んだ。「翔平、たぶん私のことを疑ってる。でも、まだ証拠は掴めてない」男の大きな手が彼女の体をなぞり始める。「だったら問題ない。証拠がなけりゃ、どうとでもなるさ。用心して動けばいいだけだ」その手を、若菜はぴしゃりとはねのけた。表情が一変する。「どうあれ、安田夫人の座は、絶対に手に入れる。無理でも……あの女、三井鈴に刑務所の味を思い知らせてやる」男の唇が歪む。若菜の顎を掴み上げて、からかうように言った。「俺のベッドで他の男の話か。気分悪いな。そもそも、あんだけ手を尽くしても安田翔平と結婚できなかったくせに。今さら、チャンスがあるとでも?」その言葉に、若菜は悔しさを飲み込んだ。――あれほどまでに執着して、策略を巡らせて、結局手にしたのは、自分の破滅だった。家族まで巻き込み、祖父はいまも借金返済のために働いている。出所してからも、顔向けできずに一度も会いに行っていない。「もう、這い上がる方法は一つしかないの。翔平と結婚する。それ以外に、三井鈴と渡り合う手は残ってない」男は肩をすくめ、皮肉っぽく笑う。「そりゃご立派な目標で。……がんばれよ」その無関心な態度に苛立ちを覚え、若菜は男の腕を掴んだ。「協力してくれないの?」「無理だよ。男女のゴタゴタなんて、他人がどうこうできるもんじゃない」「無理、じゃなくて……やりたくない、の間違いでしょ?」ズバリ言い切ると、彼女は男に顔を近づけ、両頬を包み込んで強引に唇を重ねた。「安心して。欲しいのは安田夫人の肩書きだけ。中身は……ずっとあなたのものよ」それを聞い
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第283話 完全に無視された

若菜の目がぱっと輝いた。「ねぇ、何かいい考えがあるんでしょ?」男は身を寄せ、彼女を押し倒すようにして囁いた。「知りたいなら、俺に尽くせよ」その言葉とともに、部屋には再び艶やかな空気が満ちていった。……翌朝。鈴は早くから荷造りを終え、出発の準備をしていた。ちょうどそのとき、陽翔から電話がかかってきた。「鈴、小耳に挟んだんだけど、シンガポールに行くって本当?」何でも見透かされてしまう兄に、鈴は素直に答えた。「うん、仁さんと一緒に行くよ」「ちょうど友人がシンガポールにいるから、困ったことがあったら彼に頼るといい」「わかった、大丈夫だよお兄さん。もう子どもじゃないんだから、そんなに心配しなくていいってば」「でもな……土田も一緒か?」「会社の同僚たちは少し遅い便で、明日現地で合流予定」鈴の説明を聞いて、陽翔もようやく安心した。仁と土田が一緒なら、それほど大きなトラブルはないだろう。それでも彼は、いつものように念を押す。「お前は昔から自立心が強くて、しっかり自分の意見を持ってた。だから俺は基本口出ししない。でも、外ではとにかく安全第一だ。シンガポールに着いたら、お前の護衛はもう少し増やしておく。あっちは治安があまり良くないから、くれぐれも気をつけてな」「うん、わかってるよ……」そう答えながら、鈴の視線は遠くにいた仁の姿を捉えていた。手を振りながら、電話に向かって一言。「大丈夫だよ、仁さんが一緒にいるから。じゃあ、切るね」通話を終えると、鈴は軽やかに駆け寄っていった。「仁さん!」仁は彼女のキャリーケースを自然と受け取り、それをアシスタントに渡すと、そのまま鈴の手を引いてプライベートジェットへと乗り込んだ。飛行機は空を滑るように飛び、7時間半ほどでシンガポールの空港に到着した。帝都グループと提携している現地企業は、すでに空港に迎えのスタッフを待機させていた。プライベート通路を抜けて出口に向かうと、人混みの中に大きなボードを掲げる姿が見えた。【三井さん、田中さん ようこそシンガポールへ!】鈴はそちらに向かって歩きながら、流暢な英語で話しかけた。「あなたたちは寰亞株式会社の方ですか?」相手は二十代前半の若者で、彼女の英語にぱっと目を見開いた。「三井さんでいらっしゃいますか?」鈴は小さく頷き、すぐに歩き出した。「三井
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第284話 扱いの差

