All Chapters of 離婚は無効だ!もう一度、君を手に入れたい: Chapter 1061 - Chapter 1070

1099 Chapters

第1061話

九条津帆は車を走らせた。しかし、九条美緒との関係が、この瞬間から崩れ始めたなんて、彼は気づいていなかった。その後、彼の事業は父の九条時也を超えるほどに成功した。でも、自分を犠牲にしてまで6年も待っていてくれた九条美緒は、もうどこにもいなかった。彼はゆっくりと、少しずつ彼女を失っていったのだ。......九条津帆は車で会社へ向かった。会議室には、すでに人が集まっていた。九条家の長男である彼の機嫌が悪いことは、誰が見てもあきらかだ。整った顔は不機嫌にこわばり、会議を仕切る時も相手企業の担当者にとても厳しくあたった。その相手とは、中野明美だった。九条津帆の機嫌を損ねることができるのは、九条美緒くらいだろうと中野明美は考えた。いつもは女性に冷たい九条津帆が、九条美緒の前では信じられないくらい優しい。中野明美はそれが気に入らなかったけど、大したことじゃないと思っていた。九条津帆みたいな男が、一人の女にいつまでも我慢できるわけがない。会議は終了した。いくつか細かい点の打ち合わせが残っていた。中野明美はとても美しく、スタイルも抜群だった。彼女は自分の魅力をよくわかっている。だから九条津帆と話すときは、わざとシャツのボタンを二つ開け、少し屈んで胸元をちらりと見せるのだ。仕事の話が終わると、彼女は細い指でそっとテーブルをなぞった。その表情は、とても色っぽい。「ケンカでもしたんですか?津帆さん、私と組んだ方がいいですよ......数年後、あなたに後継ぎができたら、離婚して好きな女性と一緒になれますから」九条津帆はゆっくりと立ち上がり、中野明美を見下ろした。彼は品定めするような視線で、そのセクシーな胸元を見つめた。口元には皮肉な笑みを浮かべている。「中野社長、まだ昼間ですよ。夢を見るには早すぎます。それから......次から交渉の場では、もっとちゃんとした格好で来てください。九条グループは、そういうお店じゃありませんから」中野明美は、恥ずかしさと怒りで顔を赤らめた。ここまで誘っているのに、彼がまったくの無反応だなんて。まさか、九条美緒の方が自分よりスタイルが良いなんてありえない。あんな青臭い小娘、いったいどこが良いのかしら。彼女は悔しくてたまらなかった。九条津帆がドアまで歩いていくと、中野明美は唇を噛みし
Read more

第1062話

九条津帆は部屋を出て、車のドアを開け、乗り込んだ。彼は花束を助手席に投げ捨てると、スマホのアプリを開いて、すぐに九条美緒の居場所を特定した。雲間レストラン。高級洋食レストランだ。彼は軽く鼻で笑うと、アクセルを踏み込み、黒い高級車は九条家の別荘を飛び出し、都心部へと向かった......九条時也が追いかけて出てきたけど、見えたのは走り去る車の後ろ姿だけだった。彼は腰に手を当て、タバコに火をつけながら呟いた。「昨夜はあんなに素っ気ない態度だったくせに、今度は大慌てじゃないか......まったく、誰に似たんだか、この気性は」九条時也はタバコを二口ほど吸って、すぐに火を消した。妻がいないと、タバコの味気ない。......30分後、黒い高級車はレストランの前に停まった。車のフロントは、レストランのほうを向いている。フロントガラス越しに、九条津帆の母親と九条美緒が、大川夫人と三十歳手前の男性と向かい合って座っているのが見えた。食事をしながら楽しそうにおしゃべりをしていて、雰囲気はかなりよさそうだ。時々、九条美緒はうっすらと微笑んでいる。九条美緒が特別におしゃれをしているのがわかった。真っ白なシルクのブラウスに、クリーム色のマーメイドスカートを合わせている。つややかな黒髪が肩までまっすぐ伸びていて、顔立ちも整っていた。その姿は、男心をくすぐる清純さと色っぽさをあわせ持っている。向かいの男は、九条美緒の顔に釘付けになっている。九条津帆は無表情で、ドアを開けて車から降りた——今この瞬間、彼は本気で人を殺したいと思った。レストランの中では、やさしい音楽が流れていた。客たちの話し声もひそやかで、たしかにとても上品な雰囲気だ。そんな場所に、黒いスーツ姿の九条津帆がテーブルの前に現れた。先に彼に気づいた大川夫人が、とても驚いた顔で言った。「津帆、どうしてここに?」九条美緒以外、全員が九条津帆を見ている。九条美緒はスープを飲んでいたが、よく見ると、スプーンを持つ手が少し震えている......九条津帆は九条美緒の隣の席を引き、ネクタイを直しながら座った。彼は平然とした顔で言った。「父が心配してるので、母と妹を迎えに来たんだ」彼は「妹」という言葉を、まったく自然に口にした。片腕を九条美緒の椅子の背
Read more

