All Chapters of クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!: Chapter 581 - Chapter 590

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第581話

辰琉は「電話」という言葉を聞いた瞬間、顔色が一気に悪くなった。明らかに態度も不自然になっている。前回は、緒莉がもう騙されたと思っていたのに、まさか相手がまだ気にしていたとは。そして今、再び問い詰められることになった。辰琉の視線が泳ぐ。「前にもちゃんと説明したじゃないか。もう一度聞かれても、答えは前と同じだよ」だが、その一瞬の視線の揺れを緒莉は見逃さなかった。目の奥にははっきりと疑念が浮かんでいた。ここ最近、京弥と頭脳戦を繰り広げてきたことで、彼女も人の見分け方を学び取っていた。今の辰琉が嘘をついているのは間違いない。彼女に対して何かを隠している。ただ、それが何なのか、緒莉にはまだ分からない。問い詰める方法も見つからない。彼が話す気にならない限り、何を言っても無駄だということは分かっている。この男は、一度口を閉ざしたら、絶対に話さないタイプだ。緒莉は心の中では強く不満を抱いていたが、表面には出さなかった。今ここで追及しても無意味だと分かっていたからだ。それに、彼女は独立した女性であり、辰琉に依存して生きるつもりはない。何も彼にすがる必要はない、自分には自分の人生がある。緒莉はにっこりと微笑みながら言った。「わかった。辰琉のことは信じてるから、もう聞かない。でも――」わざと一拍置きながら、彼の正面にゆっくりと立つ。そして、指先で彼の胸元を撫で始めた。その仕草はまるでフックのように、辰琉の体を一気に熱くさせる。彼がその手を取って次のステップに進もうとしたその時、緒莉の手は、すっと引っ込められた。一切のチャンスを与えられず、辰琉は困惑し、少し不満げな顔を見せた。「どうしたの?なんで触らせてくれないの?」緒莉は意味深に笑みを浮かべた。「外で何してようと、私にバレなければいいけど......バレた時の代償、覚悟しておいてね?」その一言に、辰琉は心臓をぎゅっと掴まれたような衝撃を受けた。何も言えず、ただ何度もうなずく。「う、うん、分かった。何言ってるんだよ......この先、一生、君だけだよ、俺には!」そう言うと、彼はまるで忠誠を誓うかのように、緒莉の反対も聞かずに彼女を抱きしめ、唇を重ねた。今回は、緒莉も抵抗せず、むしろその表情には満足げな
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第582話

真白なんて、ただの暇つぶしにすぎない。今の彼は、まだ真白に飽きていない。そんな状況で、簡単に彼女を捨てるなんてありえない。緒莉は、辰琉の意識が自分に向いていないことに気づき、不満そうに彼の唇を噛んだ。辰琉は痛みに驚いて緒莉を離し、ショックを受けた顔で彼女を見た。「どうしたのさ」いきなりキスの最中に噛まれて、彼には理解できなかった。今は二人が愛を育んでる甘い時間のはずなのに。時々、辰琉は本当に緒莉の思考回路が理解できなかった。まさに今がその時だ。何もかも順調だったのに、急にこんなことをされる意味が分からない。せっかくの雰囲気が台無しじゃないか。しかし緒莉はツンとした様子でこう言った。「私が何も分かってないとでも思ってるの?私とキスしながら、他のことを考えるなんて、いい度胸してるわね」辰琉の瞳が一瞬揺れ、内心で動揺していた。まさか緒莉が本当に彼の考えていたことを見抜いていたとは。時として、女というのは本当に恐ろしい。こうして一緒に暮らしていたら、小さな嘘も簡単に見破られてしまう。「ごめん、緒莉。悪かったよ。怒らないでくれ」辰琉の態度は本当に素早く切り替わる。少しもためらわず、すぐさま緒莉に謝罪した。緒莉は鼻で笑った。「私たち、もうこんなに長く付き合ってるのよ?辰琉がどんな人間か、分かってないと思ってるの?私に隠し事なんて、もしバレたら......その時は覚悟しておきなさいよ?」辰琉の体がびくっと震えた。緒莉の言葉にゾッとして、思わず背筋が凍るような感覚に襲われた。彼は迷い始めた。今、自分の別荘に真白を匿っていることが、本当に正しいことなのかと。すでに緒莉という存在がいるのに、さらにもう一人......それはさすがに遊びすぎじゃないか?もし見つかったら、自分はどうなってしまうのか。とくに、緒莉は最近、何度も何度も警告してきている。確実に何か気付いているのだろう。そうでなければ、こんな態度にはならないはずだ。でも、辰琉にももうどうすればいいか分からなかった。今は、状況を見ながら慎重に動くしかない。一番大事なのは、絶対に緒莉に真白の存在を知られないようにすること。それが崩れたら、すべてが終わる。辰琉は改めて誓った。緒莉が疑って
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第583話

