医者が部屋を出ていったあと、千景がベッドのそばまでやってきた。「若子、もうすぐお昼だけど、何か食べたいものある?買ってくるよ」突然の言葉に、若子は一瞬きょとんとした。意外だったのだろう。そんな彼女の表情を見て、千景は笑みを浮かべた。「どうした?なんでそんな顔?」「......さっき、私と話すって言ってなかった?」「話す?」千景は少し考え込み、さきほど医者に言ったことを思い出して、くすりと笑った。「うん、話すって言ったよ。昼ごはんのことだって意味でね」若子は思わず口元を緩めた。「......てっきり、精神科の先生を呼ぶよう説得されるのかと思った」千景は暁を抱いたまま椅子に腰を下ろし、優しく言葉を重ねた。「君が嫌なことを、俺は無理にさせたりしないよ。あんなにいろんなことがあったんだから、心がつらいのは当然だろ?俺は見てたから、ちゃんと分かってる。わざわざ診断なんてされなくても、君の気持ちくらい、俺が分かる」医者がどう診断しようと、たとえ精神面の問題だと断定されても―若子の痛みは、そこに確かにある。それは、誰かの気休めの言葉や、薬ひとつで癒えるものじゃない。千景は、そんな心の病を抱えた人たちが、治療の途中で命を落としていく姿を、何度も見てきた。もし、そばに優しさがなければ―もし、受け止めてくれる場所がなければ―どんなに腕のいい医者でも、どうにもならない。けれど、若子はきっと、大丈夫だと信じている。自分が、彼女のそばで、一番やさしくあれるなら。その心に、ひとときの安らぎを与えられるなら。若子の鼻の奥がつんと熱くなった。涙があふれそうだった。―もし、いつかこの胸の痛みが消えるときが来たら。そのときは、きっと彼の存在があったから。「若子。どんな気持ちでも、俺に話して。何も隠さなくていい。俺は、ずっとここにいるよ」「......」若子は胸の奥がいっぱいだった。自分なんかに、冴島さんのような人の信頼や優しさを受ける資格があるんだろうか―何度「ありがとう」と言っても、感謝の気持ちは伝えきれない。彼女の目が潤んでいくのを見て、千景はあわてて話題を変えた。「暁、見てごらん。ママが起きたよ。若子、赤ん坊......ベッドに寝かせてあげようか?」「......う
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