All Chapters of 元カレのことを絶対に許さない雨宮さん: Chapter 131 - Chapter 140

「あらまあ！本当に凛だったのね。さっき玄関の前で見かけたときは、てっきり見間違いかと思ったわ」大友春美（おおとも はるみ）、隣の住人で、近所でも有名なおしゃべりで声が大きい。その夫も臨市第二高校の教師をしており、凛の家とは同じ年に教職員住宅に引っ越してきた。凛が出てくるのを見ると、彼女は急いで駆け寄り、頭の先からつま先までじろじろと観察した。「まあまあ、見てよこの子、ほんとにきれいになって……都会で育つと違うのね。これはもう、すっかり成功したって感じじゃない？」凛は黙ったまま、何も返さなかった。「服もスタイルもそうだし、靴なんかもとっても今どきでおしゃれねえ」ひとしきり褒めちぎったあと、春美は急に声を潜め、意味ありげな目つきで凛に近づいてきた。「ねえ、帝都でうまくやってるって聞いたわよ。ほら、人脈とか……そういうの、あるんでしょ？うちの娘のこと、ちょっと紹介してくれない？」凛は一瞬、何の話か分からず目を瞬いた。「……紹介って、何を？」「んもう、分かるでしょ。大企業の社長とか、お金持ちのお婿さん候補よ。うちの娘、スタイルもいいし顔もきれい。若さだって売りよ、まだ二十二なんだから！」その瞬間、凛の表情がすっと曇り、ひとつ息をついてから、わずかに後ろへ下がって距離を取った。「大友さん、何か勘違いされてるみたいけど、私、帝都でそういう関係でやってきたわけじゃないし、特別なコネなんてない。お力にはなれないわ」春美は凛の言葉を聞くと、眉をひそめた。「凛、うちは隣同士でしょ？どうしてそんなに隠すのよ。自分だけ稼いでうまくいっても、周りにもちょっとは道を譲るもんじゃないの？」凛は思わず苦笑した。「私が何様だって言うのか？人に道を示す？大友さん、それは買いかぶりすぎよ」何度もはぐらかされて、春美の顔から笑みが消えた。「まったく、ちょっと成功したらすぐに天狗になるんだから！さっきのは冗談よ、まさか本気で、まともな娘がそんなはしたない真似をするわけないでしょ……」「大友さん！言葉に気をつけなさい！」凛が何か言い返す前に、慎吾が勢いよく自転車を放り出し、駆け寄って娘をかばうように立ちはだかった。彼の顔は険しく、目には怒りの炎が宿っていた。「言葉を慎んでくれ！うちの凛はまっすぐで潔白だ。口を汚してるのは、そっちのほうだ！」「はん、私

話していたのは、雨宮家の次男の妻・雨宮珠希（あまみや たまき）だった。電力会社に勤める正職員で、安定した職と生活に恵まれ、普段からストレスも少ないせいか、心も体もふくよかだった。今日は鮮やかな緑のセーターに身を包み、ショートヘアは羊毛のようにくるくるにパーマをかけてボリュームたっぷりに膨らんでいた。まるで、どっしりとした立派なクリスマスツリーのようだ。「何言ってるんだ、言葉の選び方を考えろ」隣にいた雨宮家の次男・雨宮亮吾（あまみや りょうご）が、妻の腕を軽く引いてたしなめた。ふくよかな珠希とは対照的に、亮吾すらりとした長身。ベージュのタートルネックにスマートなスラックスを合わせ、髪は艶やかにオールバックに撫でつけている。四十代も半ばを過ぎているはずだが、その顔には年齢を感じさせるものはほとんどなく、むしろ洒落者で色気のある雰囲気さえ漂っていた。雨宮家は三兄弟そろって顔立ちが整っている。遺伝子がいい。珠希は夫に軽く小突かれながらも、口をとがらせた。「なによ……別に変なこと言ってないでしょ。凛が何年も一緒にお正月を過ごしてないのは本当だし、私は気にしないけど、慎吾や敏子がずっと気にかけてたのよ」そう言ってから、彼女はまたにこやかに近づいてきて、凛の手を取った。「ほんと、女の子は成長するにつれて美しく変わるって言うけど、どんどん綺麗になってるわね！やっぱり首都に行った子は違うわ。うちらみたいな田舎の人間とは、雰囲気からして別物だわ」そのとき、凛はちょうど白いロングのダウンコートを脱いだところだった。中には淡い杏色のニット、それに浅いブラウンのツイードのロングスカートを合わせ、足元はコーヒーブラウンのロングブーツという装いだった。髪はストレートで、前髪の乱れた部分はリボン付きのヘアバンドでまとめていた。全体的に清潔感があり、おとなしくて品のある印象で、まるで甘くて優しい雰囲気をまとっていた。珠希がその気品を褒めたのも、無理はない。雨宮美咲（あまみや みさき）はそれを聞いて、こっそり口を尖らせた。「お母さん、うるさいわよ。ちょっと静かにしてくれない？」「一日中スマホばっかりいじってて、人の話には文句ばっかり。いい機会なんだから、凛を見習いなさい。服装ひとつ取っても、学ぶことだらけよ」珠希はぴしゃりと娘を睨みつけた。こ