第1063話

真夜中、九条美緒はいつの間にか眠りに落ちていた。目が覚めると、体が熱い。そこにいるはずのない男がベッドで九条美緒を抱き寄せていた。目を開けると、男は暗闇の中で彼女を見つめている。嵐の前の静けさのような声で、彼は尋ねた。「どうしてお見合いに行ったんだ?」九条美緒はしばらく彼を見つめた――疲れ果て、うんざりしていた彼女は、目を閉じて聞き返した。「あなたがいいなら、私はだめなの?」その言葉を聞いて、九条津帆はベッドから離れた。今日は彼も、とても疲れていた。それでも、九条美緒に会うためにレストランへ行き、彼女のお見合いの件を解決しようと、夜中まで待っていた。なのに彼女は、「あなたがいいなら、私はだめなの?」と聞き返すだけ......九条津帆は窓辺まで歩いて行った。窓の隙間から夜風が吹き込んできたが、彼の心の炎を鎮めることはできなかった。九条津帆は眉間を軽く揉んだ。しばらくして、彼は呟いた。「美緒、俺たちは一生一緒にいると約束したはずだ」九条美緒はベッドのヘッドボードに寄りかかり、膝を抱えていた。彼女は彼の言葉を何度も噛み締めた。一生一緒に......九条美緒はぼんやりとしていたが、やがて静かに笑った。「もしかしたら、最初から全部間違いで、約束なんてなかったのかもしれない。あの頃のあなたは責任の意味が分かっていなかったし、私も約束の意味を理解していなかった。私たちはただなんとなく一緒にいたんだ。6年よ!津帆、私は19歳からあなたと一緒にいたの。女の青春時代はどれくらいあると思う?もし、もう一度6年経ったら、私は30歳を超えているわ。あなたはいつも一生一緒にいると言い、結婚はしたくないと言う。でも、この6年間、あなたは私に何が必要なのか、結婚願望があるのかどうか、一度でも聞いてくれたの?もしかしたら、私も結婚して子供を産みたいと思っていたかもしれないのに!私たちの子供はちょっとくらいバカでもいい。それでも私は私たちの子供を愛するわ」......言い終えると、九条美緒の声は震え、泣きそうになった。彼女は九条津帆を責めてはいなかった。ただ一度だけ、最後に自分の気持ちを、何を望んでいるのかを伝えようとしたのだ。もし、彼が自分のことを少しでも想っていたら、きっぱりと拒絶したり、彼女の
Read more

