そのとき一番板挟みになるのは、結局こういう立場の自分たち社員だ。そう思いながら、あの社員は首を振り、自分の席へ戻っていった。一方、紗雪が会長室に足を踏み入れた瞬間、心臓が喉まで跳ね上がる。きっと中には緒莉もいる――そう身構えていたのに、視線を一周させてもその姿はない。デスクに座って仕事をしている美月だけで、他には誰もいなかった。それを確認した途端、紗雪は思わず胸を撫でおろす。あの光景さえ見なければいい。もうあれに耐える自信はない。幸い、今日はそれを見なくて済んだ。そんな娘のほっとした様子に、美月は少し違和感を覚えた。思わず声をかける。「紗雪、何を探してるの?」その声に紗雪は大きく体を震わせ、びくりと肩を揺らす。慌てて意識を戻し、デスクのほうへ歩いて行き、美月の前で立ち止まる。丁寧な口調で言った。「いえ、なんでもありません。会長、私に何かご用でしょうか?」そのよそよそしい呼び方に、美月は胸がちくりと痛んだ。二川家での一件以来、関係が一気に昔へ逆戻りしたように感じてしまう。あれ以前には、母娘で腹を割って話すことすらできていたというのに。今目の前にいる紗雪は、どこか知らない人のようだった。紗雪は黙ったまま。もし美月の胸の内を知ったなら、笑い飛ばしただろう。互いに他人のようだと言うが、先に突き放したのは誰なのか。緒莉を選んだのはそちらだ。それなのに今さら何を語ろうというのか。大人同士なんだから、愛情を二等分するなんてやめたら?そんな言葉すら喉元まで出かけている。その二等分とやらも、公平とは限らない。美月は、紗雪の揺るがない表情を見て、今回ばかりは本気で傷ついていることを悟る。だが元々姉妹の間に確執がある以上、関係修復は一朝一夕では無理だ、とも分かっていた。時間をかけるしかない――本来なら。だが今の紗雪には、その時間を与える気がないようだった。緒莉のほうも「仲良くする」と口では言っているが、いざ二人きりになると話は別。以前と少しも変わらない。そのせいで美月も頭を抱えていた。とはいえ今いちばん厄介なのは安東家の件だ。いつまで経ってもはっきりした返答をよこさない。美月としては到底納得できなかった。自分の娘二人をこの有様にした相
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