All Chapters of 目黒様に囚われた新婚妻: Chapter 891 - Chapter 900

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第0891話

瞬は、オーダーメイドの限定スーツを身にまとい、まるで漫画から飛び出してきたような整った顔立ちと清潔感ある雰囲気を漂わせていた。冷たさの中にも上品な気品を纏ったその姿は、まさに禁欲系男子そのものだった。だがそれは、昨日母娘で「貧乏くさいヒモ男」と決めつけていた男と同一人物だったとは――悦子とその母親は、完全に見惚れて呆然としていた。瞬は長い脚を一歩踏み出し、冷たい視線を目の前の母娘に投げかけながら、口を開いた。「中の物を全部外に出せ。ここに他人を一歩でも入らせるな」「了解しました、目黒社長」部下たちはすぐに合図を受け取り、屋内へと入り込み、家の中のものを次々と外へ放り出し始めた。瞬はその様子をよそに、ゆっくりと屋内へと足を進めていった。「ちょっと!なんで人の家の物を勝手に捨てるのよ!何様のつもり!?」悦子の母親が叫びながら声を荒げたその時――瞬はふと振り返り、その横顔をゆっくりと見せた。柔らかく整った顔立ちだが、眉の端と目元に宿る冷ややかさが全てを物語っていた。「ここは俺の妻の遥の家だ。今、彼女に代わって、元の持ち主のもとへ返してやるだけだ」悦子の母親は内心で怒りを噛み殺しながらも反論した。「……は?何が元の持ち主よ!あの両親はとっくに十年以上前に死んでるし、その死んだ娘だってもうこの世にいないじゃない!今さら何人か連れてきて高級車でも借りて、俺が社長です気取り?あんた、ドラマの中の俺様系社長にでもなったつもり?」瞬は元は冷静な表情をしていたが、この女が死んだ娘などと遥を罵るたびに、その眼差しに宿る殺気が増していった。冷たい空気が一気に漂い、彼の背後から張り詰めた気配がにじみ出た。「これ以上、遥を侮辱する言葉を吐いたら……お前も、あの世で彼女に詫びろ」「……っ」悦子の母親はごくりと唾を飲み込み、思わず後ずさった。瞬のただならぬ迫力に、さすがに言葉を飲み込んだ。自分たちの家具や荷物が次々に外へ放り出されていくのを見て、彼女は堪らず騒ぎ出した。「警察呼んでやる!こんな横暴あるわけ……」だがその時、人だかりの中から誰かが声を上げた。「この人、テレビで見たことあるぞ!目黒グループの現社長、目黒家の御曹司だ!」悦子とその母親は、その言葉にまるで雷に打たれたように立ち尽くした。「な
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第0892話

「たかが一人の女のために、すべてを捨てるっていうのか?」瞬の部下たちは、サイコロを筆頭に急いで飛行機に乗って駆けつけてきた。初夏の朝、短い通り雨が降った。瞬は遥の墓が雨で崩れていないか心配になり、山へ確認に向かった。異常がないことを確認してから山を下り、小さな別荘の前まで戻ると、数台の車が停まっているのが見えた。家に入ると、サイコロたちが苛立った顔で自分を待っていた。「目黒様、本当に会社を解散するつもりなんですか?」サイコロが代表して尋ねた。瞬の表情は冷ややかだった。「同じことを二度言うのは嫌いなんだ」「でも目黒様、たった一人の女のために、あれほど大きな会社をたたむなんて……それほどの価値があるんですか?」その言葉に、瞬の柔和な顔に一瞬で冷気が走った。「その一人の女は――俺の妻だ」「……」瞬の怒りに気づいたサイコロは、さすがにそれ以上反論できず、落ち着いた声で説得を試みた。「目黒様……でも、奥さんはもう亡くなってしまったんですよ。悲しみからは早く立ち直ってください。俺たち何百人も、みんな目黒様に頼って仕事してきたんです。今さら会社を解散されたら、みんな食いっぱぐれますよ……」瞬は無言で背を向け、冷たい声で言い放った。「同じ話をさせるな。会社は俺のものだ。どうしようが、俺の勝手だ。今日限りで、お前たちとは何の関係もない。ここまでで十分儲けただろう。感謝すべきだ」「そ、そんな……」瞬の強い意思を前に、部下たちはもはや言い返せなかったが、納得いかない表情を浮かべていた。部屋に戻った瞬は、遥の写真を優しく見つめ、穏やかな笑みを浮かべながら語りかけた。「見てくれてるか?約束通り、俺はもうあんな商売はしない。お前が望むことなら、なんでもする。全部、やり遂げるよ。遥……あと一つだけ、最後の用事を片付けたら、お前のもとへ償いに行く。お前は、俺を許してくれるだろうか?」瞬はそう呟いたあと、深く眠りに落ちた。目覚めた時にはすっかり夜になっており、雨もまだ止んでいなかった。そのとき、また下の階から騒がしい声が聞こえてきた。顔を洗って降りていくと、昼間来ていた連中が再び現れていた。やはり、先頭はサイコロだった。だが、今度は明らかに雰囲気が違っていた。「目黒様……俺たち、目黒様の気持ちは分
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第0893話

