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All Chapters of 永遠の毒薬: Chapter 261 - Chapter 270

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第261話

このように美咲を殺したら、彼女自身でさえ生きられなくなってしまうだろう! 祖母が亡くなったばかりだ。彼女はこの命できちんと祖母を見送らなければならない。 美咲との決着は、後でゆっくりつければいいだろう。 美咲は乃亜のお腹を見つめた。 平坦で、何の異常も見て取れなかった。 だが彼女は人を雇い、渡辺家系列の病院で乃亜が作成した妊婦健診の記録を調べていた。乃亜の妊娠時期は、彼女の妊娠時期とちょうど1ヶ月差だった。 あの頃、彼女は妊娠したばかりでつわりがひどく、凌央は毎晩遅くまで付き添っていた。あんなに遅く帰ったのに、二人はあんなことをしていたなんて! 凌央は乃亜が嫌いだと言っていた。自ら求めるはずがない。きっと乃亜が凌央を誘惑したに違いない! 二人がベッドで交わる姿を想像するだけで、嫉妬で狂いそうになった。 これまで何度も、彼女は凌央にアプローチをかけた。服まで脱いで誘ったのに、彼は微動だにしなかった。 最初は、信一が亡くなったばかりで遠慮しているのだと思っていた。その後も、彼女が世間の批判を浴びるのを恐れ、彼は離婚してから関係を持とうとしているに違いないと考え込んでいた。あんなに乃亜を嫌っているのだから、きっと肉体関係などないはずだと思い込んでいた。 なのに、実際には彼らは行為に及んだだけではなく、挙句の果てに乃亜は妊娠していた。 幸い、乃亜は妊娠したことを凌央に告げていなかった。だからこそ、今日こそ彼女の腹の中の罪の子を消し去れる! そして乃亜は凌央に言い出せず、泣き寝入りするしかない! ここまで思うと、美咲は突然足を振り上げて乃亜のお腹を蹴ろうとした。 乃亜はとっさに反応し、その蹴りをかわした。 美咲は勢い余って病床から転がり落ち、床に叩きつけられた。 美咲は怒りから金切り声を上げた。「乃亜!あなた、私をわざと転ばせて、流産させようとしたんでしょ!」そう言いだす前に、彼女はすでにこっそりスマホの録音を開始していた。 乃亜は考えた。もしさっきの一蹴りが当たっていたら、お腹の中の娘も息子も今頃は血の海に消えていただろう! 悪寒が走り、体が震えた。そして、頭に浮かんだのはただ一つ。美咲は自分の妊娠を知っているのだ! こっそり赤ん坊を殺そうとした
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第262話

紗希は乃亜の泣き声を聞き、胸が締めつけられるような思いだった。すぐに手を伸ばして彼女を抱き締めた。「乃亜……」慰めの言葉は喉元で詰まり、一言も出てこなかった。自分でさえこんなに苦しいのに、乃亜はその千倍も万倍も苦しんでいるだろう。それはいったいどれほどの痛みだろうか!彼女がかけようとしたどんな言葉も無力に思えた!傍らで職員が困り顔で言った。「お二人、ご遺体を霊安室へお運びしなければなりませんので、長くここに留まることはできないんです!」彼らは数多くの遺族を見てきた。中には悲しみに暮れる人もいれば、無表情な人もいた。だが目の前のこのお嬢さんの泣き方は、とりわけ人の心を揺さぶり見ているだけで胸が苦しくなるものだった。彼らはもう少し時間をあげたいと思ったが、規則だから仕方がなかった。乃亜は手を上げてそっと涙を拭った。そうすれば、おばあちゃんの顔をもっとはっきりと見られる。ゆっくりと手を伸ばし、そっと、ぱっちりと見開かれた祖母の目を閉じた。そして優しく囁くように声をかけた。「おばあちゃん、安心して大丈夫よ。この恨みは、私が晴らしてあげるから!」ほんの少し前まで、祖母の目は鈴のように大きく見開かれていた。彼女は未練を抱えたまま死んだのだ。彼女は考えずにはいられなかった。最期の瞬間、祖母はきっとこう思っていたのだろう。自分が育てた孫娘が、どうしてここまで愚かな恋愛脳になってしまったのか?男のためにここまで貶められても、まだそばにいようとするなんて。それとも、育てた孫娘がここまで侮辱されても反撃すらしないなんて、臆病なのか、それとも馬鹿なのか!そう思っていたのかもしれない。何を考えていたにせよ、おばあちゃんの死は全て彼女のせいだった。間接的にとはいえ、彼女がおばあちゃんを死に追いやったのだ!彼女は罪人だ!彼女は一生、自分を許すことはできない!紗希は胸が引き裂かれるような痛みを感じ、乃亜の傍らで涙を流していた。彼女はかつての自分を思い出していた。大切な人たちが次々と去って行ったあの日々を。彼女はこんな生死の別れは、もう何度も経験してきた。傍らの職員は乃亜の様子を見て、鼻の奥がツンとなった。先ほどまでは、悲痛なほど泣き叫んでいたが、今は涙を堪え、強がっている様子がかえって彼女の深い絶望を表
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第263話

