All Chapters of 優しさを君の、傍に置く: Chapter 161 - Chapter 170

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番外編アソート:脇役編《1》

【バレる、色々:梶】「あれ……いらっしゃいませ。お久しぶりですね」扉の開く音にそちらへ目を向ければ、最後の来店がいつ頃だったか、すぐには思い出せない程度に久しい顔があった。「ちょっと仕事が忙しくてね。半分ほどは海外で買い付けに行かされてたしね」「それは、大変でしたね。どうぞ」おしぼりを差し出すと、以前はわざと手に触れたりと少々厄介な客だった。ゲイの彼には、僕は随分と好みの外見であったらしい。僕がゲイではないと知ってからは、それこそすーっと波が引くように手を引いて、至って普通の客になった。まあ、騒ぎを起こしたにも関わらずなに食わぬ顔で来店するなんてふてぶてしい、と、うちの番犬が常に威嚇していたが。「番犬くんは元気かい」さして堪えた様子もない。「ええ、元気ですよ」一度、壁の時計に目を向け時間を確認した。それから、カウンターの隅に隠してあった携帯を手に取ったが、連絡が来ている様子もない。仕事が終わって、何か適当に食べてから来るのがいつものことで、週末だから特に約束などなくても必ず来るはずだ。来られないときは、それはそれは未練がましいラインの連絡が入っていたりするから。「多分、そろそろ来るんじゃないかと思います」うん、と一つ頷いてから、梶さんの方へ目を向けると、彼が少し目を見開き、やがて少し厭な雰囲気を漂わせ笑った。「もしかして、私が予想するよりも仲良くなっている感じかな?」「え、」「以前は、一方的に彼が押しかけている印象だったからね」しまった、とつい手に取ってしまった携帯をまた隅に隠した。にやにや、というその嫌な笑い方は、佑さんに似ている。「仲良くも何も、もうすぐ結婚するんですよこいつら」そう言いながら横やりを入れて来たのは、その佑さんだ。にやにやが二人に増えた、というよりも。何をバラしてんだこのクソオヤジ!梶さんは僕を男だと思っているんだから、陽介さんと僕が結婚するなんていきなり言われても訳が分からないだろう。それを説明するなら、僕が女だと話さなければいけなくなる。店は慎として辞めようと決めているから、ただのお客さんには最後まで男のままで通そうと。そう、思っていたのだけど。「そりゃ、随分急展開だな。出会って一年程じゃなかったかな?」「アイツの勢いなら早いとこそんな話になるだろうなとは思ってましたけどね。予
last updateLast Updated : 2025-10-04
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番外編アソート:脇役編《2》

その後程なくして陽介さんが店を訪れた時、その表情は案の定。にこやかに扉を開けた次の瞬間、梶さんの姿を認めた途端に思いっきり顔を顰めて、佑さんと梶さんの爆笑を買った。来店早々オヤジ二人に爆笑されては、尚更機嫌が治るわけがない。「なんなんすか」とぶつくさ文句を言いながら、梶さんの真横のスツールに腰かけてギロギロと目つきの悪い陽介さんだったが。 「結婚するんだってね」 との言葉にようやく、ほんの少しだけ表情が緩和する。 「聞いたんすか」「ついさっきね。おめでとう」 続いた祝福の言葉に更にデレッと締りのない表情になり、陽介さんは得意げに僕の手を取った。さすがに気恥ずかしくて「ちょっと」と非難しながら手を引き抜こうとするけれど、いつもながら彼の握力にはかなわない。っつーか、他に客がいないからいいけれど、秘密も何もあったもんじゃあないな。 「あざっす。もう真琴さんは俺のっすからね!」「はいはい。それは重々承知しているよ」「っつーか、あんまり驚かないんすね」「ああ、女性だってことは随分前から知ってるしねぇ」 あ、と嫌な予感がした。それを言ってしまえば、どうしても「いつから、なぜ」という話に向かってしまうではないか。案の定、だ。 「は?いつから、なんで気付いたんだよ」「なんでって」 あー、と宙を見て、一応考えているように見えるのはさっき僕がお願いしたことを覚えているからだと信じたい。 「ゆ、佑さんに聞いたとかじゃないですか?」「佑さんがこんな手の早いオッサンにぺらぺら喋るわけないっすよ」 わりに陽介さんにはぺろっと喋ってたように思うのだが。
last updateLast Updated : 2025-10-05
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番外編アソート:脇役編《3》

