All Chapters of 契約終了、霜村様に手放して欲しい: Chapter 1461 - Chapter 1470

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第1461話

ドアのところにじっと立っていた霜村冷司は、和泉夕子が泣き崩れているのを見て、心を痛めていた。妻と子供、どちらかを選ばなければならないのは、本当に辛いことだった。だが男である以上、この苦しみを受け止めなければいけない。ただ今は、妻が無事であることを願うばかりだった。そうでなければ、生きている意味がない。和泉夕子は赤ちゃんの服を抱きしめ、女の子の部屋で涙を流しながら眠りについた。霜村冷司は彼女の傍らにずっと座り、彼女の背中を見つめて、一晩中眠れなかった。帝王切開の手術準備中、和泉夕子は一言も口を開かなかった。ただ病院のベットにもたれかかり、片方の手でお腹を撫で、もう片方の手で赤ちゃんの服を握りしめ、静かに眉を下げた様子は、魂のない陶器の人形のようだった。意識ははっきりしているのに、今にも壊れてしまいそうな和泉夕子を見て、霜村冷司は胸が張り裂けそうだった。彼女の生気を呼び覚まそうとするかのように、時折彼女を抱きしめ、キスをし、撫でていたが、彼女は何も反応しなかった......手術当日になってようやく、彼女は霜村冷司の手を握り、懇願するような声で彼に言った。「お願い、10%の可能性に賭けて、子供を産ませて、お願いだから......」霜村冷司は、自分の手を握りしめる彼女の手を見て、心が揺らいだが、その手を強く握り返し、充血し疲れ切った目を上げて彼女に言った。「夕子、そんな危険な賭けはできない」できないという言葉に、和泉夕子の目から希望の光が消えた。まるで空気を抜かれた風船のように、一気にしぼんでしまい、二度と空高く舞い上がる力は残っていなかった。彼女は霜村冷司の手をゆっくりと離し、諦めたように手術着に着替え、手術台に横たわり、医師たちに手術室へと運ばれていった。ドアが閉まりかける瞬間、霜村冷司は和泉夕子の手を掴み、自分の掌の中にしっかりと握りしめ、もう片方の手で彼女の顔に触れた。「夕子、安心しろ。絶対に成功させてやるからな」霜村冷司の目に浮かぶ愛情と名残惜しさが、和泉夕子の心を温めていく。彼女は彼を見つめ、小さく頷いた。「分かってる。あなたがいてくれれば、私は大丈夫」霜村冷司は無理やり唇を引っ張り上げ、青白い笑顔を見せた後、身を屈めて彼女の額に深く、愛情を込めてキスをした。「待ってる」和泉夕子は「うん」と小さく返事をして、唇を動
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第1462話

手術道具の準備をしていた二人の看護師は、振り返ると人がいないことに気づき、驚愕した。一人は追いかけ、もう一人は田中理恵に電話をかけた。電話を受けた田中理恵は一瞬驚いたが、すぐに更衣室のドアをノックした。「霜村社長、大変です!夕子さんが手術室から急に出ていきました......」無菌服に着替えたばかりの霜村冷司は、表情を硬くすると、すぐに更衣室のドアを開け放ち、風のように猛スピードで和泉夕子を捜しに行った。看護師に追いかけられている和泉夕子は、よろめきながら走り、後ろを振り返っていた。そのせいで、誰かにぶつかってしまった......ぶつかられた男は、よろめく女性を支えると、鋭く冷たい視線を落とし、茫然と振り返る和泉夕子を見つめた。「なんでそんな走ってるんだ?」ぶつかった相手が大野皐月だと分かると、和泉夕子は「ごめんなさい」と言い、彼を避け走り続けた。しかし、二歩も進まないうちに、大野皐月に腕を掴まれ、引き戻された。「誰から逃げてるんだ?」和泉夕子が振り返ると、ちょうど看護師がこっちへ走ってくるのが見えた。大野皐月の手を振り払おうとしたが、しっかりと掴まれていた。彼女が焦って声を荒げようとしたとき、大野皐月はすでに人混み越しに、こちらへ走ってくる看護師を見ていた。「何が起こったかは知らないが、あの看護師は君を狙っているんだろう。手を貸そうか?」和泉夕子は一瞬呆然としたが、すぐに頷いた。大野皐月が看護師を止めてくれると思っていたが、彼は突然かがみ込むと、くるりと自分を抱え込み、方向を変えて病院の外へ早足で向かった。看護師が追いかけてきたときには、和泉夕子はすでに車に乗せられていた。彼女はなりふり構わずシートベルトを締め、窓の外をちらりと見た。看護師が追いかけてきていないかを確認しようとしたが、視線を上げた瞬間、病院の入り口の階段に立つ、凛とした霜村冷司の姿が目に入った。一瞬視界に入ったが、車はもうすでに走り出していた。和泉夕子は慌てて窓に顔を寄せ、何か言おうとしたが、霜村冷司の絶望に満ちた瞳に胸を締め付けられた。手術直前に逃げ出したのだから、きっと彼は自分をひどく憎んでいるだろう......大野皐月も霜村冷司の姿を見ていた。彼はまだ無菌服を着ており、明らかに手術室へ付き添いに入ろうとしていた。和泉夕子も手術着を着ていた。手術を
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第1463話