紗希は慌てて乃亜を支えながら、「乃亜……」と小さく言った。いったい誰からの電話で、何を言われたというのか!どうして乃亜はこんなにも深く傷ついたような表情をしているのか。「美咲が、私が彼女の子供を殺そうとしたって言ったの?」感情を整えたあと、乃亜は一語一語かみしめるように問いかけた。「それなら、私がどうして彼女を訪ねたのか、あなたは知っている?」「そんな理由なんてどうでもいい!大事なのは彼女のお腹の子がもういないことだ!今も手術中なんだぞ!乃亜、美咲に何かあれば、お前にも死んでもらう!」凌央の声には殺気が込められていた。美咲は病院で静養していた。そこへ乃亜が押しかけ、彼女を地面に突き倒し、腹を蹴って流産させたのだ。何より重要なのは、美咲が身ごもっていたのは信一の子だということだ。祖父は美咲を嫌ってはいても、この子の誕生を心待ちにしていた。何しろ、それは亡き信一の子だ!そして唯一彼の血を引く子どもだったのだ。そんな子どもがいなくなった今、彼は家族にどう説明すればいい?これはすべて乃亜が引き起こしたことだ。「私に電話してきたのは、美咲の正義を主張するため?」乃亜は逆に笑みを浮かべた。「凌央、あなたの心には永遠に美咲しかいないのね?」「美咲と俺の間にはなにもない!くだらぬ妄想を言うな!」凌央は怒鳴り返した。乃亜はいつも過ちを犯すと、他人のせいにする。今まで自分が悪かったと反省したためしがない。凌央は本気で怒っていた。「美咲が私のおばあちゃんを殺したのよ!彼女が子供を失ったのは自業自得!」乃亜は恨みに満ちた声で、歯を食いしばるように言い放った。そもそも美咲の流産がどうしたかなんて、彼女にはどうでもいいことだった。どうせ証拠があったとしても、凌央が彼女を信じてくれるはずがないのだから!「自分の罪から逃れるためなら、死んだ祖母まで利用するのか!乃亜、3年経ってもお前は相変わらず嘘つきだな!」凌央の言葉はきつく、乃亜は胸は締めつけられるほど痛んだ。本当の嘘つきは美咲なのに!なのに凌央は乃亜を責める。幸い、美咲に会いに行く前に、看護師にかけあって動画を撮らせていた。いつかこの映像を凌央の顔に叩きつけて、美咲の醜い本性を見せてやろう!「図星だから黙り込んだのか?乃
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第264話