ヴィヴィアンはにこやかに微笑みながらも、その視線は終始仁のほうに向けられていた。「まさか田中さんが自らお越しになるとは。寰亞としては本当に光栄です。お疲れでしょうし、まずはホテルへお送りいたしますね」仁の目がわずかに細められ、低い声で返す。「ご苦労さま、ヴィヴィアンディレクター」そのまま目の前に停まっていた2台のバンのうちの一台を、ヴィヴィアンが鈴に示した。「三井さん、こちらの車へどうぞ」鈴は軽く頷いて乗り込んだが、その直後、仁も当然のように隣に腰を下ろした。そして、外に立つヴィヴィアンに声をかけた。「ヴィヴィアンディレクター、私と三井さんは同じ車で行きます」ヴィヴィアンの眉が一瞬ぴくりと動いたが、すぐに笑みを取り繕い、抑えた声で応じた。「承知しました。では、私は後ろの車でついて行きます」車のドアが閉まり、ゆっくりと走り出す。鈴は唇を尖らせ、ちょっぴり拗ねたように呟いた。「仁さん、あのヴィヴィアンさん、絶対一緒に乗りたがってたよ?そんなふうにしたら、美人の顔、潰しちゃわない?」仁はちらりと彼女に目をやると、無言で手を伸ばし、ぽんぽんとその頭を軽く撫でた。「何を想像してるんだ。変なこと考えるな」鈴は吹き出しそうになるのを堪えた。こんな真面目な仁は、正直初めて見る。「はーいはーい……でもさ、ヴィヴィアンさん、あんなに綺麗なのに?ほんとに全然、心動かなかったの?」仁は表情一つ変えず、冷たく言い放つ。「何も感じない」そのひと言で、鈴の機嫌は一気に回復。窓から入り込む風まで、なぜかやさしく感じられた。──が。ホテルに到着した瞬間、その笑顔は凍りつくことになる。内装はどう見ても、七八年前の設計そのまま。ところどころ色褪せた壁紙に、使い古されたロビーのソファ。どう見ても、「最上級」には程遠い。車を降りたヴィヴィアンが、ふたたび笑顔で迎えに来る。「田中さん、三井さん、中へどうぞ」鈴は現地の習慣だと思って受け入れるつもりだったが、次にヴィヴィアンが口にした言葉に、さすがに目を疑った。「こちらが、このあたりで一番良いホテルなんです。数日間、快適にお過ごしいただければ、私たちも安心できますので」──一番いいって、これが!?鈴は軽く現実を疑った。隣を見ると
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第285話 ネズミが怖い

「だから、この部屋が最後の一室なんです」そう言って、ヴィヴィアンはバッグからルームキーを取り出すと、妖艶な視線で仁の横顔をじっと見つめながら、そのカードキーを彼の手に差し込んだ。長い睫毛を揺らし、含みをもたせた声で囁く。「田中さん、私のお部屋、お隣なんです。いつでも遊びにいらして。……じっくり、交流しましょう?」そう言い終えるや否や、仁の返事も待たず、腰をくねらせながら去っていった。仁は無言のままカードキーを一瞥し、次の瞬間、ためらうことなく真横のゴミ箱に放り投げた。すぐさまスマホを取り出し、鈴に連絡しようとした、――そのときだった。「仁さん……!」階段の下から鈴がスーツケースを引きずって駆け上がってきた。仁の姿を見つけるなり、スーツケースを放り出して、そのまま飛びつくように胸にしがみつく。「仁さん……出たの、ネズミ!めっちゃ大きいやつ……!」その声は明らかに震えていて、顔色も真っ青。体も小刻みに震えていた。怯えた子猫のようなその様子に、仁は思わず吹き出しそうになるのをこらえた。「じゃあ、今夜は私の部屋に泊まれ」鈴はこくんと小さく頷いた。少しのためらいもなく。仁は苦笑しながら、彼女の背を優しく叩いた。「ただのネズミだろ。大したことないさ」「ただのじゃないの、すっごい大きかったんだから……!」鈴は泣きそうな顔で言い返し、ようやく仁の腕の中から身を離した。そのときになって初めて、彼の部屋をぐるりと見回し――自分の部屋との違いに言葉を失う。まるで世界が違う。「仁さん……これ、あまりにも差がありすぎじゃない?」「はいはい、じゃあベッドは君に譲る。私はソファで寝るよ」鈴は素直に頷き、部屋のドアを閉めた。仁は彼女にスリッパを差し出し、スーツケースを寝室まで運んでやる。ベッドに腰を下ろした鈴は、ふわりと身を預けて思わず声を漏らす。「うぅ……このベッド、天国みたい……!」くるりと身をひねり、枕を抱きしめる。――どうしよう、もう一歩も離れたくない。しばらくベッドの上でごろごろしてから、ようやく寝間着を持ってシャワーを浴びに行った。けれど、風呂から上がる頃にはすっかり眠気に負けていた。あくびを噛み殺しながら、手にドライヤーを持ってふらふらと寝室から出てくる。ちょうどそ