逞しい体格の男は、手術着を脱ぎ捨て、黒いスーツに身を包んでいた。まるで死神のような冷徹な雰囲気を漂わせ、雪のように白い顔には、眉間に隠しきれない怒気が滲み出ている。男は助手席側まで歩いて行き、黒い窓越しに車内にいる女を睨みつけた。「自分で降りるか、それとも車の窓を割って、抱き抱えられながら降りたいか?」窓の外の怒りに満ちた男を見つめると、和泉夕子はゆっくりとまつげを伏せ、それから手を伸ばして車のドアを開けた。彼女が車から降りようとした瞬間、男の冷たい指に手首を掴まれた。もし妊娠していなかったら、きっと無理やり引きずり降ろされていたに違いない。彼は手首を掴見ながら車から降ろすと、鋭く冷酷な視線を眉をひそめた大野皐月にぶつけた。二人の男の視線がぶつかった瞬間、大野皐月は霜村冷司の目に殺意を感じた。しかし、それはほんの一瞬のことだった。霜村冷司は和泉夕子の手首を掴んでブガッティへと向かった。霜村冷司は怒りをこらえながら助手席のドアを開け、彼女が座るのを見届けると、再び腰をかがめてシートベルトを引き寄せ、彼女のために締めてやった。怒りで険しい顔をしている霜村冷司を見つめ、和泉夕子は唇を開いた。しかし、何かを言う前に、男は体を起こしてドアを閉め、ボンネットを回って運転席に乗り込んだ。車に乗り込んだ後、霜村冷司は和泉夕子に一瞥もくれず、エンジンをかけて走り出した。彼女への配慮か、速度は遅かったが、行き先はまだ決まっていないようだった。どこに向かっているのかも分からない霜村冷司を見て、和泉夕子はゆっくりと口を開いた。「あなた、手術台の上で、赤ちゃんが動いたの。すごく激しく、まるで抵抗しているみたいに。それで、本当に諦めきれなくて、だから......」霜村冷司が依然として自分を見てくれないので、それ以上説明するのはやめた。ただ俯いて、小さな声で言った。「ごめんなさい。帝王切開が嫌だったから......」「手術が嫌なら、言えばいいだろう。何で奴と逃げ出したんだ?!」和泉夕子の言葉は、霜村冷司の怒りに満ちた声によって遮られた。和泉夕子は驚いて、路肩に停車した車の中で、充血した目で自分に迫ってくる男をじっと見つめた。「夕子、以前の私なら、奴がお前を抱いたあの手、その場で潰していたぞ!」和泉夕子はドキッとした。一緒に暮らし始めてから、
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第1464話