乃亜が目を覚ますと、病院のベッドの上だった。消毒液の匂いが鼻をつんと刺した。紗希は彼女が起きたのを見て、安堵のため息をついた。「乃亜、気分はどう?大丈夫?」乃亜は首を振った。「平気よ」すぐに布団を払いのけ、ベッドから降りようとした。「もう少し休みなよ」紗希は彼女の腕を掴んだ。「最後におばあちゃんに会いに行くの。夜が明けたら、おばあちゃんは灰になって、小さな壺の中に入れられてしまうわ。そうしたらもう二度と顔を見られないんだから」乃亜の声は異常なほど平静で、悲しみも喜びも感じられなかった。紗希はかえって心配になった。祖母の死に、乃亜は冷静すぎるようだった。彼女は乃亜が最初のように号泣して、心の苦しみや痛みをぶちまけてくれた方がまだましだと思った。こんな風にすべてを心の中に閉じ込めてしまうのは望ましくはなかった。溜め込みすぎれば、いつか耐えきれずに崩れてしまうものだ。「乃亜、こんな夜中に行かないで。あなたは妊婦なんだから、体が持たないわ!」陰の気が強い霊安室のような場所は妊婦の体に悪いと、彼女は本当は言いたかった。でも、結局口にできなかった。あれは乃亜の祖母だ。この世界で彼女に一番優しくしてくれた人だった。今その祖母が逝ってしまった。最後の別れに行きたいという彼女を、紗希がどうして止められようか。「大丈夫よ、ちょっとだけだから」乃亜はすでにベッドから降り、立ち上がっていた。紗希は急いで上着を取ってきて彼女に羽織らせた。「厚着して、冷えないようにね」乃亜は紗希を抱きしめ、小声で言った。「紗希、ありがとう!」紗希がそばにいてくれたおかげで、倒れずにいられた。「そんな他人行儀なこと言わないでよ!」紗希はふくれっ面をしたが、心の中は苦しかった。祖母の死に加え、凌央の態度。かなり深く傷ついているだろうに、彼女は平静を装っていた。彼女はどれほどの苦しみを胸に秘めているのだろうか。「今から行ってくる。おばあちゃんの葬儀が終わったらスタジオに行くわ!」「スタジオなんてどうでもいいわ!まず自分のことを済ませて」こんな時にどうしてスタジオのことなんか考えるんだろう、本当に馬鹿な子。乃亜は彼女から離れ、振り返らずに歩き出した。紗希は彼女をエレベーターまで見送った。
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第265話

霊安室を出た乃亜悲しみを抑え、冷静に祖母の葬儀手配を始めた。独りきりでいる者に、悲しむ資格なんてない!葬儀場の準備が整うとすぐ、幸恵から電話がかかってきた。乃亜は住所を伝え、準備に取り掛かった。続けて祖母の故郷の親戚にも連絡を取った。祖母は病院で孤独な日々を過ごしていたが、彼女は祖母にせめて最期は多くの人に見送られてほしかった。間もなく幸恵が隆と恵美を連れて到着した。しかし、彼らが最初にしたことは亡くなった祖母への弔問ではなく、真っ先に乃亜に詰め寄ることだった。乃亜が口を開こうとした瞬間、幸恵は手を振り上げ、彼女の頬を平手打ちした。「あんたは祖母の財産目当てで、何年も祖母を閉じ込めておきながら、今死んでから形ばかりの最期の葬儀を開くのね!乃亜、すぐに祖母の遺産をよこしない!さもないと訴えてやるわ!」弔問に訪れていた人々はこの光景に驚愕した。実の娘が母親に線香一本あげもせず、口を開いたと思えば、すぐに遺産の話とは。まったく呆れた話だ。乃亜は頬を押さえ、鋭い視線で幸恵を睨みつけた。「そうね、考えるべきだったわ。あなたのような人間に良心などないのよ。心なんて最初から持ち合わせていない!呼ぶんじゃなかったわ!」彼女はただただ悲しみに打ちひしがれた。こんな母親などありえるものか!もし祖母がこんな娘をずっと気にかけていたわけじゃなかったら、彼女だって電話などかけなかった。「呼ばなかったら、遺産を独り占めするつもりだったんでしょう!」幸恵は再び手を振り上げたが、今度は乃亜が彼女の手首を掴んだ。「あなたを呼んだのは、好き勝手させるためじゃないわ!祖母に頭を下げ、詫びてもらうためよ!生きている間にろくに面倒も見ずにいたじゃない。せめて死後にでも謝罪しなさいよ!」乃亜より背の低い幸恵は手を掴まれたまま、乃亜を見上げるしかなかった。「まずあのばあさんの遺産をよこしない。そうしたら頭を下げるわ。そうじゃないなら、夢にも思うんじゃないわよ!」幸恵の厚顔無恥な態度に、乃亜は胸が締めつけられる思いだった。どうして彼女の母親はこんな人間なのだ!恵美は野次馬のように場を見つめる観衆の目に気づくと、さっさと菜々子に線香をあげ、赤くなった目をしながら乃亜に近づいた。「おばあちゃんはこの前まで元気だったのに、今日突
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第266話

