紗枝には理解できなかった。唯も同じように状況を飲み込めずにいた。「さっきまで中は泣きわめいて騒がしかったのに、どうして急にこんなに静かになったんだろう。何か儀式でもやってるのかな」唯が小声で呟く。「分からない。入ってみれば分かるわ」二人が斎場に足を踏み入れた瞬間、目に飛び込んできた光景で、その理由を悟った。和彦が来ていたのだ。椅子にどっしりと腰掛ける和彦。その周囲を揃いの黒い制服を着たボディガードたちが固め、場を圧するような威圧感を放っていた。太郎は彼の前に立ち尽くし、額にびっしょりと汗を浮かべ、固唾を飲んでいる。他の参列者たちに至っては、一人残らず息を潜め、呼吸さえ憚られる様子だった。「紗枝さんはどこだ」和彦が再び問いかける。その声には苛立ちがはっきりと滲んでいた。唯からの電話を受け、すぐに駆けつけた和彦だったが、肝心の紗枝と唯の姿はなかった。拓司のように話の分かる男ではない彼は、即座にボディガードに命じ、参列者全員を一列に並ばせた。そして問うたのだ――先ほど紗枝をいじめていたのは誰かと。だが、和彦の強硬な態度を前に、先ほどまでの威勢は跡形もなく消え失せ、誰一人として名乗り出る者はいなかった。太郎は慌てて場を取り繕おうとするが、声は震えていた。「和彦さん、姉さんと唯さんは病院へ行きました。お二人が来られたことを、俺から電話しましょうか」太郎の胸には、和彦への恐怖しかなかった。あの男はただの道楽者ではない。いざとなれば、とんでもない冷酷さを発揮する男だ。今日の自分は、どうかしていた。唯が和彦の婚約者であるという重大な事実を、すっかり忘れてしまっていたのだ。しかも、さきほどは誰かが彼女を突き飛ばしたようでもあった。「紗枝さんが来た……」恐る恐る答える太郎の声を遮るように、人垣の中から小さな声が上がった。その方向へ視線が集まると、案の定、紗枝と唯が並んで入ってくるところだった。唯は和彦の姿を目にした瞬間、全てを理解した。どうりでこの人々が急におとなしくなったわけだ。やはり悪党を抑えるには、さらに強大な「悪」が必要なのだ。和彦はすぐに椅子から立ち上がると、ずんずんと二人へ歩み寄り、まず紗枝に視線を向けた。「姉さん、大丈夫か」紗枝が答えるより先に、唯が割って入った。「大丈夫なわけないでし
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