第1064話

「そうじゃないの?」九条美緒は目を見開いた。彼女の瞳の奥には、悲しみと恐怖が浮かんでいた。悲しみは、ついに終わりを迎えたから。そして、恐怖は、九条津帆なしで生きていけるのかという不安からだった。それでも、きっと一人で生きていける、九条美緒はそう思っていた。学校にはちゃんと通えなかったけど、絵を描いてお金を稼ぐことはできる。それに、英語とフランス語だって話せるんだから......九条津帆がいなくても、きっと自分の力で生きて行けるはず、と九条美緒はそう思っていた。九条美緒は顔を上げ、6年間愛した男を見つめ、もう一度言った。「津帆、別れよう」九条津帆は彼女を見下ろしていた――その時、ドアをノックする音がした。外から水谷苑の声が聞こえる。「津帆、開けて。お母さんよ」薄暗い部屋の中で、九条津帆と九条美緒は目を見合わせた。二人は驚愕した。ここは九条美緒の寝室なのに、水谷苑は九条津帆の名前を呼んだのだ。九条美緒は震える唇で呟いた。「お母さんは、知ってるの......」今となっては、喧嘩も、傷つけ合ったことも、どうでもよかった。残ったのは、見つかったという動揺だけだった。九条津帆は真剣な眼差しで彼女を見つめた。乱れた服を直してやりながら、耳元で優しく囁いた。「俺たちが一緒にいると決めた日から、この日が来ることは分かっていた。早いか遅いかの違いだけだ。だから、怖がらないで」......水谷苑は落ち着いた様子で入ってきた。養女の寝室は、ベッドが乱れていて、かすかに男性の香りが漂っていた。九条津帆のスーツの上着がソファに無造作に掛けられているのが、二人のただならぬ関係を物語っていた。九条美緒は白いシルクのパジャマを着て、ベッドの端に腰掛けていた。九条津帆は自分の上着を拾い上げ、彼女の肩にかけた。そのまま手を離さずに、母親に告げた。「俺と美緒は、6年前から付き合っている」水谷苑は二人を見つめた。愛する二人の子供を見つめた。彼女は何も言わず、窓辺に立ち、外の月を眺めた――月は西に傾いていた。様々な思い出、懐かしい顔が蘇ってきた。香市の河野夫婦、そして、佐藤家との繋がり。本当は、九条津帆と九条美緒が恋愛関係になることは望んでいなかった。二人には、家族でいて欲しかったのだ――家族な
Read more

第1065話

九条津帆はまだ会社で会議をしている。九条美緒は一人で二階の寝室で荷造りをしていた。ここ数年、二人は香市で暮らしていたので、荷物はかなり多かった。身の回りの物だけでも、大きなスーツケースが6つにもなった。最後の白いシャツを畳みながら、九条美緒はそれをそっと撫でた。本当は九条津帆と一緒に帰りたかった。しかし、まだ描きかけの絵が2枚残っている。年末までには完成できるだろうから、それが終わったら彼にサプライズで会いに行こう、九条美緒はそう思っていた。彼女はスーツケースを閉めて、小さく息を吐いた。立ち上がると、がっしりとした腕に抱きしめられた。男の熱い吐息が耳の後ろに感じられ、低い声で囁かれた。「フライトが変更になった。今夜、シンポジウムの司会で戻らなきゃならないんだ......九時の便だから、一回する時間はある」九条美緒はベッドの端に押し付けられ、バランスを崩しそうになり、九条津帆の腕をつかんだ。服が一枚一枚脱がされていく。彼の勢いに押され、九条美緒は途切れ途切れの声で尋ねた。「どうして急に......予定が変わったの?」九条津帆は何も答えず、九条美緒の体を持ち上げ、彼女の小さな顔をじっと見つめながら、激しく求め始めた。大きなベッドが、軋む音を立てた。顔が赤くなり、胸が高鳴るような光景だ。九条津帆には、独特の好みがあった。黒いシーツを敷き、九条美緒の白い肌が濃い色の布の上で横たわるのを見るのが好きだった。その視覚的な刺激だけで、十分に興奮するようだった。彼の性欲は、一般の男よりもずっと強かった。一回だけでは飽き足らず、一度終わった後も、少し休んですぐにまた始めた......シルクのベッドシーツは、ぐちゃぐちゃになっていた。ようやく終わった頃には、九条美緒はベッドに倒れ込み、荒い息を繰り返していた。全身がまだ興奮の余韻に包まれているというのに、男は既にスッキリとした様子で、素早くズボンのチャックを上げ、ネクタイを直し、あっという間に身支度を整えていた。九条美緒は体を起こして言った。「一緒にご飯を食べよう」しかし、九条津帆は彼女を引き留めた。彼は身をかがめて九条美緒の唇にキスをし、大きな手で彼女を掴みながら、優しい声で言った。「時間がないんだ。機内で食べるよ。後で使用人に食事を運ばせるから......ゆっくり休んで
Read more