【バレる、色々:あかり】 アカリちゃんは、僕が思う、理想の女の子像そのままだった。男なら誰だって、僕なんかより彼女のような女の子が良いだろう。だからこそ、陽介さんが彼女を店に連れて来た時は、平静を装いながらも内心はかなり動揺していた。華奢で細い肩、低い目線で上目遣いが良く似合う。手なんか、僕の手の第一関節にも届かないくらい小さいんじゃないだろうか。笑顔もふわふわ、綿あめみたいに柔らかくて優しい、女の子。僕から見ても、守ってあげたくなる女の子。そう、思っていたんだけど。 「あー、騙された。めっちゃ騙されました、もう最悪」「はあ……すみません。ほんとに」 開店30分程前。店に現れた彼女は、今までの雰囲気とはかけ離れたガラの悪い目つきで僕に絡んできた。 「まさか、慎さんが女だったなんて」 どうやら、陽介さんから僕と結婚することを聞いたようだった。「すみません。誰彼構わず言うわけにはいかなかったので……」「相手が男だから、どうせ性癖の壁に阻まれて途中で破綻すると思って、様子見てたのに!」「せ……性癖って、女の子がそんな言葉使うのは、」「それが実は女なんて、反則だわー!」 僕の言葉なんか丸無視で、わあっとカウンターに伏せて泣き出す始末。どうしよう、もうすぐ開店しなければいけないのだが。時間も気になる、かといってアカリちゃんを泣かせて放置したまま仕事するわけにもいかないし。泣き伏す彼女の後頭部を見ながら、カウンターの隅に隠してあった携帯をそろそろと指で引き寄せる。 「それにっ!!」「うわっ、はい、な
last updateLast Updated : 2025-10-06
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番外編アソート:脇役編《4》

俺と真琴は、複雑な関係だったように思う。いや、関係は簡単だ。元嫁の妹。義理の兄妹、それ以上の説明のしようがない。だが、真琴に抱いた感情はただそれだけではなかったことは、自分でも気が付いている。それは、俺が唯一あいつが心に傷を負ったあの夜を知っているから、というのも勿論ある。責任感、何もしてやれない罪悪感、やるせなさ。見守ってきた、という自負。そんなものも手伝って、親愛の情は深い。だけどそれだけでもない。妹のように可愛いと思ったが妹ではないし、娘のように先行きに心を砕いたが娘でもない。ずっと男のままで生きるよりも、どこかで真琴に転機が起こることを祈ってはいたが、このまま見守り続けることになんのかな、となんとなくそう思ってた。だがある日、そいつは突然やって来た。常連客に連れられてきた、バカでかい男。人懐こくて、人の好さげな、感情が全部表情に出てわかりやすい男。場慣れしてない場所である自分を、隠さず出せるとこが妙に肝が据わって見える。それともただの馬鹿なのか。男だと認識してるはずの真琴に、ひとめぼれしましたといきなり告白した時には「うん、馬鹿だな」と確信した。馬鹿犬だ。そしてその野生並みの嗅覚で、真琴を女だと嗅ぎ分けたに違ぇねえ。だけど勢いがある。悪い奴じゃねえ。ちょうど、梶のオッサンの件もあったことだし、それを理由に真琴に近づける理由を一つ、与えてみた。早々上手くいくことなんてないかもしれないが、これが転機になれば、と思ったからだったのだが。いやいや、なんてこたあねえ。真琴は見事に、恋に落ちた。そりゃそうだ。怖い思いをしたせいで男に対する警戒心だけは強いが、これまで恋らしい恋なんてしたことねえ、免疫皆無、まっさらだ。それをあんな、馬鹿正直な男にぐいぐい押されまくったら、嫌でも意識すんだろう。ただ一つ予想外だったのは。女の顔を見せるようになった真琴が、やたらと艶っぽかったことだろうか。嫉妬したり、拗ねたり照れたり怒ったり。おおぅ……良い顔するようになったじゃねえか。ガキだガキだと思ってたのが……やべ、もったいないことしたな。色っぽいじゃねーか。横からぱくっと食っちゃってもいいかな、とか、思ったことがなかったわけでもない。※真琴に信頼されているという自負はあったし、俺に対しては油断しまくりだ。手ぇ出そ
last updateLast Updated : 2025-10-10
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番外編アソート:脇役編《5》

