All Chapters of 目黒様に囚われた新婚妻: Chapter 701 - Chapter 710

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第0701話

蛍は困惑したように目を上げ、どこか軽蔑の色を帯びて言った。「彼女って、ただの調香師でしょ?」「ふん」瞬は冷ややかに蛍を一瞥し、嫌悪を隠さず言い放った。「エルナは千璃そのものだ」「……な、なに?」蛍は目を丸く見開き、その事実を信じられず、ましてや受け入れられるはずもなかった。「四宮、瑠璃があの调香師のエルナ?そんなはずないです!彼女にそんな調香の技術があるなんて……」瞬は冷たい目で蛍を見据えた。「身の程をわきまえろ」「……」蛍は呆然と目を開いたまま、完全に思考が止まっていた。自信たっぷりに仕掛けた罠が、結果として自分が最初に落ちる落とし穴だったとは思いもしなかった。まさか瑠璃が调香師のエルナだったなんて。つまり、隼人が不眠に悩まされていた三年間、最終的に安眠できていたのは、瑠璃が調合した香りのおかげだったということ!思いもよらない因縁が、瑠璃と隼人の間に存在していた。蛍は悔しさに唇を強く噛みしめたが、その頭上から瞬の冷たい警告の声が降ってきた。「もう千璃に関わるな。次があったら、お前にも失明の苦しみを味あわせてやる」「……」蛍の瞳孔が縮み、足元から這い上がるような寒気が全身を襲った。瞬は書斎に戻った後、彼が景市を離れていた間に起きたことをじっくりと整理した。しかし、車の中で瑠璃と隼人が交わしたあのキスだけは、どうしても心の整理がつかなかった。翌朝、彼は早々に家を出て、車で目黒家の別荘へと直行した。門をくぐるとすぐに、隼人が悠々とした様子で祖父を車椅子で押して屋敷から出てくる姿が見えた。瞬の目が冷たく細められ、軽く笑いながら中へと足を進めた。「盲目の男が半身不随の老人を押してるなんて、皮肉な光景だな」その声に隼人はゆっくりと足を止めた。祖父は怒気を帯びた目で瞬を見つめ、彼が冷笑を浮かべながら近づいてくるのを睨みつけた。「瞬、お前……もう勝手な真似はやめろ。お前の両親の死の真相は、お前が思ってるようなもんじゃない、わしは……」「黙れ」瞬は冷酷にその言葉を遮った。目を鋭く光らせて、冷たく言い放った。「人殺しのくせに、俺の両親を語る資格なんてない」「瞬、お前の両親は事故で亡くなったんだ。おじいちゃんには関係ない」隼人が代わりに説明したが、その声は瞬よりもさらに冷
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第0702話

「おじいちゃんは大丈夫だよ。さっき見に行ったばかりだ」瞬はそう言いながら手を上げ、瑠璃の肩をそっと抱き寄せた。「千璃、話があるんだ。先に出よう」瑠璃は彼を見上げ、それから隼人を一瞥して頷いた。「うん」瑠璃が瞬について歩き出そうとしたその時、隼人の声が背後から追いかけてきた。「千璃ちゃん」瑠璃の足がわずかに止まったが、振り返らなかった。「千璃ちゃん、もう悲しませるようなことはしない。昨日の車の中のこと……ごめん」隼人は詳しく口にしなかったが、瞬には彼がどの件について瑠璃に謝っているのか、すぐに分かった。瑠璃は隼人に何の反応も見せず、そのまま瞬と共に立ち去った。隼人は胸の奥がざわついていた。――さっきの瞬との会話、千璃ちゃんは全部聞いてたはず。――彼女は俺のこれまでのやり方に、もっと怒ってしまったかもしれない……車の中。空気は張り詰め、異様なほど静まり返っていた。瞬は車を道路脇に停めてから、ようやく口を開いた。「千璃、さっきの話……全部聞いてたんだよね?」核心から入る問いに、瑠璃も曖昧な態度を取らず、素直に答えた。「うん、聞いてた」瞬の表情が一瞬揺れたが、彼女に向ける態度は変わらず、声も柔らかかった。「千璃、俺の気持ち、わかってほしい」「わかってる。隼人にもう私の邪魔をさせたくない、その気持ちから来てるんだよね。私のことを思っての行動なんだって」怒っていないどころか、理解を示す瑠璃の反応に、瞬は意外そうに目を見開いた。そしてその顔には、明らかな喜びが浮かんでいた。瞬は彼女の手を優しく握りしめた。「千璃、君がわかってくれて嬉しいよ。やっとここまでたどり着いたんだ。俺は、もう隼人に君の世界に現れてほしくないんだ」瑠璃は頷き、視線を瞬の黒い瞳に向けた。「瞬、一つ聞きたいことがあるの」「なに?」「……実は私より前に、隼人が目が見えなくなってたこと、知ってたんだよね?」瞬は一瞬言葉に詰まり、予想していなかった質問に軽く戸惑った。しかし、嘘をついても仕方がないと悟り、正直に答えた。「うん、知ってた」はっきりとした答えを受け取った瑠璃は、無意識に眉をひそめた。そっと瞬の手から自分の手を抜き取ると、落ち着いた声で言った。「少し一人で考えたい。あとでまた会いまし
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第0703話

