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All Chapters of 離婚後、恋の始まり: Chapter 951 - Chapter 960

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第951話

星野の薄い唇はきゅっと結ばれたまま、視線はずっと聡の顔に注がれていた。まるで、彼女の反応をじっと待っているかのようだった。聡は隼人を見上げた。その瞬間、彼と目が合った。隼人の瞳はふわりとした笑みを湛えていて、穏やかなまなざしで彼女を見つめていた。その眼差しはとても真剣で、そして驚くほど優しかった。出会ったばかりとは思えないほど、彼は信頼できて、そばにいるだけで安心させてくれる人だった。まさに、理想の恋人候補。家庭的な女性にはぴったりの相手だ。でも、自分はそういうタイプじゃない。自分はどこか厄介な存在で、隼人の隣に立つにはふさわしくない。「ありがとう」聡はそっと手を伸ばし、隼人からそれを受け取って微笑んだ。隼人は腕にかけていたコートをそっと聡の肩にかけながら、優しく声をかけた。「ちょっと風が出てきたね。風邪ひかないように」その気遣いは、本当に細やかで、心がこもっていた。そのやりとりを、星野は視界の端で見ながら、何も言えずに黙り込んだ。聡は一口水を飲むと、星野に目を向けて言った。「君の言ったこと、考えてみる。いったん帰って」星野の目にあった光が、じわじわと消えていくのが見て取れた。彼は少しうつむき、まるで慰めも励ましももらえなかった子犬のように見えた。もし彼に犬の耳がついていたら、きっと今にもしょんぼり垂れ下がっていたことだろう。なんとも言えず、不思議で、ちょっと哀れな姿だった。聡はその様子に少しおかしみを覚えながらも、笑いをこらえた。星野はゆっくりとその場を離れ始めたが、その背中はどこか寂しげで、足取りも重く、まるで何かを待っているようにも見えた。「夜ごはん、何食べたい?」「唐辛子チキンって食べられるかな?」「それはやめといたほうがいいよ。胃の調子、まだ本調子じゃないでしょ」「……」背中越しに聞こえてきたのは、二人のそんな会話だった。あまりに自然で、親しげで、まるで昔からの恋人同士のようなやりとりにしか聞こえなかった。星野の心は大きく落ち込み、そこにはどこか酸っぱくて苦い痛みが混じっていた。何とも言えない悲しさが胸いっぱいに広がった。彼はふと、思わず考えてしまっていた。この前、里香が結婚したって知ったとき、自分はどんな気持ちだったっけ、と。……思い出せなかった。まるで、
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第952話

「はあ……」有美が深いため息をついた。聡が本当に彼女の兄に興味がないことを、あらためて思い知らされたからだった。本当は、聡にお義姉さんになってほしかった。だから、少しがっかりして、寂しさもこみ上げてくる。その様子を見た聡は、有美の曇った表情に気づいて、少し困ったように言った。「何よ?お義姉さんにはなれないけど、友達のままじゃダメなの?」「もちろん、これからも友達でいたいよ!ただ、もっと家族みたいになれたらいいなって思っただけ。それが無理でも、私たちの関係が変わるわけじゃないから!」「じゃあ、そんなため息つくのやめてよ。私ね、もう体調は大丈夫だと思うし、これ以上は入院したくないんだ」と聡が言った。「じゃあ、もう一回ちゃんと検査してみて。本当に問題ないって分かったら、そのときは退院してもいいと思う」「うん、わかった」再度の全身検査の結果、体の状態は順調に回復していて、医者からも自宅療養をすすめられた。その日の午後、聡は退院の手続きを終えた。隼人は姿を見せなかった。午前と午後にそれぞれ見合いが入っていて、とても来られる状況じゃなかったのだ。聡の退院に関する手続きをすべて担当したのは、有美だった。家に戻ると、聡はほっとしたように肩の力を抜きながら言った。「やっぱり、家が一番だね」有美は彼女に温かい水を一杯注いで手渡しながら言った。「午後から会社で仕事があるから、もう付き添えないけど、ゆっくり休んでね。何かあったらすぐに連絡して」「うん、ありがとう」聡がうなずくと、有美はそのまま出ていき、部屋の中には再び静けさが戻った。聡はソファに座って抱き枕を手に取り、ぎゅっと抱きしめる。そして、気がつけば頭の中に星野の言葉がよぎっていた。気づくと、聡の口元にふと意味ありげな笑みが浮かんでいた。そのとき、スマホの通知音が鳴った。手に取って確認してみると、里香からのメッセージが届いていた。【かおるの結婚式、来る?】聡は、あの明るくて大胆な女の子の顔を思い出し、すぐに返信を打った。【いいよ、時間と場所教えて】【了解】かおるの結婚式は、半月後に予定されている。場所は冬木にある月宮グループ傘下の七つ星ホテルだ。聡はふと、かおるの最近の投稿が気になり、SNSを開いてみた。けれど、この期間中、彼女は
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第953話