瞬はサイコロの態度から、彼らが良からぬ企みを抱いていることをすぐに見抜いた。だが、サイコロが見せてきたそれを目にした瞬間、彼の全身が凍りついた。瞬が一瞬動揺したのを見逃さなかったサイコロは、その隙を突いて銃口を押しのけ、立ち上がった。「フン、目黒様。どうだ?あれほどまでに奥さんを愛してるなら、これと引き換えに会社を手放すのも悪くない取引だろ?」「返せ、それを——!」瞬の声は逆鱗に触れたように怒気に満ち、全身から殺気が滲み出た。サイコロはにやつきながら、ある書類を差し出した。「これは会社の持ち株譲渡契約書だ。署名さえすれば、このボロい骨壷は返してやるよ」ボロい骨壷——その一言が、瞬の怒りの導火線に火をつけた。彼は拳を握りしめ、怒りで浮き上がった青筋が皮膚の下で脈打った。周囲の者たちはその気配に思わず身を固くした。そして次の瞬間、瞬の拳が炸裂し、サイコロの顔面に一撃を見舞った。その勢いでサイコロは前歯を一本失い、地面に倒れ込んだ。瞬は即座に骨壷を持つ男の前に飛び、肘で彼を弾き飛ばして骨壷を取り返した。一瞬の迷いもなく扉を開け、雨の中へと走り去った。「追え!捕まえて殺せ!成功した奴には2000万やる!」サイコロの叫びに、賞金欲しさに皆が瞬の後を追った。夏の夜、雷雨が激しく降りしきるなか、瞬は車を飛ばした。助手席には大切に抱える骨壷があり、バックミラーには彼を追う車のヘッドライトが浮かんでいた。「遥……安心しろ。何があっても、俺はずっとお前のそばにいる」彼はそう約束し、スピードを上げた。だが、しばらく走ると燃料が残りわずかなことに気づいた。彼はすぐさま車を停め、骨壷を抱えて歩き出した。だが数歩も行かぬうちに、後を追ってきた連中に囲まれてしまった。彼らはかつて彼の忠実な部下であり、「目黒様」と呼んで敬っていた男たちだった。だが今、その手には銃が握られていた。瞬に恐れの色はなかった。ただ、骨壷が壊されることを恐れていた。激しい雨が彼の全身を濡らしていく。雨は激しく降りしきり、たちまち彼の全身をずぶ濡れにした。瞬は上着を脱ぎ、四角い骨壷の上にそっとかけた。「目黒様、俺たちは本当はあんたを困らせたくない。サインさえしてくれれば——」「俺に命令できるのは、俺の妻だけだ」彼は
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第0894話