真白をちゃんと隠しておかないと、心の中に大きなわだかまりが残るような気がして仕方なかった。そう思いながら、辰琉は緒莉の腕をさらに強く抱き寄せた。一方、緒莉はそんな辰琉の様子を見て、先日電話越しに聞こえたあの奇妙な音を思い出した。どうしても腑に落ちない感覚が胸に残っていた。辰琉がそれほどまでに話したくないというなら、無理に追及するつもりはなかった。だとしても、いつか必ず自分の目で確かめてやる。この一連の出来事の真相を、きっちり明らかにしてみせる。辰琉。ちゃんとおとなしくしていなさい。裏切るような真似をしたら、みんな巻き込んで地獄を見ることになるわ。そう思った瞬間、緒莉も無意識に彼の手をさらに強く握りしめた。その力に、辰琉は心臓がひやっとし、慌てて緒莉に取り入ろうと愛想笑いを浮かべた。緒莉は、辰琉がどんな男かよくわかっている。でも、人間というのは実際に痛みを経験してみないと、その意味が分からないものだ。経験しなければ、永遠に教訓を得ることはできないのだから。......その頃。電話を切った美月もまた、焦りながら京弥に連絡を取ろうとしていた。彼女が紗雪を愛していないわけではない。ただ、時にその愛し方が厳しすぎるのだ。二川父が早くに亡くなってからというもの、彼女は一人で父と母の二役を演じてきた。母であり、同時に父でもあるという重責を背負って。だからこそ、彼女の子育ては「優しさ」よりも「厳しさ」に偏ってしまった。紗雪と緒莉がまだ幼いころに父を亡くし、すべては彼女一人で面倒を見てきた。そういった事情から、時に手が回らないこともあったのは仕方のないことだった。そして、何よりも大切だったのは、子供たちに「自立心」を持たせること。誰かに依存するのではなく、自分の力で立って生きていくこと。そうでなければ、これからの世の中は生きていけない。美月自身がその生き方を証明している。大きな二川グループの中で、彼女は誰にも頼らず、ただひとりで立ち続けてきた。頼れるのは、自分ただ一人。他の誰も、信じることはできないし、信じてはならない。だからこそ、彼女は何度も何度も紗雪に「成長」を求めた。しかも、緒莉は身体が弱かったから、自然と紗雪にはさらに高い期待が寄せられてしまった
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第584話

