「若子、ごめん」西也がしおらしく言った。若子は赤ん坊を胸に抱きながら、諦めたような目で彼を見つめた。「いつもそう言うよね。それでまた同じことを繰り返す」西也の胸にズシンと痛みが走る。「若子、俺は......」何か言おうとしたその瞬間、若子はきっぱりと言葉を遮った。「もういい。車に乗って」彼らは一台の車でここに来ていた。若子は先に乗り込み、赤ん坊をチャイルドシートに乗せてシートベルトを締めると、自分も後部座席に座った。すると、後部座席に座ろうとした西也とノラが、またも火花を散らす。後部座席にはチャイルドシートが一つ設置されており、大人が座れるのは二席のみ。一人はどうしても助手席に座る必要があった。「お前が助手席行けよ」西也が不機嫌そうに言い放つ。「遠藤さんが行けばいいじゃないですか。来たとき僕が座ってたんですから、今回は遠藤さんの番ですよ」またもや口論が始まり、若子はこめかみを押さえた。「もう、いい加減にして。西也、助手席に行って」若子のそばにいると気を使うし、正直、少し離れていてほしかった。西也は納得いかない顔をしつつも、若子の言葉に逆らえず、黙って助手席に座りシートベルトを締めた。彼はちらりと千景をにらんだが、千景は無反応で、静かにエンジンをかけた。車内はしんと静まりかえり、誰も口を開かなかった。赤ん坊もおとなしく座っており、ノラはずっと赤ん坊と遊んでいた。西也はバックミラー越しに、ノラが赤ん坊とじゃれている様子を見て、苛立ちを隠せなかった。―あのクソガキ......いつか絶対しめてやる。車がマンションの前に差し掛かったそのとき―若子の目に、見覚えのある人影が映った。「......修?」修が建物からちょうど出てきたところだった。後部座席の窓は開いていて、修の視線がぴたりと若子を捉える。次の瞬間、彼はそのまま駆け出してきた。車の前に飛び出すように立ちふさがる。千景はすぐにブレーキを踏んだ。車の前方と修の膝の間は、わずか数センチしかなかった。修の姿を見た途端、男たちの空気が一気に変わる。全員が車のドアを開けて、次々に降りてきた。「お前、何しに来た?また若子を困らせに来たのか?ほんとにしつこいな!」西也は車から出るなり、激しい口調で責め立て
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