里香:「え?」かおるが何か言いかけたその瞬間、彼女は隣に漂う冷たい空気を感じ取った。さっきまでの高揚感が少し冷めて、隣にいる冷えた表情の男を一瞥し、軽く鼻で笑った。かおるは里香の腕を引きながら外へ向かい、こう言った。「ひとりちょうだいよ。私、産む気ないし」「産む気がないのか?それとも月宮が産ませられないのか?」背後から冷え冷えとした男の声が飛んできた。そこには意地の悪さがにじんでいた。「産みたくない」と「産めない」じゃ、話が全然違うでしょ。かおるはその言葉に黙っていられなかった。振り返って雅之を睨みつけながら言い放った。「ちょっとあんた、黙ってくれない?誰もあんたの話なんて聞きたくないの!私は里香ちゃんの大親友よ?私を怒らせたら、あんたなんか捨てさせるし、挙げ句の果てに、あんたの子どもに『おじさん』って呼ばせてやるわ!」雅之の整った顔に、ほんの一瞬陰りが差した。里香は横で呆れたような表情を浮かべていた。この二人は顔を合わせるたびに言い合いになる。止めようとしても無駄なほどだった。「ちょっと疲れちゃったから、先に帰るね」里香が静かに言った。「うんうん、帰ろう!うち行こ!」かおるがすかさず応じた。すると雅之が冷たく言った。「当然、俺たちは自宅に帰る。お前の家で『子どもができない夫婦ゲンカ』見せられてもな」かおる:「あんたってば!」「雅之」里香が振り向いて彼を一瞥した。その表情は穏やかで、別に威圧的でもなかったが、雅之はそれ以上何も言わなかった。里香は今度はかおるの方を向いて言った。「私はカエデビルに帰るよ。あっちの方が慣れてるし」「それならちょうどいいわ。私、あなたの下の階に住んでるし、うちに来るのと変わらないもん」かおるが笑って応えた。月宮もカエデビルに部屋を持っており、それは雅之の部屋の下階にある。かおるはその後、そこに引っ越して住むようになった。里香が帰ってきたら、上下ですぐ行き来できて便利だと思ったからだ。里香は「うん」と頷いた。雅之は不機嫌そうに黒い瞳でかおるをちらりと睨み、それからスマホを取り出してLINEを開き、月宮にメッセージを送った。雅之:【お前の奥さんが、俺の娘を奪おうとしてるぞ】月宮:【いいじゃないか、俺賛成】雅之:【彼女、言ってたぞ。「お前がダ
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第954話

