All Chapters of 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私: Chapter 1411 - Chapter 1420

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第1411話

西也が出かけるときは、いつも大勢のボディガードを連れていた。どこかで誰かに命を狙われるのではと、常に警戒している。ここは西也にとって「とても安全な場所」のはずなのに、まったく安心できないのだ。山のふもとには護衛の部隊が、山の頂上にはヘリコプターがパトロールしている。西也はナナを腕に抱え、もう一方の手で若子を引き連れ、山のふもとに立った。「さあ、これから家族三人で山登りだ」見上げると長い階段が続いている。この山は本来階段などなかったが、西也が資金を出して階段を作らせた。「若子、ナナ、行こう。三人で始めよう」「ナナ、君が先頭だ。ママは真ん中、パパが最後から二人を守るよ」そう言いながらナナを軽く前に押した。ナナはうれしそうに階段を上り始めた。若子は仕方なくその後についていく。西也は最後尾。三人で二十分ほど登ったところで、若子はもう疲れてしまい、額の汗をぬぐった。ナナも疲れてしまい、その場に座り込んで、そっとママの手を引いた。「ママ、疲れてない?」本当はナナのほうがもう限界なのだが、パパには言えず、まずママにこっそり聞く。ナナはとても賢い。若子は、顔を真っ赤にして息を切らしているナナを見て、西也に言った。「私、もう少し休みたい」「いいよ」西也は階段に腰を下ろした。「じゃあ、少し休もう」バッグから水のボトルを取り出し、若子に渡す。若子は受け取って一口飲み、すぐに横にいるナナのことを思い出し、ボトルを差し出した。ナナは両手でボトルを抱え、ゴクゴクと何口も水を飲んだ。若子は慌ててボトルを引き上げて、「飲みすぎると後で苦しくなるよ」とやさしく注意した。ナナは素直にうなずいた。ナナの目はあまりにも澄んでいて、きらきらと光っていた。まるで光そのもの。こんな純粋な天使みたいな子どもに、若子が情を持たないはずがなかった。ただ、この子の登場自体が間違いだった。西也が無理やりこの子を「家族」に引き入れてしまった。もしかしたら、ナナ自身は今を地獄と思っていないかもしれないが、やがて大きくなったとき、この家庭の異常さに気づくだろう。西也は黙って、母娘の様子を見ていた。それから若子の肩をそっと抱いた。「そのうち、もっと仲良くなれるさ」若子は水のボトルを階段に置き、膝を抱えて足元の階段を見つめた
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第1412話

みんなでしばらく休憩した後、また山登りを再開した。ナナは先頭で、手も足も使って一生懸命登っていく。まるで小さな子猫みたいに、ぐんぐん上に進み、二人の大人から何十メートルも離れてしまった。小さな子どもは体力はないが、元気いっぱいだ。あっという間に、大人ふたりを置き去りにしてしまった。若子はその後ろ姿を見て、ふっと微笑んだ。ナナは実の娘じゃないけれど、自分も母親。子どもを見ると自然と母性が湧いてくる。最初は拒絶していた「ママ」という呼び方も、ナナが口にするたびに胸が締めつけられ、つい涙が出そうになった。西也は若子の顔に浮かんだ笑みを見て、この子を連れてきて正解だったと確信した。突然、林の中の鳥たちが騒がしく空へ飛び立つ。木々がざわめき、風が吹き、地面が激しく揺れ始め、ゴゴゴゴという音が響いた!まるで天地が崩れるような大地の揺れ。山の石が斜面を転げ落ち、階段はひび割れを起こす。「きゃあっ!」ナナが階段で転んで泣き叫ぶ。「パパ!ママ!」「ナナ、動いちゃダメ、ママがすぐ行くから!」若子は駆け寄ろうとしたが、すぐ脇を大きな石が転がり落ちてきた。「危ない、行くな!」西也が若子を引き戻し、石から守るように強く抱きしめた。「離して、ナナが上にいるのよ!」山体が崩れはじめ、まわりはめちゃくちゃになっていく。石や土の塊がどんどん崩れ落ちてくる。「若子、下山するぞ!」西也は若子を強く抱きしめ、そのまま下へ走ろうとした。「放して、ナナがまだ……!」「無理だ!」西也は怒鳴る。「今はまず俺たちが降りるんだ。あとで人を派遣して助けに行かせる!」階段には三人しかいない。西也は保護のためにボディガードを山のふもとに待機させ、ヘリコプターも上空を巡回させていた。でも、誰がこんなときに大地震が来ると予想できただろう。ヘリも何もできなかった。「パパ!ママ!」ナナの叫びはどんどん大きく、苦しそうになっていく。「ナナ!」若子は何度も後ろを振り返り、手を伸ばし続けた。「西也、お願い、あの子はあなたの娘よ、見捨てるの?あんた、本当に父親なの?」「俺は父親であり、お前の夫だ!」西也は必死に若子を引き寄せる。「子どもはまた養子にできる。でも、お前は一人しかいない!」その冷酷な言葉
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第1413話