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第286話 三井家の令嬢じゃない

部屋にいたのは自分と仁だけ──そのことを思い出した瞬間、鈴の顔がぱっと赤く染まった。考えるまでもない。きっと仁が自分をここに運んだのだ。「ああもう……終わったかも……」悔しそうにぼやきながら、鈴は隣にいる仁を一切無視して、まるで追い出すかのようにドアの方へ押しやった。仁は状況がつかめないまま、困ったように首を振るしかなかった。洗面を終えて戻ると、仁の姿はすでになくなっていた。鈴は深く息を吐き、ようやく椅子に腰を下ろして朝食に手をつけた。だが、ちょうど半分ほど食べ終えたところで、ドアベルが鳴った。仁が戻ったのかと思いながら立ち上がり、声をかける。「仁さん、鍵忘れたの?」ところがドアを開けた瞬間、言葉が止まった。そこに立っていたのは仁ではなく、明らかに驚きと怒りを浮かべたヴィヴィアンだった。彼女は鈴を指さし、語気鋭く問いただす。「……あなた、昨晩ここに泊まったの?」鈴はきょとんとした顔で言い返す。「うん、それがどうかした?」ヴィヴィアンは堪えきれない様子で言った。「田中さんは?彼は今どこに?」「いないけど?」肩をすくめるように答えた鈴は、淡々と続けた。「ヴィヴィアンさん、何か用事でも?」ヴィヴィアンは不機嫌を隠さず、「すぐ出発するのよ、三井さん。みんなを待たせないでちょうだい」と言い捨てると、パタンとドアを閉め、足早に去っていった。残された鈴はきょとんとしたまま、数回まばたきをした。玄関を出て階下に降りると、既に一行が集まって待っていた。土田が先に近づいてきて、丁寧に一礼する。「社長」「来てくれてありがとう」そう返してから、鈴は人混みの中に仁の姿を見つけた。昨夜のこともすっかり忘れたように、満面の笑みで手を振った。その様子を遠くから見ていたヴィヴィアンの表情がわずかに曇る。だが、仁の手前、さすがに表立って不機嫌をぶつけるわけにもいかず、彼女はプロとしての顔を保った。「田中さん、本日は寰亜株式会社を訪問します。午前中は会議に出席いただき、午後には当グループの鉱山施設をご案内して、現地の状況を視察していただく予定です」ヴィヴィアンの声色は柔らかく、態度もあくまで穏やか。女ディレクターとしての凛とした立ち振る舞いを見せつけていた。仁は軽くうなずき
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第287話 私がいないと提携は白紙になる

「たまたまでしょ。三井家と同じ名字ってだけじゃない?」「私もそう思います。あの子の雰囲気、どう見ても令嬢には見えませんし」鈴の姿にちらりと目をやったヴィヴィアンも、その意見にうなずいた。「まあ、今日狙う相手は彼女じゃないしね」「もちろんです、ヴィヴィアンさん。狙うのは田中さん、ですよね?」「……ふふ、分かってるじゃない」否定はしない。その目には自信すら浮かんでいる。アシスタントが続けた。「田中仁みたいなハイスペック男子、今どき滅多にいませんよ。あんなのを射止めたら、それこそ人生一発逆転ですからね」「当然でしょ?」ヴィヴィアンは得意げに髪をかき上げる。「男ってのは、たまに質素なご飯もいいけど、結局は艶っぽい女に弱いのよ。私はね、勝ちにいくタイプだから」そう言い放ち、自信満々の足取りで仁のあとを追った。一行はビジネスカーに乗って寰亞へと向かった。シンガポールを代表する大企業だけあって、本社ビルは見るからに豪奢だった。エントランスには大きな横断幕が掲げられている。【三井様・田中様 ようこそ寰亞株式会社へ】車を降りた瞬間、拍手と歓声があがる。スタッフたちが列をなして二人を迎え入れ、まるでVIPさながらにロビーへと案内した。「田中さん、会議室は22階にご用意しております。