交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています のすべてのチャプター: チャプター 1341 - チャプター 1350

1358 チャプター

第1341話

辰巳は厚かましくもこう言った。「彼女はいつかは必ず俺の奥さんになる人ですよ。先にそう呼んでおけば、結婚してからも自然に呼べるでしょう。理仁兄さんみたいにぎこちなくて、呼べないようじゃダメじゃないですか」唯花は笑った。「つまり、理仁さんを反面教師にでもしようってことね」「理仁兄さんの前例があるから、恋愛においてヘマしないように俺たちはできるんですよ」唯花「……」理仁が親しく名前で呼び始めたのはいつだったか?唯花はあまり覚えていなかった。恐らく彼女はその時あまり気にしていなかったのだろう。そうでなければ、覚えていないはずがない。唯花がそう思っていることを、あのヤキモチ焼き名人が知らなくてよかった。もし彼が知れば、きっと嫉妬の炎に包まれて、夜は一睡もできなくなってしまう。そして唯花はその場を離れた。彼女は一緒に事業を起こすパートナー二人のところへ戻っていった。姫華は明凛を連れて、親友である村瀬希を紹介していた。そこには希の従兄も一緒にいておしゃべりしていた。そこへ唯花が来たのを見て、姫華は彼女の腕を組んで希に言った。「希、この子が私の従妹の唯花よ。あの結城理仁を落とした子なの」姫華は無理だったが、従妹である唯花が見事理仁を虜にさせたのだ。姫華はそれを誇らしく思っていた。希は笑って言った。「若奥様のことはうかがっています。今夜初めてお会いしましたが、まるで女神が下界に降りてきたかのようですね。あの結城社長を虜にしたのも当然のことです」唯花も笑った。「村瀬さん、それは褒めすぎです。あなたが言うみたいにそこまでじゃないですよ。私と理仁さんは、誰が誰を落としたとかじゃなくて、お互いだんだんと惹かれ合っていったんです」その場にいたみんなが笑った。姫華に紹介されて、唯花と明凛は多くの令嬢たちと知り合いになった。それに多くの収穫もあった。今後の野菜や果物などの農作物の販売経路が大きく開かれたのだ。理仁は唯花を独占することはなく、彼女のしたいように自由に交流をさせていたが、実際は目を離すことなく、ずっと彼女のことを見守り続けていた。悟と彼は一緒にいて、理仁がまた唯花のほうを見ているのでこう言った。「社長夫人は生まれつきこの社交界に相応しい気質の人みたいだ。彼女は誰の前に立ってもまったく尻込みする様子がないよね。も
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第1342話

「なんだよそれ」「俺ら夫婦はお前と牧野さんの仲を取り持っただろう?」悟は答えた。「そうだけど」「さっき口座番号を教えると言ったのは、そのお礼をもらうためだ。何を考えている?ご祝儀じゃなく、何か祝いの品をお前にやる。金はなんだかあからさますぎだろう。だが、俺への礼なら、俺は金をもらうほうがいいからそうしてくれ。金は好きだから、別に俺は構わないぞ」悟「……」唯花は理仁を、きっちり帳簿をつけておいて、しっかり恋のキューピット代を回収する男に生まれ変わらせてしまった。この盛大なパーティーは、深夜まで続いた。以前であれば、顔を出しても長くて十数分程度しかこの場にいなかった結城社長は、今夜パーティーが終了するまでいて愛妻を連れて帰っていった。彼は実際の行動で、自分がいかに妻を愛しているかを示していったのだ。このパーティーで、唯花が結城家で大切にされているということを外に向けて見せつけた形だ。噂にあるような、姑と不仲だとか、結城家から煙たがられているといったことは全くなかった。麗華と航は彼女のことを自分の娘のように見ている。そして理仁の弟や従弟たちは、理仁に対するのと同じように彼女を尊敬しているのだ。唯花が今夜身につけていたジュエリーは姑である麗華から贈られたものだ。物を見る目がある人なら、唯花のあのジュエリーは相当な価値のあるものだということがわかる。麗華がもし嫁のことを嫌っていれば、あのように貴重なものを唯花に贈るだろうか。この日を境に、星城で唯花が結城家では立場がなく、姑とは不仲だという噂はだんだん消えて聞かなくなっていった。それに関して唯花はこうなるとは思っていなかった。彼女もただ単純に夫に付き添ってパーティーに出席しただけである。理仁に抱きかかえられて車に乗せられ、彼女は理仁に寄りかかると、ぶつくさと言った。「別に酔っぱらってないのに……」理仁は彼女の鼻とちょんと突いた。「君はいくら飲んでも酔わないくらい酒に強い人間になったとでも思ってるの。あんなに飲んで、義姉さんが知れば、また俺がちゃんと君を見ていなかったと言われてしまうぞ」義姉からは唯花に酒をたくさん飲ませないようにしっかり見張っていてくれと以前言われたのだ。彼女は酒が好きだが、そこまで強くない。ビール一本でコロリとなってしまう。神崎夫人について、社交
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第1343話