万感の思い、つうか。複雑な思いが去来する。妹を取られた兄貴のような、娘を手放す父親のような、そのどれとも似て非なる感情。置いていかれる、もうじき四十路の男の寂しさか。いい相手が見つかって良かったなあと、それも確かに染々と思う。何せよ、温めてきた卵を孵す時が来たわけだ。「ねえ、佑さん。ほんとにこの店閉めんの?」「まあ、そのうちな。別のとこ見つけるまではここだけど。っつか、お前荷物少ねぇな」「だって、家具は殆ど新調したり陽介さんとこから移したりしたから必要ないし……僕の私物は元々少ないからね」箱詰めした段ボールが五つほど、それは今陽介が車に運んで行った。残った小さな手荷物を、真琴が肩に引っ掻けて立っている。プロポーズを真琴がOKしてからの陽介の行動は、なんとまあ、早かった。真琴本人も目を白黒させているうちに、あれよあれよと両家への挨拶の段取りをつけて尚且つ、式までに先に同棲する許可まで取り付けた。真琴の実家にもするりと入り込んでしっかり信頼を得てるのだから、陽介のコミュ力には舌を巻く。「にしても……ほんと思い立ったが吉日っつか、速攻だなお前の男は」「はは……まさかここまで話が早く進むとは僕も思ってなかった」「もー、任せて流されとけ」若干頬をひきつらせて笑う真琴に、つい俺も頬が緩む。新居のための不動産巡りやら家具探しやら、振り回されながらも嬉しそうに笑っていたのを知っている。まあ、幸せになりやがれ。「佑さん、神戸に帰らないの?」「なんでそれしつこいの、お前」「姉さんとよりを戻すのかな、とか思ってたから」「あー……ねえな」「なんで?姉さんもゆいも喜ぶのに。佑さんの心配もしてるよ」「うっせー。大人の事情ってのがあんだよ」「年だって取るんだし」「やかましいオヤジ扱いすんな」押し倒すぞこのヤロー。生意気な口叩くようになりやがって。はよ、いけ。「まあ……僕が、口出すことじゃないのはわかってるけど。じゃあね、ちゃんとごはん食べて」「お前にだけは言われたくねえな。そもそも飯の面倒見てやってたの俺だろ」「開店一時間前にはちゃんと店掃除して、準備して」「わかったわかった」「ここでやってるうちは金曜と土曜の夜は手伝いにくるけど、遅くまではいられないと思う」「無理しなくていい」「それから」「まだあんのか。はよ行けって
last updateLast Updated : 2025-10-16
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番外編アソート:脇役編《6》

無駄に予行練習させられた気分だ。徐に携帯電話を手に取って、画面を指でスライドさせる。咥えた煙草の煙が目に染みて、顔を傾げて避けた。結婚式とか絶対無理だな。俺インフルエンザになろう。 「真由美ちゃん? 俺」『佑さん? どしたの? そっちからかけてくんの珍しいね』「ん? 顔が見たくなったから。飲みに来いよ。……できれば閉店ギリギリに」『えー……どうしようかな』「来いって。ギリギリじゃなくても真由美ちゃん来たらそこで閉店にするよ」『また、そういうこと言って……行ってもいいけど、今日は無理』 真由美、佑。互いに名前と大体の年齢ぐらいしか知らない。たまに時間を合わせて会うその女は、サバサバとした性格で気が楽でいい。だが、今日に限って何か歯切れが悪かった。 「なんで」『ん、今ちょっと、実家に帰ってんの』「なんだそうか。いつ戻る?」『あー、なんかやな感じ。普通、何かあったのかー、とかそういうこと聞かない? ほんとヤることしか頭にないよねー』 んだよ。今日は機嫌悪いのか。「えー……なんで実家に?」『うわ、棒読みむかつくわー。見合いすんのよ』「へえ……は?」『私ももう三十半ばだし? そろそろ結婚しないとまずいかなと思ってさぁ』「何言ってんだ。馬鹿か!」 驚いて、口から煙草が転がり落ちた。慌てて拾い上げて灰皿に押し付ける。嘘だろ。真由美が結婚なんて。 『え……止めてくれる
last updateLast Updated : 2025-10-17
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モテモテとヤキモチ《1》