瑠璃は、瞬のこんな姿をこれまで一度も見たことがなかった。昼間の出来事が原因だと、彼女はすぐに察した。彼の赤く染まった目の奥には、強い独占欲が見え隠れしていた。その密着するような抱擁は、彼女に少し居心地の悪さを感じさせた。「瞬、もうお酒やめよう。ちゃんと話そう?」彼女はそう促し、瞬の腕から抜け出そうとした。だがその意図を見透かしたかのように、瞬は手を上げて瑠璃の後頭部を押さえた。彼は身を屈めて近づいた。シャンデリアの淡い光の下、彼の顔立ちは酔いにうっすらと染まり、細く深い目元にはどこか人を惑わすような魅力が宿っていた。彼の顔が寸分ずつ近づいてくる。その意図に気づいた瑠璃は、慌てて顔を横にそらした。空を捉えた瞬は眉をひそめ、瑠璃の頬に手を添え、無理やり彼女に向き直らせた。「瞬、あなた酔ってる……」「千璃、知ってるか?君を初めて見た瞬間から、俺はずっと好きだった」突然の告白に、瑠璃はわずかに動揺した。この三年あまり、瞬の気持ちは何となく察していたが、彼が口に出して「好き」と言うのは初めてだった。彼女も覚えていた。復讐が終わったら、瞬と一緒にF国へ戻って、平穏な生活を送ると約束したことを――でも、今は……心が揺れているその時、瞬の腕がさらに強く抱き寄せてきた。酒の香りを含んだ熱い吐息が顔にかかり、瑠璃の頬はじわりと熱を帯びていった。「黙って君を見守り続けることを選んだ。でもいつか、君の心の中に俺が入れる日が来ると信じてた。その日がもうすぐ来ると思ってたんだ……でも今、ようやく気づいた。その日は、むしろ遠ざかっていくばかりだ」瞬の低くて落ち着いた声には、深い失望と哀しみがにじんでいた。瑠璃は何と答えていいかわからなかった。彼は自分の命を救ってくれた人だ。再び生きる機会をくれた恩人でもある。仇の前に立ち、堂々と復讐を果たせたのも、瞬のおかげだった。彼は一度も見返りを求めたことがない。きっと――その唯一の「見返り」こそが、彼女にそばにいてほしいという願いだったのだろう。瞬は頭を下げ、温かい頬を瑠璃の肩にそっと当てた。まるで、無防備で傷つき、慰めを求める子どものように、彼女のぬくもりにすがっていた。「千璃、君は……きっと失望したよな?俺が君に黙って隼人に会いに行って、『二度と会うな』って言ったこ
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第0704話