地震はおよそ一分半ほど続き、ものすごい揺れだった。わずかな時間で山はすっかりめちゃくちゃになってしまった。山肌には大きな亀裂が入り、木の根がむき出しになり、木々も傾いていた。若子は圧迫されて息も絶え絶えになりながら、なんとか片手を抜き出し、必死で西也の頬を叩いた。「西也!西也?」西也は目を閉じたまま、血が滝のように流れ続けていた。まさかこんなときに、彼がここまで自分を守るとは思わなかった。もし昔の自分なら感動していたかもしれない。でも今は、これまで西也にされたことを思い出すたび、心のどこかに湧いた感情も一瞬で消え失せた。心の中で「このまま死ねばいい」と思った。こんな男、やっと天罰が下ったんだ。若子はナナが埋まってしまった方を見て、涙が止めどなく流れ落ちた。歯を食いしばって何とか体を引き抜こうとしたが、もがいた拍子に近くの石が崩れてきて腕を直撃した。「きゃっ!」若子は激痛に叫び声を上げた。もうこれ以上動いたら、さらに崩落が起きそうで、怖くて動けなかった。そのまま十数分が過ぎ、やっと西也の部下たちが駆けつけてきた。……十数時間後。「若子!若子、怖がるな、俺がいる……若子!」西也は突然目を覚ました。自分が病院にいると気付く。「遠藤さま、ご無事でよかった」ボディーガードが心配そうに近寄る。西也はすぐに訊いた。「若子は?」「遠藤さま、ご安心ください。松本さまは無事です。少し外傷を負いましたが、すでに手当てを受けています。今は別の病室でナナさまと一緒です」若子が無事だと聞いて西也は少し安心した。しかしナナのことを思い出し、眉をひそめた。「あの小娘、まさか生きてたのか?」その口調はとても冷たく、まるで自分の娘ではなく、赤の他人のようだった。ボディーガードは答えた。「はい、一命は取り留めましたが、医師によると右脚に感染症が起こり、やむなく切断するしかなかったそうです」それを聞いて、西也は眉をひそめ、「なかなか運のいい子だな」とつぶやいた。数日過ごして、少しだけ情が湧いたとはいえ、やはり血の繋がらない子供だったし、何より彼の関心は常に若子だけに向いていた。西也はベッドに体を起こそうとしたが、全身が痛み、頭もひどくふらついた。「遠藤さま、どうか安静に。医師の話では腕は骨折し、
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第1414話