抱きしめられた霜村冷司は、一気に怒りが収まり、その整った顔を和泉夕子の首元に深く埋め込んだ。まるで今生の別れをするかのように、全身の力を込めて、腕の中の女性を強く抱きしめた。彼は何も言わず、ただ黙って彼女を抱きしめていた。車の窓の外では、ちょうど雨が降り出し、水滴が窓に打ち付けられて、次第に窓ガラスが曇っていく。一週間まともに眠れていない男は、充血した目で流れ落ちる雨粒を見つめ、力なく唇の端を上げた。心の絶望は、まるで行く手を阻む雨のようで、前方が見えず、方向を見失わせる......二人は10%と30%の間で、10%を選んだ。そうすれば子供は助かるはずだった。だが、その日の午後、霜村冷司が運転する車がブルーベイへ向かっている途中、和泉夕子が突然出血した......最初はそれほどでもなかった。しかし、和泉夕子が目眩で信号が見えなくなったとき、異変に気づいた。視線を下に落とすと、大量の血が流れていた......彼女が手を伸ばし、霜村冷司を掴もうとした瞬間、目の前が真っ暗になった。指先は彼の袖に触れただけで、そのまま前に倒れていった......「夕子!」耳には霜村冷司の焦燥と恐怖に満ちた声が聞こえていたが、和泉夕子は言葉を発することができなかった。「冷司、愛してる」と伝えることさえできず、一瞬にして意識を失った......霜村冷司は顔面蒼白になり、片手で意識を失った和泉夕子を押さえ、もう片方でハンドルを握り、猛スピードで病院に戻った。田中理恵は霜村冷司から手術室を閉鎖する指示を受けていなかったので、そのまま待機していた。二人が戻ってくると、案の定、ずぶ濡れになった霜村冷司が、手術着を血で染めた女性を抱えて、大雨の中、病院に飛び込んできた。「何突っ立ってるんだ!早く助けてくれ!」怒鳴り声に、田中理恵は我に返り、全員を招集して手術室へ向かわせた。自身はスタッフと共に霜村冷司から和泉夕子を受け取ろうとしたが、彼はそれを素早く避け、そのまま彼女を抱えて手術室へ走っていった。和泉夕子を手術台に置いた瞬間、緊張していた体からは力が抜け、足元からは冷気が立ち上り、全身が凍えるように冷たくなった。立っていることさえままならず、手術台に掴まりながら、顔色の悪くなっていく彼女を見下ろした。医師が既に止血処置を始めていなかったら、霜村冷司は再
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第1465話

「それと......最初にメスを入れた瞬間から、夕子さんが大出血を起こしまして。夕子さんを救うことに集中したため、胎児がお腹の中にいる時間が長くなってしまい、取り出した時には、もう息をしていませんでした......」肘を膝に置き、上半身を少し前にかがめていた男は、医師から次々と告げられる言葉に、目に殺気を宿した。怒りに満ちた男は、一瞬のうちに立ち上がり、医師の首を掴んで地面から持ち上げ、手術室のドアに叩きつけた。「何だと?!」霜村冷司に怯えた男性医師は、宙づりにされ体の震えが止まらなかったが、圧倒的な迫力に押される恐怖心に耐えながらも、もう一度口を開いた......「ゆ、夕子さんの大出血が......止まらなくて、胎児も心拍が弱く、呼吸もしていません。も、もうすぐ......死んでしまいます......」霜村冷司の心臓は、まるで谷底に突き落とされたかのように沈み込み、辺りは静まり返って何も聞こえなくなり、ただ死を予感させる耳鳴りの音だけが響いていた......天地がひっくり返り、眼前が真っ暗になった。まるで制御を失ったように谷へと転落していくその時、たちまち誰かに手を掴まれ、谷底から引き戻されたかのような感覚に陥る。徐々に意識を取り戻した霜村冷司は、怒り狂ったライオンのように目を真っ赤にして男性医師を振り払い、足早に手術室へ押し入った。中にはまだ救命処置が行われていた。鮮血が手術台から流れ落ち、鼻をつく血の匂い。冷たい手術灯の下に、血の気のない顔が照らされていた。霜村冷司は、その鮮血を目にした瞬間、瞳孔を収縮させ、心臓に走る痛みは鈍痛ではなく......恐怖へと変わった。あんなにたくさんの血を見たことはなかった。あんなに小さな体から、全身の血が流れ出てしまうのではないかと思うほど、狂ったように血が溢れ出ているなんて、想像もしていなかった......霜村冷司は流れ落ちる血を見つめ、一歩後ずさりした。手術室に入る勇気がなく、ただ入り口に立ち尽くす。その孤独で怯えた姿は、まるで世界に捨てられたかのように、すべての勇気を失っていた。田中理恵は呼吸をしていない子供を、林原健太は産婦を必死に救おうとしていた。お腹からも下からも出血が止まらない......汗だくの林原健太は、止血ガーゼを何度も交換しながら全力を尽くしたが、心
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第1466話

