All Chapters of 夫の元カノが帰国！妊娠隠して離婚を決意した私: Chapter 1211 - Chapter 1220

侑子の表情は、言葉にできないほどの悲しみに満ちていた。とても演技には見えない。そのせいで、修も一瞬、何を信じるべきか分からなくなっていた。最初に若子が話してくれたとき、自分は侑子をひたすら庇っていた。安奈の存在なんて、まるで見えていなかった。でも今、侑子が言うには、祖母を殺したのは安奈だという。そうなると、侑子がまったく関係なかったとも言い切れない。まるで目の前に濃い霧が立ちこめたみたいに、視界が曇っていく。しばらく沈黙が流れた後、修はそっと侑子を離した。「まずは体を治せ。それからだ」そう言って背を向け、部屋を出ようとした―そのとき。背後で何かが動いた音がした。とっさに振り向くと、侑子がよろめく足取りで病室の窓のほうへ向かっている。勢いよく窓を開けると、ためらうことなく身を乗り出した。「何をするつもりだ！」修は眉をひそめ、瞬時に反応した。矢のような速さで飛び込み、背後から侑子を抱きしめ、そのまま窓から引き戻した。「もういいの、死なせて......私、生きてたくない。おばあさんのこと、私のせいにしてもいいよ。責任は私にもあるんだ。だから死なせて......このまま、罪悪感を抱えてなんて、生きていけない」「侑子、ふざけんな！」修は彼女をベッドに押し倒した。「ばあさんが俺にとってどれだけ大事だったか、分かってるんだろ？たとえそれが安奈の仕業でも、お前が関わってたなら―恨まずにはいられない。でもだからって、死ぬなんて選ぶな！」「修......おばあさんのこと、きっと私を憎んでるでしょ。だったらもう終わらせたいの。私を憎みながら一緒にいるくらいなら、いっそ......」「侑子、お前、頭おかしくなったか？」修はさらに強く彼女を押さえつける。「もしお前がやってないなら、俺はお前を憎む理由なんかない。なのに何でそんなこと言うんだ？ビビってんのか？それとも、わざとこんな芝居してんのか？」「違う！......ただ、私が悪いの。ごめん......もし私の行動が疑わしく見えたなら、もう何も言わない。好きに調べて。ほんとに私が関わってたなら、そのときは、ちゃんと罪を受ける」侑子は空気を読むのが上手い。そうして状況を見ながら、自分の計画を変えていく。修は侑子の体から手を放した。「もう、死ぬとか言うな。次また

「じゃあ、若子。お前はいつになったら、自分の周りにいる人間の本性に気づくんだ？」修が鋭く言い返す。「遠藤なんて、表向きは好青年ぶってるけど、中身は全部ウソだらけ。冴島も同じだ。手を血で染めてきた男で、敵だらけ。どっちも、いつ爆発してもおかしくない時限爆弾だ。そんな奴らが、お前に災いをもたらさないわけがない」「じゃあ聞くけど」若子の声には、冷ややかな笑いが混じっていた。「私に災いをもたらしたのは誰？あんたが精神的に壊したこと、私は一生忘れられない」修はわずかに顔を歪めて、苦笑いを浮かべる。「じゃあ、どうすればいい？俺が死ねば、償いになるのか？」「違う。私が望んでるのは、それじゃない。ただ、もう二度と今の生活に踏み込んでこないでほしい。それだけ」若子は視線を外し、淡々と言い放つ。「これからの私がどうなろうと、それはあんたには関係ない。もう、おばあさんが亡くなって、私たちをつなぐものは何もなくなった」「そうか」修は拳を握りしめながら言った。「それが望みなら、分かった。これからはできるだけ距離を置く。邪魔もしない。だって―もう、俺たちには何も残ってないからな」目を赤く染めた修は背を向け、無言で部屋を出ていった。扉が閉まる音が響いた瞬間、修の体はぐらりと揺れた。壁に手をつかなければ、倒れ込んでいたかもしれない。胸を押さえ、心臓が引き裂かれるような痛みに顔をしかめながら、階段を下りていく。そしてふと顔を上げると―目に入ったのは、千景が暁を高く持ち上げて笑っている姿だった。暁は無邪気に笑いながら、こう呼んでいた。「パパ！」その言葉が耳に届いた瞬間、修の胸の傷に塩をぶちまけられたような痛みが走った。この子は、一体何人の「パパ」を持っている？拳を握りしめた修の胸の奥に、嫉妬という名の業火が燃え上がる。怒りにも似た感情―でも彼は分かっていた。その怒りの正体は、暁が何人「パパ」と呼ぼうと、自分はその中に含まれない、という現実だった。思い出す。あのとき、抱き上げた暁が、自分を「パパ」と呼んだ一瞬。まるで、自分が本当に父親になれたような気がしてしまった、あの夢のような瞬間を―いや待って、暁は本当に遠藤の子どもなのか？それなのに、どうしてこの子が若子と一緒に暮らしてて......あいつは何も