「私はただの傍観者に過ぎませんので」伊藤のその言葉を聞いた美月は、より一層彼に感謝の念を抱いた。「そうね。今すぐ電話するよ」美月がそう言うと、伊藤は軽く頷いた。彼もまた、紗雪の様子がどうなっているのか、気になって仕方なかった。最後に会った時、彼女はまだ昏睡状態で、その後のことは何も知らされていない。正直なところ、伊藤の心には未練と罪悪感があった。彼女の成長を見守ってきたのは自分だし、孫娘のように可愛がってきた。それなのに、いざ病気になったときに、ちゃんと支えてやれなかった。伊藤はそんな自分自身に、怒りすら感じていた。だが、過ぎたことは仕方がない。これからは少しでも埋め合わせをしていこうと、心に決めていた。美月は一度、心を整えてから、京弥に電話をかけた。しかし、コールが一度鳴っただけで、すぐに「電源が切られています」のアナウンスが流れた。その冷たい機械音を聞いた瞬間、美月の頭が真っ白になった。まるで脳内に鈍い音が響くようで、何も考えられなくなった。緒莉の言葉がよみがえる。「主治医は言ってた。今の紗雪の容態じゃ、勝手に移動させるのは危険だって。無理に動かせば、最悪の場合、もう二度と目覚めなくなるかもしれないって」その言葉が、美月の脳内で何度も繰り返され、他の様々な会話とも混ざり合い、彼女の思考をかき乱した。頭の中がうるさくて仕方ない。そのせいで顔面がどんどん青ざめていく。伊藤はその異変にすぐ気づき、内心で「まずい」と叫んだ。「奥様、どうされましたか?」彼が見たことのないほど、美月は無力そうな様子だった。その顔色は、明らかに正常ではなかった。美月はかすかに首を振るも、依然として回復の兆しはない。震える手で、薬棚の方を指さした。伊藤はすぐにその意味を察し、慌てて薬を取りに走った。前に体調を崩した件以来、美月の身体はすでに限界に近かった。情緒が少しでも乱れると、すぐにこうして倒れてしまう。安定していれば普通に話せるが、調子を崩せば一気に悪化する。だからこそ、彼女は緒莉に会社のことを任せるしかなかった。他に人手がなかったのだ。本来なら、美月もそんな無理な判断はしたくなかった。だが、緒莉の言葉が信用できないとしても、会社の他の人間たちのほうが
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第585話

伊藤は美月をどう慰めてよいかわからず、ただその姿を見守るしかなかった。彼の胸の中も、決して穏やかではなかった。二川家で長年仕えてきた中で、彼は初めてこんなにも弱々しい美月の姿を見た。それまでの美月は、常に誇り高く、自信に満ちていた。どんなことが起きても、堂々としていて、明るく前向きだった。だが今は、伊藤にもどうしていいかわからない。美月の体はしばらく小さく震えていたが、やがて気を取り直したようだった。「もう大丈夫よ、伊藤。私のことは心配しないで」美月は伊藤の不安そうな顔を見て、落ち着かせるように微笑んだ。自分を案じる必要はない、という意思を込めて。一時的に感情が高ぶっただけで、彼女が簡単に折れるような人間ではない。この家はまだ彼女を必要としている倒れている暇などないのだ。「安心して、私は絶対に持ちこたえるから」その言葉に、伊藤は安堵の笑みを浮かべた。「はい。私も奥様を信じています。この何十年、私はずっと見てきました。奥様がゼロから今の地位を築くまでに、どれほどの苦労をしてきたか」その言葉を聞いた瞬間、美月の心にじんわりとした痛みが広がった。自分がこれまで味わってきた苦しみを、ちゃんと見てくれていた人がいたのだ。以前、紗雪に誤解されたときは心が傷ついたが、今は娘が病気になっているという事実に、ただただ心を痛めている。あまりにも静かで、逆に落ち着かない。「もう心配しないで。大丈夫だから」美月は再び気を引き締めて言った。「あとで、椎名くんの居場所を調べさせるわ」自分の娘が、そんなに簡単に誰かに連れられて行かれるわけにはいかない。命に関わることなのに、心配しないはずがない。たった一人の娘なのだ。そう思った瞬間、美月の目つきが鋭くなった。彼女は再び京弥に電話をかけた。すると、先ほどとは違い、今回は「電源が切られています」というメッセージは流れなかった。その音を聞いた瞬間、美月の胸は大きく高鳴った。これは、つながるかもしれない!果たして次の瞬間、電話の向こうから京弥の声が聞こえてきた。「もしもし、お義母さん?」「お義母さん」と言われたその瞬間、美月の胸にあった不安が少しだけ和らいだ。さっきまでは緊張していたが、その呼びかけを聞いて少し落ち着いた
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第586話