男が振り返ると、大田清貴が医療箱を持って急ぎ足でこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。霜村冷司は駆け寄り、大田清貴の手首を掴むと、引きずって手術室へ飛び込んだ......大田清貴は和泉夕子の状態に目をやり、心停止しているもののまだ脳死状態ではないことを確認すると、素早く止血鉗子を受け取って止血に取り掛かった......「全員、出て行きなさい!看護師、いますぐ手術室の清掃を!医師たちは、全員私の助手をしなさい!」大田清貴は止血しながら、半殺しにされた林原健太に命令した。「私が止血を終えたら、AEDを続けなさい。心拍が戻るまで!」「はい!」手術室全体は、大田清貴の到着により再び慌ただしくなり、みんなは全力を尽くして、まさに黄泉の国に足を踏み入れたばかりの人を救おうとしていた......霜村冷司と、遅れて到着した白石沙耶香は、外に出たくなかった。和泉夕子のそばにいたかった。しかし、霜村涼平に無理やり引っ張り出された......数人が手術室の外で途方に暮れていると、霜村爺さんは厳しい表情で振り返り、廊下を横切り、別の通路から手術室に入った。「大田、子供を先に助けろ」和泉夕子を救急処置していた大田清貴は、霜村爺さんの声を聞いて一瞬動きを止め、信じられないという表情で顔を上げて彼を見た。「東邦さん、大人の方が子供より大事です」「わかっている。だが、彼女はもう死んでいる。救うのに時間を無駄にする必要はない。胎児の心拍はまだ動いている。呼吸が止まっているだけだ。お前の腕ならきっと助けられるだろう......」「心停止しているだけです。救急の時間内に心肺蘇生を続ければ、助かる可能性はあります」「出血が止まらない。たとえ助かったとしても、少しの間しか生きられないだろう。その時間を使って子供を助ける方が良い」大田清貴は躊躇したが、手は止めなかった。ほんの少しの時間で下半身の出血を止めた。「大田、もう長年の友人だ。わしがこのひ孫を失うのを見たいとは思わないだろう?」大田清貴は霜村爺さんの言葉を聞き、心の中で葛藤した後、止血鉗子を林原健太に返した。「お腹の出血はあなたが止めて。他の人たちは、AEDの出力を上げてくれ。絶対に諦めるな!」そう言うと、彼は急いで田中理恵の隣に行き、赤ちゃんを受け取ると手のひらに乗せ、親
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第1467話

「ぶっ壊せ!」如月尭が手を一振りすると、後ろに控えていた黒服たちがすぐさま切断工具を手に取り、交代で手術室のドアを切りにかかった。あっという間に、手術室のドアは完全に取り外された。「ここにいる医師達、俺の孫娘を救え、もし救えなければ、全員道連れだからな!!!」「はい!」如月尭の号令一下、医師たちが手術室に押し寄せた。疲れ果てていた林原健太は、他の医師たちが助けに来てくれたのを見て、ふっと息をつき、執刀医のポジションから進んで退き、メスを他の人に譲った。胎児の蘇生に当たっていた大田清貴も、背負っていた罪悪感から解放され、ひたすら子供の救命に専念した。霜村東邦だけが、信じられないといった様子で、医師たちの後ろで、杖をついて立っている如月尭に視線を向けた。彼は今、何と言ったんだ?和泉夕子が彼の孫娘だと?和泉夕子は、まさか如月尭の孫娘だったのか?如月家は北米の巨大企業。和泉夕子の背後には、こんなにも高貴な出自があったのか?ドアの外にいる如月尭も霜村東邦の姿を確認した。血に飢えたような目で、彼をじっと見つめている。「東邦さん、俺の孫娘を見捨てるとは、どうやら命は惜しくないようだな!」氷のように冷たく、殺意を帯びた声が手術室に響き渡った。誰もがその殺気を感じ、思わず頭を下げた。北米の巨人、如月尭が両手を血に染め成り上がったことは、誰もが知っていた。この点については、霜村東邦も承知していた。相手が自分を睨み殺しそうな視線とぶつかった時、思わず心臓が跳ねたが、それでも少しも恐れることなく顎を上げて、相手を睨み返した。「尭さん、あなたは孫娘を、わしはひ孫を救いたい。我々の立場は、どちらも守りたい者を助けようとしているのであって、あなたに私の命についてどうこう言われる筋合いはない!」如月尭は閻魔のような形相で、歯ぎしりをした。「生き死にを極める権限は、あなたにはないんだよ。なぜならそれはこの銃が決めることだからな!」北米では如月尭は銃を自由に扱えるが、霜村爺さんはこの点では到底如月尭には及ばない。彼はもう如月尭の言葉には答えず、如月尭も手術の邪魔をするような声は出さなかった。両陣営は、片方は和泉夕子を、片方は赤ちゃんを見つめ、医師たちが死神の手から命を取り戻してくれるのを待っていた......大野皐月は和泉
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第1468話