第1066話

女優はバスルームをちらりと見た。彼女は噂を聞いていた。九条津帆は九条家の養女と密かに付き合っているという。ということは、さっき彼女を拒絶したのは、この女のためだったのか?女優は負けず嫌いだった。彼女は電話に出ると、わざと色っぽい声で言った。「津帆をお探し?彼、今シャワー中ですよ」香市。九条美緒は真っ白なカーペットの上に座っていた。後ろには、彼女が丹精込めて飾り付けたクリスマスツリー。色とりどりのライトがきらめいて、九条美緒の顔を青白く映し出した。電話の向こうの甘ったるい声を聞きながら、さっきまで九条津帆とこの女の人が何をしていたのか、想像したくもなかった。九条津帆が香市を離れる時、クリスマスプレゼントをくれると言ったのに、くれなかった。毎日連絡をくれると言ったのに、それもなかった。彼女は彼の仕事が大変なのを理解し、文句一つ言わなかった。香市で毎日絵を描き、年末に彼と再会できる日を待ちわびていたのに......なのに九条津帆は、女と遊んでいた。九条美緒は何も答えなかった。電話を切ると、静かにそこに座り、港から聞こえてくる汽笛の音を聞いていた。彼女の顔からは、一切の表情が消えていた。彼女は、九条津帆との未来を考えていた。二人に、まだ未来はあるのだろうか、と。2分ほど経って、九条津帆の電話がかかってきた。相変わらずクールで気品のある声だった。「今夜は飲みすぎた。あの女は、クライアントが連れてきたんだ。遊び相手にもならない。大げさに騒ぐな。美緒、俺はプレッシャーが大きいんだ」......九条美緒の表情は凍りついた。しばらくして、九条津帆は何かに気づいたのか、少し優しい口調になった。「怒ってるのか?」九条美緒は薄く笑った。彼女は顔を上げ、港の光りをみつめながら、静かに言った。「大変なのは分かってる。だから、女遊びでストレスを発散すればいい。どうせ遊び相手なんでしょ」そう言うと、彼女は電話を切った。夜風が窓を開け、冷たい風が吹き込んできた。しかし、九条美緒は何も感じなかった。彼女は両手で自分のひざを強く抱きしめて、ただぼうぜんと座っていた......九条美緒は九条津帆の言葉を信じていた。ただの酔った勢いの出来事で、誤解だと。あの女と何もなかったと。本当に彼女が気にしているのは
Read more

第1067話

長いこと求められていなかった男の人は、激しく乱暴だった。九条美緒は、声が枯れてしまうほど喘ぎつづけた。......空が白み始めた頃、九条津帆は香市を去った。午前9時、彼からラインが来た。【会社に着いた。会議があるから、ゆっくり休んでて】というメッセージだった。その気遣いは、まるで優しい恋人のように見えた。九条美緒はベッドのヘッドボードに寄りかかった。寝室の大きな窓から見える景色は、緑が生い茂っていた。一年中温暖な香市と違って、B市は今日雪が降るだろう。でも九条津帆はきっと、そんなことを気にする暇もない。仕事のことで頭がいっぱいで、季節の移り変わりを楽しむ余裕なんてない。彼にとって興味があるのは、財務諸表の冷たい数字だけだ。一度身体を重ねただけでは、問題は解決しない。二人の間には、大きな溝がある。自分は九条津帆には合わない。彼もきっとそう思っている。だから彼は会社のことは何も話さないし、仕事の面白い話もしない。ただベッドを共にし、男としての欲求を満たすだけだ。九条津帆と自分の関係の結末を、九条美緒は分かっていた。それでも、あがいてみようと思った。B市に戻れば何かが変わるかもしれない。彼が九条グループを継げば、忙しくなくなるだろうし、二人の間に共通の話題もできるかもしれない。彼女は昼夜を問わず絵を描き続けた。年の瀬のある日、微熱を押して最後の絵を描き上げ、ギャラリーに納品して契約を終えた。その日の夕方、彼女はB市行きの飛行機に乗った。空港のロビー。九条美緒は九条津帆に電話をかけた。彼女は優しい声で言った。「空港に着いたんだけど、迎えに来てくれる?無理なら家の運転手に頼むわ」九条津帆は、重要な商談をまとめるため、接待をしていた。九条美緒がくると聞いて、彼は驚き、そして嬉しかった。運転手に頼むべきだったが、どうしても彼女に会いたかった。そこで九条津帆は言った。「今、会議中なんだ。先に車を回すから、こっちに来てくれないか?終わったら一緒に夜食を食べよう」一ヶ月以上も会っていない。今夜は家に連れて帰りたくなかった。ホテルに泊まるのだろう。「うん」九条美緒は小さく返事した。......午後7時。黒い車がゆっくりと止まった。伊藤秘書が自らドアを開け、九条美緒の姿を見ると、丁寧にお
Read more