2000万円は確かに魅力的だ。だが、命を落としたら金なんて何の意味もない。そう思った瞬間、男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。瞬は痛みに耐えながら片膝を地につき、ほとんど残っていない骨壷の中身を見つめ、絶望の色を深く湛えた。そのとき、ふと全身から力が抜けていく感覚に襲われ、肩に何かが当たった痛みを感じて見下ろすと——いつの間にか、彼は肩を撃たれていたのだ。そこから流れる血が絶え間なく滴っている。なんとか立ち上がろうとしたものの、まぶたがどんどん重くなり、ついに彼の身体は雨に打たれる地面へと倒れ込んだ。彼は血に染まった手を持ち上げ、それでも力いっぱい骨壷を抱きしめた。「遥……」かすかな声で呼びながら、意識が遠のくその刹那、雨の幕の向こうに、傘を差してこちらへ歩み寄る女の姿が、ぼんやりと見えた。近づいてくるその影を見つめ、彼の薄い唇がかすかに動く。「遥……」一夜の激しい雨が降り続いた。一夜明けて、大雨のあとの朝。瞬はぼんやりと目を開けた。身体中が激しく痛んだが、怪我のすべてがきちんと手当てされていることに気づく。周囲の景色はまったく見覚えがない。慌てて周囲を見回した瞬は、すぐ傍らに骨壷があるのを確認し、安堵の息を漏らしながらそれを胸に抱きしめた。「遥……」名を呼ぶ声には深い痛みが滲んでいた。「義兄さん、目が覚めたんですね?」声の主は、昨日のあの悦子だった。彼女は妙に柔らかい笑顔を浮かべ、瞬の前に現れた。「昨夜、たくさんの人が義兄さんを襲おうとしているのを見て、私、一人で助けに行く勇気はなかったけど……ずっと後を追いかけてました」瞬は自分の怪我に視線を落とした。「俺を助けたのは……お前か?」悦子は目を泳がせつつも、すぐにうなずいた。「うん、私です!学生時代、医学を少しかじってたから、処置くらいはできるんです!」瞬は体を起こし、立ち上がろうとした。悦子が支えようとしたが、瞬はさりげなくそれをかわし、ポケットから一枚のカードを取り出して地面に投げた。「100万円だ。昨夜の礼だ。……もう俺につきまとうな」——100万円?悦子は目を丸くした。この金額を、たった一晩で?じゃあこの男のそばにいれば……もっと?しかも、この外見。冷たくも深く、女の心を鷲掴み
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第0895話

隼人は更に顔を曇らせながら、受付嬢に問い詰めた。受付嬢は恐る恐る口を開いた。「その男性が言ってました……この赤いバラは、目黒夫人への……その、真心を込めた贈り物だと……」「俺の真心の象徴だよ」離れた場所から、軽薄そうな男の声が飛んできた。「言葉に詰まるようなやつが受付なんてやってるから、お前の会社の採用基準は甘すぎるっての」隼人は、花を贈った男が誰かを察した時点で既に不快だったが、この尊大な口調を聞いてもはや怒る気も失せた。瑠璃が声のする方へ振り向くと、楓が両手をポケットに突っ込み、どこか気だるげで不遜な様子で立っていた。派手な銀髪がやけに目を引く。「江本、お前……俺の妻にバラを贈るって、俺への挑発か?」隼人はその唇に皮肉めいた微笑を浮かべる。楓は意味深に肩をすくめた。「目黒社長、そうカッカするなよ。赤いバラを贈ったって、それが恋愛感情とは限らないぜ?」瑠璃は花束を見て、すぐに数を確認した——三十本のバラ。「三十本……あなたとは縁があるって意味、でしょ?」「さすがは姉さん、話が早い」楓は満足げに微笑み、誇らしげに隼人を見やった。「な?目黒社長も少しはロマンを学べよ」隼人は彼の言葉に一切反応せず、まるで子供相手をする気のない大人のように、冷めきった表情だった。その時、瑠璃がそっと言った。「赤いバラって、普通は特別な感情の象徴よ。楓様、これからは想いを寄せる女性に贈ったほうがいいわ。私はこの花、受け取れない。私は、夫からもらうバラだけを一生受け取るつもりだから」この一言に、隼人の心は瞬間にして満開になった。守られてると、彼ははっきりと感じた。楓は口を尖らせて子犬のように言った。「俺の花を断った女、姉さんが初めてだよ……」けれど、瑠璃はもはや彼と話す気もなかった。彼の背景——F国で裏社会に関わっているという話を思い出し、彼と関わるのは極力避けたいと考えていた。以前、陽菜を救うため、彼女もやむを得ずそうするしかなかった。「あなたが景市に来た目的は?」瑠璃は直球で聞いた。彼は遊び人の顔をしまい、静かに意味ありげな笑みを浮かべた。「目黒瞬の落ちぶれた姿を見に来たんだ」この一言に、隼人と瑠璃は視線を交わした。「瞬が何かあったのを知ってた?」隼人が聞いた。「もちろん知ってるさ。自
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第0896話