男の低くセクシーな声が、電話の向こうから聞こえてきた。受話器を通して、静かに美月の耳に届く。この道中ずっと、京弥の心もどこか落ち着かなかった。もし、本当にあの木村良才という医者の言っていた通り、紗雪が目を覚まさないままになったら?さらに、彼女の体に深刻な影響が出て、そのままずっとベッドに寝たきりになるとしたら?その時、彼女は一体どうやって生きていくのだろう?京弥は別に構わない、自分が責任をもって紗雪の面倒を見るつもりだった。だが、かつてあれほど誇り高く、輝いていた紗雪が、果たしてそんな状況を受け入れられるのか?そんな毎日こそ、彼女にとっては生き地獄なのではないか。京弥は拳を握りしめた。彼女とこの時間を共に過ごしてきたからこそ、紗雪の気持ちがよくわかっていた。彼女は誇り高く、同時に、自分が「こんな存在」になることは決して受け入れられない人間だ。美月は、京弥のそんな言葉を聞いて、胸が張り裂けそうになった。声も震えていた。「あなた、よくも......いい?もしうちの娘に何かあったら、私は絶対に許さないから!たとえこの命をかけても、放っておかないからね!」京弥は唇を引き結び、感情を表に出さなかった。「お義母さん、安心してください。紗雪はあなたの娘であると同時に、俺が心から愛する女性です。彼女に何か起きるのを黙って見ているなんてこと、俺にはできません」京弥の声には、どこか厳しさが宿っていた。「紗雪の状態、緒莉から聞いたんですね」その最後の一言は、確認というよりも、もはや断定だった。彼の中に、疑いの余地はなかった。もし緒莉がチクっていなかったら、美月がこんな状況を知るはずがない。だが今、美月はすべてを知っていた。そして、彼を責めてきた。誰が告げ口したかなんて、考えるまでもなかった。美月は深く息を吸った。「椎名くん、私はあなたを責めるつもりもないわ。ただ、たった一つだけ聞かせて。私の娘は、今どうなってるの?医者が言ってたでしょ?絶対に体を動かしてはいけないって。椎名くんは、そのリスクを考えたうえで行動したの?本当にわかってるの?」美月には、京弥の「彼女を一番大事にしている」なんて言葉は、信じられなかった。彼女にとって、男の言葉なんて一番信じちゃいけないものだった。ど
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第587話

どうやら、あの時はちょうど飛行機に乗っていたのだろう。だからこそ、電波も届かず、繋がらなかったのだ。京弥は唇をきゅっと引き結びながら言った。「紗雪の身体は無事です、安心してください。それに、あの病院で治療しても治らないのなら、なぜそこに居続ける必要があるんですか?時間の無駄です。『転院してはいけない』と言われたのは確かに気になっていましたが、今はもう安心しています。実際に何も問題ありませんから」京弥のこの一連の説明を聞いて、美月の心はようやく落ち着きを取り戻した。「今言ったこと、本当なの?」電話口で、京弥は誠実な口調で答えた。「もちろんです。俺とお義母さんの目的は同じです。騙す理由なんてありません。国内の医者がヤブだったのなら、海外の技術を頼ってみるのも当然のことです」この言葉を聞いて、美月はしばらく黙ってしまった。ようやく落ち着いた声で返した。「じゃあ、あとでビデオ通話して。紗雪の顔を見たい」京弥は軽く「ああ」と答えた。「わかりました。今は外で待っています。医者たちが中で紗雪の体の状態を詳しく診ていて、原因を調べているところです。最初は俺も国内の医者の言葉を気にしていましたが、移動の間もずっと付き添ってきたし、医師も同行して診察してくれました。ただ、奇妙なのは......」美月は思わず身を乗り出すようにして聞いた。「......奇妙って?」その様子を見ていた伊藤も思わずこちらを振り向いた。美月が以前のような落ち着いた状態に戻ったことに、彼は内心とても安堵した。美月がすぐに紗雪の安否を気にして電話をかけたのを見て、伊藤はよくわかった。美月はやはり、紗雪のことを心から気にかけているのだ。ただ、それをどう表現していいのかわからないだけなのだ。そこが、美月の「良くないところ」だった。美月という人間は、見た目は強く、内面は繊細で優しいタイプ。そのせいで、紗雪とはどこか距離ができてしまった。時には、紗雪の方がむしろ自分と話すのを好むほどだった。美月自身も、それに気づいていたんだろう。ただ、彼女は自分の気持ちを素直に伝えることができず、紗雪がいつか自分で気づいてくれることを願っているのだ。伊藤としても、正直、美月の性格をどう説明していいのかわからない。おそらく、か
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第588話