「喪に服すと言うのなら、霊前にひざまずいて泣くべきだ。島田、幸恵さんを霊前に連れて行き、跪かせなさい」突然響いた声に、乃亜は驚いて顔を上げた。少し離れた場所に立つ拓海の姿が目に入った。穏やかな雰囲気に包まれ、顔に浮かんだ淡い笑みは、あらゆる心の傷を癒すかのようだった。この瞬間、彼女は思わず幼い頃を思い出した。家で殴られ罵られるたびに、拓海は優しく彼女を慰めてくれたものだ。彼女の気分はいつもすぐに良くなった。長い年月が過ぎた今でも、彼の出現が依然として彼女の心を安らげることに驚いた。幸恵は無理やり菜々子の霊前に引きずられ、跪かされた。拡大された遺影の目が鋭く光っているように見え、思わずそれを見た幸恵は恐怖で泣くことさえ忘れた。死んだ老婆になっても、まだこんなところで彼女を脅かすとは!幸恵に駆け寄ろうとした紗希はこの光景を見て、静かに元の位置に戻った。手を貸してくれる人がいるなら、それに越したことはない。拓海を見た恵美は、すぐに笑顔を作って彼に向かい、甘えた声で言った。「拓海、仕事が忙しくて来られないって言ってたじゃない?どうして来たの?」彼女はわざとそう言った。周囲の好奇の目を拓海に集めようとしたのだ。久遠家が一夜にして破産して以来、一家は一文無しの状態だった。幸い、幸恵は逃げる際に幾つかの衣類と宝石類、バッグを持ち出し、それを売り払って何とかホテルに滞在できていた。だが、それらは彼らの全財産だった。収入のない一家では、すぐに底をついてしまう。だからこそ今日、乃亜に遺産を要求しに来たのだ。しかし今、拓海が突然現れた。彼女はもう死んだ老婆の遺産などどうでもよくなった。まずは拓海にすがりつく方が先だ。彼女が田中夫人になれば、余生は金に困ることはないだろう。隆も利害を天秤にかけたあと、急ぎ足で拓海の前に歩みだした。両手を擦り合わせながら、にやにや笑って言った。「おお、婿の拓海さん!」元々、両家には婚約があった。他人がどう思おうと構わない!彼にとって今最も重要なのは金を手に入れることだ。金がなければ、どうして息子を養えるというのか!拓海は穏やかな眼差しで二人の顔を見渡し、軽く笑った。「田中家が久遠家に10億円を支払って婚約を解消したと記憶していますが、久遠さんが公の場で私を婿と呼ぶのはいか
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第267話

拓海は乃亜が幼い頃から見守ってきたのだ。彼女の性格を知らないはずがなかった。蓮見おじい様は彼女をあんなに可愛がっていたのに、連絡していないとは。これは明らかに、凌央との間で何かあったに違いない。そう推測はしたが、乃亜が自ら語らない以上、彼は深く追及しなかった。「昨夜は一睡もしていないだろう?目が真っ赤だ。少し休むといい」凌央は嫁をもらっておきながら、大切にしない。腹立たしくて、彼は一発ぶん殴ってやりたい気分だった。「眠くない。休みもいらないわ」乃亜は頑として譲らなかった。これは祖母と過ごせる最後の時間なのだ。彼女は離れたくなかった。拓海は彼女を説得できず、ただ傍らに立って見守るしかなかった。これで、万が一彼女が倒れても、すぐ彼が病院に運べる。恵美は、拓海が乃亜に優しく話しかける様子を見て、殺意すら覚えた。この男はあと少しで彼女のものだった。隆は二人が並ぶ姿を見ながら、心中で計算を始めた。恵美はもう駄目だ。今は乃亜に頼るしかない!幸恵は乃亜を引き裂いてしまいたいほど憎かった。凌央一人で久遠家を破産させたというのに、今度は拓海だ。二人がかりなら、彼らを永遠に這い上がれなくさせるだろう。乃亜の小娘、とんでもない腕前だ。残念なことに、昔から彼らと心が通っていなかった。さもなければ、こんな惨めな境遇に陥ることもなかったのに。乃亜はこの三人の心中など知る由もなかった。拓海がすぐに彼らを追い出したからだ。久遠家の者たちが去ると、人々は陰で噂し始めた。「拓海さんと久遠家の婚約はいつ解消されたんだ?どうして発表されていないんだろう!」「久遠家が一夜にして桜華市から消え失せ、今では最安値のホテルに住むさまだ。田中家どころか、僕だってこんな縁談続けられない!厄介ごとを背負い込むようなものだぞ!」「でも拓海さんと久遠家のお姉さんはまだ関係が良いようだな」「言われてみれば、これが久遠家のお姉さんだったことを忘れていた。この数年、久遠社長が連れ回していたのはいつもあの小娘で、田中家との婚約をいつも威張り散らしていたくせに、落ちぶれた今でもこんな態度だなんて……なんて厚かましいんだ!」周囲の噂を耳にしながら、乃亜は思い出した。恵美が戻ってきた後、両親が自分を見る目はまるでゴミを見るようだった。
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第268話

