All Chapters of クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!: Chapter 611 - Chapter 620

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第611話

彼女は、自分の人生をこんな場所で浪費したくなかった。まだ家族にも友達にも会いたい。この一生、こんな暗闇の中で終わらせるつもり?そんなの、絶対に嫌だ。辰琉はそんな真白の様子を見ても、少しも同情しなかった。どうせ真白は自分が救ってやった命だ。食事も排泄も全て自分が面倒を見てやっている。なら、自分のために働かせるくらい、何が悪い?それは当然のことだろう?それに、もし自分がいなかったら、真白はとっくにあの山奥で死んでいたはずだ。なら、これくらいのこと、文句を言われる筋合いはない。本当に笑わせる話だ。「今日はここまでだ。おとなしくここで待ってろ。俺が戻ってきて機嫌が良ければ......外に連れてってやるかもな」その言葉を聞いた瞬間、真白の瞳が一瞬だけ輝いた。そして、辰琉の視線を感じながら、彼女はゆっくりと頷いた。それを見て満足した辰琉は、真白の頭を軽く撫でると、緒莉と合流するためにその場を後にした。まだ片付けるべきことがある。ここでずっと真白と一緒に過ごすわけにもいかない。本当なら、ここで一緒にいるのも悪くはなかった。彼女の体も顔立ちも、自分の好みにぴったりだ。どこを取っても完璧だった。だから、絶対に手放さない。この掌から逃げられると思うな。真白は、去っていく辰琉の背中をじっと見つめながら、深い沈黙に落ちていった。静かにベッドに伏せ、まるで砕けたガラスの人形のように、表情から光が消えていた。もう、笑うこともできない。口元に浮かぶわずかな線さえ、何を意味するのか分からない。この瞬間、真白は本当に、狂気の縁に立たされていた。無力感と同時に、そんな自分の情けなさに、激しい嫌悪を覚えた。ここまで追い詰められても、まだ死ぬ勇気すらないのか。もし、もっと勇敢になれたなら、あの悪魔に苦しめられることもなかっただろうに。けれど、彼女にはできなかった。まだやり残したことが多すぎた。解明できていない過去、自分の本当の素性。砂粒のように、ただ消えていく人生なんて嫌だ。彼女は怖かった。歴史の流れの中で、自分の存在が跡形もなく消えてしまうのが。思考の端で、先ほど辰琉が言った言葉がよみがえる。「機嫌が良ければ外に連れてってやる」それってつまり、外
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第612話

真白は深く息を吸い込み、浴室に入り、自分の身体を洗い流した。足首に繋がれた鎖が、じゃらじゃらと音を立てる。そう、辰琉は彼女が逃げ出すことを恐れ、今でも細い鎖で足首を縛っていた。もっとも、部屋の中を動くことは許されている。ただ、外に出ることだけは、絶対にできない。部屋の扉には防犯用の鉄扉が取り付けられており、まるで面会室のように、小さな窓から食事を受け取るだけ。それ以外の外界との接触は、一切与えられなかった。そんな状況に、真白の胸の奥で、憎悪の炎がさらに強く燃え上がっていく。どうして自分はこんな目に遭わなければならないのか。運が悪いとしか言いようがないのか。それとも、前世で何か取り返しのつかない罪を犯したのだろうか?そうでなければ、こんな仕打ちを受ける理由なんてあるはずがない。だがその問いに答えられる者は、誰もいない。彼女自身でさえ、分からなかった。自分は誰なのか。どこから来たのか。身近に、まだ誰か大切な人はいるのか。外の世界に関する彼女の知識は、すべて辰琉から聞かされた断片的な情報だけだった。つまり、彼女が知る「外の世界」は、辰琉の口を通して作り上げられた、歪んだ世界に過ぎない。恐ろしすぎる。もし相手が、変な思想を植え付けようとしても、彼女にはそれを見抜く手段がない。本物と偽物の区別すら、つかないのだ。だからこそ、真白はまだ残っている理性を必死に掴み、この状況を変えなければならないと痛感した。外界と繋がらなければ。このままでは、本当に狂ってしまう。前回の電話の件は、すでにバレていた。相手が知っているのか、知らないのか、それすらも分からない。ただあれ以来、誰も助けに来なかった。つまり、あの人も、辰琉に騙されてしまったということ。考えるほどに、可笑しくなってくる。見ろ、この男を。口先一つで、誰でも簡単に騙してしまう。あの子も、自分と同じ目に遭っているのだろうか?同じように閉じ込められて?でも、辰琉の態度を見る限り......あの子は、彼の恋人なのかもしれない。いずれにせよ、真白は、どうにかして外と連絡を取る方法を探さなければならない。......そのころ、清那は荷物をまとめ、空港へ向かっていた。必要最低限の物だけを持
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第613話