彼女なら、きっとすぐにこの中の利害関係を見抜けるだろう。何しろ、美月はもともと賢い人間だったし、ここまでの過程を通して、皆それぞれの立場が見えてきている。実のところ、美月も最初に思い当たったのは緒莉だった。けれど、京弥の前では、あえて緒莉にその責任を負わせるような言い方はしたくなかった。何よりも、外では緒莉も彼女の娘なのだ。彼女までが他人と一緒になって緒莉を責めたら、緒莉の立場はどうなる?どうであれ、緒莉は自分の娘だ。その「面子」だけは、守らなければならない。そう思い、美月は心を鬼にして言い切った。「何のことを言ってるのか、私にはさっぱりね」その言葉に、京弥はやはりどこか落胆していた。彼は、美月はもう以前とは違うと思っていた。わざわざ自分から電話をかけてくるのだから、本心から紗雪を心配しているのだと、そう思っていた。だが、実際のところ、それほどでもなかった。やはり、紗雪への関心は薄く、心の中では緒莉の方が重要なのだろう。それを思えば思うほど、京弥は紗雪が報われていないように感じてならなかった。二川グループのためにあれだけ尽力してきたのに、まるで感謝もされない。心の中で最も大事にされているのは、彼女ではなく緒莉なのだ。けれど、緒莉は何をしたか?本当に二川家のために尽くしてきたのは、どう考えても紗雪ただ一人だった。そのことを、美月も内心では分かっているはずだ。それでもなお、緒莉をひいきにしてしまう。京弥は心から紗雪に同情し、やり切れない思いでいっぱいだった。「もういいです、お義母さん。理解できないなら、それで結構です」そう言うと、京弥は電話を一方的に切った。彼が美月を「お義母さん」と呼んでいるのも、紗雪の顔を立ててのことにすぎなかった。もしそうでなければ、ただの二川グループなど、彼がその気になればいくらでも潰せる。だが、彼にはそれができない。この家は、紗雪が命がけで守り続けている家だから。だからこそ、彼も全力でこの会社を守ろうと決めている。彼は知っている。紗雪にとって、この会社がどれほど大切な存在なのかを。もしできるのなら、彼は心から願っていた。こんなにも苦労ばかり背負う彼女が、もう少し楽になれる未来を。彼女はまだ若いのに、どうしてここ
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第589話