こちらへどうぞ」ヴィヴィアンが一歩前に出て、ここぞとばかりに愛想よく仁をエスコートする。鈴も後に続こうとしたが、ヴィヴィアンのアシスタントに前をふさがれた。「三井さん、次のに乗りましょう」鈴は眉をひそめた。あからさまな対応に、さすがに不快を隠せない。ちょうどその時、エレベーターのドアが閉まりかけていた。中で仁がふと気づいたように振り返り、隣にいた土田に尋ねる。「鈴は?」「まだ下にいらっしゃるみたいです。迎えに行ってきますか?」そう言いかけたところで、ヴィヴィアンが素早く口を挟んだ。「乗り切れなかっただけです。大丈夫、アシスタントが後ほど三井さんをご案内しますので」仁はしばし考えたが、それ以上は追及せず、黙ってうなずいた。一行はそのまま22階へ。すでに寰亞の社長が待ち構えており、仁を丁重に会議室へと案内した。一方そのころ、鈴が22階にたどり着いた頃には、会議はすでに始まっていた。だが、ヴィヴィアンのアシスタントは、まるでそれを待っていたかのように、鈴を
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第288話 三井鈴が行方不明

鈴は冷笑を浮かべ、その瞳には鋭い冷気が宿っていた。「アシスタントごときがこの態度じゃ、寰亞の誠意なんて到底感じられないわね。でも、一つだけ忠告してあげる。やるからには、後始末の覚悟もしときなさい」そう言い捨てると、鈴は踵を返してその場を去った。アシスタントは鼻で笑うように肩をすくめただけだった。――脅しかけてるつもり?そんなの、何度も見てきた。長年この業界で揉まれてきた自分にとって、あの程度の言葉など何の圧にもならない。鈴はそのまま寰亞ビルを出て、待機していた車に戻ると、スマホを取り出し、気ままにゲームを始めた。その頃、22階の会議室では、凍りついたような沈黙が支配していた。メイン席に座る仁の表情は険しく、一言も発さない。その無言の圧だけで、室内の空気は一気に氷点下にまで冷え込んでいた。寰亞の社長が額の汗を拭いながら、おそるおそる口を開く。「田中様……今回の提携に、何か問題がございましたでしょうか……?」しかし仁は返事をせず、ただ腕時計に視線を落とした。――もう20分も経ったのに、鈴が戻ってこない。その時、土田がやや息を乱しながら会議室に入ってきた。「田中さん……社長が、どこにもいません!」仁は立ち上がるや否や、ポケットからスマホを取り出し、電話をかけながら会議室を飛び出していく。残された面々はただ顔を見合わせるしかなかった。慌ててヴィヴィアンが後を追う。「田中さん、会議はまだ途中です。どちらへ……?」だが仁は彼女に目もくれず、通話の相手からの「ぷーっ、ぷーっ」という無機質な音だけが耳に残った。電話は、一方的に切られていた。眉間の皺がますます深くなる。――鈴は、理不尽なことで怒るような人じゃない。それに……今まで、一度だって自分の電話を無視したことなんてなかった。「……三井を見かけなかったか?」そう尋ねる仁に、ヴィヴィアンは一瞬返答に詰まった。そういえば――自分の指示で、アシスタントに鈴を会議室の外で止めさせたのだった。だがまさか、仁がここまで彼女を気にかけるとは思っていなかった。一抹の動揺を押し隠しながら、彼女は平然と答える。「……いえ。ご一緒に上がってきたので」仁はそれ以上は追及せず、黙ってエレベーターのボタンを押した。「田中さん、三井さんに何かあったんですか?よろしければ、私も……」「結構だ」その一
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第289話 守られてる感じ