ボディーガードは相変わらず事務的な笑みを浮かべて、「奥さま、遠藤さまがお待ちです。どうぞお越しください」と言った。若子は立ち上がり、病室を出ようとした―そのとき、ベッドから微かな声が聞こえた。「......ママ」「ナナ!」若子はまた椅子に戻り、ナナの手をぎゅっと握った。ナナはゆっくりと目を開け、「ママ、痛いよ......」何かを察したのか、ナナの目から一気に涙があふれた。「ナナ、大丈夫。全部きっとよくなるから」若子は胸が張り裂けそうだった。「奥さま」ボディーガードが背後から声をかける。「お急ぎください。遠藤さまを待たせると、ナナさまに怒るかもしれません」わざとそう言うのだった。若子はナナのそばに顔を寄せ、小声でささやいた。「ナナ、ママすぐ戻ってくるから、怖がらなくていいよ。ここにはちゃんと人がいるからね」「守ってもらえる」と言ってはみたが、自分ですらそれを信じられなかった。でも、行かないと―あの男は本当に何をするかわからない。ナナだって道具にしか見ていない。「子どもが死んでもまた養子をもらえばいい」そんな冷たい言葉を平気で言える人間だった。実の子じゃないから......いや、たとえ実の子でも、きっと同じだった。若子はそっとナナの手を離し、毛布をかけてやった。「ママ、すぐ戻るからね」ナナは泣きながら、小さな手を毛布の中に引っ込めた。その姿を見て、若子の心は痛みでいっぱいになった。彼女は振り返ってボディーガードに言った。「早く医者を呼んできて。せめて痛みを和らげてあげて」ボディーガードは頷いて、「わかりました。では早くお越しください」と返事した。若子は未練がましくナナの病室を出ていった。......西也はベッドのヘッドボードにもたれ、若子が入ってくると手を差し伸べた。「こっちへ来て、顔を見せてくれ」若子はベッドまで歩み寄り、西也に手を取られた。その腕には包帯が巻かれていた。「無事で安心したよ」若子はどう評価すればいいかわからなかった。あれだけ酷いことをしておきながら、養子にしたばかりの娘をあっさり見捨てた。冷酷で無慈悲な人間かと思えば、自分をかばうためには命も顧みなかった。西也が自分に向けている感情は、本物かもしれない。でも、それは歪んでい
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第1415話

若子はもう西也とこれ以上話す気も、争う気もなかった。「あんたがそう考えているなら、私にはどうしようもない。私はあんたの考え方を変えられない」西也は彼女の手を離した。「若子、俺は命懸けでお前を守ったんだ。もし俺が抱きしめてなかったら、お前はとっくに死んでたかもしれないんだぞ。感謝しなくてもいいが、今さら俺を責めるなんて、あんまりだろう」「助けてくれてありがとう」若子は冷たくもなく、熱くもない声で言った。「本当に、あんたのおかげよ」「その態度はなんだ?」西也は怒りをあらわにした。「苦しい時こそ本性がわかるって言うだろ。俺は命を懸けてお前を守ったのに、お前から返ってきたのはそんな皮肉ばかり。どれだけの男がそこまでしてくれると思う?俺が守らなければ、お前は......」「西也」若子は堪えきれずに遮った。「あんたは私の夫を殺し、私を誘拐してここに閉じ込め、地震に巻き込んだ。そして今度は私を助けたって、感謝しろって言うの?あんたが自分でめちゃくちゃにしたものを、片付けたからって感謝しろって?」「......」西也は怒りと悲しみが混じった複雑な表情を浮かべ、激しい感情が渦巻いたが、結局こう言うだけだった。「恩知らずだな」若子も、もうこれ以上黙っていられなかった。本当なら西也が激怒して暴れるのかと思っていたが、返ってきたのは「恩知らず」という一言だけだった。「そうよ、私は恩知らずよ。好きに言えばいいわ。あんたが元気そうなら、私はナナのところへ戻る。あの子には私が必要よ」そう言って若子は部屋を出ようとした。「待て」西也が呼び止めた。「何?」怒りを押し殺しながら振り返る。「俺がナナを養子にしたのは、俺たちの家庭を『完成』させたかったからだ。けっして、あの子が俺よりお前の心で大きくなるためじゃない。俺がどれだけお前の心にいないのか、よくわかってるけど、今やお前は俺よりナナの方を気にかけてる。それが気に入らないんだ」若子は振り返り、「嫉妬してるの?小さな女の子にまで?」「俺はもともと狂ってる。今さらだろ」西也は平然と言った。「だから、残るかナナのもとへ行くか、選べ。どっちにしても、あんまりナナを大事にしすぎない方がいいぞ。俺が嫉妬して、また何をしでかすかわからない」その言葉は冷静だが、若
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第1416話