月宮がその言葉を聞いた瞬間、瞳にさらに鋭く危うい光が宿った。そして、低く静かな声で言った。「子供が欲しいのか?」かおるはぱちくりと大きな目を瞬かせた。「え?あなたはいらないの?だって里香なんて一度に双子だよ?すごいよね。一人くらい養子にもらってもいいと思うけど?」そのとき、不意に腰がきゅっと締め付けられた。かおるはびっくりして小さく声を上げ、思わず背筋を伸ばした。「っ、月宮?ちょっと、何してるの?」月宮の大きな手が彼女の腰をしっかり掴んでいて、表情には冷たさと微かな笑みが入り混じっていた。「どうして他人の子供を欲しがるんだ。俺たちで作ればいいじゃないか」あれ?今日の月宮、なんか様子がおかしい……かおるは戸惑いながら聞いた。「どうしたの?急に……」月宮は彼女のぽかんとした顔を見て、冷たい笑みを浮かべながらこう言った。「聞いたんだよ。外で俺のこと、『ダメな男』って言ってたってな?」「えっ、そんなこと言ってないってば!」かおるは即座に否定した。「私、あなたのことちゃんと分かってるし、そんなこと外で言うわけないでしょ!」でも、月宮の顔に信じる様子はなかった。突然立ち上がると、かおるを横抱きにして寝室へ向かった。「どうやらこの数日、君をほったらかしにしてたせいで、いろいろ溜まってるみたいだな。今から、しっかり解消してやる。それと、今日から家には避妊具は置かない。子供好きなら、俺たちの子供を作ろう。欲しいだけ、何人でも」「ま、待って!本当に言ってないってば!月宮、落ち着いて!ちゃんと話を聞いてよ!そんなにたくさんいらないってば、一人で十分だから!」かおるの必死の叫びや懇願も、虚しく空に吸い込まれていった。結局、かおるの声はすすり泣きと微かな喘ぎへと変わり、ベッドの上で何度も繰り返された。月宮の容赦ない責めに意識がぼんやりしてきたそのとき、かおるの頭にふと電流が走るようなひらめきが浮かんだ。くっそ!また雅之のヤツにしてやられた……!絶対、許さないからな!翌日、ウェディングドレスが届いた。かおるは里香にメッセージを送り、ドレスを見に来てもらった。聡も一緒に来てくれた。リビングの真ん中には、真っ白なスカートに輝くパールとダイヤが散りばめられた、ため息が出るほど美しいウェディングドレスが置かれていた。そ
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第955話

かおるの顔が途端に曇って、口をとがらせながら聞いてきた。「豪華なディナーって、何のこと?」聡は彼女の腰の後ろのリボンをほどきながら答えた。「どんなご馳走だって、もう食べられないよ。我慢して。数日後に埋め合わせするからさ」かおるは小さな顔をしょんぼりさせて、「わかったぁ……」と返事した。里香は引き続き果物をつまみながら言った。「一緒に果物食べよ?」結婚式のドレスを脱ぐのに少し手間取ったかおるは、すぐに箱をひとつ開けて言った。「この中に入ってるの、結婚式で着る白無垢だよ」里香は立ち上がって近づき、それを見て目を輝かせた。「わぁーっ、めっちゃ綺麗!」真っ白に織られた花嫁衣装には、金銀の刺繍が施されていて、一本一本の糸が本当に繊細だった。聡もその美しさに感動した様子で、スマホを取り出して写真を一枚撮ると、「これ、インスタに載せたいな」とつぶやいた。かおるは彼女の方を見ながら聞いた。「えっ、なんで?花嫁衣装見てたら、結婚したくなっちゃった?」聡は眉をピクリと動かして答えた。「衣装のデザインが好きなだけじゃダメ?」かおるはちょっと意味ありげな目で笑って、「へぇー。好きなら買えば?別に何もなくても着てみるの、アリかもよ」とからかうように言った。すると聡は顔を上げて、里香に向かって言った。「ふと思ったんだけどさ、ご馳走をここに届けてもらって、みんなで食べるってのはどう?」里香は笑いをこらえながら、「いいね、今なら何でも食べられる気がする!」とノリノリで答えた。かおるはすぐに「やだやだやだ!聡、ごめんなさい、ごめんなさい!私が悪かった!もうふざけないから、そんなことしないでー!」と大声で叫んだ。聡は鼻でフッと冷たく笑いながら、その写真をインスタに投稿した。少し経つと、早速「いいね」が一件ついた。かおるはその赤い丸を見逃さず、聡のそばでじっと画面をのぞき込んだ。「うわっ、この秒で『いいね』押すって誰よ?もしかして、追っかけ男子?」かおるが興味津々の顔で聞いてくると、聡はその通知を開いて確認しながら言った。「あなたも知ってる人だよ」「えっ?知ってる人?」かおるは驚いて聡のスマホをのぞき込み、そこに表示された星野のアカウント名とアイコンに目を見開いた。やっぱり知ってる……!「うわ
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第956話