今のように、毎日不安で怯えるような日々を送る必要なんて、本来はなかったはずだ。ましてや、いつ目を覚ますのかも分からず、毎日が自責と罪悪感に押し潰されそうになっていた。目を開けても、この世界はただただ真っ暗で。穏やかに眠る紗雪の顔と、色のない唇を見るたびに、京弥は言いようのない無力感に襲われた。あれだけ金を稼いでも、それが一体何になる?最愛の人すら守れないのに。京弥は拳を握りしめた。心の奥底では、強い後悔と苦しさが渦巻いていた。一方その頃、美月の方は、電話が切れたスマホをじっと見つめたまま、顔色を曇らせていた。ソファの肘掛けを静かに掴みながら、何かを考え込んでいるようだった。そんな美月を見て、伊藤は紗雪の容態を心配して、すぐに駆け寄った。「どうかしましたか、奥様?椎名様は何とおっしゃってました?紗雪様の容態は?無事に目を覚ましたんですか?」伊藤の矢継ぎ早の質問に、美月は一瞬答えに窮してしまった。どこからどう答えればいいのか分からず、思わず伊藤をじっと見つめた。伊藤も、自分が取り乱していたことに気づき、少し恥じるように目を伏せた。思えば、彼はあまりにも心配しすぎて焦ってしまっていた。長年二川家に仕えてきた伊藤は、そうした空気の変化には敏感な人間だ。美月はついに視線を逸らしたが、伊藤を責めることはなかった。彼に悪意がないことは、よく分かっていたからだ。長年の付き合いで、お互いのことはよく分かっている。「大丈夫よ、紗雪はまだ目を覚ましていないけれど、道中で何の異常もなかったって。だから――」美月の話が終わる前に、伊藤が興奮気味に声を上げた。「だから、緒莉様が嘘をついていたってことになる?」伊藤のあまりにも嬉しそうな顔に、美月は怪訝な表情を浮かべた。「なんだかすごく嬉しそうね?」伊藤は満面の笑みをたたえながら答えた。「それはつまり、紗雪様がもうすぐ回復されるってことですよ!そうなれば、二川グループの心配なんて、もうしなくていいじゃないですか」美月はふと考え込み、確かに、その通りだと納得した。もし紗雪が回復すれば、自分の負担もずっと軽くなる。あれこれ悩む必要もなくなるだろう。それに、緒莉の支えもある。この姉妹がしっかり手を組めば、鳴り城で敵う者などいないか
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第590話

今の彼女の状態では、どう考えても無理だ。それに加えて、緒莉がどれほどの実力を持っているかも、美月には痛いほどよく分かっていた。何より大事なのは、信頼できるのは「二川家の人間」だけだということ。これこそが最も重要なことだった。美月は、自分の娘に苦労をかけたくなかったし、会社がこのまま潰れるのも見たくなかった。だからこそ、どちらかを犠牲にするしかなかった。そして美月が選んだのは、明らかに「会社」だった。......初芽は苛立ちを隠さず、加津也を急かした。「ねえ、まだ終わらないの?」「もう少しだけ待って......すぐに終わるから......」加津也は下から力を込めた。この不器用で味気ない行為を、一刻も早く終わらせるために。今回、二人の間には一切の情感や余裕はなかった。特に初芽は、まるで何かの義務を果たしているかのような態度で、不機嫌さを隠しきれていなかった。本当は、初芽だってこんなことしたくはなかった。でも最近の加津也は、あまりにも動きが鈍すぎた。特に、西山グループと二川グループの競争がここまで激化しているというのに、加津也は何の進展も見せていなかった。仕方なく、初芽はこうするしかなかったのだ。少しでも彼にやる気を起こさせるために。「もうここまで来ているのに......こんな隠し事ごっこ、いつまで続くの?私のことはともかく、少しは私たちの『将来』のために考えてよ」初芽は歯を食いしばり、加津也の頭を強く抱きしめて、さっさと終わらせるように促した。加津也もまた、初芽の言葉に胸を突かれたようで、ぐっと力を込める。そうだ、自分たちの立場は、本当に微妙なものだった。何をするにも、常に隠れてコソコソとやらなくてはならない。しかも、両親はいまだに初芽との交際に反対している。そのことを思い出すと、加津也はまた頭が痛くなった。なぜ自分の両親は、ここまで頑ななのか?今の初芽は、昔とは違う。自分の力で金も稼げるし、自立している。何も自分が支えなければならないという状況でもない。夜になれば、自分にすべてを許してくれるような、そんな存在になっているのに。こんなにいい女を、簡単に手放すなんてことは、あり得ない。それなのに、なぜ親はあんなにも反対するのか。確かに
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