「彼女はたった五歳の子どもよ。何も悪いことなんてしていない。私が好きか嫌いかは関係ない。あんたが連れてきた以上、あんたには責任がある。簡単に捨てるなんて許されないわ」西也は彼女の隣に座り、「俺がまた狂って、あの子を殺したらどうする?それでも世話を任せるつもりか?」と冷たく言った。「私が面倒を見る」若子はきっぱりと言った。「もともとあんたは『家庭の完成』のためにナナを養子にしたんでしょう?もしナナが戻ってこなかったら、その『完成』はできないわ」「つまり、もうナナを娘と認めたってことか?」ここまで来たら、否定もできなかった。若子はうなずいた。「そうよ。私はナナを認める」自分も母親として、もし暁が同じ目に遭っていたらと考えずにはいられなかった。だからこそ、ナナのことは放っておけなかった。西也は若子の顔にキスを落とした。「少し考えさせてくれ。今やらなきゃいけないことがあるから、書斎に行く」そう言って席を立った。若子はすぐに顔をぬぐい、さっきキスされた場所をこすった。しばらくして、誰かが慌てて部屋に飛び込んできた。振り向くと、それは西也の部下だった。何か重大な報告があるらしく、落ち着かない様子だ。若子も不安になり、そっと後をついていった。......「藤沢修が私たちの人間を全員捕まえて、一人一人尋問しています」西也は椅子に腰かけ、冷ややかな目で言った。「それで?」「遠藤さま、奴らはあなたの居場所は何も知らないので、それほど心配する必要はないかと。ただ、藤沢修はさらに警戒を強め、警備も何重にも強化していて、監視できる範囲はすべて見張りを立てて、二十五時間体制で巡回させています。今や私たちには彼の動向が全くわかりません」西也は冷たく笑った。「藤沢がどれだけやろうが、俺の居場所は見つからない。奴のことなんて今はどうでもいい。これからは若子と二人で幸せに暮らす。誰にも邪魔はさせない」その後、西也は外出した。若子には何をしに行くのかわからない。ここに来てからも、彼は暇しているわけではなく、外で仕事や付き合いをこなしていた。この国の上層部と関係を築くことにも時間を費やしている。西也は大金をもたらすだけでなく、彼らが求める「何か」を持っている。その裏で、何を企んでいるのか、若子には想像もつかなか
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第1417話

「若子、何してるんだ?」西也の目は今にも彼女に吸い寄せられそうだった。若子は上半身を起こして長い髪をかき上げる。「嫌なら着替えるけど?」ベッドから降りようとした瞬間、西也が手首を掴んだ。「待って」若子はにっこりとも、皮肉っぽくも見える笑顔で見つめる。「なに?」「こういう格好、好きだよ」声がひどくかすれている。「今日はなんで、そんな服を?」「なんとなく着たかったの。それにいろいろ考えたのよ」「ふうん?」西也はベッドに座ったまま、ヘッドボードに寄りかかりながらじっと彼女を見つめる。「何を考えてた?」彼の指先が、そっと彼女の黒いキャミソールの肩紐をずらす。「いろいろあって、もうこうなった以上、せめて自分だけは幸せになりたいって思うの。もしあんたが、もう修や子どもたちに危害を加えないって約束してくれるなら、私はなんでもする。あんたの望む通りにする」その従順な様子に、西也は夢を見ているような気分だった。彼の手がそっと彼女の頬を包み込む。「急にこんなに素直になって、なんだか戸惑うよ」「悪いほうがよかった?それとも、私から仕掛けてほしい?」若子は尋ねた。西也の口元がゆるみ、彼女を見つめる目は熱を帯び、今にも飲み込んでしまいそうなほどだった。「じゃあ、どんなふうに『仕掛けてくれる』のか、見せてくれよ」彼は期待に満ちた表情で、彼女の次の行動を待っていた。いままで「仕掛けた」ことは何度かあったけれど、それは脅されて、仕方なくやっただけ。でも今日は違う。自分から―彼女は本当に心から、自分を受け入れようとしているのだろうか?若子はベッドの上で膝をつき、体を前に滑らせて彼の膝の上に座る。手のひらを男の肩に当て、その筋肉をなぞるように、ゆっくりと下へ―西也の身体はしなやかで、筋肉は引き締まり、触れた瞬間、胸筋がピクリと動いた。若子の手のひらが熱くなる。でも彼女は手を引っ込めず、そのまま唇を重ねた。夜は甘美で、部屋の中は熱気がうねった。そのとき、突然、男の悲鳴が夜を切り裂き、屋敷じゅうに響き渡った。「バシッ!」若子は平手打ちされ、ベッドから床に叩き落とされた。「このクソ女が!」西也はベッドの下の彼女に向かって、狂ったように叫んだ。ドアが叩き割られ、ボディーガードたちが駆
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第1418話