紗希の視線がちょうど入口に向いていたため、銀髪の祖父が外から入ってくるのが一目で見えた。そして急いで乃亜に声をかけた。「乃亜、おじい様が来たわよ」乃亜は一瞬きょとんとしたが、ゆっくりと振り返った。祖父は杖をつきながら、大きな歩幅で彼女に向かってきた。「乃亜、こんな大きな出来事をどうして私に知らせなかったんだ!」祖父は彼女の憔悴しきった姿を見て、胸が痛んだ。 なんて馬鹿な子だ。 一人で背負い込むだなんて。乃亜は立ち上がろうとしたが、膝の痛みがひどくて立てず、跪いたままになった。「おじい様、どうして来てくださったのですか?」彼女が蓮見家に連絡しなかったのは、凌央にこのことを知られたくなかったからだ。 凌央の心中では、彼女はすでに祖母の死を利用して責任逃れする卑怯者というレッテルを貼られている。ならば、そのイメージ通りに振る舞えばいい。「一日中連絡が取れず、携帯の電源もついていない。心配になって調べさせたら、君の祖母が亡くなったとわかった。乃亜、あのバカ息子の凌央には失望したのもわかるが、彼は彼、私は私だ。私まで隠すことはないだろう!」祖父は葬儀場を見回し、乃亜が一人で忙しく立ち働く姿を想像すると、やりきれない思いになった。そしてまた、すべては凌央のあの愚か者のせいだ!凌央のことを考えると、祖父は腹立たしさでいっぱいになった。 乃亜と連絡が取れないだけでなく、彼とも連絡がつかなかった。 故意に姿をくらましているのか、何かあったのか、まだわからなかった。真相がわかったら、彼はあの愚か者に厳しくあたってやる!「忙しすぎて、その後携帯の電源も切れたままでした。うっかりしていました」乃亜の声には疲労の色が濃くにじんでいた。「おじい様、運転手の方と来られたのですか?」 彼女はもちろん、祖父には本当の理由である、凌央に知られたくないということは話さなかった。祖父は乃亜の充血した目と青白い顔色を見て、胸が苦しくなった。「人を連れてきたから、他のことは任せておけ。私はここで一緒にいてやる」 もし凌央がもう少し彼女を大切にしていれば、こんな大事な時に頼れる人がいないなんてことにはならなかったのに。「おじい様、結構です。先にお帰りください。蓮見家の方々も一緒に連れて帰ってくだ
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第269話