理仁は愛おしそうに微笑み、彼女をしっかりと抱きしめた。唯花という妻がいて、彼も幸せだと感じていた。唯花はすぐに本当に夢の世界に入っていった。理仁は彼女が寝てしまったのを見て、彼女を抱きしめたままスーツのジャケットを脱ぎ、それを彼女にかけてあげた。「瑞雲山邸に戻る」理仁は小さく低い声で運転手に言いつけた。運転手は恭しくそれに返事をした。理仁は愛妻を抱いたまま座席にもたれかかり、目を閉じて休んだ。そして瑞雲山邸に戻る途中で彼も眠ってしまった。運転手は車を止め、後ろを振り返ってみると、二人が眠ってしまっていたので、隣にいる七瀬に尋ねた。「七瀬さん、若旦那様を起こしますか?」七瀬は言った。「もちろん、こんな車の中でお二人を寝かせたままにできるんですか?明日若旦那様が目を覚まされたら、クビにされますよ」運転手は急いで笑ってみせた。「七瀬さん、あなたが若旦那様を起こしてくださいよ」「あなたは運転手で、私はただのボディーガードですよ」「若旦那様の七瀬さんに対する態度は一番良いじゃないですか。若奥様だって、とても和やかに七瀬さんにはお話になられます。七瀬さん、早く若旦那様を起こしてくださいよ。彼はあなたには怒ったりしませんから、私は怒られたくないです」七瀬は言った。「それは私が若旦那様のためにいろいろと尽くしてきたからですよ。若奥様の前でもお手伝いをさせていただいて、好感を持ってもらえたおかげで、和やかな態度で接してくださるんです」どのみち、彼は唯花からとても信用されていて、完全に味方につけているのだ。以前、結城家の中で、権力を持っているのは結城おばあさんと理仁だった。それが今、その地位は唯花に置き換わっている。唯花を味方につけておけば、昇進、昇級間違いなしである。若旦那様の傍にはボディーガードがたくさんいるというのに、若奥様は七瀬の名前だけ覚えているのだ。「七瀬さん……」「わかりましたよ。私が起こします」七瀬はそれ以上は時間を無駄にできず、慎重に呼んだ。「若旦那様、到着いたしました」この時、理仁はなんの反応もなかった。それで七瀬はもう一度呼んだ。理仁はそれでようやく反応した。運転手はそのタイミングを見計らって呼んだ。「若旦那様、屋敷に到着いたしました」七瀬からちらりと見られると、運
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第1344話

