All Chapters of 社長に虐げられた奥さんが、実は運命の初恋だった: Chapter 71 - Chapter 80

「彼が私をいじめるわけないじゃない……ただ……」目元に涙を浮かべ、あたかも必死に笑顔を保とうとするように口元を引き上げながら、苦しげに話す。「昨日、一緒に出かけたとき、彼がある女性からの電話を受けたんです。そしたら、いきなり私を置いてどこかへ行ってしまって……どうしても気になって、胤道の側にいる人に聞いたら……」胤道の母は眉をひそめた。「聞いたら何？」「彼が……別荘に、女性を連れ込んでるって。でも、お母さん！私は胤道のことを信じてます。そんな軽はずみなことをする人じゃない。きっと、ただの友人か、一時的な気の迷い……私、大丈夫です。でもちょっと、胸の奥が苦しくて……私、もう身寄りもなくて、ずっとお母さんのこと、本当の母親のように思ってきたから、つい口に出してしまっただけです。このことはどうか、お母さんは関わらないでください……」その言葉に、胤道の母の表情が一気に険しくなる。「本当なの？本当に胤道がそんなことを……それなら私は絶対に見過ごせない！胤道が別の女を囲ってるだなんて、私が許さないだけじゃない、野崎家のご先祖様だってお怒りになるわ！」言い終えると、胤道の母はすぐに車を用意させ、りんを連れて別荘へと向かった。三郎はちょうど玄関前で電話をしていたが、車が停まり、胤道の母が勢いよく降りてきたのを見て、何かよからぬことが起きたと察した。「奥様！」彼は慌てて駆け寄る。「どうされましたか？野崎様は今朝から会社に行かれて、まだ戻られてませんが……」「知ってるわ。中で待たせてもらうだけ」胤道の母はそのまま中に入ろうとする。三郎はそれを止めようとした。「奥様、それはちょっと……今は中が散らかっておりまして、野崎様が最近収集した骨董品でロビーが大変なことに……埃も多くて、奥様のお身体に触ると……少しお時間をいただければ、すぐ片付けますので――」「どきなさい！」胤道の母はまったく耳を貸さず、強引に入ろうとする。三郎は後ろで太ももを叩きながら焦りまくっていた。すぐに胤道に電話しようとするも、りんがすっと彼のスマホを取り上げる。目元には笑みが浮かんでいるのに、その目つきには凍えるような冷たさが宿っていた。「三郎、胤道は今忙しいの。邪魔したら、大事なプロジェクトが吹っ飛ぶかもしれないわよ？そのときは、あ

りんは慌てて口を押さえ、自分の発言に気づいたように取り繕う。「違うの……森さんもわざとじゃなかったの。ただ、あの時は胤道のことが好きすぎて、つい感情的になってしまって……でも、私はもう許したから」「あなたの足を台無しにされかけたのに、まだ彼女をかばうの？優しすぎるわ！」胤道の母は鋭い目で静華を睨みつけた。怒りを含んだ声で言い放つ。「他人の家庭を壊すのが趣味なだけじゃなく、人を傷つけるのも平気なんてね。最初に会ったときは、あなたのこと少しは好ましく思っていたのに……今すぐ出て行きなさい！もう二度と、私の前に現れないでよ！」かつて唯一自分をかばってくれた胤道の母が、今はりんの味方となり、自分をこの別荘から追い出そうとしている。静華は背中で握りしめた手を震わせながら、俯いたまま小さく呟く。「ごめんなさい……」嫌われてしまって、ごめんなさい。顔が壊れてしまって、ちょうど良かった。だって――もしあなたが、私こそが二年間そばにいた「望月りん」だったと知ったら、どれだけ失望するか……胤道の母はなおも怒り心頭で叫ぶ。「謝れば済むと思ってるの？最初からあんな真似をしなければよかったのに！」静華は目元を赤く染め、もう何も言い返さず、一歩一歩、決意を込めて歩き出した。――その頃。三郎は、スマホをりんに奪われたため、外に出て電話をかけに行っていた。ちょうどその間に静華とすれ違い、戻ってきた時には、すでに胤道が車で到着していた。彼は大急ぎで別荘に飛び込む。リビングには、母がソファに座り、胸を押さえて青ざめた顔で苦しんでいた。りんも、隣で不安げに水を注いで介抱している。胤道の姿を見て、りんは困ったような、少し寂しげな顔を作る。「胤道……」だが、胤道は彼女を一瞥すらせず、冷たく問いかけた。「森はどこだ！」周囲を見回すが、静華の姿が見当たらない。黒い瞳が不安に細く絞られ、勢いよく階段を駆け上がろうとする。「やめなさい！もういないわ！」母が一息つきながら声を上げた。彼の姿を見据えて、静かに怒りを含んだ言葉をぶつける。「会社から飛んで帰ってきて、真っ先に探すのがその女だなんて……あなた、野崎家もりんも、どうでもいいっていうの？理性ある子だったはずよ、どうしてこんな常識外れなことを――」