隼人が怒り出しそうなのを察して、瑠璃はすぐに間に入り、配達員を急いでその場から離れさせた。「私は大丈夫よ。そんなに心配しないで」瑠璃は彼を宥めようとする。しかし隼人は真剣な眼差しで瑠璃を見つめ、その眉と目には強い決意が滲んでいた。「心配するに決まってる。君が傷つくところ、ほんの少しでも見たくないよ」そのやり取りを横で見ていた楓は、思わず胸を押さえて、「お腹いっぱい……」とばかりに顔をしかめた。彼は陽菜のことを聞きたくて来ていたのだが、そこに一人の女が現れる。髪はシルバーパープルのショート、派手なファッションでグラマラスなスタイル。彼女はにっこりと微笑みながら自己紹介した。「はじめまして、お二人さん。楓の姉、江本恋華です」楓に姉がいたなんて――瑠璃と隼人は内心少し驚いたものの、二人とも江本家の人間とは関わりたくないというのが本音だった。隼人は瑠璃の肩を抱き寄せると、言葉もなくその場を立ち去った。「目黒家の男って、どいつもこいつも魅力的なのねぇ」恋華は唇を吊り上げ、面白そうに笑いながら二人の背中を見送った。隼人は瑠璃を会社のオフィスに連れて行くと、ふと気になって尋ねた。「千璃、どうしてあの三十本のバラが何を意味するか知ってたんだ?」「あなたが以前、墓前に88本のバラを毎回持って行ってたでしょう? それを見て気になって、調べたのよ」その言葉に隼人は一瞬動揺した。88本のバラ——それは「心からの償い」の意味を持つ。あの頃の彼の心情そのままだ。その後、隼人は会議へ。瑠璃はオフィスで一人香水の調合に没頭していた。彼女の調香の才能はずば抜けていて、オリジナルのフレグランスを次々と生み出した。隼人はそのために商標とブランドを登録し、製品を市場に出した。発売後は好評で、順調な滑り出しだった。週末、隼人は瑠璃と一緒に南川先生の元を訪れた。南川先生は新しい薬を渡し、「これと以前の薬を併用すると、さらに体に良い」と説明。お礼を言ったあと、二人はランチに出かけるが、そこでまたしても恋華と鉢合わせ。恋華は図々しく同席してきて、名刺を差し出した。「私、兄貴の宏樹とは違って、ちゃんとしたビジネスやってるんです。目黒夫人が出した香水、すごく気に入ってて。ぜひビジネスの話をしたいんです」隼人は断
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第0897話

隼人はこれまで多くの女に言い寄られてきたが、恋華のように大胆にアプローチしてくる女は初めてだった。しかも、あんなふうにキスしようとしたのは、どう見てもわざと――瑠璃に見せつけるためだ。だが、隼人はそのキスを許さなかった。冷ややかに彼女を突き放し、鋭い声で警告した。「俺に近づくな」そう言って、彼は背を向け、瑠璃の元へ向かった。幸い、瑠璃はちょうど知人と話し込んでいて、恋華の不躾な行動には気づかなかった。隼人はほっと胸を撫で下ろした。彼は、瑠璃に余計な誤解をさせたくなかった。瑠璃は会話を終えて振り返ると、隼人が彼女のバッグを手にして歩いてくるのが見えた。彼は柔らかく微笑みながら言った。「千璃ちゃん、急にスペイン料理が食べたくなったんだ。お店変えようか」突然の変更に、瑠璃は少しだけ違和感を覚えた。ちらりと離れた場所に立っている恋華に視線を向け、隼人の腕を軽く取る。「行きましょ」レストランを出ると、瑠璃はストレートに尋ねた。「さっきの恋華さん、何か言ってきたの?まさか本当に急にスペイン料理が食べたくなったってことはないでしょう?」隼人は彼女を不快にさせたくなくて、もっともらしい理由をつけた。「確かに彼女はまともな商売をしてるって言ってたけど、宏樹の妹である以上、黒江堂の人間だ。関わらないに越したことはない」瑠璃はその答えに納得し、それ以上追及しなかった。夜、瑠璃は二人の子どもたちと一緒にクラフト作りをしていたが、突然恋華から電話がかかってきた。恋華は香水のビジネスの話をしたいと言ってきたが、瑠璃は隼人の言葉を思い出して、丁寧に断った。恋華はあっさりと電話を切った。だがその直後、隼人のスマホが鳴った。瑠璃はキッチンでフルーツを切っている隼人を見てから、代わりに電話に出た。「はい、どちら様ですか?」そう尋ねると、相手は彼女の声を聞いた瞬間、すぐに通話を切った。瑠璃は怪訝な顔で着信履歴を確認し、恋華からの番号と一致していることに気づいた。その時、隼人がフルーツを持って戻ってきた。「さっき恋華さんから電話があったわ」それを聞いた隼人は少し手を止めたが、すぐに言った。「まだ取引の話をするつもりなんだろう。俺からはっきり断っておくよ」「うん」瑠璃はスマホを彼に
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第0898話