七瀬は何も心配することはないといった様子で言った。「大丈夫ですよ。若奥様は若旦那様のご機嫌をしっかり取ることができます。毎回若旦那様がわがままにお騒ぎになった時には、いつだって若奥様に負けてるんですからね。彼女が理屈の通じる話をすれば、若旦那様は勝ち目ゼロです」吉田は七瀬を睨んだ。七瀬はケラケラと笑った。「本当のことですよ。吉田さん、安心してください。若奥様がいらっしゃれば、たとえこの世が崩落しても、きっとなんとかしてくださいます。若旦那様がお怒りの時には、我々は一切何もしなくていいんです。若奥様を探しに行くだけですよ」どうせ理仁が怒ったとしても、唯花を傷つけるような真似はしない。「吉田さん、もうこんな時間ですから、早めに休んでください。私も帰って寝ます」七瀬はあくびをして、吉田におやすみの挨拶をすると帰っていった。この時、吉田は七瀬が言った言葉を反芻していた。そして笑った。「なるほど、あの若造、若奥様を味方につけているのは当然だな、すべてを見通せるというわけか」だからこそ七瀬は昇給が最も早く、金額も多いのだ。これと同じ時刻のスカイロイヤルホテルでは。柴尾家一家三人はほぼ最後にホテルを離れた。咲の歩く速度が遅いからだ。招待客の姿がどんどん少なくなってくると、加奈子は親切そうなふりをするのはさっさと止めて、咲を置いて自分だけホテルから出てきた。咲は白杖を持っていないので、彼女は壁に手をついて手探りで出てくるしかなかった。しかし、歩く方向を間違えてしまい、外ではなく奥のほうへと進んでいたのだった。歩き続けて、彼女は立ち止まった。「結城さん?」辰巳は低い声で「うん」と返した。「どうして俺だってわかったんですか?」「あなたの香りがしたので」辰巳はそれを聞いて少し嬉しそうだった。「何か落とし物ですか?どうして奥の方へ?何をなくしたんです?俺が代わりに探しに行きますよ」この時、咲の綺麗な顔が少し赤くなった。家を出る時、加奈子は咲にサングラスをつけさせなかった。だから遮るものが今なにもなくて、彼女の表情はすぐに見透かされてしまう。「わ、私、歩く方向を間違えたみたいで、外に出たいんです。結城さん、どちらに歩いて行けば外に出られますか?」辰巳はホテルの入り口を見て、彼女には教えず、自分の手を差し出
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第1345話

辰巳は距離を取って、柴尾家のボディーガードが乗るあの車の後に続いた。最初、その車両は柴尾家のほうへ普通に向かっていた。そしておよそ十分ほど行くと、その車はルートを変えて柴尾家のほうとは違う道を走り出した。辰巳はその瞬間ギクリとした。柴尾家のボディーガードは一体咲をどこへ連れていく気だ?辰巳の表情はどんどん暗く沈んでいった。しかし、彼も焦ることなくゆっくりと車から一定の距離を保っていた。目的地に到着してから相手が何を考えているかわかるからだ。咲はこの時、辰巳が後ろからついて来ていることは知らなかった。それに柴尾家のボディーガードですらもそのことには気づいていなかったのだ。咲は静かに外の音を聞いていた。最初、外の車が走行する時に出る音を聞くことができた。やがて、他の車両が彼女が乗っている車の横を通り過ぎる音が長い間隔を空けて聞こえるようになっていった。彼女は高級住宅地に入るあの道に着いたのだと予想していた。その道は住宅地に続くから、車の交通量が大通りと比べて少なくなるからだ。昼間ならある程度車は通るが、深夜になるとさらに少なくなる。彼女は座席にもたれかかり、眠気に襲われたが、それをぐっと堪えた。自分が慣れた場所でないと、彼女は寝ようとしない。ボディーガードに置き去りにされないかを心配してのことだ。どのくらいの距離を走ったのかわからないが、この時ようやく車が止まった。ボディーガードは車を止めた後、ドアを開けて車を降りた。咲は彼が降りた音を聞いて、急いで車のドアを探して降りようとした。そしてドアを開くと、誰かが自分に近づいてくる気配を感じた。それは知らない人物のようだ。その相手の足音を今まで聞いたことがなかったのだ。その人物が近寄ると、濃いタバコの匂いが鼻をついた。「誰?」咲は警戒するように尋ねた。相手は何も言わず、彼女の目の前に立ったまま、静かに咲をじろじろと見つめた。咲は相手がまじまじと自分を見つめているのを感じ取り、ぞっとし全身に鳥肌が立った。すぐに彼女は後ろに下がり、車のドアを閉めようとした。しかし、残念なことに間に合わず、相手は足をドアの隙間に挟み、閉まらないようにしてしまった。そして、その人物は車に乗り込んできたのだ。咲は逆に体の向きを変え、もう片方のドアから車を降りようとし
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第1346話