「何を言ってるの?」里香はぽかんとした表情で、かおるを不思議そうに見つめた。かおるは困ったように額に手を当てた。いや、今ここでハッキリ言ってしまうのは、さすがにまずいんじゃないか?けれど、先に口を開いたのは聡だった。「話せることなんてないわ。星野は前に里香のことが好きだった。でも、里香の心はずっと社長に向いてた。今はね、星野は私のことが好きなの。まあ、いろいろ感情が混ざってるかもしれないけど……それはもう、全部過去の話よ」その言葉に、かおるはしばらく沈黙した後、小さくため息をついて口を開いた。「……わかった。私の考えすぎだったみたい」聡はもともと、そういう細かいことを気にするタイプじゃない。それに、彼女は雅之の部下でもある。もし本当に里香に何か引っかかるものがあるなら、あそこまで親身になって手を差し伸べるわけがない。何よりも、この一件は、そもそも里香には何の関係もないのだ。ただ星野が勝手に揺れていただけのこと。ようやく話の流れを飲み込んだ里香は、苦笑いを浮かべながら言った。「本当に考えすぎよ。私と星野の間には、最初から最後まで何もなかったんだから」かおるは手をひらひらと振って、少し笑ってみせた。「ま、いいや。ちょっとしたドラマが見られるかと思ったんだけどなー」それに対し、聡がすかさずツッコミを入れた。「調子に乗らないで。里香が主役のドラマが見たいですって?」「ごめんごめん」と、かおるはにやにや笑いながら肩をすくめた。「ところで、ご飯食べるんでしょ? 出前取ろうか?」「うん、ほんとにお腹すいちゃった」里香は素直にそう答えた。妊娠中は確かにお腹が空きやすい。けれど、食べすぎれば自分にも胎児にも影響が出てしまう。食事の管理は欠かせない。ちょうどその時だった。テーブルの上に置いてあった里香のスマホが鳴った。画面には、誰もが見える位置で「雅之」の名前が表示されていた。かおるがすばやく手を伸ばし、通話ボタンを押してスピーカーモードに切り替える。そしていたずらっぽく里香にウィンク。「何か用?」と、里香がスマホに向かって尋ねた。電話口から聞こえてきたのは、低く落ち着いた雅之の声だった。「夕食、作ったから。帰ってきて食べな」その一言に、里香の目がぱっと輝いた。妊娠してからという
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第957話

周囲には冷気がじわじわと広がっていた。けれど、かおるはまるで何も感じていないかのように、淡々と告げた。「帰っていいよ。私も、そろそろ寝るから」「どいて」突然、雅之が低く言い放った。かおるは鼻で笑い、挑むように言い返した。「あんた、何様のつもり?『どけ』って言われて、素直にどく女に見える?」その瞬間、雅之の顔から余裕が消え、氷のような視線がかおるを射抜いた。だが、かおるは微塵も怯まず、逆に睨み返すようにして立ちはだかった。これが、嫁の親友という立場の強気ってやつか。雅之は深く息を吐いた。「中に入って、一目見るだけだ。見たらすぐに帰る」「ダメ」かおるはきっぱりと言い放ち、ためらいなくドアを閉めた。雅之はしばし目を閉じ、次に開けたとき、その瞳には冷たい光が宿っていた。だが結局、彼は肩を落とすように踵を返した。無理やり入り込んで、里香を連れ出すわけにはいかない。しかも、すぐに結婚式が控えている。月宮も今は動けない。たとえ本人が望んでも、月宮家がそれを許すとは思えなかった。雅之はスマホを取り出し、短くメッセージを送った。【飲みに行こう】返ってきたのは、すぐの返信だった。【奇遇だね。俺もちょうどそう思ってた】二人は気が合うように連絡を取り合い、琉生を誘ってNo.9公館へ直行。夜の帳が下りる中、三人で盛大に酒を酌み交わした。一方その頃、かおるは満足げな顔で寝室に戻ってきた。何か冗談でも言おうとしたが、すでに里香は布団の中で静かな寝息を立てていて、彼女は思わず目を見張った。聡がそばに座り、肩をすくめるように言った。「横になって、二分も経たずに寝ちゃったのよ」かおるは小さくため息をつき、口をとがらせる。「まあ、仕方ないか。妊婦だもんね!」──もし妊婦じゃなかったら、きっと朝までガールズトークに花を咲かせてたはずなのに!だが、まだ聡がいる。かおるはそっと彼女の隣に腰を下ろし、にこりと微笑みかけた。「で、これからどうするつもり?」聡は怪訝そうに眉をひそめる。「どうするって?」「星野と付き合ってみる?それとも、やっぱり様子見?」かおるの問いに、聡はあごに指を当て、少し考えてから笑った。「……付き合ってみてもいいかな。彼、けっこう面白いし」「へぇ、具
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第958話