「仕事終わったら連絡しますけど、家で待っててもらってもいいんすよ?」「そしたら移動時間が勿体ないでしょう。会社の近くで待ってます」 朝、玄関で仕事に出かける陽介さんを見送る。今までにも、どちらかの家に泊まった日はいくらもあったけれど、一緒に住むとなるとまた、何か違うものだ。引越しをして、半月ほど。未だに少し、照れくさい。 「なるべく、定時で上がりますね」「い、ってらっしゃい」 ちぅ。と、軽く唇を合わせ、こつんと額をぶつけてくる。 「いってきます」 ほわわん、と花でも飛ばしてるんじゃないかと思うくらいに幸せそうに笑って仕事に出て行く。外に出てから、スキップでもしてるんじゃないだろうな。あんまり浮かれて、仕事でミスでもしなければいいけれど。彼が出た後は、すぐ洗濯物を干しにベランダに出る。陽介さんがマンションを出て通りを駅へ向かうのが、ベランダから見えるから。洗濯かごの中身が無くなろうかというころに陽介さんの姿が見え、彼がこちらを見上げて手を振った。 「……はいはい。いってらっしゃい」 しょうがない人だ、と思いながら僕も振り返した。一度目は偶然だった。たまたま、陽介さんが家を出たタイミングで洗濯完了の音が鳴って、その足で洗濯かごを抱えベランダに出たら陽介さんが見えた、それだけだったのだが。その後はキラッキラした目でねだられて、敢えてそのタイミングで洗濯物を干しに出るようになった。仕事を持っているわけでもなし、時間は充分あるからそれくらい構わないけれど。若干、めんどくさい人だなと思う。 二段階で彼を見
last updateLast Updated : 2025-10-18
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モテモテとヤキモキ《2》

「え……真琴さん、働くんすか」 夕方、陽介さんの会社の近くで待ち合わせて、二人で小さな定食屋に入った。食事をしながら、昼間思いついたことを話す。心配はしたとしても、それほど反対はしないだろうと思っていたのに、陽介さんの反応は余り良くなかった。彼は天丼の大きなエビに噛り付きながら、考え込んでいる。 「いけませんか」「や、そんなことはないっす。ただ、贅沢は出来ないけど、俺の給料だけでもなんとかならないかな、と……無理して欲しくなくて」「お金のことじゃないんです。時間があるなら一度ちゃんと働いてみるべきかなって……ほら。僕は佑さんとこしか経験がないでしょう」「そう、すね」「ウェイターとか。接客なら経験もあるわけだし……。あ、勿論昼間だけで探すつもりです。平日だけ、はちょっと難しいかもしれないけど、土日のどちらかは休めるところならあるんじゃないかと思って」 陽介さんは、心配性だ。だから余り心配をかけないように、慣れた職種であることと、時間も陽介さんとすれ違わないようにする、と説明したのだが。彼はなお一層、眉尻を下げてしまった。なんでそんなに心配されるんだ。そう思うとついむっとして、彼を睨んでしまった。 「僕はそんなに信用ないですか」「えっ! いえ、そうじゃなくて!」「じゃあ何」「……お、怒らないでくださいね」「怒りません」「拗ねないでくださいよ?」「拗ねませんよ!」 僕を何だと思ってる。さっきからまるで子供を扱うような眼だ。じぃ、と睨んで機嫌の悪い僕に、彼は相変わらず困ったような顔を
last updateLast Updated : 2025-10-19
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モテモテとヤキモキ《3》