だが瞬が横になって間もなく、瑠璃のスマホに君秋からの電話がかかってきた。「ママ、いつ帰ってくるの?僕と陽ちゃん、絵本の続きを待ってるんだよ」瑠璃は自分の手をそっと引き抜いた。「瞬、帰らなきゃ」「千璃……」「明日は早めに来るから、ちゃんと休んで。変なこと考えちゃだめだよ」瑠璃はそう言って背を向けた。瞬の手のひらが空になり、そのまま心も空になっていくのを感じた。彼女の姿が完全に視界から消えた瞬間、瞬は上体を起こし、瞳には一気に暗い影が広がった。彼は酔ったふりをし、弱さを装ってまで、ほんの少しでも瑠璃の同情や関心を引きたかった。なのに、彼女は何の迷いもなく去っていった。自分に対して――彼女には、ほんの少しの未練すらなかった。部屋の温度は、彼の身から放たれる冷気で一気に下がった。その時、廊下から足音が近づいてきた。瞬は反射的に目を上げたが、そこにいたのは期待した人ではなかった。遥がカップを持って彼の前に現れた。「出て行け」瞬は不機嫌そうに冷たく言い放った。だが遥は微笑んだまま近づいてきた。「お酒、たくさん飲んでたでしょ?これ、私が煮た酔い覚ましのお茶……」「出て行けと言ったはずだ」瞬の目が鋭く冷たく光る。「三度言わせるな」遥は瞬を見つめながら、怯えたように一歩下がった。だがその目には痛みと切なさが滲んでいた。「彼女、あなたのこと好きじゃないよ。愛されてない人のために、自分を壊さないで」「ふっ……」瞬は鼻で笑った。「その言葉、そのままお前自身に言ってやれよ。俺にくだらない期待なんかするな」「でも……私はあなたが好きなの。初めて見たときから、ずっと」これは彼女にとって初めての告白ではなかった。瞬はもう、何度聞いたか分からないほどで、正直、うんざりしていた。「私に面倒を看させて」遥は彼の前にしゃがみ込み、そっと手を伸ばして彼の手に触れようとした。その手に、冷たい肌の温度が伝わった瞬間――彼女の胸は高鳴り、喜びに満たされた。しかし、次の瞬間――瞬がまるで怒りを爆発させたかのように彼女を引き寄せた。深く底知れない黒い瞳が彼女を見据え、冷たくも妖しく笑った。まるで悪魔そのもののような光を宿したその笑み。「そんなに自分を安くしたいのか?いいだろう、望み通りにしてやる」
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第0705話

突然の瑠璃の訪問に、瞬は一瞬だけ驚きを見せた。だが、彼の顔に慌てた様子はまったくなく、ベッドの上でぼんやりしている遥に低い声で命じた。「洗面所に行け。俺がいいと言うまで、絶対に音を立てるな」遥はその意味をすぐに理解し、素直に頷いた。そして床に落ちた服を拾おうと手を伸ばした。「急げ」瞬は冷たい声で急かした。遥はびくりと震え、慌てて身を動かした際、巻いていた布団が床に落ちた。ベッドの上に浮かぶ、乾いた血の跡に瞬の目が一瞬だけ動いた。だが、彼の態度は微塵も変わらなかった。相変わらず、冷酷で容赦がない。「服を拾って、中へ入れ」彼の機嫌を損ねることも、命令に背くこともできなかった。遥は裸のまま、慌てて服を拾い集め、バスルームへと駆け込んだ。瞬は乱れた布団を直し、整えてから、ようやく扉へ向かい、ドアを開けた。目の前に立っていた瑠璃に、彼の表情はさっきまでの冷淡さを完全に消し去り、代わりに優しげな笑みが浮かんでいた。「千璃、どうしてこんなに早く?」「昨夜言ったでしょ?今日は早めに来るって」瑠璃は微笑みながら部屋の中を軽く見回した。「もう起きた?お粥を煮てきたの。昨日はたくさんお酒を飲んだみたいだから、朝は胃に優しいものをと思って」瞬は柔らかい眼差しで彼女を見つめた。「じゃあ、着替えてすぐに君の手作りのお粥をいただくよ」「じゃあ、私先に準備しておくね」瑠璃が階段を下りていくのを見届けてから、瞬は静かに部屋に戻った。バスルームに隠れていた遥には、彼がどれほど瑠璃に優しかったか、想像するのは容易だった。それを思い出すだけで、彼女はまた微笑みを浮かべた。たとえこの甘さにガラス片が混じっていたとしても――それでも甘いことに変わりはなかった。瞬は瑠璃の煮たお粥を食べたあと、彼女と一緒に庭をゆっくり歩いた。その途中で、昨夜の件について素直に謝罪し、自分の気持ちを正直に伝えた。「千璃、俺は本当に君を失いたくない」彼は彼女に向き合い、目元に切ない想いをにじませたあと、告白した。「以前、子供の頃に約束したって言ったけど――あれは嘘だった。四月山の海辺で君と約束を交わした男の子は、俺じゃない。隼人だった」瑠璃はその言葉に驚いたが、実のところ、それほど衝撃を受けてはいなかった。もしかしたら、彼
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第0706話