佐藤は冷たい水を顔にぶっかけた。静華はその衝撃で目を見開いた。手足を縛られ、身動きが取れない。一人の女が静華を上から下まで品定めするように眺め、露骨に嫌悪を滲ませた口調で言った。「なんでこんなの持ち込んできたの？顔もひどいけど、体つきもガリガリで全然ダメじゃない。こんなんじゃ客が満足すると思う？野崎様もずいぶん意地悪ね」一人がへらへらと愛想笑いを浮かべた。「紅子（べにこ）ねえ、今回ばかりはお手を煩わせてしまって……でも野崎様が喜べば、後でちゃんと見返りはあるはずですよ」「手伝いたいのはやまやまだけど、この見た目じゃ、犬に投げても見向きされないんじゃない？」紅子は煙草をくわえたまま、ぞんざいに肩をすくめながら静華の前に立った。顔をしかめて、ぼそっと呟いた。「しかも、目まで見えないんだって？縁起悪すぎるわ」交わされる言葉が、静華の全身を冷たく刺す。――これも、野崎の差し金なの……？とうとう飽きたってこと？でも、ただ手放すんじゃなくて、こうやって地獄を味わせるつもり……？売られたの、私？どれだけ憎まれてたら、こんな真似ができるの？静華の頬を、悔しさと絶望の涙が伝った。唇を噛みしめる力が強すぎて、血がにじんだ。紅子はしゃがみこみ、静華を品定めするように見た後、いきなり手を伸ばし、服を引き剥がそうとする。「やめて！！」静華は激しく反応した。手足が縛られていても、体を必死にくねらせ、足で紅子を蹴り飛ばす。蹴り自体はたいして効かなかったが、服が汚れたのが気に障ったらしい。紅子の顔に怒りが浮かぶ。彼女は他の数人に目配せをした。となりの人たちは静華の髪を掴み、何発も平手打ちを浴びせた。目の前が白くなりそうな痛みに、静華は意識が飛びかけた。それでも紅子は鼻を鳴らした。「もういいわ。これ以上やったら失神しちゃう。商品価値が無くなったら意味ないし」煙を吐きながら手を振り払った。「でも声だけは悪くなさそう。喘がせたら、それなりに色っぽく聞こえるんじゃない？ちょっと片付けて、仮面でも被せとけば、ああいう汚くて金も少ないどもはどうせ顔なんて見てないでしょ。じゃ、これは私が預かるってことで。ちゃんと野崎様に伝えといてよ、今後はうちのこと優遇してくれってね」「もちろんです！」「さっ

