それに、あの老人は紗雪の病室を正確に言い当てていた。きっと事前にかなり調べてきたに違いない。秘書は心の中で自分にそう言い聞かせ、安心しようとしていた。病室の前に立ちながら、ぶつぶつと独り言をつぶやき、落ち着かない様子で行ったり来たりしていた。一方その頃、伊藤は病室に入った。そこでは、京弥が紗雪のベッドの傍らに身をかがめており、二人の間には穏やかで温かな空気が漂っていた。その光景を目にした伊藤の心には、言葉にできない複雑な感情が渦巻いた。何を言えばいいのか分からなかった。そもそも、以前京弥が二川家に彼女を探しに来た時が、彼との初対面だった。そのときの印象は、正直あまり良くなかった。自分の妻がどこにいるのかも分からず、わざわざ二川家に聞きに来るような男だったからだ。だが今、彼は紗雪のそばに寄り添い、心から彼女を想っているようにも見える。伊藤はどう言葉にすればいいのか分からなかったが、今の様子を見る限り、京弥は本当に紗雪を大切に思っているのかもしれない。そう思った伊藤は、小さく咳払いをした。その瞬間、京弥の鋭い眼がぱっと開かれた。目には明らかに邪魔された怒りが宿り、そこにはまだ消えぬ殺気が滲んでいた。それを見た伊藤は、思わず心の中で震え上がった。この男......本当に普通の人間なのか?視線ひとつでここまで威圧感を放てる人間が、果たして普通だと言えるのか。美月会長ですら、ここまでの恐ろしさを放っていたことはない。ただそこにいるだけで、自然と人を圧倒するような気配があった。「その......紗雪様の様子を見に来ました。美月様に頼まれて......」その言葉を聞いて、ようやく京弥の目から殺気が引き、落ち着いた様子に戻った。「ああ」と短く応じると、再び紗雪の顔へ視線を戻した。伊藤は気まずさを感じながらも、場を和ませようと話し始めた。「医者に聞いたところでは、紗雪の状態は『潜在意識の中に入り込んでいる』らしいんです」「目を覚ますには、少し時間がかかるそうで......その間は話しかけるのが効果的だと」京弥の目が一瞬鋭くなった。「紗雪は胃腸炎だったはずだ。それと『潜在意識』に、一体どういう関係が?」伊藤もやはりそう感じていた。やっぱり、変だと思ってるのは自分だけじ
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