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第822話

Author: 藤原 白乃介
誠健は黒のシルクパジャマ姿で、窓辺に斜めにもたれかかっていた。指先にはまだ燃え尽きていない煙草を挟み、もう片方の手にはワインのグラスを持ち、ゆるく揺らしている。

その姿はまるで遊び人のように気だるく、色気が漂っていた。

彼は知里に向かってグラスを軽く掲げ、口元に笑みを浮かべた。

知里は思わず睨みつけたが、くるりと背を向けて部屋に戻ろうとした――そのとき、スマホにメッセージが届いた。

【生姜茶は熱いうちに飲まないと意味ないよ。薬局で温活用の貼るカイロも買っておいたから、後で届けるね。寝る前に貼って】

すぐさま知里は返した。

【いらない。こっちにもあるし、もう寝る】

誠健:【宅急便で送ったよ。あと5分で届く。いい子だから、髪乾かしてから寝な。冷えたらお腹もっと痛くなるよ】

知里:【ほっといて】

誠健:【言うこと聞かないなら今から行って髪乾かしてやる。信じる?】

信じないわけがなかった。

このクソ男は遠慮も恥もない。やると言ったら本当にやる。

知里はすぐにグラスの生姜茶を飲み干し、ドライヤーを取り出して髪を乾かした。

誠健からすぐにメッセージが届いた。

【言うこと聞くさとっちは、もっと可愛い】

知里はそれを無視して、宅急便からの電話を受け、すぐに下に降りた。

外から戻ると、大森お爺さんが部屋から顔を出して言った。

「知里、さっき石井じいさんから電話があってな。明日、結衣を連れて謝りに来たいって」

知里は眉をひそめた。

「おじいちゃん、返事しちゃったの?」

「いや、ちゃんと君の意見聞いてからにしようと思ってな。君は俺の孫だ、当然君優先に決まってる」

「じゃあ来させて。こんなことでおじいちゃんと石井お爺さんの関係にヒビが入るのは嫌だから」

大森お爺さんはスマホに向かって言った。

「石井じいさん、聞こえたか?俺の孫娘、気が利くだろ」

石井お爺さんが笑いながら言った。

「そりゃそうだ、俺の孫嫁は小さい頃からしっかり者だ。安心しな、今回は絶対に知里が納得するようにする。絶対に無理はさせん」

「勝手に孫嫁にしないでくれる?もう俺たちには関係ない、お前の孫が自分の口で婚約解消したんだぞ。今回はお前の顔に免じて、チャンスを与えてるだけだからな」

「はいはい、わかってるよ。俺らも久しぶりだし、明日は久々に将棋でも一局やろうか」

「いい
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