霜村冷司は充血した目で、手術台の上の女性をじっと見つめていた。家に帰るようにと念を押した自分の言葉を彼女は聞き入れ、医師に協力し、黄泉の国から戻ってきた......和泉夕子、お前は本当に強い。そして、戻ってきてくれてありがとう。霜村冷司はこれほど感謝したことも、これほど恐怖を感じたこともなかった。ありがたいことに、彼女は持ち前の強さで、持ちこたえたのだ。霜村冷司は両手は床についていて、掌には床に流れ落ちた血がべっとりとついていた。その血を見ながら、恐怖のあまり、まだ体が震えてきて、立ち上がることすらできなかった......手術室から赤ちゃんの産声が聞こえてきた時、霜村冷司はようやく瞼を持ち上げた。大田清貴の腕に抱かれた赤ちゃんは、掌より少し大きいだけの体なのに、母親と同じように力強く生き延びたのだ......赤ちゃんの泣き声と、心電図モニターから聞こえる心音を聞きながら、霜村冷司は初めて生命の偉大さを感じ、何度も何度も、目頭を熱くした。赤ちゃんを保育器に入れられたとしても、生き延びられるとは限らない。今はなんとか生き延びたが、今後も医師たちの懸命な治療が必要になってくる。ひ孫が生きているのを確認した霜村爺さんは、ここにいる必要もなくなったため、立ち去ろうとした。だが、霜村冷司を通り過ぎようとした時、冷たく凍えるその手で足首をつかまれた......霜村爺さんが視線を下げ、その血に飢えた瞳と目が合った瞬間、霜村冷司に床に叩きつけられた。反応する間もなく、雨のような拳が体に降り注いだ......霜村冷司は狂ったように拳を振り上げ、全身の力を込めて、何度も何度も殴りつけた。鮮血がすぐに霜村爺さんの口から溢れ出す......霜村爺さんが連れてきた男たちは、彼が半殺しにされているのを見て、霜村冷司の手から助け出そうと駆け寄ろうとした。しかし、拳を握りしめた男の、骨の髄まで凍るような怒号が聞こえた――「助けに来てみろ。そんなことした日には、もう一生太陽なんか拝めないとおもえ!」この言葉を聞いた霜村爺さんは、霜村冷司の復讐心がこれほど強いとは思っていなかった。だが、後悔はしていなかった。大田清貴に子供を先に助けるように言わなければ、子供は助からなかったのだから。子供を助けてあげたのに、霜村冷司は感謝するどころか、自分を殴るなんて、
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第1469話

