All Chapters of 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて: Chapter 821 - Chapter 827

知里は不機嫌そうに誠健を睨みつけると、手に持った商品を持ってレジへ向かった。誠健は棚からもう一箱、しょうが生姜茶を取って彼女を追いかけた。「お腹痛い？帰ったらこれ飲みなよ」そう言って、そのまま商品を知里のカートに放り込んだ。会計を終え、知里が袋を持って足早に店を出ようとしたその時だった。「知里ってこのマンションに住んでるって聞いたよ。さっき誰かがこのスーパーに入るの見たって！」「どこどこ？一度でいいから本人を見てみたい。テレビよりずっと綺麗だって聞いたし！」声のする方を見ると、スマホを構えたファンらしき二人が店内をキョロキョロ見回していた。誠健はすぐに知里の頭を抱き寄せ、自分のコートで彼女の顔を覆った。低い声で囁いた。「写真撮られたくないなら、大人しくしてな」知里はもがきながら言った。「ちょっと、殺す気？あんたの顔の方がよっぽど目立つわ。しかも女を抱きかかえてたら余計怪しまれる！」「心配すんな、俺には秘密兵器がある」そう言うと、彼はポケットからマスクとサングラスを取り出し、さっと装着した。そして大きな手で知里の頭をぽんぽんと撫でながら言った。「大スターの追っかけとして、最低限のマナーは守るさ。これなら誰にもバレないって。ほら、行くぞ」再び彼女を抱き寄せ、コートで彼女の頭を隠したまま、二人はそのままマンションの中へと歩いていった。しばらく経って、知里はようやく誠健の服の中から顔を出し、後ろを一瞥した。誰もついてきていないのを確認すると、すぐさま誠健の腕から抜け出し、荷物を持って前を歩いていく。誠健は苦笑しながら言った。「おい、そんな手のひら返しあるか？助けてやったのに、ありがとうの一言もなしで睨むとはな」知里は振り返りもせず、冷たく言い放った。「ありがとう。もう帰っていいよ」「なんで俺が帰らなきゃいけないの？ここ、俺ん家だぞ」その言葉に知里は足を止め、冷たい目で彼を見つめた。「誠健、何度言ったらわかるの？私たちはもう終わったの。いくらしつこくしたって無駄。私の家があなたの家になることは絶対にない。諦めて」誠健はふっと軽く笑い、彼女の頭を軽く小突いた。そして後ろにある一軒の別荘を指差しながら言った。「でもな、俺の家はそのうちお前の家になる。将来、親が子ども

彼女が階段を降りてくるのを見て、結衣はすぐさま駆け寄った。手に持っていたものを差し出しながら、誠意を込めて言った。「知里姉、これ……Diorの最新作の口紅、あなたの雰囲気にすごく合うと思って、買ってきたの。 前は私が悪かった。知里姉がわざとお兄ちゃんを弄んでるって思い込んで、八つ当たりしちゃってたの。 知里姉、どうか子どもだった私を許してほしいの。私のせいで、うちとあなたの家がこんなに気まずくなるなんて……うちのおじいちゃん、大森お爺さんに無視されてから、ずっとご飯も喉を通らないくらい落ち込んでるの。 知里姉、どうか許してくれない？また、両家を仲良くするように……」結衣の真剣な眼差しを見つめながら、知里の心の中では冷ややかな鼻息が漏れていた。まるで、両家の関係すべてが私一人にかかってるみたいな言い方ね……年が若いから仕方なかった？そんなの、ただの言い訳にしか聞こえない。むしろ、かなり計算高い性格に見える。自分から謝りに来たのも、どうせ誠健に相手にされなくなったからでしょ。でも、両家の年長者が揃っている手前、あからさまに冷たくするわけにもいかない。知里は仕方なくその口紅を受け取り、表情を崩さずに淡々と返した。「私は最初から、私たちの間の問題で両家の関係に影響が出るなんて、望んでないよ。 それに、あなたのお兄さんのことだけど――私が弄んでたんじゃなくて、彼がしつこく付きまとってきただけ。 ちゃんと現実を見て」結衣は知里が口紅を受け取ったのを見て、目元にわずかに狡猾な光を宿した。だがすぐに素直な笑みを浮かべて、知里の腕に自然と絡ませた。「お兄ちゃんのことは諦めてくれてるって、私も分かってるよ。昨日、お見合いに行ったって聞いたの。あの人、なかなか条件良かったらしいね。 私、本当に知里姉には幸せになってほしいって思ってるの」知里は思わず笑みを浮かべて、結衣の顔をじっと見つめた。なるほど……こうしてさっさと私と誠健を切り離そうとしてるのね。軽く笑いながら応じた。「私のこと、よく知ってるんだね」「昨日、咲良のところに遊びに行ってたの。彼女が教えてくれたよ」その言葉を聞いた瞬間、知里の胸に警戒心が芽生えた。咲良は純粋で優しい子。もし結衣が「誠健の妹」として現れたなら、警戒心なんて