咲から全く力加減もなくハイヒールで叩かれまくった男は、慌てて車から飛び降りた。咲も同じく素早く車を降りた。彼女はもちろん男を追いかけ回して、引き続き叩くことはできない。彼女は目が見えないから、車を降りるともう片方の靴も脱いで両手に持ち走って逃げた。彼女自身も自分がどちらに向かって走っているのかわからなかった。しかし、彼女が数歩進んだところで、全身にタバコの匂いがしみついた男に捕まってしまった。彼女は乱暴に男から後ろに引き戻されて、車のほうによろけてぶつかってしまった。すると素早く男が前かがみになり、車のフロント部分に押さえつけられてしまった。咲は再びヒールで相手を殴ろうとしたが、靴を奪われてしまった。ハイヒールを失ってしまい、彼女は力を込めて膝蹴りを相手に食らわせた。「うっ!」男は苦しそうな悶え声をあげた。その瞬間、彼女の体にのしかかる重量がふわっとなくなった。彼女は恐らく男の急所を突いたのだろう。咲はその隙に素早く体を横に翻して、急いで姿勢を正し駆けだしていった。タバコの匂いを漂わせるその男は咲にアソコを蹴られてしまい、あまりの激痛にすぐには咲を追うことができなかった。ここは少し辺鄙な場所で、誰にも見つからないように彼はわざわざ自分の付き人を従えてはいなかった。しかも、柴尾家のボディーガードは指定された場所に咲を放り出すと、すでにこっそりとこの場を離れていた。これがこの男の要求したことだった。彼は、柴尾夫妻が動画を撮り、それを脅しの材料にして夫婦のために仕事をさせられるのを恐れていたのだ。それで柴尾家のボディーガードが咲を送り届けたら、すぐに離れるように要求したのだった。数分落ち着かせてから、そのタバコ男はようやく立ち上がった。この時、咲はすでに百メートルあまりの距離を走り去っていた。彼女はふらふらよろけながら走っていた。彼女は目が見えないから、自分の知らない場所では前に向かってただ走るしかなかったのだ。それでよく木にぶつかっていた。だから、ここはどこかの公園なのではないかと彼女は予想した。あの男が小走りに追いかけてきていた。この目の見えない女はなかなか強気だが、彼は嫌いではなかった。彼女を自由に走らせておけばいい。どのみちそう遠くへ逃げることはできないのだ。それに、彼女は方向を間違えてい
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第1347話

男は振り向くと、素早く辰巳の顔めがけてパンチを繰り出した。辰巳はそれをサッと避けると、男がしたことをそっくりそのままお返しするように、殴りかかった。しかし相手は頭をそらし、それをなんとか躱した。車の中は狭く、男にできることは限られている。必死に抵抗しようと辰巳に殴りかかったが、辰巳のほうが優勢だった。男は座っていて、辰巳は立っていたからだ。この時の辰巳は相当頭に血がのぼっていて、相手に容赦なく襲いかかった。数分後、あのタバコ男は辰巳にこてんぱんに殴られてしまい、青あざを作っていた。相手がもうやり返す力もなくなってから、辰巳は男を車から引きずり降ろし、街灯の明りを頼りにその顔を確認した。さっきはあまりの怒りで気が狂い、殴っている最中に相手の顔を確認する余裕すらなかった。そして今、この男は散々に殴られて顔を腫らしている。それですぐには男が一体何者なのかわからなかったが、四、五十歳であることはわかった。「よくも咲を襲ったな、死ね!」辰巳は相手にきつく蹴りを入れて、冷ややかな声で言った。「咲は俺の家族の親友だぞ。結城家が後ろについている!」相手は声を出すことすらできなかった。男は初めから今に至るまでずっと何も言えなかった。辰巳は車の鍵を抜き取った。男が車で逃げる機会を奪ったのだ。そして携帯を取り出し、相手の写真を撮った。この男が本気で逃げようと思っても、写真を悟に渡せば、こいつの正体が綺麗さっぱり暴けるのだ。写真を撮り終わると、辰巳はまた男に蹴りを入れ、車のドアを閉め、咲が逃げていったほうへ駆けだしていった。咲は死に物狂いで走っていた。自分が一体どの方角へ走っているのかもわからなかった。どのみち前方に道があれば逃げ続けることができるわけで、彼女はひたすらに走り続けていた。咲は後ろから近づいてくる足音に気づき、あの男がまた追ってきたのだと勘違いし、走る速度を早めた。しかし、うっかり木にぶつかってしまって、地面に倒れ込んでしまった。彼女は精一杯目を見開いて、前方の道を見ようとした。しかし、視界はぼやけていて、何を見ようとしてもすべて真っ暗な影でしかない。しかも視界に映るその影はひどく、全く前がはっきりと見えなかった。このように無理に目の前を見ようとすると、頭がズキズキと痛むのだった。「咲」この時、聞き慣れた
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第1348話