窓から差し込む日差しが、西也の血の気のない顔に当たっていた。カーテンが風でふわりとめくれる。ナースが窓際にやってきて、窓を閉めた。医師がベッドの脇で状況を説明していた。「遠藤さん、今はしっかり安静にして回復につとめてください」西也の目には怨みが浮かび、冷たい声で尋ねた。「今後の生活の質は下がるのか?」「生活」という単語に強く力を込め、明らかに単なる日常だけを指していない。医師はすぐに察し、「遠藤さん、治療をしっかり受けて、定期的に検査を受けて、長いリハビリを乗り越えれば、以前と変わらないくらいの生活ができますよ」「その『長いリハビリ』はどれくらいだ?」「少なくとも半年は夫婦生活は無理でしょう」その数字を聞いた瞬間、西也は拳を握りしめ、歯を食いしばり、目には怒りがあふれた。まさか若子がこんな手を使ってくるとは―表面上は自分に従順にふるまい、まるで自分をもてなす気でいたのに、実際は自分を咬みついた。しかも、よりにもよってあの場所を―彼女は自分を本気で「廃人」にしようとしたのだ!なんて恐ろしい女だ。ここまでやるとは思わなかった。西也は氷のような声で「わかった、もう出ていっていい」と言った。「何かあれば呼んでください」医師とナースは病室を出ていった。......数日後、西也は退院した。しばらくは自宅で療養しなければならない。これからは長い回復期間が始まる。医者によれば、傷が完全に治るまでは約一ヶ月。その後は普通の生活ができるが、夫婦生活を再開するにはさらに何ヶ月もかかる。この間、強い刺激で生理的反応を起こすと危険だから、絶対に控えるように言われていた。若子は西也の前に引き出され、肩を押さえられて跪かされていた。西也はベッドに座り、タバコを吸いたい衝動に駆られていたが、医者の指示を思い出し、しばらくはタバコも酒も控えることにしていた。将来の「生活」のために、西也はタバコを横に投げ捨て、苛立ちの色を隠さず、跪いたままの若子を睨みつけた。彼女の手足はしっかりと縛られているので、逃げ出すこともできない。西也はボディガードに目配せし、彼らは部屋を出て行った。「若子、なんて悪どい女だ。俺を廃人にするつもりだったのか?」「はははは」若子は笑い出した。「で、廃人になった?
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第1419話

