彼は素早くスクロールしていたが、ふいに見慣れた名前のところで指が止まった。親指でその名前を押さえながら、やはり世界は狭いものだと苦笑した。青森の夜、雨が降り始めた。幸い、地震後の救援はほぼ落ち着いていたので、雨が降っても大きな影響はなかった。本来なら楓と約束して、早起きして運が良ければ雲海を撮りに行くはずだった。禍福は糾える縄の如し。地震があったのなら、何か幸運なことがあってもいいはずだ。しかし夜明け前に起きて、いざ出発というときに告げられたのは、昨夜半ばからの豪雨で山体崩落が起き、登れなくなったという知らせだった。皆の気持ちが一気にしぼんだ。紀香は思った。無理に求めるものではないのかもしれない、と。雲海は自分が撮るべきものではなかったのだろう。それはまるで自分と清孝の関係のように——別れようとしても、結局は絡み合ってしまう。「私の方で訊いてみる。前に清孝が雲海を撮ったの。でも手元にあるのはスマホの写真だけで、ちゃんとしたカメラで撮ったかどうかは分からない」楓はうなずいた。「頼むよ」雲海はもう紀香だけの心残りではなかった。それは楓と彼のチームにとっての心残りでもあった。しかもその原因は紀香自身にある。彼と一緒に撮りに行くと約束したのは、その埋め合わせをしたいからだった。どうしても新たに撮れないのなら、まずは清孝の携帯に残っている元データを見せるしかない。「まず確認してくる。元データがなければ……もう少し待ちましょう」「分かった」楓はそう答えた。……病室では、専属秘書が歩き回る清孝をなだめていた。「旦那様、奥様はただ仕事に行っただけです。それに、山体崩落で結局行けなかったそうですから、もう帰ってくる頃かと。ちゃんと横になっていないと、奥様に見つかったら怒られますよ」だが、まるで言霊のように、言い終わった途端、病室の扉が開いた。鮮やかな姿が目に入る。紀香が戻ってきたのを見て、専属秘書は安心して、気を利かせて部屋を出た。清孝はベッドの端に腰を下ろし、黙って彼女を見つめた。紀香は余計なことは気にせず、すぐに口を開いた。「あなたの携帯の雲海の写真、プロのカメラで撮ったのはある?」清孝はふっと笑った。「俺の苦労を恋敵の糧にするつもりか?」「……」紀香は
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