珠希は内心で密かにほくそ笑みながら、視線をさらりと巡らせた。そして、慎吾が持ってきた果物の山に目を止めて、声をかけた。「敏子さん、あなたたちもチェリー買ったの？でもどう見ても、仁美さんが持ってきたやつよりずいぶん小さいわね？」その言葉に、敏子の笑顔がほんの一瞬だけ途切れた。けれど、すぐにいつもの柔らかな口調で答える。「私たちなんて、仁美さんとは比べものにならないよ」「まあ、本当にね！」珠希は思わず笑い声を漏らした。「お義兄さん夫婦のおうちにかなう人なんて、そりゃいないわよ」そのやりとりを聞きながら、凛は口元にうっすらと笑みを浮かべ、何気ないふうに問いかけた。「珠希さんは、どんな果物を買ったの？」その一言に、珠希の笑顔がぴたりと止まった。凛はあえて気づかないふりをしたまま、ちょうど足元にあった袋に手を伸ばし、中を覗く。「見てみよう……リンゴに、梨、それからみかん……」取り出された果物は、どれもこの季節には比較的安価で手に入る庶民的なものばかりだった。「さすが仁美さん、みんながよく口にする果物ばかりだね」その言葉に、珠希は耳が痛い思いをしながらも、反論の余地がなかった。「ええ、そうね……みんなが好きなものをと思ってね……」珠希はもともと良い家柄の出で、両親はそろって電力会社の正社員、しかも小さな役職まで持っていた。彼女自身は家の一人娘として大切に育てられ、子どものころから金に困ることなど一度もなかった。しかし彼女は、実はとても計算高く、けちけちしていた。特に、家族に対してはその傾向が顕著だった。「珠希さんは本当に気が利くわね」凛が柔らかく微笑みながらそう言うと――珠希は言葉に詰まり、返す言葉が見つからなかった。「えへん……」仁美が気まずい空気を和らげようと軽く咳払いし、「おしゃべりばかりしてないで、果物を食べなさいな」と場をつないだ。「はい、仁美さん、ありがとう」凛は気にする様子もなくチェリーをひと粒口に運び、明るく笑った。「本当に甘いね」それに対して、珠希は口に運んだ果物の味が、まるで感じられなかった。どこかしら気まずさを覚え、夫に助けを求めるようにちらりと目をやる。だが、亮吾はそんな彼女に一瞥さえ寄越さなかった。「お母さん、もっと食べてよ。シャキッとして甘いから！」美咲が促すように声をかける