若子は、すでに西也が修と暁の消息をまったく掴んでいないことを盗み聞きで知っていた。今や西也は遠く異国にいるし、修の側は万全の警備体制。西也がどんなに力を持っていても、どうにもできることはない。結局、彼は若子の恐怖心につけこんで脅しているだけ―でも、大事な人が無事だとわかった今、若子はもう何も怖くなかった。そんな若子の変化に、西也も気づいたのか、冷たく嗤った。「そうか。お前、俺があいつらには何もできないと思ってるんだな?―でも、ナナならどうだ?」ナナの名を出されて、一瞬だけ若子の瞳が揺らいだ。でもすぐに顔を上げて、はっきりと言い返す。「ナナはあんたが養子にした子よ。もしナナに何かしたら、それはあんた自身の罪。もう誰を使っても私を脅したりできない」何度も西也に脅され、支配されてきたが―もう彼女が屈することはない。修と暁が無事なら、失うものなんてない。「だったら、このままそのガキを目の前で殺してやる!」西也は狂ったように叫んだ。「ナナを殺して、その後は?また新しい子を養子にして脅すの?いっそこの世の子どもを全部殺してみれば?西也、あんたのやることなんて、結局それしかないのよ―ただ脅して自分の力を誇示するだけ」もしかしたら怒りのせいか、あるいは痛みがぶり返したのか、西也はベッドサイドの薬をむしゃむしゃと飲み下し、水で流し込んだ。「若子、お前は俺が愛してるから逆らえるんだ。もし俺が愛してなかったら、お前にそんな度胸があるか?」「もし愛してなかったら、千景は死ななかった。私だってここに監禁されて、毎日あんたに無理やり犯されることもなかった。気持ち悪くてたまらないのに、頭を押さえつけられて奉仕させられて、こんな最低な人間、他にいないわ!」「バンッ!」怒りに駆られて、西也は手元のコップを思い切り若子に投げつけた。コップが当たって、若子の額から血が流れ出した。けれど彼女は歯を食いしばり、涙ひとつ見せない。「暴力しかないのね」若子は冷たく鼻で笑った。その冷たい態度に、西也はもはや言い返す気力すら失っていた。「若子、俺はあれだけお前を大事にしてきたんだ。最初は紳士的に、全力で愛してみせた。でもお前の心は石みたいに固くて、いつも藤沢しか見てなかった。やっとあいつを
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第1420話

B国。「ゴホッ、ゴホッ......」ベッドの上には、一人の男が横たわっていた。体は骨と皮ばかりにやせ細り、目の下には深いくぼみ、顔色も真っ青だ。あちこちに医療機器が繋がれている。ノラはずっと、病院で二十四時間体制の監視を受けてきた。今日は、ノラが修に会いたいと言い出した。修はもちろん会うつもりなどなかったが、ノラがひと言伝言を寄こした。「遠藤さんを見つけたくないですか?」その言葉を聞いて、修は病室に現れた。ボディーガードが椅子を用意する。修は腰かけ、脚を組んで背もたれにもたれかかると、冷たい目でノラを見下ろした。「桜井......お前、もう長くないな」ノラはうっすらと笑みを浮かべた。「だからこそ、お兄さんに会いたかったんですよ」「お兄さん」と聞いて、修の眉間がぴくりと動く。「遠藤の居場所......知ってるのか?」「知りません」「知らない?」修は冷ややかに言った。「じゃあ、俺を呼んだのは何のためだ?お前が死ぬところを見届けてほしいのか?」内心、少しは期待していた。もしかしたらノラが本当に何か知っているのかと。だが、帰ってきた答えは「知らない」だった。「居場所は知りませんけど、ヒントはあります。今の考えに縛られず、別の角度から探せば、もしかしたら新しい手がかりが見つかるかもしれませんよ」「桜井......ずいぶん自信満々じゃないか?それに、腹の中じゃ何を考えてる?」「僕が何を考えてるでしょ、ふふっ。前は色々ありましたけど、今はもうすぐ死にますし、ちょっとは善人になりたくなったんですよ。だって、僕たち異母兄弟でしょ?お父さんのためにも、せめて最後くらい役に立ちたかったんです」「だったら、父さんに会えばいいだろ。なんで俺なんだ」「それ、いい質問ですね」ノラは笑ってみせた。「お父さんに会っても何を話せばいいか分からないんですよ。だったら、お兄さんと話す方がまだマシかなって思ったんです」「俺と何を話したい?」「たまに考えるんですよ。最初から正体を明かして、変なこともしなければ、お兄さんと仲良くなれたのかなって。今ごろ、普通の兄弟として過ごせてたのかなって......」「そんな『もしも』なんてない。もうすべて終わったことだ。お前がやったことは、どれだけ悔やんでも取り返しはつかない」
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