All Chapters of 目黒様に囚われた新婚妻: Chapter 691 - Chapter 700

隼人は、まるで絵画のように整った瑠璃の顔を見つめながら、自分の手をそっと振ってみた。その瞬間、目の前に広がる色彩と輪郭が、はっきりと見えていた――……見えている？本当に、自分の目が見えている――思い返してみれば、昨夜すでに見えていた。雪菜が瑠璃を突き落としたその瞬間、彼は彼女の手を掴んでいた。「ん……」その時、瑠璃がかすかな声を漏らした。隼人はすぐに我に返り、彼女をそっと抱き上げた。抱き上げた瞬間、瑠璃がさっきまで倒れていた場所のすぐそばに、大きな石があるのを見つけた。その角がちょうど彼女の後頭部にぶつかっていたのかもしれない。隼人の心臓が再び不安に跳ねた。彼は彼女をしっかりと抱きながら、出口を探して前へと進んだ。だが、どれだけ歩いても抜け道は見つからない。腕の中で眠り続ける彼女の顔色を見て、焦った隼人の足は自然と速まっていく。「隼人……」ふいに、弱々しい声が響いた。隼人は驚いて立ち止まる。「千璃ちゃん！？目が覚めたのか？」瑠璃は朦朧とした目を開け、小さく頷いた。「……降ろして」「駄目だ、お前は弱ってる」「私は、あなたが思ってるほど脆くないわ」その言葉に、隼人は彼女の意志を尊重し、そっと彼女を地面に降ろした。彼女の様子を心配そうに見つめながら、優しく問いかけた。「千璃ちゃん……どこか痛むか？」瑠璃は首を横に振り、口を開こうとしたその時――隼人の視線がまっすぐ彼女を見つめていることに気づいた。彼女は試すように、手を彼の目の前で軽く振ってみた。……次の瞬間、彼の手が彼女の手をしっかりと握った。心臓が跳ねる。「……見えてるの？」「うん、見えてる」彼は彼女の手をぎゅっと握りしめ、目には深い愛しさと未練が溢れていた。「千璃ちゃん、久しぶりに見る君お前は……もっと綺麗になってた」瑠璃は一瞬、どう反応していいか分からず、心の高鳴りを抑えながら手を引いた。「……いつ目が戻ったの？」彼が彼女を助けに来た時は、確かに何も見えていなかったはず――まさか、滑落して視力が戻った？混乱する彼女に、隼人は答えた。「昨夜、お前を探しても見つからなくて……焦っていたその時、雪菜がお前を突き落とすのが見えた。あの瞬間から……見えていたんだ」瑠璃は驚きを隠せなかった

その人なら――自分が隼人の心を手に入れるために必要な協力者になれる。そう確信した蛍は、思い立ったように病院を後にした。一方その頃、邦夫と青葉もようやく瑠璃と隼人の居場所を聞きつけ、二人が診察室にいると知るや否や、急いで向かった。廊下を歩きながら、邦夫はふと隣の妻の様子がおかしいことに気づいた。「青葉、昨日の夜から様子が変だ。何かあったのか？」その問いに、青葉の目が一瞬泳いだ。「何があるっていうの？あのクソ姪に殺されかけたってだけでしょ」皮肉交じりに吐き捨てるように言ったその時――診察室の扉が開き、隼人が瑠璃の手を支えながら出てきた。青葉の足がピタリと止まり、固まったようにその場に立ち尽くす。胸の奥に浮かぶのは、昨夜、自分が絶体絶命の状況にあったとき、背後から瑠璃に「逃げて」と言われて押された、あの瞬間の強く真っ直ぐな瞳。――彼女は、本気で自分を助けたのだ。なのに自分は？その直前まで、瑠璃に対して罵詈雑言を浴びせ、三年前に死んでいればよかったなどとまで言い放った。呆然と立ちすくむ青葉を見て、邦夫が彼女の腕を軽く叩いた。「青葉、本当にどうしたんだ？」その会話を耳にして、瑠璃と隼人も二人に目を向けた。視線が交差する。瑠璃の表情は落ち着いていたが、青葉は目を逸らし、顔を赤らめた。「隼人、瑠璃、怪我はしていないか？」邦夫が近づいて心配そうに尋ねた。瑠璃は隼人の手を振りほどき、代わりに質問を返す。「小川雪菜とその仲間、捕まったんですか？」「男たちは確保したが、雪菜は逃げた」「さすがに逃げ足だけは速いわね」瑠璃は淡く笑い、横目で青葉が自分を盗み見していることに気づく。視線を向けると、青葉はまたしてもそそくさと目を逸らした。「千璃！千璃！」その時、夏美と賢が慌ただしく駆け込んできた。瑠璃の左脚に巻かれた包帯を見るなり、顔色を変える。「どうしてこんな大変なことが起きてるのに連絡もしないの？一人で危険に飛び込むなんて……」夏美は娘の手を握り、強く非難しながら、チラッと青葉を睨んだ。「しかも、せっかく助けても、あの人はそれを逆恨みとしか受け取らないわ」その皮肉交じりの言葉が誰を指しているのか、青葉はすぐに理解した。以前の彼女なら即座に反論していたはずだが、今は一言も返せ

