明日香は医師の指示に従い、薬を煎じるため裏庭で一時間以上も忙しく立ち働いていた。その時、一人の使用人が近づき、控えめに言った。「お嬢様、やはり私どもにお任せくださいませ。私たちは使用人です。こんな些細なことまで、お嬢様ご自身がなさる必要はございません」明日香は顔を上げることなく答えた。「大丈夫よ。あなたたちは他の用事をしていてちょうだい」ちょうどその時、別の使用人が足早に駆け寄ってきた。「お嬢様、樹様がお見えです。遼一様が応接間でおもてなししております」「分かったわ。あとで行くから」薬が煎じ上がると、明日香はそれを運んで二階へと上がった。しかし応接間には向かわず、使用人に樹を自分の部屋へ通すよう告げた。部屋の机には、二人が婚約した折に撮った写真が飾られていた。傍らの画架は白布に覆われており、それは彼女がもともと樹に贈ろうと描いた絵だった。だが婚約パーティー当日、渡す機会を逸し、そのまま自宅へ持ち帰ったのだ。樹が部屋に入るや否や、待ちわびた人を後ろから抱き締め、その首筋に顔を埋め、貪るように彼女の香りを吸い込んだ。「悪い。最近は会社の仕事が立て込んでいて、なかなか君に会う時間が取れなかった」彼の声には申し訳なさがにじんでいた。「今回はいつ出発するつもりだ?僕も一緒に行くよ」明日香は振り返り、そっとその抱擁から離れると、感情を映さぬ顔で言った。「多分、これからはパリには行かないわ。父が病気で、家で看病しなければならないの。お医者様によれば、早ければ三ヶ月ほどで回復するそうよ」樹は眉を寄せた。「月島家には大勢の使用人がいるだろう?なぜ君がそんなことに時間を費やさねばならないんだ。絵を学ぶのは君の長年の願いだろう?父親が心配なら病院に送ればいい。藤崎グループで専門の者をつけて面倒を見させる」明日香はただ静かに彼を見つめ、ふいに言葉を閉ざした。その平静すぎる眼差しに、かえって樹の心には不安が走った。彼は口元を無理に歪め、沈黙を破ろうとする。「どうしてそんな風に僕を見る?何か悩んでいることでもあるのか?」明日香は小さく首を振り、声を潜めて答えた。「それじゃ……お願いするわ」「水臭いことを言うな。僕たちはもう家族じゃないか」樹は彼女の髪をくしゃくしゃと撫でた。「彼は君の父親であ
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