隼人が電話を取ると、すぐに恋華のねっとりとした作ったような声が聞こえてきた。「目黒さん、月下美人を受け取ってくれたかしら?どうしてそれを贈ったか、わかる?」「江本、これが最後の警告だ。もう二度と俺に関わるな。お前みたいな女に興味なんか持つわけがない」隼人は冷たく言い放った。電話の向こうで恋華は艶やかに笑った。「ふふ、興味があるかどうかなんて、やってみなきゃ分からないじゃない。目黒さん、奥さん、今妊娠してもうすぐ五ヶ月だって?」――この女、本当に頭おかしいのだ。隼人は眉間に深く皺を寄せ、迷わず電話を切って即ブロックした。それから、週末に予定していた瑠璃のための香水お披露目会の準備へと向かった。だが想定外だったのは――恋華がそこにも現れたこと。彼女はこれ見よがしにセクシーな格好で現れ、しかも妙に印象的な香水をつけていた。瑠璃はすぐ近くでその匂いを嗅いで、いい匂いではあるけれど、なぜか頭がクラクラしてきた。恋華がどうやって招待状を手に入れたのかは分からなかったが、来てしまった以上、無碍には扱えなかった。恋華はいくつかの香水を試しながら、ため息をついた。「本当に目黒夫人とビジネスをしたいんですけどね。でも、やっぱり兄のことで警戒されてるんでしょうね……兄があんなことばかりしてるの、分かってても止められないのです。時々、本気で縁を切りたいって思うくらい」そう言って、恋華はうるんだ瞳を瑠璃に向けた。「それでも、私たちにビジネスのチャンスって残ってると思いますか?」隼人は終始、瑠璃のそばから離れず、彼女の言葉を聞いて心中では冷笑していた。この女の狙いはビジネスじゃない、自分だ――と。「江本さん、俺たちは既に答えを出してます。あなたとの協業は考えていません」隼人は冷静かつきっぱりと断った。恋華はグラスを持ち、紅い唇を舐めるようにして、隼人を見つめながら官能的に微笑んだ。瑠璃はますます気分が悪くなり、外の廊下に出て少し空気を吸いに行った。隼人もすぐに後を追う。「千璃ちゃん、大丈夫か?」「そろそろ薬を飲む時間だわ」隼人は薬をいつも持ち歩いていて、彼女に飲ませたあと、ほっと息をついた。「千璃、温かい水を持ってくるよ」彼はジャケットを脱いで瑠璃の肩にかけてあげてから、会場に戻った。し
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第0899話