当時、凛の一件は親戚の間でもちょっとした騒ぎになっていた。慎吾と敏子はその後すぐに帝都まで足を運び、何日かして帰ってきたが、二人は終始無言で、何があったのか一切語ろうとはしなかった。だが、珠希の耳に入ってきた噂を総合すれば、真相もそれほど違わないだろうと感じていた。要するに凛は恋愛にのぼせ上がって、学業を捨てたのだ。しかも相手はかなりの好条件の持ち主らしく、資産家の御曹司か何かだという話だった。それなら彼女が大学を辞めてでもしがみつこうとしたのも頷ける。慎吾と敏子は、その話の流れに思わず眉をひそめた。だが、肝心の凛は、驚くほど冷静だった。「いえ、もう別れたの」「金持ちってのは目が高いのよ。あんたのことなんて、きっと最初から本気じゃなかったのよ。本気にするなんて、まったく……世間知らずにもほどがあるわ。豪門なんて、普通の人間が簡単に嫁げる場所じゃないのよ」珠希は驚いたというより、呆れたように舌打ちしながら言った。それだけでは飽き足らず、さらに言葉を重ねる。「私が言いたいのはね、女の子って評判が命なのよ。付き合ってたっていうなら……せめて、何かしら補償はもらったんでしょうね？」ドラマじゃ、金持ちの中年男はみんな太っ腹だ。別れ際には数億の慰謝料をポンと出すのが当たり前。そう考えれば、凛もそんなに損はしていない。だが珠希の心にはやっかみがわいていた。数年体を預けるだけで、そんな大金が手に入るなんて。まるで雑草が突然、上流階級の花になったみたいじゃない。——でも、なんで彼女が？凛だって、別に誰もが振り返るような絶世の美人ってわけじゃない。なのに、どうして彼女だけがこんな儲け話にありつける？それも、あっさりと。――そんな金を手にできるってことは、三男の一家も、それなりに潤ってるってことなんじゃ？凛がふと顔を上げた。鋭い視線をそのまま珠希に向ける。「珠希さんは、私にどんな補償があるべきだと思う？」「そ、そうね……お金とか、宝石とか……」「もういい！」その瞬間、慎吾がバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。「珠希さん、家族とはいえ、言葉には気をつけなさい！」「何が気をつけるものか？ただ姪のことを心配してるだけ。それもダメなの？」珠希も勢いで立ち上がる。「そんな心配の仕方があるか！」「まあまあ……慎吾さん、その

「こんな野蛮なこと、あなた以外に誰がやる？」普段は人を責めるような言葉を口にしない敏子が、明らかに怒りをあらわにしていた。「野蛮」という表現は、おそらく彼女にとって最大級の非難の言葉だっただろう。しかし春美にはまったく通じなかった。彼女は腰に手を当て、冷ややかに笑う。「野蛮？こんなのが野蛮だって？あんた、本当の野蛮ってものを見たことないんでしょ！」「……じゃあ、認めるのね？あなたがやったの！？」敏子は信じられないという顔で、思わず目を見開いた。すると、春美の目がわずかに光った。「口の利き方に気をつけなさいよ。私が何を認めたっていうの？証拠は？あんた、証拠持ってんの？それにね、仮に私がやったとして……だから何？警察でも呼んで逮捕させたら？法律じゃね、物を壊しても一定の金額以上じゃなきゃ立件されないの。こっちは法だって知ってんのよ」そのあまりに悪びれない態度に、敏子は怒りで顔を赤くし、息も荒くなった。それを見ていた慎吾が、すぐに彼女の前に立ちはだかり、彼女を庇った。「大友さん、あんまりにもひどすぎる！うちの藤の花は、そっちに迷惑かけたことなんて一度もない。俺たち、長年の隣人同士だろ？そこまでやる必要があるのか？」凛が周りを見回すと、庭中に藤の花が散らばり、両家の共有塀に近い花棚は折れ壊れて、今にも落ちそうになっていた。整然としていた庭は、いまや見る影もなく、まるで破壊の現場そのものだった。「迷惑かけたことなんて一度もないって？」春美は慎吾が口を挟んだのを見て、まるで火に油を注がれたように勢いづいた。袖をまくり、まさに一戦交える覚悟だ。「あなたの藤が、うちの野菜に日陰を作ってるの！だから育ちが悪いし、虫も湧く！これで迷惑かけたことなんて一度もないってって言えるわけ？」「それにこの棚よ！」春美は地面を指差した。「角が尖ってて、うちの窓に向いてるじゃないの。風水が悪くなって、家の運気まで下がってるのよ、これでも邪魔じゃないって！？」慎吾は呆れたように笑いながら言い返した。「まず言っておくけど、その空き地は共有スペースであって、野菜を育てていい場所じゃない。それに、その野菜畑のせいで、うちは夏になると蚊が大発生してるんだよ？だけど、うちは今まで一言も文句言わなかった。それからもう一つ、あの棚はうちの庭に立てたものだ。多少枝