「確かに……一理あるわね」かおるは静かにうなずき、聡の考えに深く頷いた。聡はさらに言葉を継いだ。「それにね、ちゃんとしたタイミングで伝えないと、危険をできるだけ避けることもできなくなるわ」その言葉に、かおるは目を見開いた。驚きのあまり、うまく言葉も出てこなかった。「ま、まさか……そんなに大げさな話なの?」と、思わずどもった。聡は真剣な面持ちで、じっと彼女を見つめながら言った。「信じて。本気で考えてるの」「……わかったよ」かおるは両手で髪をかきむしり、いらだちを隠そうともしなかった。聡は落ち着いた口調で告げた。「もう寝なさい。この数日はしっかり体調を整えて、最高のコンディションで式に臨むの。誰よりも輝く、美しい花嫁になるために」だが、その言葉を聞いても、かおるの心は別のことでいっぱいだった。月宮が、自分がユキだと知った時のこと――それだけが頭の中をぐるぐると回っていた。どうしよう?彼、怒るかな……いや、激怒するかも?ああ、めんどくさい!こんなにぐちゃぐちゃになるくらいなら、もっと早く打ち明けておけばよかった!結婚式の前夜。かおるはようやく不安の波から抜け出したかと思えば、次には期待と緊張が押し寄せ、すっかり眠れなくなっていた。明日が、結婚式。ついに、式を挙げるんだ。部屋の中を行ったり来たりしながら、興奮した様子を隠せずにいるかおる。その姿を見ていた里香は、大きなあくびをひとつ。「お願いだから、ちょっと落ち着いて。見てるこっちまで目が冴えてきたわ」「眠いなら寝なよ。私はダメ、興奮しすぎて無理!」そう言いながらも、かおるの興奮ぶりに、里香はふと考えた。自分が結婚式を挙げるときも、こんなふうになるのかな、と。式当日、月宮がかおるを迎えにカエデビルまでやってくる予定になっており、部屋はすっかりお祝いムードに包まれていた。風船やリボンで彩られた空間は、まるで夢のようだった。聡はブライズメイド用のドレスを手に取り、ふと里香のお腹を見て笑った。「明日の朝、里香がドアの前に立ってるだけで、誰も無理には入ってこないわね」かおるは笑顔でうなずいた。「うんうん、まさにその効果を期待してるんだから!」里香は少し困ったように眉をひそめた。「でも、本当に私がブライズメイ
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第959話