胤道の顔色が瞬く間に険しくなり、横にあったモップ用の水の入ったバケツを掴むと、そのまま静華の顔にぶちまけた。氷のような冷水が彼女の顔面を打ち、静華は思わず我に返る。そして、怒鳴り声が耳をつんざいた。「まだ狂ってんのか？お前は俺の女だぞ！俺に触れさせてくれなかったら、誰を欲しいんだ？てめぇは本当に下劣だな、誰にでも好かれたくてたまんねぇのかよ！」彼の女？その言葉を聞いた瞬間、静華の目尻が熱くなった。……笑えてきた。この言葉が聞きたくて、彼女は二年もの時間を費やしてきた。でも、辿り着いたのはこの地獄だ。今さらそんな言葉を聞かされても、恐怖しか湧いてこない。喜びなんて、とうの昔に消え失せていた。「……そうよ。誰でもいい。好かれて欲しい。どんな男でも構わない」身体はふらつきながらも、その場に踏みとどまり、声を絞り出した。「ただし……野崎以外ならね」「てめぇ――！」胤道が拳を振り上げる。静華はその風圧を感じ、思わず目を閉じた。――だが、その拳は落ちてこなかった。歯を食いしばる音が聞こえる。「森、いい加減にしろ。最後のチャンスをやる。これ以上くだらねぇこと言ったら……一生、どの男とも会わせねぇからな」静華の顔から血の気が引いた。そのときだった。背後の部屋のドアが唐突に開いた。ビール腹を突き出し、上半身裸の男が慌てた様子で姿を現す。周囲を見渡し、静華を見つけて安堵の溜息を吐いた。「おい、このクソアマ、なんでこんなとこにいるんだよ？逃げたかと思ったじゃねえか。さっさと戻れ！」男は静華の腕を掴み、顔をしかめた。不快感を隠そうともせず、吐き捨てる。「ブスはブスでもな……まあ安いし、我慢すりゃいいんだよ」男が静華の腕を引こうとした、その瞬間。――別の手が、その腕をがっちりと掴んだ。男は顔を上げる。酒で顔は赤らんでおり、まともに目も開けていなかった。だが相手が男だと気づいた途端、あきれたように笑った。「は？お前、このブスが気に入ったのかよ？悪いな、こいつは今夜、俺が買った女だ。千円払ったんだぜ？今夜は俺のもんなんだよ。気に入ったんなら、順番待ちな」――「ドンッ！」殴りつける音が鳴り響いた。胤道の拳が、男の顔面に直撃した。真っ赤な目で、怒りにまか

三郎の後ろを歩く二人のガードマンは、声すらひそめていた。「今日の野崎様、どうかしてるよな？盲目の女がいなくなったくらいで、あんなに荒れて、雨の中をずっと探し回って……あの女が倒れた途端、まるで魂抜かれたみたいだったぜ」片方が目配せしながらひそひそ声で続ける。「まさか、あのブスのことが好きなんじゃないのか？」「心配してたのは確かだけど、好きってのは言い過ぎだろ」もう一人が口を挟んだ。「だってさ、野崎様とあの女じゃ、雲泥の差だぜ？いや、そう言ってやるだけでも、ありがたく思ってほしいね。あの女はただの――」「……いい加減にしろ」今まで黙っていた三郎が突然口を開いた。その目に宿る殺気に、その二人は一瞬で口を噤んだ。普段は温厚で人当たりのいい三郎が、なぜここまで怒るのか。彼は地面にしゃがみ込み、頭をかきむしった。脳裏に焼きついているのは――涙を流す静華の姿。最初はただ、気の毒だと思った。視力を失い、顔を焼かれ、人生を踏みにじられた女。けれど今では――彼女こそが、悲劇そのものだった。そして胤道が彼女への感情は……もっと複雑だった。心配しているくせに、口を開けば容赦ない罵倒。冷徹で理性を重んじる男が、静華のほんの数言で理性を飛ばし、彼女がわざとやったことだと見抜けず、あんなにも激昂するなんて。結局、こうなるとは。三郎は大きくため息をついた。長い時間が過ぎ、ようやく救急室のランプが緑に変わる。静華は病室へと運ばれ、胤道はすぐさま駆け寄り、医者に問う。「容体は？」「容体？体に深刻なダメージを与える薬を服用してた上に、冷水のショック。身体が耐えきれず、命を落としかけますのよ。家族なら、どうしてここまで放っておいましたか？」看護師の眉間には皺が寄っている。「今まで見たことありません。あんなに若いのに、こんなに体が弱い患者さん。これ以上無茶したら、命にかかわりますよ」看護師が去ろうとすると、胤道は顔をこわばらせながら、思わず手を伸ばす。「待ってくれ。『身体に深刻なダメージを与える薬』って……それはどういう意味だ？」「情欲を煽る薬酒です。体への負担が尋常ではありません。それがなければ、救急室に運び込まれることもなかったはずです」その一言で、胤道の頭の中は真っ白になった。静華