第1068話

九条美緒は家に帰らず、スーツケースを引きずって空港へと向かった。タクシーの後部座席に座り、新しく買ったSIMカードをスマホに差し込むと、電源を入れてアプリをダウンロードし直し、二時間後のF国S市行きの航空券を予約した。航空券の予約を終えると、シートに深くもたれかかり、静かに考え事をしていた。別れを決意したとはいえ、六年間の想いはそう簡単に消えるものではない。自分に嘘はつけない。自分と九条津帆の間にある最大の障害は、他人でもない――いつだって、九条津帆だった。九条津帆は、自分が彼の傍に立つべき女性だとは一度も思っていなかった。香市で待つだけの女だと思っていたのだ。そして、彼自身も気づいていないが、二人の関係は恋人というより、愛人に近かった。籠の鳥のようだ。九条津帆はいつも自分を待たせた。家族の同意を、そして彼の成功を。だけど彼は知らない。愛とは結果ではなく過程なのだ......そんな結末なら、いらない。九条津帆の世界は広い。だけど、そこに自分の居場所はなかった。......B市国際空港。アナウンスが響く――「F国のS市行き10時20分発の便は、まもなく出発いたします。ご搭乗のお客様は、お早めに搭乗口へお越しください」その後、同じ内容のアナウンスが英語でも繰り返された。人々が行き交う。搭乗券を握りしめ、九条美緒はこの街を最後に見渡した。彼女の目には涙が浮かんでいた。きっと、別れはより良い再会の為にある。必ず戻ってくる。B市には家も家族もある。自分の世界は九条津帆だけではない。両親と弟や妹がいるのだ。搭乗口に進む九条美緒の顔には、何かを吹っ切ったような表情が浮かんでいた。さよなら、B市。さよなら、九条津帆............九条津帆が仕事に戻ったのは、午後4時だった。交渉は終了していた。九条グループの大勝利だ。株主たちは九条津帆を高く評価し、次々と祝いのメッセージを送ってきた。仕事での大きな成功は、男にとって最高のアドレナリンになる。九条津帆は、まさに意気揚々といった様子だった。夜には祝賀会が予定されている。伊藤秘書が九条津帆を呼びに来た。昨夜、伊藤秘書は息子の病気で早退していた。なので、九条美緒が個室に一晩泊まったことは知らない。彼女がオフィス
Read more