今では大人になり、何でも話せる無二の親友となった。そんな間柄だからこそ、清那にとって紗雪のことを知るのは簡単なことだった。だが、自分の従兄がそんな風に紗雪を扱っているなんて。思い出すだけで、清那の胸の奥から怒りが込み上げる。もし紗雪に何かあったら、絶対に許さない。たとえ、自分があの従兄を怖がっているとしても。それがどうだというのだ。考えれば考えるほど、やはり一番大事なのは親友だ。従兄ならいくらでもいる。だが親友は、紗雪ただ一人しかいない。清那は大雑把な性格ゆえ、自分がすでに尾行されていることなど、まるで気づいていなかった。空港の角で、緒莉と辰琉の二人も、キャリーケースを引きながら身を潜めていた。二人はすでに清那の搭乗便を調べ上げ、彼女の後をつけて国外へ行くつもりでいた。そうすれば、紗雪の居場所も突き止められる。そして、機を見て例の薬剤を投与する。「緒莉......俺たち、本当に紗雪の場所を見つけられるかな......」辰琉の声には、不安が滲んでいた。「当然よ。松尾がいる限り、怖いものなんてないわ。人さえ見失わなければ、それでいいの」だが辰琉は、なおも唇を引き結び、不安を拭えなかった。「でも......国外に行ったとして、本当に紗雪がいる病院に近づけるのか?それに向こうの病院は国内とは違うし、知り合いもいない......」核心を突いた不安を口にする辰琉に、緒莉は苛立ちを覚え、ため息混じりに睨んだ。「もう......まだ現地に着いてもないのに、あれこれ弱気なことばっかり言わないで!始まる前から自分を貶めてどうするのよ」彼女が一番嫌うのは、この男の器の小ささだ。以前からそうだった。だからこそ、辰琉と結婚すべきか、ずっと迷っていたのだ。結婚は一生のこと。一生をこんな情けない男に賭けるなんて、あまりにも損だと思ってしまう。何より、彼女の容姿も家柄も、鳴り城では指折りの存在だった。辰琉なんて、順番待ちでしかない。そんなことを考えると、自然と顎が上がり、緒莉の態度はいっそう傲慢なものになる。辰琉は、そんな彼女の落ち着いた表情を見て、本当に彼女には策があるのだと錯覚し、口を閉ざした。「......わかったよ。緒莉の言う通りにする。どうすればいいか言ってくれれば
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第614話