まるで昨夜、彼と激しく交わった相手が目の前のこの女ではないかのようだった。瑠璃は笑顔で返した。「遥、おはよう」そう言ってから瞬に向き直った。「君ちゃんと一緒に本屋に行く約束したの。先に行くね」瞬は愛しいそうな目で彼女を見つめ、「あとで連絡する」「うん」瑠璃は軽く頷き、立ち去る前に一言添えた。「もうお酒は飲まないでね」瞬はうなずき、彼女が去っていく後ろ姿をじっと見送った。その穏やかで優しい笑みを浮かべた瞬の顔を見て、遥はそっと目を伏せた。彼女はよく知っていた。瞬は、自分が抱いてはいけない存在。それでも、ずっと心から離せない執着だった。……瑠璃は碓氷家に戻ったあと、君秋を連れて本屋に行く準備をした。予定では、本を買ってすぐに帰るつもりだった。賢と夏美は、陽ちゃんを遊園地に連れて行くつもりだったが、瑠璃が兄を連れて出かけると聞いて、小さな陽ちゃんもくりくりとした目を輝かせながら「私も行く!」と主張した。まだ三歳ちょっとの陽ちゃんは、何をするにも幼くて手がかかる。瑠璃ひとりで二人の子供を面倒見るのは大変だと思い、夏美が同行しようとしたその時――隼人が玄関に現れた。視力を取り戻し、自然に歩く彼の姿を見て、夏美は驚きと喜びを隠せなかった。もう見えるようになったのね!「綺麗なお兄ちゃん!」陽ちゃんは隼人を見つけるなり、嬉しそうに彼のもとへ駆け寄った。隼人はふわふわとした小さな身体を抱き上げ、瑠璃にそっくりな顔立ちを見て、思わず胸が締め付けられた。――本当に、この子は自分たちの娘じゃないのか?「どうして来たの?」瑠璃は冷たい視線で隼人に問いかけた。「僕がパパに言ったの」君秋が答えた。「パパとママと、陽ちゃんと一緒に出かけたかったから」子供のその一言に、瑠璃は隼人を追い返す気持ちを、ぐっと飲み込んだ。君秋が隼人を慕っているのは明らかだった。だが瑠璃にとって不思議だったのは、陽ちゃんまでもが彼を好きなことだった。記憶の中で、瞬が「陽ちゃんは俺たちの実の娘だ」と言っていたことを思い出す。あまり深く考えずに、瑠璃は隼人と一緒に、君秋と陽菜を連れて本屋へ向かった。本を買ったあと、一行は子供向けの公園にも立ち寄った。外から見れば、まるで仲睦まじい家族四人のように見
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第0707話

「親子関係、確認済み」それはある意味、予想通りの結果だった。なのに隼人は、ベッドに座ったまま、長い間ぼんやりとしたままだった。彼は指を強張らせたままスマホを握りしめ、画面に表示された「確認済み」の四文字を見つめ続けながら、思考は遥か遠くへと彷徨っていた。あの年の出来事が、頭に浮かんできた。若年が瑠璃の額にキスをしたのを見て、怒りで我を失い、彼女を無理やり抱いた――今になってようやく隼人は、自分がどれほど器の小さな男だったかを思い知らされた。彼女の傍に、他の男がいることを許せなかった。それ以上に、自分がどれだけ卑劣で、彼女の気持ちに寄り添うこともなく、傷つけてばかりだったかを思い知らされた。「千璃ちゃん……」隼人は瑠璃の名前を心の中で呼びながら、深い痛みの中に、ほのかな喜びを感じていた。彼は心から安堵していた。彼女はずっと、彼だけの女だった。さらに嬉しかったのは、彼女が無事に自分の元へ戻ってきてくれたこと。しかも、あんなに可愛くて聡明な娘を連れて――だが、瑠璃がどうしても陽ちゃんを自分の娘だと認めようとしないことが、隼人には苦しくて仕方なかった。どうすれば、彼女の気持ちを少しでも変えることができるのか。隼人はスマホを見つめたまま、じっと思いを巡らせていた。そしてしばらくして――ふと、ある「距離を縮めるための方法」が脳裏に浮かんだ。……月曜日の朝。瑠璃は君秋を幼稚園まで送ったあと、陽ちゃんを連れて碓氷家へ戻る途中だった。信号待ちをしていると、陽ちゃんが車窓の外に綿菓子の屋台を見つけ、「食べたい!」と目を輝かせた。その澄んだ大きな瞳に見つめられると、瑠璃は甘やかしたくなるばかりだった。瑠璃は小さな手を引いて車を降り、屋台に向かって歩いていった。綿菓子を手にした陽ちゃんは、満面の笑顔を見せた。その純真な笑みに、瑠璃も思わず顔をほころばせた。スマホを取り出して支払いをしようとしたその瞬間――後ろから、一つの影が風のように走り抜けた。不審に思ったその瞬間、手を繋いでいた陽ちゃんが、突然強引な力によって奪われた。「陽ちゃん!」瑠璃は叫び声を上げて振り向いた。急いで追いかけようとしたその時、綿菓子の屋台の男が彼女の腕を掴んだ。「まだ金払ってないだろ!」焦った彼女はポケ
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第0708話