第1069話

スマホを取り出すと、伊藤秘書からの着信だった。すぐに電話に出ると、自然な口調で尋ねた。「美緒は家にいるのか?夕食は食べたか?」伊藤秘書の震える声が聞こえた。「社長、美緒さんは......帰ってきておりません」その瞬間、九条津帆の顔色が変わった。電話を切り、香市の自宅の固定電話にかけ始めた。しかし、九条美緒は家を出ると時に使用人たちを全員休暇で帰らせていたので、何度かけても誰も出なかった。その時、何人かの人が挨拶にやってきた。しかし九条津帆はグラスを置き、宴会場を足早に出て行った。残された人々は、顔を見合わせるばかりだ。「九条社長は、どうしたんですか?」「さあ、わからないんですね」......その夜、九条津帆は香市へ向かった。今までずっと、九条美緒はただ拗ねているだけだと思っていた。自分のきつい一言で機嫌を損ね、香市に帰ってしまい、会おうとしてくれないのだと。疲れてはいたが、それでも彼女を宥めて、正月を一緒に過ごすために連れ戻しに来たのだ。しかし、香市の家はもぬけの殻だった。九条美緒は香市には戻っていなかった。伊藤秘書の調べで、九条美緒はF国のS市へ行ったことがわかった。九条津帆は香市からS市へと急いだ。しかし、S市中のホテルに九条美緒の宿泊記録はなく、彼女のプラチナカードも使われていなかった。九条津帆は多くの人脈を使い、大金をつぎ込んだ。S市中を探し回ったが、九条美緒は見つからなかった。大晦日、九条時也から電話がかかってきて、激しく罵倒された。どうやら、彼がしでかしたことを知ったようだ。九条津帆は何も説明しなかった。街頭に立ち尽くし、空に浮かぶ観覧車を見上げた。観覧車が回転し、カラフルなライトが点滅している。もし九条美緒がここにいたら、きっと乗りたがるだろう。一緒に乗ろうとせがむだろう、と思った。年越しの鐘が鳴った。この日、九条津帆は九条美緒を完全に失った。彼女は何も言わずに去ってしまった。九条津帆の世界から消えてしまった。そして......彼を捨てたのだ。ネオンが色あせて見えた。九条津帆は振り返った。黒いコートを羽織った姿は、夜の闇に寂しげに映った。背後で、観覧車がゆっくりと降りていく。華奢な女性が降りてきて、名残惜しそうに観覧車を見上げて、そして背を向けた。彼
Read more

第1070話

九条津帆は歩みを緩めた。彼は九条美緒をじっと見つめていた。彼の眼差しは、どうしようもなく熱を帯びていた。取り乱している自覚はあったけど、こんな再会の瞬間に我を忘れてもかまわないだろう?彼女が去ってから、4年が経った。九条美緒が姿を消してから、4年もの歳月が流れたのだ。4年間、彼らは一度も連絡を取り合わなかった。メッセージを送ることも、電話をかけることも、ましてや相手の声を聞くことさえなかった。まるでこの世界の二本の平行線のように、交わることは一度もなかったのだ。九条津帆の表情は硬かった。しばらくして、彼は歯を食いしばりながら、冷たく言った。「戻ってきたのか?」「ええ」九条美緒の声はどこかぼんやりとしていた。目の前に立つ、お似合いの二人を見て、4年という月日が流れ、既に関係がないとはいえ、深く愛した相手だからこそ、何も感じないはずはなかった。心臓が、ちくちくと痛む。鋭く、どうすることもできない痛みだった。中野明美は九条津帆の腕に抱きついた。そして、九条美緒に微笑みかけ、優しく言った。「美緒さん、おかえり。ちょうどよかったわ。津帆さんと私、結婚することになったの。クリスマスに」そう言って、彼女は九条津帆を見上げて、甘く微笑んだ。しかし、九条津帆は九条美緒から目を離さなかった。彼の瞳には、小さな炎が宿っていて、彼女の表情の変化を見逃すまいとしていた。九条美緒は我に返り、淡く微笑んで、素直に祝福の言葉を述べた。「ご結婚おめでとう」九条津帆の視線は冷たくなった。彼は彼女を見ながら、中野明美の手を握りしめ、九条美緒の視線の中、婚約者の手を引いて駐車場へと向かった。二人はすれ違った。九条美緒の髪の毛先が、九条津帆の肩に軽く触れた。それは、彼がよく知っているクチナシの香りだった。しかし、その淡い香りはすぐに、中野明美の香水の香りに覆い隠されてしまった。......夜のとばりが降り始めた頃、九条津帆の車は中野明美のマンションの前に停まった。中野明美は九条津帆の方を向いて、静かに尋ねた。「まだ、彼女を愛してるの?」「考えすぎだ」九条津帆は身を乗り出し、タバコを取り出して火をつけた。彼は黙ってタバコを吸った。車内は暗かったが、彼の輪郭はおぼろげに見えた。街灯の光が車内に
Read more
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status