清那は日向と、その足元に置かれたスーツケースに目をやり、首をかしげながら声をかけた。「どういう意味?」緒莉は思わず眉を跳ね上げる。この男、今まで見たことがなかった。見覚えもなければ、どこかで会った記憶もない。まったくの他人のような顔。清那の友達?いや、違う。二人の距離感を見ればわかる。親しい様子もなく、言葉を交わすときも礼儀正しい距離を保っている。緒莉の胸に、説明のつかないざわめきが広がった。胸の奥がむず痒く、不快感の正体も掴めないまま。ただ直感が告げていた。この男......清那目当てじゃない。紗雪のために来たのだ。そう考えると、それ以外の可能性は見当たらなかった。清那の交友関係を、緒莉はよく知っている。彼女の世界に、こんな男がいるはずがない。そんな緒莉の視線に気づいた辰琉が、横から低い声を投げた。「緒莉......あの男、そんなにカッコいい?」その声に、緒莉はビクリと肩を震わせる。振り返ると、そこには笑っているようで笑っていない辰琉の顔。そして、その声音には嫉妬が滲んでいた。ああ、これは拗ねているな。「ちょっと、何なのよそれ」緒莉は呆れたように笑う。ただ数秒、見ただけなのに。そんなことでいちいち焼きもちを焼くのか、この男は。これから先、何かするときは気をつけないと面倒だな。しかし辰琉は、なおも拗ねたように言い返す。「だって......緒莉は俺の嫁だぞ。俺がいるのに、なんで他の男なんか見てるんだよ」その嫉妬深さに、緒莉の胸の奥に、妙な満足感が広がった。自分に惹かれている証拠。独占欲を刺激できる女である証。もし嫉妬すらされなくなったら、それこそ終わりだ。緒莉は辰琉の顎を指先でくすぐるように撫で、猫でもあやすような口調で囁いた。「わかってるのくせに。私には、辰琉だけしかいないの」「じゃあ、なんで見てたんだよ」「初めて見る顔だったからよ。松尾の交友関係なんて、私が一番よく知ってるんだから。見たこともない男がいたら、そりゃ気になるわよ」そう言われ、辰琉の顔から少しずつ不機嫌さが薄れていった。「そうか。そう言ってくれると安心した」彼は緒莉の肩に頭を預ける。「君を失うのが、怖いだけなんだ」緒莉はそんな彼
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第615話

それでも辰琉は、緒莉に「他の男を見るな」と求め続ける。互いに胸の内を隠したまま、違う思惑を抱えていた。その頃、清那は日向の突然の登場にまだ驚きを隠せずにいた。日向の表情には大きな変化はないが、よく見れば瞳の奥に不安が宿っているのがわかる。「本気です。僕も一緒に行きます」清那は訝しげに問い返した。「私が何しに行くか知ってるのに......どうしてついて来るの?」「紗雪のことが、心配なんです」日向の声には、はっきりと焦りと不安が滲んでいた。清那の口調は、自然と硬くなる。「.紗雪は、もう結婚してるのよ」彼女は今、従兄に対して不満を抱いてはいたが、それでも身内には変わりない。外の男が、従兄と同じ立場で語ることなど、清那には到底受け入れられなかった。この行動、まるで「不倫相手」。そんな言葉を口に出すのはあまりにきつすぎる。清那は心の中でだけそう吐き捨てた。日向は静かに目を伏せる。「それは、わかっています......友人として会いに行くだけですから。こんなにも長い間、音沙汰がないから......心配で仕方ないんです。千桜も同じ気持ちです」千桜の名前が出た瞬間、清那の表情がわずかに和らいだ。あの小さな少女のことを、彼女もよく知っている。自閉症を抱えた、まだ幼い子。可哀そうな子だ。しかし......それでも、家庭を壊してまで会いに行く理由にはならない。清那の表情の揺れを見て、日向はまだ信用されていないことを悟る。彼は、仕方なくもう一度言葉を尽くした。「信じてもらえなくてもいいんです。僕は嘘ついてません。彼女の消息が途絶えてから、あらゆる手を尽くして探したけど、何も掴めなかったんです。だから......この情報を聞いたとき、いてもたってもいられなくて......」初めて、日向がこれほど長く喋った。必死さが言葉の端々から伝わってくる。清那は少しばかり気まずそうに視線を逸らした。ここまで真剣な目を向けられると、強く拒むのもためらわれる。理屈も、筋も通っている。この状況で突っぱねる方が、逆に意地悪なのかもしれない。清那は深呼吸し、改めて念を押した。「......本当に、紗雪の様子を見るだけ、なんだよね?」「はい。それ以外何もしません」日向は何度も頷
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第616話