咲は抵抗するのを諦めた。辰巳の体に触れることができず、両手は行く場所を失っていた。辰巳は彼女を抱えたまま歩きながら言った。「見た感じ小柄でちょこんとしてるから、羽根のように軽いのかと思っていたら、こうやって抱きかかえると結構重量があるんですね。もし、何千メートルも遠くに逃げていたら、その距離をあなたを抱えて戻るには、筋肉痛で腕が上がらなくなってしまうでしょうね」咲「……別にこうやって抱きかかえてほしいとお願いしたわけじゃありません」さっきも言ったが自分で歩けるのだ。ただ靴を履いておらず、歩くのが遅いのを理由に、彼が勝手に抱きかかえて歩いているだけではないか。「だったら、おろすので、手を引いて歩きましょうか?」「そうしてください」彼に手を引かれるほうが、お姫様抱っこされているよりはマシだ。すると辰巳はすぐに咲を下におろした。横向きに抱くのは数分なら耐えられるが、長時間になるときつい。彼が言ったのは正直な話で、彼女は結構重かったのだ。そりゃあ、成人女性だから!大人で軽い人でも、四十五キロくらいはあるだろう。彼女は太ってはいない。しかし、痩せ型というわけでもない。店員が彼女の身長と体重を測ったことがあるが、身長は一メートル六十三、体重は四十六キロだ。辰巳は彼女を下におろしたあと、疲れたらしく、両腕をふらふらと揺らしていた。咲は目が見えない。もしもこの光景を見ていれば、彼女は呆れかえっていただろう。次の瞬間、優しく大きな手が彼女の手を引いた。「さ、行きましょうか。俺の車はまだ数百メートル先ですよ」咲は結構遠くまで逃げていたのだ。「ありがとうございます」「お礼なんていらないですよ。これも唯花姉さんに家まであなたを送り届けるように言われただけですから。それを断られたから、仕方なく後ろから車でつけていたんです。あなたが無事に家に到着したのを見届ければいいですからね」この時、咲は心の中で唯花にとても感謝していた。彼女は自分で自分を守ることができると自負していた。しかし、今夜のようなことを経験し、非常に残酷な現実をつきつけられらのだ。彼女がいくら聡明で、すごい人間だったとしても、目が見えなければそれは致命的な弱点になってしまうのだ。しかも、彼女も映画に出てくるようなスーパーウーマンなどではない。そ
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第1349話