瑠璃が到着するのを、隼人は焦燥と不安の中で待っていた。そして、陽菜を連れ去ったのが雪菜だと知った瞬間、彼の中に怒りの炎が燃え上がった。ちょうど出かけようとしていた青葉は、玄関先に瑠璃が現れたのを見てギクリとした。ばつが悪そうに視線を逸らし、慌てて向きを変えた拍子に邦夫と鉢合わせた。動揺を隠しきれない彼女を見て、邦夫は不審げな顔で訊ねた。「お前さ、あの日雪菜に誘拐されてから、様子おかしくないか?一体どうしたんだよ」「別に、変じゃないでしょ?」青葉は否定しながら、瑠璃を一瞥して不機嫌そうに顔を歪めた。「また何しに来たのかしら。私たち一家を潰す気なんじゃないの?」邦夫はようやく玄関で隼人と話している瑠璃の姿を見つけ、眉をひそめて呆れたように言った。「お前、瑠璃が身代金持ってお前を助けに行ったから助かったんだぞ?あの恩知らずの姪っ子に殺されてたかもしれないってのに」「ふんっ」青葉は鼻で笑い、軽蔑の目を向けた。「助けたって?心からそう思ってたわけないでしょ。義父さんが頼んだから、嫌々行っただけよ。むしろ私が死ねばいいとでも思ってたはず」「お前何もわかってねぇな!」邦夫は声を荒げた。「あの日、父さんは病院に運ばれて、瑠璃とは一言も話してない。あれは瑠璃が自分の意思で決めて、一人で車を運転して、お前のために命懸けで行ったんだ!」「……」その事実を知った青葉は、言葉を失った。ずっと瑠璃の行動は誰かに強いられたものだと思い込んでいた。彼女は自分のことを憎んでいる――そう信じていたから、まさか自ら危険を冒して助けに来たとは思いもしなかった。呆然としながら顔を上げたその時、青葉は邦夫が玄関へ向かっていくのを目にした。そこで、瑠璃が隼人に陽菜が雪菜に連れ去られたと話しているのを聞いてしまった。雪菜――あの女は完全に理性を失っているのか?一人誘拐して足りず、今度は幼い子供まで…………実のところ、雪菜はここ最近、瑠璃の行動をずっと追っていた。前回の誘拐で、金も得られずすべてを失い、警察に追われる日々。東へ西へと身を隠し、精神的にも限界を迎えていた。だから、今日――彼女はすべてを捨てる覚悟で動いた。そしてついに、絶好のチャンスを見つけた。車を人気のない郊外に走らせながら、予想外に可愛い瑠璃の娘を連れて
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第0709話