千景が暁を抱いて家に戻ると、若子はキッチンのカウンターの前でぼんやりと立ち尽くしていた。ふたりが帰ってきたことにも気づいていないようだった。「ママ」暁の声が、静かな空間に響いた。若子はその声で我に返り、振り返って微笑んだ。「戻ったのね」そう言いながら歩み寄り、千景の腕の中から暁をそっと抱き上げた。「若子、大丈夫？藤沢と何を話してたの？」「......侑子さんが焦って、先に動いたの。安奈さんを『犯人』として差し出して、自分の関与を消そうとした。今、安奈さんはすでに警察に捕まった」千景はわずかに眉をひそめる。「安奈が黙ってるとは思えない。きっと、侑子のことも話す」「そうね、でも......問題は、侑子さんの演技力なのよ。あの人、本当にうまく自分を偽る。修は安奈さんのことは疑っても、侑子さんのことは疑わない。『調べる』とは言ってたけど、結局は侑子さんがそんなことするはずないって思ってるのよ。根っこから、彼女を信じてる」「それなら納得だな」千景は静かに言った。「前から分かってた。修は、あの女のことになると甘い。けど、心配するな。少なくとも、あのふたりの所業を暴露したのは正解だった。自分たちの罪で足元が崩れて、安奈が捕まった。残るは、侑子だけ。時間の問題だ」「そうね。どんな形であれ、安奈さんは捕まった。次は......侑子さんの番よ」若子の目には、揺るぎない決意が宿っていた。......数日後。侑子はスマホの画面を凝視していた。最新話の更新―そこには、彼女が安奈を「替え玉」に仕立て上げたくだりが書かれていた。この小説、一体誰が書いてるの......？手が震えるほどの緊張感に襲われ、侑子はおそるおそる電話をかけた。「......もしもし、あんたに会いたい」深夜。彼女は一軒の洋風の一戸建てに足を運んだ。周囲には人影もなく、ぽつんと灯りがともっている。中に入ると、鼻をくすぐるのは香ばしい―けれどどこか場違いな匂い。焼き物の匂いだった。眉をひそめて庭を覗き込むと、男がひとり、焼き台の前でイカを焼いている。その姿が、余計に不気味だった。彼は冷酷な計算家で、影の黒幕。なのに、時々こうやって妙に庶民的な面を見せる。以前は庭に花を植えていたかと思えば、今日はバーベキュー。「来て