「そこまでかしこまらなくても大丈夫だから」清那はにっこり笑い、軽い調子で言った。「それに、どのみち私たちは同じ人のために動いてるんだし。紗雪は、本当にいい子だから」その言葉に、日向も深くうなずいた。「ああ。まるで太陽みたいな人だ。尽きることのない生命力を持ってる」だからこそ、彼は惹かれずにはいられなかった。紗雪の人生に、自分の存在を刻みつけたかった。ただ、出会う順番って、やっぱり大事だ。今回、日向は痛感していた。それでも、たとえ友人という立場でも、彼女のそばにいたい。それでいい、そう思えた。清那は、どこか陰りのある日向の横顔をちらりと見た。彼が何を考えているのか、すべてを言い当てられるわけではないが......おおよそ察しはつく。だからこそ、彼に対する警戒心も自然と強まった。「約束したこと、ちゃんと守ってよね?」日向は清那の様子を見て、思わず苦笑した。まさかこの段階になっても、彼女がまだ完全には信じていないとは思わなかった。どう形容すればいいのか、一時わからなかった。清那の心が広いと言うべきか、それとも単純すぎると言うべきか。「わかってる。君の言う通りにするよ」日向が苦笑すると、清那はようやく肩の力を抜いた。「じゃあ、一緒にチケット変更しに行こう」「変更?僕は、君と同じ便を取ってあるんだけど?」「でも、席は離れてるでしょ?降りたあと一緒に動いたほうが安全だから」「なるほど」納得した日向は、彼女と並んでカウンターへ向かう。その様子を、少し離れた場所から緒莉がじっと見ていた。最初は二人が搭乗するのかと思い、心臓が跳ねるほど焦った。だが、向かったのはチェックインカウンター。胸の奥に詰まっていた息が、ようやくゆっくりと抜けていく。それでも。視線の先にいる日向を見つめるうちに、緒莉の指先は自然と拳を握り締めていた。どうして?どれだけ頑張っても、何をしても、誰も自分を見てくれない。認めてくれない。なのに、紗雪だけは違う。あの女がそこに立つだけで、全ての視線は彼女に集まる。努力なんて、私だってしてきたのに。どうして誰も気づかないの?胸の奥に渦巻く嫉妬と憎しみが、目の奥から溢れそうになる。そんな緒莉の顔を見て、辰琉は思わず息
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第617話

いつだって、彼の言葉は人の心を浮き立たせる。けれど、緒莉はもう気にしない。辰琉が自分をどう思おうと、やるべきことがあるのだから。彼女の目標はいつもはっきりしていた。今、自分が何をしているのか。何のために動いているのか。その答えを、彼女自身が一番よく知っている。重要なのは、紗雪が目を覚まさないこと。それ以外はどうでもいい。今回の渡航の目的も、ずっと胸に刻まれていた。そんな彼女の野心を、辰琉は密かに感心しながら眺めていた。緒莉という女は、性格こそ強烈だが、それが妙に魅力的だった。もし彼女に機会が与えられたなら。なぜだろう、紗雪に劣らぬ存在になれる気がする。辰琉は、そう直感していた。「何ボーッとしてるの?」緒莉の冷たい視線が、彼の思考を断ち切る。「人がもう出発しそうなのに。搭乗されたらどうするのよ」現実に引き戻された辰琉は、慌てて彼女の後を追った。そのころ、搭乗口から流れるアナウンスに耳を澄ませていた清那は、隣の日向に小声で告げる。「そろそろ行くよ」「ああ」二人はほぼ同時に立ち上がった。そして気づかない。背後に、二つの影がぴたりと張り付いていることを。緒莉と辰琉――執念深く、距離を詰めながら後を追う二人。一瞬の隙も逃すまいと、目を凝らしていた。清那と日向が搭乗すると、やがて並んで座席に腰を下ろす。日向は清那の席を知らず、直前に変更してようやく隣同士になったのだ。一方、緒莉は清那がファーストクラスを選ぶと踏んで、わざとエコノミークラスに席を取った。条件は劣る。だが構わない。紗雪を目覚めさせないためなら、どんな苦労も厭わない。まだ始まったばかりだ。この程度、我慢できないわけがない。対照的に、辰琉はすでに顔をしかめていた。堂々たる安東家の御曹司が、こんな窮屈な空間に閉じ込められるとは。屈辱以外の何ものでもない。しかし、横で緒莉が一言も文句を言わず、ただ耐えているのを見て、彼も黙り込むしかなかった。男なら、女以上に弱音を吐けるわけがない。何にせよ、絶対に自分の彼氏力を見せなければならない。その他のことは、すべて我慢できる。緒莉は許从鹤が落ち着いたのを見て、心の中でようやく安堵した。辰琉が典型的なお坊ちゃまだ
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第618話