蛍は蹴り飛ばされて地面に倒れ込み、激しい痛みにしばらく起き上がることもできなかった。その時、不意に雪菜の口から「一緒に地獄へ送ってやる」などという恐ろしい言葉が飛び出し、蛍は慌てて顔を上げた。狂気を宿した目で匕首を握りしめ、自分に迫る雪菜の姿が目に入った。「あんた、気が狂ったの!?私は瑠璃じゃない、よく見て!」必死に身をよじらせ、後ずさる蛍。「ママを叩かないで……おばちゃん、お願い……ママを叩かないで……」その時、陽ちゃんが車の窓をたたきながら泣き叫び、必死に雪菜に懇願していた。その声を聞いた雪菜は、ゾッとするような笑みを浮かべた。泣き声、懇願の言葉、そして連日の煙草や酒、幻覚作用のある薬物の影響――夕暮れのぼやけた光の中で、彼女の目には蛍がまさしく瑠璃にしか見えなかった。「このクソ女……私を騙すつもり?この顔、間違えるわけないでしょ!」怒り狂ったように、雪菜は再び平手を振り下ろした。「きゃっ!」蛍もついに怒りが爆発しそうになった。この顔は整形したばかりで、激しく殴られるなど到底耐えられない。そしてまた匕首を振りかざしてきた雪菜に対し、蛍は必死の抵抗として思い切り蹴りを食らわせた。予想外の反撃に、雪菜はよろめいて転びそうになった。逃げようとした蛍を見て、彼女の瞳がさらに冷たく光った。次の瞬間、雪菜は蛍の長い髪をわし掴みにし、無理やり引き止めた。「いったぁ……放せ、このイカれた女!!」「イカれた!?私をイカれたって言ったなああああ!!」まるで地雷を踏んだかのように、雪菜は激怒し、蛍の頭を掴んで近くの木の幹へと叩きつけた。頭がガンガンとぶつけられ、蛍の額からはすぐに血が噴き出した。意識がぼやけ、めまいがする。反撃しようにも、相手は刃物を持っていた。下手に動けば、命すら奪われかねない。「瑠璃……このクソ女!全部、あんたのせいなんだ!あんたが私をここまで追い詰めた!どうせ刑務所に行くなら、あんたを道連れにしてやる!!」雪菜は絶叫しながら、力任せに蛍を地面に突き飛ばした。「ドンッ」と鈍い音を立てて地面に倒れ込んだ蛍。耳がキーンと鳴り、頭の中がぐるぐると回った。額を手で触ると、ぬるりとした感触が――手のひらは血でびっしょりと濡れていた。「……ッ!」その事実に顔色が一気に青ざめ
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第0710話

蛍が血を流しながら苦しむ様子を見て、雪菜はまるで悪魔に取り憑かれたかのように「ハハハッ」と狂ったように笑い出した。蛍は歯を食いしばりながら、怒りに満ちた目で睨みつけた。「狂ってる……あんた!」「スッ!」またもや一閃、匕首が振り下ろされ、蛍の頬にはX字の切り傷が刻まれた。熱い血が皮膚を伝い、じわじわと流れ落ちていく。耐えがたい痛みに、蛍は身をよじったが、縄でしっかりと縛られていて動けなかった。そのとき、雪菜がライターを取り出したのを見て、蛍の表情に焦りが浮かんだ。雪菜の中にある瑠璃への憎しみは、もはや常軌を逸していた。そして今、狂ったような錯覚の中で自分を瑠璃と誤認し、すべての怨念をぶつけていた!「な、なにする気!?あんた、本当に頭おかしいの!?やめなさいよ!」雪菜は冷酷な目を光らせ、ライターに火をつけながら、車の方へと向かった。車の窓辺では陽ちゃんが「ママ!ママ!」と泣き叫び続けていた。「瑠璃!見せてやるよ。あんたが産んだそのガキが、目の前で焼き殺されるのを!」どうやら、ターゲットは子供らしい。それを察して、蛍は逆に安堵の息をついた。「好きにすれば?言ったろ、私は瑠璃じゃない。あんなガキ、どうなろうが知ったこっちゃないわ。ふっ……」言葉に力を込めすぎて、頬の傷が引き裂かれ、激痛に歯が震えた。だがその言葉を聞いた雪菜は、即座に振り向きざまに平手を振り下ろした。「このクソ女、やっぱりな!そう言うと思った!私はもう二回も騙されてるのよ、今度こそ絶対に引っかからない!」「……」蛍が茫然としていると、雪菜は憎々しげに叫んだ。「いつもそうやって、無関心を装って私の警戒を解こうとする!二度も騙されたけど、三度目はないんだから!」「……」「今から火をつけて、あのガキを焼き殺してやるわ!一生苦しめ、瑠璃!ハハハハ!」……隼人は瑠璃を車に乗せ、監視カメラの映像を頼りに郊外までやってきた。すると、不意に雪菜の狂気に満ちた笑い声が耳に届いた。「瑠璃!怖くなった?その顔、もう台無しよ!お兄さまを誘惑できるもんか!でも殺しはしない。あんたの目の前で、娘が火に焼かれるところを見せてやるんだから!」その言葉を聞いた瞬間、瑠璃と隼人は顔を見合わせた。すぐに車を降り、走り出す。近づくにつれ、何かが焦げる
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