どう見ても、彼女が隼人を心配しているようには見えなかった。隼人は口元にわずかな笑みを浮かべ、自然な調子で言った。「わざわざ俺に会いに来てくれたのか？」蛍はすかさず答える。「本当はもっと早く来たかったんだけど、都合がつかなくて……今日はどうしても来たかったの。ちょうど、心理療法にぴったりのタイミングだと思って」隼人が何も反応しなかったので、蛍はすぐさま言葉を継いだ。「隼人、あなたの網膜には損傷がないのよ。つまり、まだ見えないのはメンタル問題なだけ。もし心の障壁を乗り越えられたら、また見えるようになるわ。信じて」隼人は軽く頷き、めったに見せない優しげな微笑みを浮かべた。「そんなに俺のことを思ってくれるなら、断る理由はないね」隼人が笑ってくれたことで、蛍の中でくすぶっていた欲望が一気に燃え上がる。ついにこの日が来た。彼女はようやくこの男に近づける、ついに――彼を手に入れることができるのだ。……一方、瑠璃は明日香から指定された配送先へ向かい、自ら先に到着して周囲の様子を伺っていた。まもなく、明日香がその場所にやってきてアロマを受け取ると、嬉しそうな表情を浮かべて車に乗って去っていった。もちろん、瑠璃はその車を密かに追跡していた。予想どおり、明日香はすぐに隼人のもとへ向かい、さらに意外だったのは――隼人がそのまま明日香の車に乗ったことだった。彼の視力はすでに戻っている。心理療法など、必要ないはず。それなのに、彼は明日香と一緒に車に乗ってホテルへ向かった。……しかも、あの前と同じホテルへ。今のこの時間帯、男女が一緒にホテルに入っていくということは――まさか……本当に付き合ってる？明日香が言っていたことは嘘じゃなかった？アロマも、ただ関係を深めるために使いたかっただけ？隼人を寝るためじゃなく？ハンドルを握る瑠璃の指先に、自然と力が入った。もし、二人が本当に交際しているのなら――自分が口を挟む理由なんて、ない。でも……あの隼人が、もし本当に彼女を愛しているなら、どうして命を懸けて自分を守ったの？どうして、あんなにも自分のことを気にかけるの？真相を確かめたい――瑠璃はそう決意し、ホテル内へと足を踏み入れた。スイートルームの中。隼人は蛍に案内され、リクライニングチェアへと座らされ