「心配しないで、必ず酒見先生にあなたの目を治療してもらいますから」辰巳は彼女に慰めの言葉をかけた。「名医と謳われている方は期待しないほうがいいです。彼はもう結構なお年で、見つかったとしても診てもらえるとは限りません。今は酒見先生が診察をしていると聞きます。彼女は名医からすべてを教えてもらっているし、薬品の取り扱いに関してもかなりの知識があるらしいです」辰巳からすれば、酒見医師に頼んで咲の目の治療をできればよかった。あの名医に頼めると期待するつもりはない。理仁から聞くところによると、酒見医師はかなりの腕を持つ女医らしい。その医術は素晴らしく、各種薬品、危険物薬品の扱いにも長けているという。もちろん、彼女が毒薬を使って誰かを傷つけることはない。ただ毒の扱いに長けていれば周りは敬意と畏れを持つようになるからだ。それに武術の使い手でもある。以前、篠崎家の若奥様と共に篠崎家の若き当主の命を救ったことがある。どうであれ、辰巳にとっては、酒見医師はすでに名医と同じなのだ。「結城さんはその名医をよく知ってるんですか?」辰巳は正直に答えた。「いいえ、ただ理仁兄さんから聞いただけです。桐生善さんと結城グループはビジネスの付き合いがあって、提携関係がありますからね」蒼真が結婚する時には、理仁は自らA市にお祝いに行ったくらいだ。「そうですか」咲はそれ以上は尋ねなかった。暫く歩いて、辰巳の車の前までやって来た。彼は車のロックを開けて咲を乗せてから、あのボコボコに殴られて顔を腫らしている男の様子を見に行ったが、彼はすでに隙を見て逃げ出していた。辰巳は車に戻ると言った。「さっきの、あなたを襲ってきた男は知り合いですか?」「いいえ、知らない人です。タバコの匂いが強かったから、ヘビースモーカーみたいでした」咲はただ相手のタバコの匂いがしただけだった。「あいつをボコる時、その顔をはっきり確認しなかったんです。殴り終わってから見た時にはもう顔が腫れあがっていたから、その時は誰なのか顔がよくわかりませんでしたし。まあ、あいつの写真は撮ったから、明日九条さんに頼んで調査してもらいますよ。あなたの母親が柴尾さんをあの男のもとに送り込んだということは、きっと身分もある程度の地位もある人物でしょう。年は、四、五十歳くらいでしたね。調べようと思えば
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第1350話

正一は心配そうに尋ねてきた。咲が裸足でひどい有り様になっているのを見て、彼は妻のほうへ顔を向けて言った。「加奈子、咲を連れて中に入っていなさい」そして、辰巳に中へ誘った。「結城副社長、どうぞ座っていかれてください」辰巳は咲を送り届けたらすぐに帰るつもりだったが、少し考えて、柴尾社長の顔を立てるためにも柴尾家の屋敷に入っていった。そして数分後。辰巳の話を聞いた後、正一は顔色を暗くし、険悪な表情になって罵り始めた。「クソ野郎、少し注意しただけで、姪に復讐してきたんでしょう。姪を傷つけようとしたんです」そして続けて辰巳にお礼を言った。「副社長、本当に感謝いたします。もしあなたがいらっしゃらなかったら、うちの咲はあの心のねじ曲がったボディーガードのせいで、取り返しのつかないことになるところでした」全ての罪を被らされたボディーガードはもはや何も言えなくなってしまうだろう。加奈子は咲を住まわせている家政婦用の部屋から出てきた。そして言葉にできない失望感に満たされていた。咲がひどい様子で、ヒールをなくしてしまっただけで、他に失ったものはなく、青あざ一つ作っていなかった。言うまでもなく、それにキズモノにされてしまった痕跡もなかった。こうなるとわかっていれば、咲に薬を盛っていたのだ。そうすれば彼女は抵抗する力もなかっただろう。相手の男は朦朧としている女は好きではないと言ってきたので、薬を使わなかったのだ。それがまさかあの役立たずが、目の見えない相手をどうにかすることもできないとは。それに結城辰巳がどうしてこの時ここに現れたのだろうか。タイミング良くあのめくらを救ったのか?可愛い鈴のほうは救い出せていないというのに!加奈子は心の中は恨みつらみで満たされていたが、それを顔には出さないようにして夫の隣に座ると辰巳に向けてお礼の言葉を述べた。咲は服を着替えた後、スリッパを履いて部屋から出てきた。辰巳は咲を確認してみると、彼女はまたいつものあの淡々とした様子に戻っていて、唇をきつく結びひとことも言葉を発しなかった。彼女はやって来ると、静かに座り、母親と継父があのボディーガードをボロクソに罵っている言葉を聞いていた。継父である正一は、警察に通報しようと言ったが、咲の名誉に関わることだからと言って、加奈子に止められてしまった。
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