こうしておけば、母の手間も省ける。面倒な引き継ぎの儀式なんて心配する必要もない。しっかり働いて、あの古株たちに認められさえすればいい。それ以外のことなんて、全部形だけのもので、何の意味もない。......一方その頃、飛行機に乗り込んだ清那は、急に眠気に襲われていた。もともと少し乗り物酔いしやすい上に、今日の飛行機は揺れもひどく、唇の色まで青ざめている。それを見た日向が、心配そうに声をかけた。「松尾さん、大丈夫?」座席は隣同士。日向は言葉をかけながら、自然と身を乗り出してしまう。二人の距離は、もうほとんどゼロに近い。外から見れば、まるで親密な恋人のようだった。可愛らしく整った顔立ちを間近で見ながら、日向の喉仏が無意識に上下する。だが、苦しそうな彼女を目にして、心の中で自分を叱りつけた。今、何を考えてるんだ。清那は日向の言葉を聞き取っていたが、返す気力もなく、かすかに「うん」とだけ答えると、座席に頭を預けて目を閉じた。その様子を見て、日向は客室乗務員に頼み、小さなブランケットを持ってきてもらい、そっと清那にかける。明らかにひどい飛行機酔いだった。それでも紗雪のために海外まで来るなんて。日向は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。「うるさい。気持ち悪いから......寝る......」清那が小さく呟いた瞬間、機体の揺れに合わせて、彼女の頭がゆっくりと日向の肩に寄りかかる。見ていられなくなった日向は、そっと彼女の頭を支え、肩に乗せた。少しでも楽に眠れるようにと、肩の上に柔らかなブランケットを敷く。その瞬間、清那の口から小さな満足げな声が漏れた。見ればわかる、彼女は相当ここが気に入ったようだ。まるで子猫のような仕草に、日向の胸が不意に震える。何をしてるんだ、自分は。もう好きな人ができているのに、その親友にまで手を出すなんて。これじゃまるで二股じゃないか。心の中で自分を責めながら、深呼吸を繰り返し、無理やり気持ちを落ち着けた。窓の外は澄んだ青い空。きっと全部、天気のせいだ。だから今日は何もかもがおかしい。二人がそんなふうに寄り添ったまま、数時間後、飛行機はM州に到着する。着陸の衝撃で目を覚ました清那は、まだ眠気の残る瞳で、自分と日向の状態に気
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第619話