修はベッドの上で何度も寝返りを打ち、どうしても眠れなかった。心の中には火が灯ったように熱く、頭の中はひたすら若子のことでいっぱいだった。目を開けても、閉じても―浮かんでくるのは彼女の姿だけ。イライラが募り、彼は体をひねってベッド脇の引き出しを開けた。中から一瓶の薬を取り出す。あの薬がなければ、心が落ち着かない。そのとき、携帯の着信音が鳴った。修はスマホを手に取り、画面を見た。発信者は侑子だった。彼はそのままスマホを放り投げた。けれど、鳴りやまない着信音に、修の苛立ちは増す一方で―ついに通話ボタンを押した。「......なんだ？」「修、助けて......お願い、助けて」侑子の声が震えていた。修は顔色を変えた。「どうした？何があった？」「追われてるの......今、そっちに行っていい？もう逃げ場がないの。怖くてたまらない......」「誰に追われてるんだ？今どこだ？」「私......今は......暗くて見えない、小さな路地に隠れてるの。来るときに『無尽』っていうバーの前を通った気がする。そこを右に曲がったところの路地にいるの。もう言えない、彼が来たかも......切るね......」通話がぷつりと途切れた。修は彼女に何かあったらと考え、すぐに服を着替え、家を飛び出した。......修は手早く人を集めて侑子の元へ向かった。彼女は路地裏のゴミ箱の陰に身を潜めていた。誰かの足音が聞こえると、怯えたように身を縮め、ゴミの中から這い出し、頭を抱えて震えながら叫んだ。「やめて......お願い、許して......お願い......！」「侑子、俺だ」修はしゃがみ込み、彼女の腕をそっと掴んだ。「大丈夫か？」「きゃあっ！」侑子は悲鳴を上げたが、すぐに目の前の顔を確認し、泣きながら彼の胸に飛び込んだ。「修......やっと来てくれたのね......もうダメかと思ったの、怖くて......死ぬかと思った......！」薄暗い路地では顔もよく見えない。部下が手にした懐中電灯が、侑子の姿を照らした。侑子の髪はボサボサで、体中に傷があった。誰かに殴られたのは明らかで、しかもその手は相当荒っぽかった。それを見た修は、眉間にしわを寄せた。「どうしたんだ......？誰にやられた？」「修、わ、私

ふたりは並んで夕食をとり、ぽつりぽつりと他愛もない会話を交わした。けれど、修の様子には明らかに興味がなさそうな空気が漂っていた。それを感じ取った侑子は、静かに口を閉じた。無理に話しかけて、彼の機嫌を損ねたくなかった。食事を終えると、修は「気楽にしてていい」とだけ言い残し、自室へと戻っていった。それきり、部屋から出てくることはなかった。中で何をしているのかは分からない。侑子は何度も修の部屋の前を行ったり来たりした。ノックしようか、声をかけようか......けれど、手は宙に浮いたまま、どうしても扉に触れることができなかった。修に嫌がられたら、どうしよう―そんな不安が、ずっと心に引っかかっていた。ノラは彼女に、修の子どもを授かるよう取り計らうと約束していた。確かに今はこうして修の家に住んでいる。でも、彼の態度は以前のように優しくはなかった。愛情だけでは、もう彼に触れてもらえない。侑子はそっと部屋の扉に手を添えた。「修......私はあなたのためなら、何だってできる。ほんとに、あなたが好きなの」深夜、修はベッドの中で寝返りを繰り返していた。どうしても眠れない。彼は引き出しを開け、いつものように瓶を取り出す。それは、医者から処方された精神安定剤だった。本来は用量が厳しく制限されているのに、修はしばしば規定以上を飲んでいた。そうしないと、眠れないからだ。錠剤を口にしてから、再びベッドに横になる。スマホを手に取り、若子の連絡先を開いた。若子は、SNSなど一切やらないタイプだ。投稿もなく、プライベートは謎に包まれている。彼女の近況をこっそり知る手段なんて、どこにもない。もう寝てるだろうか。それとも―冴島と一緒に寝てる？ふたりの関係は、どこまで進んでるんだ？考えれば考えるほど、胸がざわざわして落ち着かなくなった。突然、体が熱を持ち始める。どうしようもない不快感が全身を包む。修は額に滲む汗を拭い、思わずベッドを飛び出した。そのままバスルームへ行き、冷たいシャワーを浴びた。火照る体を冷ますために。冷たい水が引き締まった筋肉の上を滑り落ちていく。蒸気が立ちこめるバスルームには、濃厚な男の色気が漂っていた。「若子......」壁に映るぼんやりとした影が、まるで若子の姿のように見えて、修はそっと