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第583話

Author: レイシ大好き
真白をちゃんと隠しておかないと、心の中に大きなわだかまりが残るような気がして仕方なかった。

そう思いながら、辰琉は緒莉の腕をさらに強く抱き寄せた。

一方、緒莉はそんな辰琉の様子を見て、先日電話越しに聞こえたあの奇妙な音を思い出した。

どうしても腑に落ちない感覚が胸に残っていた。

辰琉がそれほどまでに話したくないというなら、無理に追及するつもりはなかった。

だとしても、いつか必ず自分の目で確かめてやる。

この一連の出来事の真相を、きっちり明らかにしてみせる。

辰琉。

ちゃんとおとなしくしていなさい。

裏切るような真似をしたら、みんな巻き込んで地獄を見ることになるわ。

そう思った瞬間、緒莉も無意識に彼の手をさらに強く握りしめた。

その力に、辰琉は心臓がひやっとし、慌てて緒莉に取り入ろうと愛想笑いを浮かべた。

緒莉は、辰琉がどんな男かよくわかっている。

でも、人間というのは実際に痛みを経験してみないと、その意味が分からないものだ。

経験しなければ、永遠に教訓を得ることはできないのだから。

......

その頃。

電話を切った美月もまた、焦りながら京弥に連絡を取ろうとしていた。

彼女が紗雪を愛していないわけではない。

ただ、時にその愛し方が厳しすぎるのだ。

二川父が早くに亡くなってからというもの、彼女は一人で父と母の二役を演じてきた。

母であり、同時に父でもあるという重責を背負って。

だからこそ、彼女の子育ては「優しさ」よりも「厳しさ」に偏ってしまった。

紗雪と緒莉がまだ幼いころに父を亡くし、すべては彼女一人で面倒を見てきた。

そういった事情から、時に手が回らないこともあったのは仕方のないことだった。

そして、何よりも大切だったのは、子供たちに「自立心」を持たせること。

誰かに依存するのではなく、自分の力で立って生きていくこと。

そうでなければ、これからの世の中は生きていけない。

美月自身がその生き方を証明している。

大きな二川グループの中で、彼女は誰にも頼らず、ただひとりで立ち続けてきた。

頼れるのは、自分ただ一人。

他の誰も、信じることはできないし、信じてはならない。

だからこそ、彼女は何度も何度も紗雪に「成長」を求めた。

しかも、緒莉は身体が弱かったから、自然と紗雪にはさらに高い期待が寄せられてしまった
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