「瑠璃、このしつこい悪霊みたいな女め！」蛍は拳を強く握りしめ、燃え上がる嫉妬と怒りを懸命に押さえつけていた。だが、その瞳の奥では妬火がさらに勢いを増し、今にも瑠璃を灰にしてしまいそうなほどだった。エレベーターの中。隼人は瑠璃の手を取り、そのまま中に入っていく。密閉された空間には、二人きり。「千璃ちゃん……お前が現れるって、分かってたよ」隼人は予想していたかのように穏やかに言った。瑠璃もすでに悟っていた。「あなた、最初から私が後をつけてるのに気づいてたんでしょ？ドアをわざと開けっぱなしにしてたのも、わざとよね？」隼人は頷いた。「万成明日香がどこまでやるつもりか、見てみたかっただけだ」「じゃあ、もう分かったでしょ？彼女はあなたを好きで、あなたに体を差し出そうとしてた」その言葉に、隼人は微笑んだ。だがその笑みの奥には、かすかなやきもちの匂いが漂っていた。彼は一歩近づき、彼女の目を見つめた。「千璃ちゃん……やっぱり俺のこと、気になってたんだね」「……隼人、あの女と同じで、思い上がらないで」瑠璃はあくまで冷たく笑った。言葉が落ちると同時に、エレベーターの扉が開く。彼女は一度も振り返らずに出て行った。隼人はすぐさま後を追い、駐車場まで着いてくる。「千璃ちゃん、千璃ちゃん……」彼は名前を何度も呼び、たとえ無視されても、語りかける声には温もりと忍耐があった。そう、彼の今の姿は、かつて瑠璃が味わった苦しみを、彼自身が今歩いているようなものだった。それでも、まだ足りない――あの頃の彼女に比べれば。瑠璃が車に乗り込むと、隼人もすかさず助手席に乗り込んできた。「何しに乗ってきたの？」彼女がエンジンをかけようとしたところで、手を止めて彼を睨む。「降りて」隼人は普段なら彼女の意志に従うが、今回はそうしなかった。「隼人、降りなさい」彼はふいに静かに、しかし真剣に言った。「千璃ちゃん……もう、自分に嘘をつくのはやめよう」瑠璃は理由が分からないまま、彼の澄んだ目と視線を交わし、ふわりとした眉をひそめた。「……嘘？何のこと？」彼の視線は真っすぐで、どこまでも真剣だった。「千璃ちゃん、俺はお前を愛してる。もう、平気なふりをするのはやめた。お前を瞬に譲るなんて、二度としない」

瞬に妹がいるの？瑠璃は驚きつつも、女の説明を耳にした。「私は瞬の実の妹じゃありません。15歳の時に両親が事故で亡くなって……人生で一番真っ暗でどうしようもなかったときに、瞬さんが現れて、私を引き取ってくれたんです。今年、無事に大学を卒業できたのも全部、瞬さんのおかげなんです」瑠璃はようやく納得した。そしてその説明から、瞬が彼女を助けた理由もおぼろげに理解できた。それは、両親を事故で同時に亡くした、共通の経験があるから。その共感が、瞬にこの女への同情を抱かせたのかもしれない。瑠璃は瞬と遥を車に乗せ、郊外の一軒家に戻った。使用人たちはすでに遥の部屋を整えていた。瑠璃が「そろそろ帰るね」と言おうとしたとき、瞬は彼女の手を引き留めた。そっと彼女を抱き寄せ、優しく長い髪に手を添える。「千璃、離れていた間、君のことがすごく会いたかった」彼は淡々と語ったが、その言葉には確かな想いが込められていた。瑠璃は無表情のまま瞬の胸に寄りかかった。けれど頭をよぎるのは、隼人と一緒にいたときの感覚だった。「千璃、遥をここに住まわせてもいいか、君に聞きたくて」彼はまるで彼女の許可を求めるようにそう言った。瑠璃は瞬の腕から抜け出し、さらりと答えた。「もちろんいいと思うわ。あなたの家は彼女の家でもあるでしょうから」瞬は柔らかく微笑み、奥深い瞳でじっと瑠璃の顔を見つめた。彼の温かい指先が彼女の眉から目元へ、そして唇へと静かに滑っていく。「ここ……血の跡があるみたいだけど、ケガしたの？」瑠璃はその言葉に頬を赤らめ、唇に指を当てた。「たぶん、さっきうっかり噛んじゃったの」彼女は乾ききった血の痕を慌ててぬぐった。瞬の黒い瞳は深く揺れ、何かを思案するように瑠璃の顔色の変化をじっと見つめていた。「瞬、もう遅いから帰るね。君ちゃんと陽ちゃんが待ってるから」「うん」瞬はそれ以上引き止めなかった。その会話を、書斎の外から遥が見ていた。彼女は黙って背を向け、寂しそうにその場を離れた。瑠璃が帰宅した後、瞬はすぐに蛍に電話をかけた。蛍は、雪菜が瑠璃と青葉を誘拐した件について、細かく報告した。だが、ネット上で瑠璃を誹謗中傷した件や、隼人を誘惑しようとしたことは一切口にしなかった。彼女は瞬を恐れていた。この男は、彼女を死刑から