彼はただ、祖父にこれ以上凌央のことに干渉しないよう説得したかった。彼のような男が、他人の敷いたレールの上を歩くはずがなかった。蓮見祖父の表情が曇った。「乃亜がこの三年間で受けたすべての不当な扱いは、全てこの私のせいだ!とっくにわかっていたのに、現実から目を背けていた!もういい!勝手にさせよう!もし乃亜が離婚を申し出ても、それはあいつの自業自得だ!」三日後、菜々子を火葬する日。空は霧雨で曇っていた。乃亜は黒い服に身を包み、傘をさして墓石の前に立っていた。相変わらず淡々とした表情で、悲しみも喜びも見せなかった。まるで祖母が永遠に去ったのではなく、どこかへ旅行に行って、いつか帰ってくるかのようだった。紗希は彼女のそばに立ち、胸を痛めていた。三日間、乃亜が眠ったのは合わせて二時間ほどだけだった。しかし彼女が一番心配していたのは、眠らないことではなく、この三日間、涙も見せず、騒ぎもせず、異常なほど静かな乃亜の姿だった。彼女は乃亜が思い詰めてしまうのではないかと恐れていた。拓海が近づき、紗希と視線を交わすと、小声で言った。「乃亜、おばあちゃんも安らかに眠られたことだし、僕が君を家に送るよ」この三日間、どれだけ休息を勧めても聞き入れられず、ただただ日々彼女が憔悴していくのを見守るしかなかった。今はせめて火葬が終わったのだから、早く彼女を帰らせて、寝かせなければ。乃亜は軽く首を傾げ、雨音にかき消されそうな声で言った。「あなたと紗希は先に帰って。私はもう少しここにおばあちゃんといたいの」「でも、あなたはもう三日間も休んでいないわ!このままでは体がもたないわよ!」紗希は声を震わせ、目頭を赤くしていた。この三日間、乃亜の姿を見て、彼女はどれだけ人目を忍んで泣いたことだろうか。本当に胸が苦しくなるほど切なかった。「紗希、心配してくれるのはわかる。でも、本当に大丈夫だから。先に帰ってちょうだい。おばあちゃんと少し話したら、私も帰るから」今回が最後の別れだ。彼女はこれでもう二度と祖母に会えない。紗希はまだ何か言おうとしたが、拓海が彼女に向って軽く首を振り、「行こう!」と促した。紗希は乃亜を強く抱きしめ、仕方なく拓海と共にその場を去った。二人の姿が見えなくなると、乃亜は傘を投げ捨て、墓石の
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第270話

紗希は慌てて手を引っ込め、振り返ると男の陰鬱な瞳と視線が合った。ここ数日彼の電話に出ていなかったことを思い出し、紗希の胸が騒いだ。この男、まさかここで何かするつもりか?拓海がすぐそこにいるのに……直人は紗希の青ざめた顔を見て、怒りが爆発しそうになった。彼を見てそんなに怯えると言うことは、彼女にとって彼はそれほどまでに恐ろしい存在だと言うことなのだろうか?紗希は男から放たれる冷気を感じ、次の瞬間に怒りが爆発するのを恐れ、急いで彼の前に進み出ると、満面の笑みで尋ねた。「どうしてここに?」「ここは渡辺家の病院だ。視察に来たんだ。なにか問題か?」男の声はとげとげしく、明らかに不機嫌だった。紗希は躊躇いながら、恐る恐る彼を引っ張り、小さく言った。「今夜私が手料理を作るから、食べに来ない?」直人が事前に手配していたため、乃亜の妊娠情報は漏れないよう厳重に管理されていた。だからこそ紗希は乃亜をこの病院に連れてきたのだが、まさか直人と遭遇するとは思ってもみなかった。ただただ驚いた。「夜はミシュランのシェフが料理を作ってくれる。お前に調理師免許でもあるのか? 俺に料理を出す資格などないだろう」直人は嘲笑うように言い放った。この数日、彼女は彼からの電話に出ず、メッセージも無視していた。ビデオ通話でさえも無視だった。彼は腹立たしくて仕方なかった。たかが手料理で機嫌を取れると思うなんて、ありえないだろう!「ならいいわ!」紗希は少し気まずそうで、顔色は真っ青だった。彼女はへりくだれば許してくれると思ったのに、こんな酷い言葉を返されるとは。確かに彼女の腕はプロのシェフほどではないが、自分の料理には自信があった。彼にそんな言葉を浴びせられて、彼女は恥ずかしさを覚えた。一方、拓海は直人の出現に一瞬たじろいだ。紗希と直人の関係は、一目で異常だと見て取れた。乃亜は知っているのか? もし彼女が知らないなら、彼は伝えるべきなのか?直人は桜華市でも有名なやり手で、簡単に敵に回していい相手ではない。彼と関わることが果たして幸か不幸かはわからない。直人は紗希の困惑した表情を見て、拓海の前で彼と自分の関係を隠したいのだと誤解した。彼女がそこまで拓海を気にすると考えただけで腹立たしさが込み上げ
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