聡が軽く身を引くと、景司が先に室内へ入り、その後を賢司が続いた。賢司はポケットに手を突っ込んだまま、気ままな様子でかおるを一瞥し、「まだ寝てないのか?」と気だるげに尋ねた。「すっごく興奮しちゃって。だって明日、結婚するんだもん。眠れなくてさ」かおるがそう言って笑うと、賢司は鼻でふっと笑って、「情けないな」と呟いた。その言葉に、かおるの顔がみるみる曇った。「賢司さん、その言葉、取り消したほうがいいよ。あなたが結婚する時だって、絶対興奮して眠れなくなるはずだから!」結婚で眠れなくなるだと?はっ、そんなバカな。賢司はかおるの反論をまるで聞いていなかった。彼にとって、そんなことは起こり得ない、あり得ない話だった。かおるもそれ以上言い返すのはやめ、踵を返してキッチンへ向かい、水を二杯注いで二人の前に差し出した。「おじさんは?」彼女は景司に目を向けて尋ねた。「父は海外で重要な会議中でね。おそらく明日にならないと戻れない」景司の言葉に、かおるは小さく頷いた。「無理して来なくてもいいよ。時間が厳しいなら、おじさんが疲れちゃうし」その気遣いに、景司は口元をほころばせた。「わかった。そう伝えておくよ」かおるの胸は自然と温かさで満たされた。これで式に参加してくれる身内が、また二人増えたのだ。時間は静かに、けれど確実に過ぎていく。深夜になる頃には、さすがのかおるも眠気に襲われていた。時計を見ると、夜が明ける前には新郎が迎えに来る予定で、まともに眠る時間はもう残されていなかった。「少し仮眠しなよ。時間になったら起こしてあげるから」聡の優しい声に、かおるは大きなあくびをしながら頷いた。「うん、そうする……」少しでも眠っておかないと、体がもたなさそうだった。だが、眠りにつけたのはほんの一時間半ほど。あっという間に起こされてしまう。メイクアップアーティストが到着し、化粧が始まったのだ。花嫁の衣装に袖を通すと、彼女の姿を目にした周囲の人々の表情がぱっと明るくなり、目を見張った。「とても美しいよ」景司は心からそう言って褒めた。聡はスマートフォンを構えながら、「すっごく綺麗!記録しておかなくちゃ」と嬉しそうに言った。だが、賢司だけは何も言わず、じっとかおるを見つめ続けていた。そんな彼に
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第960話

景司は一枚、気まぐれに紙切れを引き抜いた。「さて、どんな試練が待ってるかな?」広げてみると、そこにはこう書かれていた。酸っぱい、甘い、苦い、辛い。紙の内容に目を通した景司は、首をかしげながら聡に尋ねた。「酸っぱい、甘い、苦い、辛い……って、何のことだ?」聡はすぐに説明した。「文字どおりよ。花婿に『人生の味』を体験してもらうの。酸っぱいも甘いも、苦いも辛いも、全部欠かせないじゃない?」そう言うと、彼女はさっとキッチンに向かい、すぐにいくつかの瓶を持って戻ってきた。「酢、砂糖、ゴーヤ、わさび──全部揃ってるわ」「なるほど、これは面白いね」景司はそのラインナップを見て、思わず笑った。「でもさ、酢をレモンに替えたらもっと盛り上がりそうじゃない?」「うん、それでもいいわ」聡は軽くうなずいた。すると、景司は隣にいた賢司の方を振り向き、「そっちの任務も、早く開けてみてよ」と促した。賢司は明らかにこういった遊びに興味がない様子だったが、かおるの家族代表として、やらないわけにもいかない。渋々紙を受け取り、それを広げた。ラブパン。その言葉を見た景司が覗き込み、眉をひそめた。「ラブパンって……何それ?」聡は口元を綻ばせ、微笑んだ。「トーストにね、『LOVE』って書くの。それか、かおるの名前を書いてもクリア。もちろん、一文字ずつ食べて描くのよ」「ははっ、それは斬新だな。最近のゲームって、ほんとよくできてるよ」景司は腕まくりをしながら、花婿たちの奮闘を今か今かと楽しみにしているようだった。一方、賢司は紙を適当に脇に置くと、無言で目を閉じ、椅子にもたれて静かに休憩を始めた。そのころ、里香が部屋から出てきて、妊婦用の特注ドレスに身を包んでいた。ゆったりした仕立てではあったが、彼女の穏やかな雰囲気にぴったりで、実に優雅で美しかった。もうすっかり目が覚めた様子で、彼女は不思議そうに聡に尋ねた。「私の出番ってあるの?」「ええ、最後のゲーム“靴隠し”はあなたの担当よ。靴はどこに隠してもいいし、仮に手に持ってたとしても、誰にも取らせなければいいの。祝儀袋をもらえなかったら、そのまま渡さなければいいだけよ」「靴がなきゃ、花嫁は連れて行けないものね」「そういうこと」里香はすぐにうなず
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