幼い頃から、ずっと彼女とお母さんが苦しみを背負ってきた。 その時、彼女は思った。もし自分に兄がいたら、こんなに辛い思いをしなくて済んだのかもしれない。 兄がいれば、きっと守ってくれたはずだ。 咲良はわかっていた。石井先生が自分のことを気にかけてくれるのは、瑛士と知里の顔を立ててのことだと。 でも、それでも……彼のことを「お兄ちゃん」って呼びたかった。 たとえ一瞬でも、この世界には自分たちを守ってくれるお兄ちゃんがいるんだって、そう感じたかった。 彼女の願いを聞いた誠健は、思わず目を赤らめた。 大きな手でそっと咲良の頭を撫でて、優しく言った。 「いいよ。君が望むなら、俺は構わないよ」 咲良は顔を上げ、涙に濡れた瞳で彼を見つめた。 声を震わせながら言った。 「助けてくれてありがとう……お兄ちゃん」 その「お兄ちゃん」の一言に、誠健の胸がぎゅっと締めつけられた。 まるで、まだ妹が行方不明になる前の幼い頃に戻ったような気がした。 ランドセルを背負って学校に行くたびに、あの小さな妹が玄関で手を振ってくれていた。 涙を浮かべながら、「お兄ちゃん、早く帰ってきて一緒に遊ぼうね」って。 その姿が、たまらなく愛おしかった。だから毎日が休日だったらいいのに、って本気で思ってた。 結衣が戻ってきたあと、そんな気持ちはもう感じられなかった。 長く離れていたから、心が離れたんだ――そう自分に言い聞かせてきた。 でも、どうして咲良にはあの頃と同じ気持ちを抱いてしまうんだろう。 彼女が泣く姿を見ると、世界中のものを全部差し出してでも守りたくなる。 誠健は腕の中の咲良を見下ろし、微かに唇を弯ませた。 「もう、泣くな。ほら、描いた絵を知里姉に見せてあげな」 咲良はその言葉で我に返り、すぐにリュックから一枚の絵を取り出した。 涙をぬぐってから言った。 「知里姉、これ見て。気に入ってもらえるかな？」 知里は絵を見た瞬間、目を見開いた。 思わず叫んだ。 「うっわ、ちょっとこれ……めっちゃ似てるじゃん！こんなリアルな似顔絵、初めて見たよ、咲良、すごすぎるよ！」 咲良は何度か鼻をすすると、 「気に入ってくれてよかった。みんなが私にこんなに良くしてくれるから、せめて絵でお返ししたくて……」と呟

執事はすぐに説明した。 「誠健坊ちゃんのご指示です。特に彼女のことを気にかけてほしいと、そう言われました」それを聞いた結衣は、悔しさにギリッと歯を食いしばった。自分の兄は、誰に対しても自分より優しくする。 咲良はただの赤の他人だ。どうしてそこまで何度も手を差し伸べる必要があるの？あの日、咲良と兄が一緒に出かけるのを見てしまった場面を思い出し、結衣の怒りは一気に爆発した。「あんた、こっちに来て。足を揉みなさい」 結衣は咲良の母にそう命じた。咲良の母は素直に従い、結衣の前で半分膝をついて、優しく足を叩き始めた。結衣は冷たい目で彼女を見下ろしながら言った。 「もっと力入れてよ。ご飯食べてないの？」咲良の母はすぐに力を強めた。しかし数回叩いたところで、結衣は突然彼女の腹を思いきり蹴り上げ、鋭い声で怒鳴りつけた。 「殺す気？こんなこともできないなんて、使えないわね！出ていきなさいよ！」咲良の母は驚き、すぐに頭を下げて謝った。 「申し訳ありません、お嬢様。もっと力を入れろとおっしゃったので、少し強くなってしまいました。すみません、もっと加減します……」彼女が立ち上がろうとした瞬間、床についていた手の甲がヒールのかかとで思いきり踏みつけられた。手の甲には血が滲みはじめた。その耳元に、結衣の冷たくて残忍な声が響く。 「あんたの娘に、うちの兄に近づくなって言っておいて。もし彼女が私の兄に手を出そうものなら、私、絶対に許さないからな」咲良の母は慌てて頭を下げながら言った。 「お嬢様、咲良はそんなことしません。石井先生とは患者と医者の関係だけです。誤解です、本当に……」「そうであってほしいわね」結衣がさらに追い打ちをかけようとしたところ、背後から冷たく鋭い声が響いた。 「なにしてる？なぜ彼女を跪かせてるんだ」その声を聞いた瞬間、結衣は慌てて立ち上がり、誠健のもとへ駆け寄って腕を取った。 「違うの、私じゃないよ。おばさんが咲良のことでお礼したいって、自分から足を揉みたいって言ったの。私止めたのに……」誠健は眉をひそめて彼女を見つめた。 「本当か？」「誤魔化したりしないよ、お兄ちゃん。源さんに頼んで、お兄ちゃんの好きな料理用意してるの。一緒に食事するの久しぶりだし……」誠