このスポーツジムには、先日も申し込みと簡単な筋力測定をしに訪れていた。今日からは、その測定結果とトレーニングの目的に応じたメニューをトレーナーから提案され、それに沿ってこなしていく。必ずしも、絶対ということはなく。あくまで提案で、各自自由なのだが。「陽介、さん……」ランニングマシンでのトレーニングをなんとか終えたところで、一旦休憩スペースへ向かう。いくら走っても前に進まないこのトレーニングは、精神的負荷が強い気がしてしょうがない。液晶モニターで何キロ走っただとか記録が残るので、それを励みに頑張るものなのだろうが。僕ははっきり言って息も絶え絶えだ。「真琴さん、大丈夫すか」僕がこんなにひいひい言ってるのに、彼の方は全く涼しい顔のままだ。「筋肉が、綺麗に、付くってっ」「はい?」「ほんとにっ? 筋トレより、走ってる時間の方がっ」「有酸素運動を一緒にしないと、筋トレの効率が悪いんすよ。ほんとです」「……ほんとに、ほんとですよねっ?」……これでは、持久力ばかり付くことになるのではないか。ミネラルウォーターのペットボトルを手渡され、一息に半分ほど飲み干してしまう。何度か深呼吸を繰り返し、ようやく息が整ってきたと思ったら、ソファに座った途端に膝が笑い出した。どんだけ運動不足なんだ、僕は。まあ、彼のペースについて行けるとは最初から思っていなかったけれど。立ったままの陽介さんを下から見上げると、彼も汗はかいているものの清々しいものだった。半袖のスポーツウェアから覗く腕や、肘から手首にかけて、筋肉のラインがとても綺麗だ。今は見えないけど、腹筋もくっきり割れている。本当に、羨ましい。「僕は、もう少し休憩してからまた行きますから。陽介さんは、陽介さんのペースでしてきてください」「えっ、嫌ですよ。真琴さんと一緒に」「ここから、少し見てます。僕と同じペースでしてたら、陽介さんには何の意味も無くなるじゃないですか」この休憩スペースからでも、マシンジムのこのフロアは良く見渡せる。だから、心配かけるようなこともないし、その方が僕も気兼ねせずに済む。陽介さんは少し迷っていたけれど「じゃあ、先に行ってますね」といって、戻っていった。僕は、残ったペットボトルの水をちびちびと飲みながら、もう少し汗が引くのを待つことにして。遠目に陽介さんを眺
last updateLast Updated : 2025-10-31
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モテモテとヤキモキ《4》

◆真琴さんが休憩している間、チェストプレスを使いながら夕食の時に彼女に言われたことを思い出していた。外で働きたいという気持ちはわからなくもない。今までは、接客という仕事でたくさんの人と話をしていたのが、急に世の中から置いてきぼりにされたような、そんな感覚にもなっているのじゃないかと思う。だから、決して悪いことではないし、いつか怯えることなく外に働きに出ることができれば、いい。と、真琴さんに言ったのは本音半分、建前半分、だ。正直に言っちゃうと、俺以外の男なんか怖いままでもいいと思うし、近づけなくていいと思うから、働きになんて出なくていいと思う。かなり本気だけど、間違った要望であることもわかってるから口には出さなかった。でもまだ早いって、それはほんとに。週に二日、佑さんとこで働いて、俺とこうしてジムに来たりしてさ。俺と佑さん以外にも、真琴さんには繋がりが必要なのも理解はしてる。唯一の友人である翔子が、春には留学して暫く会えなくなる、という寂しさもあるんだろう。すぐ近くで、女の子の二人組が仲良く話しているのが目に入る。ああでもないこうでもないとマシンの使い方で四苦八苦しながらも楽しそうで。ああいう友人関係が、彼女には翔子しか居ないのだ。その点は、確かに心配だった。「あの、すみません」ぼけっとしていると、女の子の一人が話しかけてきた。「ちょっと、これの使い方わからなくて……わかります? 良かったら教えて欲しくて……」「あ、いいっすよ」よっこらせ、と、腰を上げて機械から抜け出した。俺に話しかけて来た女の子はぱっと表情を明るくする。「良かった! ごめんなさい、インストラクターさんにはなんか聞きにくくて……いちいち呼びに行くのも面倒だし」「あー、確かに。ここ、割りと勝手にさせてくれる分、こっちからは頼みにくい雰囲気っすよね」一方、もう一人の女の子はこっちの話に笑顔で頷いたりして合わせてはいるものの、視線がちらちら他を気にしていて落ち着きがない。なんだろうな、とはちらっと思ったけど余り気にも留めてなかった。「ここに座って、足こっちに引っ掛ける。で、ここを持って……」「ああ!ボート漕ぎみたいな?」「そうそう。鍛える筋肉は全身だったかな……全身運動だから結構キツいかも。調節ここでできるから」「やってみます! ありがとうござ
last updateLast Updated : 2025-10-31
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