ヴィヴィアンは黙ったままだったが、心の中では密かに考えを巡らせていた。――田中仁と三井鈴の関係って、いったい……?「コンコン」と控えめなノック音が車窓を叩く。鈴が顔を上げると、いつの間にか仁が車の外に立っていた。ちょうどスマホの画面ではゲームが佳境に差し掛かっていた。鈴は視線を戻し、指先を滑らせるように操作を続ける。その動きは実に鮮やかで、数秒のうちに相手を一気にKO。画面に「勝利!」の文字が躍るのを見届けてから、ようやくスマホを置き、助手席のドアを開けた。「……仁さん」唇を一文字に結び、不機嫌そうな表情。仁はそんな鈴の顔を見るなり、少し目を和らげた。「どうしたんだ?なんで車の中でゲームなんかしてたの?」鈴は小さく肩をすくめ、むくれたように口を尖らせた。「どうしたもこうしたもないよ。会議室に入るなって言われて、外で足止めされちゃったの」その言葉を聞いた瞬間、仁の顔から表情がすっと消え、空気が冷たく張り詰めた。「……なるほど。そうか。だったら――今回の話は、なかったことにしよう」そう言って助手席に乗り込み、運転手に「出して」と一言。車が静かに動き出す。車窓の外を景色が流れていくのを眺めながら、鈴の胸の奥にじんわりとした感情が広がっていた。……なんだろう、この守られてる感じ。心のどこかが、くすぐったく、でもあたたかい。「仁さん、でもさ……あれって確か、何百億って規模のプロジェクトじゃなかった?」仁は少し顔を向けて、彼女の頭にそっと手を乗せた。「ビジネスより君のほうが大事だよ」その一言に、鈴は思わず笑みをこぼす。「仁さん、今のすごく刺さった。けど……悠生くんがかわいそう。今回の提携、彼がまとめたんだよ?」仁の目の奥に、ほんのりとした嫉妬の色が差す。「提携なら、私でも取れる」「たかが百億のプロジェクトだ。君が欲しいなら、いくらでもくれてやる。……ただし――」そこで仁の声色がわずかに変わる。「次は、私の前でほかの男の名前を出すな」「……え?」鈴は思わず目を瞬かせた。――仁さん、なにこの……急に男らしいスイッチ入ったみたいな。「仁さん、なんか今日やたら強引……っていうか、ちょっと嫉妬してない?」「当たり前だろ。好きな女の前では、男なんてみんな子供み
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第290話 取引のキャンセル

土田たちが去ったあと、西村はとうとう堪えきれず、声を荒らげた。「これは一体どうなっている!三井さんを怒らせた奴、今すぐ出てこい!」室内の空気が一瞬で凍りつき、誰ひとり息をすることすらためらう。ヴィヴィアンですら、上司のこんな剣幕は見たことがなく、思わず身を震わせた。その時、秘書が駆け込んできて報告する。「社長、監視カメラを確認したところ、三井さんを会議室の外で止めていた人物がいました」「何だと……誰がそんな真似を!」秘書は小さく頭を下げ、ヴィヴィアンのアシスタントを指差した。「……早川です」名前を呼ばれた早川は、人に押し出されるように前に出て、足を滑らせて床に転がり込んだ。だが痛みにかまっている暇などなく、慌てて西村に訴えた。「社長、わざとじゃありません、私はただ……」西村は容赦なく彼女の肩めがけて一蹴を食らわせた。「ただ何だ?あの人が浜白から来た三井さんだと知らなかったのか?そんなことも見極められないのなら、会社はお前を雇う価値があるのか!」「社長、申し訳ありません!分かりました、どうか今回だけは……」早川は肩の痛みも忘れて必死に懇願する。西村は苛立ちを隠さず、怒声を飛ばした。「俺に頼むな!三井さんに頭を下げろ。今日中に三井さんの機嫌を直して、この案件を元に戻せなかったら、家に帰って二度と来るな!」早川は顔を青ざめさせながら、何度もうなずいた。「……わかりました、社長。すぐに三井さんを探して、謝罪してきます!」そう言うなり、床から転がるように起き上がり、全力で駆け出していった。西村はその背中を睨みつけ、奥歯を噛みしめる。心の中で早川を何度も罵倒した。「何を突っ立っている!全員、仕事に戻れ!」その一言で、社員たちは一斉に席へと散り、余計な火の粉が自分に降りかかるのを恐れて、誰も顔を上げなかった。鈴はホテルに戻ったばかりだったが、休む間もなく西村から電話がかかってきた。「三井さん、今日は本当に申し訳なかった。部下が未熟で、どうか大目に見ていただけないでしょうか。うちの会社との協力は今が正念場なんです。こんな些細なことで関係が悪くなるのは、あまりにも惜しい……」受話口に響くその声を聞きながら、鈴は冷ややかに笑った。「些細なこと?西村さん、寰亞のような大企業が、これがお
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