大田清貴は承諾し、モーアの指示を待つ間、そばで待機していた。間もなく、モーアの予想通り、様々な合併症が現れ始めた。モーアは大田清貴にメスを渡した後、田中理恵と林原健太にそれぞれ他の合併症の処置を任せ、自身は心不全の処置に集中した。モーアはこれまでの人生で多くの人を死の淵から救ってきたが、今回のような患者は厄介だった。これほど多くの合併症を前に、彼でさえも無力感を感じていた。彼は救命手術を続けながら、看護師に家族へ万が一のことがあるかもしれない旨を伝えてくるように指示した。このような合併症の同時発生では、再び患者を救えるかどうか保証できないのだ。手術室の外で、再び絶望に陥った霜村冷司は、医師から覚悟しておくように伝えられると、魂の抜けた抜け殻のように、その場に立ち尽くしていた。「霜村社長、サインをお願いします」このサインは、和泉夕子の容態が重篤で、モーアでさえも救えないことを意味する。霜村冷司にはサインをする勇気がなく、充血した瞳には、生きた心地もしない苦しみが溢れていた。「先生、どんなことがあっても諦めないでください。なんとかもう一度、彼女を救ってください!」外の懇願の声を聞き、モーアは眉をひそめた。こんなに合併症が出ているんだ、一体自分にどうしろと。たとえ自分があと10人いたとしても、救うのは難しい......保育器の中の赤ちゃんは、母親がもうすぐ死んでしまうのを感じているのか、泣き止まなかった。必死の泣き声に、田中理恵や医師、看護師たちは、思わず目を潤ませた。「先生、私たちの医術は先生には到底及びません。先生しかいないんです!どうか、どうかもう一度頑張って、なんとかして夕子さんを救ってください!」モーアは田中理恵、そして林原健太、そして手術室にいる他の医師たちを見渡した。若い医師たちの熱意に動かされ、諦めかけていた心に、再び希望が湧き上がった。「全員、救命処置を続けて!」「はい!」この「はい!」という一声は、医師と看護師全員の力を結集させ、手術室の外で待機する家族の心にまで響き渡った......霜村家の兄弟たちは全国各地に散らばっていたが、すぐに駆けつけた。如月雅也は銃創を押して、二人の兄に付き添われ、隣国から駆けつけた。両家の若い世代が病院に到着したとき、手術はすでに12時間にも及んでいた。モーア
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第1470話

よろめく男は、和泉夕子の冷え切った手を掴み、自分の顔に押し付けた。指先には血がべっとり付いていて、白い顔にみるみるうちに赤色が広がっていく。霜村冷司はまつげを伏せ、その視線は血に濡れた体をゆっくりと辿った。これほどの数のメスを入れられ、これほどの血を流し、さらに無数の管を挿入されている。彼女は、どれほどの苦痛を味わっているのだろうか。誰かを心から大切に思うということは、胸がチクッと痛むことではなく、代わりに苦しみを受け、代わりに痛みを感じることだと、初めて実感した。もしできることなら、これらのこと全てを自分の身に引き受けたい。どんな罰でも受ける。和泉夕子を苦しめることさえなければ、なんだっていい。死ぬことだって構わない。霜村冷司は重く疲れた顔を伏せ、和泉夕子の手を抱きしめると、手術台に顔を埋めた。高く逞しい体が、まるで罪を懺悔する信者のように、小さくかがみこんでいる。手術室の外からは、遠く離れていても、いつも高慢な男の肩が震えているのが一目でわかった。震えは全身にまで伝わっているようだった。あの男が今泣いているのかどうかは誰にもわからない。しかし、彼は生き地獄を味わっているのだということは、誰の目にも明らかだった。生き地獄とは、生きても死んでも救われない、この世で最も辛いことだ。妻と子の生死の危機に同時に直面していたこの20時間近く、彼が一人の夫として、どのように耐え抜いてきたのか、誰も分からない。ただ、今の彼が苦しみの中にいることは分かる。産後間もない白石沙耶香は、泣き叫んでいた。霜村涼平が支えていなければ、すでに倒れていたことだろう。傍らの霜村若希は、白石沙耶香の泣き声を聞き、彼女の指をぎゅっと握りしめ、無言で力を与えていた。霜村家の人々は和泉夕子の身に起きた出来事に同情し、霜村冷司の無力さを不憫に思い、そして自分たちの祖父がしたことへの、やり場のない怒りを感じていた。和泉夕子が霜村冷司にとって最も大切なものだと知りながら、彼は冷司から奪おうとしたのだ。こんな祖父はそういないはずだし、同じ孫として、本当に霜村冷司に同情する。彼らは霜村冷司ほど優秀ではなかった。もし霜村冷司と同じくらい優秀だったら、今日の彼に起きた出来事は、自分たちにおこっていただろう。ああ、霜村冷司にとって、なんて残酷な運命なのだろうか。霜村家が霜
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