「でもね、今は……全然嬉しくないの。特に、あいつの訃報を聞いたときなんて」紀香の手が震え始めた。まるでその刃が清孝の胸を貫いた瞬間の感触が、今でも手に残っているかのように。その血の感触は、いくら洗っても落ちないようだった。実咲がその震える手を握りしめ、背中を上下にさすって、そっと慰めた。「それでいいと思うよ。誰にだって怒りたくなるときはあるんだから。それに、彼にだって非はあるでしょう?」紀香は口には出さなかったが、胸の中に詰まった思いが溢れてきた。涙は止まらず、何度拭ってもまた流れてくる。実咲が慰めれば慰めるほど、紀香の涙は激しくなった。最後にはもう、何も言わずにぎゅっと抱きしめるしかなかった。どれほど時間が経ったのか、いつの間にか二人とも眠ってしまっていた。半分夢の中で、何かが叫んでいる声が聞こえた。体も揺れて、まるで飲んだ酒が全部戻ってきそうな感覚だった。ドンドンドンッ——「香りん!」激しいノックの音に、紀香と実咲はぼんやりと目を覚ました。まだ状況がつかめないうちに、部屋のドアが力ずくで開けられた。「香りん!」紀香はベッドから強引に引っ張り出された。広い腕の中、慣れ親しんだ冷たい香り。その顔は、見覚えがあるようで、どこか違うようでもあった。外の冷たい風に吹かれて、ようやく完全に目が覚めた。地震だと気づいた。「実咲ちゃんは……」「彼女にはちゃんと守る人がいる」清孝は紀香を抱えたまま、開けた場所へと急いだ。だが彼女が雲海を撮影するために泊まっていたのは、山のふもとの民泊だった。そして、そこはなんと地震帯の上にあった。四方を山に囲まれ、崩れ落ちる岩は容赦なかった。民泊はあっという間に瓦礫と化した。「危ない!」清孝は紀香をしっかりと抱きしめながら、崩れ落ちる中へと転げ落ちた。「清孝!」うめき声が聞こえ、紀香は慌てて彼の背中を探った。果たして、手のひらに触れたのは熱く湿った感触だった。「動かないで。ゆっくりでいいから、私を離して。誰かを呼んで助けを……」清孝は彼女を強く抱き寄せた。「動くな。今は少しの動きでも、岩がまた崩れるかもしれない。俺の部下が必ず探しに来る。大丈夫、怖がらなくていい」怖くないわけがなかった。あ
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