日向も当事者の一人なのに、全く焦った様子がない。そう思うと、清那も自然と肩の力が抜けていった。きっと考えすぎだ。ただの友達同士の心配だ。大したことじゃない。そう思い直した途端、清那の顔に再び笑みが戻った。清那の肩の力が抜けたのを見て、日向もほっと胸を撫でおろす。時々、彼は本当に清那のことを尊敬してしまう。心にどんなことがあっても、一度納得してしまえば、その後はもう引きずらない。普通の人なら、同じことを長く悩み続けてしまうのに。清那は「もう終わったこと」として受け止め、前を向くことができる。どうしてあの時、こうしなかったんだろう。なんであんなことをしてしまったんだろう。そんなふうに悔やむよりも、経験として次に活かす。彼女の性格なら、多くのことが自然と解決できる。日向は、そこが本当にすごいと思った。そして今、また迷わず前を向き、元気を取り戻した清那を見て、日向の胸の中にも安堵と喜びが広がった。これこそ松尾清那だ。さっきの飛行機の中の顔は、本当に痛々しかった。でも、もう大丈夫そうだ。「じゃあ、紗雪を探すのはまずどこから?」日向が尋ねると、清那は慌ててスマホを取り出した。「あ、そうそう、ちょっと待って、今見るから!」その慌てっぷりに、日向は思わず口元を緩めた。大人なのに、なんでこんなにドジっ子なんだろう。「ゆっくりでいいよ」日向は横でなだめるように声をかける。どうせもうM州に着いたんだ。紗雪に会えるのは時間の問題。急ぐ必要なんてない。清那は美月から送られてきた住所を確認した。病院の名前だった。そのまま、日向と一緒に迷わず病院へ向かうことにした。こんなに長い間、紗雪に会ってない。やっぱり寂しい。まだ意識が戻ってないのかな?それとも、もう目を覚ましているけど、京弥が教えてくれないだけ?そんな思いがよぎり、清那の胸に小さな怒りが生まれる。彼女の兄は一人しかいないのに、まさかその兄がこんな駆け引きを仕掛けてくるとは思わなかった。自分のこと、そんなに信用できない?第一、紗雪を見知らぬ土地に連れて行ったのは京弥なのに。思い詰める清那の横で、日向はさっとタクシーを拾った。金ならある。最悪、車を買ってしまってもいい。
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第620話

やっとここまで来たんだ。清那は、もう絶対に紗雪のそばを離れまいと固く心に誓った。再び別々に過ごす日々なんて、もう二度とごめんだ。今の彼女は、一刻たりとも無駄にしたくなかった。紗雪の容態がどうなっているのか、今すぐにでも知りたい。そして、兄、京弥。最初はちゃんと任せていたはずなのに、どうして紗雪がこんな状態になっているのか。会ったら絶対に問い詰めてやる!日向は、喜んだり怒ったりする清那の表情を横目に、なぜか妙に可愛いと思ってしまう自分に気づく。その表情、今度は何を考えてるんだ?「どうしたの?表情がさっきからコロコロ変わってるけど」気になって仕方がなくなり、日向はつい問いかけた。本当に知りたかった。清那の頭の中で、今どんなことが渦巻いているのか。道中ずっと、彼女の顔はくるくると変わり、まるで跳ね回るウサギのようだった。彼女の心の内が、すべて顔に出ている。その様子が、どうにも微笑ましい。清那は、そんな日向の半笑いの顔に気づき、何と返せばいいのか分からず、少し戸惑った。自分と京弥の関係、話すべき?でも言ったら、自分も京弥の仲間だって思われるかも......紗雪を勝手に国外へ連れ出したのは、間違いなく京弥。せっかくここまで日向といい関係を築いてきたのに、変な誤解を与えたくなかった。「別に、何でもないよ。私ってちょっと考えが飛びがちで、色んなことが頭に浮かんじゃうタイプなの。大したことじゃない。紗雪に会えば、全部吹っ飛ぶから」清那は、気まずそうに笑って誤魔化した。それを聞いた日向は、深く追及することをやめた。言いたくないことを無理に聞き出すのは、よくない。そう思った瞬間、日向の心も落ち着いた。「そうだな。ここに来た目的を忘れちゃいけない」二人はタクシーを拾い、紗雪がいる病院へ向かう。後ろから、緒莉と辰琉も同じくタクシーを拾い、距離を置いて追跡した。運転手は二人をバックミラー越しに見て、眉をひそめる。この客、なんか怪しい......犯罪とかじゃないよな?自分は真面目な市民だ。こんなの巻き込まれたら困る。緒莉は、動かないタクシーに焦り始めた。「ちょっと、早く運転しなさいよ」辰琉も怪訝そうな目を向ける。運転手は冷や汗をかきながらも、自
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