隼人はあの女の相手をする気なんてさらさらなかった。恋華が何を言おうが、何を見せようが、まったく興味なし。彼は振り向きもせずにそのまま宴会場へと戻った。夏美から瑠璃専用の保温ボトルを受け取り、同じ道を戻っていたが──予想外なことに、恋華はまだ同じ場所で彼を待っていた。隼人は彼女の存在を完全に無視して、そのまま通り過ぎようとした。だが、恋華は艶っぽい目つきで彼を見つめながら、手にした透明な袋を目の前で振ってみせた。「目黒さん、これが何かわかるでしょ?奥さんが最近ずっと飲んでる薬よね?」隼人は本当は、恋華が何を持ってようが気にも留めないはずだった。けれど、その袋の中の物を見て、目が止まった。細くて淡いピンクのカプセル──まさにさっき瑠璃が飲んだ薬だった。南川先生が言っていた。この薬は彼のチームが新しく開発したもので、腫瘍の抑制に非常に効果があり、安全性も高い。ただし、希少で高価、まだ市販もされていないはず。──じゃあ、恋華がどうしてこれを持ってる?その疑問が隼人の表情に現れたのを見て、恋華は得意げに笑う。「不思議よね?どうして私が持ってるのか、気になるでしょ?理由を知りたければ、明日の夜、このホテルの最上階のスイートで待ってるわ」そう言いながら、恋華はその薬の袋を隼人に差し出した。「この数粒、奥さんにプレゼントするわ。まあ……飲みすぎないようにね?そうじゃないと──」わざと最後まで言わず、意味ありげに微笑んだ。隼人は受け取ろうとはしなかったが、恋華は無理やり彼の手にそれを押し込むと、指先で彼の手の甲をなぞった。「それと、私の番号をブロック解除しておいてね。明日の夜、待ってるから」恋華は自信に満ちた笑みを残して去っていった。彼女の残り香がまだ鼻をつく。隼人は眉をひそめながら、手にしたピンクの薬を見つめる──嫌な予感がした。すぐに南川先生に連絡を取ろうとしたところで、瑠璃が近づいてきた。背中越しに去っていく恋華を見て、瑠璃は不思議そうに聞く。「また彼女?まだ協力の話?」隼人はすぐに表情を整え、彼女に優しく微笑んだ。「うん、まだしつこいんだ。しつこい女って大変だな」彼は薬をそっとしまい、ボトルを渡した。「水を飲んで。気分が良くないなら、早めに帰ろう」瑠璃は水を飲み、少し気分が
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第0900話

隼人はホテルのスイートルームへと足を運んだ。ドアが開くと、そこに現れたのは、キャミソールのシースルーランジェリーを身にまとった恋華だった。彼女の胸元には大きなタトゥーがあり、ひと目で視線を奪う。だが、隼人の表情に一切の動揺はなかった。目をそらし、まるで目の前の肉体など無関係だと言わんばかりに、ポケットから昨日恋華に渡された薬を取り出した。「そろそろ教えてくれないか。どうしてお前が、妻が服用している薬を知ってる?」恋華はドアの脇にもたれながら、にやりと笑う。「ここで話すの?私みたいな格好した女と、目黒社長が二人きりで部屋にいるところを誰かに撮られでもしたら──奥さんに見られたら、大変なんじゃない?」嫌悪感を隠せないまま、隼人は部屋の中へと足を踏み入れた。瑠璃の安全のため、真相を突き止めるために。中に入ると、あの独特なオリエンタルな香りがまた漂っていた。照明も不自然に暗く、彼女の狙いは明白だった。だが、隼人は遊びに来たわけじゃない。無駄な時間を使う気もない。「さっさと話せ」恋華はワイングラスを一杯差し出し、「まずは一杯、付き合って。」と言った。隼人は冷ややかに応じた。「時間を無駄にするな。言え」仕方なく恋華は自分でワインを飲み干し、ようやく口を開いた。「目黒社長、あの日──あなたが慌てて娘さんの件で兄を訪ねたとき、私は二階にいたのよ。その後、碓氷さんがやって来て、あなたが彼女のことで取り乱してるのを見て……なんだかゾクッとしちゃった。私も、そんな風に想われてみたいって思ったの。私はね、善人じゃないし、品行方正な女でもない。欲しい男がいれば、どんな手段を使ってでも手に入れる。それだけの話よ」その厚顔無恥な台詞に、隼人は嫌悪感を隠さなかった。恋華は微笑みながら彼に近づき──「せっかくだし、今夜はここで一緒に過ごしましょ。絶対に後悔させないから」隼人は彼女の手首を掴み、冷たい視線を向けた。「お前みたいな女──たとえ裸で目の前に立たれても、何も感じない」彼は手を振りほどき、恋華は床に崩れ落ちた。それでも、恋華は笑っていた。「今は感じなくてもいいわ。時間はいくらでもある。でもね、奥さんはいつまでもあなたのそばにいられると思う?」「江本!」隼人は怒りに震え、額に血管が浮き出る。「はっきり言っ
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